この疲れ果てた正義の味方に平穏を! 作:ブラック企業アラヤ2
「シロウ、私の日課に付き合ってくれませんか?」
私がめぐみんによって召喚されて早2日。
私としてはこの世界で自身の力量がどこまで通用するのか高難易度のクエストを請けて確かめたかったのだが、パーティーのリーダーであるカズマが「もう痛いのはこりごり。冬の危ない時期は内職系冒険者としてやっていこう」などという戯言を残して土工のクエストを受けて早々と仕事に出かけてしまった。
そんなこともあり、主にこの2日間は討伐クエストといった危険なクエストを受けることもなく、ギルドの料理長やギルドで臨時の受付を担当するなどといった雑用クエストをやっていた。
ほぼ一日中ギルドで働いていることからこれでは冒険者ではなく、ギルド職員に就職したのではないかという錯覚まで覚えかけた。
後、私が受付を担当している時だけやたらと女性の冒険者が私のところに列を作るのは一体どういうことだろうか。
同僚のルナに話したところ、彼女も同じような経験をしたことがあるらしかった。
彼女の場合は女性ではなく男性が長蛇の列を作るそうだが……原因は不明である。
まあ、そのことはともかく割と忙しい日々を過ごしたこの2日間だったが今日はめぐみんから自身の鍛錬に付き合って欲しいと言われ、こうしてアクセルの街から雪の積もった草原へと足を踏み入れた。
彼女は修行として毎日攻撃魔法を撃ち込みに出かけるそうなのだが、昨日はまだ私を召喚した際の魔力消費に対して戻った魔力が少なく念の為休みを取ったそうだ。
「そういえば、この世界の魔法を見るのは初めてだな」
「ふふ、シロウは運がついてますね。異世界からやってきて初めて見る魔法が私の魔法なのですから」
確かにこの世界で魔法使いとして、選りすぐりの才能を持つ彼女の魔法をこの目で見れるだというのだから私はついているのかもしれない。
めぐみんは深呼吸をして息を整える。
その顔つきは日常に見せる少女のものではなく、一人前の魔法使いのように感じられた。
そして、膨大な魔力がめぐみんの杖の先に流れて行き、光が灯る。
小さな光だとしても侮ることなかれ。
あの光の中には凝縮しためぐみんの魔力が込められている。
繰り出される魔法がどういったものか想像出来ないが当たれば私でもタダでは済まない……いや、相当の深手を負うことになると直感が叫んでいる。
「『エクスプロージョン』ッ!」
杖から放たれたその光はまさに光速を名乗るのに相応しい速さで目標である廃城へと吸い込まれるように向かう。
直後、地面が揺れた。
映画で見るような大爆発を思わせる強烈な光と辺りの空気を振動させる轟音と共にめぐみんが放った魔法はこの大地をも揺らしているのだ。
一つ訂正しよう。
あの攻撃魔法を喰らえば、相当の深手を負うことになると考えていたが……私の素の防御力ではあの攻撃には耐えられず、即死することになるだろう。
タメが少々長いのが欠点だが1発分の威力は桁外れであり、目測ではあるがギリシャの大英雄でさえ、当たれば無事では済まないはずである。
その突出した攻撃力もそうだが、1番凄いのはめぐみんの保有魔力量だろうか。
あれだけの魔力を消費してもなお、凛として立っているなど……
「ふぅ、それじゃあ今から倒れるのでアクセルまでおぶって下さいね、シロウ」
そう言い残してめぐみんはばたりと崩れように倒れた。
「ん?」
果たして一体何が起きたのだろうか。
あの攻撃魔法を使用した反動を受けているのか。
決して魔力がなくなったから倒れているわけではないと信じたい。
気のせいならばいいのだが、先程からめぐみんからの魔力供給が完全停止している。
これでは私の現界に支障が出るのだが、いや、さすがにめぐみんもそこまでアホの子ではないだろう。
私の召喚を嬉々として喜んでくれた彼女である。
私の存在を維持出来ないほどの大魔力を消費して私を消滅させるなどといった自滅をするわけが無い。
こ、紅魔族は知力が高いとカズマも言っていたし……
「お、やっぱりこうなったか。今回の賭けは俺の勝ちだな、アクア。ギルドに帰ったら飯奢れ」
「いやよ! だってめぐみんが爆裂魔法を使ってシロウ共々消滅するなんて思わないじゃない!! ねぇ、カズマさん、奢りは勘弁してぇ! もうお金ないのよぉぉぉぉ!!」
どうやらこの事態を予測していたらしいカズマとこの事態を予測出来なかったアクアが私たちの元へとやってきた。
詳しい話を彼らから聞いたところ、めぐみんは爆裂魔法という攻撃魔法の中でも随一の破壊力を持つ魔法の担い手であり、彼女は爆裂魔法しか扱えない、否、爆裂魔法しか扱う気がないのだという。
しかし、爆裂魔法はその破壊力と広範囲な魔法ゆえに消費魔力が激しく、熟練した天才級の魔法使いでも1日1発が限度だそうだ。
冒険者の間柄では爆裂魔法=ネタ魔法の公式が成り立っているほどであり、貴重なスキルポイントを浪費してまで習得するやつは引退した歴戦の冒険者か頭のおかしいやつしかないようである。
どうやら、めぐみんは頭がおかしい部類に入ってしまうらしい。
普段からめぐみんが爆裂魔法を撃ち込みに同行するカズマはこの事態を想定し、なるべく戦闘時以外は使用するなと口が酸っぱくなるほどめぐみんに言い、彼女もそれを了承したそうだがこの結果である。
カズマとアクアがここまでやってきたのも街の門から出ていくめぐみんと私を目撃したダクネスとその友人が2人に知らせてくれたからだという。
彼女とその友人には紅茶を淹れるどころか特製のフルコースでもてなさなければ最早私の気が済まない。
召喚3日目で死にかけるのは聖杯戦争でもなかなかないことなのだから。
まあ私が未熟者だった時は初日から死にかけてた気がするが。ケルトの大英雄に一度は心臓を穿たれ、ギリシャの大英雄には身体を真っ二つにされかけた。ゲームで例えるのなら村人Aがラスボスに素手で挑むようなものである。生き残っただけでもお釣りが来るぐらいだ。
「ま、というわけでこのままじゃシロウが消滅するから魔力供給をサクッと行うか」
「何だ、カズマ……これから消滅して英霊の座に戻る私に何か用か?」
「ねえ、カズマさん。早くシロウにドレインタッチしてあげて。この子、完全に目から光が消えてるんですけど。息を吹きかけたらたんぽぽみたいに飛んでいきそうなんですけど!」
「だあああ! 消えるなぁぁ、シロウぉぉぉぉ!!」
「すまん、心配をかけた」
カズマが魔道具店を経営するウィズから教わったというリッチー特有のスキルであるドレインタッチを使ってアクアから私に魔力供給をすることで何とか私は生き長らえた。
めぐみんにとってあのエクスプロージョンという魔法を放つことが習慣である。ということは毎日私は魔力供給が上手くいかず消えかけることに直結する。
アーチャークラスのみが保有する単独行動のスキルにより、魔力供給がなくても2日ほど存命できるとはいえ、日常的にこの状況に陥るなど想像もしたくない。霊体化して魔力消費を抑えてめぐみんの魔力が回復するのを待つにしても残念ながら翌日には彼女(爆裂大好き少女)はあの魔法を使ってしまうだろう。それでは彼女からの魔力供給が上手くいかず私が消えてしまうし、戦闘面で役に立たないサーヴァントなど塵紙以下だ。
今は料理長代理という立場に甘んじているがそう遠くない日に闘いはやってくる。指を咥えて傍観者でいることは私にとってはなからない選択肢なのだ。
そこでカズマが考えてくれたのが彼が保有するスキルであるドレインタッチでアクアからめぐみんに魔力を手渡すという抜け道だ。しかし、めぐみんにもう一度爆裂魔法を放てるほどの魔力を渡してしまえば、今回の二の舞になってしまう可能性が高いため私が現界出来る程度の魔力しか渡す気はないらしい。
本来であれば、召喚者であるめぐみんに魔力供給をするべきなのだろうがカズマがアクセルに帰ったら椅子に縛り付けて説教するから魔力を回復させない方が都合がいいと言ったため、それに従うことにした。
今回ばかりは命の恩人であるカズマには逆らえない。
逞しく生きろ、めぐみん。
「まあ、めぐみんも悪気があってやった訳じゃないし、許してやって欲しい」
「許すも何も私はめぐみんに対して怒ってはいないさ。思わず、頭がフリーズしてよく分からないことを言っていたらしいが私は大丈夫だから安心してくれ」
「うんうん、シロウ偉いわよ。めぐみんは頭おかしくてネジも何本も飛んでるけど根はいい子なのよ」
アクア、それは貶しているのか褒めているのかどっちなんだ。後、頭を撫でるのはよしてくれないか。泣きたくなるから。
私はめぐみんを背負って二人と共にアクセルの街へと向かう。
彼女の無鉄砲な行動で危うく座に戻りかけたことで、これからめぐみんとやっていけるかどうか不安になる。
だが、彼女のすやすやと眠る寝顔を見てそのようなことはどうでもよくなってしまった。
元よりこの身はこの世界には干渉してはならない、否、そもそも干渉できないはずだったものである。
それがめぐみんに召喚されることで異世界にやってきたのだ。
であれば守護者としての汚れ役を遂行する必要がないということである。
だったら、彼女を見守ることに努めよう。
少なからず、それが今の私の存在意義であるのだから。
読者の方に指摘されたシロウの現界状態について修正しました。これでいいのかは分からないですけどとりあえずこれで維持です。