ジョンの伝記   作:ひろっさん

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進まない関係

「ありゃ、一体どうなったんだ?」

 

ジョンは、誰にともなく尋ねる。

 

「『魔物憑き』は知ってるかな?」

「ああ、一応な」

「アレは、精霊力が過度に集中することで精霊汚染が発生しているんだ。

人の密集地に発生することから、昔は『街の瘴気』なんて呼ばれていたらしい。

症状は、正気を失って暴れ出すこと。

その際、なんでも脳に異常が発生して、筋肉の保護を行わずに暴れてしまうから、すぐに筋を切ったり骨を折ったりして、肉体がボロボロになってしまう」

 

デイヴィッドが説明を始めた。

 

「精霊汚染の程度が低いと、適性のある人間は短時間だけ『魔物憑き』の筋力を制御することができる。

その現象を利用したのが強化術だ。

短時間だけで解除するように星王器に仕込み、しかも使い手が筋力に慣れていれば、肉体を破壊せずに立ち回ることだってできる。

それが強化術の仕組みさ」

 

軍事の専門家であり、さらに術士兵でも騎士でもあるため、彼はある程度のことを知っていた。

 

「精霊汚染の程度が深い場合、術のような現象が発生して、取り押さえるのが妨害されることがあるらしい。

それは治癒術だって使えるかもしれないってことでね。

生身で取り押さえる際は、手足を切ったり折ったりしても油断ができないそうだ」

「確か……『魔物』を発生させる際、地属性の術で拘束する他に、洗脳術が通じたりしますよね」

 

頬を引き攣らせつつ、ミラーディアが呟く。

 

「正解よ」

 

赤毛ショタジジイを白ローブのフードを被った巨乳少女の方へ押しつけるように押し退けつつ、灰色髪のエロドレス美女が座った。

 

必然的に、逆側から押されていたミラーディアとジョンが、肩と腰が触れる形で密着することになる。

 

「あらあらまあまあ」

「ハル姉様っ、押さないで!ひゃぁっ!?」

「うふふふ」

「何年生きててもコイバナっていいものねえ」

「ああ、シリアスがどこかに行った……」

 

それまで真剣に語っていたデイヴィッドが頭を抱えた。

 

 

 

「このマグニスノアで使われている魔法というのは、すべて精霊を利用しているわ。

ああ、地域や時代、説によって、妖気とか魔力とかって言う呼び方もあるけれど、その辺は長くなるから割愛するわね」

 

マキナは説明を始める。

 

この間もジョンとミラーディアは密着させられていた。

さすがに本格的に危ない恰好になっているわけではないが、服越しに身体の柔らかさ、体温や体臭を感じているだけでも、年頃で憎からず思っている相手と密着しているというのは、かなり心臓に来るものがある。

 

しかも、逃げようとしても魔法か何かの力で抑えつけられた。

カッセルの重力っぽい術を、ビッグフットは持ち前の筋力で跳ね除けていたが、ジョンは鍛冶仕事で鍛えているとはいえ、非力なホワーレン人である。

 

「なんか、ミラーディアの体温がめっちゃ上がってるぞ、大丈夫か?」

「大丈夫ですわ。気絶しましたら、デイヴィッドが抱えて行きますもの」

「……まあ、やれと言うのなら」

 

ハルディネリアの的外れな返答に、デイヴィッドは苦笑で返す。

 

「説明を続けるわよ」

 

マキナは目の細かい四角い穴の無数に空いたパッチワーク模様の長手袋に包まれた手を叩いて、注意を引き戻した。

 

「魔法というのは、この精霊にエネルギーを与えて活性化し、ある種の信号を与えて様々な現象を引き起こす技術よ。

その関係上、生物の体内に作用する治癒術や洗脳術と、とても相性がいいわ。

ただ、魔法の種類によっては、精霊を直接体内に取り込むことになるの」

 

ジョンは少女の柔肌をローブと服越しに感じ、なかなか話に集中できなかった。

 

「今回の場合重要になるのは、体内に入った精霊がどう振る舞うか、ね。

第1段階、体内の精霊の量が一定を越えると、血液から脳に到達するわ。

そこで、その生物に強力な破壊衝動を与えると共に、脳機能の幾つかを停止させるの。

停止される脳機能の1つに、筋力のリミッターが含まれる。

この第1段階が『魔物憑き』よ」

 

密着させられ、声も出さずに震えていた少女から、力が抜けていく。

気絶したようだ。

それを感じ取ると、ハルディネリアは身体全体で圧し掛かるように押していた従妹のぐったりした身体を逆に引き寄せ、頭を白いドレスに包まれた自分の膝に載せた。

 

そこにいた虎柄の子猫は、入れ替わるように赤毛ショタジジイの頭の上に駆け上がり、居場所を主張するように座る。

 

「『魔物憑き』の第一症状には個人差があってね。

まずは破壊衝動の程度。完全に、物理的に精神を支配されてしまうまでの時間。

それと、もう1つは脳機能停止の順番よ。

問題は、物理的な支配に達するまでの時間が長くて、最初に筋力のリミッターが停止される場合。

筋力のリミッターを解除した状態で、自分の意思で動くことができる時間が存在することになるの。

コレを利用して戦力化しようとしたのが強化術というわけ。

彼は、活性化した精霊の活動を全身の鉄装備で抑え込んでいるわね。

そのおかげで、ある程度は完全に正気を失うまでの制限時間を延ばせるようよ」

「じゃあ、あの色はマジで鉄装備だったからなのか……」

 

ミラーディアが気絶したことで、ジョンもマキナの説明に耳を傾け、まともに頭を回すだけの余裕が出てきた。

 

「洗脳術が通じるってのは?」

「洗脳術の中の、『憑依支配』ね。

あれの原理は、術者と直接脳波を繋げて、リアルタイムで思考の結果を書き換えるというものなの。

つまり、破壊衝動に支配されていても、洗脳術者が判断の結果を書き換えてしまえば、その行動の制御はできるというわけ」

「どブラックだな……」

 

赤毛ショタジジイは呟く。

 

「ふふ。やっぱり面白いわね、あなた達」

 

マキナは一瞬驚いたような顔をして、それから優しく微笑みを浮かべた。

 

「今は一方通行だけれど、好きになった相手は間違っていないわ」

「恋愛に間違いなんてあんのかい?」

「ミラーディアの勘に言っているのよ。

この子の期待通りの相手なんて、一生見つからないと思っていたもの」

 

彼女はそれから説明を続ける。

 

「エヴェリアとカッセルは、お互いが近くにいないと生きていくのが難しいくらい惹かれ合っているわ。

こっちは両想いね」

「惹かれ合うのは素晴らしいことですわ」

 

ハルディネリアがうっとりとした表情でつぶやく。

 

「ただ、肉体関係はまだね。

イリキシアは食料が制限された土地だから、あまり子供を増やせないの。

逆に、燃え上がる時はド派手でしょうね」

「ああ、いいですわねえ……」

「……」

 

ジョンは複雑な顔をした。

遠慮なく恋愛の深い話を聞かせてくる2人に閉口したというのもあるのだが。

 

イリキシアの出生制限は、国家として死活問題で、窮地に立たされていたことを意味していた。

旧ブロンバルドは、イリキシア本土に攻め込むことをしなかったが、それでも十分以上にイリキシア王国を追い詰めていたのである。

ミラーディアは『発展してもらう』と言っていたが、イリキシアからすれば、かつての国力を取り戻すというのが正解だろう。

 

「ハレリアに限らず大抵の国の星王術士は、教育の一環として1度だけ『魔物憑き』を体験させるわ。

目的は、ただ言葉で危険性を教えるだけでは、『魔物化』まで踏み込む子が出るからよ」

「それで、はぐれ錬金術師が『憑魔(ひょうま)()』の研究を避けるってことか?」

「その通りよ。

ジョン君が『魔物憑き』の戦力化について懸念していたことは大正解でね。

技術的にはハレリアでも可能は可能なのだけど、幾つかの理由で研究を進めることができないの。

その1つが、精霊によって精神を破壊衝動に塗り潰していく感覚が、ほとんどのヒトにとって受け入れ難いものだから。

だから、適性検査用のデータを集めるだけでも、死刑囚や人権停止の判決を受けた人間が、数万人必要になるわ」

 

研究に数百年かけるとすれば、死刑囚が1年に数十人出なければならない計算になる。

ハレリアは特に平民を死刑にする法律がなく、人権停止されると神族(かみぞく)に研究材料として捧げられるため、人員の確保の問題で研究は限りなく不可能に近かった。

 

「それでイリキシアの出生制限ってわけか」

「そうよ。イリキシアは食料問題から、そういう人体実験についての志願者がとても多いの。

特にブロンバルドに押し込まれていた時期は、とても食糧のかかる多脚馬(スレイプニール)騎士団は維持が難しくて半減させられていたそうよ。

そして、より少ない数でより高い戦力を確保できる『ベルセルク兵』の開発に踏み切った、というわけね」

 

ただ非人道的な人体実験が行われていたわけではない。

それを必要とする土壌が、分かっていてもやらなければならない理由が、イリキシアには存在したのだ。

 

「でも、さすがにアレが完成というわけではないわ。

準備時間が長い上に、『憑依支配』の届く範囲から出ると制御を失う。

『魔物憑き』の状態で精霊術を使うと1段階強化されるというところまでは知っていたようだけれど、『成り立て』に届くほどではないし。

何より、剣術がまだまだ拙いわね。

お互いに15歳では仕方がないのかもしれないけれど。

まあ、自力で『魔払いの儀』ができるというところは評価しようかしら。

『魔物憑き』戦力化の最低条件だし」

「全体的にひでえ評価だな」

「それだけ発展途上ということよ。

本格的に研究を始めたのも数百年前のようだし、さすがに技術的に未完成な部分も多いわ」

「数百年か……きっついな……」

 

ジョンは呟く。

数百年もかけて開発してきた軍事技術を、まだまだ未完成と断じられたのである。

 

戦争が人類の文明を発達させてきたという説がある。

現代地球の文明を支える様々な技術は、軍事技術を元にしているのは有名な話だ。

ただ、それも十分な国力と経済力を持っている場合に限る。

十分な予算と資材を確保できなければ、さすがに軍事技術を急速に発展させるのは難しいということだ。

 

というのも、軍事技術というのは基本的に、国家という最大組織が必要に迫られて準備するものだからである。

時として一定の国力や経済力を犠牲にすることもあるが、そういった判断を行うのも国家でなければできないことだった。

ゆえに、軍事技術というのは潤沢な予算を投じて開発されるのが常であり、それゆえに発展する時は急激に発展し、時としてそこで開発された技術が民生品に転用されるということもある。

 

これが、戦争が文明を発展させてきたという、大まかな理屈である。

 

ならば国力と経済力に制限を受けたイリキシアのような国が、必要に迫られて軍事技術を開発したならば、どうなるだろうか。

答えは、どうしても予算に制限がかかり、何かを犠牲にしなければならなくなる、だ。

 

「結局、その辺がエヴェリアとカッセルがハレリアに送られてきた理由ね。

ハレリアの技術力で『ベルセルク兵』の問題点を解決したいし、表向きの軍事同盟、ブロンバルドを巡る周辺諸国の同調も重要なこと。

ハレリアの国土拡大制限そのものは想定外だったようだけれど。

後、ついでにあのじれったい2人が危険な旅でくっついてほしいというのもあったようよ」

「最後のはいらんかった……」

 

ジョンは渋い顔でうなだれた。

 

「洗脳術で理性を飛ばしてしまえば、することはするようになると思うのですけれども」

「エヴェリアが洗脳術のエキスパートというのがネックねえ。

『憑依支配』はそう簡単な技術ではないわ。

あの2人の場合、カッセル側がエヴェリアを信頼して、わざわざ鍛錬までして抵抗をゼロにしているけれど、エヴェリア側も『魔物憑き』を制御しつつ自分で動き、『魔払いの儀』までやり遂げるというのは、ヒトの身では相当な鍛錬が必要よ。

遊郭で『理性停止』を使っている程度の術士では、術が跳ね除けられてしまうかもしれないわ」

「結構真剣に考えるんだな、そういうこと」

 

赤毛ショタジジイは苦笑するが。

 

「あら、ジョン君自身も当事者ですのよ。

こちらはこの子が自分でお膳立てを頑張っていますから、外野が手出ししていないだけですわ。

触ってみますか?」

 

ハルディネリアは、膝の上の従妹のローブの胸元をひょいと指で広げる。

衆人観衆の前、さすがに見えるほど広げたりはしなかったが、いつの間にか下着の戒めを外していたらしく、解放された膨らみによってできた谷間が強調されていた。

 

「なんでそんなとんでもねえことやりやがんだよマジで」

「ハレリア王族が大体こんな感じで、奥手のミラーディアが特別なだけよ」

「ここにできた王国が訓練されてやがる……!」

 

ジョンはさりげに形を変えるたわわな胸を目に焼き付けつつ、頭を抱える。

 

 

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