この疲れ果てた正義の味方に平穏を!   作:ブラック企業アラヤ2

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第1話 英霊召喚

  全てに疲れきっていた。

 自身の歪な理想をどれだけ歩み続けてどれだけ憎んだだろうか。

 記憶が擦り切れてかけがえのない存在であった人たちの名前や顔さえも思い出せなくなるくらいくだらない後始末をさせられたのに、そのくせ『正義の味方』とやらには一向に近づけない。

 

 誰かを救うということは誰かを救わないことであるということは生前から分かりきっていたことだ。

  それは法則にも近しい、決まりきっていることだ。だが、それを容認出来ない青臭い少年()がいた。

  私は愚直にこの手を汚しに汚しても掲げた理想は叶わなかった。

 最早そこには後悔しか残らなかった。

 その行いに生産性などなく、無意味であることは理解していた。

 しかし、理想に生き、理想を実現するために奔走していた過去の自分を殺したくなるほどには忸怩たる思いをしていたのだ。

 

 所詮、私は衛宮切嗣という男のあり方を投影した紛い物であり、何を救うべきかも定まらない壊れた機械には『正義の味方』を張り続けることなど不相応だったのだ。

 

 だからこの終わらない悪夢を終わらせる。

 自ら(エミヤシロウ)過去の自分(衛宮士郎)を否定することによって。

 客観的に見れば、俺がやろうとしていることは八つ当たりそのものなのだろうが俺はそれさえ出来ればいいのだ。

 故にその機会だけを待ち続ける。もちろん、それが果てしなくゼロに近い確率だということは分かっている。

 だが、それに賭けた。そうしなければ自身の存在を許容できなかったからだ。

 ただその時だけを希望にして、守護者という汚れ仕事をここまで続けてきた。

 

 

 

 

 

『何言ってるんですか、ダクネス!! 紅魔族随一の魔法の使い手であるこの私が召喚するのですから、カズマが言ったえすえすあーるとやらもきっと引けます! うおおおおおおお、来い! 最強の英雄よ!!』

 

 

 

 突如、何者かの声が聞こえてきた。

 なぜ私の座に召喚者の声が響き渡っているのかは皆目見当もつかないが、今度の主はなかなか勢いのある人物であることは理解できた。

 あいにく私は最強の英霊ではないが、呼ばれているのだから行くしかないだろう。

 

 

 自分以外は剣しか存在しない世界が徐々に薄れてゆく。

 それこそ固有結界が現実世界を侵食していくかのように。

 もう何度経験したのか分からない召喚される時の独特の感覚。

 

 この感覚を実感することによって、初めて守護者たる私が自身の仕事を始める決意が出来る。

 

 

 

 こうして英霊エミヤは次の戦場に行くのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、では行くとしようか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「へえ、英雄を召喚する魔道具ね」

 

「ええ、そうです。とても高価で素晴らしい物なので取り扱いには注意して下さいね」

 

 

 

 デュラハンのベルディアの討伐後、あの駄女神が召喚した大量の水によって、アクセルの街の入り口付近の家々が流され洪水被害まで引き起こしたことにより俺は総額3億4000万エリスの弁償を命じられた。

 

 ベルディアを討ち取った報酬である3億エリスというその膨大な額の金を実際に手にすることは叶わず、借金返済に回すことを余儀なくされてしまった。残りの借金である4000万エリスを返すためにクエストを受けてちょびちょび返済してはいたのだが、よくよく考えてみれば俺が多額の借金を背負うことになったのはパーティーメンバーが想像以上に癖のある奴らだということから生じていた。

 

 知力と幸運以外のステータスはカンストしているアークプリーストであるアクアは思慮の浅さゆえに様々な厄介ごとを持ち込んで来る。

 回復魔法と支援魔法の腕は認めるがそれを差し引いてもマイナス方向に行ってしまう馬鹿さとバッドラックには目も当てられない。もう少しだけ、考えてから行動してくれると有り難いのだが彼女の頭では無理だろう。

 

 生まれながら高い知力と魔力を持つ紅魔族出身のアークウィザードであるめぐみんは魔法に関しては卓越した才能を持っているが世間でネタ魔法と呼ばれている爆裂魔法以外のスキルは取得する気がないという頭がおかしい奴だ。

 この前、それで死んでしまっては元も子もないだろうと説得を試みたが爆裂道を極めている最中に死ぬのもまた一興です、と言い張った。

 爆裂魔法を扱うあまり、彼女は自分の頭まで爆裂してしまったのだろうか。

 爆裂魔法を撃ち込んで毎日毎日、彼女を背負って街まで運ぶ俺の身にもなって欲しいというものだ。

 

 そして、力と耐久力にスキルポイントを全振りしたクルセイダーのダクネスはメイン盾として使えるが不器用さのあまり攻撃が全く当たらないポンコツ女騎士に仕上がっている。

 それならば、攻撃スキルにポイントを割り振れば問題が解決すると思いきや彼女のマゾヒスティックは加減を知るどころか限界突破しており、攻撃スキルをとるとモンスターの攻撃を楽しめないという強い主張により聞き入れられることはない。最近、どうにかして彼女の性癖を治そうと試みているが進展なし。

 

 そして俺は最弱職の冒険者ときたものだ。

 全ての職業のスキルを習得できるという利点こそあるがスキル取得には大量のポイントが必要不可欠であり、その強みも活かすことは困難である。

 ここまで来ると器用貧乏という四字熟語があるがまさにその言葉は俺のために出来たのではないか。

 

 そんなわけでどうにかして儲け話、または戦力を向上させるようなものはないか情報を仕入れるために、元凄腕の冒険者であり、アンデッドの王「リッチー」でもあるウィズが経営している魔道具店にパーティー全員で赴いたというわけだ。

 

 『剣なら刀工に。家を建てるなら職人に』とこの世界ではよく言うらしい。ならそれに倣って儲け話なら商人に、というわけだ。

 しかし、現実はそんなに甘くはなかった。

 ウィズ曰く、そんな話があるならこの店は赤字になんかなっていないそうで計画は一瞬にして破綻した。確かに彼女が提供している商品はどれも産廃もしくは初心者冒険者の街であるアクセルで販売するには高額すぎる代物ばかりだ。

 とはいえ話を聞くだけ聞いて帰るのもウィズに対して失礼なのでこうして店内の商品をみんなで物色していたところにめぐみんが英雄を召喚出来る魔道具を発見したのだ。

 

 

「英雄を召喚するって、そんなこと出来るのか?」

 

「100回に1回ぐらいは出来るそうですよ?」

 

 

  大輪の花が咲いたような錯覚を覚える眩しい笑顔でウィズは答えてくれた。

 でもそれって完全に失敗作だよね、とかSSR排出率1パーセントじゃなくてガチャ成功率が1パーセントって不良品じゃないかなんて野暮ことは言わない。

 真の男女平等主義者であると自負している俺でもウィズにそのようなことを言うのは憚れる。そもそもそんなことを言った日にはウィズの追っかけ冒険者たちに俺はボコボコにされる覚悟をしなければならない。

 彼女は商いに関してポンコツリッチーかもしれないが、女性としてはエリス様に次ぐ魅力の持ち主だ。

 うちのパーティーメンバーはともかく、優しい彼女に失礼なことはあまりしたくなかった。

 

「100回に1回成功するだけでも凄いわよ。バカズマには分からないでしょうけど、英雄なんて規格外な存在を現世に留められるだけでも秀でた魔道具よ、それ」

 

「なんで英雄が規格外な存在なんだよ? 英雄って言ってもただの人だろ。なら召喚するだけなら魔力を消費するだけでどうにか出来るんじゃないのか? RPGの基本だろ。後、バカズマって呼ぶな」

 

「はぁー、全くこれだからカズマはアホでクズで変態なのよねー・・・・・・・って痛い痛い!! 私が悪かったから頭グリグリしないでえええ!!」

 

 

 アクアの言動にイラっときた俺は両手で握りこぶしを作り、こめかみ辺りにねじ込みながら圧迫する技、通称グリグリ攻撃を繰り出す。

 あまりの痛みのあまり、アクアが泣きついて説明するから許してくださいと懇願してきたので解放してやった。

 

 やたら長ったらしかったアクアの説明を簡潔に纏めると英雄というのはその死後に輪廻の枠から外され世界の危機、つまり、人類滅亡の危機といった事態に世界が瀕した時に抑止力として召喚される守護者みたいなものだというのだ。

 その存在のことを英霊と呼び、彼らは生前に鍛えた能力や所有していた武器を使い、世界を滅亡に追いやらんとする要素を潰して行くんだとかなんとか。

 

 何それかっこいい。颯爽と現世に現れて颯爽と事態を解決して消える存在とか格好良さすぎではございませんか。

 

 

「何はともあれやってみる価値はありそうだな、ここは幸運値が高いカズマがやってみるのはどうだろうか?」

 

「お、ダクネス、たまにはいいこと言うな。強い英霊を召喚して高難易度クエストをこなさせて自堕落な生活でも送るとしようか」

 

「止めておきない、カズマ。そんなことしたら、あんた殺されるわよ?」

 

 

 アクアがこれまでにないくらい真剣な顔をして俺にそう告げた。

 いつもこんな感じだったら女神だと認識出来るのだろうが・・・・・・殺されるとはどういうことだろうか。

 

 

「いい?カズマ、英霊といっても必ずしも善性を持った存在とは限らないの。英雄の中にも悪いことをした結果、それが人々の救いになったっていう反英雄もいるわ。そうね、日本人であるカズマに分かりやすく言うならジャック・ザ・リッパーを英霊としてこの場に召喚されたらどうなるか分かるでしょ?」

 

 

 切り裂きジャック、通称ジャック・ザ・リッパー

 

 1888年にイギリスの首都ロンドンで発生した猟奇殺人事件の犯人の名称であり、世界でも最も有名な未解決殺人事件といっても過言ではない。

 スラム街で売春婦5人をバラバラに切り裂き、当時の英国の人々を恐怖させた話は異国の地、日本でも有名で俺さえも知っている伝説の殺人鬼だ。

 そんな反英雄をこの場に召喚でもしたら、どうなってしまうのかはいうまでもない。

 ことの危険性に気付くことができた俺はこの魔道具の使用を自粛した。

 

 

「まあ、魔力のステータスがゴミなカズマにはこの世界に英雄を呼んで維持するのは不可能なんだけどね。カズマがその魔道具を使った瞬間に干からびてあの世に直行コースよ。おそらく、このアクセルでこの魔道具を使用できるのは私とめぐみんとウィズだけね」

 

 

 さらっと人が気にしているステータスをゴミ呼ばわりするクソ女神にスティールして神器であるピンクの羽衣を売って借金を一気に返済しようかと画策したが、知らず識らずのうちに人生の終わりにリーチしかけていたのを助けてくれたので踏み止まった。

 

 

「っていうか、英霊召喚ってそんなやばいことなのか。ゲームだとあんなに簡単に召喚してるのに」

 

「そりゃそうよ、本来ならこの世に居てはならない存在を無理やりこっちに呼ぶんだから、そのリスクが召喚者に還ってくるのは当然と言えば当然でしょ?」

 

 

 なるほど、英霊を現世に繋ぎ止めるのが召喚者の役目っていうことか。

 

 

「それにその魔道具は一応、このお店の商品ですから勝手に使わないで下さいね?」

 

 

 ウィズがぐうの音も出ない正論をぶちかます。

 そもそもこの魔道具を購入していない時点で俺たちはこの魔道具を使用する権利はないのだというのに何を舞い上がっていたというのか。

 

 

「さて、何が出るかな? 何が出るかな?」

 

「ちょ、めぐみん! おま、何やってんの!? 何か魔道具が光り輝いてますけどぉ!?」

 

「何って、英霊を召喚しようとして魔力をこの魔道具に流し込んでるだけではないですか?」

 

「お前、アクアの話聞いてた!? 人格が良くてかつ優れた力を持つ、そんなSSRランクの英霊なんて引けるわけないだろ!」

 

 

 爆発するポーションをイチオシ商品として売り出すウィズが自信を持って凄いと言ってきたあたり、この産廃魔道具からは真っ当な英霊が召喚できるとは思えない。

 これで反英雄なんてものが出てきた時には俺たちはここでお陀仏だろう。

 

 

「落ち着くんだ、カズマ。なに100回に1回の確率なんだ。どうせ失敗するさ、仮に反英雄なんてものが召喚されたとしても私の防御力を持ってすればカズマたちを逃すぐらいは出来るだろう」

 

 

 ダクネスが俺の肩にぽんと手を置いて励ましてくれる。

 流石はクルセイダー、中身は残念でも台詞が立派ならこうまでも凛々しく感じさせるとは恐ろしい奴。

 しかし、よく彼女を見てみると後ろで纏めた長い金髪が振り子のように揺れているのは気のせいだろうか。どんな苛烈な攻撃だろうと耐えてみせると頰を紅潮させながらダクネスは叫んでいるが俺は何も見なかった。あんな奴をちょっとでも凛々しいと思った俺が馬鹿なわけではない。

 

 それはともかく、確かに確率からして英雄なんかが出て来るわけないか。

 出現確率1パーセントのガチャを100回引いても、4割近くの人は外れるって言うし。

 

 

「何言ってるんですか、ダクネス!! 紅魔族随一の魔法の使い手であるこの私が召喚するのですから、カズマが言ったえすえすあーるとやらもきっと引けます! うおおおおおおお、来い! 最強の英雄よ!!」

 

 

 めぐみんから魔道具に膨大な魔力が流れていくのが身体全身で感じられた。

 その魔力があまりにも濃厚なため、体ごと壁に叩きつけられるような感覚を覚える。実際、棚に陳列されている商品がカタカタと音を立てながら床に落下しそうになっているところをウィズが必死に支えている。

 

 目前には目を開けることさえ躊躇われる光が店内中を照らしているため、反射的に目を瞑ってしまう。

 

 やがて、肌に突き刺さるような魔力の波が無くなりフラッシュバンを想像させるような光も消え去ると何者かの気配を察知した。

 俺の所有スキルである敵感知スキルが反応したわけではない。

 魔法に精通していない俺でも感じられる、感じてしまうのだ。

 眼前にいるであろう何者かが桁外れの魔力を帯びていることが判る。

 間違いなく人以上のモノ、英霊が存在していることが否応なしに認識できた。

 

 恐る恐る目を開け、召喚魔法のように現れたそいつを確認した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サーヴァント・アーチャー。召喚に応じ参上した。これより我が剣を君に預けるとしよう。マスター、指示を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「ま」」」」」

 

「ま?」

 

「「「「「マジでええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!???」」」」」

 

 

 

 


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