「『
「こういうことがあるから、武術大会は注目が絶えないんだ」
「すげえな……」
ジョン自身、兵士ほど実戦に詳しいわけではないのだが、今の試合で単純にどちらが強いのかというのは分からなかった。
『地神』は決して弱くない。
その二つ名に似合わず高速移動を繰り返し、巨漢はよくそれに反応した。
「あの盾投げはビッグフットの得意技なんだ。
あんなデカイ盾をブン投げてこられると、大抵は避けるか受けるかしちまう。
相手が飛び道具持ってても、盾が全部防いじまうし、距離を取ろうとするとそれに合わせてくる」
「『
「少し変則的だけど、術対策型の『剣盾二刀流』だね」
「『ケンジュン二刀流』?」
聞き慣れない言葉に、赤毛ショタジジイは首を傾げる。
「
盾を積極的に武器として活用するスタイルなんだよ。
専用に刃物のついた盾なんかも開発されていて、死角のない攻防一体の戦法として広まっている」
「ただし、高い技量を要求されますから、採用している騎士はそれほど多くないとも聞きます」
「二刀流は元々難易度が高いのさ」
デイヴィッドは肩をすくめて見せた。
二刀流と言うと、両手に武器を持つということで強そうに聞こえるが、かなり鍛錬を積まなければ、両方の剣を別々に動かすことなど不可能である。
理由は、片手で剣を振るった際、人間の体はもう片方の手でバランスを取ろうとするからだ。だから、剣の種類では圧倒的に片手剣が多く、次に両手用剣と二刀流用剣が並ぶ。
二刀流用剣というのは、相手の剣を受け、捕まえて折ることに特化した短剣のことで、西洋では『マンゴーシュ』や『ソードブレイカー』、日本では『十手』が該当する。もっとも、『十手』は片手で使われることが多かったようだが。
ちなみに、地球では両手に様々なものを持った武術が存在する。
宮本武蔵が両手に刀を持った例が有名だが、琉球古武術には
試合は進み、いよいよ2回戦。
イヴァン・グラットンVSカッセルとなる。
武術大会2回戦では異例の、部外者同士の戦いとなった。
ちなみに、イヴァン・グラットンは元騎士の移民(平民)で、カッセルはイリキシア王国軍所属の騎士という身分である。
「始め!」
試合開始の合図。
金髪褐色肌の大男は大盾と大槍を構えて、じりじりと間合いを詰める。
対して黒髪の少年騎士カッセルは、開幕に詠唱を始めた。
「“
カッセルの小柄な肉体に、何か虹色の光が吸い込まれていくのが見える。
それを見た観客席は、ざわめいた。
デイヴィッドが立ち上がりかけたのを、ハルディネリアが抑える。
ハルディネリアの膝の上の子猫は顔を上げたが、立ち上がりはしなかった。
ミラーディアは何か手を上げかけて、下ろす。
ついでに隣から押し込まれて赤毛少年と肩が触れそうになっていたため、従妹側をやや力を入れて押し返した。
ジョンは何かとてつもないことが起きているような予感がして、ざわめく観客と、不安そうに闘技場を見つめている騎士達や術士兵達、それにマキナやハレリア新首脳部にそれぞれ一瞬だけ視線を走らせる。
新首脳部である六家の5人(1人は控え室)は落ち着いたもので、新元帥のアランは不安に駆り立てられて走り回る若い伝令兵を落ち着かせるのに苦慮していた。
その内、若い伝令兵はベテラン騎士にゲンコツを落とされていたが。
他、若い騎士の間に数名、武器を構えて飛び込もうとして同僚、おそらく先輩に止められている者がいたが、逆に術士兵は落ち着いていて、赤ローブの錬金術師は興奮気味にざわめいていた。
その間に、カッセルの身体は赤黒く変色する。
その姿は、魔法で強化しているというよりも、人間の形をした怪物と言った方が正しいという印象があった。
「うむ」
金髪褐色肌の大男は、1つ唸ったのみ。
カッセルは強化術以上の筋力で地面を蹴り、盛大に砂埃を上げて大男に片手半剣の一撃を叩き込んだ。
それを大男は盾で打ち払い、体ごとぶつかってきた黒髪少年の勢いを上手くいなして逸らす。
ジョンには遠目からも全く見えなかった。
あれでは盾で受けるだけでもかなりの技量を要求されるだろう、ということだけは理解できた。
カッセルは突進の勢いを逸らされたことで、壁に激突する寸前で壁に向かって垂直に『着地』することに成功し、そのまま再度突進を敢行。
今度は大男は身を低く盾を構え、その外側から大槍による反撃を試みる。
ジョンからすると、その構えがカッセルの突進に間に合うことが奇跡のように思えたのだが。
「ぬぅん!!」「がぁぁっ!!」
2つの咆哮が重なる。
大男は大きく低く飛び下がり、カッセルは壁の上の方、観客席に近い位置に『着地』。
さらに攻撃態勢に移ろうとしたが、剣が持っていた右手から離れていることに気が付き、それを拾うために一瞬地面に降り、それからまた突進攻撃を繰り出した。
カッセル自身、自分の筋力を完全に制御できているわけではないのだ。
ただ、今まではここまで食い下がる者がいなかったのだろう。
時間をかければかけるほど、ボロが出始めていた。
とはいえ、ビッグフットの方も無傷ではない。
まともに受けたらしき盾が少し抉られ、肩口を浅く切られていた。
白銀の鎧を着込んでいたのだが、そんなものは超絶な筋力の前に、あってなきが如しである。
今度は大槍の穂先で逸らすことに成功していたが、こちらもギリギリだ。
どちらの神経が参るか、集中力を切らすか、という戦いである。
4度目、今度はカッセルが弾き飛ばされた。
「『シールドバッシュ』……!」
隣でデイヴィッドが小さく叫んだ。
ジョンにはほとんど見えなかったのだが、どうやらあの速度に合わせて盾殴りを敢行したらしい。
『
『シールドスラム』、『シールドチャージ』などとも呼ばれ、上手く決まれば高い威力を発揮する定番攻撃の一つだ。
現代地球においても、機動隊が暴徒鎮圧の際に実戦使用することがある。
ちなみに、それ専用の盾、『スパイクシールド』などもあり、古来から『シールドバッシュ』が戦術として頼りにされていたことが伺える。
ただし無理をしたためか、大きな盾がさらに抉られており、角度を気にしなければ盾の役割を果たせなくなっていた。
5度目、盾の損傷が大きく、大男が負けるかと思われたその時、当たり前だが誰もが考えなかったことが起きる。
「“
ジョンからしてもほとんど瞬間移動しているようにしか見えない突進を5度目にして見切り、それに術を合わせたのだ。
『盾殴り』を合わせるのとはわけが違う。
なにしろ、単唱器の詠唱時間よりもカッセルが30メートルを駆け抜ける方が早いのだ。
突進の構えを見てからでは遅い。
突進の構えを取るタイミングから見切る必要があった。
いずれにせよ、人間業ではない。
「見てから昇竜かよ……!」
ジョンは思わず呻いた。
なぜか隣から押されて巨乳少女と肩が触れているのに気付いたため、さりげなく離れる。
術によって突進の勢いを殺されたカッセルは、ヒットアンドアウェイから接近戦に切り替える。
足を止めての殴り合いとまではいかないが、大男の方がジリジリと下がりながら、上手く間合いを取って致命傷を避けていく。
そして、ビッグフットからの反撃も行われ始めた。
巨大な円盾に幾つもの切り込みが入り、お互いの鎧が双方の怪力によって引き裂かれる。
この領域になると鎧が布きれ同然の役目しか持たなくなり、戦場の常識から逸脱してくる。
何度も食い込む武器も、持たなくなりつつあった。
両者傷だらけになりながら戦い続け、そしてほどなく終わりを迎えた。
「グガ……ゴォッ……!」
カッセルの赤黒い肌に白っぽい色が混じり始め、そこからの攻撃が強化術の範疇を越えたのである。
「“ゴォォッ”!!」
カッセルが吠えると、大男の動きが突如として鈍くなった。
鎧の破片が不自然に土の中へ潜り、砂埃が急速に収まっているのを見ると重力を操っているようにも見える。
その隙に少年は飛び込み、渾身の突きを繰り出す。
「“ジェノサァァァイ”!!」
そこに、大男の方も踏み込んだ。
自分で起こした突風の後押しを受け、圧し掛かる重力を筋力で跳ねのける。
突きは盾を貫かせて逸らし、ほとんど刃が潰れていた槍を杖代わりに、脚を振り上げハイキックを放った。
それは少年の側頭部に命中し、ダンプカーにはねられたがごとく、ポーンと吹き飛ぶ。
そして、少年がそれでも受け身を取ったところで、死亡判定が言い渡された。
「それまで!
僅差ながら、カッセル・ヒルム死亡判定、よってイヴァン・グラットンの勝利!」
地面に膝を付く大男の脇腹には、盾を貫通した片手半剣が深々と刺さっていた。
ほぼ相討ち、ということである。
試合の終わりと同時に、濃紺スーツの黒髪少女が控室から出てくる。
その顔面は蒼白で、慌てた様子で少年に駆け寄り、闘技場内で処置を開始した。
治療、とは少し違う。
赤黒い肌をしたままの少年を座らせ、その周囲に銀でできた円を組み立て、詠唱する。
よく見ると、カッセルは赤黒い肌に血管が白く浮き出ており、それが普通の状態ではないことをジョンに感じさせた。
一方、貴賓席のハレリア首脳部。
「あれが『ベルセルク兵』か……。
理論上は可能であると知ってはおったが、数を並べるとなると、適性検査の方法を確立するまでに、数万人を使い潰すことになる。
このハレリアにおいてはそこが難しいがために、断念せざるを得なんだ」
白いマントに紫色の新月を背負った老人が呟く。
「ハレリア王国でそれが許されるのは、極刑の人権停止となった者に限るのであります」
「そして奴隷降格となった者は
分かっとるわい。……それが真に気に入らん者はルクソリスに残ったりはせん」
「あらあら、ノルドったら、素直にこの国が好きだと言えばよろしいのですわ」
「……」
老人は苦虫を噛み潰したような、照れているような、何とも言えない複雑な表情をした。
歳の差はあれどマリエルが苦手というのは間違いないらしい。
「とはいえ、彼らが未熟なのか、技術が未発達なのか、問題は山積ですな」
ヒゲの中年騎士が神妙な顔で評した。
「伝令の教育も含めてね」
「ははっ、確かに」
エリザに指摘され、アランは渋い顔をする。
彼らが見ている前で、魔導術の儀式が行われ、血管の白い変色が赤黒く戻り、それから元の白い肌へと色が抜けていった。
黒髪少女は自身もフラフラになりながら、意識を失ったカッセルの身体が倒れるのを受け止める。
しかし、そこで力尽きたらしく、共に地面にへたり込んだ。
そんな2人を、自分で腹から剣を引き抜いた大男が両脇に抱え上げ、控室に戻って行く。
観客席からは、惜しみない拍手が送られた。