「昨日はすみませんでした。相談したいことがあると聞いていたのに……」
巨乳白ローブの少女は設計室で深々と頭を下げる。
ちなみにここは工場に隣接する休憩室とは別に作られた設計室で、ジョンとミラーディアは2人きりで話し合っていることになる。
すっかり定位置となった赤毛少年の頭の上に乗っている、二股尾の子猫を除けば、だが。
「『体調管理も仕事の内』って普通だったら言うんだけどなぁ。
なんか、アレルギーみてえな熱の上がり方だったから、心配したぜ」
体調管理を完璧に行おうとしても、どうしようもない病気というものがいくつか存在する。
1つは遺伝関連、母体からウィルスをもらっていたり、癌になりやすい、あるいは臓器が弱い体質など。
もう1つはアレルギー系、食物アレルギーは言うまでもなく命に係わるし、現代地球でもアレルギー物質がどの食品に入っているのかなど、完璧に成分を表示できるのは先進諸国くらいなものである。
それらとは別に化学物質過敏症、シックハウス症候群、花粉症など、様々なアレルギー疾患があり、中世レベルのハレリアでは、発覚しても治癒が間に合わずに死んでしまうなどという事例もたまに耳にする。
「アレルギーというのは、ある意味言い得て妙ですね」
形のいい眉をややひそめつつ、彼女は語る。
「ハレリア人のルーツは、星王神話の『混沌の夜明け』の話に登場する神造人間リリアーナから始まります。
そもそも『混沌の夜明け』というのは、それまでマグニスノアの各地で多発していた『魔物』がそう簡単には発生しないようにする、複数の
道教の『破天荒』、日本神道の国産み神話、ギリシア神話のカオス、フィンランド神話『カレワラ』のイマルタルなど、地球上の創世神話の中にはあらゆるものが混ざり合って区別がつかなかった状態、いわゆる『混沌』という概念が存在する。
しかしマグニスノアにおける星王神話には、そういう『混沌』の概念は存在しない。
神話に登場する重要な大儀式の名前として、ある人物が洒落た名前を付けただけであり、基本的に『混沌』の概念とは無関係である。
「大儀式『混沌の夜明け』は、『魔物』の原因となる瘴気の不活性化を行うもので、一時凌ぎに過ぎないと言われています。
維持に少なくない労力がかかるようで、永遠に維持し続けるというわけにはいかないのだそうです。
そこで、ヒトの側を改造し、『魔物』が発生しないように、瘴気に耐性をつける方法が考案されました。
その結果、生み出されたのが神造人間リリアーナ。ハレリア建国王シドルファスの妻にして、ハレリア人の始まりです」
ミラーディアは話を続ける。
「そのリリアーナは、全世界にその遺伝子を行き渡らせるという使命を持っていました。
そのために、母体としてはかなり丈夫で、身体能力が高く、性欲が強かったと言われています。
おかげで、生涯に31人の子供を作ったとか」
「ちょっと待ってくれ」
「はい?」
「そのリリアーナってのは、誰が作ったんだ?」「にゃ?」
赤毛少年の疑問に、彼の頭の上で我関せずと寝そべっていた虎柄二股尾の子猫が顔を上げて首を傾げた。
「確かスプリガン種ってのは、
だったら、それまでに長年かけて交配してきたとか、リリアーナってのがスプリガン種の里から連れて来られたってことにならねえか?」
「面白い着眼点だとは思いますが、連れてきたのが『蛇王の遣いスティーナ』様ですからね。
「『蛇王』って、『星王』と対になってるって、アレか?」
「はい。
どうも、『蛇王』自身は、不老不死の方式が
「はー……」
赤毛ショタジジイは感嘆の溜息を吐く。異世界はまだまだ謎だらけのようだ。
「話を戻しますよ。
神造人間リリアーナには、もう1つ重要な性質がありました。
ヒトというのは不思議なもので、文明や文化が発展すると、性欲を抑制する傾向が強くなります。
それまでは必要になれば
そこで、『蛇王』は保険をかけたのです」
少女は少し俯き加減に、しかし冷めた顔で言った。
「つまり、ハレリア人の5人に1人くらいは、少し気になった程度の異性に接触するだけで、『肉体が作り変わる』と言われるほど、強烈に反応してしまうのですよ。
それを『血が求める』とか、『惹かれる』とかいう言い回しをします」
「あぁ、そんなことも聞いたなぁ……」
ジョンは呟く。
ミラーディアと顔がそっくりな彼女の従姉、ハルディネリアが以前言っていた。
「でもよ、じゃあ逆になんで今まで大丈夫だったんだ?
そもそも遊郭とか行かねえから、溜まってたりしねえのか?」
「なかなか踏み込みますね。まあいいですけれども。
私の場合ですが、ハル姉様の影響か、レズっ気があるのです」
「ホァッ!?」
赤毛少年は変な声を上げた。
「アリシエルは気付いていないようなのですが、普段からハル姉様にお相手していただいていまして。
そのせいで、『遊郭に通わない異端児』なんて言われることもあるのですね」
「マジか……」
「突発的に危なくなると、エヴェリアさんにちょっかいをかけて発散していたのです。
最初の異性を殺してしまう可能性は、無いわけではありませんからね」
ミラーディア側でも、そこのところは気を付けていたのである。
「マジでキマシタワーだった……」
少年は頭を抱えた。
「まあ、気を付けていたせいで、今のこの、困った状況が生まれているのですけれども」
「困った状況?」
「失礼」
白ローブの巨乳少女は、おもむろに少年の手を取る。
まだ若いとはいえ、日々の仕事でゴツゴツしており、細かい傷も無数にあった。
多少は神殿へ行くなり、ミラーディアやエヴェリアに治してもらっているとはいえ、特にエムート時代やナンデヤナ時代、まともな道具もないこの時代の技術に慣れていない時期がなかったわけではない。
そのため、大小の切り傷や火傷痕が手を中心に幾つか残っていた。
顔も鍛冶焼けでやや黒くなっており、逆に手袋をしている手は白く、手袋が途切れている肘のところが褐色になっている。
そんな手を白く繊細な指先が触れて、包み込むように握る。
相手は妙齢の美少女で、ジョンは同性愛趣味があるわけでもない健康な若者。
よく近くにいてもスキンシップなどはほぼない環境で、異性から手を触れられるというのは、なかなかドキドキした。
「やはり、大丈夫ですね。
これでダメでしたら、本格的にマキナ様にお願いする必要がありましたが」
ミラーディアが言っているのは、つい先程自分で説明した、『肉体が作り変わると言われるほどの強烈な反応』が発生しないことについて、である。
ジョンは言われて、今彼女がその実験をしたのだとすぐに気付いた。
「なんか、裏技か?」
「ええ。薬で反応を抑えています」
彼女は少年の手を放して頷く。
「症状がいつ誰に出るか分かりませんから、ハーリア家が抑制剤を開発していたのですよ。
特に外交官などは、仕事中に重要人物との接触を避けるというわけにはいきませんからね」
ただ、とミラーディアは続けた。
「その薬は『エロストップス』。鎮静系ですが、麻薬の一種なのです。
副作用は長年の研究によって可能な限り抑えてはいますけれども。
それでも、常習性と禁断症状の抑制は完全ではありません。
長く使い続ければ続けるほど、強い禁断症状が出ることになります」
「麻薬か……」
感慨を込めて呟く。
その響きは、現代地球の日本ではアウトローの象徴だった。
麻薬と聞くだけで拒否反応を示す者も少なくない。
ただし、麻薬には禁止されているものと規制されているもの、規制されていないものの3種類が存在することを知った上で議論する必要がある。
禁止されている麻薬の代表格は、最初は万能薬としてドイツのある製薬会社から売り出され、社会的な大問題を生み出すまで放置された。
快感、精神的依存、身体依存のすべてが最高レベルという、危険なその薬物は、今なお全世界中に蔓延し、多数の死者を生み出し続けている。
『ヘロイン』。
ギリシャ語の英雄を意味する言葉を冠した、史上最悪と言われる、現代における麻薬のイメージを形成した薬物である。
規制されている麻薬の代表格は、麻酔薬と呼ばれ、医療現場で患者に投与処方される薬物となる。
全世界で様々な効能のものが開発されており、興奮剤、鎮静剤などが存在する。
『モルヒネ』などが医療利用される麻薬としては代表的だろうか。
規制されていない麻薬の代表格は、お酒と
もちろん程度によっては中毒となる場合もあり、消費抑制のために税金が課せられ、20歳を基準に制限されているのを規制と考えることもできなくはないが、致死量を特殊な資格なしに合法的に入手可能、という意味では、規制などあってないようなものとも言える。
中世における麻薬の用途は、主に宗教儀式と苦痛の軽減である。
宗教儀式としては、幻覚作用によって大いなる存在をより身近に感じやすくなるという作用に期待してのもの。
苦痛の軽減としては、病人や怪我人の苦痛を軽減する作用、鎮静剤としての効果を期待してのもの。
ただし、現在のように蒸留したり成分調整したりする技術がなかったため、成分が含まれた植物を燃やして煙を吸ったり、少量を口から摂取させたりしていたようだ。
そのため、『ヘロイン』や『コカイン』のような副作用、禁断症状などが生じることは少なかったと考えられる。
ミラーディアが使用したものは、医療用に拙い技術ながら800年以上という長い時間をかけて開発されてきたもので、性欲や極度の興奮状態を抑制する、鎮静剤としての効果を持つようだ。
「本来は私のようにならないように、ある程度の年齢に達すると、異性への免疫をつけさせるため、遊郭へ通うことを推奨するのだそうです。
そこまで強く言われるわけではないですし、少々時間をかけて慣れていくことで、反応を抑えることもできなくはないのですけれども」
「あー……把握した。つまり、ミラーディアなりにゆっくり身体を馴らしてたわけだ。それを……」
「そういうことです。
背中越し、服越しでの接触だったとはいえ、長時間密着していたものですから、一気に反応が起こってしまったのですよ」
少女は渋い顔で深々と溜息を吐いた。
「ただ、予想外に事態が早く動いてしまいまして、ゆっくり時間をかけている暇がなくなってしまったのも事実なのです」
「ん?」
「それでですねえ、いっそのこと、強壮剤を飲ませて今押し倒してしまえって言われることもあったのですよ」
「強壮剤?」
「マクミラン印で生産しているもので、主に腹上死を回避するために使用されるものです。
『ホジュース亀の煮凝り』や『バジリス蛇の牙毒を煮詰めたスープ』なんて有名ですね」
「そんなのがあったのか」
日本では
腹上死、いわゆるテクノブレイクの主原因は強すぎる快楽による心臓停止であるため、強心剤、強壮剤といったものが有効なのである。
「まあ、今まで男性とそれほどスキンシップを取って来ませんでしたから、オスを感じることに免疫が少ないという自覚はあったのですよ。
16歳で結婚適齢期とはいえ、なにしろ経験がありませんから、私が自分を制御できずにジョン君を腹上死させてしまう可能性についても自覚していました。
なにより、一度経験してしまえば、過剰反応に馴れるという話も聞いていましたから、いざという時にはそうするのも視野には入れていたのです。
ですが、その……」
そろそろ、ミラーディアの話が言い訳めいてきていた。
「ええ、まあ、散々他人を煽ってきておいてなんですが、結局、踏ん切りがつかなかったのです……」
「わかった、わかったから、な?
こういうのは焦って急にやろうとしたって、上手くいかねえもんなんだ。
ミラーディアはミラーディアのペースでやればいいさ」
少女は頷く。
「……わかりました。とりあえず、ジョン君が
「その話、詳しく」
最後の最後に、とんでもないカミングアウトが飛び出してきた。
今まで彼女が何かと持ってきた差し入れは、ほぼすべて少年の貧弱な肉体を、性的な意味で強靭に改造するためのものだったようだ。
どうやら、ハレリア王族というのは予想以上にエロに強い一族らしい、と赤毛ショタジジイは認識を新たにするのだった。