さて、22時半に寝落ちた友人を部屋に送ってきたらそのルームメイトに呼び止められてしまったわけだが。それが相手が男であり知り合いであったならば特に問題はなく談笑する場面だろう。いや今の俺に男の友人はいないのだが。
ここはIS学園。当然ながら友人もそのルームメイトも女生徒なわけで、さらには今対面しているのは更識の妹であるという事実が何とも気まずいわけだ。そしてその本人はどこかイライラとしているようにも見える。
とはいえこんな雰囲気のままでは話もし辛い。こちらとしてもこの謎の雰囲気はなかなかに厳しいものがある。
「……本音の部屋ならティーセットの1つ2つはあるよな。少し借りるが大丈夫か?」
「う……うん」
本音とて更識に仕える布仏の1人だけあってお茶を淹れるのは得意だ。滅多に自分からやろうとはしないが。その副産物といったように部屋にも生徒会室に置いてあるものと同じティーセットが用意されている。借りるとしよう。茶葉は鞄の中に密閉瓶で入っている。
別段普段と変わったことが必要なわけでもなし、紅茶を2人分淹れて1つを更識簪の前に置く。
「どうぞ。少々イライラしているように見えたからな。カフェインは適度な量ならリラックスに使える。味はまぁ保証する」
少し警戒したようにこちらを見るが、口を付ける。
「美味しい……」
「そりゃよかった」
まさか男に紅茶を振舞われるとは思わなかっただろうが、まぁ美味いと言ってくれるのなら気分は悪くない。
「さて、何が聞きたい? 答えられる事ならなるべく答える」
「……」
呼び止めたはいいものの何を聞くか纏まっていない、といったところだろうか。指はもじもじと動き、携帯用のディスプレイとして使用しているらしい眼鏡の奥で瞳は各地を踊っている。
こちらから話すのも悪くはないが、どこから話すのがいいのかこちらとしてもわからない。更識と初めて会った時の事などとても話せるものでもあるまい。
「……知りたいの。私の知らない……姉さんの事」
「アンタが知らない……か。そうだな、生徒会での普段の様子、とかどうだ」
無言で頷く。今度こそ目線は真っ直ぐこちらを向き、興味があるというようにそわそわしている。こちらも目を合わせるが、どうやら彼女はこの眼が怖くないタイプらしい。
「そうだな……アンタは更識……楯無の事をどう思ってる?」
ここに本人はいない事だしまぁ無理にさんと付けることもないだろう。
「……完璧な人。私とは……全然違う」
「……そうか。それなら俺は俺の意見で言わせてもらおうか」
自分の表情が硬いというのは自覚しているが、こういう時に微笑みの1つでもできたら話が多少は和らぐというのに。
「確かにあの人は優しいし強い、それでいて優秀だ。だが決して完璧ではない。そもそも完全無欠な人なんてそうそういない」
「なんで……そう言えるの?」
「9か月くらいか。アンタと彼女の時間ほどじゃないが、他人としては長く接していたと言っても過言じゃない時間だな。それだけの期間近くにいたから多少はわかる。アイツは完璧なんかじゃない。それは本人も自覚してるだろうさ」
更識簪の目付きが鋭いものになる。
「勘違いしないでくれ、アイツはいい意味で完璧じゃない」
「いい意味……?」
「本当に完全無欠で超人だったら、アイツの周りに人は集まらない。人望も含めて完璧だと思ってるならそれは違う」
1つ息をついて続ける。
「IS戦闘での手加減は下手だし、自分の分の資料仕事はサボろうとするし、挙句それを虚さんや俺にやらせようとして結局自分でやることになる。これは本音も同じだな」
ぽかん。と更識簪が呆けたような表情で固まる。
「それにお茶は自分で淹れる事を覚えようとしないし、動揺すれば手元に忍ばせている扇子をバラバラと取り落としたりする」
更識としての嗜みとは何だったのか。というレベルで茶だけは淹れようとしない。
「あと生身で得物での勝負なら意外と勝てる。本当に完璧なら百戦百勝くらいしてもらわないと困る」
「ええ……」
「ああ見えて案外よくよく見れば完璧ではないのさ」
「でも……」
「しかしそれを知ったからといって一度芽吹いてしまった苦手意識を取り除くのはなかなか難しいものだ。そうだろう?」
これまた無言で頷く。
「俺にアンタらの関係をどうこう言う権利はないからな。ただ、2つだけ」
指を2本立ててそれを見せてみせる。
「同じ名前を背負う事の意味を、もう少しだけ考えてみるといい。そして何故アイツがアンタにとってあまりにも重い存在なのか、苦手意識だけじゃなく改めて見つめなおしてみればまた新しいものが見えるものだ」
そう言うと、更識簪は一度目を閉じ、思考の海に意識を投げ出す。
「姉さんは……私に何もしなくていいって言った。無能なままでいろって言った。全部自分がやるからって……」
こちらもそれを黙って聞く。
何もしなくていい。それはつまり”更識”として、暗部として自分がその名を背負い妹を守るという覚悟。妹を自分から遠ざける事で嫌われようが守り通すという覚悟に他ならない。しかしそれを、
「姉さんの背中が、急に見えなくなった……顔が合わせられなくなった……影だけでも追おうと思って、【打鉄弐式】を引き取った……でも……」
【打鉄弐式】の製作が滞っているというのは聞いている。だがそれは彼女が完全に1人で製作しようとしているためというのが大きい。
彼女は【
「やっぱり……私じゃ追いつかない……」
「……まず、いくつか訂正を」
「え……?」
「まずアイツはアンタを疎んでなんかいない。アンタに見せる姿を完璧に見せようとするのは姉の意地みたいなものだ。いつだって兄や姉は弟や妹にいいところを見せたいものなんだ。俺に兄弟はいないが」
一瞬未だ眠りこけている本音に視線を向けてから続ける。
「それと、アンタは姉以上の事を成そうとしている。弐式の現在の完成度は……確か機体は完成しているんだったか。それでも武装と稼働データの面を考えると4割ってところか。まずそもそもが楯無よりもスタートラインが遥か後方だ」
これができたら姉を超えてしまうな。と軽く言う。
「それに1人で組み立てたというのも誤解だ。少なからず協力者はいたという事を知っておくといい。アンタにだって心強い整備科1年エースがそこにいるだろう?」
本音の腕は間違いなく本物だ。何度もレーヴァの整備を頼んでいるからわかる。
「まぁ、これを知っておけば少しは気が楽になるんじゃないか。姉がこうだったからそうしろ、なんていうつもりはないが知っておくといい事はいくらでもある」
そう言いながら席を立つ。時間も遅くなってきてしまったことだ。そろそろお暇するとしよう。
「……色々知ったように言って悪かったな。情報量もちょっと多かっただろう。自分の中で上手く纏められるか?」
「……うん。ありがとう。ちょっとだけ、楽になった」
「そうか。それならよかった。そうだ、今度こそ最後に1つだけ」
今度は指を1本立てて見せる。
「妹が大事じゃない姉なんて滅多にいない。想われていないと思うならもう少しだけ、アイツの事見てやってくれ。機会があったらでいいけどな。それじゃ、お邪魔しました」
それだけ言って扉の外に出て閉める。
「……過ぎたお節介だっただろうか」
『どうでしょうか。でも簪さんの顔、少しだけ明るくなってましたよ』
「俺がやるべき事だったかどうかって事だよ。自分達で気付く方がよかったかもしれない」
『……もう遅いですよ。後悔先に立たずってやつです』
「まぁ、それはそうなんだが……」
実は、気付いている。俺の行動は人と関わりたくないなんて言っている俺自身に反しているなどという事は。何故だろうか。俺は人と関わらない方がいいと本気で思っているのに、何故か人にお節介を焼いてしまうし関係を捨てようとも思わない。覚えていない昔の俺はそんなに他人が好きな男だったのだろうか。無意識のうちに行動を思い出してトレースしているのだろうか。
「……わからないな」
――― SIDE 簪 ―――
今日も【打鉄弐式】の組み立てのデータをまとめ、それから寝ようかと思っていた。本音がこの時間まで部屋にいないのは少し珍しいけどそんな日もあるだろう。噂に聞けば1組は織斑一夏の代表就任パーティなんてものをしているらしい。それなら確かに本音は遅く帰ってくるだろう。イギリスの代表候補生が忙しなく寮を行ったり来たりしていたのもそれが原因だろうか。
私の専用機を蔑ろにしてまで製作された専用機で活躍したのがそんなに嬉しかったのだろうか。仮に本人がそれを知らなくとも関係なくイライラと感情が渦巻いてしまい、作業が捗らなくなってくる。
そんな時コンコン、と部屋の扉がノックされる。本音が帰って来たのかと思ったけど、本音ならノックなんてせずに入ってくるだろうからきっと別の人だ。
そして開けて驚いた。寝てる本音が背負われているのにも驚いたけどそれ以上にその本音を背負ってる人に驚いた。
欄間仁。この学校で知らない人はいないだろうもう1人の男。本音もよく彼について話してくるからよく知っている。
どうやら彼が言うには本音がパーティで寝落ちてしまったらしい。本音らしいと言えばらしいけど、ルームメイトとしても少し恥ずかしい。しかも起きる気配が微塵もない。
起きないなら仕方がないから部屋に迎え入れた。幸いにも部屋は今片付いているし部屋に入れても恥じる事はない……と思う。彼は本音をベッドに丁寧に寝かし、そのまま帰ろうとする。
その瞬間、ふと気になった。彼は本音と同じで生徒会所属。そして本音から聞いている話では去年から生徒会の手伝いもしているらしい。それなら、本音にはなかなか聞けない事が聞けるかもしれない。
普段なら気にもならない。姉の事なんて誰かから知ろうと思わなかったから。でも、彼は1年生の間で流れている怖い人、みたいな話とは違って、むしろ2年生や3年生が噂するように意外と普通の人だと思ったから、つい口が滑ってしまった。
「欄間くん……だよね」
声を掛けてしまったからには仕方がない。今更やっぱり何でもないというのは簡単だけど、何となく引き下がれないような、そんな気がした。
それに"私の知らない姉"を、きっと布仏姉妹よりも知っているのは彼だ。背を追うのが無理でも、影を追うのが精一杯だとしても、一生追いつかないとわかっていたとしても、ほんの少しでもあの人を知ることができるなら、といつもならば決して思わないだろう事を思ってしまった。
とはいえ、やっぱり相手は男だ。いざ話そうとすると緊張してなかなか切り出せなくなってしまった。
「……本音の部屋ならティーセットの1つ2つはあるよな。少し借りるが大丈夫か?」
そんな私を見かねてか、そんなことを聞かれた。勿論本音は布仏の女としてそういった事も仕込まれているためこの部屋にも本音のティーセットが1つ置いてある。
そして席を立った彼はしばらくして鞄から出した紅茶を淹れて出してくれる。
「どうぞ。少々イライラしているように見えたからな。カフェインは適度な量ならリラックスに使える。味はまぁ保証する」
彼は表情が変わらなかったりで怖い人っていうイメージはあるけど、2、3年生の言うような丁寧で人の事を思いやれるという噂の方が正確だったらしい。そういえば最近は本音にお茶をお願いした事もなかった。いただくのも……いいかな。
美味しかった。本音が淹れてくれるものと大差ない、つまり更識の家で出されても文句のないような紅茶だった。それを見ても彼は表情は変わらないけど、雰囲気はどこか柔らかい。
緊張はおかげで解けた。頭の隅っこに残っていた織斑一夏と進まない作業へのイライラも少しだけ薄れた。改めて聞きたいことについて頭を使うことができた。
知りたいのは、私の知らない姉の事。それを伝えると少し考えるように顎に手を当てながら、生徒会での様子の事を提案する。
そして最初に、姉についてどう思っているか聞かれた。何故そんなことを聞くのか、と思いもするけど、自分の考えは不思議な程自然に口を突いて出た。
完璧な人。私から見たあの人はまさに完璧だった。それこそ私なんてまるで届かないくらいに。
そして今度は彼が自分の意見を提案する。
「確かにあの人は優しいし強い、それでいて優秀だ。だが決して完璧ではない。そもそも完全無欠な人なんてそうそういない」
完璧ではない。彼はそう言った。何故かと聞けば長く接してきたからと言い、姉本人もそれを自覚しているという。思わず彼を見る目に力が入ってしまう。
するとすぐに弁解するように、いい意味で完璧ではないのだという。そして本当に完璧だったとしたら人は集まらないとまで言う。
「IS戦闘での手加減は下手だし、自分の分の資料仕事はサボろうとするし、挙句それを虚さんや俺にやらせようとして結局自分でやることになる。これは本音も同じだな」
……え?
「それにお茶は自分で淹れる事を覚えようとしないし、動揺すれば手元に忍ばせている扇子をバラバラと取り落としたりする」
思わずぽかん。と表情が崩れてしまった。本当に私の知らない姉の姿を彼は陳列してくれていた。
「あと生身で得物での勝負なら意外と勝てる。本当に完璧なら百戦百勝くらいしてもらわないと困る」
いやそれは貴方もおかしいと思う。という言葉は寸でで飲み込む。
確かに話だけ聞けば完璧ではない。むしろ人間らしいという言葉がよく似合うと思う。そうだ、私の中で姉はどこか人間離れしすぎていたんだと気付いた。
けど彼の続ける通り、苦手意識は簡単には取り除けない。関係に口を挟むつもりはないと言いつつも彼はつづけた。
「同じ名前を背負う事の意味を、もう少しだけ考えてみるといい。そして何故アイツがアンタにとってあまりにも重い存在なのか、苦手意識だけじゃなく改めて見つめなおしてみればまた新しいものが見えるものだ」
その言葉に自分でも驚く程素直に眼を閉じてゆっくりと考える。
姉は、何もしなくていいといった、無能なままでいろと言った、全部自分でやると言った。背中が一気に見えなくなり、影だけでも追おうと思い、【打鉄弐式】を引き取っても上手くいかなかった。思考は言葉となってそのまま流れ出る。
いくつも考えやがて出た答えは、やはり私ではどうやっても追いつけないという答えだった。
「……まず、いくつか訂正を」
それでも彼はそれに待ったをかけた。
「まずアイツはアンタを疎んでなんかいない。アンタに見せる姿を完璧に見せようとするのは姉の意地みたいなものだ。いつだって兄や姉は弟や妹にいいところを見せたいものなんだ。俺に兄弟はいないが」
目を見開く。そんなわけはないと思いつつも、彼が言うのならそうなのだろうと思ってしまう自分もいる。
「それと、アンタは姉以上の事を成そうとしている。弐式の現在の完成度は……確か機体は完成しているんだったか。それでも武装と稼働データの面を考えると4割ってところか。まずそもそもが楯無よりもスタートラインが遥か後方だ」
これができたら姉を超えてしまうな。と軽く言ってから続ける。
「それに1人で組み立てたというのも誤解だ。少なからず協力者はいたという事を知っておくといい。アンタにだって心強い整備科1年エースがそこにいるだろう?」
弐式の完成度まで知っているとは思わなかったけど、やはり驚いた。姉は1人でやり遂げたのだといつからか思い込んでいた。スタートラインは決して同じじゃなかったんだ、と思うと心がほんの少しだけ軽くなるのを感じる。
そして彼は言いたいことは言った。というように席を立つ。
いくつか私を気遣うように言葉を紡ぎ、最後に1つ、と指を立てる。
「妹が大事じゃない姉なんて滅多にいない。想われていないと思うならもう少しだけ、アイツの事見てやってくれ。機会があったらでいいけどな」
姉に想われているのだと思った事なんてなかった。ずっと昔、まだちゃんと話せていたことはともかく、今のあの人には私など見えていないと思っていた。なのに彼は姉は私を想っているのだという。わからない。わからないけどもっと知りたくなった。けど彼は扉の外に出て閉めてしまった。宙に伸ばされた手は空を切り、頭の中には色んなものが渦巻く。
「機会が……あったらいいなぁ」
姉を知る機会、彼にもう一度会って聞く機会、そして姉を"見る"機会。全ての機会が訪れたのなら、どんなにいいのだろうか。
どんどん文字数が増える呪いにかかっている……。
簪さんの心情は正直なかなか難しいですね。少なくともここでの簪さんはこんな感じであると思っていただければ幸いです。
では次回もよろしくお願いします。
感想等お待ちしております。