ジョンの伝記   作:ひろっさん

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会議

同心円上に建設された巨大都市の中央。

リリアニン川の中洲には、2種類の敷地があった。

1つはハレリア王国の中枢たる王宮、もう1つが星王教の総本山たる星王大神殿。

 

古代ギリシアのパルテノン神殿を思わせる、白亜の石材を積み上げて様々な彫刻が施された、古びた荘厳な巨大神殿。

 

否、積み上げた、という表現は正しくない。

なぜならば、一枚岩を神族(かみぞく)の力でこの形に成形しているからである。

現代地球の技術では不可能な、魔法のある世界ならではの力技による建造は、1000年もの間の風雨災害によく耐える建物を実現して見せた。

 

もしも一枚岩の家があるとすれば、それは鉄筋コンクリートよりも遥かに強く、長持ちすると考えられる。

実際に地球においても、人工物は100年もすれば老朽化し、保全や建て直しを要することが多い。

しかし、石に刻んだ文様や天然石を削り出して作られた遺跡などは、数千年前のものが現在もその形を残している。

場所によっては、野外に存在する岩に描かれた古代の絵が、数万年も消えずに残っているのが発見されているほどだ。

天然の洞窟などが数万年ではきかない年月を経て存在し続けている事実も、天然石の強靭さを物語る話に加えていいだろう。

 

内部には意外と小さな礼拝堂の、右手には主に病気の治療室、左手に治癒術の研究室があり、奥には物置などの準備室が設置されている。

礼拝堂が小さいのは、星王教の教義にある『神よりも隣人に目を向けよ』という言葉によるものである。

つまり、祈るよりも先に困っている人間を助けろ、ということだ。

そのため、ハレリアでは特に神に祈るという行為は軽視される傾向があった。

 

ただしこの星王大神殿、本当の主は地下に居を構えている。

 

広いとは言えない暗室、黒い卵を中心に半円状に並べられた凹凸なく磨かれた白い大理石に、7人の姿が映し出されていた。

 

「ヒトの世界では、半年後に、少なくともベルベーズの各王を集めて会議を開くようじゃ」

 

白い髪とヒゲに埋もれた老人が、各々に語りかける。

 

“妾も話は耳にしておるぞよ。

マリーヤードはワリモリにて集まる方向であると”

 

最初に答えたのは、巨大なアフロの褐色貧乳少女『亡者の女王レブラ・デビルゾロウ』。

鮮血で染め上げたような赤いドレスは、細い布を肩から提げて腰の紐で留めたようなデザインであり、少し動かすと褐色の艶めかしい太股が大胆に足の付け根まで露出するようになっていた。

今は室内で椅子に座って足を組んでいるだけだが、屋外で風などが吹けば大変なことになるだろう。

ベルベーズ南部担当の協定管理者である。

 

“吾輩『大帝クリストファ・バシファネルド』は出向くことを宣言するのである。

かように面白き催し、ジジイを通しての事後報告で済ませるなど、我慢ならぬ!”

 

今度は白髪に蒼い瞳の、金色で縁取りされ、装飾が施された黒い鎧姿の老人『大帝バシファネルド』。

ベルベーズ北部担当の協定管理者である。

 

「ジジイはお主もじゃろうに」

“空気の読めぬ頑固ジジイめ!”

 

2人の老人は睨み合う。

 

“その国際会議に集まり、ナグルハの話をしたい”

 

そう言ったのは金髪長耳の美少年『妖精王オロバス』。

ベルベーズ大陸東部、東壁山脈の協定管理者である。

東壁山脈は中部がノシツキ湾によって分断されているが、その両方を担当する。

 

“なるほど、ただの転換点にしちゃ面白くなりそうさね”

 

こちらは短い黒髪の小柄な女性『死の女王レイア』。

真っ黒い、ボロボロなイブニングドレスに身を包んでおり、言葉遣いと所作に勝ち気で荒っぽい性格が滲み出していた。

ロマル大陸北部担当の協定管理者である。

 

“ナグルハより、この私が代理として行かせていただこう。

説明も二度手間となろうが、事の当事者ゆえに行かぬわけにもいかぬ”

 

これは銀髪褐色肌の青年『教皇ラウム・マグナス』。

領域の担当者が休眠中であるため、代理として出席している。

ロマル大陸南部、ナグルハ大半島担当の協定管理者『鴉の女王ゴモリ』の代理である。

 

“ゴモリはしばらく出て来ぬか”

 

骨と皮だけのミイラのような風貌の老人が、渋い表情でしわがれた声を発した。

白い法衣をまとい、紫色の袈裟を首からかけている。『僧王ケタリ』。

ロマル大陸西部からワジン列島までを担当する協定管理者。

 

“いずれにせよ、ヒトの国の線引きについては私に一任されておりましてな”

“放っておけ。あのねぼすけ娘め、このような面白き行事を見逃したことを後悔するがいいわ”

 

黒髪褐色肌の半裸の大男。『黒陽エジャリ』

筋肉が浮き出ているものの、見た目の年齢は50代とかなり年配である。

ロマル大陸東部担当の協定管理者だ。

 

協定管理者というのは、神族(かみぞく)達を治める8人の王であり、大雑把に区切られたそれぞれの地域での、神族協定関連のトラブルを解決する最終責任者である。

 

“私からも、相談事がある”

 

『私』が声を発すると、場が静まり返った。

黒い卵が緑色に明滅する。いずれの石板(スクリーン)にも姿はない。

 

“このたびの転生者について、できれば皆の意見を聞いておきたい”

“そやつについて、詳しい者は?”

 

ケタリが尋ねる。

 

「ワシと、オロバスじゃな」

“私はルクソリスへ寄った時に、少し観察した程度だがね。

なかなか面白い者だったよ。確かに転生者に相応しく、我々にはない発想の持ち主だ”

「職業は技術者じゃ。ジョン・ヘホイ。

エルバース山脈東端エムートの出身、ホワーレン人じゃな。

後は、そうさのう……」

 

老人がもっさもさのヒゲを撫でる。

 

「ハレリアの流通を破綻させうるモノを作っておる」

“ほう……”

“確か、ハレリアの流通といえば、我らの無茶振りにかなり耐えうる仕組みであったはずだが……”

 

エジャリが口にしたのは懐疑的な言葉ではあるが、彼を含めた全員が期待に目を輝かせている。

彼らにとっての表情というのは、顔文字のようなものである。

性質上、無意識に表情を浮かべるということはありえず、顔は個々の見分けを付けるのと、感情を『見せる』ための道具の1つになり下がっているのだ。

 

つまりこの時点で、この場にいる全員が会合に直接出向くことが決定した。

 

 

 

内域区から運河を一つ挟んで内側にある、貴族区の一角、宰相府。

 

「工場で何作ろうか相談したら、宰相府に呼び出された件」

 

赤毛少年が呟く。

 

「ジョン君は、設計図1つでトラブルを引き起こしたことを忘れたの?」

 

金髪に白いドレスの中年女性、現宰相エリザに指摘され、ジョンはうぐ、と言葉を詰まらせた。

 

彼が以前に設計した『脱穀機』は、マグニスノアに転生してから最初に作った、本格的な設計図である。

市場調査、よく使われる加工道具、どのような手間がかかるのかなど、様々な情報を設計図に集約していた。

実際はジョンの謳い文句を信じて設計図を買った商人の発注ミスもあったとはいえ、事態が収拾された後に指摘されてようやく気付いたという、失態の前科が彼にはあるのだ。

 

しかも、トラブルの内容がこの時代には異例な作り過ぎ(・・・・)である。

そしてこれから稼働させようとしているのは、異世界の技術を盛り込んで量産能力に特化した施設、『工場』だ。

 

そこで何を作るのか、為政者側が要人を集めて慎重に検討するのは当然と言えた。

 

「それにしてもよ……」

 

少年は部屋を見回す。

 

十数人が集まって議論するには十分な広さの部屋に、椅子とテーブルが置かれた場所。

 

ただ、調度品の類はあまり気が使われていない。

赤い絨毯は古く、剥げてしまっており、会議用の小物が入った木製の棚も、表面に塗られた黒い漆が剥げている。

鉄製の黒いシャンデリアには、蝋燭(ろうそく)ではない、何かの石が淡い光を放っていた。

 

これなら、まだ内域にある役所の会議室の方が立派だろう。

 

「そいういえば、この絨毯もそろそろ30年になるわね。

大体1年ごとに入れ替えてはいるのだけど、使用が激しいせいで傷むのも早い」

「先代は穴が開いてから捨てるようにしていましたな」

 

額から頭頂部が禿げた、白い燕尾服の中年男性、内域工廠の統括者であるファクトル伯爵が返す。

 

ジョンとしてはあまり聞きたくなかった、大国ハレリアの宰相府の内情だった。

 

「ここには権威を気にする人はいませんからね。他国の要人用には王宮で間に合っていますし」

「見栄より機能と実務を優先するのは、ハレリアらしいといえばらしいところだが」

 

紺色役人服の黒髪少女は呆れ顔である。

 

だが、むしろ周囲の人間が彼女を見てやや呆れていた。

 

「あ、戻ってきましたね」「そうだな」

「なっ、言いたいことがあるならはっきり言ってくれ」

「コイビトとの逢瀬は楽しめましたか?」「ゆうべはおたのしみでしたね」

「むぐ……!」

 

エヴェリアは顔を真っ赤にして言葉を詰まらせる。

実際、朝に呼び出されて馬車に乗った時から、ずっと頬を紅潮させて上の空だったのだ。

 

そしてこの反応が、休日の間に何があったのかを如実に物語っていた。

つまり、ラノベで言うと主人公の恋人候補から外れたということだ。

この小説の主人公が誰なのかと言われると、少し考えなければならないが。

 

もっともジョンからすると、落ち着くべきところに落ち着いたという感じである。

相思相愛の2人を引き離して略奪恋愛するような趣味は、彼にはなかった。

ついでに、相手が誰なのか、察することができないほど鈍感でもなかった。

 

「ついにやることをやったか、めでたいことだ」

「なんだかんだ、幸せそうな子らを見るのは気分が良くなりますなぁ」

「うぐぐぐ……」

 

少女はさらに顔を赤くして、俯く。

 

「そ、そんなことより、早く会議を始めないか?今すぐ、そうするべきだ」

 

エヴェリアは耐えかねて話を逸らした。

 

「そうね。からかう気持ちは分からなくはないけれど、時間は有限よ。さっさと本題に入りましょう」

 

エリザは会議を始める。

 

 

 

「議題は異世界転生者の知識で整備された量産設備で作る品物。

第一希望は、転生者であることの証明になるだけの騒動を発生させるもの。

第二希望は、作り過ぎとなっても経済にとって致命的にはならないもの。

以上よ」

「制御できるようなものなのですかな?」

 

ファクトルが尋ねる。

 

「個数制限してくれりゃいい」

 

ジョンが答えた。

 

「量産っつっても、個数制限しちまえば『作り過ぎる』なんてことにゃならねえさ」

「供給量を制限するわけですか」

 

少年は頷く。

普通、この程度は考え付きそうに思えるのだが、中世初期に『作り過ぎ』によるトラブルへの対応ノウハウなど、経験のある者はほぼいない。

あるとすれば貨幣の流通についてだけである。

 

「ま、工場の本質はおんなじもんを数作って、従業員の慣れも含めて設備を特化するように調整することだからな。

あんまり少ないと、工房と何も変わらなくなっちまう」

「ということは、恒常的に数が必要な、いわゆる消耗品を挙げていけばよろしいですかな?」

「ああ、そういうのでいい」

「ところで、まずはジョン殿の世界での心当たりを参考までに教えていただきたいのだが?」

 

略式鎧に似た白い服に身を包む大柄な金髪美丈夫、流通大臣のユウソーロ侯爵が言った。

 

「あっちの世界で量産品っつったら、紙系とか服とかが多い。あと菓子系の加工食品」

「加工食品の系統は、リスクもあるのではない?」

 

これは企業倫理ではなく、国家を運営する者だからこそ出てきた疑問だった。

 

「ああ、手違いで毒みたいなもんが入っちまったら、その日に作ったもんが全部ダメになる。

腐るまでに食っちまう必要もあるしな。もし腐っちまったら、全部捨てることになる」

 

なにしろ、やろうと思えば不特定多数を毒殺することができてしまうのだ。

それが不作為に発生する環境を放置するのは、働ける人間の数(イコール)国力を旨とする国家の為政者にとっては非常にまずい。

食品を巡る『公害』ということになると、治癒術士の数が足りなくなる可能性も出てくる。

 

ジョンとしても、工場の運営に慣れた者がいない内は、そうしたリスクは避けておきたかった。

現代地球でも、異物混入や集団食中毒などの問題は多く発生している。

 

「服や紙は間に合っていますね、今のところは」

「ええ、北西部の山間地で行っている林業にて伐採される間伐材から炭を焼いたり、麦藁などから紙を製造しております。

南東部シドルファン河流域では綿花や麻も栽培しており、マクミランが糸や服を量産する仕事に乞食や浮浪児を集めておりますな」

「そうなんだよなぁ……」

 

以前、そういう話を聞いたことのあるジョンは唸った。

 

地球において、近代の始まりである産業革命、蒸気機関による動力を取り入れた工場で最初に何を作っていたのかというと、糸なのである。

産業革命は紡績業から始まり、多くの失業者を出して多くのトラブルを発生させ、様々に発展し続けていった。

 

ここで糸、服の量産をゴリ押ししてしまうと、現在ハレリア三派六家の良心であるマクミラン家が行う事業を潰しかねない。

そうして路頭に迷うのは、マクミラン公爵家が保護しようとしている社会的弱者達なのである。

ハーリア家が行政を握って好きにしていられるのは、マクミラン家が民衆の不満を吸収しているからという面もあり、ハーリア家としてはなかなかマクミランの事業を潰すようなことができないのだ。

 

だから、ミラーディア達為政者サイドがNOと言ったなら、ジョンとしても無理に推すつもりはなかった。

 

「では、アイデアの列挙に移る。いつもの貴族議会方式ね」

 

この中で最も権限の高い宰相エリザが議長となって仕切る。

 

要するにブレインストーミングということだ。

ネガティブな意見はとりあえず封印し、アイデアを列挙、混合も含めて羅列していく。

 

それから、第一希望を満たすもの、第二希望を満たすものを選り分ける。

さらに一つに絞るために、ブレインストーミングではない手順として、それぞれのアイデアに対してネガティブな意見を羅列していく。

 

そうすると、1つの傾向が見えてきた。

 

「いずれも流通がネックになりますな」

「消耗品には消費期限がある、ということですね」

「唯一流通に問題がないのは……」

「馬車」

「つまり、流通そのものか。面白い結果になったな」

 

そうして、皆の視線が肉体年齢においては最年少の赤毛少年に集まる。

代表してエリザが口を開いた。

 

「馬車、あるいは馬車の性能を改善する、改造用のパーツ。できる?」

 

精神年齢最年長でもある彼は、力強く頷く。

 

「なんとかするとも」

 

 

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