ジョンの伝記   作:ひろっさん

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黒い少年

「もし制御に失敗して暴走を始めたことを、どうやって見極めるのかね?」

「貴方が降りて攻撃されれば暴走されているでよいのではありませんか?」

「検証には優秀な観測者が必要だとは思わんか?」

「ええ、これだけ優秀な観測者がいらっしゃるのですから、1人くらい減っても構わないでしょう?」

 

お互い、にこやかな笑顔で火花を散らす。

 

「あらあら、お互い、元気が有り余っているようでなによりですわ」

「……っ!」「げ」

 

白いマントに法衣の老女はとっさに言葉を呑み込んだが、白いマントに白いローブの老人男性の方は遠慮なく、あからさまに嫌そうな声を挙げた。

 

2人の背後から声をかけたのは、白いドレスにマントの中年女性。

 

「ところでエリザを御存じありませんか?朝から宰相府にも姿が見えないのです」

 

ドレスの中年女性は2人に尋ねる。

 

「宰相でしたなら、壁の外の農業区を視察すると連絡がございました」

「農業区?何用だというのだ」

「なんでも、北の方で育てる農作物を選定する作業を視察に行くのだとか」

「ああ、急ぎだと言っていた件ですね」

「農業区はマクミランの管轄であろう?」

「流通はハーリアの管轄でありますわ」

 

ここで、少し離れた場所で聞いていたミラーディアが声をかける。

 

「あー、マリエル叔母様」

「あらミラーディア、デートはどうでしたかしら?」

「エリザ叔母様でしたら、先程(きのこ)取りに行かれたのですよ」

「あらあら、そういえば今もデートの真っ最中でしたわね」

 

少し離れた場所で、ジョンは微妙な顔をした。

 

「話、通じてんのか……?」

 

ちなみに、『(きのこ)取りに行く』というのは、女性がトイレに行くという意味のハレリアにおける言い回しである。

日本で言う『花を摘みに行く』に相当する言い回しで、林業が盛んなハレリアならではの言い方でもあった。

 

日本語では『トイレに行く』という意味での『花を摘む』は、女性が山で用を足す際の姿がそのまま、花を摘んでいるように見えたことに由来すると言われる。

男性の場合は『雉撃ちに行く』となる。

 

他にも『手水に行く』、『御手洗に行く』、『化粧直しに行く』、『はばかり』など、様々な言い回しがある。

直接表現すると、相手がショックを受ける、嫌悪感を持つという可能性に考慮し、婉曲で上品な言い方が考案されたと言われている。

 

なお、英語にも『自然が呼んでいる』、『1ペニー使ってくる』などという言い回しがあり、表現に気を付けるのはどの地域でもそう変わらないらしい。

※ 1ペニーというのは、昔のイギリスにおける有料トイレの使用料である。

 

 

 

「さすがに六家勢揃いなのですね」

 

白ローブの巨乳少女が戻ってきた。

もう1人白いドレスに白いマントの年配女性がやってきて、4人で色々と話し合っている。

 

「ハレリア王族三派六家当主には、公の場ではそれぞれ紋章入りの白いマントの着用が義務付けられている。

ハレリオスは赤い月と黄色い太陽の日食。

ハーリアは黄色い太陽。

マディカンは赤い満月。

デンゲルは赤い皆既月食。

ファラデーは紫色の新月。

マクミランは黄色の金冠日食」

「マジで?俺、てっきり赤い方が太陽だと思ってたぜ」

 

白ドレスの巨乳美女はクスクスと笑う。

 

「民間では間違える人も多いようなのですわ」

 

太陽や月のイメージカラーが何色なのかについては、地球でも地域でかなり違う。

これは各国の国旗を見るとよく分かる。

 

日本は白地に赤い円、通称『日の丸』と呼ばれ、太陽を示していると言われる。

バングラデシュは緑地に赤い円で、同じく昇りはじめた太陽を示す。

台湾は赤地の左上に四角い青、その青の中央に白い円と白い12の三角が配されており、はっきり太陽と分かるデザインとなっている。

ウルグアイは白と青の9つの帯と、左上に黒で縁取りされた黄色い『五月の太陽』が配されている。

 

「まあ、大陸の北方と南方でも違いますから、ハレリアのような文化の中間点で勘違いが発生するのは、致し方のないことなのでしょうね」

「そりゃそうか」

 

ミラーディアの説明に、ジョンは頷く。

 

「そういや、新国王っていうか、新女王か?なんで宰相を探してたんだ?」

「マキナ様が来られるからなのですよ。

武具大会や武術大会を観覧されるかどうか、気分で決める人ではあるのですけれども、今回は珍しく事前通告がありましてね。

こういう時は大抵、ハーリア家当主が応対を任されるのです」

「それだけ、イリキシアの対神族(かみぞく)技術が注目されているということさ」

 

大会の準備は整い、いよいよ試合が始まる。

 

 

 

「続きまして西側、遥か遠くイリキシア王国より参加いたしますは、昨年ご紹介させていただいたエヴェリア・オルナ・ヘール・ボナパルト姫のブロンバルド縦断行をたった1人で警護してきた、勇敢なるイリキシア人少年兵!

麗しのエヴェリア姫と恋仲とも言われる彼の実力やいかに!

そして恋人にいいところは見せられるのか!?

カッセェェェェェル・ヒィィィルゥゥゥゥムゥゥゥゥゥゥッ!!」

 

相変わらずの自称『謎の人物A』ことアウル・ケリックスのアナウンスである。

 

闘技場の東側、対戦相手は白銀の鎧を身にまとった金髪褐色肌の巨漢。

デイヴィッドが説明する。

 

「相手はブランダール・ムニン・デンゲル。先代総長の6男に当たる。

武器は『トライデント』。『ウィングドスピア』の一種だね。

三叉槍(トライデント)の利点は2つある。

1つは高い威力で突き刺しても、抜けなくなるほど刺さり過ぎないこと。

もう1つは、中央の穂先が的を外しても、両側の穂先が相手を傷つける、あるいは突き倒すことができるということ。

単純に攻撃面積が増えると考えればいい」

「うふふ、それではデイヴィッド、先代『雷神』が大槍だった理由や、現『風神』が直槍である理由はどうなのでしょう?」

 

白ドレスの少女が尋ねた。

 

「はいはい。わかったよ」

 

イケメン青年騎士は苦笑しながら答える。

 

大槍(おおやり)はそもそも深く刺さるほど細くない。刺さる前に、腕力か重量のどちらかが負けるんだ。

先代総長の体格に合わせた太さにした結果、深く刺さることへの対策が必要なくなったというところさ。

逆に現『風神』が直槍(すやり)なのは、極限まで軽くするためだ。

彼の足鎧の裏には地面を噛み込むためのスパイクがついていて、胸甲以外はなめし革でできている。

風に乗るために、不要な肉を削ぎ落した分の面積を鎧で補っているらしい。

爪先分の重量でも、彼の速度域では生死を分けると言われている。

そのために、威力が高いと深く刺さりすぎるという問題は度外視されているんだ」

「ほー、さすがだな」

 

ジョンは感心した。

デイヴィッドだけではない。ハルディネリアについてもだ。

特に何気ない質問のように見えて、ある程度はそちらの知識がなければできない内容だったのである。

 

ちなみに、地球においては、ウィングドスピアはトライデントの()に発明された武器である。

マグニスノアでは1千年前くらいまで人間同士の戦争自体が衰退していた時期があり、その関係で武具や戦術の開発が一気に始まったため、開発時期が前後したという事情があった。

 

 

 

試合は、カッセルが圧されていた。

 

「カッセル君の武器は『ハンドアンドハーフソード』。片手半剣とも言われる。

片手剣の一種だけど、頑丈さと重さを求めて大型化した剣でもある。

彼の体格だと、両手剣に等しいサイズだろうね」

 

デイヴィッドが解説する通り、小柄な黒髪少年は今は両手でそれを扱っていた。

 

「でも、見たところブランダール卿を相手にできるほどの腕力も技術もない。

まあ、あの歳で素で互角以上に戦われると、ブランダール卿も面目丸潰れになるだろうけど」

「マルファス君とは比べてはいけないというやつですね」

「私のマルファス様ですもの!」

「はいはい」「はいはい」

 

 

 

相手のブランダール卿は一旦距離を取り、カッセルを挑発する。

 

「その程度で終わりではあるまい?

今、この時において、全力を出し、私を打ち負かすのは君の義務であると知れ!」

「――!」

 

言われて、少年は観客席にちらりと視線を走らせる。

おそらく、警備に立っている兵士に、近衛騎士を示す赤いマントの騎士が混じっているのを確認したのだろう。

もっとも、貴賓席に交じっている灰髪エロドレスの女性1人が、それらすべての備えを上回ってしまうのだが。

 

「なるほど。確かにこれなら止まるか……」

 

呟くと、彼は剣を握り直し、目を閉じて詠唱した。

 

「“運命が(ドゥム・)許す(ファータ・)限り(シヌント・)嬉々として(ウィーウィテ・)生きよ《ラエティー》”」

 

そして、彼我の戦力差は覆る。

 

「さあ、イリキシアの研究がどれほどのものか、見せてもらおうかしら」

 

灰髪エロドレス女は面白そうに呟く。

その視線の先では、一転して小柄な黒髪少年が押し始めていた。

 

 

 

軽銀(アルミ)にしてはくすんだ色の鎧で、地面を蹴って瞬間移動に近い速度でブランダールの眼前に迫る。

 

「オオオオオオッ!!」

 

雄叫びと共に片手半剣を振るう彼の目と肌は、赤い血色をまとっていた。

古代日本人が、北から渡ってきたスラヴ人を別の種と勘違いして鬼と称した説のままに、人外に化身したかのように変色している。

 

「ぬぐっ……!?」

 

その一撃は先程までとはうって変わって、力任せの粗雑なものでありながら、金髪褐色肌の巨漢はわずかに受け損なって呻く。

それからも、まるで体格の差を入れ替えたかのように、ブランダールは防戦一方になった。

 

その攻撃を受けた三叉槍の穂先の1つが折れ飛び、次の攻撃で巨体が大きくよろめく。

それでも金属で補強された柄で受けたのはさすがと言えるが、ここから引っ繰り返すことは、今のブランダールにはできなかった。

結局、武器を破壊されて降参。

 

カッセルは地面に剣を突き刺して、肩で息をする。

すると、肌の色が徐々に元の白へと戻っていった。

試合終了の合図と共に、控室から紺色スーツ姿の黒髪ロリが駆け寄る。

 

 

 

「あらあら、すべてを引き出すには、まだ相手が弱かったようね。

そこは次に期待しようかしら」

 

マキナは呟いた。

 

「カッセル少年の側にもまだ地力が足りなかったようだな」

 

これはヒゲの金髪中年騎士。

 

「あらあら、それでも実年齢17歳としては奇跡的ですわ、アラン」

 

三日月に欠けた黄色い太陽と赤い満月をマントに背負う白いドレスの中年女性、新女王マリエルが返す。

 

「次はあの少年も全力を出さざるを得ないわ。相手が『地神』ブルーノだもの」

 

黄色い太陽を背負うエリザは楽しげに笑った。

 

 

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