バレンタイン外伝は……外伝に慣れてないのもあってちょっと厳しいですね。書いてみれば捗るのかもしれませんが……。この作品の時間で二月だと、生徒会メンバー(簪除く)と束さんとクロエさんでしか外伝が書けないのが難しいところです。アイーシャとかも書きたいですけどまだその時点だと面識がないですからね。
「やあ」
「お邪魔します」
今回の登場は、いつの間にか空いていた寮の部屋の窓から一陣の風に乗った金木犀の香りと共に、窓縁に腰かけていた。クロエ・クロニクルはその横、部屋の中の方に佇んでいるが、普段から閉じている両眼の上から更に目隠しのようなもので覆っているようだ。
「……まだ秋ではない筈だが」
「年中どんな植物であっても育てる程度束さんにとってはお茶の子さいさいってやつさ。気温気質湿度その他諸々。群生環境を整えてやればいいだけなんだからね」
最早慣れてしまった篠ノ之束の襲来である。俺にプライバシーなどというものはこの2人の前では存在しない。いつでも見られているだろうし、それを俺は別に気にしてはいない。
何故ならその監視とも取れる行動の中には、俺への暗い感情など混ざってはいない。俺の事を心配しているが故のバイタルチェックを並行した監視なのはわかっている。監視、盗撮には変わりないが。
「お疲れ様だったね仁くん。取り合えず落ち着いたようだから、話に来たよ」
相変わらず優しげな笑顔を浮かべる顔は非常に穏やかだ。尽きない探求心の賜物である寝不足によって刻まれた隈を除けば、の話であるが。
「そうか。そっちのやる事も済んだという事だな。立ち話も何だろう。上がっていくといい。茶の1つでも淹れる」
「はい。VTシステムに携わった研究所は、既に地上に1つとして残っていません。死傷者もゼロです。……尤も、職場を失った後にどうなるかは本人達次第ですが」
「全く。あんな不細工な代物を世に出して恥ずかしくないのかな? 束さんならちーちゃんの動きを完全にトレースできてなお人体の保護機能は最低限付けるね。作らないし作る意味もないけど」
「まぁ、そんなところだろうとは思っていたが、仕事が早いな」
「くーちゃんにもお願いされちゃったらそりゃもう束さんのやる気はフルスロットルさ! それに、娘にあんなものを付けられたんだ。落とし前は付けてもらわないと」
「……そうか。そういえば2人で来るのは久し振りだったな。ラボの方はいいのか?」
「今回は【黒鍵】のカモフラージュ効果だけじゃなく、レーヴァちゃんに付けたのと同じ電波阻害や他の諸々も炊いて来てるからね。これで駄目ならちょっとお手上げ。直接潰しに行くしかなくなるね」
「黒鍵……ああ、だからクロニクルは目隠しなんてしているのか」
クロニクルの両眼がISの起動の鍵であろうことは察していた。恐らく失明しているだろう事も、両眼の閉じ方がごく自然である事からわかる。
通常人間が長く目を閉じる時は、力が変に入ったりしてしまうものだが、彼女にはそれがない。両眼を閉じる事に慣れているのだ。
そしてそれでいて視界を得ている事からハイパーセンサーによって視界を得ているのだろう。生体同期型ISである黒鍵ならではといったところだろうか。
両眼を開きたくない理由はいくらか思いつくが、生体同期型と銘打っている事からも、両眼がISの待機形態と考えるのがベターだろう。クロニクルの身体を震わせた反応を見るに正解だったようだが。
今も黒鍵の能力を起動したままなのだろう。つまり目隠しの向こうの両眼は開いている。それを見せたくない理由があるというのなら必要以上に聞く必要もない。
「紅茶だ。茶菓子はないが」
「充分充分。仁くんの紅茶は美味しいからねぇ」
篠ノ之束はすぐに口を付けるが、クロニクルは正座のまま動かない。
「……聞かないのですか?」
「わざわざ隠しているのにそれを暴こうとする程知識欲には飢えていない。見せたくないのならそれでいいし、見せたくなったら見せればいい。俺も人に隠している事なんていくらでもある」
「隠してるで思い出した。ほら仁くん右眼を見せたまえ」
「……やはりバレているんだな」
「束さんが君の事で知らない事はそう多くないのだよ。ほら見せるんだよハリーハリー」
「どうせ無理矢理でも見るつもりだろうに……やれやれ」
右眼を覆う髪を持ち上げ、ピンで留める。するとすぐに眼前に篠ノ之束の顔がずいっと寄って来て、両手で頬をホールドされる。これだけで万力に固定されたように物理的に頭が動かなくなるのだからとんだ規格外だ。それでいて頬に必要以上の圧迫感もない。どういう触り方なのか皆目見当もつかないが、篠ノ之束という
観念して右眼をゆっくりと開く。酷い痛みが走り、同時に起動中であるクロニクルの【黒鍵】の情報と、篠ノ之束の使用している手提げ鞄型の持ち運び拡張領域、ともいえるだろう物の情報が頭に流れ込んで来る。ついでに篠ノ之束の身体の至る場所から情報が流れて来るが、恐らく服や身体にISの技術を応用した道具をいくらか仕込んでいるのだろう。
「こりゃ酷い。常時起動したままか。痛みもそのまま積み重なってるでしょこれ」
「……ッああ、そのようだ」
「君の右眼は使えば使う程負担が大きくなる。通常発動するISの情報を得る解析眼だけなら、一定の起動時間と情報量を超えなければ問題ないけど、ここまで負担がかかっていると結構辛いでしょ?」
「眼を開かなければ問題はない……。左眼だけでも戦えはする」
「そういう事じゃないの。言ってるでしょ。君は十全でいてもらわないと困るって。私だって人並に心配はするんだからね」
最近わかった事がある。篠ノ之束は真剣な時の一人称が「束さん」から「私」に変わる。
表情や声のトーンだけでは見抜きづらいおふざけと真剣は、彼女の場合そこでわかる。つまり、今は真剣だ。
「……そうは言っても今どうこうできるものでもないだろう」
「うーん。そうだねぇ。流石の束さんでも神の所業ともなると理解が追いつかないね」
でも、と区切って続ける。
「神の所業と言われたものを悉く人間の利用できる形まで落とし込むのは私みたいな科学者達の1つの目標。なら私はそう時間を掛けずに君の能力を解明してみせるさ。この世界で束さんにわからない事なんて、他人の心だけでいいのさ」
「……その他人の心を理解できないから妹に嫌われているんじゃないのか?」
「うぐぅ! あの時は暴走気味だったんだよう! 今は悪いことしたと思ってるってば!」
「本人に言わなきゃ伝わらないぞ。縒りを戻すのに一番なのは対面して話す事だ」
「……君がそれを言う?」
「……まぁ、そうだな」
他人と関わるつもりのなかった俺が言うには少々無責任な発言だった。と右眼を閉じながら思っておく。
「しかし実績はある。更識姉妹のようにな」
「そうだねぇ……」
機会ならいくらでも作れるだろう。会いに行く口実なんてすぐに思いつくだろうし、篠ノ之箒の周りから一時的に人払いするのも彼女ならば容易いだろう。しかしそれをしないのは、気まずいと思う気持ちが残っているのか、もしくは新しく芽生えたのか。それは俺にはわからないが、今の彼女にとって邪魔な感情となっているのは間違いないだろう。
機会は待っていても来ない。特に彼女の場合はラボから出る機会は滅多にないのだから尚更だ。自分から動くのが肝要なのは本人もよくわかっているだろう。
「まさか今更になってここまで頭を抱える事になるなんて思わなかったよ……」
「それだけ今まで他人を軽視していたという事だ。これから慣れることだな」
「あーもう! とにかく! 私が解析してどうにかできるようになるまで無茶はしない事だよ! いくら私でも視力を持った義眼は作れても本物の眼は作れないし、君の特殊な視力の回復も難しいんだからね!」
「わかったわかった……状況にもよるが努力はするよ」
「そういう状況にならないのが一番だけどねぇ……」
「歯切れが悪いな」
「うーん……どーにも最近アメリカの方がキナ臭くてねぇ」
「アメリカ?」
珍しく顔を曇らせながらそう切り出してくる。いつもならクロニクルがここらで説明を変わるが、何か考え事をしているのか上の空といったところの様だ。
「アメリカとイスラエルが軍用の第三世代として共同開発を進めているらしいISがあるんだ。その名も【
「軍用ISね……それだけなら軍拡や防衛としてよく聞く話だが」
以前の無人機事件の際に襲来した二機の無人機もまた軍用機クラスだった。俺が相対したのは武装がブレード1本の代わりにシールドエネルギーが桁違いという代物だったが、軍用ISというものが俺にとって少々苦い記憶であることには変わらない。
「うん。別にそれだけなら私も気にしなかったんだけどね。搭載されてる娘の様子が少しおかしいんだ」
「コア人格の様子が?」
「うん。元々尽くすタイプな娘なんだけどね。どうにもそれを拗らせちゃったみたい」
「それだけ聞くと別に平和なんだが……」
コア人格にもいろいろな人格があるのは理解している。レーヴァに言わせれば【ブルー・ティアーズ】のコアは"メイドのような感じ"。【甲龍】のコアは"元気一杯"。【シュヴァルツェア・レーゲン】のコアは"しっかり者で優しいお姉さん気質"。とまぁそんな感じだと言っていた。【白式】については上手く接続できずよくわからないらしい。
「まぁまず空気が良くないらしいよ。ISが生まれてからこっちアメリカはちょっといい噂は聞かないね。あの
「なんだ?」
「今回のVTシステム。私の見立てが正しければまず間違いなく亡国が一枚噛んでるよ」
自分でも眉間にしわが寄るのが実感できる程に俺は顔をしかめたらしい。
「本来のVTシステムなら暴走したとしてもそこで終わり。研究所から持ってきたデータを解析した通りなら搭乗者の意識を飲み込んで暴走するだけの筈なんだ。ああ、勿論データは破棄したよ。あんなものいらないからね。君の万分の一も興味がそそられなかったよ」
「……続けてくれ」
「うん。そもそもとしてドイツ軍がアレをあのチビッ子のISに積むメリットが薄いんだよね。データの収集や各国への威嚇だとしても、あそこまでの暴走だとラウラ・ボーデヴィッヒ少佐という貴重な人的資源が失われかねない。だというのにアレを搭載させたって事は、ドイツ軍の内部に相当ヤバい奴がいるか、外部からの圧力もしくは介入か。それかその両方か。ここまでは君もちーちゃんも辿り着いてたね」
あの時も見ていたらしい。当然と言えば当然と思えてしまうのがこの人だ。
「それで、今回ドイツ軍と連携していた研究所ではVTシステムの過改造はできてなかったんだ。ある時までね」
「ある時?」
「唐突にデータが生えて来たんだ。私並の科学者なら天啓だーってなるんだけど、そういうわけでもなかったみたい」
「それで外部からの介入が濃厚で、それに乗せられた連中がドイツ軍の中にいると?」
「そういう事。それでその外部介入が亡国である可能性が高い」
「根拠は?」
「無人機事件での君と相対した無人機だね。そっちの無人機は束さんは手掛けてないから、機材を盗られてからのあの短期間でアレを開発した事になる。それだけの技術力を持った誰かがいるなら今回の件も不可能じゃない」
「……成程。そうしたら今度は亡国の目的が見えないな。IS学園を揺さぶりに来ているのはわかるが、その理由だ」
無人機事件にVTシステム事件。どちらも狙いはIS学園だ。それも篠ノ之束のラボから窃盗を働くなどという、現状世界で最も高いリスクを払っての暴挙と言える。
狙いがわからない。強いて言うのならば。
「白式かレーヴァテインが狙い……か?」
「その可能性はかなり高いとみていいだろうね。もしくはその搭乗者であり世界で2人だけの男性操縦者の君といっくんかな。各国の専用機を狙うならその国を狙えばいいだけの話だからね。各国のバランスを保つ為か知らないけど委員会の暗黙の了解として秘匿する事になってるから公にはなってないけど、既に何ヶ国もISを奪われてるんだ」
やれやれ。と頭が痛くなってくる。元々のこの世界の事を知っていればある程度先読みもできるだろうが、生憎この世界で生きて来た以上の情報は俺にはない。
「気を付けて、なんて無責任な事を言うつもりはないよ。私もフォローを惜しむつもりはないからね」
「俺より織斑の方を気にした方がいいんじゃないのか? アイツはまだ弱い」
「いっくんにはちーちゃんがいるからある程度なら大丈夫。口では何て言っても結局ちーちゃんにとってのいっくんはオンリーワンだからね。本当に不味いようなら手の届く範囲に居さえすればちーちゃんが出張ってくるはずだよ」
ただ、と前置きを1つ置いてから。
「【暮桜】がない今のちーちゃんだと間に合わない事は充分に考えられる。学園の【打鉄】でも十分なスペックは引き出せると思うけど、多分乗らないだろうし」
「乗らない?」
「うん。ちーちゃんは暮桜を降りてからはISに乗っていないよ。ドイツ軍での指導の時の実戦訓練以外ではね」
そういえば授業中ですら彼女がISに乗っての指導はなかったな、と思い出す。
「なんで引退したのかも、乗らないのかもわからないけどね。まぁちーちゃんは生身でISを相手にしても守りに徹すればやられないくらい強いけど」
「……規格外もいいところだな」
「そんなちーちゃんでも間に合わなければどうしようもない。最低限いっくんの方も警戒するけど、私は君を優先するよ。いっくんやちーちゃんには悪いけどね」
「あの2人の方が俺よりも付き合いは長いだろうに」
「付き合いの長さと入れ込み度合いはイコールじゃないのさ。ちーちゃんは確かに親友だし規格外の超人だけど……私の事を理解はできなかったからね」
少しだけ寂しいような、悲しいような、泣きそうなような微笑みを見せた。
「……まぁ、アンタがそれでいいならいい」
彼女の考えの否定なんて事はしないし、織斑を守れなどと頼む事もない。
彼女が彼女なりの考えで動くのなら、俺は俺で学園内では生徒会として動くだけだ。どうせ生徒を守れなければ楯無達は悲しむのだ。それは好ましくない。
しかしまた頭痛の種が増えてしまう。亡国からのアクションで取り返しのつかない事になる前にこちらから行動を起こせればいいのだが、生憎亡国の拠点は不明だ。向こうから来るなら叩いて捕えればいいのだが、今のところ無人機とVTシステムの細工しかしていない。本人達が来ないのでは尋問もできない。
当面は後手に回り守りを固め、相手が痺れを切らして人員を送ってきたところを狙うしかなさそうだ。楯無にも諸々伝えておく必要があるだろう。
「やれやれだな……」
「取り合えず君は安静にしておくこと! だからね!」
「わかってるよ。そうそう何度も事件が起きてたまるか」
「ならいいけどね」
彼女は話を区切り、一息ついたと言わんばかりに冷めてしまった残りの紅茶に手を付ける。
代わりに今度は、クロニクルが篠ノ之束に顔を向ける。
「……仁さんなら、いいでしょうか。束様」
「んー? くーちゃんがいいって決めたなら束さんは何も言わないよ。くーちゃんの全てが私のモノってわけじゃない。もっとくーちゃんは自分の好きなようにしていいんだよ」
「……ありがとうございます」
そう頭を下げると、再びこちらに向き直る。
「仁さん。今から見るものはお見苦しいものかもしれません。ですが、束様が誰よりも心を許す貴方には、見ておいて欲しいのです」
頷きで肯定を返す。すると後ろに手を回し、目隠しにしていた布を解く。
布が外れされ、隠れていた両眼は見開かれており、その双眸をこちらへと晒し出す。
本来ならば白い筈の眼球は黒く、どこまでも暗い。
そしてその中央に輝くのはボーデヴィッヒに似た金の瞳。今もISが稼働中という事を示すように、瞳から放たれる事は本来ないであろう光を爛々と輝きを放っている。
見苦しいなどとは思わない。むしろ逆だ。
「……綺麗な眼だな」
「……え?」
「確かに人とは違うかもしれないが。だからと言ってそれが醜かったり見苦しかったりするとは限らん。俺の右眼も人とは違うからな」
痛みをできる限り無視して右眼をゆっくりと開く。今自分で見えるわけでは無いが、能力が発動していれば俺の右眼の瞳は水色だ。
「人と違うのならそれはお前の持ち味の1つになる。難しいかもしれないが、誇っていい事だ」
そもそも、と1つ置いてから。
「その持ち味を否定するものが現れたなら篠ノ之束が黙っていないだろう。変に心配せずに胸を張ることだ。その方が相手には良いように自分が映る」
本当に予想と違った言葉を俺は投げかけたのか、眼を見開き、両手で口元を覆って止まってしまった。
「そうそう。くーちゃんはどこをとっても可愛い束さんの娘なんだからもっと自信を持っていいんだぞう!」
そう言いながらクロニクルに抱き着く。
「ありがとう、ございます……」
僅かに涙を貯めてそう微笑んだ。俺の表情は……恐らく変わってはいないのだろうが、表情でなくとも言葉で伝えられるのならばそれでいいのだ。
「……いくら仁くんでもくーちゃんはあげないよ?」
「どうしてそうなる」
……また頭が痛くなってきそうだ。
クロエさんは、束さんがある程度人間らしさを取り戻している事でそれに影響されて原作より人間らしい感じです。仁と関わる事もしばしばあるのでそれにも当てられてますが。
束さんは真っ白です。もういっそこのまま白兎で駆け抜けてしまえ。
代わりに束さんの予想が正しければ亡国が真っ黒です。原作より真っ黒です。原作の黒さは、亡国があまりにも語られなさ過ぎて微妙に灰色がかってる気もしますけど。
最近仁もだいぶ口が軽いというか、本当に柔らかくなりましたね。といってもそれは純粋な関わった時間によって生まれた信頼による生徒会組、過去を見た事による束組+ラウラ相手だけですけどね。他の相手ならもうちょっと硬い感じ。
もっと硬い感じで進めるのを想定してましたが、想定は実際書くとよく崩れるので仕方ないですね。いつも通りです。
では次回もよろしくお願いします。
感想等お待ちしております。