そう、これは不良が子猫を拾った時に受ける『ジャ●アン効果』に似ている。
(by リュンヌ)
「それで…念を知らない、危うげなクルタ族を誘拐してきたの?」
頭が痛い、というようにアセナがこめかみを押さえる。現在、ソレイユとアセナはレッド家の別宅、その一室にいる。
「ゆ、誘拐じゃねーし!」
「じゃあ、本人の許可は?」
「…ってない」
「はぁ?」
「取ってないです、スンマセン」
「それを世間では誘拐っていうんだよ…はぁ〜………」
深い溜め息を吐いたアセナは、サングラスの位置と姿勢を正してから改めて口を開いた。
「まず、リュンヌや旦那様に直接アタックしなかったことだけは評価してあげる。そんなことしたら、リュンヌと旦那様のストレスが天元突破するからね。『誘拐』の後ろめたさがあったから、僕を呼び出したんでしょ?」
「…そうとも言う」
「そうとしか言わないんだけど。勘弁してよ…、自分の立場が本当に分かってない。レッド家のご息女が誘拐したんだよ?攫ったとこから、ここに来るまで一体何人に見られ、何台の防犯カメラに映ったと思う?」
「ぐ………。クラピカは、う…訴えたりはしねーと、思う、思いマス…」
「そうかもね。クラピカはしないかもね。クラピカは」
「…」
「…まあ、念を教えるにしても客人扱いにしたら…奥様の勘違いが怖い。一番マシなのは、執事見習いにすることかな」
「! いいなソレ」
「良くない。仕方ないからそうするだけ…。で、大事なのはここから」
「あ?」
「リュンヌはクラピカの前で女装、解いてないんでしょ?」
「当然!!!」
ソレイユに取って当たり前なのだ、リュンヌが『男の娘』なのは。
「はぁ〜〜〜………」
アセナの深く長〜い溜め息が部屋に響く。
主人の厄介事を片付けるのもまた、執事の『責務』だ。
<クラピカ視点>
ゾルディック家を後にし、皆と別れて数日。私は雇い主を求め、斡旋所を訪れた。しかし、パンクな格好をした店員は、仕事を紹介してはくれなかった。
彼女が口にした『ヒヨッコ以前の問題』『ハンター試験はまだ終わっていない』それが何を意味するのか。そして、一番の疑問。
「…何が見える?あたしの横にさ」
問いながら、左手は空を指す。…少なくとも、私には何も見る事が出来なかった。
「見えるようになったらもっぺんおいでよ。それがココの最低条件…」
頭の中で、言われた言葉を何度も反芻する。私には認知できない『力』、その正体を知り取得しなければ先には進めないのだろう。
「ど、どどどッ…!」
「?」
焦った様な声が前方から聞こえ顔を上げると、目の前に高い壁が出現していた。
「どいて下さい〜〜〜〜!!!」
「!?」
回避も虚しく、私は壁に激突した。
「ッ…!」
「う〜…、やっちゃった………」
恐る恐る目を開けると、壁と勘違いした大量のコンテナが周囲に散乱し、それを持っていた先ほどからの声の主_プラチナブロンドのセミロングの髪、メイドの格好をした少女がいた。歳は15歳程だろうか、大きなグレーがかった蒼い目をしている。そして、小さな体躯がどこか小動物を思わせた。
「その…大丈夫か?」
「! す、すみません!!」
「いや、私も考え事をしていて不注意だった。すまない」
未だ踞る少女に手を貸そうと、右手を差し出す。
「あ、ありがとうござ…ッ、!!」
手を取ろうとした少女の顔が苦悶に歪む。まさか…。
「足をくじいたのか?」
「…はい」
「病院に連れて行こう。肩を…いや、横抱きの方がいいだろうか?」
「! びょ、病院なんて…大丈夫です!」
「…そうは見えないが」
「この荷を届ける仕事の途中なんです。病院に行っている暇はありません」
少女の今までのオドオドとした口調と雰囲気は一変し、そこには強い意志が宿っている。しかし、負傷した足でこの大量のコンテナを引き続き運ぶのは難しいだろう。
「…であれば、一つ提案だ」
半日程かかって、絢爛な館に着いた。その玄関先にコンテナを固めて置く。
「ほ、本当にありがとうございました!!」
「いいんだ。キミが足をくじいてしまった一因は私だからな」
あの後、コンテナを変わりに運ぶことを申し出た。ゾルディック家の試しの門、その特訓が役立ったと言わざるを得ない。大量のコンテナはとても重かった。この少女が持っていた事が驚きだ。
「あの!良ければその、使用人用の宿舎があるのでそちらでお茶でもいかかでしょう?」
「好意だけ頂くよ。先を急ぐからな」
「そうですか…」
「ああ」
お互いに顔を見合わせ、微笑む。帰ろうと、踵を返そうとしたその時、
「ニト!」
「は、はいぃ!」
少女がビクッと肩を揺らす。『ニト』は道中で聞いた少女の名だ。館の中から、二人のメイドが現れた。一人は黒髪のショートカットでアーモンドのような目が猫を思わせる。身長が高く、日に焼けた肌が魅力を引き立てていた。そして、続くもう一人。ニトを怒気の籠った声で呼んだ人物は、ゆるくウェーブしたセミロングでグレイッシュな髪をポンパドールにして、顔には眼鏡をかけている。その冷たい視線から、怒りがありありと見てとれた。
「…遅れたワケを言いなさい」
「あ、あのぅ、その…」
震えるニトに、溜まらず助け舟を出す。
「彼女は、道中で私とぶつかり足を負傷した為、私が変わりに荷を運ばせて貰った。遅れたのは私の力が及ばなかったせいだろう、すまない」
「そ、そんなクラピカさん…!」
「ぶつかった、ですって?」
何故か、より一層、眼鏡越しの視線が冷たくなる。
「カズキ、貴方ニトに中身を伝えなかったのですか?」
『カズキ』と呼ばれた黒髪のメイドが、顎に手をあてて思案する。
「え?うーん。もしかしたら、忘れてたかもな!」
「…全く。ニト、箱を開けなさい。クラピカさん…でしたか?すみませんが、もう少々この場に留まって頂きます」
「「………」」
「アハハ!見事に粉砕されるか、ヒビが入ってるな!」
「笑い事ですか、衝撃が大きければ緩衝材も無意味。この割れたラバカのクリスタルガラスのグラス、ベースやボウル等の装飾品。ニトの給与何ヶ月分でしょう」
脂汗が止まらない。
「そ、その…私はハンターになったばかりで余裕はないんだ」
「…クラピカさん」
「な、なんだ!?」
ニトが満面の笑みでこちらにすり寄る。祈る様に手を合わせ、大きな瞳を潤ませて。
や、やめてくれ。
「確か、お仕事を探してらっしゃるんですよね?………ね?」
「あぁ、だが私の目的とする雇い主は「ご主人様方が、他の方達に引けをとるとは思えません。それに、執事の手が足りないと執事長が仰っていました」
「ですから、頑張って
「私は、執事長のアセナと言います。ニトさんからの紹介と、ラバカの件を聞きました。…御愁傷様です」
執事、というがスーツに身を包んだ私と同い年くらいの青年が名乗る。丸いサングラスがで表情は見えないが、その声で同情は十分に伝わった。
「…聞いているかも知れませんが、改めて。クラピカといいます」
私は応接室で、所謂_面接を受けている。逃亡は叶わなかった。
「なんでもハンター試験に合格したばかり、とか」
彼が紅茶を口にしながら、こちらを伺う。何か、そう…見定める目だ。
「ええ」
「…斡旋所には?」
「行きましたが、その…」
「断られたでしょう?」
「! はい。あの…どうして、断られたと分かったんです?」
サングラスの向こうの、伺い知れない目を見て問う。
「…ソレが知りたい、ソレを学びたいなら、ここはとてもいい環境にありますよ」
「今の発言は、ここで働けばソレを教えてくれると取っていいのでしょうか?」
彼は小さく頷いた。
無事採用され、配給されたスーツ(燕尾服は断った)一式を持ち、館の奥に立つ使用人用の宿舎に案内された。
「右が男子寮、左が女子寮です。深夜の行き交いは禁止されてはいませんが、オススメはしません。本分をわきまえるように」
「心配無用です」
「あと…従業員同士なら口調は崩して構わない。僕のこともアセナでいい」
「助かる。私もクラピカで構わない」
宿舎の中は、まだ時間が早いせいか人の気配はない。宿舎であっても隅々まで掃除されており、玄関から廊下まで清潔感と明るさがある。アセナに続いて階段をあがり、二階の角部屋へと案内された。
「ここがクラピカの部屋。隣は空いてて、向かいは僕だ」
部屋の鍵を開けて、アセナが中に入るように促す。それに従い中に入ると、宿舎の一室とは思えない広さと設備が目の前に広がっていた。
部屋の中央に大きなベッド、部屋のサイドには小さな冷蔵庫と大きなテレビにネット環境。洗面台とシャワーとトイレ。十分な収納スペースがあるクローゼット、簡易キッチン。
「…」
「一階に食堂と大浴場があるから後で見に行くといい。食堂は、バイキング形式。小腹が空いたら、食堂横にある棚にある飲食物はタダだからそこから持ち出してくれて構わない。洗濯は交代制、ランドリーバスケットを部屋の前に出してれば当番の者が洗って、夜にはボックスに入れておいてくれる。潔癖とかプライバシー的に嫌っていうなら、洗濯室に行って自分でやって。寮に関して、何か質問は?」
「い、今の所、特にないが」
「が…?」
「使用人にしては、過分すぎる施設と内容では…?」
「…それだけ大事にされてるってことさ。働きで応えることだね」
「ああ」
「部屋の前で待つから、着替えたら出てきて。随所、顔合わせに行こう」
「了解した」
目の前にそびえ立つ高層ビルを見つめる。噓だといってくれ。
最初にコンテナを運んだ場所は、雇い主の別宅の一つだったらしい。そのあとも幾つかの別宅、そして別宅の数倍の大きさの本邸、それぞれで働く庭師から料理長まで、会えた従業員の全てに挨拶をした。
そして、漸く雇い主に挨拶をすることになり、やってきたビル街。
「私の見間違いだろうか…レッドグループと書かれている気がする」
「間違いなく、レッドグループと書いてあるね」
「アセナ、契約書諸々にはそんな名前は出て来なかったが…?」
「派遣元のカンパニーと、その社長の名前はちゃんと出てたよ。大企業なんだから、従業員が何か問題を起こしたときには、すぐ切れるようにする対策さ。飴と鞭だね」
「…」
「何か問題でも?」
「その…ハンター試験の同期で、ソレイユとリュンヌがいて…友人になったのだが」
「…ここでは、友人の前に使用人、ね」
「…わかっている」
なんとも言えない、複雑な心境だ。
「旦那様と奥様は出張中。後日顔を見せるとして、ソレイユ様とリュンヌ様は執務室で歓談中、そちらに行こう」
乗ったエレベーターが上昇する。
ついこの間までの、ハンター試験の受験者仲間という関係から、主従の関係になる。どういう顔をすれば、正解なのだろうか。
「…その、クラピカ」
「?」
「リュンヌ様はあることで、ソレイユ様に対して大変お怒りだ。あまり過剰反応せずに見守ってくれると助かる」
「ああ…ん?リュン…リュンヌ様が怒るとは…ソレイユ様は一体、何を?」
「拾い物。詳細は秘密、たまにやる悪癖だよ」
会話をしている間に、目的の階にエレベーターが到着した。執務室の前には、
同じ顔、同じ髪型をした三人のメイドがいた。
「新しい執事見習いの顔合わせを、お二人にお願いしたい」
アセナの言葉に、メイドたちが頷き、一人が中に入っていく。一分も立たない内に、執務室の扉は開かれた。アセナに続けて室内に入り、礼をした。
「ソレイユ様、リュンヌ様。新しい執事見習いを紹介致します。ご友人と聞いていますが、ここは改めて」
「クラピカと言います。よろしくお願い致します、ソレイユ様、リュンヌ様」
頭を下げたままでいると、リュンヌから声が掛かった。
「頭を上げてください、クラピカ。お父様とお母様…それと親族達や公の場以外は『様』付けも、丁寧な口調もいりません。こちらこそよろしくお願いしますね」
リュンヌの言葉に胸を撫で下ろし、言われた通りに頭を上げる。
そして、目の前の光景に絶句した。