更識楯無から第8アリーナの掃除を言い渡されてから一週間が経った。
「痛っ……」
『まだ腕が治っていないんですから大人しく私を使ってください』
心意の反動によるダメージは普通の怪我や傷よりも治りづらい。骨にヒビが入っていないにしてもしばらくは右腕はまともに使えないし、日常生活程度でもレーヴァの補助を借りる始末だ。最近は人目が無ければ殆ど右腕に装甲を展開しているという状況が続いている。
掃除の方はというと、現状なかなか掃除が進んでいない。と言うのも心意の反動で右腕を痛めたままということが一つ。荷物が思いの外多いという点が一つ。そしてその荷物の大部分が学園に置いている訓練機『打鉄』や『ラファール・リヴァイブ』の取り換え部品だったりスペア武装だったりと生身で運ぶにはなかなか骨が折れるような物ばかりという点が一つだ。
「やれやれ……そりゃここが使われないわけだ」
生徒会での仕事を終わらせてから放課後の時間を使っての掃除だが、生徒や教師が通りかかるような時間の間はレーヴァの力を借りることもできないのが面倒に拍車を掛けている。尤もこんな場所に来る人間はなかなかいないが。
「力仕事で男が女の力を借りるってのは少し情けない話だな……」
意識を一瞬集中させて両手に装甲を展開させる。ISの部分展開による筋力補助だ。純粋に掌のサイズも大きくなるため運べる量も一気に増える。
『周りへの警戒を強くしておきますね』
「ああ。頼んだ」
部分展開でも展開さえすればハイパーセンサーが働くらしく、レーヴァが索敵に集中する。俺自身も視界が360度に広がるがどうにもこれは慣れない。
『フルで展開すればもっと楽なんですけどね』
「いくらなんでもそれは目立つからな。さてと」
さっきまでは持ち上げるのすら苦労していた荷物が軽々と持ち上がるのは流石と言ったところか。心意抜きではあくまで人間の範疇を超えることが生身ではできない以上は少なくとも腕が治るまではこれしかないが、やはり男としては少々情けなく感じてしまうのは仕方がないことだろう。
荷物はひとまず正式な倉庫のほうに移してくれと言われている。正式な倉庫があるのなら最初からそちらに置いて欲しいものだが、どうにも他のアリーナや整備室からは第8アリーナの方が近いとのことでこちらに置かれていたらしい。一つを丸々生徒会として所有させてもらえるということからもわかるとおり、現状アリーナの数は足りているということなのだろう。
「しかし何でここまで放っておいたんだこの学園……」
現在全体量の4割程が片付いている。それにしても一週間掛けてISの力を借りてなおこれだから相当だ。
『IS適性者が集うエリート校と言えど、輝かしいのは表だけなんでしょうか』
「外見を綺麗に見せるのはエリート校としてやってる以上は大切な事だけどな」
しかし、遺産が尽きて働かなければ生活ができなくなった。という【設定】で中学を中退した俺が、
『中学と言えば、本音さんはあの袖でどうやって文字を書いているんでしょうか』
「何度か見たことはあるがわからん。異常に器用なのは知ってるが」
ISの筋力補助を受けていると苦にならないためつい雑談もしてしまうというものだ。傍から見れば独り言を口走っているようにしか見えないだろうが。
「しかし、まだまだかかりそうだな」
『このペースなら後二週間弱といったところですかね』
「それまでに治ればいいんだがな」
『これに懲りたら滅多な事では心意を使わないように注意することですよ』
「わかってるって」
傍から見れば独り言であるのに、頭の中ではジト目の彼女が腰に手を当てて怒っているのだから不思議なものだ。
なお、大きな荷物を残していたことが原因で実際に第8アリーナが片付くまでには三週間の時間が掛かった。
――― 三週間後 ―――
「おー。ちゃんと綺麗になってるじゃない」
「相応に苦労したがな」
ようやく治った右腕をさすりながら様子を見に来た更識に答える。
「で、教師陣もここの監視とかそういうのはしないって事でいいのか?」
「ええ。生徒会で自由に使っていいそうよ。整備科の子達は倉庫が遠くなったって嘆いてたけど」
「自業自得だ。楽なんかしようとしてるから後で面倒になる」
厳しいのね。と苦笑する更識に軽く目をやりながら右手を開閉する。取り合えず右腕を使うのにも問題はなさそうだ。
「実際に訓練と言っても何をするんだ」
「まずはISに慣れることからね。展開はできる?」
ああ。と答え、ISスーツの代わりに上着を脱いでシャツ一枚になってから一瞬意識を集中させる。展開までに掛かる時間はまばたきのコンマ数秒で済む。なお下は黒いジーパンを履いたままだ。
ISスーツとは、体を動かす際に筋肉から出る電気信号等を増幅してISに伝達する専用衣装だ。必須なわけではないが信号伝達が円滑になることと、スーツ自体が頑丈であり拳銃程度ならば貫通されることはないらしい。尤も衝撃自体はあるので結局ダメージは大きいわけだが。
「早いわね。いい集中力よ」
正確には恐らく集中力よりもレーヴァとの信頼関係だが、ひとまず黙っておく。
「フルスキンなのね。珍しいというか、フルスキン型のISは初めて見たわ」
「基本的には競技のために見た目を重視するだろうからな」
全身装甲に包まれ視点もいくらか高くなる。いつも以上にレーヴァが近く感じるのも勘違いではないだろう。
「取り合えず歩いてみて」
『基本的にはいつも歩く感じと同じです。私は見てますので』
要はこの程度のことで手は貸さないということだ。この時点で貸されても困るわけだが。
更識に言われた通りに歩く。しっかりと意思の伝達もラグはなく問題なく歩くことができる。視点が高いことと自分の脚ではない事で少し違和感こそあるがすぐに慣れるだろう。
「大丈夫そうね。飛ぶ方は大丈夫?」
『いつかどこかの世界で翅を使って飛んだ経験が活かせるでしょう。記憶はほとんどなくても経験は身体に残っているはずです。翅がスラスターに置き換わって、システムアシストがPICに置き換わったと思ってください』
『あまり覚えてないけどな……』
PIC。パッシブ・イナーシャル・キャンセラーの略称だ。物体の慣性を無くしたかのような現象をおこす装置であり、これと肩部にある推進翼のスラスターや任意で装備できる小型推進翼を使って姿勢制御、加速、停止などの三次元的な動勢を行う。らしい。普段はオートになっているためレーヴァのシステムアシストという例え方は的を射ているだろう。マニュアルに切り替えれば細かい操作ができるらしいが、俺についてはレーヴァが担当してくれれば問題はないだろう。
【飛ぶ】という事に意識を集中する。すぐに身体がふわりと持ち上がり特有の浮遊感に包まれる。上下左右に動くイメージを働かせると概ねその通りに機体が動く。
「意外と慣れが早いわね。ISについて全くの素人とは思えないわ」
「意外は余計だ」
飛ぶ感覚は思っていたよりも簡単だ。試しにスピードを上げて風を感じるようにアリーナ内を飛び回る。
「思ったよりもスピードの乗り方が早いな。もう少し加速はゆったりするつもりだったが」
『既に高速戦闘が行える速度です。まだ上がりますよ』
流石に自重した方がいいだろう。とスピードを落として更識の前に戻る。
「しっかり参考書を読んでいるのね。手が掛からないのは楽でいいわ。教えるのは基本的な事だけでよさそう」
次に言われたのは武装の展開。普段から木刀含めた刀剣類を出し入れしている俺にとってはこれが一番やりやすい。武装の把握は済んでいるためすぐに4機のビットと1本の剣を呼び出すことができる。ただし、
「ハンドガンだけ妙に遅いわね」
『剣は得意でも銃はまともに撃ったことがありませんから、イメージが沸きづらいんでしょうね』
ハンドガンだけは展開に5秒ほど掛かった。滅多にハンドガンを使うことはないだろうが、これではいざ使うという時にろくに使えないだろう。ビットがすぐに出てきたのは恐らくこれはレーヴァの方の管轄なのだろう。
「今後の課題だな……」
「それにしてもBT兵器……イギリスの機体だったりするの?」
「まさか。そもそも国が武装を積んでいない兵器なんて作るわけないだろ」
BT兵器『炎の枝』は
「それもそうだけど、それじゃどうやって使うのかしら?」
「こうやってだ」
剣としてのレーヴァテインの力を使う時と同じ意識をビットに向ける。するとビットからゴウッという音とともに炎が巻き起こり、刃の形を象る。
「これは単一仕様能力との併用が前提らしい。発動中はシールドエネルギーが減っていくがその分汎用性も高く強力でもある」
「二次移行も無しに単一仕様能力が芽生えているのね……本当に不思議な機体ね」
本来単一仕様能力は二次移行が大前提で、さらに操縦者と最高の状態になったISにしか発現しない能力らしい。二次移行自体はISの経験を積む事で行われるらしいが、二次移行を済ませていても単一仕様能力は発現しないケースの方が圧倒的に多いらしい。
「それだけ君との相性がいいのかしら」
「だろうな。それで次はなんだ」
「しばらくは基本操縦の反復ね。君にはまだ時間があるんだから基礎を固めた方がいいわ。稼働時間は身体と頭を機体に馴染ませつつ、機体への理解を高めるのとイコールだから。ISスーツがない以上馴染むのに時間かかるだろうしね。まぁ少しずつね」
「なるほど。確かに重要だ」
『現状の操縦能力と私のサポートならISスーツは無くても問題はありませんけどね』
2本の炎の剣を呼び出しながら腰に鞘をイメージすると、両の腰に剣が収まった状態で現れる。基本的には抜き身で出てくるが鞘も一応は出すことができる。居合を想定する以上は鞘も用意しておく方がやりやすいだろう。
『展開時の基本状態としてこの状態を維持。でいいですか?』
念話の形で『ああ』と答える。BT兵器の方は戦闘中に逐次呼び出せばいいだろう。剣は何本でも呼び出せるが相手にその情報を渡す必要もないだろう。前もって2本を用意しておけばその2本に多少は意識が持っていかれるだろう。意表を突くのも戦闘では重要だ。
「ISが使えるとはいえ生身での鍛錬も大事よ。技術は生身のそれも当然活きるからね」
「わかってる」
「ISの方は慣れてからだけど、生身の組手なら相手できるわよ」
「ほう?」
恐らく更識は強いだろう。織斑千冬程ではないが武道や武芸を身に着けているのは身のこなしでわかる。何より特有の感覚から察するに、恐らく『更識』というのは暗部のそれだ。相手にとって不足はないだろう。
「無手は剣ほど得意じゃないが、磨いておくのも悪くはないな」
ISの展開を解除し指輪の形態に戻す。更識はというと不敵に笑いながらこちらを見ている。
「生徒会長の力、見せてあげるわ」
そう言って畳道場へと案内される。
『女性相手だからって手を抜いたら駄目ですよ』
「俺がそんなことをするとでも?」
『まさか。誰が相手だって本気でしょう?』
女だからと言って手を抜くなんてありえない。特に更識は明確に強いし、何より手を抜くのは相手にとって失礼でもある。
着替えてくると言って離れていた更識が戻ってくる。
「お待たせ。そっちは着替えないの?」
「袴なんぞ持ってないからな。それに俺は柔道とかそういう型にハマった武術はできない。袴じゃない分投げの観点でそっちが不利になるのは悪いが」
「それくらいいいわよ。それじゃ、君の力見せてもらおうかな」
更識は笑みを絶やさない。涼しげなそれは余裕の表れか本人の特有の雰囲気によるものか。
無形で構える。小手調べなんてなしの最初から本気だ。
「フッ!」
一瞬の気合とともに前に踏み込む。心意抜きでも磨き上げた最速の踏み込み。
体術ソードスキルを模した鋭い右ストレート。これを左手1本で逸らされる。そのまま左足で畳を踏み締め、右足での脇腹狙い。軽いバックステップで躱されたところを蹴りの勢いのまま回転して右足を地面につけると同時の左の裏回し蹴り。両手で逸らされる。
両足を地面につけると同時に今度は更識が踏み込んでくる。俺のそれより僅かに遅い程度の踏み込みだが明確に速い。繰り出されるのは両手での連続掌打。1つ1つの突き出しと引き戻しが早い上に狙いは腕の関節や肺。つまりこちらの動きを止めるのを目的とした掌打だ。こちらも両手を使って捌くが7回捌いたところで手数が足りなくなる。
「チッ!」
ならばと掌打を受ける位置をズラす。肘狙いのそれを肘と手首の中間で受け、肩狙いを肩をくいっと持ち上げることで二の腕で受け、肺狙いは受けるわけにはいかないためそこの狙いだけは全力で捌く。
「足元ご注意……ってあら?」
上半身に相手の意識を向けた後の足払い。これを跳んで回避しそのまま空中で右足を大きく振り上げて踵落としを放つ。
「おっと!」
全体重の乗った踵落としは流石に不味いと判断したのか足払いをした態勢のまま両手を畳に突いた状態からの横っ飛びで回避される。地面に足が着地すると同時にその右足1本での加速踏み込みで後を追う。
左手の五指を真っ直ぐに伸ばす。体術ソードスキル《エンブレイサー》を模した手刀だ。流石にソードスキルを発動こそしないが速く鋭い手刀での突きである。
しかしこれを選択したことを直後に後悔した。笑みが消えていた更識がニッコリと笑ったためだ。
「もーらい♪」
すっと身を屈め左腕を掴まれる。
「やっべ……」
更識がそのままこちらに背を向ける。一本背負い……!
咄嗟に足を引きながら更識の背中を残った右腕で全力で押す。
「きゃんっ」
更識がそれによって潰されないように俺の左腕を離す。弾みで一瞬距離ができるが更識が畳に両手を突き両足を揃えて突き出す。反応が一瞬間に合わず胸の前で両手をクロスして受け止める。
「ふう」
更識が構えを解いたのを合図にこちらも力を抜く。また更識は笑みを浮かべながら見てくる。
「やるわね君。柔軟性も高いし対応力も高い。技は実戦のそれね」
「アンタこそ。続けてりゃアンタの勝ちだったよ」
「第17代目更識楯無を舐めちゃ駄目よん♪」
正直体術だけで続ければ息切れが来るのは俺の方だろう。実力が均衡していても相手の方が動きに無駄な力が入っていない。そうなれば先に息切れを起こす俺が負けるだろう。体術一本での戦闘に慣れていない。というか剣を無尽蔵に呼び出せる以上は一本に絞る必要がない俺としてはなかなかに厄介な相手だ。それでも剣術に組み合わせている副産物とその年季で、体力配分はさておき更識に付いていけることがわかったのは僥倖か。
『年の功ってやつですねぇ』
『人を年寄りみたいに……間違いじゃないか』
「次は得物でやる?」
「ホント多才だなアンタ……」
なおも涼しい顔でいる彼女を見るとやはり面倒な相手だと再認識するのだった。
ISジャンルは話数がとんでもない人だったり内容が素晴らしい人だったりが多くてテンションが上がりますね。あまりにも差が大きくて心が折れかけもしますが。
それではここまでありがとうございました。次回もよろしくお願いします。