ジョンの伝記   作:ひろっさん

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地神ブルーノ

「なんだ、今の?」

 

赤毛ショタジジイは思わず身を乗り出していた。

ありえないことが起きたのである。

 

「強化術だね」

 

金髪イケメン騎士が言った。

 

「強化術?」

「そう、筋力を強化する術さ。その威力は見ての通り。

大体、5倍から10倍は筋力が上がると言われている」

「そんなすげえ術があんのに、誰も使ってるとこ見たことねえのはなんでだ?」

「それは、戦場であんなことをやったら、自爆特攻になってしまう。

それくらい消耗が激しいんだ」

 

言っている間、闘技場では黒髪少年兵に肩を貸しながら、黒髪ロリが半ば抱えるような形で控室に戻っていくのが見える。

消耗が激しいというのは間違いないようだ。

 

「適性の持ち主もかなり少ないし、制御できるのは5分程度。

使った後は治療されなければ確実に長時間意識を失う。

しかも、あれでもまだハレリアの近衛騎士の方が強い」

「そうですわね。まだ今のマルファス様なら、勝てると思いますわ」

「少なくとも、対神族(かみぞく)用の研究成果とするには足りません」

 

3人がそれぞれ評価する。

 

「でも、何をするのかについて、想像はついたかな。

――本当に、信じられないことを考える」

 

デイヴィッドは何かに戦慄していた。

 

「それで、俺にも分かるように説明してくれよ」

「つまりですね」

 

巨乳白ローブは言う。

 

「精霊を肉体に取り込み、全身の筋力増強に作用させたのです。

分かりやすく言いますと、『魔物』とならないように調整された『憑魔の儀(ひょうまのぎ)』を行ったのです」

「それって、協定禁術とかってやつじゃねえのか?」

 

ジョンは、『魔物』という単語を凄まじく不穏なものとして記憶していた。

 

「自分自身の肉体に使用する限り、『魔物』には至りません。

神族(かみぞく)が動くのは、『魔物』が発生したその時です。

いわゆる、裏技ですね」

「まあ、リスキーなことには違いない。

『魔物』が発生するには、最低でも30日は拘束したまま抑えておく必要があるんだ。

制御を失う前に精霊の取り込みが解除されるように星王器をセッティングしておけば、最悪でも本人が死ぬだけで済む」

「それでも死ぬことがあるのかよ」

「それはまあ、戦いの最中に使用するわけだからね」

「ああ、そういうことか」

 

つまり、戦闘の最中に致命傷を受ければ普通に死ぬということだ。

人である限り、当たり前のことである。人である限り。

人でなくなれば、その限りではないということでもあった。

無論、1年と数ヶ月前のように『魔物』となってしまったなら、人の範疇ではなくなる。

 

「と、まあ、強化術でしたら、ある程度はハレリアでも研究されているのです。

実用化するには、少なくとも中堅騎士が使用した際に、近衛騎士を倒せなければならないという大きな壁がありまして、実用化には至っていません」

「今のを見ても、強化術を使ったカッセル君が近衛騎士を超えているようには思えなかった。

数を揃えれば神族(かみぞく)の『成り立て』に対抗できると宣伝するには、まだまだ足りないね」

「ってことは、まだあの先に何かあるのか?」

 

ジョンは震えを覚えた。

一体、対神族(かみぞく)のために、どれだけのことをやらなければならないというのか。

 

「そういえば、デイヴィッドは予想がついたと言っていましたね」

「自信はないかな。状況証拠を集めて問題なさそうだというだけで……」

 

話している間に、次の試合が始まろうとしていた。

 

「あらあらまあまあ」

 

白いドレスの少女は、次の出場者を見ておっとりと驚く。

 

 

 

「武術大会本戦、1回戦第1試合、東側より。

デンゲル家の要請により参加することとなりました、騎士の身分は固辞し、未だ傭兵。

しかしながら、かつてハレリア軍に雇われ、エムートの守りを任され、20年もの間、空白地エムートを守り抜いてきた、傭兵団『運送屋』の団長『ビッグフット』。

さらにその正体は、なんと今は亡き先代総長グレゴワール卿の直弟子!

イヴァァァァァン・グラットォォォォン!!」

 

『謎の人物A』ことアウル・ケリックスの紹介に合わせて、鎧の下のブ厚い筋肉を強調するように、両手を上げてポーズをとる。

 

鎧は鎖帷子の上から肩と胸と太腿の要所を守る金属板を装着したもの。

変則的なものだが、地球でも武器防具というのは、長く使われると変則的な改造を施されることは少なくなかった。

見た目を揃える必要のある儀礼用でない限りは。

 

武器は左手に胴体を守る丸く大きな盾、右手にその体格に見合った短めの大槍。

胴体部の防御が薄いのは、左手の盾で防御するのが基本だからだろう。

 

ちなみに、盾には削り取られた跡があった。おそらく、かつては家紋のようなものが刻まれていたのだろうと考えられる。

 

「うわー、まじか、大足(ビッグフット)参加すんのかよ。

ていうか、先代総長の直弟子?」

「どうやらそのようです。なんでも、リンドバーグ辺境伯の要請に応じて、信用できる傭兵ということで雇われ、派遣されたのだとか」

「そうそう、奥さんは元々、そのサポートでエムートに行くことになっていたらしいね」

下っ端死神(ゲーデ)か……。そういや、他の連中は見えねえな」

 

ジョンは観客席を見回して呟いた。

 

「ああ、1人はあそこだよ。あの全身鎧の近衛騎士。ミノスと言ったっけな」

「うっそだろ、なんかあると屋根に登って叫びまくるやつが、今まで静かにしてたなんて信じらんねえ!」

「あれは母親が近くにいるから大人しくしているようだよ」

「なら納得だ」

「あらあらまあまあ」

 

当人達をよく知らないハルディネリアは苦笑するしかない。

彼女の知る各家の者達もなかなかに濃い面子なのだが、『運送屋』の面々も負けていないのだ。

 

「残る長男のタロスさんはどうなっているのです?」

「確かに強さは近衛騎士級だったけど、父親と同じく騎士のスカウトは蹴ったよ。

父親の伝手で、マリーヤードで仕官するんだそうだ」

「へー……」

「ちなみに、タロスさんはどのような人物だったのです?」

「とにかく喧嘩好きで、いつも『大足(ビッグフット)』かミノス相手に喧嘩してる奴だった。

戦闘狂ってのかね。それ以外はまだまともだったような気もする」

 

なにしろ5年以上も前の話だ。記憶に曖昧なところもある。

 

「では、兄妹の中で一番まともなのはタロスさんということですか」

「末の妹さんは名前も挙がってないようだけど」

「マーガレットさんには今朝、襲われましたからね」

「ああ、んで、リユに撃退されてビッグフットに連れてかれてた」

「なるほど……」

 

ハルディネリアの膝に座って耳の裏を掻いている二又尾の子猫の怪力は、デイヴィッドも以前目撃していた。

この子猫はスプリガン種という、神族(かみぞく)に近い力を持った種族なのだ。

 

「お、相手は『地神(ちじん)』ブルーノ卿だね。

武器は似ていて、縦長の盾と槍。あの両方が尖っている槍は、『ハスタ』という種類だ」

「現総長の『火神』とも互角と言われる御仁ですね」

「騎士団総長の選定基準は強さの安定性だから、どこへ行っても強い『火神』が選ばれたんだよ」

「へー」

 

両者定位置に付き、試合が始まる。

 

 

 

ブルーノは相手が腰に構える全白銀色の大槍の意味を知っていた。

しかし、そのために躊躇うこともしなかった。

 

「“吠えよ(アボーン)”」

 

一瞬、前傾したブルーノの足元が斜め前に浮き上がった。

1秒か2秒という短時間、人間を浮き上がらせるほどのパワーで石や土を浮かせるのがこの星王術だ。

通常は、拳大の石や5つ6つの砂利を飛ばす使い方をする。

しかし、ブルーノはそれらと異なる用法によって戦術を確立したために、『地神』とされた。

 

その使用法というのが、自分自身を飛ばすというものだ。

もちろん、武術大会で使用が許可されている低級単唱器では、人間を浮き上がらせても20センチか30センチほど。

だが、それで十分な場合というのがあった。

それが、思った方向に勢いを付ける場合である。

 

スタートダッシュ、緊急停止、慣性を無視した方向転換。

単純な機動性では『風神』の方が上であるものの、小回りという意味ではブルーノの方が上回っている。

 

「ぬうううううんっ!!」

 

急加速して迫るブルーノに対し、イヴァン(ビッグフット)は大槍を片手で振り回した。

槍という武器は突きが外れると不利になるため、相手を殴って姿勢を崩させるのが基本的な使用法となる。とはいえ、突きをおろそかにしていいものでもなく、突く必要がある時のために突きを鍛錬するのも武術には必要なことと言える。

 

「“吠えよ(アボーン)”」

 

ブルーノはしゃがんでやり過ごす振りをし、術で一瞬勢いを殺して大男が槍を持った右手の方へと方向転換。

槍を振るった勢いを引き戻す必要があり、通常はここから左手の盾を構えるには、ブルーノに対して下がる動きを取る必要があった。

それはつまり、相手に勢いを与えるという意味だ。

 

戦いというのは何が起きるか分からない部分があった。

相手の体調、なぜか起こる動きの乱れなど、実力がある程度近ければ、そういう運の要素が大きく勝敗を左右することがある。

ゆえに、常勝などというものは、よほど実力が離れていない限り、ありえないことなのだ。

 

だが今回、勝敗の天秤は最初から片方に傾いていた。

 

「ぐっ!」

 

無事最も危険な大槍の穂先が逆側を向いたことで安心していたということはない。

なにしろ、あの常勝を誇った先代『雷神』の一番弟子と紹介された人物である。秘境エムートで何があったのかは知らないが、元とはいえマリーヤード騎士が、環境が多少変わった程度で自己鍛錬を止めるなど、ありえないことだった。

 

だから、攻め込もうとしたところに大槍の石突が飛んでくるのは想定内。

どうにか弾き、攻めを継続しようとする。

 

「“吠えよ(アボーン)”」

 

さらに右手側、イヴァンの背面へ。

一瞬前までブルーノが立っていた場所を、イヴァンの巨体が通り過ぎる。

単に体当たりを仕掛けただけである。通常なら相手を突き飛ばしての仕切り直し。ところが、元とはいえマリーヤード騎士がそれを行うと、小柄なブルーノは数メートルは軽く飛ばされる。

 

「(あのジジイに吹っ飛ばされた時のことを思い出しちまった)」

 

あのジジイというのは、先代『雷神』のことである。

訓練されたマリーヤード人の拳は戦鎚のそれに匹敵すると言われる通り、こういったラフプレイの威力が体格差、体重差のせいで酷いことになっていた。

何より、相手は武術大会で常勝を誇った先代『雷神』の直弟子と言われた男である。

そのタックルの鋭さは、見ただけで分かった。

 

ちなみに、この手のラフプレイは実戦的な武術において、当然の如く使用されるものである。綺麗なものでないことは確かだが、卑怯と言われるほどのものでもない。

 

そして、ブルーノが背面に回ろうとしたところにタックルが来たため、彼の目の前には巨漢の左手にあった大きな盾が姿を見せていた。

 

「(まずい、予想外に組み立てが上手い)」

 

一度間合いを開くことを考える。

最初の加速からの攻勢の勢いは、最早完全に止まっていた。

筋力と体重は相手が上で、さらに技術において拮抗している。

このまま近い間合いで戦うのは不利だ。勝負のあや(・・)を期待して一撃離脱にシフトした方がいい。

 

いいのだが。

 

「(やばい、下がったら術が飛んでくる)」

 

ブルーノの勘が囁いた。

どんな術かは分からないのだが、自分はもう3回も術を使用している。回避が難しい系統の術である場合、そのまま相手に攻勢を許すことにもなりかねない。

低級単唱器とはいえ、術を使うのもタダではないのだ。

 

とっさに彼は判断する。

 

「“吠えよ(アボーン)”」

 

前へ。

本来、マリーヤード騎士を相手に、その懐に飛び込んではいけないとされる。

それは相手が怪力を誇るからだ。組み付かれて勝てた者はほとんどいない。

 

だが、今は目の前に盾があった。

それに向かって蹴りを入れれば、盾が邪魔になって相手からはほとんど見えない。

盾をどかせれば、また槍と槍の戦いだ。ブルーノは攻勢を続けることができる。

 

ただし、それが読まれていなければ。

 

「“ジェノサァァァイ(逆巻け)”」

「しまっ!?」

 

竜巻のような突風がブルーノの身体を2馬身(4メートル)ほど浮き上がらせた。

強力な上昇気流を発生させる、消耗の大きいタイプの術だ。

 

そして、相手を浮き上がらせた一瞬で崩れていた体勢を立て直すと、巨漢は大きく踏み込んで左手の盾を振りかぶる。

 

「“吠えよ(アボーン)”」

 

しかし、ブルーノも反応する。今度は後ろへ。

浮き上がった勢いにプラスして右斜め後ろに飛んだため、盾で殴りつけるのならば空振りするはずだった。

巨漢がそれに反応して投げつけた盾が直撃しなければ、まだ反撃の目はあっただろう。

 

ブルーノ自身は槍の柄で盾を弾いて無事だったのだが、槍が半ばで折れ曲がってしまい、続く大槍の横殴りで完全に折れた。

 

「クッソ~、『鬼謀』のジジイが安心して裏回りルート任せるわけだぜ……」

 

さすがに自分の得物が壊れてなお勝算が残っているとは思えず、彼は両手を挙げて降参の意を示す。

 

「術の使い過ぎでござる」

「わかってるよ」

 

ブルーノは指摘を受け取った。

最後、短時間での術の連続使用による消耗によって、わずかに反応が遅れたために、槍の柄を破壊されるという失態をやってしまったのである。

短期決戦を挑んだ弊害でもある。防戦になった時点で敗北することを覚悟して、術を連発したのだ。

 

だが、お互いに常勝とはいかない相手であるということも、認識していた。

筋力では確かにブルーノが劣るのだが、彼も彼で筋力に勝る相手に努力を重ねてきた高級騎士なのだ。結果から見るほど、2人の差は開いていない。

 

そもそも、100回戦って100回勝つなどというのは、戦闘ではよほどの実力差がない限りありえないことである。

互いに採る作戦の相性が最悪だった場合、または勝負の綾が発生した場合など、多少の実力差ならば覆ることが往々にしてある。

だからこそ、試し合うのだ。

 

短期決戦ながら瞬き1つ許さない激しい攻防を演じた2人に、観客席からは惜しみない拍手が贈られた。

 

ブルーノは一礼し、イヴァンは筋肉を見せつけるようにポーズを決めてから、闘技場を去っていく。

 

 

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