VTシステムの暴走事件の翌日。一度事件が起こってしまった以上トーナメントを続ける事は難しいという判断が下され、今年のトーナメントは中止となった。
二年生や三年生の実力を見る事ができなかったという事でお偉方としては面白くない展開ではあるだろうが、それぞれの立場を考えると致し方なしと理解したらしく、一週間もあれば各国へ帰還していくだろう。
とはいえ未だ事態の収拾としてはいまいちといったところだろう。多方面に顔が利く生徒会メンバーはそれぞれが忙しく動いている。
一方俺はというと、いくら世界でも2人しかいない男性操縦者と言えど、"更識"やそれに仕える"布仏"という看板を持つ他メンバーと比べると遥かに顔は利かない。むしろ話をややこしくするだけだろう。
そんなわけで現在日が赤く染まりつつある夕方。医務室で待機を命じられている。
何故医務室かというと、事件の中心であるボーデヴィッヒが未だ目覚めていないためだ。
レーヴァから向こうでの出来事は全て聞いて知っているが、やはりVTシステムの暴走は彼女自身の身体への負担は相当に大きかったらしく、身体の内側の至る場所がダメージを負ってしまったらしい。
そして俺は実際に相手をした責任とボーデヴィッヒの監視という名目で、彼女の眠っているベッドの横の椅子で医務室待機だ。
右眼の酷使の影響もあり、右眼を開けば痛みが走るという状況を報告したところ、休んでろと言われてしまった事もありその療養も兼ねている。
正しく言えば、右眼を開けば能力が勝手に発動してしまうというのが正しいのだが。一種の暴走のようなものだ。
右眼を使ったままで痛みを堪えられるのは約10分。それに対してレーヴァとボーデヴィッヒが向こうで対話していたのはこちらの時間にして約20分。その間、こちらではボーデヴィッヒが喋らなくなったVTシステムと切り合っている間、度々解除していたとはいえ右眼の能力を発動させていたのだから少々無理をした。
幸いにも俺への肉体的なダメージは無いが、これは今回仕込まれたVTシステムが、当時の織斑千冬の動きというデータのみの単調な動きしか取れない欠陥システムだったことが功を奏した。
故に現在は、眼鏡を掛けている時はヘアピンで留めている髪の一束を下ろし、眼鏡をした上で右眼を隠した状態にして右眼を閉じている。生徒会の面々以外にはまぁバレないだろう。
医務室にいるのは俺とボーデヴィッヒだけ。つまり他に医務室で寝ていなければならない程の怪我人は出なかったという事だ。VTシステムによる追撃を貰った織斑も当日のメディカルチェックと機体整備だけで済んだとの事。本人は自分でVTシステムをどうにかできなかったとどこか不服そうに見えたが、怪我がなかっただけマシだろうと当事者の1人であるデュノアに言われてしまえばぐうの音も出ないと黙り込んでいた。
IS委員会が動いているらしいレベルの大事とはいえ、学園内での被害が出なかったのは不幸中の幸いというやつだ。後はボーデヴィッヒが目を覚ませばひとまず人事被害としては万事解決なのだが、それはもう少々の時間がかかるだろう。
しかし誰もいない、誰も来ないとなれば話し相手はレーヴァ以外にもいないのだが、そのレーヴァは整備中で今はいない。別にずっと居ろと言われているわけでもないが、食事や消灯時間以降以外に医務室を長く開けているわけにもいくまい。つまり鍛錬もできない。言ってしまえば暇というわけだ。整備の参考書も随分と読み進んでしまった。
まぁ、仮に待機を命じられていなくとも鍛錬くらいしかやる事もない。身体も傷付いていないというのに休みとは何とも微妙な気分ではあるが、鍛錬ばかりでもよくはない。と思っておくとしよう。
「む、まだ目を覚ましていないのか」
そんな鳥の声や風の音くらいしかない静かな医務室に音が増える。
「……織斑担任か」
「ああ。昨日はご苦労だったな、欄間」
「生徒会としての仕事をしたまでです。むしろ本来ならばもっと早くに出るべきだった」
「しかしおかげで被害は出なかった。織斑も、随分と冷や冷やさせてくれたがまぁいい経験にはなっただろう。これを機に精進して欲しいものだな」
くっくっと笑いながらそんな事を言って来る。
「担任は、アイツに指導してやらないので?」
「乞われればいくらでもしてやるさ。だが、織斑自身がその気になって私のところに来ないのならば私は奴に手を貸すつもりはない。無理矢理指導してもアイツは上手くいかんからな」
「オルコットは吸収自体は早いと評価していました。しかし如何せん真剣さに欠ける。強くなるという気概があっても目標も皆を守るというだけの曖昧と来ている」
「そうだろう? アイツは昔から自分自身でやると決めた事には熱くなるんだが、そうでなければどうにも上手くいかんきらいがあってな。だから私も待ってるんだが……これが中々来ない。守ると誓うのは別に悪くないんだが、ISに乗るという意味の現実が少し見えていないのかもしれん」
「とはいえ今回でISの危険性は理解できたでしょう。前回の無人機は中身がいませんでしたからね。今回のように人間が入っているISが暴れれば、流石にわかるでしょう」
「だといいがな。ISに乗るという意味、戦うという意味、そしてその力で誰かを守るという意味、深く考えた上で一夏自身の見解を持ってほしいものだ。その上で教えを乞うというのならば私も全力で相手をしてやろうというものだが……」
「そこはアイツ次第でしょう。尤も、連勝していたところで一度負けたのもいい経験だ。例えそれがVTシステムという決して褒められた代物じゃなくとも、負けっていうのは貴重な経験になる」
「その通りだ。と言ってもお前が負けているところは見た事がないがな」
微笑を浮かべてはいるが、確かにこちらを品定めするような流し目。未だにお互いが他人のいない同じ空間にいる時はお互いを警戒するように肩肘張るのは変わらない。それだけ向こうにとって俺は不可解な存在であるし、俺にとっても織斑千冬は身構えるだけの価値と力がある相手だ。いつ、見通されるかわかったものではない。
「簡単には負けられない理由があるんですよ、俺にも。後ろに守らなければならない生徒がいれば、尚更だ」
「なに、更識が去年突然雇った召使が、偶然にも2人目の男性操縦者としての適性が発覚する。というのは少々気になるものでな。それが生身でも腕に覚えのある様子の男とくれば、武人の端くれとしては余計に気になるというものだ。専用機を介して束との繋がりがあるとなれば尚更な。以前連絡があったのは約1年前。あの時はまだそんな素振りを見せなかったが……あの他人にまるで興味のない人見知り兎をどうやってたった1年弱で飼い慣らしたんだ?」
「偶然に過ぎませんよ。偶然"更識"のお眼鏡に適った男が、IS適性までもを持っていただけの事だ……それと、篠ノ之束を飼い慣らした覚えはありません。あの兎から勝手に頬をすり寄せに来るだけですよ」
「くっくっ……あの束がなぁ……。今ばかりは顔を合わせれば傍迷惑な事ばかり持ってくるアイツにも会ってみたいものだ。お前の前ならばどんな私の知らない顔で出て来るのやら……」
性格の悪い笑みを濃くする織斑千冬。久し振りに篠ノ之束を弄れる要素ができたと言わんばかりの意地悪な顔だ。元々どういう触れ合い方をしているのかは知らないが、世界最強と天災の付き合いも一筋縄ではないようだ。
「……で、別に俺や織斑の事が本題ではないでしょう」
「くく……まぁそうだな」
流石に切り替えも早い。僅かに笑みを押さえ切れていないが。
「事態は、どこまで把握している?」
「VTシステムによるものだという事くらいは。ドイツが何を思ってシュヴァルツェア・レーゲンに仕込んだのかはわかりませんが、彼女を取り囲む環境を思えば、ドイツ軍も一枚岩ではないのだろうと予想はできます」
レーヴァから聞いた話によると、随分と部隊の面々はボーデヴィッヒに肩入れしているという。それならばその面々がVTシステムなどというものを彼女に機体に仕込む事を容認するとは考えづらい。つまりは軍内部での
「ほう、アイツらの事も既に調べたのか。そうだな、そこまでは私も同じ見解だ。アイツらがラウラに対して害になるような事を許すとは思えん。特に副隊長となった者はコイツを妹のように可愛がっていたからな」
織斑千冬がドイツ軍で教鞭を振るっていた事を知っているという事も伝わったのだろう。隠すつもりはないらしい。
しかし先程から少々教師の皮が剥がれてきている。気にはしないが。
同時に雰囲気も僅かに和らいでるようだ。どうやら彼女は会話を通して相手を知るタイプらしい。剣を通して語るタイプかと思っていただけに、少し意外だ。
「となれば秘密裏に行われた可能性が高い。まぁ確かにドイツ軍はどうにも気分の悪くなる連中もいた。私の前では気のいい人間を装おうとしていたようだがな。特別不可解な事でもないだろうさ」
「とはいえひとまずはボーデヴィッヒも学園の庇護下に入る。こうして俺が監視という名目で置かれているのも、ボーデヴィッヒが目を覚ますまでの間、彼女を守れと言う意味が含まれているのは明白だ」
「だろうな。しっかり守ってやってくれ」
「仮に俺が守れなくとも、担任達が動くでしょうに」
「教師の介入はなるべくない方がいいものだ。確かに私達が動けば間違いはないだろうが、それを最後の手段にするための生徒会でもある」
「わかっていますよ。でなければ生徒会長が学園最強である意味が薄れる」
生徒会長を学園最強の生徒が踏襲していくというのは、生徒同士の競争意識を利用した成長の場を設けると共に、何かが起きた時に学園を守るための最強の牙を得るための行為でもある。楯無が生徒を守るのが生徒会の仕事だと口にすることが多いのは、それを理解しているからだ。対暗部用暗部であるというのも理由の1つではあるだろうが、学園での彼女はどちらかというと生徒会長として動いている。
尤も、その代わりに普通の資料仕事はサボりがちなのが玉に瑕なのだが。
「ところで……」
「なんですか?」
「お前の剣には大いに興味がある。後でどうだ?」
「お断りします。世界最強に挑む程自惚れちゃいません」
「はっはっは。冗談だ。断るとも思っていたさ。尤も、興味があるのは本心だが」
篠ノ之束とは違う意味で疲れそうだ。
「しかしアレだけの腕を持ち、それだけ厳しい眼をし、笑いもせずにどこか近寄りがたい雰囲気を出している。だというのにそんなお前の周りには自然と人が集まる。不思議な奴だな」
「何か特別な事をしているつもりはありませんよ」
「だろうさ。お前は本質がそういうものなんだろう。自分を偽っても漏れ出ているのさ」
「……アンタはこの短期間でどこまで見えてるんだ」
「くくっ……警戒するだけ損だったな。お前も、私も」
言葉の通り、既に雰囲気は完全に和らいでいる。警戒する必要が無いと判断されたらしい。
「最初に見た時は召使という形とはいえ、目付きにしろ一挙手一投足にしろとんでもない奴が学園に来たものだと思ったが……中々どうして悪くない」
「そりゃどうも……」
「よし、後は任せたぞ。私も暇というわけでは無いからな」
「元よりそのつもりです。落ち着いたら声の1つでもかけてやるといい」
「ああ。もう教官ではないが教師としてそいつにものを教える立場なのは変わらん。機会はいくらでもあるさ」
そういって愉快そうに去っていく。また面倒な人に目を付けられたものだ。会話するだけで見透かしてくるのは得意ではない。
尤も、話し相手として悪い相手ではないだろう。アレだけの人望があるのも頷ける。普段厳しい癖に、眠っているボーデヴィッヒに対しても、途中からは俺にも柔らかい視線を向けていた。普段何と言おうと生徒を想うのは本当の気持ちなのだろう。
彼女も難儀な立場だ。世界最強の名は変わらず、教師として担ぎ上げられているのだから心労もまた多いだろう。こちらも少し認識を改めた方がいいかもしれない。
しかし、早く目を覚まさないものか……。
当初の予定と違って千冬さんが普通にいい感じになりました。もっと分からず屋というか、そんな感じを想定していたので私本人も少し予想外です。書いてる本人の想定通りにいかないのは、脳内でしかプロットがないので割とあるあるです。
もっと構想を固めて書ければいいんですけどね。どうにも上手くまとまりません。なのでそのまま書いてます。行き当たりばったり書きたいこと書いたもん勝ちです。
そんなんだからオリジナル作品が書けないんですけどね。
では次回もよろしくお願いします。
感想等お待ちしております。