しかし話は進まない模様。
――SIDE 織斑一夏――
最近、ようやく男子の大浴場使用許可が出た。と言っても火・金曜日かつ夜の20時以降、という条件は付いているが。
週二日、という待遇は少々世間でいう女尊男卑のそれを感じるが、IS学園は女子の割合が99%を超えているのだから当然の処置とも言える。そもそも寮監である千冬姉が少し無理を押し通して確保してくれた二日間だ。感謝はすれど文句など出ようはずもない。仮に文句など口にした暁には出席簿で数多の脳細胞を破壊されるのは目に見えているが。
普段は部屋のシャワーで済ませてしまうが、こうして湯船に浸かってじわりじわりと全身の疲れが抜けていく感覚は何にも代えがたいものだ。特にセシリアや鈴に滅茶苦茶しごかれた日とか、火曜か金曜でなければ疲労が抜けきらない。
あの2人、この前の学年別トーナメントでまた仁に思いっきり負けたからって気合が入っている。しかもあの事件以来明らかに俺達への対応が丸くなったラウラに、俺に付いてくる形でシャルル……改めシャルロットことシャルまで加わった。そうなると切磋琢磨というやつで、妙に全員気合を入れて特訓している。最早俺の特訓を手伝うという元々の目的よりも、本人達の訓練に俺と箒が混ざっている。というような構図だ。
セシリアはフレキシブルとかいう技術を追い求め、鈴は接近戦の強化と衝撃砲の予測困難な撃ち方の研究、ラウラは何に触発されたのかトーナメントの時とはまるで違う戦い方を練習し、シャルはさらに多くの武器種に手を出している。
流石代表候補生達というべきか、彼女らが本気で練習していると酷く差を感じる。俺がセシリアに勝てたのは全くの初見殺しと油断を付いたものだった。そもそも経験量からして全く違うのに勝てたのは偶然と運が重なっただけだと思い知らされる。
事実として俺は模擬戦でセシリアに全く近付けない。近付けても近付くまでにかなり削られているため【零落白夜】なんて使ったら俺が落ちる。かと言って使わなければショートブレード【インターセプター】によって【雪片弐型】による攻撃は少しの間とはいえ対処され、その間にビットに撃たれる。
つい最近になってから仁としているという模擬戦の影響か、明らかにショートブレードの展開速度も使い方も上手くなっている。俺としてはかなりやりづらい。
鈴も鈴で、接近戦の上達が非常に速い。しかも鍔迫り合いになど持ち込もうものならば肩付近の衝撃砲が火を噴く。鈴の目を見てどこを撃つか確認するのは中・遠距離ならばともかく、零距離で反応が間に合うはずもない。見事に吹っ飛ばされ、そのまま一気に最高速まで到達した鈴にあらゆる方向からなます切りにされて終わり。というわけだ。こればかりは恨むぞ仁。
強くならないといけない、とは思う。無人機の時も、ラウラの時もそうだ。無人機の時は鈴と2人……いや、セシリアの加勢で3人でようやく無人機を破壊。しかも俺は油断したところを撃たれて気絶だ。しかし後で話を聞いてみれば、仁は1年4組を背に守りながら1人でもう一機の無人機と戦っていたらしい。途中からもう1人参戦したとは聞いているが、それでも守りながら戦うというのは、完全に標的としてロックされていた俺達とは全く状況が違う。何より回避行動にも攻撃に出るにも制限がかかりすぎる筈だ。事実、仁は酷い怪我を負って俺よりも随分と復学が遅れた。
詳しく見れたわけじゃないが、ギプスで完全に見えなくなっていた右腕と右足の骨はバラバラだと言われた。打撲程度で済んだ俺は運が良かっただけなのだろう。
ラウラの時は、油断しなかった。けどまた気絶させられた。
後で当事者として映像を見せてもらったが、やはり仁は強かった。一撃としてラウラの攻撃を喰らわずに、時間を稼いでいるように見えた。
『欄間が何をしているかわかるか?』
とは情報漏洩対策として隣で一緒に映像を見てた千冬姉の問い掛けだ。
『時間を稼いでる……のはわかる。VTシステムって負担が大きいんだよな? だからラウラがダウンするのを待ってるんじゃないのか?』
『まぁ、10点だな』
ピシャリと切られた。千冬姉は口角を僅かに持ち上げ、映像を見ながら続ける。
『アイツはラウラの動きを完全に読んでいる。何故全ての攻撃に当たらないかと言えば、攻撃パターンを覚えたからだ』
『そんなこと……ありえるのか?』
本来動きを読み切るなんて難しい。セシリアのように死角にビットを一つ配置するとか、そう言う癖を見抜くならまだしも、全てなんて普通じゃない。
『VTシステムの弱点だ。この時点でラウラは意識を取り戻しているが、動きは私のそれだ。鋭く速く重い一撃であっても、機械的にどこからどう動くかさえわかれば対処は容易い。欄間はそれをすぐに見抜き、最初は攻撃のパターンを読む事を、その後はどのパターンが来るか、これだけで対処して見せている。そしてもう1つ』
つまり洞察力と判断力。そして事件が起こっている最中であるというのに圧倒的に落ち着いている冷静さ。これが仁の強さの1つなのだろう。
『欄間はこの場面、ラウラと【シュヴァルツェア・レーゲン】にハッキングのような物を仕掛けている。どうやっているのかまでは不明だが、恐らく間違いないだろう。鍔迫り合いに敢えて持ち込む場面が多いのも関係しているとは思うがな』
『なんでそんなことまでわかるんだ?』
『終わればわかるさ』
終わりは唐突だった。急にラウラの動きが止まったかと思えば、泥のように変形していたISが溶けるように待機状態のレッグバンドへと戻っていき、鍔迫り合いをしていた仁にふらりと倒れ込む。仁はそれがわかっていたかのように剣を手放して受け止めた。
『今のは……』
『時間を稼ぎ内側からVTシステムを退けた、と見るのが現状では有力だろう。何故こんなことができるのか、だとかこの歳にしては落ち着き過ぎている、だとか純粋な戦闘能力が妙に高い事も含め気になる事はいくらでもあるが……まぁラウラはさっぱりしたようだし、欄間も中々どうして話してみると面白い』
くくっと笑ってこちらに向き直る。
『一夏。足踏みしていると背中すら見えなくなりかねんぞ。まぁ、決めるのはお前自身だ。自分の思ったように進んでみろ』
少しだけ時間を貰っている。俺は、どうしたいのか。
強くなりたい。それはそうだ。千冬姉の名前を、箒を、鈴を、シャルを、皆を守れるようにならないといけない。
どうやって? セシリア達との特訓も悪いわけじゃないのだが、多分足りていない。けど千冬姉に迷惑はかけられない。
「考え事か、織斑。あまり呆けているとのぼせるぞ」
「うおお!?」
突然風呂場に声が増えた。跳ね上がるように顔を上げると、たった今扉を開けて入って来たという様子の仁がいた。
下は軽く巻かれたタオルで隠れているが、それ以外は当然ながら素肌だ。実を言うと初めて見た。仁は着替えの時も基本的にどっか行ってるし。
普段は細く見えるが、細い中に非常に引き締まった筋肉が詰まっている。細マッチョだ。それもかなりガッチガチの。腹筋とかバッキバキだ。
しかしもっと目を引くものがある。肩まで達した右腕の生々しい火傷痕と、肘辺りまでとは言え同様の左腕の火傷痕。そしてラウラに切り裂かれたらしい二の腕の切創痕。そしてなにより、右腕と右足は裂傷痕が数えきれない程にある。恐らくこれは無人機事件の時のものだろう。
普段ロンググローブや制服で隠れている腕や足がこんなことになっているとは予想していなかった。
「め、珍しいな。時間が被るなんて」
「そうだな。まぁ確保されている時間に対してたった2人だ。そうそう会う事もないだろう」
基本無口で自分から会話を振る事は殆どない。かと言って話しかければ邪険に扱われるわけでもなく受け答えはしっかりする。しかも鈴に言わせれば聞き上手。
瞳の色は今までに見た事のないような、夜の闇を彷彿とさせる真っ黒。漫画的表現をするのならばハイライトが無い、と言っても的を射てると思う。そして顔をしかめたりはするが最近は一切笑わない。夜竹さんとのコンビで無表情コンビなどと呼ばれていたくらいには本当に笑わない。ああいや、入学当時は少しだけ苦笑とか、そんな感じで笑みを見せた事はあった気もする。最近はそれすらなくなったが。しかしのほほんさんとかと話している時の声の抑揚はちゃんと感情が籠っている。
そんな何ともちぐはぐなのが、欄間仁だ。
「そんなに意外か。俺とて湯に浸かりたい時はある」
「あ、ああ……なんていうか、そういうイメージはなかった」
「オルコット達にしても、人を化物か何かとでも思っているのか」
少しだけ撤回しよう。VT事件以降少し丸くなった気がする。言葉で言い表しにくいが、なんていうかこう……少しだけ雰囲気が軽くなったような気がするのだ。どこか吹っ切れたような、そんな感じだ。
とはいえ普通に近寄りがたい存在のままであるのも未だ変わらない。クラス代表決定戦の時にボコボコにされたのが無意識に心にキテるのだろうか。
心にキテる、と言えば以前彼に放たれた一言だ。アレが時折頭をぐるぐると回る。
『俺の周りの人間に害が無いのならどうでもいい』
『俺は一定範囲以上を守れるなんて驕ってないんだよ』
『全てを守るなんてのは御伽噺の空想に過ぎない。そんなものに憧れているのなら今のうちに改めておけ。お前が本当に守るべきものを取り溢したくなければな』
わからない。なんでアレ程に強いのに、その手を広げないのか。
わからない。本当に、そう思っているのか。
わからない。誰かを見捨ててもいいと言いながら、なんであんな悲しそうな目をしたのか。
「……なぁ、仁」
「なんだ」
彼のことを知らない者なら誰もが少なくとも一瞬は怯むだろう闇色の瞳をこちらに向ける。
「俺は、弱いかな」
「ああ、弱いな」
即答される。わかっていた事だ。俺は【白式】という力を手に入れた。欠陥機と千冬姉に称されたという事を加味してもなお、俺が白式を使いこなせていない。力というのは、振るう者に全て左右されるのだ。
ラウラを止めるために放った、あの一点集中の【零落白夜】は手ごたえがあったが、まだまだその程度じゃない。仁に負けてから、今まで見てなかった公式戦のビデオで食い入る程に見た千冬姉の零落には程遠く及ばない。
「強いってのは、単純に力が強いってものじゃない。テクニックとか、そういうのもきっと違う」
「じゃあ、どういうものなんだ?」
「聞くばかりだな。まぁ、構わんが……」
少しだけ呆れを表情に浮かべ、すぐにまた無表情に戻る。
「織斑、お前は強くなったとして、どうしたい」
「どう、って……」
「言い換えれば、一種の誓いのようなものだ。愚かしくてもいい。誰かと噛み合う必要もない。お前はどうしたい」
「俺が、強くなってどうしたいか……」
仁が、浴槽に背中を深く預けて両目を瞑る。
「俺は……前に言ったな。俺は俺の守りたいもの達を守る。定義が曖昧なせいで変動はするが……」
「……もし、お前にとって守りたいものでなかったら、どうするんだ?」
「そうだな……例え話をしよう」
こちらに髪で隠れていない左目を向け、息を一つ吐いて続ける。
「落ちたら助からないような高さの崖に、本音と織斑が捕まってたとする。無論ISは誰の手元にもなく、助けられるのは1人だけ。こんな時なら俺は迷わずに本音に手を伸ばす」
「……」
「もしお前1人しか捕まってなければお前に手を伸ばすが。自分に関係ないからと見殺しにする程枯れてるわけでもない」
「……そうか」
つまり、仁が言いたいのは取捨選択だ。いざという時誰を切り捨てて誰を助けるかの究極の択。その基準を自分の中で定めているんだ。
「織斑なら……そうだな。篠ノ之と名も知らない誰かがそうなった時、どうする」
「俺は……」
そんなの、決まってる。
「2人とも助ける。何があっても、何をしてでも。どっちかを選ぶなんて、できない」
「……そうか。それならそれがお前なんだろう」
そうだ。仁を前にしたからって何を悩んでたんだ。俺が強くなってする事なんてずっと決まってる。
「俺は皆を守る。誰かを選ぶ事ができないなら、誰もに手を差し伸べる」
仁の目が鋭くなる。その目を知っている俺ですら気圧されそうな鋭く冷たい目。だけど、何故か俺は目を逸らすことなく真っ直ぐに見つめ返す事ができる。
「茨の道だぞ。力で誰かを守るという事は、誰かを傷付けるという事に他ならない。誰もに手を伸ばすというのならばその傷付けなければならない相手まで、お前は守るというのか」
「わからない。でももし戦う前でも、戦った後でも、話して分かり合えるなら俺はそうしたい」
「綺麗事だな。話が通じない相手なんてごまんといる」
「なら、話をしてくれるようになるまでいくらでも粘って見せる」
「その過程でお前やお前の周りが傷付くかもしれないぞ」
「そうはさせない。俺が守り通す」
「どうしようもない邪悪な心を持った人間もいる」
「なら俺がその心を晴らしてみせる」
ふぅー。と大きく息を吐いた仁が、目を細めてこちらを真っ直ぐに見る。
「……そうか。覚悟は決まったって事か」
「ああ。もう迷わない。俺は、織斑一夏は、そうやって進む」
以前セシリアや鈴が言っていた。仁が目を細めるのは、機嫌がいい時だと。笑わない代わりのほんの僅かな感情表現だと。
「……いい目になったな。そうだ織斑。人間っていうのは、きっとこの時が一番強い」
「ありがとう仁。なんていうか、やっと心に一本の筋が通ったような、そんな感じがするんだ。千冬姉の背中を見てるばっかじゃない"俺"が、やっと見えたような気がする」
「自分にとって大事なものを決めておくだけで人間は折れにくくなる。今のお前は、さっきまでより強い」
さっきまで目の前が曇っていたような気さえする。成程、これが仁の言う強さか。
確かに腕力でも、技術でもない。心の持ちよう1つでここまで変わるなんて、思ってもみなかった。
「……しかし、その支えになるべきものが無くなれば一転して脆くなる。覚えておくんだな」
「わかった。でも、俺はそうならないように、守って見せる」
「……後、熱くなるのはいいが」
ん? と思ったが少し遅かったらしい。
「言わんこっちゃないな……」
ぐらり、と視界が揺れたかと思えば、不自然な位置でその視界の移動が止まる。
「湯に浸かりすぎたな。語るのに熱くなって頭の方にも随分熱が溜まっていたようだ。……まぁ俺のせいでもあるか。歩けるか?」
「あ、ああ……」
「誰かを守る前に、自分の管理をすることだな。織斑」
「はい……」
のぼせるとは……何とも締まらない覚悟の誓いになってしまった。
―― 後日 ――
「いい顔になったな。一夏。焚きつけられたか」
薄く笑みを浮かべる世界最強を前に緊張なんてしなかった。当然だ。何年も2人で生きてきたんだから、仮にそれが世界一の人間であっても緊張なんてしない。
「頼みがあるんだ。きっと、今までで一番の頼みが」
千冬姉はなんだかんだ忙しい。世界最強という称号は、面倒な事も多いのだと酒が入っている時に溢す事が、極稀にあった。ストレスも多く溜まっているはずだ。けどそれを、俺に見せる事は本当に稀だった。
だからこそ、家の全てを俺が片付けていた。たまに帰って来る千冬姉に楽をさせたかったから。
だからこそ、バイトで千冬姉の負担を減らそうとし、高校も就職率の高い藍越学園に行って早く1人で稼げるようになりたかった。千冬姉を助けられるようになりたかったから。
だからこそ、――頼らないようにしていた。俺の都合で、千冬姉を助けるとは真逆の事を押し付けたくなかったから。
でも、それじゃ前に進まない。自分で自分のために何かをやろうとするのは、久し振りだったかもしれない。
「ようやくか。随分と待ったものだ」
ずっと2人で生きてきた姉弟だ。言わんとすることは、察してくれる。
「私に指示を乞うのならば、弟とて容赦はせんぞ」
「わかってる。だからこそ、他の誰でもない千冬姉に頼むんだ」
「……ああ、本当にいい目を、いい顔をするようになった」
顔を綻ばせ、いつもとは違う笑みを見せたかと思えば、瞬きのうちにその顔は引き締まっていた。
「私もドイツの経験で加減というものを学んだ。潰れん程度のギリギリまで扱いてやる」
「望むところだ」
……この日は、部屋に帰ってから一歩も動けなくなったのはまた別の話だ。
一夏の覚悟回。早いかな?と思いましたけど話数的にそんな事はない。と結論を出した結果でした。
では次回もよろしくお願いします。
感想等お待ちしております。