無手での組手の次はアリーナに一度戻ってからの得物を使っての勝負だ。対面している更識は本物の刃の付いた槍を構えている。
「真剣でいいのかよ」
「ええ。お互い寸止めくらいわけないでしょ?」
実戦に限りなく近付けるという意味では確かに真剣のほうが経験は多く積めるだろう。命を落とすかもしれないという危険度に目を瞑れば、だが。
やれやれ。と頭を振って腰に一瞬意識を持っていく。呼び出すのは炎剣レーヴァテインとその鞘。
『私ではありますが私自身ではないレーヴァテインですか』
『今のお前は生身相手に振るうには危険過ぎるからな』
左の腰に剣と鞘が具現化したと同時に更識は槍を構える。
「その武器の具現化もよくわからないけど……」
「そこはあんま気にするな。いつか必要なら話すし必要じゃないなら話さない」
基本的に剣と槍では決定的に射程に差が生まれる。槍相手での戦闘ならば攻撃を捌きつつ潜り込む必要があるがさて。
「先行どうぞ?」
「……お言葉に甘えるとするか」
抜剣。同時に一気に距離を詰める。先程と同じ踏み込み加速。しかしこれは一度更識に見せている。間違いなく反応はさっきよりも早いだろう。それなら少し変えるだけだ。
更識の目の前で一瞬停止。剣を横薙ぎに振るう、と見せかけて右前に跳ぶ。腰溜めに構えた剣を突き出す。
「まだ速くなるの……っ」
一瞬確実に眼が追いついていなかった。しかししっかりと防いで見せたのは彼女の腕と勘の良さ故か。
逸らされた剣を引き戻しながら左の拳を突き出す。これをバックステップで回避され距離が離れる。つまりここからは彼女の距離だ。
槍の使い方。まずは刺突。鋭く速い刺突が連続で放たれる。流石に先程の連続掌打程ではないがとても一本の剣で捌ききれる速度ではない。後ろに跳ぶ暇すらないのならと最低限の剣の動きで逸らし、僅かに身体をズラすことで紙一重で一撃ずつ躱す。
しかし彼女も人間だ。耐えていれば必ずミスをする。ほんの少しブレた刺突を先程までよりも力を込めた剣で弾く。
「くっ!」
隙ができた。もう一度潜り込む。
「こっちの番だ」
まずは槍を弾いたまま振り上げていた剣を袈裟に振り下ろす。槍の
こちらも右腕が高く上げられた状態から右足を軸に左の回し蹴り。更識は右腕だけを槍から外して腕の中ほどで受け止める。
「くうっ……」
衝撃に逆らわずに両足を浮かせることでダメージを最小限に済ませたらしい。体勢を崩したのを見てこちらも空いた距離を詰めるように踏み込む――ッ!
咄嗟に身を屈め、左から横薙ぎに振るわれた槍を回避する。見れば左腕一本で槍を振り抜いたのであろう姿で更識がたたらを踏んでいる。体重を込められる態勢ではないのに鋭い一撃だった。おかげで距離を詰める隙が消えた。
「あそこから反撃するか……」
「生徒会長は伊達じゃないのよ」
そう言って不敵に笑って見せる。釣られてこちらも口角が持ち上がる。強い相手と戦うのはなんだかんだ言っても好きなのだ。
「今度はこっちの番!」
槍の使い方は当然刺突だけではない。今度は槍を回すように、身体全体を使って舞うように襲い掛かってくる。
槍は長い得物での刺突は勿論、打撃と斬撃にも長けている。先端の穂による斬撃は勿論として、遠心力の乗った石突や太刀打ちによる打撃も侮れない。
横薙ぎの斬撃を受け止めれば即座に引き戻して回しながら太刀打ちで横殴りにしてくる。これを回避すれば今度は一瞬腰に溜めた槍を一閃突き出してくる。それを剣で逸らせばそれに逆らわずにそのまま横に振り抜いてくる。思わず後ろに跳んで距離を取る。
「なるほど……綺麗な舞だ」
『楽しそうですね。仁』
それには口角を更に持ち上げることで返答し、左手に意識を一瞬集中しもう一本の炎の剣を呼び出す。二刀流。ここからだ。
更識の槍を用いた舞踊のような連撃はとても一本では対処できない。舐めていたつもりではないが、面白くなってきた。
刺突を左の剣で逸らし、右の剣でこちらも刺突。それを舞うように身を回しながら回避しそのまま逆袈裟に槍が振り下ろされる。こちらも身を捻って回避しながら逆手に持ち替えた左の剣による切り上げ。両手に持った槍を向かって時計回りに回すことで柄の持ち手近くで受け止められる。それを感触だけで理解し、右手首を返し腹を抉るように右から水平切りを放つ。これは槍を右脇腹に引き絞る動きでブロックされ、全身を使った回転と同時にこちらの左脇腹を貫く勢いでの刺突。身体を回してしてギリギリで避ける。
「ッ……見事なもんだ」
僅かに掠ったがそのまま回転の勢いを利用して両手の剣を一瞬ズラして袈裟に振り抜く。ソードスキルであれば《ダブルサーキュラー》の軌道。槍を斜めに構えることで二度とも受け止めるが、体重を込めた二撃に更識は体勢を崩す。そしてこちらは受け止められた瞬間に今度は剣を下段に移動させながら逆に回転する。
「ハァッ!」
その勢いで両手の剣を揃えて"槍に向かって"切り上げる。体勢を崩して力が入りきっていなかった更識の手から槍が弾き飛ばされる。
「……今度は俺の勝ちだな」
「……そうね。私の負け」
両手を上げて降参の意を示す更識を見て両手の剣を消す。
「見事な舞だった。2本目を使わなければ俺が負けてたな」
「二刀流をここまで使いこなす人はそういないわね。でもいつの間にか剣を出すのはズルいと思うわ……」
「これが俺のやり方だからな。まぁアンタならいずれ慣れるだろう」
「勿論負けっぱなしじゃ終わる気はないからね」
口角が上がる。つい不敵に笑って見せてしまう。
「剣を振ってるときはちゃんと笑うのね」
「む……」
いたずらを楽しむような笑みで言われて一瞬眉にしわが寄る。それだけ普段笑っていないと言われてしまったということだろう。
「忘れろ」
「お断りします♪」
「アンタなぁ……」
更識が不意に真面目な顔に戻る。
「ISでも模擬戦してあげたいけど、まずはISに慣れてからね。それだけ剣の腕があれば第三世代機の君の機体でも十分活かせるはずよ」
「ロシア国家代表相手になんざ付け焼刃で勝てるとも思っちゃいないけどな。空と地じゃ勝手も違うだろ」
そういや篠ノ之束にも『一応』第三世代機だ。と言われていたな。と思い出しつつ答える。
「帰ったらちゃんと治療しておくのよ?」
「ん?」
指を指されてるところを見ると、左の脇腹から出血している。最後に掠った時に思ったより深めに当たっていたらしい。
「ああ。それにこのシャツは新調だな」
「あんなギリギリの紙一重で避けられるんじゃこっちも怖いわよ。模擬戦中は流石に意識できないけど」
所々が裂けたことで半ばボロ布と化しているシャツを見ながら苦笑する。
「直撃さえ貰わなければそうそう動きは鈍らないからな。アンタみたいに速度に重視を置いたタイプは完璧に避けると隙ができるからああなる」
「実戦経験があるような言い方ね?」
「さてな」
言いながら振り向いてアリーナを後にする。その日はいったん解散になった。
それからは毎日ではないが一週間に二度程度は更識との組手がスケジュールに入った。当然生徒会の仕事や自己鍛錬。そしてISに慣れるための訓練もサボることはしない。特に前者は更識よりもそういったことに厳しい布仏姉が見を光らせているため仕方がない。
――― 1か月後 ―――
更識との組手やIS訓練を始めてから1か月経った。俺の予想通り既に更識は二刀流や俺の剣の具現化にも慣れ始めておりなかなかに骨の折れる相手になった。剣で負けるつもりは未だにないが。
ISを纏っての行動にも大分慣れた。更識との訓練がなくとも一日最低でも1時間は1人で慣らしていることもあり、稼働総時間は大体50時間といったところか。流石に歩行や走行は勿論として、飛行も殆ど問題はないだろう。問題としては一つ。
「……当たらん」
「見事に当たらないわねぇ……」
拳銃の扱いだ。ISはフル展開の状態、レーヴァの照準アシスト無しで練習しているがここまで25発。用意された的にはまるで当たらない。確かに
『銃は使ったことありませんからね……』
「アシスト無しに拘る理由はあるの?」
「いざって時IS展開無しでこの拳銃だけ使う時があるかもしれない。戦場でシールドエネルギーが切れて拾ったものだけで戦う羽目になるかもしれない。考えうる可能性は無数にある。ISから借りた力で驕るわけにはいかないからな」
拳銃をISの両掌で握りしめ、狙いを的の真ん中に定めながら至って真剣に言い返す。
トリガーに指を掛けると右眼に熱が篭り思わず右眼の能力が発動しそうになる。ここまで的に当たらなかったのが精神的にキているのだろうか。
「くっ」
右眼を一度強く閉じ熱を抑え込む。意思に反応するのはいいが、タイミング次第では右眼と頭が痛みに苛まれるだけの力。厄介なものだ。
もう一度指先と的に意識を集中する。あくまで心意は発動しないようにという事を念頭に入れて強く集中する。実戦でこれだけ集中して撃つことなどできないが、まずは当てられるようにするのは大前提だ。
発砲。的の端ではあるがギリギリ命中する。
「ISの力に驕ったら女性権利団体や女尊男卑に染まった連中と変わらない。そんなのは御免なんでな」
まぁ俺は男だが。と言いながらもう一度集中する。発砲。同じような位置に命中。しかし当たるようにはなってきた。
「君はそういう人達を見返したいの?」
「まさか。馬鹿馬鹿しいと思いはするが見返すなんて考えたこともない」
28発目。今度は外れた。
「男女対等であるべきなんて偉そうなことも言うつもりはない。ただ……」
「ただ?」
29発目。的の中心に少しだけ近付いた位置に命中。
「ISのあるべき姿は思い出して貰いたいもんだ」
30発目。29発目よりも若干外側に命中。弾切れだ。拳銃を下ろす。
「ISは道具じゃない。ましてや兵器なんかとして扱ったらへそを曲げてしまうぞ」
更識は苦い顔をしているが続ける。
「良きパートナーとして乗っていきたいものだな」
『仁……』
ISの元々の本懐は宇宙進出らしい。篠ノ之束は白騎士事件で各国へISの有用性を見せつけたかったのだろうが、やりすぎだったのだ。白騎士がミサイルを何千と打ち落としたことで本人との意思から離れ兵器として、既存の兵器に対しての優位性を各国は見出してしまった。
「……やっぱり君はISと意思を疎通できるの?」
「だとしたら?」
真っ直ぐに見返す。意を決して言ってきた、というような表情を浮かべてこちらを見ている。
「最初会った時、君のISから感情のようなものを感じたって言ったわよね」
「ああ」
「その時は君からそのISには人格があるって聞いてISコアには人格があるという公表がホントの事なんだって思っただけだったけど……時々君の独り言を読唇してみたら会話しているようにも見えた」
「プライバシーの欠片もないな。人前で独り言言ってるつもりはなかったが」
それに対してごめんなさい。と更識は苦笑しながら誤って続ける。
「色々不思議だし、そういう人なのかなーって思ってたけどIS操縦歴の割にISに情が移ってる点でもね」
『情が移ってるとは失礼な! 仁は元々優しいだけです!』
「……欄間君、そんな声出せたの?」
ISの指で頭を押さえて天を仰ぐ。今回に関しては周りにも声が聞こえるように発声しているだけでなく、更識の目の前にモニターで自分の姿まで映し出している。コイツと来たら……。
「はぁ……もういいのかレーヴァ」
『ええ。仁はもう十分更識楯無さんを信用しているでしょう?』
「あのなぁ……」
もう一つ溜息を吐く。
「……驚いた。前聞いたけど本当に人格があるなんて。しかも喋ってる」
「コイツは色んな意味で特殊なんだよ……」
「そうみたいね……へぇ……」
本当に興味深そうにモニターを眺める更識。そして何故か腰に手を当てて自慢気に胸を張るレーヴァ。
「その様子だと、アンタのISは人格を見せてないのか」
「そもそも君のIS以外に前例はないわよ……篠ノ之博士がISコアには人格があるっていう公表はしたけど信じられていないわ」
「それだけ世界の皆々様は自分の相方に目を向けてないのか、それとも何らかの条件があるのか」
「言葉に棘が……」
『私は特別ですが、確かに他のIS……勿論更識さんの
「ま、あまり邪険に扱ってやるなって事だ」
そもそもがISではないレーヴァはあまりISについての理解度が高いわけではない。俺が参考書を読んでいる間は彼女も読めているので最低限の知識は持っているらしいが。コアネットワークはスリープ状態だがそれでも一応他のISについては何かしら感じるものはあるらしい。
「ま、この話はさておき。拳銃は弾切れだし次はBT兵器だ。任せたぞレーヴァ」
『任されました。ではでは』
4機のビットが後ろに現れる。
「あら、ビットの操作もその子がやってたの?」
「昔から剣を振るしか能がないものでね。いずれは自分で操作できるようにしたいが」
「時々ビットの動きが硬くなるのは君が代わってたのね……それは君の言う借りた力じゃないの?」
『私は仁の相棒です。あくまで協力関係です』
「2人で1人みたいなものだ。とはいえ力を借りてるには変わりないが」
それもそうだと苦笑する。発言がブーメランになってしまった。
「まぁ驕るようには見えないけど」
更識も苦笑を見せる。
さて、肝心のビットの方はと言えば現在は単一仕様能力を使わずに動かしている。とはいえレーヴァの操作に不満も不安もありはしないのだが。
「交代だ」
『はい』
ビットに意識を集中し4機同時に操作する。動きは随分と固いがほんの少しは意思通りに動かせるようになってきた。ただし自分自身は動けないが。
『私の役割が減ってしまうので仁はそのままでもいいんですよ?』
「断固断る。いつまでも頼ってられるか」
『頭固いんですからもう』
「……凄いわね」
ビットの操作を2機に減らして動かしながら更識に振り向く。これもマルチタスクの訓練だ。
「まるで普通の人間みたい。いい相棒ね」
『でしょう?』
やれやれと頭を振る。本音をなかなか見せない女にどこか抜けてる相棒が合わさってしまったのはどうにも頭を抱えずにはいられないが、悪いようにはならないだろう、きっと。
「ところで信用してるなら私も虚ちゃんや本音ちゃんみたいに楯無って呼んでくれないの?」
「……呼ばれたかったのか?」
剣では負けないスタイル。ポンポン武器出すのは大概卑怯ですけどね。
そしてレーヴァのことを少し気付いていた楯無さん。彼女ならだいぶ早めに勘付いていそう。
IS模擬戦はまだお預けです。