夕食後自由時間。俺は生徒会室で座ってぼーっとしていた。普段なら寮の部屋に戻って自己鍛錬をしている時間だが、今日はそういう訳にもいかなかった。
というのも、寮の部屋にいると織斑のクラス代表就任パーティに呼び出されるためだ。俺の寮の部屋を知っている者は少ないが、オルコット辺りは迎えに来るだろう。そのため先手を打って生徒会室に逃げ込んだというわけだ。
別にパーティが嫌いなわけではない。端っこの方でちびちびと飲み物でも飲んで雰囲気だけ楽しむのは悪くない。だが、今回は問題が1つだけあるのだ。
2年生新聞部副部長、黛薫子。この人がそのパーティでインタビューをすると意気込んでいた。という情報を本日昼休みに更識から聞いてしまった。
彼女は俺が生徒会手伝いの頃から生徒会室に度々現れてはインタビューをしていったり、更識と友人らしく会話を交わしたりしているのを見ているので関係そのものは悪くないが、ことパーティの場においてのインタビューなど御免だ。クラス代表決定戦であれだけの試合をしてしまったのだ。記事になどされてしまえば一躍学園中の噂。パンダどころではない。何度も言うように俺は目立ちたくないのだ。もう遅いかもしれないが。
「薫子ちゃんが行くからってそんなに全力で避けなくてもいいじゃない」
「記事なんぞ絶対にごめんだ。ま、当事者は当時者で楽しめばいいだろう」
布仏も向こうで大量の菓子に舌鼓を打っているだろう。アイツはアイツなりの交友関係があるのだからそちらを大事にしてもらいたいので好ましい。
「第8アリーナで訓練も悪くはないが、まぁたまにはのんびりするのも悪くない」
「もっとクラスの人と交友を持つのも悪くないと思いますが……」
「未だに俺を怖がる奴がいるのに俺が行くのも悪いでしょう? 楽しむときはしがらみなく存分に楽しむ方がいいんですよ。そういうのは
「折角花の高校生だっていうのに冷めてるわねぇ……」
「こういう奴だって事はわかってるだろうに」
まぁ何をするわけでもなくのんびりと夜を過ごすのもいいだろう。
『とはいえこうなると本当にすることもないですしねぇ。私は暇を持て余すのには慣れてますけど』
「動けないとそういう時不便だな」
『ご飯も食べた事ないしオシャレもないですからね。そういう時は人間の身体が欲しくなりますよ』
「お前ならいつか身体持って出てきそうでこっちは気が気じゃないが」
などと話していると生徒会室の扉が開かれる。
「ただいま~」
「パーティの方は終わったのか?」
「まだだよ~。写真撮影も終わったし私もこっち来ようかなって~」
「向こうで楽しんでりゃよかっただろうに」
「ランランいないと楽しさも半減~」
「俺1人とクラス残り29人が半々ってのは如何なもんかと思うぞ」
本音も来たためか虚がティーセットを取り出している。最近は俺が担当していたため少々新鮮だ。
「では、本音も来たことですし、我々は我々で仁さんの祝勝会は如何ですか?」
「……は? いや、別に俺はそんなのは」
「いいじゃない。訓練が実を結んだって事もわかったことだしね」
「ケーキケーキ~」
「本人の意見は無視かアンタら」
「意見を通させたら絶対に拒否するでしょう? それとも、先輩としての命令の方がお好みかしら?」
「結局拒否権はないって事か……」
開かれた扇子には『当然♪』と書かれている。職権乱用という奴だろうそれは。
「はぁ……わかったよ。どうせやるなら楽しんだ方がいくらかマシだしな」
「そうそう。大人しく楽しんじゃいなさい♪」
「では生徒会のささやかな祝勝会と行きましょうか」
「それじゃあ仁くんの勝利に……」
「「「「乾杯!」」」」
祝勝会。と言っても基本的にいつも通りだ。虚が淹れたお茶と既に買って生徒会室の冷蔵庫に入っていたケーキでささやかなパーティ。だが重要なのは食べるものではなく、その理由や雰囲気だ。人間というものは特別な雰囲気というものに酔うのが得意な生き物であり、それに甘んじるというのは心地の悪いものでは決してない。
ロシア代表に鍛え上げられているのだから勝って当然の試合だったかもしれないが、代表候補生に一般生徒が勝利するというのは只事ではないのだ。それならばこういう時くらいは気を抜いてもいいかもしれない。
もはや生徒会の面々と関わりを捨てるのは諦めている。なにせ9か月もの付き合いだ。今更切り捨てることなど俺にはできないし、そしてそれを許してくれるような面々でもないだろう。離れようとしても意地でも連れ戻すに違いない。それがどうしても必要となればこちらも何が何でも切り捨てるが、そんな事が必要な時はきっと本当の緊急事態。それをそもそも起こさないようにするのが俺の役目だ。
「考え事~?」
「む……まぁ考え事の1つ2つするだろ」
「ダメだよ~主役なんだから楽しまなきゃ~」
「充分楽しんでるよ。別にこういう雰囲気が嫌いなわけじゃないからな」
そう、楽しんでいる。人との触れ合いがあまりにも少なかった俺にとって充分過ぎるくらいだ。
人との関わりを持たないようにしては来たが、こうして関わるようになってしまえば心地良いと思っている自分は正直恨めしい。この世界の住民はこの世界の住民同士で仲良くやってくれればそれでいいと思っていたのに、それに加わりたいと思ってしまうのは
だからと言ってやはり離れるのは堪え難いのだろう。初めは完全にただの不審者だった俺にここまで良くしてくれる人達を蔑ろになんてできるわけがない。
それならば俺は彼女達を全力で、この命をもって守ろう。俺がいることで彼女達が危険に曝されることなど俺は許容できないのだから。異物である俺が仮にそれで死に、いなくなったとしてもそれはこの世界が元の姿に戻るだけなのだ。彼女達は悲しむかもしれないが、じきにその記憶も薄れる。
『自分をもっと大事にしてください』
頭に響く声。今回は周りに聞こえないようにしているようだ。
『仁だって今はこの世界の人間です。仁が死ねば悲しむ人がいる、当然私だって悲しいです。それなら仁はもっと自分を大事にするべきです。自分のためではなく、誰かのために』
誰かのために自分を大切にする、か。考えてみればそんなことを考えた事はなかった。自分は世界にとっての異物でありその世界の住民ではないといつも思っているためか。
それなのに彼女は、俺も世界の住民だという。俺とて彼女を悲しませるのは辛いし、生徒会の面々に悲しまれるのも嫌だとは思う。誰かのために生きたとしても、結局俺はその誰かのために命を賭けてしまうのは変わらないだろう。大事な存在を守って死ぬのなら満足とは酷い偽善者だとは思うが、俺もその一種なのだ。昔の俺は違ったのだろうか。もうそれを覚えているわけではない。レーヴァに聞いたとしても自分で思い出さなければ意味がないと言われてしまうだろう。
「ふう……」
楽しめと言われているのに自分を見つめなおす時間になってしまった。せめてここからは純粋に楽しませてもらうとしよう。どうせ彼女達から離れることはできないのだから。
「お茶のおかわり、如何ですか?」
「いただきます」
「しかし、強くなったものね。最近は私もヒヤッとさせられる場面も増えたし、並大抵の候補生には負けないんじゃない?」
「ISにおいて重要なイメージを形成するのは得意な方だからな。レーヴァもいるしISを自在に動かすという点ではそうそう誰かに負けないだろうさ」
「2人1組。羨ましいわ。私のレイディも話ができたらいいんだけどなぁ」
『篠ノ之博士が言うには、コア人格達は意外とお喋りらしいです。それを人間が受信できるかどうかはともかくとしてですが』
「自分のISとお喋りできたら凄くいい事だよね~。いつでもお喋りできる相手が増えたら楽しいし~」
「それがなかなか上手くいかないから世界中を見てもコアと話せる人はいないんだけどね」
「ままならないものです」
コアの声を受信する条件というのは特に定められているわけではないという。強いて言うのならそのコア人格との相性やIS本体との同調率の高さが重要らしい。全てのコア467個の開発者である篠ノ之束ですら全てのコア人格との会話を可能にしているわけではないらしく、やはりこの情報も曖昧なのだが。
「とはいえ今回はレーヴァちゃんのアシストは無しでの勝利。まだまだパフォーマンスは上がるって事ね」
「オルコットは知ったら不満がるかもしれないけどな。いや、織斑もか?」
あの2人は本気でやっていなかった、というかやれなかった事を知ったら間違いなく不満を見せるだろう。前者はどんな感じか少しわからないが、後者は真剣勝負に手を抜いたことに怒るだろうことの想像は容易い。
「織斑くんは強くなると思う?」
「どうだろうな。オルコットにアイツの訓練の手伝いを頼みはしたが、なにせオルコットは生粋の理論派だ。細かい角度とか言い出したらとことん細かいだろうし、感覚派の織斑はなかなか吸収できないかもな」
茶を1口飲んで口を潤して続ける。
「とはいえ強くならないとならないだろう。守ると豪語するからには相応の力が必要になる。そして守るという事はISという圧倒的な力を持って人を傷つけるという事だ。それに気付いた上でそれでも守ると決められたならアイツは強くなる」
俺のように守るためになら殺すことも厭わないという覚悟とまではいかなくとも、そこら辺の損得勘定ができなければ自分も周りも危険に曝すだけだ。守るという覚悟は実は軽い事ではない。
「まぁそうそうそんな覚悟が必要な事になられたら困るわけだが」
この世界は各国で牽制し合ってい事で表面上の平和が続いてる世界だ。そうそう簡単にその均衡が崩れるような事になればそれはイコールで戦争が始まることになる。このIS学園にいる限り各国の影響は受けづらいにしても、ここには専用機持ちが何人かいる。専用機持ちは明確な大きい戦力。駆り出されれば出ざるを得ないだろう。その時こそ守る覚悟というものは必要になるだろうが、そんな事が起きたらそれはもう平和などではない。
「平和が続けばいいんだけどね」
「全くだ。平和に暮らせるならそれに越した事はない」
自分の前に置かれているケーキを一口分切って口に運び味わう。やはり美味い。というかこれは……。
「久しぶりに作ってきましたね?」
その問い掛けに返ってくるのはニッコリと柔らかい笑顔。
このように稀に虚の手作りケーキが用意される事もあるが極めてレアでありなおかつ極上だ。普段置いてある名のある店の物も絶品ではあるが、彼女お手製の物はそんなものが霞んでしまう程の美味さだ。実際今もいつも以上に舌に意識を集中させてしまっている。将来はパティシエになったとしても充分過ぎるほどに通用するだろう。彼女にそれを告げたとしても更識に仕える以外の未来は見ていないと返ってくるだろうが。
「レアな表情。いただきました」
「む……」
手を顔に当てるとほんの少しだけ緩んでしまっているのを感じる。……俺はそんなに甘党だっただろうか。
「食べた人が嬉しそうならそれは作った側にとって最高の報酬なんですよ。特に仁さんみたいに普段難しい顔ばかりしている人なら尚更に」
「……あまり顔に出るタイプじゃないと思ってたんですがね」
「付き合いの長い私達以外じゃわからない程度よ。笑顔にはほど遠いけどレアはレアね」
「ランランは笑わないからね~戦う時以外」
「人を戦闘狂みたいに……しかしそれはそうだが」
何故人の顔が少し緩んだだけでこうも皆嬉しそうにするのか。
『いずれわかりますよ』
そうだろうか。彼女が言うのならそうなのだろう。
時間としては夜の10時を回る程までに続いた祝勝会は、最終的に本音の寝落ちで終わりを告げた。
「まぁパーティからパーティなんて続ければ疲れもするだろうな」
「送ってってあげたら?」
「俺が? 別に構わんが……」
「本音のルームメイトは簪お嬢様です。気まずいんですよお嬢様は」
と小声で虚に言われた。それならば虚が行けばいいではないかと思いもするが、彼女とて俺のように手が空いているわけではないのだろう。
「……まぁ仕方ない。よ……っと」
本音を背負う。普段のだぼっとした服装からはわかりにくいがなかなかのボリュームの柔らかいものが背中に当たるが意識はしない方がいいだろう。
「……軽いなこいつ。あれだけ菓子食ってるのにこの軽さか」
この時間は流石に校舎内に人はいない。電気も既に消灯されてはいるがまぁ問題はないだろう。
寮の部屋は一応知っているため問題はない。強いて言うのならば更識簪と面識がない事だろうか。彼女も男性が得意なタイプではないと聞いたことがあるような気がする。というかそもそもかなり内気なタイプだと聞いている。仕事だけしたらすぐに帰るのが良さそうだ。
「……ここだったな」
右手で本音を支えながら左手でノックする。既に寝ているかもしれないがここは起きてもらう他ないだろう。
と危惧はしたが、思いの外すぐに扉が開かれる。
「どなた……っ!?」
「……驚かせたか。すまない」
これ以上無い程に驚いた顔をされてしまった。彼女は小柄なため見下ろす形になってしまうのも不味かったかもしれない。
「ほ、本音……?」
「……パーティ途中で寝落ちてしまったんだ。それで俺に白羽の矢が立った」
「……そう」
更識からの頼みというのは彼女には禁句だろう。取り合えず嘘は吐かないが全ても言わないようにしておく。
「受け取れるかって言ったら……まぁ難しいよな」
「……う、うん。本音、起きて」
しかし起きる気配がない。こうも熟睡されているとこっちも参ってしまう。
「……仕方ない。どうぞ」
「すまないな……」
「本音が悪いから……別にいい」
女生徒の部屋に入るというのはモラル的に避けたかったのだが、本音をここに落としていくわけにもいかないし部屋主にも許可を貰ってしまったのだから仕方ない。入れさせてもらうとしよう。
「失礼します」
一応断りを入れるのは忘れない。
「本音は……そっちのベッドか?」
「うん」
「了解」
2つあるベッドのうち片方には起動したままのノートPCがある。恐らく更識簪のそれだろう。そしてそれによってしている作業はまず間違いなく日本代表候補生である彼女の専用機【打鉄弐式】の製作データのまとめだろう。あまりじろじろ見るものでもあるまい。用事を済ませて帰るとしよう。
「よ……っと」
「欄間くん……だよね」
本音をベッドに寝かせ、出ようとすると声を掛けられた。
「ああ、そうだが……」
「本音から……話聞いてる」
「……どこでも誰にでも話すな本音は。まぁ構わないが」
「……姉さんと、仲良い……よね」
姉さん。彼女が姉と呼ぶからには1人しかいないだろう。
「……まぁ、仲が良いかと問われたらいいんだろうな」
「……時間、いい?」
今度はこちらが少し驚いてしまう。まさか呼び止められるとは思わなかった。
「別に大丈夫だが……そっちはいいのか?」
頷かれた。一応彼女も更識の事については気になるのだろうか。まぁ折角話す機会があるというのならば話してみるのも悪くないだろうか。
仁がクラスのパーティに出るかと言われたら微妙なのでこんな感じになりました。主に黛さんが原因ですけど。
そして簪さんと遭遇。彼女も自分の知らない楯無さんについて気にならない事はないと思うのでこんな形に。
では次回もよろしくお願いします。
感想等お待ちしております。