謹慎を申し渡されてから更に1週間。左手は利き腕ではないが二刀流を使う関係上常人よりはずっと上手く使えるため特に困る事もなく、傷の回復を待っていた。強いて憂鬱と言うのなら寝たきりだったため胃を落ち着かせるために食事が碌なものを摂れなかった事くらいか。最近はようやく普通に食事を摂れるようにはなったが。
アレからも何人も見舞いに来ている。1組の面々が一部とはいえ来ているのは実際に見た時には驚いた。そんな表情が珍しかったのか皆一様に少々嬉しそうな表情だったのは勘違いではないだろう。
見たところ見舞いに来るのは織斑派ではない生徒達と見受けられた。以前別のグループに居たり1人で居たりしていた面々だ。勿論織斑派の連中も来ない事はないが、俺が起きたという話を聞いて来た1回くらいだっただろうか。
そして4組からも随分な頻度で見舞いが来る。生徒会の都合上顔と名前は覚えているため対応には困らないが、ここまで見舞いに来られると多少なりとも困惑してしまう。
オルコットや布仏姉妹、凰に更識姉妹も非常によく来る。凰はやはり愚痴を吐きに来る事が多い。更識姉妹はやはりまだ別々にしか来ないが、まだ話せてないのかアイツら。
あの時
「……そろそろ痛みも収まって来たな」
右腕の固定は随分と甘くなってきており、痛みの方も相当にマシになって来ている。だが右足の方は未だに痛みが残っている。やぱり加速の心意は片足1本に全ての力を使う分負担がかかりすぎるようだ。
心意によるダメージ自体は篠ノ之束のナノマシンのおかげか既に治っている。いつもよりずっと早いペースだ。残っているのは心意の二次被害である骨折と裂傷の方だ。そちらはIS学園の優れた医療技術によって随分と治りが早い。あと数日もあれば右腕は完全に回復するだろう。右足の方はわからないが。
傷が治り始めた事でようやく出歩きも解禁だ。じっとしているのはどうしても性に合わなかったため僥倖と言えるだろう。右足はまだあまり動かないため杖の使用は免れないが、まぁ問題ないだろう。
復学まではあと1週間程度だ。それだけあれば右足も随分とマシになるだろう。
右眼の視力は相変わらず治っていない。両眼の視力があまりにも離れているため非常に見えづらいが、ベッドの上では眼帯を調達できるわけでもないため普段は右眼を閉じ左眼だけで視界を得ている。幸い右眼は髪で隠れているため閉じていると気付いている者はいないだろう。尤も時間の問題だろうが。片眼コンタクト等も思案しておいた方がいいかもしれない。
なお現在レーヴァは相変わらず右手に付けられないため左の中指に収まっている。意味は『協調性を高める』指。レーヴァ曰くもっと他人の心配を理解しろとの事。
「とはいえ出歩きが許可されても特に行く場所ないよなぁ……」
まぁ鈍った身体に火をくべる位はできるだろう。ベッドの傍らに立てかけてある杖を頼りに立ち上がる。
「とっと……中々慣れないな」
『慎重に、ですよ。今右側に倒れこんだりしたら悲惨な事になりますよ』
「わかってるよ」
取り合えず生徒会室にでも顔を出すとしよう。今の時間は授業中で誰もいないだろうが保健室よりは随分と気分も落ち着くだろう。
先に昼食を売店の方で買っておく。食堂に顔を出す気には少しなれない。
ふらふらと杖を頼りに歩くのは経験がないわけではないがやはり早々慣れるものでもない。いつも何気なく歩いてるが片足が使えなくなるとこうも疲れるものかといつも思う。
「やれやれだな……」
何とか生徒会室に到着。1年の校舎からも寮からも中々に遠いのは今の俺には堪える。
扉を開けても誰もいないが、適当な椅子に座っておく。右腕は多少痛みも違和感もあるが問題なく動くため茶の1つでも淹れるとしよう。
「暇だな……」
『たまには暇もいいものです。私は起動時以外年中暇ですけど』
「暇には慣れてないからなぁ……」
オルコットから聞いている話では授業の方は随分と進んだようだが、現状理解度としては問題ない。念入りの予習と更識と虚による勉強は実を結んでいるらしい。なので別に今参考書を開く必要性も感じなく、本当に暇というわけだ。
『やる事が仕事かお茶か勉強か訓練しかないっていうのは如何なものかと思いますけど』
「何とも言えんな。新しい知識を付けてみるのも悪くはないが……」
そう思い生徒会室の本棚を何の気なく眺めてみる。ISの参考書、数学年分の教科書多種、整備関係の資料や本、その他諸々……。
「整備に手を出してみるのも一興か?」
元々布仏姉妹の整備の様子を見てきたためそれなりの知識はあるが、ISをより理解するという点でも悪くないかもしれない。何よりレーヴァの整備が自分でできるようになるならそれはかなり便利だ。整備科3年と1年のエースである布仏姉妹がいればそちらに任せるのがベストだが、いない場合や緊急の場合は整備できないという点を鑑みれば俺も技術として覚えておいて損はない。どうせ学園の勉強レベルよりも随分と進んだところまで勉強してしまっていてマンネリしていたのだから丁度いいだろう。
「まぁどうせ暇だしな……」
入門から取り敢えず手に取ってみる。覚えは別に悪くない方と自負している。まぁ基礎知識程度ならばこの1週間で身に付くだろう。
『仁。お昼ですよ』
「む……ああ、こうしてると時間が経つのは早いな」
暇を潰すという意味では充分にいい手段だったらしい。普段実践を見てるだけあって知識を記憶の中の映像を結び付ける事で随分と覚えやすいのもまた利点の1つだ。
カップの中に僅かに残った紅茶はすっかり冷めてしまったがぐっと飲み干す。それでも味は別に悪くない。
昼休みとなれば恐らく誰か戻ってくるだろうが、まぁ構わないだろう。
昼食を摂りながら再びIS整備入門の参考書を開く。
しばらく参考書を読み進めていたら生徒会室の扉が叩かれ、聞き覚えのある声だったため、どうぞと促す。
「あら、もう出歩いていいの?」
「もう、って言っても起きてから1週間も経ってる。右腕も見ての通り使う事自体はできるからな……謹慎って言っても要は休暇だろう? 来ても別に構わなかったよな」
まぁ最初に来るなら更識だろうとは思っていた。
「それは別にいいけど。整備の勉強?」
「ああ。暇すぎるからな。今できる事を暇潰し程度に探してた」
「向上心があるのはいい事だけどね……重傷ってこと、自覚してる?」
「なに、重傷と言っても学園の技術のおかげで治るまでそう時間もかからない。まだ杖は必要だが1週間もあれば充分動くだろう。何より暇だ」
「まぁベッドに寝てるだけなのが暇なのはわかるけど」
話しながら杖を頼りに立ち、出したままだったティーセットを使って紅茶を淹れる。
「君、謹慎中だけど?」
「自分の分と、忙しい生徒会長様への差し入れだ。受け取っておけ」
「そう言われたら頂かないとね」
2つのカップにそれぞれ注ぎ、片方を渡す。
「……うん。やっぱり君が淹れる紅茶はなんか落ち着くのよね」
「虚さんの前で同じ事言うなよ?」
あの人は稀に学園長程とは言わないがかなりの威圧感を投げかけて来る事がある。以前の服を買いに行った時もそうだったが。
「さて、そろそろ真面目な話しましょうか」
「ああ」
こういう時音が鳴るようにスイッチが切り替わるのが更識の凄いところだ。先程までの猫のように掴みどころを隠している感じは消え、真剣な表情に切り替わる。
「今回の件。無人機が2機襲来し、代表候補生及び男性操縦者を攻撃。君はその際に私と共闘するも1年4組を中心として生徒を守り名誉の重傷を負った。これが学園としての発表。包み隠さず本当の事が公開されたのは学園長と、記事を作った新聞部の方では薫子ちゃんのおかげね。相手の目的は攻撃対象のデータの収集あるいは捕獲が目的だったと考えてるわ」
紅茶のカップに口を付けながら視線で次を促す。同時に生徒会室前に誰かがいないかとレーヴァに熱源探知を掛けさせる。む……。
まぁ、彼女ならば問題ないだろう。むしろいい機会か。
「まぁそんなところだろう。篠ノ之束の予想もその辺りだった。黛さんには後で感謝の1つでも言っておくとしよう……どうせ見舞いと称して取材に来るしな。相手の特定は?」
「……こっちの立場に君を巻き込むのはなるべく避けたかったんだけど」
「もう手遅れだろう? まさか重傷を負わせられた原因を野放しにするとでも?」
「君ならそういうわよね……まだ不透明だけど、私個人としては
「まぁ、正解だろうな。こっちも篠ノ之束の予想と同じだ。現段階で篠ノ之束のラボを強襲することが可能で、そこの機器を使ったとしても無人機を真似る事ができるのは亡国だけだと睨んでいた」
亡国機業。目的不明。篠ノ之束の予想があっているのならばISを完全な兵器として何らかのテロを起こそうとしている事はわかっている。第二次世界大戦時から存在している事を考えれば戦争屋としての活動も考えられる。そしてそうならば篠ノ之束の無人機開発の技術が渡ったのは非常に不味い。とこんなところだ。
「亡国に無人機の技術が渡った可能性が高い今、正直あんまりのんびりとしていられない。かと言って尻尾を掴めているわけじゃない」
「そっちは篠ノ之束があの時のコアから何とか割り出そうとしている。同時にコア人格のケアもしないと拗ねられて大変だ、とも溢していたけどな」
「やっぱり今の頼りは篠ノ之博士だけか……でも博士がこっち側に付いてくれてるだけでも御の字ってところかな」
「アレがあっちに回っていたら絶望的もいいところだ。正直アレと戦えと言われても俺は断るぞ。細胞レベルで人間辞めてる奴をどうやって切れってんだ」
肩を竦めながら苦笑いを返される。
「んで、アンタはどうするんだ」
「ん、私?」
「今回2機目の狙いは明確にアンタの妹だった」
更識の眼が鋭くなる。話の趣旨を理解したのだろう。
「もっと突き詰めれば恐らく狙いは学園の中でも戦力としてトップクラスで、暗部として嗅ぎまわるアンタの無力化。妹を人質に取ろうとした可能性が高い。今回それを受けたアンタはどうするんだ。と聞いているんだ」
レーヴァと共有している感知感覚で扉の前の熱源が動くのを感じる。更に耳を澄ませようとして態勢を変えたといった感じだろう。更識は気付いていないらしい。
「……そうね。私と関わらないのが一番安全な世界で暮らせると思ってたけど、そうも言ってられなくなっちゃったものね」
さて、どう結論を出す。
覚悟を決めるように一度目を瞑り、そして決意の固まった眼を開ける。
「今度は私が守る。君は前に言ったよね。『大切なものはいつだって手の届く範囲にあった方がいい。手が届かずに取り零して壊れたらそれは必ず後悔することになる』って」
「……よくもまぁ何ヶ月も前に言った事を一字一句覚えてるもんだ」
「君が思ってるより私にとっては重い言葉だったもの。私は今回、君がいなければ間違いなく簪ちゃんを失っていた。今度は、私が手の届く距離に立って簪ちゃんを守る」
『……うん。いい答えです』
「そうだな。さて、それならまずは姉妹で仲直りしてもらわんとな」
コトン。とカップを机に置き、もう一度ティーカップの用意をするために立ちながら。
「そういうわけだ。入って来ていいぞ」
「ふぇ!?」
扉の前から上がる驚愕の声。まさか気付かれているとは思っていなかったのだろう。
「え?」
ゼンマイ仕掛けの人形のようにギギギ……という効果音が似合いそうな動きで首を生徒会室の扉に向ける更識。そこには扉をバツの悪そうな顔で遠慮がちに開けている更識簪がいた。
「姉……さん……」
『楯無さんは簪さんの事になると途端に鈍くなりますよねぇ』
と机の上にポンっと出てきたウィンドウの中のレーヴァが意地悪くくすくすと笑っているのを横目で見ながら、もう1人分の紅茶を用意する。
「き、気付いてたなら言ってくれてもいいじゃない!」
『言ったら本音を聞けないでしょう? 楯無さんはそういう時に変に意地張っちゃうんですから』
「だ、だからってねぇ……!」
「さて、後は姉妹水入らずといこうか」
簪を座る様に促し、3つ目の紅茶のカップを簪の前に置く。
「ああ、参考書借りてくぞ」
返事はない。余裕があるかと言われたらないのだろう。
『それじゃあ、頑張ってくださいね~』
レーヴァの最後の一言にやれやれと頭を押さえながら退出。コイツ俺が真面目に更識と話している間にも笑いを堪えるのに必死という表情だったのだから質が悪い。ホントいい人格が付いたもんだよ……。
「ランラン~。もう寝てなくていいの~?」
「ああ。出歩き許可は出てるからな」
「それはよかったです。傷の治りも随分と早くなってきましたね」
丁度生徒会室に来たタイミング。というような布仏姉妹に遭遇。
「……誤魔化しても無駄だからな?」
「……だよねぇ~」
たはは~。と余っている袖に包まれている手を頭に当てて苦笑いを返す本音に、やっぱり、という表情でこちらも苦笑いの虚。生徒会室付近の熱源は3つあり、普段からよく知っている2人のそれの反応はわかりやすい。簪については彼女の右手中指に付けられている指輪状を待機状態とする【打鉄弐式】でわかりやすかった。
「……ありがとうございます。ようやくお嬢様方が踏み出す事ができました」
「ああいうのは多少荒療治の方がいいですからね」
「私達じゃ無理だったからね~。ありがとうね~」
「……まぁ一度お節介焼いちまったからな。やり切らないとどうにも気分が悪かっただけだ」
「素直じゃないんだから~」
素直じゃないのは確かにそうかもしれないが、今していることは確実に今までの俺とは違う方向性のそれだ。自分でも多少なり戸惑っている部分はある。それでも躊躇い自体は無いのだから、レーヴァの言う以前の俺はそういう奴だったのだろうか。わからないが、それに近付くのも別に悪い気はしていない。
「取り合えず俺は保健室に戻る。変に動き回って右足が悪化するのは不味いからな。経過の方は任せた」
「任された~」
「はい。任されました。整備の勉強についても、息詰まったら呼んでくださいね?」
「勿論。頼りにしてますよ」
虚にしても更識にしても人にものを教えるのが上手い。いざとなればわからない事を尋ねるのは別に恥ずかしい事でもないためお言葉に甘えて頼りにさせてもらうとしよう。
さて、保健室に戻って参考書を読み込むとしよう。覚悟を決めた姉にその姉を知りたいと思う妹。まぁ経過の方は悪い事にはならないだろう。
しかし杖は相変わらず歩きづらい……。
なんかレーヴァがホントに意地の悪い子になってしまった。元々前作では仁がよく意地の悪い笑い方をしていたのを、人の見た目を得て真似てしまっていると考えれば中々いい感じと思いますけど正直そんな意図は無かったりします。でも後付けでもこれいい感じだなって思ったらそういうのって面白いですよね。
更識姉妹の話し合いについてはどちらかの視点で書こうかどうかを迷っている段階です。勿論大筋の流れは変わりませんが、書かなかったとしても要望があったら番外的に後で追加しようかなとは思います。
仁が赤い弓兵さんに似てしまっているのは一応偶然です。実は設定考えてた時点で似ている事には気付いていましたがそれ以外の設定を個のキャラで思いつかなかったのでそのまま行きました。
では次回もよろしくお願いします。
感想等お待ちしております。