更識との訓練メニューにIS実戦が加わり、レーヴァのメンテナンスでレーヴァがいない事も幾度となくあった日々ももう約3か月が経った。一度として更識には勝利していないが攻撃を当てることができる割合は確実に増えてきた。正直入学までに一度くらい勝っておきたかったが、まぁ仕方のないことだろう。
「やあやあ久しぶり仁くん! 明日は待ちになった入学だねぇ」
そして世間はここ1か月半程なかなかに沸き立っていた。というのも男性でISを操縦することができるという男が現れたのだ。その名前は『織斑一夏』。かの有名な
「見てたよ~何か月にも渡る訓練! すぐにISにも慣れちゃったねぇ」
俺はあくまでも織斑一夏の後に男性が受けることを義務付けられた適性検査に合格した"二番目の男性操縦者"として入学する。これは更識が決めたことだ。世間の目は肩書きゆえに目立つ織斑一夏に注がれることになり、そして俺は生徒会所属として『
現状IS学園関係者の中でも極一部しか知りえないよう隠してきたのもようやく報われるというものだ。
「あれ? 聞いてるー?」
問題としては"二人目"である癖に既に専用機を所持しているという点か。不自然すぎるがデータ取得のために急造で用意されたという事にしておけ。と更識には言われている。
最初から隠すという案もあるにはあったが、それではレーヴァが可哀想だと生徒会の総意だ。レーヴァも俺の相棒ポジは譲らないの一点張りだし仕方ない。
尤も、稼働時間のデータでも取られれば一発で隠匿しようとした事実は曝け出されるわけだが。
「折角来た束さんをガン無視!? 酷くない!?」
「駄目ですね束様。この方私達をいないことにしようとしています」
入学して正式に生徒の寮が決まってもどうせ俺の寮の部屋は変わらんだろう。いつも通り必要なものだけまとめて用意をしておく。
「仕方ありません。ここは無理矢理でも存在証明を……」
振り下ろされた細い腕を片手で受け止める。一つ大きなため息を吐いてそちらに視線を向ける。
兎が1羽。いや2羽。童話の世界からそのまま飛び出してきたような服装と兎耳装着、常人離れしたプロポーションの紫兎と、腰程までの流れるような銀髪にゴシックドレス、そして閉じたままの両眼が特徴的と言える銀兎。他でもない俺の部屋にいつの間にか侵入してきていた。
「やっとこっち見たね!? いくら何でもガン無視は束さんも傷ついちゃうよ!」
「……興味ない相手には同じような態度だろうアンタは」
「話したって無駄だからね!」
そんなことで胸を張るな胸を。
「なるほど。この方が……」
「見えてるのか、それ」
「貴方のその右眼と同じようなものですよ」
なるほど、確かに俺の右眼も髪に隠れていてよく「見えるのか?」と問われるがちゃんと見えている。
「……閉じてるのと隠れてるのは流石に別件じゃないか?」
「バレましたか」
とはいえ見えてるのは確からしい。
「……で、何の用だ篠ノ之束。こんな易々と侵入されるんじゃIS学園のセキュリティに不安を覚えてきたぞ」
「何の用って? 用事なんてたっくさんあるよー」
この天災はこれでいて天才だ。話すこと自体は有意義ではあるがどうにも疲れる。本音相手以上に疲れる。
「まずはくーちゃんの紹介! 束さんの娘だよ」
「クロエ・クロニクルです。よろしくお願いします。欄間仁さん」
「ああ。よろしく……待て、どこまで話した?」
娘、という点は取り合えず流しておく。この兎に常識など通用しないのだから無粋だろう。
「全部」
もう一つでかいため息を吐き頭に手を当てる。やっぱりか……。
「……アンタの事だから考えはちゃんとあるんだろう」
「もっちろん! 後はレーヴァちゃんの事についてだよ」
『私ですか?』
「うん。戦闘データは見させてもらってるよ。相性抜群阿吽の呼吸二人三脚。要は最高に相性がいいね。経験さえ積めばすぐに
口を挟むこともない。クロエがこちらをひたすらに観察しているようだがまぁいいだろう。
「前に第三世代のISだって言ったよね。でもレーヴァちゃんの装甲、戦闘データからよくよく確認してみると展開装甲っぽいんだよね。束さんが展開装甲に着手する前から存在していたことになるってわけなんだけど」
「展開装甲?」
「第四世代型ISの装備予定で束様が開発をしていた装備です。
「一言で言って、やっぱり異常だね。本当にレーヴァちゃんが願った結果として装備が生み出されたみたいにも見えてきちゃうね。まぁその娘のパッケージなんて束さんくらいしか作れないし、その必要がないなら都合はいいかな?」
至って真面目な顔でそういうのだから展開装甲とやらである事は真実なのだろう。レーヴァにしたって装備についてはよくわかっていないのだから装備がどうこうについてはわからないのだが。
「そんなわけだからレーヴァちゃんは第四世代ISって事になるね。いっくんに渡る予定の白式も第四世代だけど全然違う意味でお互い異端だね。流石二人だけの男の子の操縦者だね」
「レーヴァがどんな姿でも変わらない。コイツが俺の相棒ってのはな」
「いいねぇ。レーヴァちゃんは幸せ者だねぇ。他の娘達もそんな風に言われたら嬉しいと思うんだけどなぁ」
「簡単にはいかないものです」
「ああ、あと1つ」
篠ノ之束が今まで見たことのないような真剣な顔になる。
「仁くん。あの時の事、正確に覚えてる?」
あの時、とはいつか。などとは聞かない。篠ノ之束が真剣な顔で話してきて、かつ"あの時"なんて言い方をされたら頭に浮かぶのは1つだけ。あの、地獄だ。
絞り出すように声を出す。
「覚えている……はずだった」
篠ノ之束が目を細める。
「この世界に来てから、どうにも曖昧だ。目に焼き付いたはずの顔が霧がかかったように見えない。それはアンタが覗いた時も同じだった。忘れるなんて……許されないはずなのにな……」
俺にとってほぼ掠れずに残っていた筈の最古の記憶。あの守れなかった人達が何人も物言わぬ肉塊として、時には機械と共に転がっている記憶。それ以前の記憶は殆ど思い出せず、それ以降の記憶はいくらか欠けている。
どの世界だったかすらも曖昧になってしまったが、確かに俺が介入したせいで起こらないはずの事が起こってしまったが故の地獄だったのだけはわかっている。
「やっぱりね」
頭を抱える俺に対して篠ノ之束は満足のいく答えが返ってきたというように頷く。
「束さんが見たのもそうだったんだ。君の記憶を見ていたからか人の顔はよく見えなかった。それが少しだけ気になってたんだ」
真剣な顔のまま篠ノ之束は続ける。
「多分君は自分で記憶を封印しつつあるんじゃないかな。その理由はわからないけど、完全にアレを忘れちゃったら、きっと君はただのロボットになってしまう。そう束さんは思ってるよ」
「貴方の気持ちが介入する余地はなく、なんで人を守る義務感があるのかも忘れてしまう。そうなったらきっと貴方は貴方で無くなってしまうのでしょう。記憶を繋ぎ止めてください」
篠ノ之束とクロエ・クロニクルは言いたいことは言った。というように瞬きの間にまた消えていた。
「またいずれ。私もあなたには興味がありますので」
クロエは最後にそう言い残していった。
「記憶を繋ぎ止める……か」
言われるまでもない。摩耗してしまったならそれ以上擦れることがないように気を付けるだけだ。アレは俺の罪だ。忘れてしまうわけにはいかない。
忌まわしき記憶として封じてしまうのは楽だろう。しかしそれは許されない。俺は俺のせいで死んだ人を背負わなければならない。
『……仁。気にしすぎないでください。しっかり意識さえしておけばきっと大丈夫です。それにそんな怖い顔じゃ第一印象最悪ですよ』
「む……第一印象なんていいだろ。どうせそんなに関わる気もないんだ。むしろ避けられた方が楽だ」
『怒りますよ?』
レーヴァは何故か俺を1人にさせないようにしているように思う。俺は別にいいのだがどうにも彼女は俺に友人を持ってほしいらしい。それは俺のやり方には反するとわかっていて彼女はそうしているのだから、よくわからない。よく言われる『思い出しましたか?』には関係しているのだろうが、どうにもレーヴァが言う記憶は思い出せていないらしい。
「……しかし今更だが女子校に入学とは面倒だな。織斑一夏がいるとはいえしばらくは日本に来たばかりのパンダ扱いだ」
『慣れることです。向こう3年間はいることになるんですから』
「他人事だと思いやがって……」
だが休み時間及び放課後は生徒会室に居ればひとまず心は休まるだろう。少なくとも見物客に押し入られることはない……と思いたい。生徒会の面々はいるかも知れないが、1年の約4分の3という期間顔を合わせてきたのだから見知らぬ相手よりは遥かにマシである。
むしろ上手いこと織斑一夏に全員釣られてくれればいいがそうもいかないだろう。物珍しいものというのは興味が偏ることはあっても、片方に興味が全く無いという事はそうそう起こりえないのである。
「……頭痛薬も入れておくか」
兎達がいなくなって再開した明日の準備をしているカバンの中に頭痛薬を瓶で放り込んでおく。しばらくはコイツの世話になりかねない。
「学校では周りに聞こえないようにしてくれよ。注目の種をこれ以上増やしたら本当に持たん」
『わかってますよー。信用出来ない人の前でなんて声出しません』
「お前はどこか抜けてるから心配なんだよ……」
『失礼なー!』
翌日、朝食を軽く摂り、アレからまた大きくなった火傷跡は両腕共に肘より少し下辺りまでが7割程赤銅色に染まっている。レーヴァによる回復促進のおかげで見た目以外は基本正常だ。それを指空きロンググローブで蔽い、今まで使っていたものと変わらない男子用の制服を着る。IS学園の制服は軽度ならば改造が可能ではあるが、俺は別にそういったものには興味がない。そもそも女子用のものとは違い男子用制服なんて改造の余地は少ないだろう。布仏本音のように基本のサイズを変えずに首元と袖と裾だけやたら長くしているようなことはできるだろうが不便になる。
そろそろISスーツも届くらしいが、IS実戦訓練の度に更識のそれを見ている限り機能には優れているのだろうがどうにもピッチリしすぎている。とはいえ普段のようにシャツとズボンの上からISを纏うよりは伝達率も上がるのだから使った方がいいのは明確なのだが。
「面倒なことが起こらなければいいんだけどな……」
これから大変になる。と1つ溜息を溢して寮の部屋を出て、入学室のために体育館へと向かった。
道中まではまぁ予想通りというべきか。男性操縦者が2人入学してくるという噂は当然のように広まっているようで、歩くだけで注目の的だ。直接話しかけて来る者こそいないものの、ひそひそと話す声や視線は相当な数感じる。頭が痛くなるが取り敢えず堪えて表情を変えないように、生徒会長である更識の挨拶等を聞き入学式をどうにか超える。
体育館から出るのもまた一苦労ではあったが俺が配属されたという1年1組の教室へと視線に耐えながら向かった。席は……中央少し後ろの窓際ね。ひとまずこれまた多数の視線を極力無視して席に座る。
『凄い視線。こんな数の人の注目浴びたことって今までありました?』
『ねえよ……』
はぁ。と溜息をまた1つ溢して時間が過ぎるのを待つ、つもりだったんだが。
「今日も早いね~流石ランラン」
隣の席に座ってきたのはもはや見慣れた布仏本音。つまり隣の席の住人が彼女なのだろう。頭痛の種がまた増えた。大方一番の理由は俺のお目付け役なのだろうが。
「……よくこの空気で話しかけてきたなお前」
この空気。というのも教室内は謎の緊張感に包まれており、ひそひそと小さく話す声以外にはまともな会話をするような音はしない。真ん中最前列という極めて目立つ席に座っている
「友達と話すのなんてフツーだよ~」
「まぁ……お前はそういう奴だよな」
いい意味で空気の読めない女だという事はよくわかっている。早い話彼女がいると固い空気がいくらか和らぐのだ。尤も今現在この教室内においてはそれは適用されないが。
「ランラン顔が怖いよ~?」
「む……」
別に意図して怖くしているわけではない。
「俺の事はいいだろ……ほら前向け。山田真耶先生が来たぞ」
教室の前の扉から入ってきた、身長やや低めでおっとりとしたタレ目に大きめの眼鏡をした緑髪の女性は山田真耶。入学以前に度々生徒会室で遭遇したことはあるが、男性が苦手なのか基本的には上手く会話にならなかった彼女だが、元々は日本代表候補性であったため実力は折り紙付き、
「全員揃ってますねー。それではSHRはじめますよー」
まずは本人の自己紹介。前から読んでも後ろから読んでも『ヤマダマヤ』と軽口を叩くことでクラスの空気を軽くするつもりだったのだろうが、どうにも上手くいかなかったようだ。そして彼女はどうやら副担任らしい。
「それでは皆さん、1年間よろしくお願いしますね」
返事はない。本当にここはエリート校なのかと問いたくなるが、その空気を作っている一因としては流石に何も言えない。
「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いします。えっと、出席番号順で」
雰囲気に耐えきれなくなってきたらしい。緊張に弱いタイプという事も聞いているのでこのクラスの現状は彼女にとっては酷だろう。
自己紹介の方はというと、『あ』からの出席番号順で自己紹介が行われる。別段滞りもない……わけでもないらしい。
「織斑くん。織斑一夏くんっ」
「は、はいっ!?」
考え事でもしていたのか山田副担任の呼びかけに裏返った声で返事を返した織斑一夏に、周りからくすくすと笑い声が上がる。一瞬眉にしわが寄ってしまうのを感じるがすぐに無表情に意図して戻す。
「あっ、あの、お、大声出しちゃってごめんなさい。お、怒ってる? 怒ってるかな? ゴメンね、ゴメンね! でもね、あのね、自己紹介、『あ』から始まって今『お』の織斑くんなんだよね。だからね、ご、ゴメンね? 自己紹介してくれるかな? だ、ダメかな?」
「いや、あの、そんなに謝らなくても……っていうか自己紹介しますから、先生落ち着いてください」
「ほ、本当? 本当ですか? 本当ですね? や、約束ですよ。絶対ですよ!」
何を自己紹介1つにここまで手間取るのか。と言いたくはなるがここで変に動いてもそれはそれで視線を集めてしまうのでぐっと堪える。
立って後ろを振り向く織斑の顔が目に見えて強張る。大方俺含め合わせて30人分、計60の瞳による視線の数に緊張していたりとかそういうものだろう。尤も俺の右眼は髪で隠れているから59の瞳かも知れんが。
「えー……えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」
頭を下げて上げた織斑の顔が再び引き攣る。俺も周りを少しだけ見ると「それで終わり?」オーラを感じる。流石パンダ、ただ笹を食ってるだけでは不満というわけだ。
「以上です」
がたたっといくつかの椅子の音が響く。本当に自己紹介の初手も初手だけで自己紹介を終わらせやがったあの男。
「あっ……」
何か板状のものを振り上げているある人間という嫌なものを見てしまった。今度こそ本当に頭が痛くなるのを感じる。指を2本だけ額に当てて目を強く閉じて開くが、どうやら現実は変わらないらしい。
直後教室にパアンッ!という小気味の良い音が響いた。
「いっ――!?」
頭を押さえた織斑が恐る恐るというように振り向いた瞬間に顔が驚愕に染まる。
「げえっ、関羽!?」
そして再び小気味良い音が響く。
「誰が三国志の英雄か、馬鹿者」
そこにいるのは黒のスーツにすらりとした長身に鋭い釣り目、そして身のこなしからしてただ者ではないとすぐにわかる女性。
「あ、織斑先生。もう会議は終わられたんですか?」
「ああ、山田君。クラスへの挨拶を押し付けてすまなかったな」
「い、いえっ。副担任ですから、これくらいはしないと……」
「諸君、私が織斑千冬だ。君達新人を1年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。私の仕事は弱冠15歳を16歳までに鍛え抜くことだ。逆らってもいいが、私の聞くことは聞け。いいな」
少し考えればわかったことだ。男性操縦者を1つのクラスに集めた理由がこれだ。織斑千冬という明確な力の持ち主が2人纏めて監視・保護するためだ。滅多な事では突破出来ない壁を用意することで問題を起こさせないようにするために。と、いうことを考えつつ両手を耳を押さえつけるように動かす。
「耳塞いどけ」
「ふぇ?」
直後塞いでいるというのに大量の黄色い声援が耳に流れ込んできた。女子特有の高い声はなかなか防御出来ないものなのだ。
「キャーーーーー!」
という非常に甲高くいくつもの声のハーモニーが耳に届いた瞬間により強く耳を押さえつける。持ってくるべきは頭痛薬ではなく耳栓だったか。
エリートが集うというIS学園がこれでは、これから先が思いやられるというものだ……。
私は女子9割とかいう環境に放り込まれたら苦痛でしかないと思うタイプの人です。少なくとも私は常時しかめっ面になる自信があります。
では次回もまたよろしくお願いします。
感想等いつでもお待ちしております。