救い無き者に幸福を   作:MYON妖夢

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少し筆がのりなおしました。
今回多分読みにくいです。カタカナ多用的な意味で。


意志の剣と無意志の剣

「レーゲンが変形した……表に出て来てみればここまで嫌な感覚のするものだとはな」

 

 ピット・ゲート付近で指輪状態のレーヴァを指にはめながら呟く。

 モニター越しであるため、右眼を使っていても直接データを視られるわけでは無いが、周辺ISのデータ所得を行えば異常な機体が一つあるのはすぐにわかる。そしてその異常を発している【シュヴァルツェア・レーゲン】から、言葉にし辛いが非常に嫌な何かを感じる。

 

「いつでも行けるな?」

 

『ええ。勿論』

 

「無理はしちゃダメだよ~」

 

「いざという時のために来客や生徒の避難準備は進めています。とはいえまだ異常事態として公表はしていませんが」

 

 モニターを見つめたまま頷いて答えとする。夜竹やサレム、音無も心配ではあるが、出番が来たら俺がアレを押さえればいいだけの話だ。

 

「トーナメントという行事の一環として処理している今は、織斑達がどうにかするのが一番ではあるが……」

 

「あの消耗じゃ難しいかも~」

 

「……そうだな」

 

 右眼でのデータ所得は難しいが、モニター映像を追うのにもこの右眼の動体視力は優れている。まずは織斑達に任せてアレの動きや攻撃手段を把握する。

 織斑達で押さえ切れないのならば俺の出番だ。その時は最早トーナメントなどとは言っていられないだろう。楯無を通じて教師陣にはいち早く状況も伝わるだろう。来賓や生徒の事は向こうに任せておくとしよう。

 

「アリーナのシールドが破られるような事態にならないといいんだがな。そう何度も破られるようではいよいよもって学園のセキュリティを疑うぞ」

 

 ただでさえ何度も篠ノ之束に侵入されているのだ。彼女が規格外にしても侵入され過ぎではないだろうか。

 

『チャネル接続。繋ぎなおします。少しお待ちを』

 

「ああ」

 

 モニターから眼は離さない。モニターの奥では既に織斑達がぐにゃぐにゃに溶けた装甲を身に纏い、異形と化したボーデヴィッヒの機体が少しずつ姿を変えている。

 その姿は心臓の鼓動のように脈動を繰り返しながら姿を成形させるように変化させていく。

 黒い全身装甲、しかし裸の上にその黒い皮一枚を纏っているかのように姿の基礎系はボーデヴィッヒのそれだ。両腕両足に装甲が決して多くはない程度に付き、顔はフルフェイスアーマーに覆われ、両眼の位置に赤いラインアイ・センサーが鈍い輝きを放っている。

 

 そして持っている武器も姿を変えている。先程までプラズマ手刀だったそれは跡形もなく消え、代わりに一本の刀のような物を両手に握り、構えを取る。

 

「黒い雪片……成程」

 

 織斑が持つものと瓜二つ。強いて言うのならば色が白と黒で対照的だがそれだけだ。間違いなくあの異形のISが握っているのはかつて織斑千冬が振るっていたものと同じ【雪片】である。

 そしてそれを振るう動きはとてもボーデヴィッヒの戦闘スタイルとは似つかない。どことなく全盛期時代の織斑千冬のそれに近い。

 織斑の雪片弐型を弾いた中腰からの鋭く素早い、それでいて力強い居合の構えの一撃にしても、縦一閃正に叩き割るという表現が似合うだろう唐竹割りにしても、ビデオで見た覚えがある。

 

『繋がったわね。仁くん』

 

「問題無く繋がっている」

 

『仁くんの眼鏡を通しての送信データから解析したわ。アレは恐らく【ヴァルキリー(V)トレース(T)・システム】ね』

 

「やはりか。資料では読んだことがある。過去の世界大会モンド・グロッソの部門受賞者(ヴァルキリー)の動きをトレースする訓練用プログラムだったな。だがアレは……」

 

『ええ。条約でどの国家・組織・企業においても研究・開発・使用の禁止が発令されている筈の代物よ。ドイツが何を考えてレーゲンにアレを積んだのか知らないけど、これだけの各国代表来賓の見ているところでの発覚。少なくともIS委員会が動く事にはなるでしょうね』

 

 死者すら出した事のある欠陥プログラム。それがVTシステムだ。

 本来訓練用であるそれが何故欠陥とされるか。簡単だ。

 

 第一回モンド・グロッソ優勝者である織斑千冬を始めとした部門受賞者達の動きは、訓練機と常人の組み合わせには到底手に負えるものではないのだ。

 

 初めて死者が出たとされるのは、【打鉄】に乗ったとあるIS企業の代表操縦者がVTシステムによって織斑千冬の動きを再現しようとした時だ。

 最初こそよかった。一時でも世界最強の動きを実感できたのだ、乗っていた操縦者はさぞ気持ちよかった事だろう。しかしすぐに異変は現れたという。

 

 身体が、付いていかなかった。

 

 操縦者が異常を感じ取ってもそれは止まらず、無理矢理に世界最強の動きをトレースしたシステムによって関節がおかしな方向へ曲がり、強制終了させようにもシステムは暴走。そのままあちこちの骨が身体を突き破り血の噴水というわけだ。

 そんな状況においてもシステムは止まらずに死体を動かし続けたというのだからこのシステムが欠陥の烙印を押され、全てにおいて関わる事を禁じられたのは当然だった。

 

 しかし目の前で動いているシステムは紛う方無きそれだ。しかも体格としては当時の織斑千冬よりも数段小柄で未成熟なボーデヴィッヒがそれを使えば、すぐに身体が悲鳴を上げる事などわかり切っている。

 

 奥歯から、ギリッという音が鳴る。

 彼女が望んでそれをレーゲンに乗せたのか、ドイツの独断か、それとも別の何かの思惑か。

 

『仁、落ち着かない事には最大のパフォーマンスは発揮できませんよ』

 

「わかっている……」

 

 深く息を吐く。どうせ俺のやる事は変わらない。生徒会の一員として生徒を守るだけだ。

 

「あの馬鹿何をやってる……!」

 

 モニターの中では【白式】のエネルギーが切れたのか、織斑がISスーツだけで黒いISに向かって疾走し、打鉄を纏った篠ノ之によって引き剥がされているところだった。

 

 楯無のゴーサイン無しには飛び込むわけにはいかない。幸いにも現在黒いISは動きを止めている。

 

『非常事態発令! トーナメントの全試合は中止! 状況をレベルDと認定、鎮圧のため教師部隊を送り込む! 来賓、生徒はすぐに非難する事! 繰り返す――』

 

 ようやく非常事態と認められたらしい。レーヴァを身に纏い、ピット・ゲートへ向かう。

 

「待ってランラン。おりむーとでゅっちー、何かするつもりだよ」

 

 眼を細めて事態を見守っていた本音から鋭い声が飛んで来る。でゅっちーというのはデュノアの事らしい。

 

「デュノアのラファールからエネルギーを白式に送り込むつもりか。一般生徒は大人しく下がればいいものを……!」

 

「結果を見てからでは遅いでしょう。最悪の事態に備えます。通信を繋いだまま準備してください」

 

「了解」

 

 今度こそピット・ゲートに立つ。ここからならば肉眼でも状況が見える。

 

『一極限定モードでの再展開。右腕と雪片弐型だけですか』

 

「さて、どうなる」

 

 零落白夜、機動。織斑が眼を閉じ集中しながら起動した本来の刀身の二倍程まで伸びたそれは、すぐに細く鋭く凝縮していく。

 

「土壇場で零落白夜を制御したか」

 

 雪片弐型の物理ブレード部分が全てエネルギー刃と化し、日本刀程の刀身まで凝縮されたそれは周りの空気を振るわせる程のエネルギーを持つ一振りと化す。

 

 そしてついに黒いISも動く。織斑の右肩を切断し、そのまま心臓から脇腹までも両断するだろう袈裟切りの構え。これもまた織斑千冬の動きを完全に真似ただけのそれだ。

 対して織斑は腰から居合のように剣を振り上げる。黒い雪片は大きく弾かれ、致命的な隙を――

 

「いや、駄目だ!」

 

 ピット・ゲートから瞬時加速(イグニッション・ブースト)で飛び出す。やはりこんなところで傍観しておくべきではなかった。

 

「笑ったな……アイツ……!」

 

 右眼で視えた。ラウラ・ボーデヴィッヒの()が。

 

 笑っていた――!

 

 暴走したVTシステムに呑まれていなかったとでもいうのか。違う。今しがたアイツは意識を取り戻した。そして織斑一夏の続く縦一閃を見て、笑った。

 諦めではない。希望でもない。安堵でもない。あの笑いは――

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ギィンッ! という音がアリーナに響く。

 

「なっ――!」

 

 織斑の驚愕の声が届く。同時に俺もその場に到達する。

 弾かれた筈の黒い雪片が、雪片弐型を受け止め、更には弾き飛ばす瞬間だった。

 咄嗟に唯一装甲を展開している織斑の右腕を掴み、投げ飛ばす。

 

「デュノア! 篠ノ之!」

 

 受け止めたかどうかの確認などしている余裕はない。残った右手に剣を呼び出し、続く一撃を受け止める。

 

「随分と楽しそうだな、ボーデヴィッヒ!」

 

「イイトコロダッタノモヲ……。マァイイ」

 

 くぐもった声は確かにボーデヴィッヒのものだ。だがどう聞いても様子がおかしい。

 

「力に呑まれたか」

 

「キョウカンノチカラハ、ヨクナジム。チョウドイイ……」

 

 左手にもう一本の剣を呼び出すと同時に切りかかって来るのを剣を十字に合わせて受け止める。

 

「キサマヲサキニキルトシヨウ」

 

「先に言っておくが、俺は剣では負けるつもりはない。お前にも、織斑千冬にもだ」

 

「ホザケ!」

 

 右からの水平一閃、両の剣で受け止める。重い。片方の剣だけで衝撃を逃がしきるのは難しいだろう。

 展開装甲起動。左足の装甲を攻撃特化に変更し蹴りつける。黒いISの腹部を切り裂くがすぐに塞がる。

 

「おい、仁! そいつは俺が……!」

 

「今のお前に何ができる」

 

「なんだと!」

 

「白式は完全に沈黙。デュノアのエネルギーも残っていない。篠ノ之の打鉄もシールドエネルギーは0。お前達に、何ができる」

 

「くっ……」

 

 後ろを見ずに黒いISの連続の攻撃を丁寧に両の剣で受け止める。

 

「生徒は、教師と生徒会に守られていろ。少なくとも今は俺がコイツを止めるのが最善だ。ピットを出れば布仏姉妹が待っている。避難は彼女らに頼れ」

 

「あの剣は……千冬姉のものだ、千冬姉だけのものだ!」

 

「それがどうした。先を行くものは後を追うものに模倣される。当然の事に過ぎない。お前とて、かつての姉の剣と技を使っているだろう」

 

「違う……そうじゃない、そうじゃないんだよ!」

 

「何が言いたいのかはわかる。だがこればかりは根性論でどうこうなるものではない」

 

 居合の一閃を黒い雪片ごと叩き割る。しかしそれはすぐに黒いISの手の中で形を取り戻す。

 

「癇癪を起こすのはいい。だがそれで周りの者を巻き込むな。今は非常事態だ。お前一人の意思を通していられるような状況の事を非常事態とは呼ばん」

 

「くそっ……!」

 

「イイカゲン、ヤカマシイゾ。オリムライチカ」

 

 黒いISが剣を振るうと、黒い刃が宙を駆ける。咄嗟に俺以外を狙った一撃に反応が間に合わず、俺の隣をすり抜ける。

 

「しまった……!」

 

「ぐあっ!」

 

「一夏!」

 

「ククク……キサマハアトデジックリトアイテヲシテヤル」

 

『気絶させられたようです。仁、集中を』

 

「……ああ」

 

 1つ息を深く付き、意識を切り替える。

 

「デュノア、篠ノ之。さっさとそいつを連れて下がれ」

 

 デュノアがしっかりと頷くのを前を向きながらにしてハイパーセンサーで確認する。

 

「ボーデヴィッヒ。そろそろ止まってもらおうか」

 

「アノトキノカリヲ、カエシテヤル。ランマジン……!」

 

 ずきり、と右眼が痛んだ。

 右眼を通して痛みは頭へと、既視感として染み込んでくる。

 オルコットや織斑との試合の時にもあった、右眼に映った()()()()()()が、左眼に映っている変形したレーゲンと、カメラのブレを修正するかのように重なっていく。

 右眼を強く閉じて、もう一度開けば妙な感覚は消え去った、頭を振って集中する。

 

 ドンッと音を残して瞬時加速で目の前まで突っ込んで来た居合を両の剣で受け止め、同時に蹴り飛ばす。僅かに空いた距離を今度はこちらが詰め、左の剣での唐竹割りと右の剣による逆袈裟切り。

 

「キカンナ」

 

 確実に切り裂いた筈の二撃。しかしすぐに黒い装甲は修復を始める。その奥にある筈のボーデヴィッヒの身体には到達どころか見えもしない。

 しかし俺の右眼は確実に中身にいるボーデヴィッヒの姿を捉えている。口を三日月に歪め、外れたらしい眼帯の下に隠れていた金色の左眼は楽しそうに笑っている。

 

「普通の攻撃は効かんか」

 

『心意や蒼い炎ならあるいは』

 

「試すにもこちらが持たんな」

 

『今は零落白夜を使って来ていませんが、使えるものと考えておいた方がいいでしょう』

 

「いつでも敵の想定は高くだな。そうなると無暗な消費は避けるべきだ」

 

「ナニヲブツブツト!」

 

 振るう剣は見た事があるものばかり。意図的かVTシステムによるものか。彼女の攻撃は全て織斑千冬の模倣だ。

 

「真似ただけの、お前の意志がない剣だな。そんなものでは俺は切れんぞ」

 

 居合、唐竹割り、袈裟切りからの切り上げ、両手を柄に添えた鋭い突き。全てが一撃貰えば致命的な攻撃なのは間違いない。

 だが、決定的に軽い。確かに二刀を合わせて受け止めなければダメージを流し切る事はできないが、この剣にはボーデヴィッヒの意志が乗っていない。

 

 上身を沈めながらの深い踏み込みで水平切り払いを回避しながら、身体を捻りながら切り上げる。防御する事すらないボーデヴィッヒの装甲は再びとてつもない速度で再生を始める。

 

「キョウカンノケンニ、ワタシノイシナドヒツヨウナイ!」

 

 俺は心意を使う以上、意志というものは大事だと思っている。心意は使い手の意志の強さに応じて力を増す。心意そのものや他のあらゆる力が神による借り物だとしても、これだけは、この意志と剣の腕だけは俺の力だ。

 だからこそ、俺はコイツに負けない。負けられないとか負けたくないのではない。負けないのだ。

 

「キョウカンノケンハ、サイキョウナノダカラ!」

 

 いい加減剣も見切れてきた。二刀で受け止める必要も最早ない。黒い雪片の軌道を逸らすように一刀で受け流す。

 

「チィッ!」

 

 そしてがら空きの胴に展開装甲によって分厚くなった蹴りを見舞う。踏み留まった黒いISに炎を纏った剣でXに切り裂き、更にもう一度裏回し蹴りを放ちアリーナの壁まで吹き飛ばす。

 

「効きはしなくとも怯みはするか」

 

 人間が自信を害する攻撃や行為に何も思わないなんて事は滅多にない。ボーデヴィッヒが意識を取り戻した事によって、システムを媒体としていた無機質な機械的だった黒いISは人間を媒体とする。人間のいいところとも悪いところとも取れる綻びが生じるという事だ。

 

『! 仁、外部から通信です』

 

「誰だ」

 

『このISは……【黒鍵】。クロエさんです!』

 

「やはり見ていたか。繋いでくれ」

 

『了解』

 

 黒いISが復帰してくるまで少し時間がある。タイミングを見ていたらしい。

 

『やっと時間ができたね。仁くん』

 

「篠ノ之束か」

 

『イエス! 今回は黒鍵からこんにちはってね! ちょーっと派手さには欠けるけど、君の目の前の事態が既に派手だから今回はそれで許してあげよう!』

 

「何の権利があって何を許そうとしているんだアンタは」

 

『今の世界において束さんは神様同様ってね! 権利なんて意味は成さないのさ。さて、冗談はここまで』

 

 声のトーンと共に雰囲気が変わったのを感じ取る。同時に再び目の前まで超速で接近してきた居合の一撃を先程と同様に受け止める。

 

「芸のない……!」

 

「キサマ……! クッ……」

 

 黒いフェイスの奥のボーデヴィッヒの顔がほんの一瞬、僅かに苦痛に歪む。やはりVTシステムは搭乗者の負担が大きいようだ。不死身のような相手ではあるが、持久戦に持ち込めばいくら消費が重い【レーヴァテイン】でもこちらに分がある……が、それは彼女が重傷、ないし死ぬまで続けるという事だ。一人の生徒を、切り捨てるという事に他ならない。

 そしてこのタイミングでの篠ノ之束からの通信。やはり今回も彼女に頼るしかないだろう。

 

「何か、手はあるのか」

 

『勿論。でもこれはレーヴァちゃんに頑張ってもらう事になるかな』

 

「どういう事だ?」

 

『成程……そういう事ですか』

 

「レーヴァ?」

 

『わかりました、束さん。仁』

 

「なんだ」

 

『彼女とできるだけ長い時間、切り合ってください。私の力でなんとかします』

 

 モニターの中に映る彼女は、いつもよりもいくらか真面目な、覚悟の乗ったような顔で俺にそう言って来た。




ここのラウラは原作のこの時期よりも数段頑固です。

そして困った時の束さん。束さん多用すると「全部この人でよくね」が発生するので諸刃の剣ですが。
友人からはこの真っ白束さん可愛いと評されているので、可愛い束さんが好きな私としてもウレシイ……ウレシイ……。

いつも通りプロットは私の脳内でしか存在していませんが、まぁなんとかなります。

では次回もよろしくお願いします。
感想等お待ちしております。

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