救い無き者に幸福を   作:MYON妖夢

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デュノアの決着

「『今月開催する学年別トーナメントでは、より実践的な模擬戦闘を行うため、2人組での参加を必須とする。なお、ペアができなかった者は抽選により選ばれた生徒同士で組むものとする』……そこかしこでそわそわしてる生徒が多いのはそういう事か」

 

 緊急告知文を夜竹に突き付けられながら読み上げる。背丈に差があるため夜竹は思い切り背伸びする形になっているが。

 恐らくはボーデヴィッヒとオルコット達との戦闘を見ていただろう織斑担任辺りか、生徒会からの通達か。

 

「……組む?」

 

「……別に誰と組んでも俺は構わんのだが。本音やオルコットは相手いるのか?」

 

「私はかんちゃんと組むよ~。かんちゃんはランランと組みたがってたけどね~」

 

「わたくしは……どうしましょう」

 

「どうしましょうってな……」

 

 考えてみればオルコットは俺達以外との交流が多いとはお世辞にも言えない。いや俺が知らないだけかもしれないが。

 

「鈴さんはハミルトンさんと組むとのことですし……キサラさんを誘うべきでしょうか……」

 

 キサラ……フルネームでは如月キサラ。オルコットのルームメイトで山岳部。噂に聞くとオルコットがベッドを持ち込んだ影響で寝袋で寝ているとか。本人は別にまんざらでもないらしいのだが。

 

「セシリアは、欄間くんと組まないの?」

 

「……まだ、その時ではないかと。わたくしがまだ自身の力に満足しておりませんの。それに、もう一度仁さんと戦う折角の機会ですもの」

 

「じゃあ、私が貰うよ?」

 

「貰うって言い方はどうですの?」

 

「俺は物じゃないぞ……」

 

 まぁどうせ全員参加のイベントだ。誰と組んでも一興というものだろう。それぞれ組んだペア同士、トーナメントを抜きにしても今後の親睦を深める機会にもなる。

 

「しかし、代表候補生や専用機持ちがそれぞれバラけたのは悪くないな。専用機持ちで組んだりなんてしたら一般生徒の勝ちの目が著しく少なくなるからな。折角のイベントを出来レースじみた形にするのは好ましくない」

 

「でも、織斑くんとデュノアくんはペアらしいよ」

 

「……まぁ俺と違って詰め寄られるだろうからなアイツら。確かにお互いで組めば騒ぎは収まるか」

 

 専用機持ち2人で組んだにしても、オルコットや凰からの話を聞く限りまだ織斑の腕は微妙と言っていい。一般生徒でも操縦が得意ならば勝負になる可能性は十二分にある。無論俺が織斑と当たったとしても容赦はしない。

 

「……欄間くん、取り敢えず決めたほうがいいよ。4組とかから来そうだし」

 

「む……」

 

 確かに4組の面々はやたら俺を気に入っている様子だ。しかし親睦を深める機会とはいっても流石に話したことも少ない相手と組むのは憚られる。

 

「私も相手まだいないし……どう?」

 

 そういえば夜竹もどちらかというと交友関係は広くない。というか俺達とこうして毎日話している時点でそれはそうだろう。

 

 俺自身本音や簪、オルコット、それに凰が埋まっているのならば他にこれといった相手がいるわけでもない。俺も大概1年生間での交友関係が広いわけでは無いのだ。いや見舞いに来ていた4組の面々や1組の一部を含めていいのなら話は別なのだが、普段話す事が少ないため除外しておこう。

 いっそ夜竹の様にこうして加わりに来るのなら俺も夜竹もオルコットも交友関係が広がるというものなのだが、まぁ置いておくとしよう。こういう時はクラスのほぼ全員と仲が良い本音のコミュニケーション能力の高さが少々眩しいというものだ。実際には何度も自問自答しているように、あまり関係を作るのは欄間仁(転生者)としては好ましくないのだが。

 

「まぁ、そうだな。今回は頼む」

 

「ん。頑張る」

 

 小さい手との握手。やるからには勝ちにいかねば面白くない。しばらくは彼女の訓練もする事になるだろう。やはりどう足掻いても俺は関係を強く持たねばならないという事か。喜ばしいのか喜ばしくないのか自分自身難しいが、悪くはないと思っている部分もある。

 まぁ、なに。関係が強まったせいで彼女によくない事が起こらない様に俺が更に範囲を広げて注意すればいいだけだろう。俺自身の負担など、他人が傷付く痛みに比べれば遥かに軽いものなのだから。

 

「当たったらランランでも容赦しないよ~」

 

「こっちのセリフだ。やるからには本気だ」

 

「そう来なくっちゃ~」

 

 この布仏本音という少女は本気だと意外にも中々にISを動かす。簪の【打鉄弐式】も2門連射式荷電粒子砲【春雷】は未完成で未登載にしても、48発の独立稼動型誘導ミサイル【山嵐】は手動ロックオンという妥協の形では搭載され、超振動薙刀【夢現】は完成している。そうでなくとも日本代表候補生としての腕は本物。充分に強敵足り得る二人だ。

 今回の実戦稼働でマルチロックオンと【春雷】の完成に必要なデータや閃きが揃えば良い事だ、と生徒会では考えている。

 

 最近では簪も楯無の訓練に加わっている。これは武装完成が目的というよりはトーナメントや今後に備えた実力を身に着けるという事がメインの目的だ。

 加えてくれと言い出したのは簪本人。俺には別に断る理由もないし、楯無としては簪に力を付けてやれる絶好の機会。2つ返事で簪も加わる事となったのだ。

 

 まだ弐式が完成していない事もあり中々俺や楯無との模擬戦では中々苦い経験をさせてはいるのだが、彼女の根性は姉に似て中々のものだ。折れる事はない。尤も、負けはしないにしてもヒヤリとさせられる事はそれなりにあるのだが。

 

「わたくしも再戦を楽しみにしていますわ」

 

「ああ。模擬戦は何度かしているが実戦は久し振りになる。その時はどこまで腕を上げたか、見せてもらうぞ」

 

 オルコットにしても模擬戦ではやはりまだ全てを見せているわけでは無い。――凰は思いっきりやって来るのだがそれはさておき――クラス代表決定戦以降研鑽を続けてきたであろう彼女との試合は楽しみではある。

 ビットと本人が別々の思考で動くようになった今、前回のような戦法はもはや取れない。前回の最後は彼女が新しいビットの挙動に慣れる前に意表を突く事で一気に片を付けたためやり方を変える必要があるだろう。

 とはいえ今回はタッグ戦だ。やり方などいくらでもあるだろう。勿論夜竹の操縦技術次第ではあるが、彼女はクラスの中でも動かせる方だ。あまり心配はしていない。

 

「実際に訓練機を借りられる回数はそう多くないだろう。基本的にやれる事は夜竹の得意分野の研究と、それを加味した戦術の考案くらいだな」

 

「ん。了解」

 

 まさか生徒会抜きにした個人的な訓練で第8アリーナを使う訳にもいくまい。そうなれば他のアリーナを使う事になるし、そもそも生徒会では訓練機を所有していない。一応ラファールが1機あるにはあるがこれは実質的に本音と虚の2人の兼用機だ。しかもどちらかというと生徒会というよりは【更識】の所有機である。流石にこれを借りるわけにはいかないため、やはり他の生徒と同じ土俵で訓練する事になる。

 というか先程出来レースじみた形は良くないと言っておいて夜竹だけ優遇するのもよろしくない。勝ちにいくとは言ってもそういった反則に近い事をして勝っても嬉しくないというものだ。

 

 なお今回は俺とレーヴァには制限が設けられていない。この学年別トーナメントの目的は生徒の才能や腕を見るものであるため、ここで制限を掛けるのは違うだろうとの判断だ。

 

 さて、月末のトーナメントまでは数週間程度だ。やれる事など限られてはいるがそれなりには仕上がるだろう。

 

 

 

 

 

「……で、またか?」

 

 1025号室に引っ張り込まれた。数日前のリプレイかのように突発的に出て来た織斑に引きずり込まれたのだ。

 

「ここが一番話しやすいだろ」

 

「それは尤もだが部屋に引っ張り込む前に必要最低限の説明くらいはしろ……さて」

 

 今度は織斑と並んで俺の対面に座っているデュノアを見る。

 

「決着は、付いたんだな?」

 

「うん。お父さんと話したよ。電話でだけどね」

 

「それなら聞かせてもらおうか。生徒会としてシャルル・デュノアの処遇を決めるために」

 

 デュノアは真剣な顔ながら口元には僅かに笑みが浮かび、不敵にこちらを見つめ返してくる。

 俺はあくまでも今は生徒会としての一芝居を打つ必要がある。楯無がデュノアの処遇を既に決めていたとしても、デュノア本人の意思を聞かない事には生徒会は動けない。

 

 最初に切り出したのは、デュノア・グループで画策されていた1つの案件の話。これは『シャルロット・デュノアの暗殺』。首謀者は、ロゼンタ・デュノア。デュノア社長夫人その人だ。

 ロゼンタは子供を授かる事のできない身体なのだという。それによってアルベール・デュノアと妾の間に生まれたシャルロットを恨み、憎んだ。そして例の件を動かそうとしたのだという。

 

 そこでアルベールがとったのは、シャルロットをISに乗せるという行為。幸い彼女にはAという優れたIS適性があった。IS操縦者は世界で最も保護された存在であり、さらにIS学園の生徒ともなればデュノア家の親族からすらも遠ざける事ができる。

 男装の形をとる事になったのは予想外だったが、それでも計画は成功した。自社のラファールに大容量拡張領域(パススロット)を設けた専用機である【ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ】に彼女を乗せる事で、フランスの代表候補生としてIS学園に送り込んだ。

 

 シャルロットが安全な立場についているうちにアルベールはロゼンタとの対話に努めた。元はといえば2人の人間を愛し、それでしかロゼンタへの愛情を示す事のできなかった歪んだ愛情を示した彼の落ち度。それを自覚していた彼は必死にロゼンタと対話した。全ては愛する娘を守るため。

 

 結果は、デュノアの顔を見てもわかる通り上々。ロゼンタはアルベールにしっかりと愛されていた事を知った。少々都合のいい話かもしれないが、ロゼンタは一時の感情を乗り越えた。

 

 仲を寄り戻した現在社長派と社長夫人派の勢力が手を組んで今度こそとフランスの第三世代機【コスモス】の開発に着手を始めたのだという。

 そして、コスモスというのはデュノアの母親がアルベールに贈られた思い出の花で、彼女も彼女の母も一番好きな花なのだという。

 

「――嬉しかった。お父さんは、お母さんの事も、私の事も愛してくれていたんだって、わかったから」

 

「……そうか。もう、いいんだな?」

 

「……うん。もう、大丈夫」

 

 詰まった息を一度吐き出し、少し吸い込む。

 

「よく踏み出した。よくやり遂げた。生徒会はお前を学園へ歓迎しよう。シャルロット・デュノア」

 

「えっ……?」

 

 鞄からいくらかの書類を取り出し、机の上に置く。

 

「近いうちに記入して提出してくれ。シャルル・デュノアの退学申請書とシャルロット・デュノアの編入申請書だ」

 

「ちょ、ちょっと待って。展開に追いつけないんだけど……」

 

「ど、どういう事だ欄間。全部用意してるなんて……」

 

「悪かったな。試すような事をして」

 

 呆けた顔の2人に、生徒会としての処遇を告げる。

 

「我らが生徒会長はシャルロット・デュノアを迎える準備を進めていた。といっても俺にほぼ丸投げだが。デュノアが自ら踏み出し、未来を掴み取ったらこれを渡すようにと言われていた訳だ」

 

 笑わないなりに空気を和らげると、脱力したように机に突っ伏す織斑と、緊張の糸が切れたというようにふにゃりとするデュノア。

 

「な、なんだよ……ビビらせやがって……」

 

「それくらいしないとデュノアは動けなかっただろう。人間追い詰められた時にこそ本気を出すものだ」

 

「そ、そうかもしれないけど……怖かったぁ……」

 

「荒療治というやつだ。仮にデュノアが動けなかった場合は動くまで追い詰めるのが今回の俺の役割だった。生徒会長は優しいからな。こういった荒事は俺の役目だ」

 

「そんなんだから怖がられるんだぞ……」

 

「何。怖がられる事自体に興味はない」

 

「欄間くんだって優しい人なのに勿体ないよ……眼は怖いけど」

 

「俺が優しいわけがないだろう。今回は生徒会としてすべき事をしただけに過ぎん」

 

「でも、僕は助けられたよ」

 

「それは織斑に言うんだな。先日も言ったがお前に勇気を与えたのはそいつだ」

 

 そう言って立ち上がる。

 

「早いうちに提出しろよ。ずっとは待たん」

 

「うん。ありがとう」

 

「ありがとな仁!」

 

 未だに感謝されるのは慣れない。というか織斑。いきなり名前で呼んでくるのは如何なものかと思うのだが。すぐに人に心を許すのはお前の美点であり弱点でもある。まぁ、俺には関係あるまい。

 1025号室を後にする。報告は……後日でも構わないだろう。

 

『素直じゃないんですからー』

 

「俺が優しいなら世界の"優しい"のハードルはいくらか下がるだろうな」

 

『そういう自己評価の低いところ、仁の悪いとこですよ?』

 

「やかましいわ」

 

 自己評価を高く持つよりは低い方が驕らない点でいいだろう。しかしこうまで何度も言われるとそろそろ改めるべきかとも思うのだが。

 まぁ、別にいいだろう。




シャルロットは仁ではなく一夏のヒロインのままです。仁も言うように根っこの部分で最初に勇気を与えたのは一夏なので、ヒーローを待つお姫様的願望を持ったシャルロットならそうなるかと思っています。

なおシャルロットの話は殆ど11巻の彼女のお話のそれです。ロゼンタとアルベールの仲直りが原作より早いかもしれませんが、読者にどのタイミングで仲直りしていたかは伝わらない形で進行されていたので気にしない気にしない。

ちなみに当初の予定ではセシリアと仁が組む予定でしたが気付いたら夜竹さんになってました。繰り返すようですがこの作品は私の願望をリアルタイムに反映しています。

では次回もよろしくお願いします。
感想等お待ちしております。

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