_天空闘技場。
<ズシ視点>
ゴンさんとキルアさんとの出会いは、彼らに対する驚きと畏敬_それと同時に、自分の矮小さを突きつけられているようなものだった。
しかし、師範代に己と他者を比べることの無意味さを解かれ、きちんと納得したのである。自分は自分を鍛えることだけに、迷わず努めれば良い。今日も、この試合にも。
「押忍!」
「…ん、よろしく」
試合開始と共に、気合いを入れて構えた。相手は目深に被ったキャップを軽く外し、挨拶を返してくれた。すると、観客席から黄色い声援と野太いブーイングが聞こえた。その反応に成る程と思わず頷くくらい、綺麗な造りの顔が見えた。
キャップを被りなおした彼は、特に構えはしていない。対戦相手のことを事前に調べたが、彼はゴンさんやキルアさんのように突如現れたルーキーのような人で、特徴に挙げられるような戦闘スタイルが見つけられなかった。
相手が拳なら拳で、蹴りなら蹴りで鏡のように攻撃を返す。即KOということはないが、負けはない。そんな風にここまで勝ち上がって来た人であった。
自分に対しても、そうなのだろうか?
何にしても、攻めるしかない。
そう決めて、直線に突き進み相手の懐に入る。腹部を狙った突きが、回避された。気にせず、どんどん攻撃を仕掛ける。右、下、背後、左、連打、上…そのどれもが相手に上手く防御を取られ、決定的なポイントが取れない。
「ハァ…ハァ……」
「…」
頬を汗が伝い、息が上がる。一方、相手の息は乱れていない。
しかし、どうして彼は自分に打ち返してこないのだろう?
「お前さ…」
「?」
「真っ直ぐ過ぎるぞ。攻撃にバリエーションはあるし、綺麗な型だけどそれだけだ。…例えば、だ」
『例えば、だ』と彼が言った瞬間、眼前に彼の顔があった。
「!?」
驚き、首を仰け反り後方へ飛ぼうとするが、その前に腹部を狙った突きを貰った。
強烈な痛みに息が出来ず、膝が折れそうになる。審判が叫んでいる、そんなの気にしていられない。同じ…試合開始の自分の初撃を真似され、返された。
と、言う事は…!思い至り、構えを取る。右手から声が掛けられた。
「当たりだ。頑張って防御しろ」
右、下、背後、左、連打、上…!
攻撃の順序が分かっているのに、身体の反応が間に合わない。右だけはなんとか防げたが、それからは滅茶苦茶だ。まともに防げず、堪らず倒れた。攻撃の手順は同じだったが、攻撃のリズム、目線や身体の動きによるフェイント、一打一打の正確性と重さ、何もかもが自分の攻撃を凌駕している。その攻撃の流れを美しいとまで感じた。
『…ズシ選手!立ち上がりましたッ!!しかしポイントは5−0と不利な上、ダメージが大きいようです!』
まだ、それを感じていたい。自分も彼のように出来たら…。
『このままソレイユ選手のTKO勝ちとなってしまうのか〜〜!?』
口内の血を吐き出し、構えて気合いを入れ直す。
「…ッ押忍!!」
見上げた先の彼が、_ソレイユさんが笑ったような気がした。
<ソレイユ視点>
…やってしまった。
母親に勘当されたソレイユに、アセナが持たせてくれたバックパック。その中には、衣類品やアメニティグッズの他、ハンターライセンスと一冊の本が入っていた。本を開くと、アセナの温情であろう幾らかのお札と押し花で出来た栞が挟まれていた。しかし、今世で湯水の如くお金を使い、身辺をメイドに任せていたソレイユだ。言わずもがな、数日でお金は使い果たしてしまった。だがしかし、おいそれとは帰れない。母親に勘当されたことはまだいい、甘い親父に上目遣い(ゲロ吐きそう)で懇願すれば許されるだろう…問題はリュンヌ。
どうしてリュンヌを怒らせたか、分からない。それが分かるまでは帰ってはいけない気がした。
一週間、ソレイユはストリートチルドレンのように過ごした。無論、腹は減って仕方ない。空きっ腹な所に、何処かの馬鹿がレッド家を揺すろうと寄越した刺客をぶちのめすこと3回。ソレイユはキレた。
そして、絶対に行かないと決めていた天空闘技場に来てしまったのである。
背に腹はかえられぬ。
「チョコロボくん、うめ〜…」
一週間ぶりのまともな食事や生活。試合を順調に勝ち進み、懐が温かくなってきたソレイユは好きなお菓子を買う余裕が出来ていた。廊下のモニターには数時間後に迫った『ヒソカVSカストロ』の因縁の対決を盛り上げようと、特別番組が流れている。結果を知っているソレイユは特に興味がない。アセナがくれた本を片手にお菓子を食べていると、アナウンスに呼ばれた。
「押忍!」
「…ん、よろしく」
既視感を感じつつ、小さな対戦相手を見ていると『ズシVSソレイユ』と解説者の声がした。…ズシ?……ズシってあの…あの眉毛のズシじゃん!?
天空闘技場は仕方なく来てしまったが、ゴンやキルアに会うのはご免だ。二人に関わりのあるズシをワンパンでKOしようと視線を向けると、背をピンと伸ばした構えが見えた。そして、構えにも劣らない真っ直ぐな目と視線が交錯した。
それがいけなかったのだ。…やってしまった。
前世の生家、その武道場に通う門下生とズシの姿が重なる。攻撃を受け、それを同じように返しポイント5−0とした後。調子に乗って、指導まがいな組み手をしてしまった。「急所を外すな」「テンポを変えろ」などと、思い出したくもないことを口走った気がする。穴があったら入りたい。
「うがあああああ…!」
「ど、どうしたっッスか?さっきの試合で頭を…でも自分の攻撃は外れてたような…」
堪らず、キャップを外して頭を掻きむしる。下から聞こえる声は無視。背後からくる圧も無視。
「自分感激したッス!ソレイユさんの攻撃は無駄がなくて美しくて…またご指導願いたいッス!」
「」
「ズシ、それくらいにしなさい」
「師範代!」
ついに掛けられた、背後に佇むウイングからの言葉。仕方なく、こちらも振り向く。
「…悪かったな。勝手して」
そう言って、頭を下げる。流派外のことを許可無く教えてしまったソレイユにこそ、非があるのは明らかだった。
「まあ、気分がいいものではないですが…」
「うぐ」
「良い組み手が見られて、僥倖でしたよ。改めて、ウイングと言います。よろしく」
ニコニコと笑うウイングが自己紹介と共に右手を出す。自らの非礼の直後であるその握手を、拒むなんて所業は出来なかった。
ズシは勿論。ウイングも些か、警戒心が無さ過ぎるのではないだろうか。
挨拶を返したソレイユは、二人に誘われて食事を共にしていた。ズシからの戦闘に関する質問攻めになんとか答える。め、飯の味がしねぇ…!そんなソレイユを見ながら珈琲を飲むウイングはとんだ狸である。苛ついて、ズシの五月蝿い口を塞ごうと食べ物を無理矢理に詰め込んだ。
懸命に咀嚼しようとするズシ、少し静かになった。おかげで周囲の音がよく聞こえる。気付けば食事処にまで置いてあるモニターを見て、客達が盛り上がっていた。どうやら『カストロVSヒソカ』の試合の真っ最中らしい。
机の端に置いていた本を、栞を目印に開く。アセナがくれた本は、所謂アンデルセンのような童話集だった。内容は特にこれといってピンとこないのだが、彼がわざわざ持たせたのだから何かしら意味があると信じ、読み進める。
「おや…白いゼラニウムとは、珍しい栞ですね」
「珍しい…のか?」
ウイングの呟きに、思わず身を乗り出す。本になにか意味があると思っていたのに、検討違いをしていたのだろうか。
「えぇ…他の色は違いますが、白いゼラニウムはあまりいい花言葉ではないですから。栞にしようと思う方も少ないと思います」
「…意味は?」
「確か…『私はあなたの愛を信じない』だったと」
私はあなたの愛を信じない…?
ひく、と喉の奥が釣る。意味があったのはやはり本でなく、この栞と花言葉だった。アセナではない、これはリュンヌからのメッセージだ。
「…」
「…顔色が良くないですよ、大丈夫ですか?」
「師範代、ソレイユさんに何か言ったんスか?!」
頭の中で、反響するメッセージ。ウイングとズシの言葉に何か返さねば、と思うのに口が開かない。周りの音が大きく聞こえる、ヒソカとカストロの勝負の決着がつく場面らしい。そこにあるのは無駄な死だ。
「!?」
それを意識した瞬間。ソレイユのオーラが膨れ上がり、そして削られた。自身のオーラが冷たいオーラに変換される。この禍々しく使役され、足元から身体が引っ張られる感覚をソレイユは嫌と言う程知っていた。
飛ばされた先、予想通りに息つく間もなくこちらに投擲されたトランプを【全ては光から生ず/バース・ライト】で焼き付くす。
「…お前、いつカゲと会った?」
「驚いた♥」
「……だから、いつカゲと会った?」
カゲがこの場にいないのに、意識を向けてしまっただけで試合会場に飛んだ。それはヒソカが現在カゲの手中にあり、ソレイユが自身とヒソカの間を影移動したことを意味していた。
「うッ…」
足元からカストロのうめき声がする。それを合図に、周囲の人々の声が爆発した。くそ、飯を食うからってキャップを外すんじゃなかった。
『な、なんということでしょう!?決着かと思われた試合に、突如乱入者です!…し、しかし何処から…気付いた時にはカストロ選手の前にいた彼…ソレイユ選手は何処からきたのでしょうか!』
リュンヌはソレイユの愛を信じない。
決まりだ…記憶の底にあったリュンヌが怒った理由、カストロの前に来てしまった事実。
俺が成すべき事は、今世でも人を殺めることだったのだ。