予選第1回戦が終わり、翌日から2回戦が始まる。
この日に2回戦と3回戦が行われ、3日目にそれ以降、本戦が行われる。大体の傾向として、2日目から観客が多くなる傾向にあった。
それはこのVIP席でも同じだ。
「曇天。一騎討ちにはもってこいのコンディションだね」
席に座って呟くのは、人の良さそうな赤髪の青年騎士。糸目の優男だ。
「おお、ゴードン卿」
背後から声をかけたのは、金髪痩身の中年騎士。昨日もVIP席で見ていた男だ。
「お久し振りです、ウェスター卿」
ゴードンと呼ばれた青年は、立ち上がってぺこりと頭を下げる。ウェスターと呼ばれた中年も、返礼した。
「私のいない間に動きがあったとか」
「いえ、大したものではありませんよ。いつもの小競り合いです」
「4千もの兵が動いたと聞いたが」
「その内正規兵は500程度でしたよ。後は数合わせの奴隷兵です。いつものようにお伽噺でお帰りいただきました」
「あれか、総長が視察に来ているとか、その辺の噂で引き返したのか」
「総長の名声は絶大ですから」
青年騎士はにやりと笑った。もちろん、それだけではないのだろう。
このゴードンという男はただの騎士ではない。
マグニスノアにおいてなかなか見られない驚くべき戦術を駆使する、ハレリア王国屈指の将軍なのだ。
「もちろん、間者はすべて確保して懐柔しましたよ。これもいつも通りです」
「イーズリー伯爵も、厄介な男を相手取ったものだ」
中年騎士は深々と溜息を吐く。
説明しよう。
中世西洋では、兵士のほとんどは傭兵だったとされる。華々しい活躍をした騎士団の大半が、国に雇われた傭兵という立場だったのがそれを如実に物語る。
そんなお金で雇われた傭兵は、負けが濃厚になると逃げるのである。負ければお金が支払われないからだ。これは割と現代地球でも似たようなもので、騎士団でこそないが、兵士とはお金で雇って訓練し、戦争に駆り出すものという認識がある。
この傭兵、何も負けそうなら逃げるというわけでもない。臆病風に吹かれて逃げ出す者も少なくないのだ。
具体的な例として、長篠の戦いを挙げよう。
織田信長が武田騎馬隊を打ち破った、歴史的な戦いである。この戦いで織田信長が用いた兵が、傭兵なのだ。それも、ただの傭兵ではない。流浪人や野盗、闇商人など、およそ真っ当とは呼べない人々である。お金で雇われただけで織田家に忠誠もない彼らは、怖くなれば一目散に逃げ出した。
一説によると、かなり陣地に攻め込まれたという話もあるが、それ以外にも武田軍の勢いに恐れをなし、4千人も逃げ出したとされる。
そうでなくとも軍隊というのは、結成したその瞬間から落伍や逃亡で緩やかに崩壊していくものと言われていた。
今回、敵側イーズリー伯爵はその性質を利用し、逃亡兵に紛れ込ませてスパイを放ったのである。正面からかかっては勝てないため、内側から崩そうというのだ。
結果は見事に見破られ、送り込んだスパイも色々な手段で懐柔され、いざという時に誤情報を送り込むために、
ゴードンの方が一枚上手だったと言えた。
「今年の出場者はどうですか?」
「2名ほど奇抜な方法を取る者がいるが、他はいつもと同じだ」
「へえ、2名も?」
「その2名のどちらかが、おそらく優勝に最も近い」
「それは楽しみです。こういう、身分にかかわらず好き勝手に武具を作って競争させるのは、ハレリアだけですからね」
「それは同感だ。最近は揃いも揃って重武装になる傾向にあるが」
「まったく、少しは実用性を考えてほしいものです」
2人の騎士は愚痴をこぼした。
「次だ。2人とも、私が一通り教えた」
「へえ、ウェスター卿の弟子ですか」
「そうだ。騎士と一般兵だが、どうやら武具は一般兵の方に分があるようだ」
2人が見ている前で、金髪のイケメン2人が闘技場の中央に進み出る。
「両方ともに軽装ですが、騎士の方が少し不格好ですね」
「仕方があるまい。重装だったのを、攻撃をわざと受けて軽装にしたのだ」
「ああ、なるほど。速攻対策ですか」
さすがにゴードンは、両方の考えを的確に読み解いて見せた。
とはいえ、これにも事情があったのだが。
「でやああああっ!」
試合開始と共に、エルウッドが
だから剣で受け流し、踏み込んで盾で殴りつける。簡単なことではないが、自分の得意武器が相手ならばこういうことも不可能ではない。
「うっ」
エルウッドはそれを片腕で受け、視界が遮られるのを嫌って横にステップ。近くなり過ぎた間合いを調整する意味もあった。ところが、エドウィンは追いすがって盾で体を隠し、強烈な突きをお見舞いする。
避けられるタイミングではない。
「――っ!」
金属同士が擦れる乾いた音が鳴り響いた。
「なっ!?」
同時に、エドウィンの顔が驚愕に染まる。
軽装で手先や足、胸にしか装甲がなく、後は
動くたびに裾がヒラヒラと舞うコートである。胴体に剣の刺突を防げるような防御力はないと、そう思い込んでいた。
それが、防がれたのである。
「(何か、コートの裏に仕込んで――っ!?)」
動揺した隙にエルウッドが蹴りを放つ。それを鎧で受けたエドウィンが数歩たたらを踏んでよろめき、間合いが離れた。
舌打ちする。
槍ならば間合いを詰めれば有利になると思い、後はずっとその間合いを維持するつもりだったのだ。
既に槍の間合い。
術の詠唱などを始めれば、集中力の逸れたところを攻撃され、槍の餌食となるだろう。
「(一杯食わされたか!)」
エドウィンはそう思って思考を切り替える。
思えば自分自身が高説したことに対して、あの少年鍛冶師は正解とも不正解とも言わなかった。ただ、沈黙してその場を後にしただけだ。完全論破されて捨て台詞も出て来なかったのだと、エドウィンが勝手に思い込んでいたに過ぎない。
まさか、
だが、それならそれでやりようがある。一番の脅威だった
盾を前にかざすと、それを嫌がったエルウッドが攻撃の手を緩める。
「――」
ここであえて、エドウィンは術の詠唱を始めた。
それを阻止しようと、エルウッドが攻撃してくる。その、攻撃のために一歩踏み出したタイミングを見計らって、エドウィンは剣を投げた。
「んなっ!?」
胆をつぶしたのは、今度はエルウッドだ。
咄嗟に足を止めて、辛うじて弾く。その一瞬、エルウッドの姿勢が崩れた。その隙にエドウィンが踏み込み、盾を捨ててエルウッドを組み伏せる。そして腰から抜いた予備のナイフをエルウッドの咽喉に突き付けた。
「――勝負ありだ」
「……参りました」
再びVIP席。
「やるねえ。詠唱を囮に、相手の不用意な攻撃を誘発したのか」
赤髪の糸目騎士は笑みを深めながら、呟く。
「やれやれ、あれでエルウッドが勝ってしまったら、どうしようかと思った」
「エルウッド君って、ウェスター卿の長男じゃありませんでしたっけ?」
「だからだ。あれはまだ色々と未熟でな。装備の力に頼らせるのも、あまりよくない」
「色々と事情があるんですねえ……」
主に父親としての事情が。
「それにしても、今年はハートーン工房は出場していなかったと記憶していますが、飛び入りでもしたんですかね?」
「いや、ハートーン工房は出ていない」
「なんと!?両方真っ更ですか!」
「そういうことになるな」
「とんでもない新人が出てきましたね」
「まったく、同感だ」
一方その頃、控室では。
「まさか『コートオブプレート』とは恐れ入ったよ。考えてしかるべきだった」
「さすがに知ってたか。胴への薙ぎ払い対策が主だったんで、半端にしか縫い付けてないんだけどな」
と、ジョンはエルウッドの
『
マグニスノアでは、その安さと軽さから、傭兵が好んで用いる鎧として有名だった。お金を貯めてプレートメイルを入手しても、少し改造すればその上から着ることができるため、無駄にならないのも人気の秘密だ。
こうしてプレートメイルの上から着るものを、総称して『サーコート』と呼ぶ。
防寒用に布だけだったり、『コートオブプレート』だったり、
「あ、あの時の突きが弾かれたのって、そういうことだったの!?」
アリシエルが驚く。
「お前は気付けよ」
モーガンがツッコミを入れた。
「コートの裾に重量感がなかったから、惑わされてしまった」
「そう見えるように、あえて膝上まで裾を伸ばしてるんです。重量がある部分はベルトで留めてますし」
「性格わるぅ」
「アリス、お前もこの辺は見習いなさい」
エドウィンが悪態を吐いたアリシエルをたしなめる。
「でもさ、卑怯じゃないの?」
「ルールに違反してはいない。手の内を隠すことも、立派な戦術の1つさ」
「むぅ……」
むくれた。元が童顔の少女なだけあって、ちょっと可愛い。
「それに、他の工房のものに比べて、実用性も高い。この軽さで片手とはいえ私の突きを止めたんだ。防御力はなかなか侮れない。プレートメイルに並ぶかもしれない」
「この薄い鉄板1枚で……あれ?湿ってるのコレ?」
アリシエルはエルウッドの外套を掴んで確かめようとして、それが湿っていることに気付いた。
「試合で使うのって、大体火属性って話だったんでな。その対策だ。
1発だけなら、外套を脱ぎ捨てればダメージを防げる。とはいえ、結構ぶっつけだから、実際に防げるかどうかは分かんなかったんだけどな」
「……」「……」
アリシエルとエドウィンの兄妹はしばし絶句する。
「仮に術にこだわっていた場合、私は負けていたかもしれないな」
「その場合は最初の
「マジで下手すると優勝までいってたんじゃない?」
「本当に、とんでもない子が出てきたものだ。ジョン君がハートーン卿の弟子だと名乗っても、まったく違和感がない」
エドウィンが肩を竦めて言った。
「すげえ、大絶賛じゃんか!」
「ハートーン卿って?」
モーガンの歓声は無視して、ジョンが聞く。
「あんた、ハートーン卿知らないの?」
「そういやコイツ、王都に来てまだ2ヶ月半なんだぜ?」
「うっそ、マジでえ!?」
「マジですとも。それでハートーン卿ってどなたで?」
改めて聞いた。
「アブラハム・ハートーン男爵っていえば、ルクソリス工廠でランキングトップの工房主だぜ」
モーガンが答え、ジョンは得心する。
「ああ、それで有名なのか」
「確かもう1つ、鍛冶屋バラクの、この世で1通しかない紹介状を持っているとも聞くっす」
エルウッドが話した。
「バラクって、あの偏屈ジジイか?」
思いがけず出てきた名前にジョンが反応する。
「確か、もう55になる爺さんって話だ。偏屈かどうかは知らねえけど」
これはモーガン。
「貴族の間じゃ、偏屈爺さんで有名なはずよ。
でもその代わり、鍛冶の腕はハレリアどころか大陸でも随一って話ね」
「確かに、鍛冶の腕だけは凄い爺さんだったな」
「知ってるのか?」
「知ってるも何も、俺の師匠だからな」
「……」「……」
一瞬の沈黙の後、驚愕の絶叫が周囲に響いた。
エドウィンは苦笑していた。そして思い出したようにエルウッドに声をかける。
「そうそう、エル、これから師のところへ行くといい」
「え、はあ、今っすか?」
優勝を逃した青年兵は聞き返す。
「そうさ。VIP席にいると思うから、今行けば間に合うだろう。そこで、しっかりと叱られてきなさい」
「はいぃ?」
「さっきの試合、勝率は五分だったんだ。私には致命的な隙もあった。それにもかかわらず、エルは負けている。わかるね?」
「はい……」
諭すように怒気で威圧してくる兄貴分に、エルウッドはすっかり意気消沈し、とぼとぼとその場を後にした。
普段は優しいのだが、そういう人に限って怒ると怖いのである。
一方その頃、VIP席。騎士が集まっているのとは、別の場所。
「残念だったわね。とはいえ、あの兵士が迂闊だった面も大きいと思うけれど」
長い灰色髪にドレスの、妙齢の美女が言った。ドレスといっても普通のものではない。布製ではなく、赤黄青に染められた動物の皮を何重にも吊るし、フリル状にしている。
ファッションにしては奇抜なもので、非常に目立っている。
「致し方ありません。優勝でもすれば話は別ですが、今彼をトップに据えるのは難しそうですね」
「でも、可能性は見せてもらったわ。特別に、錬金術師の支援を受けられるように計らいましょう」
「ありがとうございます、マキナ様」
話している相手は、白いローブの少女だった。
「ところで、あれはなんなの?」
「えっ?」
マキナと呼ばれた女性が指差す先には、黒いローブ姿の金髪少女がいた。
なぜか頭には猫耳を付けて、顔を真っ赤にしながら、控室の通路から出てきて、客席に向かっている。
「心が動揺しているわよ?」
「……申し訳ありません。心当たりがあり過ぎました」
それは足を引っ張ったことに対する反省の色がないアリシエルに対する、兄エドウィンによるお仕置きなのだが、当然2人とも、そんなことは知る由もない。
ジョン少年観察記録中間報告、その1。
彼を観察していると、やたらと猫耳や兎耳といった獣擬装用のパーツが出てくる。
『萌え』について無駄に力説していたところを見ると、前世はオタクだったようだ。
本人が前世50歳まで生きたというから、相当なスケベオヤジだったに違いない。
異世界転生者というのは、スケベしかいないのか。
武具大会を観察していると、製法が近代的思想に基づいているものの、周囲の技術レベルに沿った普通の武具を製造していることがわかる。
ルクソリス担当の上級調停官には、少年がどこまでできるのか確認するように忠告したいが、もしも近代的な武器を作ったとしても、彼らならば十分に対処できると考えられるため、今は控えておく。
武器の種類がこの時代において普通のものであるということから、考察できることが幾つかある。
1つ目は、この世界の常識に染まっており、近代的な武器の製造に思い至らなかったパターン。
2つ目は、この世界への影響について手探り状態であり、あまり急激な変革を望んでいないパターン。
3つ目は、近代的な武器の製法をそもそも知らないパターン。
まだまだ観察を続行する必要がある。