ジョンの伝記   作:ひろっさん

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留学生

火内1区、軍の練兵場がある場所。

ここは兵器の実験場としての側面もあり、城門や城壁を模した、様々な実験施設が備わっている。強力な攻撃用儀式魔法の的として、実際の城壁を使うわけにはいかないというのと同じと考えればいいだろう。

 

武具大会が終わってから数日後。

数人の貴族や錬金術師、鍛冶師などの立会いの下、武具の破壊実験が行われていた。新人が作った武具の性能を見極めるのだ。武具大会で人間に合わせた機能性と重さについては、見極めることが出来ている。

ここで計測されるのは、鎧の最も重要な要素、防御力である。

 

計測方法は簡単だ。

3本の、(やじり)の違う矢で撃つ。それの刺さり具合などで、強度を測るのだ。

的は、鎧を着せた人形を台車に載せたもの。200近い参加者の鎧はほぼ重装に統一されているが、細かい部分で随分と違いがある。

 

基本は鎖帷子(くさりかたびら)板金鎧(プレートメイル)鎧用外套(サーコート)の3点セット。大きな工房でチームを組める場合はそれらが高いレベルで揃っているが、人数の少ない工房では鎖帷子のみや板金鎧のみという構成も目立つ。

それはそれで、同じ鉄装備相手には戦果を挙げているのだが、術が相手となると防御力がネックとなり、あっさり倒されてしまったケースもある。

 

まあ、はっきり言って魔法という飛び道具を扱う騎士の方が、剣の腕では上なのだ。鉄装備で戦う兵士は、どうしても不利な状況になってしまうのは避けられない。

主催側としては、それを突破するアイデアが欲しかったのだが……。

防御力を減らして身軽にすると、術にやられる。防御力を重視して速度を犠牲にすると、騎士の剣術に勝てないという、見事な構図が出来上がってしまっているのだ。

そんな中、1人だけ注目の集まった鎧があった。

 

乳白色の外套で全体が隠された鎧。一見すると、軽さを優先して防御力を無視したようにも見える。大会でも、この白い外套は目立っていた。

 

「構造は、板金(プレート)胸鎧(チェスト)と――」

 

白の混じった赤茶色の髪をした中年鍛冶師は、外套(コート)をめくって確かめる。

 

鎧用外套(サーコート)

 

鎧用外套(サーコート)とは、鉄片付き外套(コートオブプレート)の一種で、板金鎧(プレートメイル)のさらに上から着用するものを言う。本と辞書の関係に似ていて、鉄片付き外套(コートオブプレート)は外套に鉄片を縫い付けたもの全般を表す言葉だ。

 

「要所の保護(プロテクター)は最低限。しかも、鉄ではなく革。タイプとしては、やはり防御を捨てて身軽さを優先したもののようですな」

「内側に鎖帷子もなし。この薄い鉄片だけで、慣れない剣とはいえエドウィンの突きを止めたとは、俄かに信じ難い」

 

金髪の中年騎士も確認してみて、唸った。それから破壊試験、3種類の矢が近距離で放たれる。

 

ちなみに、この試験で一定以上の評価がなければ昇格は認められない。

それが武具大会における重武装化を招いていたのだが、やらないわけにはいかないため、ジレンマも抱えていた。

 

1本は(やじり)のない矢。

1本は銅でできた(やじり)のついた矢。

1本は鉄で出来た(やじり)のついた矢。

貫通力はそれぞれ、順に上がっていく。

 

弓矢は10メートル程度の近距離で最も威力が高くなる性質があり、(やじり)がないとはいえ、金属製でない鎧ではあっさり貫通してしまう威力を発揮する。最低限、(やじり)のない矢を止められないようでは、鎧として失格ということだ。

 

この点、ジョンの鎧は合格と言えた。

(やじり)のない矢は外套に傷を付けただけで、弾かれて地面に落ちる。

銅の(やじり)の矢では、外套に刺さってぶら下がった。鎧を貫通しなかった証である。

 

そして(てつ)(やじり)の矢は――。

――一瞬、鎧に突き立ったように見えたが、やがて矢羽根が下がり、外套にぶら下がる。

 

「強度は中の上。軽さも含めると、軽装鎧(ライトメイル)としてはすぐ実戦でも使えそうか」

「……失礼」

 

金髪の中年騎士が評価していると、隣にいたやや薄い赤毛の鍛冶師が鎧の状態を見るために、小走りで近付く。そして、当たった部分の鎧の厚さを確認し、「なんと」と驚きの声を上げた。

 

「いかがなされたか、ハートーン卿」

「ロビン卿、これはおそらく鍛鉄(たんてつ)ですぞ」

「――なんだと?」

 

この情報は即日、王宮へもたらされた。宰相府へ。

 

 

 

宰相府はハレリア国内の行政を司る機関。内域工廠は、この宰相府直属の機関でもある。工廠と言っても、年中武具を作っているわけではない。暮らしに役立つ発明品や、違う業種の工房のために道具を作ったりもする。

 

「……また、面倒なことになりそうだな」

 

ハレリア王国の宰相、カメイル・ロキ・ハーリア公爵は難しい顔をして呟いた。金髪口ヒゲの美中年である。服装は乳白色を基調に黒の刺繍が施された貴族服に、ハレリア王国の紋章である三日月と太陽を並べた模様の入った、腰までしかないマントを羽織っている。

今は執務室のデスクで、その報告を聞いた後だった。

 

「不正と聞いたが、それならば調べて潰せばいいのではないのか?」

 

報告を行った役人が退出した後、執務室にいるのはもう1人、黒髪の少女。身長は小柄で、紺色の上着(ブレザー)に同色のロングスカート姿。

 

「真面目なのは構わないが、不正という言葉に惑わされんことだ」

 

ハーリア公爵は、新しい羊皮紙を用意し、羽ペンを走らせながら言った。

 

「不正と一口に言っても、様々な種類がある。罪として重いものは確かに内域からの追放ともなろうが、今回は違う」

「なぜ断言できる?」

「通報者がハートーン卿だからだよ。

追放となるケースは、ハレリアの法律で賊と認定されるレベルのものだ。具体的には、対戦相手の殺害、工房施設の破壊、脅迫などの凶悪犯罪だ。彼は男爵位を持ってはいるのだが、役人や衛兵の統括者というわけではない。ゆえに、悪質な不正のケースではないとしか判断できんわけだ。

正確には、凶悪犯罪が絡んだ場合、宰相府ではなく神殿や軍への通報が優先されるということなのだがね」

「普通の国では、爵位を持った担当官なら、独断で片付けそうなものだが……」

 

少女は腕を組んで呟く。

この男は手を動かしながら、口も動かしている。ハレリア王国は実力主義と言うが、宰相になるには手と口を別々に動かす程度のことは標準で出来なければならないのだろうか。

と、彼女はどうでもいいことを考えていた。

 

「ハレリアは、他の国とは政治理念が異なるからね。爵位は行政階級に過ぎんのだよ。爵位は棄てることも剥奪されることもあるし、死罪未満ならば復帰することも可能だ」

「復帰が可能というのが、よくわからん。降格ならばともかく、一度爵位を剥奪されれば、通常は生涯そのままだと思うのだが」

「貴族による権力闘争というものが、ハレリア王国にはないのでね。貴族には、そういう政争が許されていない」

 

金髪の中年貴族は、早速1枚目の書類を作ってチェックを開始した。

 

「……とにかく、今回の件は重罪に値するケースではない。

ハートーン男爵は、役職的には空職だ。強いて言えば、内域工廠の職人の、代表とでも言うべき存在。ゆえに、彼が宰相府へ直接通報するとすれば、それは――うむ――」

 

ハーリア公爵はチェックを終えて頷いた。

今度は口と目が別々に動いている。同時に別々の物事を考える、並列思考(マルチタスク)と呼ばれる技能が存在するのだが、どうやらそれを習得しているようだ。中世の、時間に大雑把な時代の人間が習得しているような技能ではないはずなのだが。

 

「彼のような、爵位を持った一介の職人が通報するとすれば、それは技術的に不可能と断じたからだろう」

「技術的に不可能?」

「武具大会のルールとして、30日以内に登録した人員のみで仕事を行うこと、というものがある。新人発掘の場に師匠が出てくれば、それは武術大会と何ら変わりがないことになってしまうからね」

 

言いながら、彼はもう1枚羊皮紙を用意し、羽ペンを走らせていく。

少女は、その光景について深く考えることを止めた。

 

「それで、登録されている人数以内で作られているかどうか。これは担当する役人によって監視される。当然、監視する役人は、材料の用意などの業務も行う。

ルール上、役人は1つの工房につき1人と規定されている。人数が多いからと複数人を付けると、それもまたハンデになってしまうからね」

「どう考えても、大きな工房の方が有利なように思うんだが……」

「そうとも言い切れない。人数が多いと、意見がぶつかった際に無難なものを選んでしまい、勝ちを逃す可能性もあるのだからね」

「無難と言うと、あの重装か」

「最近の武具大会がなぜああなのかについては、ハートーン卿か軍の方に聞いてみなければわからんよ。私では、畑が違う。推測できなくはないが……余人の推測を君が信じてしまってもいかん」

「……では今回の不正は、登録された人数以上で作業を行った痕跡があるということか?」

「概ね、その通りだ」

 

彼は頷く。

 

「これに関しては、あくまで大会のルールなのだからね。ペナルティも、武具大会にまつわるもののみとなる。精々、大会に失格となり、多少悪質でもランキングが下げられる程度だ。

――本来はそうなるはずなのだが……」

「今回は違うのか?」

 

思わせ振りなセリフを聞き、少女は思わず訊き返した。

この辺はさすが宰相と言うべきか。セリフの誘導が上手い。

 

「迫害に発展するケースがあるということだよ。特に、内域に通す人物のレベルを下げている現状ではね。

――うむ――」

 

2枚目をチェックし終えたハーリア公爵は、黒髪の少女にその2通の命令書を手渡す。

 

「1通は緘口令の追認書、もう1通は役所への調査命令書だ」

「緘口令の追認?さっきの伝令は、そんなことはひと言も言っていなかったが……」

「ハートーン卿ならば出しているはずさ。彼は30年前の、バラク氏がルクソリスを去った事件を知っている。

さ、続きは後だ。行きたまえ」

 

彼は命じた。

 

「そうそう、君も今回の不正調査に同行したまえ。これも勉強だよ、エヴェリア君」

「了解した」

 

エヴェリアと呼ばれた少女は応え、丸めた羊皮紙を小脇に抱えて部屋を出る。

 

「さて、イリキシアの留学生か……。『大帝』殿の推薦とはいえ、ああも真面目では、ハレリア流の英才教育についてこれるかどうか、不安はあるのだがね……」

 

金髪の中年貴族は、机の上で手を組んで、黒髪少女が出ていった扉を見つめていた。

 

「とりあえず――ベルブ語の敬語が話せんのは、何とかせねばならんな」

 

 




マグニスノアの言語:
4000年前~1000年前までの神族支配期は統一言語というのは存在しなかった。
知性種の移動や異種間交流が皆無に等しく、唯一交流のあった超越者同士では共通言語が不要だったため、他民族に合わせる必要がなく、言語が発達してこなかったという事情がある。

それに一石を投じたのが2000年前に誕生した『人類文化の始祖』とも言われる『大賢者ケルスス』がもたらした、ラテナ語だ。
様々な事象、他民族との対話に対応し、よく練られたラテナ語は、ケルススの教えと共に人々に広められ、最初は少数による超越者のサポート付きでの交流から、一気に世界中に広がっていった。

それでも最初は各部族集落の主立った者しか習得していなかったのが、1500年前のベルベーズ大帝国の興亡、1700年前のナグルハ革命という、超越者の王権譲渡実験から始まる大事件を経て、多くの平民達に広まることとなった。
そこからさらに言語として練られ変遷し、最初にあったラテナ語は古代ラテナ語として残り、それぞれ地域の特色を受けた方言としてそれぞれの地域の言語が誕生し、発展することになる。

ただ、現在も日本における標準語のような感覚で現代ラテナ語が使用されており、ベルベーズ大陸、ロマル大陸、他の地域においても、ラテナ語を知っていれば大体言葉が通じる。

ベルベーズ大陸では主に北部でイール語、中部でベルブ語、南部でセナム語が使用されている。

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