「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れな事も多いかと思いますが、皆さんよろしくお願いします」
にこやかな顔で、中性的な顔付きから想像のしやすいようなこちらも中性的な声。比較的女性寄りの声だが、最初から警戒していた者が少し注意深く観察すれば女性とわかる程度の男装とさえ気付いてしまえば不思議とは思わない。
こちらを一瞬見たように見えたが、すぐに目を逸らされた。その一瞬でデュノアの瞳から読み取れたのは恐怖の色。瞬きの間に笑顔を取り繕ったようだが俺自身慣れてしまっている事もあり見逃さなかった。
隣をチラリとみると本音も普段にこやかに細めている瞳を僅かに開き品定めといった様子だ。しっかりとこちらの仕事を欠かさないのはやはり彼女の美点の1つだろう。
「お、男……?」
誰かがそう呟くが、俺や本音、そしてオルコットとその他僅かの勘のいい生徒以外は全員それを気にしているだろう。着ている制服は織斑や俺と同じ男用のそれであり、警戒していなければひとまずは男性として見ていた可能性は確かにある。
「はい。こちらに僕と同じ境遇の方がいると聞いて本国より転入を――」
――そろそろか。
頭を軽く押さえていた左手を下げ、そして机の下のあった右手を持ち上げ耳の位置にそっと添える。俺のその様子を見て本音も前回の反省といわんばかりに袖の余った両手を持ち上げる。
「きゃ……」
「はい?」
「きゃああああああ――――!」
両手で耳を強く押さえた直後に、押さえているのにも関わらず多少緩和されているとはいえ耳まで届く甲高い声達に少し顔をしかめる。
1年1組名物音響兵器。前回間に合わずにまともに食らった本音は二度と飲み込まれ目を回すまいといつものフワフワした雰囲気とは違い、強く強く耳を押さえている。何故この音響兵器は発している本人達には影響が無いのか全くの謎である。
「男子! 3人目の男子!」
「しかもうちのクラス!」
「美形! 守ってあげたくなる系の!」
「地球に生まれてよかった~~~!」
「爽やか系、クール系、そしてプリンスの3人! もう完璧!」
押さえた耳の奥から小さくもなお届く女生徒達の声。どうにもこの1年1組の生徒達は中々妄想力の類の方に逞しく、俺みたいな排他的な男ですらそのターゲットからは逃れえぬらしい。男同士の絡みまでを脳内に展開する者すらいると聞く。今まで聞こえていたものを敢えて無視し続けてきたというのにこうも聞かざるを得ない形になると複雑である。
騒ぐ女子達は織斑担任のぼやきと山田副担任の弱弱しい注意でひとまず静まる。そして次に注目が集まるのは当然もう1人の転校生だろう。
ボーデヴィッヒは自分の番だという事を理解しているのかしていないのか、口を開かず腕組みをしたままクラスを詰まらなそうに一瞥し、今度はその視線を織斑千冬へと向けていた。
「……挨拶をしろ、ラウラ」
「はい、教官」
「ここではそう呼ぶな。もう私は教官ではないし、ここではお前も一般生徒だ。私の事は織斑先生と呼べ」
「了解しました」
織斑千冬は第2回モンド・グロッソの不戦敗の後引退宣言をし、IS学園教員になるまでの2年間の間に空白期間があった。彼女がその期間中何をしていたのかは不明。だがボーデヴィッヒの口振りや向ける視線からしてどうやらドイツ軍で働いていたと判断するのが適切だろう。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
実に簡素な自己紹介。それ以上何かを言うつもりはないという様に口を閉ざしている。
「あ、あの、以上……ですか?」
「以上だ」
織斑の時と異なり、クラスにはそれによって空気が砕けるような様子はない。軍人特有の空気というのは一般人にも大小の個人差は有れど緊張感を与える。そしてこの学園の生徒は一応はエリートだ。それなりに彼女からのプレッシャーを受けてクラスは静まっているのだ。
「! 貴様が――」
視線の先は恐らく織斑だろうか。話が終わったとは到底言えないというのに織斑の方へ歩き出す。
織斑の間の前にボーデヴィッヒが経った直後、バシンッ! という音が静まり返った教室に響いた。平手打ちだ。その動作にも随分と無駄がない。
「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど、認めるものか」
「いきなり何しやがる!」
「ふん……」
織斑の前から去り、今度はこちらを真っ直ぐに見据えこちらに歩いてくる。
「何か、用か」
「貴様その眼、戦場を知っているな。死を知っているな。その手を染めた事が、あるな」
やはりわかるものなのだろうか。俺自身彼女を前情報抜きに一目見たとしてもそれなりにわかったとは思うが。
というかクラスの一般生徒がいる時にする話ではないだろう。この少女は随分とそういった部分の常識というものが欠落していると見えた。
「だとしたら、なんだ」
「ふん……極東の生温い学園と思っていたが、貴様の様な
織斑の時と同様言いたい事だけ言って空いている席に座り腕を組み目を閉じる。中々面倒な手合いの様だ。
「……本音やめとけ。
目を向けるまでもない。いつもの雰囲気からは想像もできないプレッシャーを隣から感じる。俺の一言で
「あー……ゴホンゴホン! ではHRを終わる。各人はすぐに着替えて第2グラウンドに集合。今日は2組と合同でIS模擬戦闘を行う。解散!」
ぱんぱんと手を叩いて織斑担任が何とも言えない雰囲気になった教室に活を入れる。
「取り合えず男子は空いているアリーナ更衣室で着替え。これから実習の度にこの移動だから、早めに慣れてくれ」
取り合えず着替える前に頭痛薬を服用しておくとしよう。
「やれやれ……」
着替える場所として候補に挙がる第8アリーナは他のアリーナと比べると少々校舎から遠い。制服の下にISスーツを着込んではいるため死角となる場所を見つけて制服を脱ぎ、その制服を
面倒事はできるだけ減らすに限る。第8アリーナまで行って戻ってくるのならそれなりの時間がかかり少々手間だ。今の時間ならば生徒会室に誰かいる確率は非常に低い。生徒会役員の特権として使わせてもらうとしよう。
『さっきの本音さん、普段とは比べ物にならないものでしたね』
「ああ。一瞬だが背筋が冷えた」
生徒会室に歩きながら周りに聞こえない程度の声で返す。念話の様なやり方も別に悪くはないが口に出す方が楽だ。
『アレが暗部としての本音さんですか』
「俺も初めて見たが、成程中々どうして暗部らしいじゃないか」
『共有視界からじゃなく指輪から見ましたけど、凄い鋭い眼でしたよ。虚さんが怒ってる時を想像するとわかりやすいでしょうか。流石姉妹ですね』
「普段細眼だし開いても優しげな眼をしているが、あの姉妹は中々侮れないのはわかってた。とはいえ普段の方も作ってるわけじゃない本音本人だ。どちらかと言うとさっきのが後付けの部分だろう」
『でしょうね。まぁこれ以上気にする事でもないですね。本音さんの新しい一面を見れたって事で1つ』
「そうだな」
などと話しているうちに到着。当然ながらこの時間は鍵もかかっているし扉を開けても誰もいない。稀に楯無が難しい顔をして座ってたりもするがまぁ稀だ。生徒会役員にだけ渡されている生徒会室の鍵を使って開けてしまう。
「さっさと着替えるとしよう」
と言っても制服を脱ぐだけだ。ISスーツは素材の優秀さと機能美に溢れている関係上下着代わりに着込むのも選択肢としてはありだ。むしろ女生徒の殆どは制服の下にISスーツを着ているらしい。何よりこういった着替えの機会が楽だ。
「……お前一応女性人格だよな」
『今更ですか?』
まぁ確かに今更だ。今更恥じる様な関係でもあるまい。尤も普段からシャワーや風呂などの際は指輪状の彼女を外して外に置いてあるのだが。盗まれる事など考えると少々危険ではあるがその時は彼女との感覚の繋がりで気付く事自体はできるためまぁ大丈夫だろう。
『そもそも制服の下に着こんでるISスーツになるだけなんて見ても……』
「残念ながらそういうのが好きな奴もいるんだよ。全く持って不可解だが」
そういった人間がいるのも確かだ。彼女は違う様で安心した。
話しながらでも当然ながら制服を脱ぐのは手早い。
「格納頼んだ」
『はーい』
手の中から制服が眼には見えないが素粒子まで変換されて消える。最早見慣れた拡張領域への格納だ。一応ISスーツを拡張領域に初めから拡張し、ISを展開する時に制服を量子変換し代わりにISスーツを同時に展開するという事も可能ではあるがアレはISのエネルギーを消費する。生身で着替えるのが無難だろう。
『しかし酷い傷痕ですね』
「そうだな。まぁ傷痕を気にする程女々しくはないし、見られて恥ずかしい様なもんでもないだろう。変な目で見られる事はあるかもしれんが」
右腕と右足の心意によってできたいくつもの裂傷痕は残してある。生体癒着フィルムを用いれば痕は綺麗さっぱり無くなるらしいが、あまり興味がなかった。そもそも普段全身タイプのISスーツで隠れている部位をそう気にする事もないだろう。尤も女性ならば傷を残したくないと思うのは当然なのだからそういった技術は素晴らしいのだが、俺は別に女性ではない。散々怒られたことへの戒めの側面もあるにはあるが。
ロンググローブは付けたままだ。少々ISへの伝導率が下がると火傷が露見するより以前に楯無には言われたが慣れているし、そもそもレーヴァがこちらに合わせてくれる関係上俺にはISスーツは不要と言ってもいい。万全にしておくに越した事はないし、レーヴァの負担を少しでも減らす事を考えるとISスーツを使う事が安定なだけだ。
「さてと……ん?」
生徒会室の扉がコンコンとノックされる。こんな時間に来客とはまた珍しい。時間もそんなにあるわけでもないためさっさと対応してしまうか。
「どうぞ」
「私だよ~」
「本音か。ノックなんて珍しいな」
「たまにはね~」
そう言いながら入って来る。彼女も既にISスーツに着替え終わっており、着替えてからこちらに来た事が伺える。
グラウンドは当然ながら外にあるため、1年の教室から見れば校舎内の生徒会室から真逆だ。そんな場所にわざわざ来るという事は。
「どうした、忘れ物でもあったか」
「ううん。違うよ~」
それならどうしたというのか。
「ちょっと真面目な話いーい?」
「構わんが……話するためにわざわざ来たのか?」
「そうだよ~。皆いると話しにくいからね~」
よくよく見ると少々表情が硬く見える。笑顔を保ってはいるがどちらかというとさっきの彼女のそれだ。成程、そういう話か。
「ランランは、人を殺した事があるの?」
間延びした話し方ですらない、本当に真面目な声音。極稀に聞く事はあったが本当に極稀だ。
「お前に嘘なんて通用しないのはわかってるよ。答えはイエスだ。お前達と出会うずっと前に、な」
『ちょっと、仁……』
今生の話ではないが確かにある。
「やっぱり、そうなんだ」
「薄々勘付いちゃいただろう?」
「……うん」
「罵ってくれてもいいし蔑んでくれてもいいぞ。今まで接して来たのは、そういう男だ」
「ううん。そんな事しないよ。ランランは優しい人って知ってるから」
「"優しい"の定義がどんなもんかわかったもんじゃないけどな」
「誰かのためだったんでしょ? わかるよ?」
「……どうだろうな」
今日の本音の表情は実にコロコロと変わる。普段の笑顔だけではなく、悲しそうだったり、微笑んだり、または悲しそうに微笑んだり。
「……さっきの私、どう思った?」
「一瞬寒気を感じたが、暗部にいるならアレくらいじゃないと駄目だろうさ。むしろお前がフワフワしてるだけじゃなくて安心した」
本当のところは、この少女に闇の部分など本当に務まるのかと不安に思う事はよくあったのだ。稀に見る暗部としての彼女の事を知らなかったわけでは無いが、今日は一等それが引き立った。だから俺は安心した。
「ただ、俺のためにアレを見せるのはよろしくない。お前は学園では本来のお前らしくほんわかした小動物で通ってるんだから一般生徒の前では抑えておく方が無難だ」
本音は眼を見開いて面食らったような表情になった。これもまた彼女としては非常に珍しい表情だ。どこか新鮮で少し面白い。笑わないと言われるが俺とてちゃんとそういった感情は持ち合わせている。
「……うん。そうだね」
「俺がお前を怖がるとでも思ったか? 見くびるなよ、仮に怖がったとしても一瞬に過ぎないだろうよ」
「え~? 一応暗部なんだけどな~」
ああ、やっぱりこっちの方が彼女らしい。
「馬鹿言え小動物系女子。時間もないしさっさと行くぞ」
「うん~」
ほんの小さく聞こえた「ありがとね」というか細い声は耳に妙に強く残った。
生徒会室の鍵はキッチリと閉めてグラウンドへ向かう。本音はどこかご機嫌といった感じだ。
「ねえ、ランラン」
「なんだ」
「もし、私達が危なくなったらランランは、殺すの?」
「……ああ。殺すよ。敵は切る。俺はお前達を、守る」
「……そっか」
既に彼女らは俺にとってあまりにも大きすぎる存在だ。転生者が関わり過ぎると危険だとしても今更関係を切り捨てる事など考えられない。それならば俺は関係を作ってしまった責任を持って彼女らを守るために戦うだけだ。
覚悟など遠の昔に決まっている。守るためになら殺す。"敵"は切らなければ、守りたいものは守れない。誰かを守るという事は誰かを傷付けるという事に他ならない。それを理解した上で、その覚悟を昔に決めた。
自分のためなどではなく誰かのために、手を血で汚す事など、構わない。"
正直のほほんさんが書いてる上で一番難しいところあります。
うちののほほんさんは随分と暗部らしい感じになってますね。書いてたら勝手にキャラの方向性ってある程度決まると思っています。私のとこではプロットが息をしていないのが理由の一つではありますけどね。
作品の数だけ同じキャラでも違う側面で見られるのは二次の面白いところですよね。駄会長な楯無さんも真面目で強い楯無さんもどっちも私は好きなように、キャラの魅力はある程度失われないのもいいですよね。個人的にはキャラは壊れ過ぎない程度で魅力的に仕上げるのが理想だと思っています。私の作品は魅力的に書けているといいんですけど、中々難しいものです。
仁のキャラは過去を語っていないため大分突拍子もない感じになってしまっているのが少々痛いですね。これからもっと固まっていくと思いますのでこうご期待といったところでしょうか。
では次回もよろしくお願いします。
感想等お待ちしております。