駄目であった。レーヴァの熱源感知で【
「シールドエネルギー残量35%……病み上がりとは思えないわね」
「新しい戦法にアンタが慣れてなかっただけだろう。意表を突かなくともそれくらいまで削れなければまだまだだ」
炎を纏いながら戦う事で近接戦闘まで持ち込めばジリジリとエネルギーを削る事ができるのはやはり大きいようだ。ここまでエネルギーを削る事に成功するのは非常に珍しい。
「そろそろ超えられちゃうかなぁ……」
弱気に聞こえるが彼女の『楽しみ』の扇子の奥の表情は文字と同じくニコニコとしている。この模擬戦は彼女にとっても経験値であり中々楽しんでいると見受けられる。
「それはそうと……」
3人がもう一度降りて来るのを見てからこちらに向き直り、扇子を閉じて開くと今度は『尋問』の文字。流石に忘れてるわけもなかった。
「右眼、どれくらい見えてるの?」
「モノの輪郭程度ならぼやけてはいるが見えている。人の顔で言えば輪郭とパーツくらいか。見分けはその気になればつくが、両眼の視力差は疲れるから普段は閉じている」
「……流石にその視力で生身の訓練は無理よ。続けるなら何かしら矯正なさい」
「まぁ、やっぱりそうなるか」
とはいえ生まれてこの方コンタクトはおろか眼鏡すらしたことが無い。そういった者を選ぶ経験が無いのでは少々困る。
「そ……それなら、眼鏡はどう……?」
意外にも真っ先に意見を出したのは簪だった。必然的に視線が集まる。
「せ、整備するなら……携帯ディスプレイと視力矯正を兼ね合わせた眼鏡は……便利」
成程確かに一理ある。コンタクトレンズを携帯ディスプレイにするよりも、眼鏡の形なら裸眼との切り替えも簡単だ。しかし眼鏡ならば問題が一つある。
「眼鏡では、激しく動く際が不安ですね……」
「うう……」
生身の組手では非常に激しく動く。どれだけ外れづらい眼鏡だとしても耐え得るかどうかは微妙だろう。スポーツ眼鏡の様なものであればその問題はクリアできるだろうが、常時掛けるには少々合わないだろう。
「でもコンタクトでもそれは問題になるよねぇ~」
かと言ってコンタクトとて眼の中でズレてしまえば視野がぼやけてしまう事になる。それを直す程の時間は実戦では生まれる事はなく致命的な隙を生む事となってしまう。
『私の視力補正は最低でも準待機状態が必要ですし……』
準待機状態は起動状態と同じくアリーナ内や有事の際以外は校則で禁止されている。尤もアリーナ内での訓練に限って言えばその問題はクリアなのだが、何分ハイパーセンサーを起動する事になるためこちらにとって有利過ぎる条件となってしまう。
「うーん……」
結局振り出しに戻るわけだ。如何にこの世界の技術が一方向にぶっ飛んでいてもその技術を他に応用する事ができるのはこの世界ではたった1人だ。その1人が動かなければ結局この世界の技術力は他の同年代の普通の世界とあまり変わらない。医療技術は随分と進んでいるがそれはさておき。
どうしたものか。こうなってしまった以上矯正はどうしても急務だ。生身での訓練がメニューから外されるのは少々味気ない。
「はぁ~い! お困りみたいだね少年少女達!」
ブワッと辺り一面に広がる薔薇の花弁と薔薇の香りと共にアリーナに響き渡る声に頭に痛みが走るのを感じる。
「なぁーんでもこの兎さんに言ってみたまえ! ほらほら早く早くハリーハリー!」
「……本当にいつでもどこでもだなアンタは」
例の"1人"が花弁達と共にアリーナの上空からフワフワと降りてきた。そして花弁は地面に触れると土に溶ける様に消えていく。どういう技術を用いているのかは皆目見当もつかないがそんな事をできるのも、兎耳をつけた不思議の国のアリスのようなフワフワでキラキラなどといった服装を平気でするのもこの世界には1人しか居るまい。
「仁くんがお困りの様だからね! 私の理解者にはいつも十全でいてもらわないと束さん困っちゃうなぁ」
「どうせいつでも見ているんだから気付いていただろうに」
「こういうのはタイミングと演出が大事なのさ!」
俺のための行動をとってくれているのはよくわかるのだがどうしても頭痛が走ってしまうのは仕方ないと思う。それ程にこの人の存在は難しい。
「ああ、そうだ。面と向かって言おうと思ってたからレーヴァちゃんにお願いしなかったんだけどね」
ふざけたような笑顔から一転、コア達の母としての柔らかい笑顔になって言ってくる。
「無人機に積まれてたコアの事覚えてるよね? あの娘を殺さないでくれて、ありがとう」
「……殺せるわけがないだろう。人格がある以上コア人格だって1つの命に等しい。利用されてるだけの命を奪うのは好きじゃない」
「あの時の無人機に積まれてた2人には随分怒られちゃったけど、死んじゃったらそれもできなかったから。だからありがとね」
「……ああ」
こういう好意は素直に受け取っておけ、と更識姉妹によく言われてしまっている。それなら変に誤魔化すのはやめておこう。
「そろそろ説明してやれ……完全に4人とも固まってるぞ」
「ん? ああ、そうだったね。まぁ安心してよ。仁くんにとって大切な子達を邪険にはしないよ」
「それは……意外だな」
「束さんだって日々変わるのだよ?」
本当に意外だ。彼女はいくら自分が興味がある人物の知り合いと言えど、だからと言ってそっちの人物に興味を持つ事は有り得ないと思っていた。興味を持たないにしても同じ人間として扱う事にはしたという事だろうか。口振り的に俺に関係のある人物以外には以前のままな気もするが。まぁそれでも大きな進歩と言っていいだろう。
「仁くんに嫌われたくないしねー」
「そっちが本音かアンタ」
どれだけ俺の事を気に入っているんだこの兎は……。とはいえそういう事を理解するようになったのはやはりいい傾向なのだろうが。
「さてさて、皆ご存知稀代の大天才篠ノ之束さんだよ。はろーはろー」
最初に復帰したのは流石と言うべきか楯無だ。
「……篠ノ之博士。お話は聞いています」
「うんうん。勿論見てたから知ってるよ。更識の姉妹ちゃんに布仏の姉妹ちゃんだよね」
「この人が……篠ノ之博士……」
「もっとお堅いのを予想してたか? そんな期待は今のうちに捨てておくといい」
痛む頭を片手で押さえる。
「さてと、じゃあ本題。どれどれーっと……」
頭を押さえていたため急に接近してきた兎に反応できず、頬を両手で押さえられ右眼を覗き込まれる。
「相変わらず綺麗な黒だねー。束さんにはずっと奥のそれがちゃんとわかるよー」
「なんだそりゃ……」
『近い。近いです束さん』
「いいじゃないかいいじゃないかー」
しばらくそのままの状態で止まられると、必然的にお互いの息がお互いの唇を掠める程の距離で見つめ合う事になるわけだが。
「大胆……」
ほぅ……と呟く簪に、眼が怖い楯無、そして若干雰囲気が暗部モードの本音と、あらあらと呟く虚。きっとこの兎にそういった意図はないだろう……きっと。ついでに害される事もないだろうから本音は落ち着け。
意識を篠ノ之束の方に戻すと、俺の右眼を覗き込む彼女の黒い瞳が『キュイン……キュイン……』と音を立てている。よくよく見てみると瞳の奥で機械がスキャンする様に縮小と拡大を繰り返す黒目が見える。
「アンタ……自分の眼にナノマシンでも埋め込んでるのか」
「よくわかったね。便利でしょー? 束さんにかかればこれくらい見るだけで状態がわかってしまうのさ」
ふんふんと頷きながらしばらく右眼を覗き込んでいるが、いつになったら離れるんだ……。
「……まだか?」
「焦らない焦らない。まぁスキャンは終わってるんだけどね」
「あのなぁ……」
それならもういいだろう。と両肩を掴んで引き剥がす。
「仁くんのいけずー」
「そういう問題じゃないだろう……で、天才から見ればどうなんだ」
「そうだねー。右眼だけ相当視力が落ちてるのは知っての通りだけど、ピントのズレ方がちょっと変だね」
いきなり真面目に戻るのもこの兎のよくわからないところだ。真面目なところは真面目なのはいい事なのだが。
「普通視力が落ちる原因って眼の筋肉だったり、眼そのものを疲れさせる事でピントが合いにくくなるのが主な原因なのは知ってるよね。でも仁くんの右眼は殆ど常時ピントが無規則にブレ続けているんだよね」
「……と言うと?」
「束さんの予想だと、あの時アリーナの遮断シールドを変形させたのと関係があるんじゃないかな。あの時に一気に右眼に負担がかかってまだ右眼が落ち着いていないって感じかな。でもだからといって右眼が落ち着いたから視力が戻るわけじゃないと思うよ」
「やはりアレは俺が引き起こしたのか」
「断定はできないし、君の右眼はよくわからない事が多いからね。束さんがわからないと来たら相当だよ。解剖したらわかるかもしれないけど……駄目だよね?」
「当たり前だ。誰が許可を出すんだそんな事」
『駄目ですよ? いくら束さんでも駄目ですからね?』
しかし常時無規則にブレているとなると普通の眼鏡では効果が出ないか。
「取り合えず眼鏡の方は束さんに任せてよ。あの娘を生かしてくれたお礼って事で、ね?」
「まぁ、アンタに頼めば間違いはないだろうが……」
「それよりも、もう1回か2回アレをやったら右眼は完全に見えなくなるかもしれないね」
「どうやったのかもわからんのにもう一度使えるかどうかで言ったらノーだろう。あまり気にする事でもない」
「まぁ一応気を付けておいてね。いくら束さんが天才でも原因不明で無くなった視力を戻すのは至難の業だよ」
俺を治すにも原因不明でどうしようもない事に対して原因解明するために俺を解剖するのでは本末転倒になってしまうためそれはどうしようもない。
「眼鏡の方は……そうだなぁ。3日くらい待ってくれるかな。あと調整に使うからちょっとだけ遺伝子ちょーだい」
「いでっ……!?」
何を想像したのか知らないが簪の声をひとまず置いておいて、調整に使う遺伝子という事は既に大まかな設計は決まっているという事だろう。こういうところはしっかりと天才なのだとわかる。
「血でいいのか?」
「おっけーおっけー。じゃあ失礼して……」
「おい待て。噛んで採血しようとすんなアンタは吸血鬼かなんかか」
するりと俺のロンググローブを外し長い髪を少しかき上げて右腕に噛みつこうとするのを左腕で篠ノ之束の頭を押さえる事で止める。
「ちぇー」
「突然奇行に走ろうとすんのはやめろ……というか噛んで何のメリットがあるんだ……」
「君は束さんのものだという証明にだね……」
「誰がアンタのもんだ誰が。人を所有物にしようとするんじゃねえ」
「焦ると口調が荒くなるの可愛いなぁ♪」
「男に可愛いは褒め言葉にならんぞ。つーかちゃんと注射器持ってんじゃねえか……」
右腕の血管からいくらかの血を吸いだし、それを試験管のようなものに収める。
「しかし……随分と篠ノ之博士と仲が良いのね」
「仁くんは束さんの唯一の理解者だからね!」
「そんな大層なもんでもないだろ」
「いやいやそんな事無いよ。忘れそうになってた
彼女にとってはそうなのならば俺がどうこう言えることでもない。彼女が俺を好んでくれるというのも別に悪い事ではないのだから。
「ああ、そうだ。更識の妹ちゃん」
「な……なんです、か?」
「その娘の製作、上手く行ってないんだよね? 手伝ってあげよーか?」
「どういう風の吹き回しだアンタ」
「ちょーっと昔を思い出しちゃってねー。束さんにもそんな感じで悩んでた事があったなーって。白騎士の開発にはバックもお金もなかったからねえ」
本来ならばとてつもない提案だ。他でもない篠ノ之束が機体の組み立てに手を貸してくれるというのならば性能の高さに間違いはなく、完成度も他のISと比べれば異常なまでに高くなることだろう。だが――。
「……嬉しい、ですけど、大丈夫……です」
「そお?」
「はい。この子は私で……私
その答えを聞いて嬉しそうに眼を細める。今の彼女にとってISを大事に思える人間は悪い人間じゃない。尤も彼女に興味を持たれるというのはそれなりに苦労も伴う事にはなるのだが。
「そっか。それなら頑張ってね。出詰まったら何でも聞いてくれていいからね! 束さんは娘達の味方の味方なのだよ! ではさらば!」
クルッと回転すると一面に薔薇の花弁が巻き起こり、瞬きのうちに篠ノ之束の姿は消えていた。連絡先の書かれた紙だけが空中を滑る様にそれぞれの手の中に納まる。
元々の世界の彼女の事は知らないが、恐らくもっと人間らしくない存在だったのだろうとは思う。その時点で俺がいる事での変化が酷く起こってしまっているのはもはや気にするべき事ではないだろう。それによって起こるイレギュラー含めて俺がどうにかすればいいだけの話だ。
「……台風や嵐のような人ですね」
「何にも喋れなかったよ~」
『一応私達は台風の目の中にいますけどね』
「色んな意味で規格外すぎるからな……。しかも神出鬼没で自由気ままと来たもんだから質が悪い」
「でも、思ったより話は通じそうで安心したわ」
「うん……」
今更ながら彼女に任せたのが少々不安になったが、まぁ悪い様にはならないだろう……。
―― 3日後 朝 ――
「やあやあ仁くん」
「……どうやって侵入して来たのかとかはこの際聞かないからな」
人が顔を洗っている間に平気で人の部屋に潜り込んで来るのだからこの人は本当に規格外だ。
「それで、来たって事はできたのか?」
「そりゃもうバッチリさ。というわけで……」
じゃん! と口で言いながら取り出されたのは一見普通のウェリントン型でナイロームの黒縁眼鏡。どうやらフレームはメタルでできている様だ。
「一見普通の眼鏡だけど、フレームはISの装甲の素材だし、レンズも特殊な束さんお手製のものだよ。ナイロームだから強度が心配かも知れないけどそこは問題ないから安心してね。フレームの素材は展開装甲を試験的にも導入してるから、仁くんの顔にフィットする様にリアルタイムで変形して滅多な事では外れないし壊れない。この程度の規模ならシールドエネルギーも不要だね」
「……たかが一個人の眼鏡に展開装甲まで仕込むのはどうなんだ?」
「言ったでしょ? 君には十全でいてもらわないと困るんだ。それに世界が平等であった事なんて有史以来一度もないからね。束さんが誰かを贔屓してもそれは咎められるはずもないのさ」
言ってる事はわかるが、アンタはもっと周りに眼を向けてみてもいいと思うが、今それを言うと話が拗れるのでやめておく。
「さて、ここからが本番なんだけどね。この眼鏡のレンズは君の眼のデータを常にスキャンして最適な度数に合わせてくれるようになってるんだ。こうでもしないと今の君の右眼にはどうやっても合わないからね。そのデータの波長を合わせるために遺伝子を少し貰ったの」
「成程。流石天才なだけはある」
「もっと褒めてもいいのよ?」
「これ以上褒めるわけじゃないが礼は言わせてもらう。ありがとな」
「……それは破壊力強いなぁ」
試しに掛けてみると右眼の視力が『キュン――』という音と共に補正がかかる。左右同じ視力まで戻っている様だ。
「……ほう」
「あとはそうだなぁ。両方のレンズに携帯ディスプレイの機能も仕込んであるよ。こっちはイメージインターフェイスみたいなものでね。君の思考パターンを触れてる肌から電気信号で読み取って起動してくれるよ」
「……成程。これ自体がもうISに近い一品なわけだ」
「そういう事になるね。ISの技術をこうして小型器具にまで流用できちゃうのは流石の束さんだね」
「こんなものを俺が使ってるなんて判明したら中々の騒ぎになりかねんな。まぁ簡単にはバレないだろうが」
「その時はその時さ。さてさて時間も時間だね」
時計を見てみればそれなりの時間だ。朝生徒会室に顔を出す程の時間はないが教室には充分間に合うだろう。
「ああ、助かったよ」
「いいんだよ。元は私のミスが原因だったわけだからね。それにあの娘のお礼もちゃんとしたかったし」
「……亡国は無人機をまだ作るだろうな」
「……そうだねえ。けど束さんはもう無人機は作らないよ。作るとしてもそれは彼女達が手を貸してくれると言ってくれた時だけ。亡国については束さんも力を入れてみるよ」
「ああ。一番の頼みの綱はアンタだからな。任せた」
「任された! じゃあまたねー!」
台風一過。そういえばクロニクルは来なかったな。と思いはするが、彼女の生体同期型ISである【黒鍵】は以前のようにラボの強襲に備えて残しておく必要があるのだろう。出て来るとしてもどちらか片方のケースが増えるだろうが、そう気にする事でもないか。
さて、出席簿を食らわないように間に合わせるとしよう……。
なんだこの真っ白な兎。と思いつつ描いてますけど白束さんは妙に書きやすいです。
そしてこのトンデモ眼鏡である。束さんに作らせたらまぁそうなりますよねって感じですが。
では次回もよろしくお願いします。
感想等お待ちしております。