江ノ島盾子にされてしまったコミュ障の悲哀【完結】   作:焼き鳥タレ派

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第9章 (非)日常編 後編

「うりうり、よ~し、今日から君の名前はマリーだよ。ふふっ」

 

左右田君と別れて、テントのコンテナや冷蔵庫に荷物を下ろした僕は、

水色のドレスを着せられたアンティークドールをベッドの枕元に飾って、

少しの間遊んでいた。寝そべりながら、人差し指でマリーの頬を撫でる。

やっぱり女の子の身体に心を引っ張られてるのかな。

好みや言動も変わってきてる気がする。

 

この陶器製のかわいい人形も、

ゲームの世界に来るまではきっと見向きもしなかったのに。

それが良いことか悪いことは、今は考えないようにしよう。

僕の現状が変えられるわけじゃないんだから。……もう行かなきゃね。

 

「行ってくるね、マリー」

 

小さな人形に少し手を振る。

殺風景にも程があるテントに家族ができたみたいで、ちょっと嬉しくなった。

左右田君とも話せたし、人形だけど帰りを待ってくれる娘もできた。

ホテルに向かってウッドデッキを若干明るい気持ちで進む。

すると、コテージの前でソニアさんが何かを待っているかのように、

少し暗い表情で立っていた。

 

どうしたんだろう。話しかけようと近づくと、僕に気づいたソニアさんが、

一転して明るい表情になって、彼女の方から声をかけてきた。

 

「ごきげんよう、江ノ島さん!」

 

「こんにちは、ソニアさん。もうすぐお昼ご飯よね。

花村君のご飯はいつも楽しみなの!」

 

「そうですね。誰彼構わず手を出そうとする癖はともかく、

彼の料理の腕は祖国のシェフも顔負けですから。……ところで江ノ島さん。

さっき左右田さんと楽しそうにお喋りされていましたね。

ホテル入口の方から声がしたもので」

 

「そうなの。私の気のせいかもしれないけど、

ちょっとだけ彼と距離が縮まった気がする。プレゼントも受け取ってくれたし。

8割ガラクタだったけど、モノモノヤシーンに挑戦した甲斐があったわ」

 

「プレゼント……?」

 

なんだろう、南国なのに一瞬冷たい空気が通り抜けたような?まあいいや。

 

「うん。景品の中にオモチャだと思ってたミサイルがあったんだけど、

実はそれが本物だったの。

左右田君ならそれを修理して、モノクマと戦う強力な武器にできるんだって。

彼って凄いわよね。ミサイルまで修理できるなんて」

 

「そう……本当に、凄い人ですね」

 

あれ?ソニアさんの笑顔が一瞬固くなった気がするけど、思い過ごしかな。

 

「じゃあ、私はもう行くね。嫌だけど、狛枝の食事を運ばなきゃ。またレストランでね」

 

「お待ちなさい!」

 

「はい王女様何でしょう!」

 

威厳あふれる彼女の命令で即座に振り向いた。

 

「……何か、あったのですか?」

 

なんでバレたんだろう。今朝の出来事を嫌でも思い出してしまう。

 

「別に、なにも……」

 

「嘘、ですよね?」

 

「ごめんなさい」

 

「あなたが謝る必要はありません。ただ、何かお悩みなら力になりたくて。

よかったら、話してくれませんか?」

 

どうしよう。言おうかな、止めとこうかな。ソニアさんは僕の返事を待ってる。

本当の所は、あまり騒いで大事にしたくないけど……やっぱりダメなものはダメだ!

奴が他の娘に同じことをしないとも限らない。あいつの考えはとにかくわからないから。

 

「えと、ちょっと込み入った話になると思うんだけど、聞いてもらって、いいかしら?」

 

「モチのロンです。中でお話しましょう」

 

ソニアさんがコテージのドアを開けて、また彼女の部屋に入れてくれた。

これから口にすることを考えると、ついさっきまで、

小泉さんや西園寺さんとで、てんやわんやしてたのが、何時間も前に思える。

 

「とりあえず、座りましょうか」

 

「ありがとう……」

 

僕達はソニアさんの豪華なベッドに座り込んだ。

マットが凄く柔らかくてお尻が沈み込む。

 

「あの、これから私にとって割と大事なことを話すけど、

みんなには内緒にしてて欲しいの……」

 

「はい。ではその前に、準備が必要ですね」

 

「準備?」

 

彼女が部屋の隅に設置された監視カメラに向かって、人差し指でバッテンを作る。

すると、本体のランプが緑から赤に変わった。

 

「こうしておけば、カメラがダミーの映像を繰り返し流し続けるので、

秘密が漏れる心配はありません」

 

「どうして?ソニアさん達は協力者だから、監視なんてされないはずなのに……」

 

「わたくし達は島全体に結構な人数がいますよね。

そこにあなたが行く度、中継を切っていては、このプロジェクトが成り立ちません。

ですから、カメラ自体は残しておいて、

見られたくない状況、例えば着替えなどのときだけ、

合図を送ると一時的に撮影を中止することができるのです。

当然、あなたは例外ですが……

わたくし達もある程度、私生活が見られることは承知の上で参加しています」

 

「そうだったのね。全然知らなかった」

 

「あるいは、意図的に伏せられていたか、ですわね。

さぁ、江ノ島さん。これで安心してお話しして頂けます。リラックスして」

 

「うん、実はね……」

 

とうとう僕は、意を決して今朝の出来事を打ち明けた。

狛枝君に食事を持っていったら、危うく犯されそうになったこと。

その瞬間、運動経験もないのに、何らかの力が発動して、

彼を投げ飛ばして事なきを得たこと。

江ノ島盾子の本当の力だの訳の分からないことを言っていたこと。

 

話を進めるうち、ソニアさんが綺麗な顔をそのままに、激しい怒りをその身に宿す。

隣にいた僕が冷や汗を流すくらい。これは……アレが出そうだ!

彼女はゆらりと立ち上がると、私物の棚から例のムチを取り出し、

外に出ようとしたから慌てて止める。やっぱり出た!

 

「ちょっと待って、ソニアさん!どこに行くの?」

 

「狛枝さんには……女性との付き合い方に関する“レッスン”が必要だとわかりました」

 

「落ち着いて!

揉め事になったらソニアさんまで危ないし、みんなに色々知られちゃうから……」

 

「ふぅ…そうでしたわね。すっかり我を忘れてしまいました。すみません。

本当に、なんともなかったんですね?」

 

「大丈夫。なんともあったら、今頃大声で泣いてる」

 

「なら良いのですが……しかし、この状況を放置して置くわけには行きません。

日向さんと相談して、あなたを食事係から外してもらうようお願いしなくては」

 

「でも、何て説明しよう……」

 

「それはわたくしにお任せあれ。とにかく日向さんのコテージへ行きましょう」

 

「わかったわ」

 

それから、ソニアさんが今度は監視カメラに人差し指と親指で丸を作ると、

カメラが通常の動作を再開。

彼女がそれを確認すると、コテージを出て、一緒に日向君のコテージを訪ねた。

呼び鈴を鳴らすと、彼の足音が近づいてきて、ドアが開かれた。

僕とソニアさん。意外な組み合わせに少し驚いた様子で、尋ねてくる。

 

「ソニアと……江ノ島か。どうしたんだ、いきなり」

 

「実は、折り入って大事な話が。中に入れて頂けないでしょうか」

 

「ああ。入れよ」

 

「お邪魔します……」

 

日向君の部屋は、片付いていてこざっぱりとしていた。

右奥に雛壇のようなものがあるけど、何も置かれてない。

あ、思い出した。隠れモノクマの設置台だ。

初めて訪れる彼の部屋に気を取られていると、向こうから用件を聞かれた。

駄目だ、何やってんだ僕!自分の問題なのに!

 

「それで、大事な話って何なんだ?」

 

「あの、言いにくいことなんだけど……」

 

僕が言い淀んでいると、ソニアさんが凛とした態度で要望を告げた。

 

「日向さん。単刀直入にお願いします。

何も聞かずに彼女を狛枝さんの食事係から外してください。

後任に女性を任命することも、やめていただきたく思います」

 

「それってまさか!」

 

「ストッピ。そこまでお分かりなら、事情は聞かないでください。

それで、聞き入れていただけるのでしょうか」

 

「……ああ、わかった。あいつの食事は花村に頼むことにしよう。

なら江ノ島。彼の仕事が増えることになるから、代わりに生ゴミの廃棄を頼めるか?

夜か早朝にまとめて廃棄場へ捨てに行くんだ。花村には俺から話を通しておく」

 

「念の為言っておくと、手遅れにはなりませんでしたから」

 

「何ともなくてよかった。狛枝についてはカメラを止めて弐大達と話し合っておく。

具体的な事案については伏せてな」

 

「ありがとう、日向君、ソニアさん!頑張るわ!」

 

「ご理解いただき、感謝します。

では、そろそろ昼食ですから、みんなでレストランに行きましょう」

 

「そうだな。もうそんな時間か。行こう」

 

そして、僕達は3人でホテルのレストランに向かった。

2人の後についていきながら考える。ソニアさんって優しい人だなぁ。

中身はどうあれ、江ノ島盾子の僕をここまで助けてくれるなんて。

やっぱり超高校級の王女は、庶民に救いの手を差し伸べてくれるんだね。

 

レストランに着くと、朝食時と同じように、みんなが決まった席に座っていた。

お昼は和食だった。ご飯、味噌汁、豚しょうが焼き、しば漬け。

やった、しょうが焼き大好き。いつものように、いただきますをして、静かに食べる。

 

食べ終えると、列になって厨房にお皿を持っていく。

すると、左右田君がタイミングを見計らって、僕の後ろに並んで話しかけてきた。

 

「なあ、江ノ島」

 

「あ、左右田君。どうしたの」

 

「お前さっき言ってたよな。モノクマで溢れてる街があるって。それってどこだ」

 

「塔和シティーって言うらしいわ。なんかもう凄いビルがたくさんあって、

モノレールとか走ってて、

とにかく未来的でなんかもうすごい未来です~って感じなの!聞いた話だけど!」

 

「あのなぁ……学級裁判のときみたいな理路整然とした説明はできねーのかよ」

 

「ああ、ごめん。身体の持ち主の僕はこんななんだ……」

 

「しょうがねーやつだな。とにかく、ミサイル復元・改良の目処が付いた。

陸海空、どこでも狙い撃ちできる代物がいつでも作れる」

 

「もう!?さっき渡したばかりなのに……やっぱり超高校級の人って凄いよ!」

 

「へ、へっ……!一番凄くて厄介なのが何言ってやがんだか」

 

左右田君と順番を待ちながら言葉を交わしていると、

ふと視界の端にソニアさんの姿が見えた。なんだかこっちを見てたような気がするけど、

思い過ごしだよね。用があるなら話しかけてくるはずだし。

 

列も進んで厨房に入ると、日向君が花村君になにか耳打ちしていた。

彼も皿を洗いながら黙ってうなずく。きっと僕の問題なんだと思う。

ありがとう、日向君もリーダーの仕事で大変なのに、僕を気遣ってくれて。

 

食事を終えてホテルを出ると、こんな気持ちが湧いてきた。何かお礼がしたい。

憎むべき相手の姿をしている僕を受け入れてくれて、

2つの事件解決にも協力してくれたみんなに。

そうだ、モノモノヤシーンで手に入れたガラクタにも、

喜んでくれそうな人がいる物があった。

 

「マリー、ただいま!」

 

目的を手に入れて晴れた気持ちでテントに戻ると、

さっそく明太フランスと超技林第二版を……いや、待って。

ゴミみたいな物でも、人によっては役に立つかもしれない。

左右田君のミサイルだってそうだった。

一応ガラクタもシーツを風呂敷代わりにして包んで、出発した。

 

「行ってきまーす」

 

マリーに挨拶すると、とんぼ返りして島の探索を始めた。

まずは居場所が分かってるあの人から訪ねてみよう。

 

 

 

 

 

ロケットパンチマーケット。店内はやっぱり冷房が効いていて涼しい。

目的の人物は、探すまでもなく視界に入ってきた。

大きな彼が、今日も万引きGメンとして目を光らせている。彼に歩み寄って声を掛けた。

 

「こんにちは、十神君」

 

「なんだ、お前か。さっそく褒賞金でステーキでも買いに来たか?」

 

「アハハ、知ってるのね……でも、買い物じゃなくて十神君に用があって来たんだ」

 

「俺に?どうでもいいがさっさとしろ。

こうしている間にも、万引き犯がポケットに風船ガムを忍ばせるかもしれんからな」

 

「お店、ガラガラよ?じゃ、なかった。仕事の邪魔してごめんなさい。

ちょっと差し入れ持ってきたの。

冷蔵庫に入れてたから少し冷たいけど、おやつにレンジで」

 

……と、言い終わる前に、差し出した明太フランスは手の中から消え失せ、

彼の口の中に最後の端っこが飲み込まれようとしていた。

 

「むぐむぐ……悪くない。お前にしては賢い選択だ」

 

「店内での飲食はご遠慮くださいって入り口に書いてたわよ。

とにかく、喜んでもらえてなによりだわ。それじゃあ」

 

「待て」

 

思いがけず呼び止められて振り返る。

 

「お前、一体何のつもりだ。

まさか、この歯ごたえあるフランスパンと塩味の効いた明太子のマリアージュで、

俺を懐柔できると思っているのか」

 

「だとしても、普通食べてから聞く?みんなに何かお礼がしたいの。

十神君には、前にメダルを分けてもらったし。あの時は本当に助かったわ。ありがとう」

 

「……ふっ、まあいい。

どうせお前も、なぜ俺が万引きGメンなどをしているのかが知りたいのだろう」

 

「確かにそれは気になるわ。

こんな住人20人足らずの島で、万引きGメンなんて大げさだと思うの」

 

「お前は知らんだろうが、現実世界のジャバウォック刑務所は、

慢性的な物不足で皆、娯楽に飢えている。

それが刑罰だと知りながらも、日用品を買いに来た時、

ふと棚にぶら下がったお菓子が目に留まる。人間の良心など脆いものだ。

その気がなくても、気づけば商品を懐に。一度魔が差せば人は抗うことができん。

俺が採掘や採集でなく、この仕事を任されているのは、つまりそういう事だ」

 

「仲間を疑わなきゃいけないなんて、辛い仕事ね……」

 

「だからこそ有能かつ高潔な精神を持つ俺が選ばれたのだ。

俺がいる限り、誰一人として道を踏み外させはしない。……十神の名に賭けて!」

 

「うん。十神君、頑張って!」

 

「お前に言われるまでもない。もう行け。他の連中にも何か配るのだろう。

自動販売機で何か買っていったらどうだ」

 

「自動販売機?そんなのがあるの?」

 

十神君は大きくため息をついた。やっぱり顎の肉が揺れる。

 

「お前の目は節穴か?入り口の脇にあっただろう」

 

「えっ、買い物や十神君を探してて気づかなかった。えへへ……」

 

「呆れた奴だ。買うならさっさとしろ」

 

「うん、ありがとう。じゃあね!」

 

十神君の言う通り、入り口から少しだけ離れたところに自動販売機が設置されてた。

品物は、ミネラルウォーターやティッシュとかの日用品や食べ物、雑貨。

あれ、これは……ひまわりの種だ。

後は無難なものをいくつか買って、みんなのところを回った。

 

 

 

 

 

七海さんとは一度話しておきたかったんだ。

最初は使い道がないと思ってたんだけど、ゲーム好きの人にはこれしかないよね。

ダイナーでジュースを飲みながら携帯ゲームに熱中する彼女に話しかけた。

 

「あの、七海さん。ちょっといいかしら」

 

「待って。後少しでオートセーブだから。……よしできた。

こんにちは。江ノ島さんと学級裁判以外でお話しするのって、初めてだよね?」

 

「ごきげんよう。そうなの、私ってみんなにお世話になってるのに、

まだ直接話したことがある人が少なくて。

今日はたまたま時間が出来たから、忙しくなる前に、

挨拶がてらお喋りしようと思ったの。今、少し付き合ってもらえる?」

 

「そうなんだ。いいよ。私でいいなら」

 

「ありがとう!そうだ、これを受け取って。モノモノヤシーンでゲットしたの。

ゲーム好きの七海さんなら、使ってもらえるかと思ったんだけど……」

 

馬鹿みたいに分厚い、超技林第二版を差し出すと、彼女はゲーム機を放り出して、

僕の両手を掴んできた。鼻息荒く超技林を隅々まで眺めると、大切なものを扱うように、

そっと手に取った。

 

「これは……既に絶版されて久しい超技林!しかも状態良好!

第二版だけどゲーマーの間では伝説の書だよ!

こんな良いもの、もらっちゃっていいの!?」

 

「うん。七海さんなら気に入ってくれると思って。

それって、裏技集としてだけじゃなくて、ゲームカタログとしても眺めてて楽しいよね。

昔のSFCソフトって新品で1万円以上するのもあったって、その本で知ったの」

 

「そうだよ!今ならPS4ソフトの限定版買ってもお釣りが来るほど高かったんだよ!?」

 

「しかもデータが消える恐怖からはFC時代から逃げきれてない」

 

「う…その話はやめて。3つの0%がトラウマなの……」

 

「マイナーだけど魔神転生2も大概よ。

20年以上前のゲームとは思えないほど都会的で洗練された世界観なんだけど、

肝心のシミュレーションゲームが鬼畜で龍王が……」

 

その後もゲーム談義で七海さんと時を過ごした。

 

「……で、超技林にはCD-ROM版もあったけど、

私的にあれは邪道だと思うんだよね。ふんふん!」

 

「私も買ったけど、同意だわ。

パラパラとページをめくって知らないゲームについて知るのが醍醐味なのに、

データベースにしちゃったら、それもできないし、

検索かけて知ってるソフトを探すのがイマイチ不便だし、単純に面倒くさかったわ。

なぜかBGMはやたら良かったけど」

 

「そうだよね。そうだ……江ノ島さんにはちゃんと話しておこうかな」

 

「なあに?」

 

「私のこと。私がAIで、造られた存在だってことは、

日向くん辺りから聞いてると思うけど」

 

「……うん。今の七海さんは“2代目”だって」

 

「そう。初代は狛枝くんの罠にかかってクロとしてデリートされたんだ。

ウサミちゃんと一緒にね」

 

「あの、無理には」

 

「お願い聞いて。

だけど私は造られて間もない存在なのに、時々”初代”のことを思い出すの。

ほんの断片的にだけど。一度目のコロシアイ修学旅行でみんなと過ごした日々。

そして……人だった頃」

 

「人?どういうことなの?七海さんは元々プログラムじゃなかったってことかな」

 

「ごめん。そこのところがよく思い出せないんだ。

でも、江ノ島さんとこうしてお喋りできて、ぼんやりとだけど、

何かが掴めそうな気がしてきた。まだ“気がする”程度だけど。

……よかったらまた声を掛けて」

 

「もちろん!私も七海さんとお話できて楽しかった。またお喋りしてね」

 

「うん。他の人のところにも行ってあげて。

もうここしばらくの生活で、みんなの江ノ島さんへの警戒心もほぐれてきてるから」

 

「七海さんがそう言ってくれるなら安心だわ。それじゃあ」

 

 

 

 

 

七海さんと別れると、今度は病院へ。

シフト表によると、罪木さんは今の時間帯、病院で勤務ってことになってた。

つまり診察時間ってことだね。

3番目の島へ渡ったんだけど、う~ん、何を渡そう。

玄関から覗くと、罪木さんがクリップボードに何かをメモしている。

 

手持ちのものは、水やティッシュといった、貰って特別嬉しくも嫌でも無いものと、

昨日ガチャガチャで当てたガラクタ。

何を渡そうか迷っていたら、彼女が僕に気づいたらしく、

受付カウンターから外に出てきた。

 

「江ノ島さん!また、会いに来てくれたんですね……」

 

「うん!ご飯時にしか会ってないから、罪木さん元気かな、と思って」

 

「ふみゅう……嬉しいです。もう会いに来てくれないと思ってました。

江ノ島さんを陥れようしたばかりか、過去の罪まで……」

 

「待って。その話はやめよう?あの事件は学級裁判で全部解決したんだし。

私も会ってくれて嬉しいの。

そうだ、みんなにお世話になってるお礼を渡してるんだけどさ……」

 

僕は風呂敷代わりのシーツを漁る。無難に行くか、チャレンジするか。

常識的に考えれば、あって困らないティッシュなんかにしとくべきだったんだ。

でも、気がついたら手に収まったブツを彼女に渡していた。

さっきの十神君の言葉を思い出す。“魔が差せば人は抗えない”

 

「これ、面白そうだと思うの。受け取ってくれないかしら」

 

ギャグボール。認識した瞬間血の気が引いた。一体何をしてるんだ、僕は!?

慌てて引っ込めようと思った時には手遅れだった。既に罪木さんが手に取った後。

彼女はそれをじっと眺める。言い訳が見つからない。

あ、あ、と声にならない声を出すので精一杯。

 

「……江ノ島さん。あなたとは、友達に、なるような、気がしたんですが」

 

罪木さんが感情を抑え込んだ声で一言ずつゆっくり口にする。終わった。

きっと集めた贖罪のカケラも砕け散ってマイナスに……

 

「これじゃあ友達を飛び越して“恋人”になっちゃうじゃありませんかぁ!!」

 

えっ!?と驚いた瞬間、顔を赤らめた彼女が抱きついてきた。なんかすごいデジャヴ!

怒ってはいないのは確かだけど!

 

「これってクールな江ノ島さんからのメッセージですよね!

“ボクのペットにおなりよ”という、激しい愛のコトノハ!」

 

「クールって、あのキザな江ノ島盾子!?とにかく違うよ!

逆クーリング・オフお願いします!」

 

「だめです。もらっちゃったんですから、これは私のものです。

いつかまた、彼女が現れたら伝えておいてください。私は心の準備はできてますって!」

 

「不純同性交友はいけないと思います!」

 

喜びで力のリミッターが外れた罪木さんを振りほどけないでいると、

派手な色の人影が病院から出てきた。

 

「おんやあ?綺麗な百合の花が咲いていますなぁ。盾子ちゃんの女たらし」

 

「澪田さん!冗談言ってないで助けてよ!プレゼントに喜ばれすぎた!」

 

「意味わかんねーっすけど、蜜柑ちゃんを弱らせれば良いんすね?ならば!

唯吹の新曲、“過払い金請求で頼った弁護士から思い切りふんだくられた”!」

 

「え、待って!私まで」

 

──♪!!?♫!?!?♪?!!

 

その後の展開は予想していただけると思う。

僕も、罪木さんも、怪音波で脳を揺さぶられて、しばらく地面に横たわっていた。

元気なのは一曲歌い終わって活き活きしてる澪田さんだけ。

地面がわからない。世界が回ってる。

 

「キャッホーイ!思い切り歌って、人の役に立つなんてサイコーっすね!

……あれ?なんで盾子ちゃんも寝てるっすか?」

 

「うう、澪田さん、私まで巻き込んだでしょ……」

 

「大丈夫っすか~?顔色悪いっすよ」

 

「大丈夫なわけないじゃん!見てよ、この有様!

もう、これあげるから罪木さん介抱しててよ……私は、もう行かなきゃ」

 

どうにか立ち上がれるようになると、

風呂敷からとりあえずティッシュを取り出して、澪田さんに渡した。

 

「うひょー、マジ助かるっす!

唯吹、しょっちゅう泡吹いたり鼻水や涙出したりするからありがたいっす!

盾子ちゃんサンクス!ウヒャヒャ!」

 

「喜んでくれてなにより……さよなら~」

 

ほうほうの体で病院を後にすると、電子生徒手帳でシフト表を確認し、

現在労務時間から外れている人や、休憩中の人から順番にプレゼントを配っていった。

だけど、澪田さんから食らった、歌という名前が付いた超音波でまだ少しクラクラする。

 

自殺行為だとは思うけど、彼に変なものを渡せば殴ってくれるかもしれない。

その痛みで意識がはっきりするかも。

当時の僕の判断能力はそこまで低下していたんだよ……

 

 

 

 

 

「……テメエ、俺の休憩時間邪魔するとはいい度胸してやがんな。あぁ?」

 

「つ、疲れてるのにごめんなさい!九頭竜君にこれをプレゼントしたくて……」

 

例によって風呂敷から割とマシなものを選んで、

不機嫌さを隠そうとしない九頭竜君に渡した。

殴っては欲しいけど、殺して欲しくはないから、これで程よい痛みをください。

 

「……」

 

彼は黙って多面ダイスセットを手の中で転がす。

まずい、指を詰められるっていう可能性を忘れてた!

急いで弁解しようとしたら、九頭竜君がニヤリと笑った。

 

「へっ、ちょっとは“こっち”のこと、分かってるみてえだな」

 

「どういうこと……?」

 

「とぼけんなって。九頭竜組が裏カジノやってること、知ってんだろ?

普通使わねえ、こんなサイコロ渡したってことはそういう事だろうが。

確かに、今時半丁博打や花札だけじゃアガリが取れねえ。

俺達はいろんな廃ビルや空き家買い取って、地下にカジノ作ってんだよ。

って、今更お前に説明しても分かりきってるだろうけどよ」

 

なんだかとんでもない誤解をされてる……

 

「ま、もしお前がシャバに戻ることがあって、

ちょっと稼ぎたくなったら俺の名前出せよ。フリーパスだ。だが……」

 

「な、なあに?」

 

「ペコにも何かあンだろう?

まさか俺だけのご機嫌伺いに来るなんて、シケた女じゃねえよな。

そこんとこ俺に見せてくれよ、な?」

 

九頭竜君が肩に手を回してくる。岩の足場に乗って。

 

「も、もちろんよ!辺古山さんは今、大丈夫かしら!?」

 

「おう。休憩時間、俺と一緒だからな。……おーい、ペコ!ちょっと来てくれ」

 

「はっ、なんですか、ぼっちゃん!」

 

どこから現れたのか。まるで忍者のように素早い動きで九頭竜の前に現れた辺古山さん。

 

「こいつが今からいいモンくれるんだと。

気に入らなかったら遠慮なく斬り捨てていいとよ」

 

「いいもの?」

 

そんなこと言ってないよ!本当、馬鹿なことしちゃったなぁ。

改めて自分に正常な判断能力が欠けていた事を思い知る。

泣きそうになりながら風呂敷を漁って、自販機で買ったボージョボー人形を抜き取った。

せめてもの悪あがきに、ニッコリ笑って解説しながら渡した。

 

「はい、どうぞ!サイパンで作られている伝統工芸品なの。

つる草の実で出来た2つのお人形の結び方によって、いろんな願いが叶うのよ!」

 

「……」

 

辺古山さんが無表情でボージョボー人形を受け取ると、

軽く揺らしてみたり、手を組ませてみたりしてる。緊張感でお腹が痛くなりそう……

 

「おいペコ、どうなんだ。そいつァ九頭竜組に相応しい貢ぎ物なのか」

 

「……ありがとう」

 

「おっ、やるじゃねえか。厄介事が全部片付いたら、お前、組の舎弟にしてやるよ!」

 

大声で笑いながら、僕の肩をバシバシ叩く九頭竜君。

痛いよ。あ、痛さを求めてきたからこれでいいのか。

でも、今の緊張ですっかり正気に戻ってたから若干手遅れだったかな。

要するに、叩かれ損。長居は無用とばかりに早々に退散することにした。

 

「じゃあ、私はもう行くわ。忙しいのにごめんなさいね」

 

「おう!お前、意外と話がわかる奴だな。

江ノ島盾子か……またなんか見つかったら来いよ、江ノ島」

 

九頭竜君と辺古山さんに手を振りながら別れたけど、

去り際に江ノ島盾子の耳がこんな会話を捉えていた。

 

(組なんざ、残ってたらの話だがな……今じゃお前と二人きりだ)

 

(ぼっちゃん……)

 

(ところでよう、それ本当に気に入ったのか?お前がいいなら別に構わねえけどよ)

 

(……かわいいです)

 

 

 

 

 

気を取り直して、次に訪ねたのは田中君。彼にはひまわりの種を渡した。

これは喜んでくれる確信があった。だって、彼が大切にしているのは……

 

「何だと……?貴様、俺にこれを渡すことが、

どのような結果を引き起こすか知っての行動なのだろうな」

 

「どうもこうも、田中君のハムスター」

 

「神界の知恵の実を奪い喰らう、我が破壊神暗黒四天王に、

アビスの結晶を与え、さらなる混沌を求めるか……底の知れぬ女よ」

 

「“ハムスターのエサをありがとう”ってことでいいのかしら」

 

「だが、今まだその時ではない。これ以上四天王に冥府魔道のカルマが注がれれば、

その災厄は世界を覆い尽くし、俺の左腕の封印を解かねばならなくなるのだ!」

 

「“エサをあげたばかりだからお腹いっぱい”なのね。

うん、今度ハムスターちゃん触らせてね。お邪魔しました。さよなら~」

 

「再び相まみえようぞ!光と闇の間で揺れるアフロディーテよ!」

 

 

 

 

 

どんどん行こう。次は終里さん。

彼女の好みがよくわからないから、とにかく喉を潤してもらおうと思ったんだけど……

 

「う~ん、水かぁ。確かに喉乾いてたからありがたいっちゃありがたいんだが……

もっと腹に溜まるやつがいいなぁ」

 

ミネラルウォーターを受け取ってはくれたけど、あんまり喜んでもらなかったみたい。

 

 

 

 

 

弐大君はどうだろう。もうアイテムがほとんどない。無難なこれにしとこう。

 

「弐大君。つまらないものだけど、これ、もらってほしいの。

たくさんあって困るものじゃないと思うから」

 

「おお、ティッシュか。うむ、ティッシュがあればなんでもできる。

鼻水・涙の除去、掃除、怪我の応急処置、クソの……」

 

「トイレに流したら詰まるからね?」

 

「ト、トイレットペーパーのことじゃ!とにかく、恩に着る」

 

うん、今度はそこそこ気に入って貰えた。さて、アイテムも残り少ない。

風呂敷もすっかりしぼんじゃった。次は誰にしよう。

 

 

 

 

 

……彼にだけ何もあげないわけにはいかないよね。

はっきり言ってうんざりしながら、レストランの厨房に向かう。

都合よく彼の喜びそうなものが残ってる。これを渡すのかぁ……

僕は厨房のドアの前で一度立ち止まって、頭を振って覚悟を決め、ノックした。

 

“はーい”

 

ドアが開かれると、笑顔の花村君が出てきた。守りたくない、この笑顔。

 

「は、はは……実は花村君を初めとしたメンバー全員に、

日頃の感謝の気持ちを込めてプレゼントを渡してるの。だから深い意味はないし、

気に入らなかったら突き返してくれて全然構わないから。……はい」

 

とうとう渡してしまった。動くこけし。

田中君風に言うなら、冥界の門を開いてしまった。

嗚呼、花村君が目をウルウルさせてる。

 

「江ノ島さんっ……!

こんなに素敵なものを受け取った以上、ぼくにはそれを最大限活かす義務があるよね!?

おっと、いけない、いけない。江ノ島さんの意向を聞かなくちゃね!

挿す、挿されるどっちが」

 

バタン!

 

耐えきれなくなってドアを閉めた。罪木さんといい花村君といい、

隠れ変態がいるからコミュニケーションひとつにも油断できないよ!

いや、花村君はちっとも隠れてないけど!

 

“怖がらなくていいからねー!ぼくのコテージはいつでも……”

 

「うるさーい!」

 

逃げながら叫ぶ。くそっ、渡したのは僕だから花村君を責められない!

彼がこの事をみんなにバラしたら、僕も変態の仲間入りだ……泣きたい。

ホテルから飛び出して、走って海岸に行くと、膝に手をついて呼吸を整えた。

 

大粒の汗が砂浜に滴る。やっぱりこの服は運動に向いてない。

油断するとスカートがめくれそうになるし、ブラもずれてくる。

だけど、実は考えなしにここに来たわけじゃないんだ。

 

モノモノヤシーン。もう一度挑戦しに来たんだ。残るプレゼントの相手は、3人と彼。

今朝、向こうから訪ねてきて、

女性らしいヘアスタイルのセットや、お化粧の仕方を教えてくれた人達。

こんな立場の僕を、わざわざ気にかけてくれた小泉さん達には、

特別なものをプレゼントしたいんだ。

今度は投入金額を20枚に設定して、やっぱり重複率は無視。20回チャレンジだー!

 

お願い神様仏様。私利私欲じゃないんだ。お礼がしたいだけなんだ。

え、葉隠流水晶とシークレットブーツ?

割れた水晶は誰にも愛されない感が僕にも伝わってきたし、

シークレットブーツは、今のブーツを洗濯した時に、

乾くまでの場つなぎに自分で履くことにした。

 

おっ、カプセルが20個連続で出てきた。結果から言うと、

良いもの2割、良いか悪いか判断できないもの5割、明らかなガラクタ3割。

まぁ、ガラクタとは言え、壊れたミサイルの例もあるから、一応保管はしておくけど。

 

さて、“良いもの”から3人に似合いそうなものを選ばなきゃ。

ここで選択をミスったら、メダルを20枚つぎ込んだ意味がない。

ええと、これは……小泉さんへのお返しにちょうどいいかな。

こっちは?西園寺さんにピッタリだよね!

 

あとソニアさんには……この美味しそうなパンはどうだろう。

高級な厚紙を二つ折りにした説明書きにこう書いてある。

 

“マリーアントワネットの好物として知られるパン。

名前には僧侶帽という意味がある”

 

これはもう、超高校級の王女のソニアさんで決まりだね!

 

僕は大半の賞品を風呂敷に包んで背負い、3つの贈り物を抱えてコテージに向かった。

プレゼントって送る方もワクワクするけど、今の気分は最高潮。

みんな喜んでくれるといいなぁ!

 

 

 

まず、訪ねたのは小泉さん。呼び鈴を押すと、

夕陽も沈みかけて暗くなりだした頃にやって来た僕に、驚いた様子だった。

 

「ちょっと、盾子ちゃん。どうしたのその格好!?それに聞いたよ。

今日、みんなのところを回って色んな物、配り歩いてたらしいじゃない。

一体何がしたいの?」

 

「えへへ、季節外れのサンタさん」

 

「真面目に答える」

 

叱られちゃった。

 

「ごめんなさい。……なんていうか、みんなにお礼がしたくって。

ほら、今でも私が江ノ島盾子だって疑いは消えてないのに、

危険を承知でみんなが少しずつ私を受け入れてくれてることに、お礼がしたかったの。

特に小泉さん達は、わざわざ私に女性らしくあるための方法を教えに来てくれたわよね」

 

「それは……盾子ちゃんがあんまりにもあんまりだったから……」

 

あ、ちょっと照れて目をそらした。渡すなら今!

 

「それでも私は嬉しかったの。

ずっとこの世界でひとりぼっちだと思ってたけど、そうじゃないんだってわかった。

だからこれは、せめてものお礼。お願い、受け取って」

 

仮装のコンパクトを小泉さんに手渡した。彼女の目が驚きで開かれる。

 

「盾子ちゃん……こんなの、どこで手に入れたの!?」

 

“こんなの”がどういう意味かでこの作戦の成否が決まる!さあ判定を!

 

「……本当に、もらってもいいの?」

 

やった!むしろもらってくださいお願いします!

 

「もちろんよ!小泉さんもそのコンパクトでお化粧すれば、もっと綺麗になるわ!

ああっ、私にそんなの言えたことじゃないのは分かってるけど、

テントの化粧品どんどん使っていいから!ドアっていうかジッパーはいつでも全開だし」

 

「ううん、これ以上は悪いよ。ありがとう。ありがとう……」

 

小泉さんがコンパクトを握って抱きしめるように胸に当てる。

そして、少しずつ言葉を紡ぎ出した。

 

「どうして、こうなっちゃったのか、アタシにはわからないよ。

目の前に居るのは、確かに江ノ島盾子なのに、盾子ちゃんのこと憎めない。

許しちゃいけないって、わかってるのに……」

 

彼女が静かに涙を落とす。

 

「それでいいの。許しちゃ駄目!

みんなを本当に傷つけた超高校級の絶望は、絶対に許しちゃ駄目なの!

確かに私は江ノ島盾子の肉体を持った、ただの別人で、

そうは思ってくれない人の方が多いことはわかってる。

だけど今の不条理な状況は、私がなんとかする。

この身体と頭脳が武器にもなるとわかった時に、そう決めたの。

だから小泉さんは、自分を苦しめてるものとの戦いを諦めないで!」

 

「盾子ちゃん……わかった。アタシ、必ず罪を償って、

許されるなら、絶望の残党と戦うよ。ふふっ、今の顔はちょっと写真には残せないかな」

 

「……小泉さん。頑張ろうね」

 

「うん。ちょっと顔洗ってくる。もうすぐ夕食だから、またレストランで」

 

「一度、バイバイだね」

 

小泉さんは、僕に手を振って、ドアを閉めた。次は、西園寺さんだね。

まるで彼女のためだけに用意されたようなプレゼントを持って、

彼女のコテージを訪ねた。呼び鈴を鳴らして呼びかける。

 

「こんばんはー。西園寺さん、江ノ島だけど、ちょっといいかな」

 

“なにー?”

 

ガリャリと小さな身体でドアを開けると、遅めの昼寝をしていたらしく、

寝ぼけ眼をこすりながら玄関先に出てきた。

 

「んもー。江ノ島おねぇじゃん、どうしたの?せっかく気持ちよく寝てたのに。

くだらねー用事だったら、おねぇでも付け爪、本物の爪ごと剥がすから」

 

「ごめんね。今朝のお礼に、これをプレゼントしたかったんだ」

 

僕は、朱色に塗られた扇面に金箔で河を描いた高級扇子、疾駆守扇子を彼女に渡した。

途端に彼女の細目が真ん丸に見開かれる。

 

「どどどどうしたのコレ!?平城京の霊媒師の末裔が作ったと言われる伝説級の扇!

わたしのギャラでもとても手が出ないのに!どこで盗んで来たのさ!」

 

「アハハ……頑張ってモノモノヤシーンを回したんだ。

これが似合うのは超高校級の日本舞踊家の西園寺さんしかいないと思ったんだ」

 

「そ、それは常識的な判断だけど~?……どうしてこんな良いものを?

日向おにぃなんて、くっだらねーもんしかくれた試しがないのに」

 

「う~ん、単純な理由だけど、“優しくしてくれたから”。

多少馴染んできたけど、私って、まだみんなとの間に微妙な壁があるよね。

でも、西園寺さん達はちょっと強引なくらいに私に構ってくれた。

それって凄く嬉しいことだったの。

この島でひとりきりだと思ってた私にとって、それは救いと言ってもいいくらいだった。

これにとびきり高い値段が付くのなら、

それくらい私の“ありがとう”が大きいと思って?」

 

「そうじゃないよ……」

 

「え?」

 

「ひとりぼっちだったのは、江ノ島おねぇだけじゃないよ。わたしもそうだった。

まだ世界がまともだった頃だって、わたしの居場所なんてなかった。

西園寺流の次期当主候補だったわたしは、

小さい頃に当主のおばあちゃんの家で暮らすことになったんだけど、

わたしに生きてて欲しい奴なんて一人もいなかったの。

他に跡目を狙ってる奴らから嫌がらせを受ける毎日。

靴に剣山を入れたり、舞台の邪魔をする嫌がらせは当たり前。

食事に毒を入れられたりすることも珍しくなかった」

 

黙って彼女の話に耳を傾ける。

 

「おまけに、次期当主の権力を目当てに、

子供みたいなわたしを手懐けようとする連中が大勢すり寄って来る始末。

そんな奴らを追い払うために厳しい態度を取ってたら、

いつの間にか汚い言葉が止まらなくなって、ろくに友達もできなくなってた……」

 

「でも、今は違うよね?」

 

彼女は黙ってうなずく。

 

「例え何がきっかけでも、この島に集まったみんなは、

西園寺さんを傷つけたり、のけ者にしたりしない。

それは、とっても素敵なことだと思うの。

あなた達が今日、私にしてくれたのは、それと同じこと。とても暖かな気持ちになれた。

この扇子はその証なの。私のためにも、受け取って」

 

「うっ、ひくっ…ありがとう……」

 

「こすっちゃ駄目よ。赤くなるから」

 

ハンカチを取り出して、彼女の目をポンポンと優しく叩いて涙を吸う。

 

「……ねえ、中に入って。お礼に良いもの見せてあげる」

 

「良いもの?」

 

「ほら早く~」

 

西園寺さんに手を引かれて、コテージに入ると、彼女はドアの鍵を閉めた。

 

「フシシシ、他の連中には見せてやんない。江ノ島おねぇだけのための舞台なんだから」

 

「じゃあ、良いものって……」

 

「ほら、おねぇはそこに座って!では、わたしはこちらに……」

 

部屋の中央に座ると、

西園寺さんがお風呂前の広めのスペースに正座し、深くお辞儀した。

思わず僕も正座になる。

 

そして、彼女の舞が始まった。

音もなく立ち上がると、疾駆守扇子をバッと広げ、すり足で動きつつ、

身体の各部を巧みに動かし、狭い空間で大きく舞う。

日本舞踊なんてガラじゃないけど、彼女の技術が優れていることは素人目にもわかる。

 

舞は静かに激しさを増す。扇と着物と身体の動きを目一杯活かして、

小さな身体でこの場の全てを魅了する。時に穏やかに、時に荒々しく。

僕は完全に彼女に魅入られていた。

歌も何も流れていないけど、そんなことは問題にもならない。ただ、美しい。

 

夢のような時間は、あっという間に過ぎてしまった。

きっと浦島太郎が龍宮城で見た舞も、こんなに美しかったことなんだろう。

彼女は再び正座し、お辞儀する。僕は、しばらく放心状態で拍手を続けていた。

たっぷり1分も経って、ようやく感情を言葉にできた。

 

「美しすぎて、言葉が出なかったわ……」

 

「エロい服着てるくせに、日本舞踊の良さがわかるなんて、江ノ島おねぇもやるじゃん」

 

「エロいとか言わないでよ……結構恥ずかしいんだから。西園寺さん、ありがとうね」

 

「な~んで江ノ島おねぇが礼言ってんだか。こ、これで貸し借りなしだかんね!」

 

「うん!こんなに素敵なものが見られるなんて、思わなかった」

 

「わたしもこの扇子で舞える日が来るとは思わなかったから、マジびっくり」

 

「いつか、みんなにも見せてあげたら?」

 

「イヤぷ~!これは江ノ島おねぇだけの舞台だって言ったじゃん!」

 

「ふふ、そうだったわね。

嬉しいような、みんなに悪いような気がするけど、もう行くね。少し寄る所があるから」

 

「えー!?一緒にレストラン行こうよー」

 

「ごめん。もうひとりだけ大事な人がいるの。ほら、小泉さんとあと一人、ね?」

 

「む~!早く来てよね!」

 

「すぐ行く!じゃあね!」

 

西園寺さんのコテージが出ると、最後にプレゼントを渡したい人のコテージを訪ねた。

何だか、王女様に謁見するようで緊張した。いや、実際これから王女様に会うんだけど。

呼び鈴を押すと、小さな歩調の足音が静かに近づいてきて、ドアが開いた。

 

「あら、江ノ島さん。その格好どうなさったの!?」

 

「たくさんのハズレと1つのアタリ!

モノモノヤシーンを大量に回してようやく手に入れたの」

 

「一体何が欲しかったんですか?」

 

彼女が首をかしげて青い瞳をぱちくりさせる。本当に美人だなぁ。

 

「私が使うものじゃないの。今朝のお礼がしたくて」

 

「お礼?」

 

「みんなでいろいろオシャレの仕方を教えてくれたよね。あれ、とっても嬉しかったの。

だから何か形でお礼をしたくて。……これ、受け取って」

 

クグロフを差し出すと、彼女がパッと明るい笑顔を浮かべた。

よし!3人全員に喜んでもらえたぞ!

 

「まぁ!クグロフはわたくしの大好物なんです!ありがとうございます!」

 

「よかった!私も喜んでもらえて嬉しい」

 

「でも……もうすぐ夕食の時間ですね。今は食べられそうにありません。

明日のおやつにさせてもらいますね」

 

「うん。今食べたら、夕飯が入らなくなっちゃうからね」

 

「わたくしは少し支度がありますので、先にレストランに行ってくださいな」

 

「わかった!また後でね」

 

ソニアさんと別れた僕は、達成感と幸福感で有頂天になっていた。

一旦テントに荷物を下ろしに戻ってから、スキップでホテルに向かった。

みんなに変な目で見られたけど、そんなことどうだっていいや。

 

みんなと少しでも距離が縮まったこと、

顔を合わせてお話しできたことが嬉しかったんだ。

この後花村君と嫌でも接近することになるけど、僕はちっとも気にしない!

 

ちなみに、日向君にはアメリカンクラッカーを渡したけど、微妙な顔をされた。

やってみると面白いんだけどなぁ。世代じゃないからしょうがないか。

 

 

 

 

 

……わたくしは、監視カメラに人差し指でバツ印を作り、動作を止めると、

テーブルに置いたものに目を向けました。

皿に乗ったクグロフ。

それを手に取るとわたくしは、ゴミ箱に思い切り叩き込んだのでした。

 

 




ショクザイ ノ カケラ ヲ ゲットシマシタ

トガミ ビャクヤ ×30
ナナミ チアキ  ×50
ツミキ ミカン  ×50
ミオダ イブキ  ×30
クズリュウ フユヒコ ×30
ペコヤマ ペコ  ×30
タナカ ガンダム ×50
オワリ アカネ  ×10
ニダイ ネコマル ×30
コイズミ マヒル ×50
サイオンジ ヒヨコ×50
ヒナタ ハジメ  ×10
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