「なぁ、お前もIS動かしちまったんだろ?」
授業が一通り終わり放課後になったところで織斑に話しかけられた。顔を上げる。
「……動かしちまったとはまた周りを敵に回すような発言だな。織斑一夏。ここにいるのはそれを誇っている生徒達だ。そういうのはやめとけ」
「うっ……でもお互い苦労してるのは確かだろ?」
目が合った瞬間に一瞬眉を顰められたような気がしたが、今に始まったこともでもない。今でこそ慣れてるが虚ですらしばらくはこの眼に慣れなかったのだし。
「若い時の苦労は買ってでもしろと言うだろう。苦労しているのは否定しないが」
「楽観的だなぁお前」
「オルコットの挑発にあっさり乗った上に勝つつもりの奴に言われたくないな」
こいつがどこまでやれるのかは知らないが、ISについて殆ど知らなかった男が1週間でできることなどたかが知れている。尤も織斑一夏は特例として訓練機を借りるための申請はすぐに通るだろうが。
「だってアイツは日本を馬鹿にしたんだぞ!? 何とも思わないのかよ!」
「思わん。生憎お前と違って愛国心があるわけじゃない」
「お、お前……!」
「お前の価値観を押し付けるな。確かに同じ日本人で境遇も似てはいるが俺とお前は別人だ。当然考え方も違う。仲間ができたと思っていたなら悪いがな」
そこまで行って席を立つ。机の上に出したままだった頭痛薬もポケットに放り込んでカバンを持ち上げる。
「さて、仕事だ。先行ってるぞ本音」
「おい! 待てよ!」
「はいよ~また後でね~」
まだ何か言いたそうな織斑を無視し、友達と話している本音に1つ断りを入れてから教室を出る。その一瞬でも本音の周りの女子の表情が一瞬怯えたように見えるが、仕方ないだろう。
「あ、欄間くん! 生徒会には正式加入?」
「はい。昼休みと放課後だけに時間は減りましたが、基本的には今まで通りらしいです」
といった具合に、生徒会室に向かうまでに見覚えのある2年生や3年生からは話しかけられることもあるが、俺としても顔を覚えている相手ならばいくらか楽だ。以前よりも黄色い声が多い気はするが気にしても仕方ないだろう。
「失礼します」
今までと変わらないノックと形式上の挨拶だ。帰ってくる返事も特にいつもと変わった様子はない。
「いらっしゃい仁くん。それと、生徒会正式加入おめでとう」
『大歓迎』と書かれた扇子を広げてニッコリしているのは更識だ。今はまだ虚もいないらしい。
「それで、どうだった?」
「どう、とは?」
「織斑一夏くん」
『情報求ム』のセンスを今度は広げる。今日は扇子も多め、機嫌もいいという事か。
「あまりにも平凡だな。特別な人間とか、そういう感じはしなかった」
「あら、お眼鏡には適わなかった?」
「本当にアレに専用機を渡していいのか、怪しいものだな」
話しながらティーセットを用意する。虚がいない場合もしくは俺がやるべきと判断した場合は俺がお茶を淹れるのがいつも通りだ。この約9か月間で虚にミッチリと仕込まれたため合格点を貰っている。
「まぁ、1週間後の月曜にわかるだろうな」
「クラス代表決定戦やるんでしょ?」
流石に情報が早いな。もう噂になっているのかもしれない。
「ああ。織斑はともかく、オルコットのデータだけ欲しい。学園に登録されているデータは生徒の誰でも閲覧可能だったよな」
紅茶を2人分作り、2人分だけをティーカップに注ぐ。
「飲むか?」
「頂くわ。閲覧は問題ないわ」
残り2人分は後から来るであろう布仏姉妹の分だ。どうせ来るまでそんなにかからないだろうからまとめて作ってしまった。
「うん。美味しい」
「そりゃどうも」
『合格』の扇子が今度は開かれる。
俺も一口含む。まぁ悪くないだろう。
「でも、君が本気でやるのは禁止ね」
「む……」
何故、とは聞かない。大体予想はついていたからだ。
「君はこの時点の1年生にしては強すぎる。
「……まぁそうだろうとは思ってたよ。BT兵器同士の勝負でも、レーヴァがいる分こっちに軍配が上がる」
「そういう事。だから、君には制限を付けてもらうつもりなの」
「程度にもよるが、構わない。リミッターを設けていたなんて知ったらオルコットは怒るだろうが、まぁその上で勝ってやれば奴も戯けた口は聞けなくなるだろ」
「機嫌悪いのね? 何かあった?」
「……別に。女尊男卑に染まってるのは鬱陶しいが、それ以外は何とも」
『楯無さんを悪く言われて怒ってるんですよ』
「ちょっ」
裏切ったなこいつ。頭の中の彼女の心象景色の中で意地悪く笑ってやがる。
更識は面食らったような表情になり、少し経ってから笑顔に変わる。
「あら、嬉しいわね。私の事で怒ってくれたの?」
今度は『ありがとう』という扇子。本当に機嫌がいいな今日は。
「はぁ……俺は怒ったつもりはなかったんだがな」
なおもくすくすと笑う更識とレーヴァにまた頭が痛くなってくる。
「俺の事はいいだろ……それで、制限ってのは?」
「君らしくていいじゃない。今のところはレーヴァちゃんの補佐無しと、
『補佐無しですか!?』
「ええ。この時点のオルコットちゃんには2人の相手は荷が重すぎる。得意としているのがBT兵器という面でもね」
『私達は2人で1人なのに……』
「そう文句言うな。反則級なのはわかってるだろ」
『でもぉ……』
確かにレーヴァとセットで戦えばそれは実質の2対1となる。それに加えてBT兵器はレーヴァが操作しているから、俺はその間も自由に動き回ることができるというのは反則のようなものだ。自力でそこまでの事をやれるわけでもないのだから今回はそれが妥当だろう。2人で1人ならばこの状態ならば半人前と言ったところか。
「単一仕様能力はどこまで制限を?」
「BT兵器に纏わせる分と剣に纏わせる分だけ許可するわ。炎そのものを操るのは無しで」
「まぁ、妥当か」
随分動きにくくなりそうではあるが、まぁ問題ないだろう。そうなると目下の課題は、俺1人でのBT兵器と自身の動きの両立を完全にすることか。まだBT兵器を操作するのは苦手ではあるが、苦手という理由で武装の1つを無駄にするのも勿体ない。
「心は折っちゃ駄目よ?」
「どうだろうな。ここで折れる心ならそれはその程度だったともとれる。尤も、努力で代表候補生まで登り詰めたくらいだ。簡単には折れないだろ」
オルコットの問題は、そこで止まってしまっているというところなのだ。勿論代表候補生から代表選手や国家代表として大成する事は目標ではあるだろうが、今の代表候補生としての立場に甘んじているのではそれは叶わない夢だ。
「精々曲がった鉄は熱してから叩き直してやるさ」
言ってからはっとなった。関わらないようにするのならばここで容赦無く叩くことがベストな筈。なのに今俺は叩き直す、つまり鍛えてやると言ったのだ。
最近自分の考えが上手くまとまっていない。今までの俺なら絶対に言わなかった筈の言葉が出てきてしまう。頭を振ってひとまず置いておくことにする。
「また怖い顔してるわよ」
「む……」
そうだ、そういえば聞きたいことがあった。
「なぁ更識さん」
「なぁに?」
「俺の眼は、そんなに怖いか?」
「悪意とかそういうものを知らない普通の人なら何とも思わないでしょうね。ただそういうものを知っている人は少なからず君のその眼は怖い。今はもう慣れたけど、私もね」
「……そうか」
まぁある程度わかってはいたがそんなところか。あまりに長く生き過ぎたことと人が死んだり殺したりを見過ぎてしまったせいだろうか。
「皆怯えちゃってるけど~ランランはいいの~?」
「本音。何も言わずに入ってくるのはやめろって」
突然の本音の声に一瞬びっくりした。たまにこうして何も言わずに入ってきているのだ彼女は。
「……別に構わんだろ。俺はどう思われようが興味ないからな。お前も俺から離れて新しい友達作っておいた方がいいぞ」
「友達は作るけど~ランランも友達だよ~?」
「俺の近くにいるだけで何か言われる可能性もある」
「別にいいよ~」
「あのなぁ……」
頭を押さえて天井を仰ぐ。多分何を言ってものらりくらりと返事が返ってくるだけでこの話題は終わらないだろう。
「……お前がいいなら俺から何言ってもしょうがないか。ほら紅茶」
「わーい。ランランの紅茶~」
「君が気にする程本音ちゃんは考えてないわけじゃないのよ」
更識の言う通り、本音は案外こう見えて色々考えているから余計によくわからない。
「うまうま♪」
「やれやれ……」
この後虚も来て生徒会メンバーでのお茶会になった。今日は入学初日という事もあり仕事が殆どなかった。尤も、代わりに明日からはそれなりに仕事が増えるとのことだが。
一息つきながらオルコットについてのデータを、生徒会室のPCを用いて学園のデータベースから閲覧する。
「第三世代機『ブルー・ティアーズ』。か」
メイン武装はエネルギーライフルとBT兵器。俺のと違ってちゃんとレーザー射撃機能が付いたものだ。そして使用回数が極端に少ないがショートブレードが1本。レーザービットが4機にミサイルビットが2機。恐らくこれがイギリスの強みの集大成だろう。
「勝てそう~?」
「まぁ、負けそうには思えないな。
入試の際の教員との戦闘の映像データを再生する。BT兵器が自在に飛び回りレーザー射撃を行い、本人はライフルによる狙撃を確実に決める。なるほど、確かにこれは厄介だろう。ただ2点の弱点に気付かなければ、だが。
『BT兵器を操作するときにオルコットさんはわざわざ全ての命令を出しているみたいですね。ある程度パターンを組んで自立させてしまえば楽なんですが』
「恐らくなまじ出来がいいからこそ気付けなかったんだろうな。パターンを組まずとも扱える故の灯台下暗しだ。練習の時は苦労しただろうが、全て操作してやる、というプライドが邪魔をした点もあるかもしれん」
まず1点がこれだ。全ての命令を自分で操るため思考が大きくそちらに割かれる。そして2点目もそれによって引き起こされる。
『BT兵器の操作中は本人が動けない。ですね』
「ああ。俺と同じで自分の動きにまで頭が回らないんだ。尤も俺よりもBT兵器の操作はずっと上手いし訓練を積めばやれるようにはなるだろうが」
要はBT兵器を操作中に全て掻い潜っで懐に潜り込んでしまえば終わるのだ。中距離射撃型という性能は高い代わりに近接戦闘は苦手だろう。ショートブレードの使用率が極端に低いのも、必要がなかったという点と、純粋に苦手という事が上げられるという事だ。
「2つまでなら動かしつつ俺も動けるようにしておきたいな。向こうのBT兵器に対応するなら二刀だと手数が足りない」
現状俺が1人で操作する場合、本体と同時に操作できるのは1機のみ。それもパターン化しての半自動だ。それでもBT兵器の動きは少々ぎこちないままなので、その1機のみでの対応は厳しい。やはり課題点はここだろう。
「レーヴァのアシストがあれば絶対に負けないだろうな。制限を付けて正解だろう」
『むー』
「まぁ、クラス代表になんざなる気はさらさらないんだが……」
それについては勝った上で辞退してしまえばいいだろう。今考えるべきは対オルコットに勝つこと。ではあるのだが。
「……しかし俺が勝ったらそれはそれで問題なんじゃないか?」
「ご名答。君が勝ったらイギリスからは目を付けられるし、生徒から他の国に行くであろう結果報告でも君は注目されることになる。ていうかイギリス目線では知らない機体がBT兵器使ってる時点でいい迷惑なんだけど」
「かと言ってわざわざ負けるのも癪だからな……」
「まぁ安心してください。ここにいる限りは各国からの直接的な影響はありませんから」
そうではあっても面倒は面倒だ。せっかくここまで目立たずバレないように潜んできたというのに。
「どうせ専用機持ちってことが明かされたら騒がしくなるわよ。どこの国の機体かもわからないんだし」
「まぁ……それはそうだが」
何にせよ1週間後からは騒がしくなりそうだ。
「訓練メニューは変える?」
「アンタとできない時に勝手に変える。アンタがいる時は今まで通りでいいだろ」
「そう? まぁ変に変えたほうが効率悪いか」
どうせやることは変わらない。BT兵器の訓練の割合が増えるだけだ。
「織斑くんは眼中になし?」
「戦い方もわからない、専用機の性能も不明。これじゃ対策を考えるのは無理だからな。入試の映像も山田副担任の自爆で終わってるし」
緊張した山田副担任が突っ込んだのを織斑が回避、そのまま壁に直撃して気絶という終わり方なため、全くもって参考にならない。
「今何を対策しても予想に過ぎないからな。それならオルコットの対策を講じておく方が利口だ」
紅茶も飲み終え、仕事もないようなので解散という流れになった。
「そういえば、寮の部屋は変わらないわ。織斑くんが女子と相部屋になってるけど、今更君の部屋を変えるのも面倒でしょ?」
「そりゃ助かる。完全に隅のあそこは色々都合がいいからな。何より冷蔵庫とキッチンが助かる」
問題としては隅故に遠いことだが、9か月も使っているのだからもはや気にもならない程度だ。
「負けるとは思わないけど、頑張ってね」
「……ああ」
アリーナは今年度に入ってからも相変わらず生徒会で所有している第8アリーナがある。訓練場には事欠かなかった。
学校にも別に馴染めないというわけでもなかった。というのも、アレから3日くらいで怯えたような眼をしてくる生徒が大分減ったためだ。大方布仏がイメージアップを図ったのだろう。別に気にしなくてもいいというのに。それでも俺を怖がるのは気が弱かったり、負の感情に特別敏感な生徒なのだろう。まぁ払拭する機会があればするとしよう。
強いて言うのならば食堂を使うとすぐに2年生や3年生が寄って来てしまうことが厄介だろうか。生徒会の手伝い時代によく生徒会室に来ていた生徒が多い。基本的にそういう人達は女尊男卑反対派なので普通に友好的な世間話が多く、こちらとしても気分は悪くない。だが落ち着いて飯も食えないので結局持参が多くなるのは仕方ないことだろう。
時が経つのは早いものだ。1週間などあっという間に過ぎてしまう。
『セシリア・オルコット VS 織斑一夏』
『セシリア・オルコット VS 欄間仁』
『織斑一夏 VS 欄間仁』
負けるつもりはない。相手が女尊男卑派だからというわけではないが、オルコットには少々お灸を据えてやる必要がある。完膚なきまでに、とは言わないがそれなりに痛い目にあってもらうとしよう。
現状仁が負ける要素は本当にないです。なんせ楯無さんに訓練を付けてもらっていますから、並大抵の候補生程度には負けないほどに腕が磨かれています。それでも驕らずに訓練を続けるのは彼の美点でもあり、戒めのようなものでもありますね。
では次回もよろしくお願いします。
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