『仁。誰か来たようです』
その声は眠っていた俺をすぐに現実に引き戻した。俺自身が反応できるように浅く眠っていたのもあるし、ISになったことで俺の意識の深層に彼女が踏み込むことができるようになったのかもしれない。
そう思いつつ、体勢を変えずにレーヴァテインの声を聴く。
『男性が一名、女性……というより少女が一名。すぐに隠れたようです』
いつかの世界の念話の要領で、声を出さずに会話する。
『隠れた……だが敵意はないみたいだな。このまま様子見か』
俺の動き方はどの世界でも敵を作る。だから敵意や害意、殺意等のそれを感じ取ることができるように訓練した。最低限生き残るために。
『どれくらい眠っていた?』
『五時間くらいです』
体力は回復した。こんな環境で五時間眠れたのならひとまず十分だろう。
『一応いつでも剣になれるようにしておきます』
どうやら彼女は今まで通りの剣の姿にもなれるらしい。どういう理屈かわからないが、彼女本人が言うのだからそうなのだろう。
『ISの有無はわかるか?』
『いえ、一部分でも私を展開していないとハイパーセンサーが機能を出し切れないようです』
なるほど。確かにこのままだと彼女の眼と言えるものは俺自身と共有するものと、俺の右手中指にしかないのだろうから当然と言える。なにより武装として展開していないと最大のパフォーマンスを発揮できないのは仕方がない。
『大丈夫ですか?』
『なにがだ?』
少しだけおどけるような声音で。
『演技、苦手ですよね』
『……そろそろいいだろ』
演技が苦手、それは間違いない。相手の動きも見られないことだし起きるとしよう。
あたかも今起きたというように身体を一振るいさせて顔を上げる。ゆっくりを周りを見回しても当然眠った時と変わらない。変わったものと言えば……。
「出てこい」
顔を起こしてからほんの僅かに感じた害意。それとレーヴァテインが示す場所は同じだ。だからそっちを向いて言い放つ。
その先から一人の少女が出てくる。外にハネた癖のある水色の髪に、赤く光る眼。恐らく今の俺と大して変わらない程度の歳に見える整った顔つき。そしてその歳には見合わないであろうスタイルの良さ。
「よく、わかったわね」
「害意は、すぐにわかる」
『もう一人は動く様子はありません』
そうか。と心の中で返事をし、目の前の少女を見据える。
「この辺りで未確認のISが観測された……貴方よね?」
どうやらこの世界のIS観測は有能なようだ。いつ観測されたのか明確にはわからないが計五時間で嗅ぎつけたのなら充分優秀と言えるだろう。
「そう……らしいな」
少女は驚いたような様子も見せずに続ける。
「貴方の身柄を拘束します。とりあえず付いて……っ」
その言葉を聞いた瞬間に無意識に右眼が熱くなる。痛みが頭と右眼に走るが今は関係ない。
今度こそ少女の顔が驚愕に染まる。
「ナノマシン……!?」
なにか勘違いしているようだが、今訂正する気もない。
「拘束して、どうする?」
「……まずは、ISの情報提供、そして貴方のことを調べるわ。その後ISを解析することになる」
少女は平静を保っているように見せている。だがその眼には緊張が走っているし、身体には少し力が入っているように見える。恐らく俺が斬りかかったとしてもすぐに反応するだろう。戦いに慣れているのだろうか。
「……そうか」
心意を起動しない程度の速度で少女に接近する。致命傷を負わせるつもりはない。右手に呼び出すのは木刀でいいだろう。
「コイツはやれんな」
縦に振り抜いた木刀は折れて遠くに飛んでいく。両手をクロスして受け止めた体勢で少女の目付きが先程までとは違うものに変わっている。
両手にまとわれているのは彼女の髪と同じ色の装甲。恐らくISだろう。いい勘と反応をしている。
それを認識した瞬間、右眼から情報が流れ込んでくる。決して少なくない情報量だが、今はかいつまんで頭に情報を並べる。
IS名:第三世代【
武装:四連装ガトリングガン内蔵ランス【蒼流旋】
:蛇腹剣【ラスティー・ネイル】
:ナノマシン生成器【アクア・クリスタル】
ISや武器の名前に続き、それらの概要が流れ込んでくる。どうやらナノマシンを利用して水を自在に制御する機体のようだ。どうにも現在はそれを使ってはいないようだが。
そして右眼に収容された【
さて、情報判断は済んだ。折角相棒と話せるようになったんだ。コイツを渡してやるわけにはいかないし、俺自身も実験動物扱いなんて御免だ。
舌打ちを一つしながら右手を突き出す。
『やるぞ』
『はい。待機状態を戦闘時に変更』
右手の中には指輪から変形した赤い剣が現れる。神話の武器にしては装飾控えめだが綺麗な赤の刀身を持ち、そして比較的細身なその身から生まれるとは思い難い重量を持つ、俺好みの炎の剣。
「ISを出したなら、真剣でも構わないな」
「部分展開……!」
それも少し違う現象だと思うが。まぁ黙っていれば勝手に勘違いするだろう。
向こうも完全に装甲は展開し終えているISの武装を展開する。螺旋状に水を纏わせた槍、恐らくあれが【蒼流旋】だろう。
もう遠慮はいらないだろう。と斬りかかる。ソードスキルも心意もなしの純粋な剣術。身体の調子は悪くない。しかししっかりと攻撃は受け止められる。やはりISによる身体強化は俺の素の身体能力程度ならば問題なく付いてくるのだろう。
いや、違うな。
『手加減。されていますね』
わかっている。向こうは俺を拘束したい。実験に使うのならばなるべく無傷でだ。手を抜き俺に致命傷を負わせないようにするのは当然だろう。
『そうじゃなくて』
なんだ?と返す。
『たぶん彼女本人の意思で、手加減されています』
なるほど。この少女は恐らく戦い慣れている。それに今の目付きは見たことがある。世界の暗い部分を知っている眼だ。そんな中にいてもなお、彼女は優しい、いや、甘いのだろう。
出来れば俺に極力傷をつけないように連れて行こうとしている。それも命令されたからとかじゃなく自分がそうしたいから、攻撃を防ぐのみの一辺倒なのだろう。剣を向けてくるに相手に対してそれは甘いという他ないだろう。
……あとで聞いたが、この時レーヴァテインが相手のISに接触する度にほんの僅かに感情の接続をしていたのだという。それをどうやってか感じ取った少女は俺に対して手を抜いてしまったのだ。と彼女は語る。今の俺には与り知らぬことだ。
「貴方は一体……何者なの」
剣と槍をぶつけ鍔迫り合いの状態でそう問われるが、わからない。転生者である俺は世界から見れば部外者だ。ならば俺はこの世界において何者なのか。
「……さぁな。もう、何者と名乗ればいいのかもわからないような男だよ」
それを聞いた少女の顔は、どこか憐れむようで、悲しそうで。
「貴方……名前は」
少し面食らってしまった。なんで今そんなことを聞くのかわからなかったが、クスリとした少女の様子を見て、つい――
「……欄間、仁だ」
これだけは昔から変わらない、自分の名前を素直に言う。笑われたのが気分悪いわけじゃないけれど少しだけ表情が歪む。
「私は、更識楯無」
「名乗ってどうする」
ぶっきらぼうに言いながら剣を下げる。
「欄間仁君。更識の名において君を保護するわ」
「さっきと言っていることが変わっているが、実際変わらないな。俺とコイツを管理下に置きたいだけじゃないのか」
違う、と首を横に振られた。
「俺だって自分の状況くらい分かってる。実験動物扱いはごめんだ」
もう一度、違う。と首を横に振られる。
「じゃあ、なんなんだ」
少しだけイラっと来る。単刀直入に言えばいいものを。
「更識の名において、と言ったでしょう? 貴方をIS学園に案内するわ。あそこにいる限りは国家・組織・団体に介入されない。……本当は在学中だけだけど」
驚いた。本当にお人好しだこの少女は。俺のような不審極まりない人物を引き入れることでどんな立場か知らないが自分の立場が揺らぐことを気にしていないといった様子だ。
『お人好しで言えば仁も大概でしょう?』
レーヴァテインの軽口も相まって思わず力が抜けてしまう。右眼の熱は変わらないが、剣が指輪の姿に戻ってしまった。というより――
『もういいですよね』
これは勝手に彼女が戻ったのだろう。何を勝手なことを、とは思わない。
もう一人の男が出てくる。向こうで何か話しているようだが聞き取るつもりもない。やがてこちらに少女……更識が向き直る。つい口を開いてしまう。
「なんで俺にそこまでしようとする。アンタの立場が悪化しても知らないぞ」
「別に大丈夫よ。だって私は――」
――生徒会長なのだから。と彼女は締めくくった。この世界でIS学園の生徒会長がどのような権限を持つのか知らないが、自信満々というように胸を張って言って見せるのだからかなりのものなのだろう。
熱の引いた代わりにじわじわと痛む右眼を片手で押さえながら、彼女の案内に従うことにした。
「君、いくつ?」
「15の中3」
「なら丁度いいわね。今は夏休みだから……あと半年後、IS学園に入学しなさい。適正は充分だろうし」
なんで俺がと思わないでもないが、物語としては悪くないのだろう。それにさっき言われたように介入を受けないのは好都合だ。
「それまで、どうするんだ」
「家族は?」
「いない」
「そうね……IS学園の寮を一室用意するわ。日中呼び出すとき以外は自由に使って頂戴」
「……辺境の部屋でいいぞ。女生徒が多いことに不満を言うつもりはないが面倒になっても困る」
更識は振り返ると当然。というようにはにかんで言う。
「君のことが周りに知られるのは入学直前がベストでしょうね。なにせ男性初の操縦者なんて、野次馬に囲まれちゃうわ」
「それは勘弁」
そんなに距離はなかった。IS学園の近くで俺は目覚めていたらしい。
『いいんですか?』
『いいだろ。お前の調整も俺一人でできるかって言ったら微妙だ』
ISの調整なんて当然やったこともない。整備班とかそういうものが必要だろう。
人のいない学園内を歩いていく。途中でもう一人いた男性――轡木十蔵というIS学園の学園長らしい――とは別れ、そして一室の前で止まる。
「ここが?」
「そう。生徒会室。君はこれからここで生徒会の一員としてIS学園のために働いてもらうわ」
不満はない。いい待遇には相応の対価が必要だ。この場合は更識が俺を保護するという待遇に対して、生徒会で働くという対価を支払う必要がある。ということだ。
「今は誰かいるのか?」
「ええ、丁度いるわよ」
そうか。と返す。第一印象とかそういうものは別に気にしていないが、これから働く場所のメンバーなら斬り捨てるような態度は好ましくないだろう。
「あまり深く考えなくていいわよ。その眼じゃ少し考えたくらいじゃ印象なんて変わらないでしょう」
「なんだと?」
『鏡、見てないですもんね仁』
少しだけ癇に障ったが、レーヴァテインの一言ですぐに鎮火してしまう。そんな酷い眼をしているのだろうか俺は。思い当たらない……。
一つ溜息を吐く。
「開けるわよ」
重厚な引き戸は上質なものなのか軋み一つ立てずにゆっくりと開く。
「ただいま」
「おかえりなさい。生徒会長」
出迎えたのは、如何にも真面目といった様子の眼鏡に三つ編みの少女。
「わ~。男の人だ~」
そしてその後ろに真面目そうな人と同じ色の髪を小さいツインにまとめた、仕事ができるというよりものほほんとした雰囲気を醸し出している少女がいた。
前者は更識と同じ制服、後者はかなりだぼついた私服のようだ。袖から手が出ていない。
横の更識を見ると、少し頭を押さえている。
「本音ちゃん……まだ入学していないとはいえ生徒会にいるなら制服は着て頂戴……」
「夏休みだし~」
なんとも気概が削がれる。
「とりあえず、紹介するわ。布仏虚ちゃんに、その妹の布仏本音ちゃん。こっちは新しい生徒会のメンバーの欄間仁君よ。来年から入学予定」
「……よろしく」
「よろしくお願いします。このタイミングということは、例の?」
「よろしく~」
虚と呼ばれた方が更識に聞くと、更識は頷いて見せる。
「そう、未確認のISの操縦者」
「なるほど……」
品定めするようにジーっと見られる。
「お~。さっきの報告の人~。来年入学なら同期だよね~。何て呼ぼうかな~」
呼び方を色々呟いているのは本音と呼ばれた方だ。これと同じクラスになったら調子が崩されっぱなしになってしまいそうだ。
もっとこう、男であるということで一悶着あると思っていたが、意外にもこの布仏姉妹は表面的にはあまり気にしないらしい。
「さて、改めて。ようこそ生徒会へ。こき使わせてもらうからね?」
そう言うと更識はどこからか取り出した扇子を広げる。扇子には『歓迎』と書かれていた。
今日は一旦挨拶だけということで、ひとまず寮に案内され、また呼びに来るという更識と別れ部屋の準備をしながらレーヴァテインと一緒に、機体としてのレーヴァテインについて情報をまとめることになった。
少々長くなってしまいましたね。ちなみに俺は二次小説の一話は4000文字前後が一番読みやすいと思ってます。
仁視点での導入はこんなところです。次回は彼のスペックとレーヴァテイン(IS)のスペックをまとめたものを設定集の形で書きたいと思います。
その次からひとまずの本編となります。
それでは、お気に入り、感想等よろしければ是非お願いいたします。