(仮)強い漢になりたい   作:トーマ@社畜

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私のはらぐろおじさん/後編

ブリオレットダイヤモンド。

涙型の大粒ダイヤを細かいファセットで囲うようにカットしたものを指す。ヴィクトリアン時代から親しまれているこのカットは、代表的なラウンドブリリアンカットと比べて何倍もの重量を必要とするため、希少価値と値段は必然的に高価になる。

そんなブリオレットダイヤモンドの中でも世界一大きなカラットのダイヤを使用し、チェーンやアクセントの細部まで高級品で作られたネックレスが1年前アイジエン大陸の小国家でオークションにかけられた。

最終的にネックレスは24億Jという巨額で落札されたが、落札者の情報が市場に漏れることも、ネックレスが一般に公開されることもなかった。

 

今日までは。

 

「今夜、レッドグループとその傘下の企業が開催する表彰パーティであの…24億Jで落札されたブリオレットダイヤモンドネックレスが公開される」

 

内々のパーティだが、トカゲの尻尾…グループの末端が漏らしたのであろう情報でマスコミが騒いだ。それにより、当主はパーティにマスコミは入れない、また参加者のカメラ等の撮影器具持ち込み禁止を宣言した。当然、警戒網が張られるだろうが…

 

「奪うなら、またとない機会だ」

 

緊急召集された蜘蛛_幻影旅団のメンバーに告げる。

 

「団長、そのネックレスは展示されるのか、それともどっかの女が付けてくるのか?」

「付けてたら、首ごと狩るね」

「フェイタン…それじゃダイヤがルビーになってしまうわ」

「今の所、パーティ会場に何かが持ち込まれた様子はない。多分参加者の誰かが付けてくる確率の方が高いよ」

 

招集場所の近場にいたのは、フィンクス・フェイタン・パク・シャル…オレを含めて5人だった。

 

「シャルの言う通りだ。おそらく女が付けてくるはず…狙うなら、警戒が緩むパーティの最中だな。会場潜入はオレとパク、外はフィンクスとフェイタン。シャルには中から操ってもらう…異論はあるか?」

 

全員が首を振り、嗤った。

 

 

 

 

<リュンヌ視点>

『もしもし!』

「あ、もしもしソーちゃん?」

スピーカーフォンで通話をする私の首に、アセナの手が触れる。極力それから意識を外し、呼んでいた専属メイドの三つ子にインカムと走り書きのメモを渡す。

 

『なんで、わざわざゾルディックの家電に?』

「ケータイ。電源切れてない?」

 

電話の向こうでソーちゃんがポケットを探る姿が目に浮かぶ。

 

『ワリ、充電しとく…。で、どうした?』

「うっかりゾルディックホイホイしてないか、心配になって」

『?』

「…してそうだね」

その場の誰もが溜め息をつく。自分の好意には正直なのに、どうして他人のソレには鈍感なのだろう?

 

『そ、そっちは変わりないのか?』

 

分かりやすすぎる話題そらしに、苦笑する。

 

「…家に叔父さまが来てるの」

『ゲッ!? ペスト野郎が…!? か…帰る!今すぐ!!!』

「明日からちゃんとやるんじゃなかったの? それにそうは言っても…ソーちゃん、叔父さまのこと苦手でしょう?」

『…ん。つーか、アイツが得意な奴なんているのか?』

「…フフ、確かにそんな人いないかも」

 

いたら多分、その人もペストみたいな『災厄』だね。

 

 

 

 

 

痛い程の視線、視線、視線…。

そんな数多の視線は、私の胸元にあるブリオレットダイヤモンドに注がれている。

 

競り落とされた時に話題になったこのネックレスをまさか叔父が手にしているとは。正規に落としたのか、なんらかの策を講じて手にしたのか…十中八九後者だろう。

内々とは言っても、元から母体が大きいグループなのだ。そんなパーティで私にコレを付けさせ、パートナーにする意味。

 

「ハハハ、皆リュンヌに夢中だね」

「…私ではなく、ネックレスを見ているのだと」

「謙遜しなくていいよ。さ、そろそろだ!!」

 

目を爛々と輝かせた叔父さまに手を引かれる。壇上ではお父様達の挨拶が終わろうとしていた。そろそろって、まさか…。

 

「マスコミの報道で知っている方も多いでしょうが、改めて。ホール中央にご注目下さい。私の義弟とむす………娘です」

会場に割れんばかりの拍手が鳴る。

「ありがとう、皆様。美しい宝石、ブリオレットダイヤモンドとそれに負けない輝きを持つ二人のダンスをお楽しみ下さい」

 

お父様の声を合図に、照明がこちらを照らしオーケストラが演奏を開始する。4分の4拍子、ブルースの曲調だ。

元より逃げ場はない。叔父さまのリードに合わせてゆっくりと曲のテンポに合わせて踊る。スローとクイック、ステップの数々。距離は必然的に0。

 

「叔父さま、お願いですから早くどなたかと結婚してください…!」

「こんっなに可愛い甥っ子がいたら無理じゃない?」

「無理じゃありません、全身全霊で協力致します」

「あははは」

 

私達が1曲踊り終わった所で、他の参加者もダンスに加わる。3曲続けて踊った所で、アセナが叔父さまへの電話を繋ぎにきた。

 

「ちょっと失礼」

ずっと失礼していて欲しい…。アセナから電話を受け取って、叔父さまはその場を立ち去る。

 

「お疲れさまです」

アセナがドリンクを手渡してくれる。

「ありがとう…。ここはいいから叔父さまを見ててくれる?」

「…。ソレイユ様の命で」

「これ以上後手に回りたくないの。引く気はないから、早く行って」

「………畏まりました」

 

一礼してアセナが叔父さまの後を追う。イヤな言い方しちゃったな…。

ドリンクを飲みながら会場を見渡すと幾人か見知った社員を見つけた。お互いに視線のみで挨拶する。皆、叔父さまが怖いのだ。この場で声を掛ける行為は慎んでいる。

 

 

 

が、しかし。

 

「一曲、踊って頂けませんか?」

そんな私にダンスを申し込む勇者…いや……。

 

男は黒髪で同じ色のスーツを着ている。額のバンダナと大振りなイヤリングが特徴的だ。

 

「…すみません、少し疲れてしまって。あなたのお相手の女性と踊ってはいかがでしょう?」

「! オレのパートナーがわかるのかい?」

「長身で金髪、赤いドレスの人」

男が口笛を鳴らす。

「すごいな、当たりだよ。どうしてわかったんだ?」

 

「ずっとあなたを目で追ってるから。それに、実は腕を組んで入ってくる所をたまたま見てたの」

「なるほど。半分はズルなわけだ」

「フフ。そういうわけで、お姉さんが怖いからご遠慮します」

「…それなら安心してくれ。彼女はオレの家族みたいな存在だ。間違っても嫉妬はしない」

男がもう一度、今度は膝を折る。

「オレと踊って頂けませんか?」

 

「…一曲だけなら」

 

フロアには音楽と人々の談笑が響く。曲に合わせてまたステップする。この男、リードに迷いが無い。

 

「ハンター協会の副会長が叔父さんってどんな気分?」

「どうと言われても…これといって何も」

「聞き方を変えよう。パリストン=ヒルが叔父さんってどんな気分?」

「…」

「この場合の沈黙は、『キライ』かな?」

「黙秘権を行使します」

「フーン…」

 

男が至近距離で私の顔を、じっと見つめる。

「…何か?」

「周りが…キミを秘匿するのがわかる」

「はい……?」

「キミは美しい。そのネックレスが霞む程ね」

 

「だから、…両方奪うことにする」

 

その男の呟きと共に、突然視界が闇に呑まれた。

 

「停電か?」

「社長!」

「リュンヌ様は…ブリオレットダイヤモンドは!?」

「早く明かりを!」

四方八方パニックだ。私は目を閉じ、手のひらを合わせて祈る。

いつか叔父さまに天罰が下ります様に。

 

呪詛を続ける間もなく、首に衝撃が走った。

 

 

 

 

 

<アセナ視点>

電話が終わったヒル様は、何故か会場に戻らず僕を伴い会場から離れた一室に入る。その部屋のカーテンは締め切られ、室内には会場を写すモニターが所狭しと並んでいた。

「…これは」

「いたいた!ホラ、ここ」

 

ヒル様が指差したモニターの中で、見知らぬ黒髪の男とリュンヌが踊っている。二人を見るヒル様はやけに嬉しそうだ。

僕がヒル様からモニターに目を戻した途端、パーティ会場が暗転した。ここは別電源らしく、明るいまま。モニターは半分が暗視カメラに切り替わっている。

 

「申し訳ありません、ヒル様。私は一度、リュンヌ様の元に戻ります」

「駄目だよ。これからが面白いんだから!!それにアセナ、キミはリュンヌにボクを監視するよう命じられた_ちがう?」

「何を言って…」

 

その時、リュンヌが首に手刀を受けた。

 

「…ッ!失礼します」

 

退室し、会場へと走る。漸く補助電源に切り替わったのだろう、徐々に会場に明かりが戻る。まだ混乱する人々の合間を縫い、リュンヌを探す。

旦那様や奥様の近く、モニターで映っていた地点、会場のどこにもリュンヌの姿がない…!他の執事やメイドも探しているが、同様に見つけていないようだ。

僕は踵を返し、廊下に出る。リュンヌを連れ去ったであろうあの男、もしくはその仲間が移動特化の念を使えると厄介だ。

耳元のインカムのボタンを押して部下に連絡を取ろうしたが、口が開かない。

 

「執事がそんなに焦るなって。パリストンの思う壷だぜ?」

僕は喜んで、足下の影に呑み込まれた。

 

 

 

目を開けると、そこは先ほどいたモニタールームだった。眼前でリュンヌのもう一人の人格、カゲとヒル様が対峙している。

 

「約束は守った、満足したか?」

「勿論さ!いや、素晴らしかったよ。アセナも最後まで見て行けば良かったのに」

「思ってねぇこと言うなっての、ホラよ」

カゲがブリオレットダイヤモンドネックレスをヒル様に投渡す。

「もうちょっと丁寧に扱ってくれないかなァ。これ高いんだよ?」

「うっせえ。約束のモンは?」

「ここに」

ヒル様が懐から取り出した封筒をカゲが引っ手繰る。それを開けながら、カゲは部屋の角へ向かう。リュンヌとカゲは、何と引き換えにこの『戯れ』に付き合ったんだ…?

 

「ヒル様どうか…、リュンヌ様…ソレイユ様も。お二人で遊ぶのはお辞め下さい」

「まさか!遊ぶなんて…ボクの行動は全て2人の為なのさ」

「…どうか」

深い礼をするが、多分このお方には届かない。ふと、何かが燃えるにおいに気付く。においは、部屋の角からで…

 

「リュ…カゲ様?」

振り向いた目が紅く光り、瞬時に濃紺に戻る。手に握られた封筒は跡形もなく焼尽されていた。

 

「サラ…「ソレイユがいない夜だ、遊ぼうぜパリストン」

「いいねー。愉しい夜になりそうだ!!」

「「アセナ」」

「………何なりとお申し付け下さい」

 

悪魔達が嗤う、長い夜の幕開けだ。


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