私は、ラウラ・ボーデヴィッヒについて少しだけ仁よりも多く知っている。理由は……まぁいいでしょう。仁も知らない事です。
だから、彼女の深いところまで潜り込んだ今、目の前に映る光景も知識としては知っている。
彼女は、遺伝子強化試験体として人工的に作られた人造人間という命でこの世に生まれ落ちた。言い方を変えるのならば一種の生体兵器とも言えるでしょう。
それ故に、戦うために育てられた。人体を害するためのあらゆる武器や兵器を扱えるように、人体を効率よく破壊するための技術を身に付けるために。
確かにISが世界に現れるまで成績トップを維持し続けた彼女は間違いなく強かったのでしょう。それこそ並の軍人よりもずっと。
けれどISは、世界最強の兵器はそんな努力を全て無為にする。
ISにとって意味があるのは適性があるかないか。その適正が高いかどうか。そして、その機体のコアに認められるかどうか。
彼女の属していた部隊では、そのIS適性の向上のために『ヴォーダン・オージェ』という処置が行われた。
対象者の肉眼に対して行われる、脳への視覚信号伝達の爆発的な速度向上、並びに超高速戦闘状況下における動体反射の強化という、疑似ハイパーセンサーとも呼ばれる程の超強化を施すためのナノマシン移植処理。そしてその処置を行った瞳の事を同じく『
本来危険性のない筈の処置。殆どの者がナノマシン移植に成功していった中、ラウラ・ボーデヴィッヒを含めた一部の部隊員の左眼に、異常が起きたのです。
赤かった瞳は金色に変色し、稼働状態のままでキープ。制御不能へと陥った、移植事故。
彼女に落ち度があったわけでは無い。けれどその事故はあまりにも致命的でした。
常時視神経を酷使している状況、ISを稼働させる上でのそれはあまりにも負担が大きい。
適性を底上げするための処置が、左眼を介した脳への負担によって逆に彼女の適性を十全に発揮できない結果に繋がってしまったのです。
そしてその不調は部隊で遅れを取るのには充分過ぎた期間。IS訓練においては1からの訓練であったため、どうやっても周りとの差が出来始める。
そしてやがて彼女に押されたのは、『出来損ない』の烙印。
彼女にとって希望の光であった織斑千冬が現れるまで、彼女は深い闇にいた。
織斑千冬が第二回
各々の限界を見極めたギリギリの訓練をかし、それぞれが最高の訓練効率を得られるように訓練を付けた。
すぐにラウラ・ボーデヴィッヒはIS専門部隊へと変わった部隊の中でトップ、最強に返り咲いた。特別訓練を付けてもらったわけでは無い。彼女自身のポテンシャルが、織斑千冬の訓練とこれ以上無い程に噛み合ったためだった。
そしてラウラ・ボーデヴィッヒは光を見た。自身が強くなった事へではない。織斑千冬という存在に、だ。
教官と生徒という関係の中で、闇の中をもがく様に光へと縋った。
間違いなく織斑千冬がドイツに滞在していた中で、最も深い関係を築いた存在だっただろう。
やがて織斑千冬が日本へと帰国しても、彼女はその教えを忘れる事はなかった。
しかし織斑千冬への、最早崇拝とも言える感情は善の感情だけではなかった。
織斑千冬が第二回世界大会を辞退する理由となった織斑一夏の誘拐事件。それさえなければ織斑千冬は、間違いなく二度目の
だから、彼女は織斑一夏を憎む。敬愛する教官の唯一つの汚点として。
「でもまぁ、私にとっては織斑一夏への感情などどうでもいいのですが」
眼をゆっくりと開く。ボーデヴィッヒさんはその場に倒れていた。恐らく向こうも私の記憶に触れている最中なのでしょう。
「知っている事ばかりではありませんでしたね」
今剣を振り下ろせば無条件で彼女と繋がっている外のVTシステムを無力化できるでしょう。
けれど、何か違う気がする。仁ならばきっとしない。
相手が本当に"敵"であるのならば仁は容赦なく剣を振り下ろすでしょう。けれど彼女は"敵"ではない。
仁にとっての"敵"というのは、自分の大切なものを害する相手。何をしてでも殺すべき相手。だから、彼女は違う。
「……仁には悪いですけど」
少しだけ、待つとしましょう。
かつて彼女が抱えていたものは、間違いなく闇。ですがやはり仁には遠く届かない。生きている時間が違い過ぎるのだから仕方ないですね。積み重ね、というやつです。
「貴女がどんな答えを出すか。見させてもらいますね」
―― SIDE ラウラ・ボーデヴィッヒ ――
「なんだ……ここは……」
意識が暗転したかと思えば、今度はどこか見た事のあるような場所にいた。ナイフも手に持っていなければあの女の姿もない。
代わりに、金属の屑のような物に紛れていくつもの死体が地面に転がっていた。
背丈も、体格もそれぞれ違う。着ていただろう服も、肉体ごと千切れ飛んだり、血によって濡れてしまい最早どのような服だったのかもわからない。
そして不気味な事に個人を識別できそうな顔の部分は、何故か全て黒く塗りつぶされたように全く判別できなかった。
『間に合わなかった……』
「アイツは……!」
見た事のあるような服で、膝から崩れ落ちたのは、あの男、欄間仁だった。
しかしどこかあの男とは違う。背丈は同じだが、右手の中指にISの待機形態はなく、眼鏡もしていないし、黒のロンググローブのようなものもしていない。
何より目付きが違う。あのどこまでも沈むような闇色の瞳ではなく、黒色の光ある眼だ。
『クソッ……こんなはずじゃなかった……!』
死体の手を握り、奥歯が砕けそうな程に強く噛み締め、言葉を絞り出す。
『こんな展開、俺は知らない……!』
やがてふらりと立ち上がる。
『そうか、俺が……』
言葉から力が抜けていく。
『だから、皆、死んだんだ』
瞬きのうちに、世界が切り替わる。
『次は、どの世界だ』
白い空間だ。ただただどこまでも白。終わりのない白にあの男は立っていた。
白い空間で一人言葉を溢しているのは、あの男、欄間仁だった。今度は相変わらずの嫌な眼をしている。こちらに気付いていないのか、回り込んで瞳を覗き見てみればまるで闇を覗いているかのようだ。寒気すら覚える。
戦場を知っている眼だと、死を知っている眼だと私は言ったが、そんなものではない。思えば私も部隊の者も誰一人としてあんな眼はしていない。この私ですら、ゾッとするような冷たい眼だ。
『……そうか』
誰かと話しているかのように呟くと、ゆっくりをその眼を瞑る。直後、再び世界が切り替わった。
欄間仁は、極端なまでに人との関わりを絶っていた。少なくとも今の奴のように、誰かと共にいる時など殆どなかった。
奴が穏やかに瞳を揺らめかせるのは、ただ平和に生きるものを陰から眺める時だけだった。
どこの場所にいても姿は変わらず、黒のコートを纏い、黒のズボンを着用し、その闇色の瞳を光らせる事もなく、闇に紛れて剣を振るった。
無差別なように見えて、目的を持って切る。
切るものが人間ですらない場面もあった。怪物、化物。およそ私が知る由もない異形を、臆せずに退く事もせずに、超人的な速度で動き、光る斬撃を見舞い、自らが傷付き倒れることも厭わずに切る。
「なんだ、これは……」
思わず目を逸らしてしまう。
「なんなのだこれは……私に、何を見せている……?」
奴は、人間ではないのか?
何故、どこにいても、どの時代にいても、姿が変わらない?
何故、部分展開でもないのに、剣をその手に生み出しているのだ?
わからない。わからない。私は、何を見せられている?
―― SIDE レーヴァテイン ――
「はっ……」
「おや、目を覚ましましたか……精神体で目を覚ますというのもおかしな話でしょうか?」
しかし綺麗な銀髪ロング。思わず眠っていて無防備な頭を膝に乗せて、髪を手で梳いてしまっていました。所謂膝枕になっていましたが元々敵意なんてあってないようなもの。仁に傷を付けたのはとてもとても腹立たしい事ではありますけど、仁が気にしてないのに私がずっといがんでいても仕方ありません。
「な、なんだ……? どういう状況だこれは……!?」
「おはようございます。ボーデヴィッヒさん」
「お、おはよう……ではない! 何故膝枕など!」
跳ね起きてしまいましたね。私も立ちましょう。
「貴様……私に何を見せた」
「私の記憶ですよ。正しくは仁と同調した記憶ですけど」
「記憶……あれが、記憶だと?」
「ええ。紛れもない欄間仁の過去ですよ」
「何を……何を言っている……?」
私達の記憶は常人にはとても理解のし難いもの。すぐに受け入れる事ができた束さんが特殊なだけです。
「彼は幾度も命を繰り返す存在。その度に新しい世界へと旅立つ存在。それを転生者と呼びます」
「わからん……わからん、わからん! 貴様は何を言っている!」
「見たのならばわかるでしょう? 彼はいつどこでも今と変わらない姿。と言っても中学生、高校生、大学生といった程度の違いはありますが、基本的には変わりません」
「なんだ、なんなのだ貴様らは……」
額を片手で押さえ、頭を軽く振るボーデヴィッヒさん。こちらは何も変わらずに語るのみ。
「私は、あんなもの知らない……あんな孤独など……」
「そうですよ。彼は孤独でした。一人で戦い続けてきたのです。気が遠くなる程の時間を」
残った片方の手も頭に持っていく動作。
「貴女は力が無ければ自分自身を無価値と語る」
「そうだ……私は力が必要なのだ」
「ならば聞きます。黒兎隊の皆さんは、なんで貴女に付いてくるんですか?」
「決まっている。私が、強いからだ。より強いものに従う。当然の事だからだ」
「違うでしょう?」
「なんだと?」
「貴女が、ラウラ・ボーデヴィッヒだからこそ、付いて来るのですよ。力の有無は過程に過ぎません。今彼女らが貴女を慕うのは、貴女だからこそに他なりません。力だけの繋がり程、貴女達の繋がりは脆くない」
「……黙れ」
残念ながら黙りません。だって見たから。
黒兎隊の人達が、ラウラ・ボーデヴィッヒを可愛がっているところも見えたから。こればかりは言ってやらないと気が済まない。
「彼女達は、『貴女』を見ているのです。『貴女の力』じゃない。他でもないラウラ・ボーデヴィッヒを見ているのです。本当は、気付いているでしょう?」
「黙れ」
「貴女には力ではない価値がある。遺伝子強化試験体C-0037ではなく、既にラウラ・ボーデヴィッヒとしての価値がある。それを否定する事は貴女を慕う者を否定する事。もう、やめましょう?」
「黙れ!」
何も持たずに突っ込んで来たボーデヴィッヒさんの拳を少しの動作で避け、そのまま抱き留める。
「くっ……離せ……!」
「貴女は恵まれていたかもしれない。恵まれていなかったかもしれない。でも、今の貴女は、間違いなく恵まれているのですよ」
優しく語り掛ける。私は戦う気なんてとっくに無くなっています。
「仁よりずっと恵まれている人が、自分を無価値なんて言わないでください」
「……」
見てきたからこそ、彼女は何も言えない。仁を餌にするような感じは気持ち良くないですけど。
「何故だ……」
体勢はそのままで、ぽつりと呟く。
「何故、あの男はあれ程までに強い……」
「彼はいつだって何かを守るために戦っています。人間というのは、大切な何かを守りたいと思った時にこそ力を発揮できるもの、らしいですよ。ただ彼はまだ足りないとぼやく。自分一人で全ての害を切り伏せる事ができたならば、自身の守りたいものが傷付く事が無いのならばそれが一番と言って」
「何故、お前はこうまでに強い……」
「私は強くありません。いつでも仁と共に在るだけです。でも、そうですね……」
触り心地の良い銀髪に指を通しながら、少しだけ色々と思い出して。
「私は、仁を、仁の心を守りたいのです。彼が私を邪険に扱えないのをいい事に無理矢理に誘導してでも、また色んな人と関わってほしいのです。昔の彼のように、私でも、誰でもいい誰かと……。喜びを笑い合うのを見たいのです」
だから――
「それを見たいからせめて彼の前では、元気で陽気な相棒でいたい。それだけなんです。強くなんてないですよ」
「……それが、強くないなどという事があるものか」
「そう思えるのならば、貴女もまた1つの成長です。力とか強さなんて、人によってあり方も考え方も、全ての基準が違うんですから」
「ならば、私はどうすればいい……」
抱き留めている彼女の全身から力が抜ける。やはりどれだけ取り繕うと見た目通りのか弱い少女に過ぎないのです。
「見つけていきましょう。織斑千冬ともまた違う貴女の、貴女だけの力や強さ」
「教官とは違う、私だけの、力……」
「ええ。純粋な武力だけが力ではない。皆に誇れるような貴女だけのものはきっと見つかりますよ」
彼女が私の強くないという発言を否定した事でわかるように、彼女は武力以外の力の存在が認識できた。ならばきっと見つかる筈です。
「私に、見つけられるだろうか」
「勿論。貴女にはまだまだ時間が沢山あるのですから。それに、もし一人で駄目でも相談相手も沢山います。私でも別にいいんですよ?」
「……今更私が、誰かを頼ってもいいのか?」
「仁やセシリアさん達を傷付けた事が気になるのならば一度謝ってしまいましょう。致命的な事はしでかしていません。まだ間に合いますよ」
「許してくれるだろうか」
「それ程心が狭い人達じゃありません」
「そうか……」
もう、大丈夫でしょう。彼女はもう大丈夫。
『VTシステムの動きが止まった。お手柄だなレーヴァ』
仁からの念話。レーゲンの世界と混ざっている関係上、仁との視界共有はまだできる状況ではありませんがどうやら向こうは終わったようです。
「はい。お疲れ様でした仁。こちらも、もう大丈夫です」
『そうか。大会は中止。開催予定期間は休養だそうだ。修理の時間は充分にありそうだ』
「ちゃんと直してくださいよ?」
『わかっている』
ボーデヴィッヒさんも落ち着いた様子。レーゲンとの繋がりも大分薄れて来たようです。
「本当に、仲が良いのだな」
「ええ。誇れる相棒です」
「ISのコアには人格があると、言っていたな」
「はい。言いました」
「レーゲンにもあるのか?」
「勿論あります。心優しい娘ですよ」
「私とレーゲンも、お前達のようになれるだろうか」
「きっとなれますよ。ええ、なれますとも」
ボーデヴィッヒさんの姿が薄れていく。レーゲンとの繋がりが途切れた以上、すぐに現実の方に彼女の意識は引っ張られる。目を覚ますのには少々時間がかかるかもしれませんがね。
「そうか……今まですまなかったな、レーゲン……」
レーゲンの世界の空を見上げ、小さく呟き、薄い姿でこちらに向き直る。
「私を止めてくれて、ありがとう」
「仁やレーゲンに任されましたから。いい相棒は任されたらやり遂げるものなのです!」
「ふふ……そうか」
彼女の姿が消えると同時に、世界が青空と白の空間に戻る。戦いの余波すら残らず、私も黒のコートと一本の炎の剣を消滅させる。
「本当、慣れない事はするものではありませんね。落ち着くと途端にどっと疲れが回ってしまう」
眠くなってきました。本来道具である私に疲れや眠気なんて必要ない筈なのに、コア人格として生を受けた私は食欲とかを感じない事以外はどこまでも人間らしい。仁に近い存在に慣れたと思えば悪くはないですけどね。
一眠りしましょう。それなりの仕事はしたのですから許されるでしょう……。
レーヴァが当初の想定と違った感じになりましたが、まぁこんなレーヴァも私は好きです。
今回ラウラが見たのは基本的には束さんが見たものと同じです。束さんと違って簡単には受け入れられないのは、精神的に常人であるため致し方ないでしょうね。
今回ラウラに対して突き付けたのは黒兎隊からの彼女への感情。原作を見る感じ、ラウラが丸くなる前から黒兎隊の皆は彼女を慕っていた事は間違いないと思うので、こんな形になりました。ちょっとチョロかったかなぁと思うところもありますけど、原作に比べればずっとお堅いんじゃないかな。
作品クオリティが徐々に下がってきている気がして少し焦りのようなものを覚えます。元々それほど高いかと聞かれたらNoと返しますが。
まぁ結局私は自分が書きたいものを書くだけですけどね。
では皆さん今年もよろしくお願いします。
そして次回もよろしくお願いします。
感想等お待ちしております。