江ノ島盾子にされてしまったコミュ障の悲哀【完結】 作:焼き鳥タレ派
未来機関第一支部
残党の制空権の及ぶエリアを回避しつつ、ヘリで第一支部に到着したボク達は、
未来機関会長、天願和夫の執務室で、大きな円卓越しに、
会長と並ぶ副会長、宗方京介と面会していた。
磨き抜かれた高級木材の椅子に座る未来機関のトップとナンバー2を前に、
ボクは息苦しいほど緊張する。さすが霧切さんは凛として締まった表情を崩さない。
やがて、宗方副会長が口を開いた。
真っ白なスーツに、同じく白い髪をショートカットにした長身の彼が、
直立不動のボク達を切れ長の目で睨みつける。
「……立っていないで座れ」
「は、はい!失礼します!」
「失礼します」
ボクは慌てて二人の真向かいに座った。やっぱり霧切さんは落ち着いた様子で。
「第十四支部構成員、苗木誠。
まずは、未来機関全体の意思を伝えておこう。“よくもやってくれたな”」
「こっ、この度は!誠に申し訳……」
「黙れ。謝って済む問題ではない。
江ノ島盾子“らしき”人物を確保した責任者は、貴様。
希望更生プログラムVer2.01の管理を申し出たのも、貴様。
その結果がこれだ!第三者によるプログラムへの介入を許し、
ジャバウォック島防衛のために、多額の予算を費やす結果を招いた!」
宗方さんがスマートフォン型のデバイスを操作すると、
目の前にホログラフの画像が浮かび上がった。
未来機関のイージス艦と、謎の艦隊が交戦している様子が映されている。
敵艦の甲板にはロケットランチャーを持ったモノクマが多数。
ミサイルの撃ち合いで双方に甚大な被害が出ている。
「塔和モナカが潜伏している塔和シティー攻略は手詰まりの状況だ。
無尽蔵に生産されるモノクマに対し、こちらの兵力は限られている。
どう動いても押し負ける。つまり、お前は江ノ島盾子のみならず、
構成員、協力者の命すら危険に晒しているということだ。それを理解しているのか!」
「はい……」
天願さんは、伸ばした白い顎髭を撫でながら、黙って宗方さんの話を聞いている。
室内でもグリーンのコートを脱がない彼は、
齢を重ねた者だけが身につける静かな覇気を放っている。
「挙句の果てには……その江ノ島盾子すら偽物だっただと!?
貴様はこの無様な結果についてどう責任を取るつもりだ!
事が公になれば、ようやく絶望の根源が捕らえられたと、
民衆の間に広がった安堵はそのまま絶望に逆戻り。未来機関の信用は地に落ち、
絶望のみならず、民間人からも犯罪組織として非難は避けられん。
そして江ノ島の姿をした誰かにどう賠償する?
ヒラの構成員が床に頭をこすりつけたところで済む話ではないぞ。
……確か貴様は幹部候補生だったな。もう出世の道はないと思え」
「はい、承知しています。本当に……」
「お待ち下さい」
ボクがもう一度頭を下げようとすると、霧切さんが発言した。
「……何だ」
「彼に全ての責任を負わせるのは間違いではないかと思います。
確かに希望更生プログラムの運用について、彼に不手際があったのは事実です。
ですが、プロジェクトの開始そのものは未来機関上層部の承認あってのこと。
現在プログラム内で生存している江ノ島盾子に関しても、
DNAが希望ヶ峰学園に残された彼女の肉体の一部から回収されたものと完全に一致。
この時点で彼女を別人だと見抜くことは誰にもできなかったのではないでしょうか」
宗方さんの視線が鋭さを増す。
「第十四支部支部長、霧切響子……
なるほど、この状況に陥ったのは我々のせい、と言いたいわけか。
君も、彼と同じヒラに戻って書類整理の任に就きたいようだな」
「構いません。ただし、部下の苗木だけでなく、
今、申し上げた2度目の希望更生プログラムの承認に携わった、
全ての関係者について責任の所在を明確にしていただくことが条件です」
「条件だと……!お前たちは自分の立場を」
「待ち給え。二人共、そこまでじゃ」
その時、初めて天願さんが口を開いた。柔らかく、だけど威厳のある口調で語る。
「若い者は喧嘩っ早くて困るのう。
まあ、遠慮のないぶつかり合いこそ、未来を担う若者らしい姿なのかもしれんが。
宗方君、君は今回の計画についてマイナス面ばかりを挙げておるが、
ワシは2度目の希望更生プログラムは、失敗ばかりではなかったと思っておるよ」
「会長、何を!」
「江ノ島盾子のただの人間としての生き方を見せることで、
多くの残党が頼みにしていた絶望の無意味さを悟り、元の価値観を取り戻した。
それは、事実。
協力者の中で唯一、Ver1.0でも絶望への執着を取り除けなかった狛枝凪斗君が、
江ノ島盾子に似た誰かによって見事に治療された。
それも、事実。
宗方君。さっき君は、未来機関全体の意思なるものを述べたが、
ワシはこう言いたい。“今までよくやってくれた”」
そして天願さんがボク達に微笑んでくれた。でも、宗方さんの方は黙っていない。
「だから貴方は甘いというのです。
そもそも私は希望更生プログラムなど、初めから反対だった。
たかだか20名足らずの絶望の残党を救って何が変わったというのです。
今は“協力者”などと呼ばれていますが、
私に言わせればあんな連中、斬って捨てればそれでよかった!
それを独断で匿い、未来機関を巻き込み、混乱に陥れた苗木誠!貴様の罪は重いぞ」
「ふむ。ワシとしては、たかだか20名足らずを斬って捨てたところで、
何も変わらんと、そう思う。刀を振るうだけでは世界から絶望を駆逐することはできん。
とにかく、希望更生プログラムから皆を現実世界に呼び戻すのが最優先事項じゃ。
江ノ島に似た誰かには、ワシからも詫びよう。
その上で、彼を元いた世界に帰還させる方法を探す」
「会長……その江ノ島ですが、闇に葬るべきだと、私は思います」
宗方さんが最も恐れていたこと口にする。
霧切さんも表情には出さないけど、その雰囲気が張り詰めたものに変わる。
強硬派の宗方さんが、江ノ島盾子の口封じを具申するのは予想してたけど……!
「なにを馬鹿なことを!
なぜ他の支部長を呼ばずに、こうして4人だけで集まっているのかわからんのかね。
我々は本来無関係な人物に刑務所で過酷な生活を送らせた。
その事実が広まれば世界は終わる。情報漏えいのリスクを最小限にしているというのに、
この上まだ秘匿すべき罪を重ねるつもりなのか!我々自身が絶望となってはならん」
「しかし、全てを知った江ノ島が、怒りに任せてどんな行動に出るか。
そのリスクもお考えですか?」
「リスクヘッジの名の下に、取り越し苦労で人殺しをするなど認められん。
この件に関しては、彼らが帰還してから改めて議論する。
結論を出すのはそれからじゃ。よいな?
……霧切君、苗木君。今日の所はここまで。後はワシと宗方君で詰めておく。
ジャバウォック島住人のケアと戦刃むくろへの対処については、引き続き君達に任せる。
頼んだぞ」
「寛大なご処置に感謝致します」
「はい!ありがとうございます!」
ボク達は天願さんに深く頭を下げた。
「ふん……今度はヘマをするなよ」
明らかに不満そうな宗方さんにも一礼する。
「必ずみんなを無事に連れ戻して見せます!」
「では、私達はこれで失礼します」
「うむ。吉報を待っておるぞ」
そして僕達は天願さんの執務室から退室した。
しばらく無言で歩いて、防音カーペットの敷かれた通路に出ると、
ボクは大きく息をついた。
「はぁ~生きた心地がしなかったよ。
天願さんはともかく、宗方さんは厳しい人だからね」
「あなたが協力者や江ノ島さんの命運を握ってるんだからしっかりして。
でも、彼が彼女の処置を口にした時は、私もどうなることかと思ったわ」
誰もいない場所に来た所で会話を始めたけど、どこで誰が聞いているかわからない。
ボクも霧切さんも要点をぼかして話す。
「みんなには準備でき次第、シャットダウンをしてもらうつもりだけど、
あの軍人はどうしよう」
「放っておけばいいんじゃない?そいつはもう抵抗できない状態だし、
協力者と彼女さえ無事に帰ってくれば、それでいい。
あとは送り込んだ者が用済みのシステムから勝手に回収するでしょう。
どのみち本体は攻めあぐねている塔和シティーにあるんだし、
これ以上私達にできることはないわ」
「そう言えば、セキュリティの方はどうなってるの?」
「専門家が穴を塞いだけど、一度破られた防御は、またすぐ破られる。
新しい壁を一から作り直すには時間も人員も足りない。
結局、皆の避難を急がせるほうが安全なの」
「わかった。彼にそう伝えておくよ」
一仕事終えたボク達は、第十四支部へ戻るヘリに乗るため、
ヘリポートのある開けた区域に向かった。
「本当に悪い……風呂の世話まで任せるなんて。
すっかり身の回りの問題について忘れてた」
「気にしないで。他の時間は殆ど座ってるだけだもん。
外で働いてるみんなに悪いくらい」
今、僕達はホテルのシャワールーム入口にいる。
日向君に頼まれたのは、戦刃むくろの風呂の世話。
緊張しながら慎重に彼女の縄を解き、更衣室に押し込んだ。
「10分で済ませてね。妙なことしたら殴るから」
「わかってる。盾子ちゃんに迷惑は掛けないって」
「ならいいけど……それじゃあ日向君、あとは任せて!」
「近くにいるから、何かあったらすぐ大声で俺を呼べよ?」
「じゃあさっそく」
「何だ?」
「更衣室の監視カメラを止めてくれるかしら。まあ……これでも一応女の子だから。
私じゃできないの」
「そうだったな。わかった」
彼が監視カメラに向かって例のバツ印を作ると、電源のランプが赤に変わる。
「ありがとう。すぐ終わらせるから」
「いや、こっちこそ、ありがとうな……江ノ島」
やっぱり微妙に僕への態度がおかしい日向君が、
シャワールーム近くの休憩スペースに行くと、戦刃が服を脱ぎはじめた。
徐々に彼女の肌が顕になる。
う~ん、目を離しちゃいけないんだけど、直視することもできなくて、
さりげなく壁の隅を見ながら視界の端に彼女を収める。
「ごめんね、汗まみれで臭いでしょう」
「別に」
「徹底してるんだね。いつもみたいに臭いって言ってほしいな。
昔はトイレ用の消臭スプレーかけられたりしたっけ」
「……人間なら汗をかくのは当たり前だし、それが臭いを出すのも当たり前。
わかったら早く汗を流して」
「そんな優しい盾子ちゃんが、突然包丁を手にここの人達の殺戮を始めたら……」
「蹴るわよ」
「蹴って……いだっ!」
戦刃の要望に答えるのも癪だったから、ゲンコツで額を突いた。
「もう3分経ったわよ。
バカなこと言ってると、二度と風呂に入るチャンスが巡ってこなくなるから」
「ごめん、何か気に触ったかな?」
「ええ。あなたがさっさと風呂に入らないことにイラついてるわ。4分」
「ごめんなさい、すぐ済ませるから!」
急いでシャワールームに入る戦刃を見ると、不意にデジャヴに襲われた。
ああ、そうだ。僕自身だ。
ここに来たばかりのころは、怒られるのが嫌で謝ってばかりだったっけ。
今となっては昔の話だけど。
温水の流れる音と共に、鼻歌が聞こえてくる。“翼をください”。
……狂った姉妹の片割れでも、みんなが知ってる歌を歌うことがあるんだな。
そんなことを考えながら、マーケットから調達した着替えのジャージと下着を
カゴに用意する。事情が事情だから、ウサミが無料で支給してくれた。
身体を洗った戦刃がシャワールームから出てくると、
備え付けのバスタオルで身体を拭き、ジャージに着替えた。
僕は日向君を呼んで、彼女に指示を出す。
「日向くーん、終わったよー。
……ほら、壁に手をついて。彼が来たら自分で両手を出して縛ってもらうのよ?」
「盾子ちゃんに縛ってほしい」
「そうね。思い切り首を縛るのも楽しそう」
「厳しいなぁ。そういうところも盾子ちゃんらしいけど」
「待たせたな。戦刃、手だ」
日向君が来た途端、ふてくされた表情に変わって、黙って手を出す戦刃。
再び日向君が超高校級の希望の時に覚えた手順で、手早く拘束すると、
僕は彼女を連れてレストランに戻る。
「洗濯は七海がやってくれる。くれぐれも江ノ島に手間を掛けさせるなよ」
「……指図しないで」
「また殴られたい?彼はあなたを殺すこともできたの。
せめて大人しく素直にしてることで、その借りを返しなさいって言いたいのだけど」
「お、おい……」
「盾子ちゃんがそう言うなら、そうするけど……」
「私に甘えないで。ほら歩く!」
「ああっ!お、押さないでくれると嬉しいな?盾子ちゃん」
「え、江ノ島。あまり気負う必要はないんだぞ?
本当に万一の時は俺がいるから、肩の力を抜いていいんだ」
「あ、うん。わかった……また後でね」
「ああ。お疲れ」
戦刃を連れてレストランへ戻る途中、やっぱり奇妙な感覚を覚えた。
思えば日向君が言っていた通り、戦刃を相手にしていると、
どういうわけか興奮しやすい。彼女の監視を任されてからずっと。
以前の僕なら、いくら敵でも、あんな強い態度は取れなかったのに。
ほんの少しだけ不安な気持ちを抱えて、レストランの定位置に戻った。
戦刃と付かず離れずの席に座ると、また何もしないという苦行を始めた。
彼女の監視という仕事だってことは分かってるんだけど、
頑丈に縛られてる戦刃が暴れる可能性は殆どゼロで、
頬杖をついて次の食事を待つしかなかった。でもやっぱり退屈だ~
ピロロロ……
そう思った時、電子生徒手帳にメールが届く。
やった!緊急の連絡かもしれないからこれは読まなくちゃね。
合法的な暇つぶしがやってきて、ウキウキしながら開いた。だけど。
送信者:<送信者不明>
件名:モナカだよ~
添付:18年度版プログラミングの基礎知識と構築理論.txt
盾子お姉ちゃん、久しぶり!元気だった?
あれから連絡がないって事は、むくろお姉ちゃんは失敗したってことだよね。
やっぱりお姉ちゃんの言う通り、残念な人だったんだね……モナカも悲しいよ。
こっちの状況はあんまり良くないの。
ジャバウォック島への船は未来機関に沈められちゃったし、
セキュリティが再強化されちゃったから、ビデオ電話はもうできない。
なんとかテキストメールを送るだけの隙は見つけたけど。
でも良い知らせもあるのよ!
テレビ中継で見てたけど、盾子お姉ちゃんって、
何でも分析して自分の力にできちゃうんだよね?驚いちゃった!
だったら、プログラミングの手引書一冊読めば、
そっちの世界を好きにできちゃうってことにならないかな?
だってそっちはファイアウォールの向こう側なんだもん!ウププ!
一冊テキストファイルに起こして添付したから読んでみて!
分厚い手引書を打ち込むのは大変だったけど、
モノクマちゃんが一晩でやってくれました!
盾子お姉ちゃんの頭脳ならきっとできるよ!
それじゃ、頑張ってね!
電子生徒手帳を持った手が汗ばむ。
どうしよう。添付ファイルのアイコンに向けた人差し指が動かせない。
何かのウィルスかもしれない。でも、手の込んだファイルはもう送れないらしい。
未来機関の人も馬鹿じゃない。最初にモナカが接触してきた時点で対策はしているはず。
なら、やっぱりこれは単なるテキストファイル。思い切って画面をタップした。
テキストファイルとは言え、
膨大な文章量の手引書一冊分のデータをダウンロードするのには、時間がかかった。
10分程度使ってようやく落としたファイルを開くと、画面いっぱいに文字が広がる。
流石に前書きや目次は省いてあったけど、
これを全部読めというのかと愚痴りたくなるほど、
見たことの無いコマンドや難解な解説が文字の暴力となって押し寄せる。
とりあえず2,3ページ読んで、理解できなかったら削除しよう。うん。
勉強苦手だったから教科書の類は嫌いなんだよね……
画面をスライドしてざっと目を通す。やっぱり何もわからない……と思ったら、
中身が抵抗なく頭の中に入ってくる!?
コマンドも例文も論理構築も、面白いほどよく分かる。
僕は戦刃の見張りも忘れて、電子生徒手帳に映し出される文章を、
食い入るように読み続けた。
気づけば夕日の赤い陽が差し込み、帰ってきたみんなの声でようやく我に返った。
「あー、疲れた。あのキャベツって本当にキャベツなのかしら。妙に重いんだけど」
「鉄くず集めってハードっすね。他に比べてダントツにキツいっす……」
「かつて機械仕掛けの神がこの大地に降り立った証だ。
彼の者は三千世界を渡り歩き、時来たらば、破滅と救済を衆生にもたらす、
善と悪双方に属する危うき存在。心して手にすることだ」
「よーするに“手ぇ切らないように気をつけろ”ってことだろ。
相変わらずまどろっこしーな」
慌てて画面を切って、みんなを出迎える。
「おかえりなさい。みんなお疲れ様!」
「おう、江ノ島もお疲れ。
一日中、戦刃と顔突き合わせてるのもしんどいだろ。危ねーことはなかったか?」
「私は全然平気。もうすぐ夕食だから、左右田君もゆっくり休んで」
「そーするわ。今日は軍事施設まで遠出だったからマジ疲れた……」
「ほら、戦刃もテーブルまで来て。全員一緒に食卓に着く規則だから」
僕はソファに寝そべるように横になっていた戦刃を呼んだ。
生徒手帳に夢中で気づかなかったけど、既に花村君が配膳を終えている。
「どうしてもやらなきゃ、駄目?」
「嫌なら食べなくていい。私も仕事が減って楽だし」
「待って、すぐ行くから!」
戦刃が起き上がってテーブルに向かう。いちいち面倒を掛けさせないでよ。
彼女を食卓に誘導すると、自分もいつもの席に着いた。
そして弐大君の号令で食事を始める。今夜はカレーライスとサラダ。
1回だけセルフサービスでおかわり可。
美味しいけど、江ノ島の身体になって少食になっちゃったから、
結局おかわりはしなかった。この後仕事も残ってるし。
「「ごちそうさまでした!」」
たらふく食べて満足したみんなと、厨房に食器を返しに行く。
洗い場に食器を置いて花村君に挨拶すると、
戦刃に食事をさせるために、テーブルにとんぼ返り。
思えば彼女も少しだけ気の毒だね。冷めた料理しか食べられないんだから。
彼女の隣に座ると、必要最低限の事だけ伝える。
「今からあなたの食事だけど、1回だけカレーをおかわりすることができる。
始めるわよ、ほら」
「……いただきます」
「はい。まずカレーを一口」
「あーん」
「喋らない」
もどかしい気持ちで戦刃に一口ずつ食べさせる。早く続きを読みたい。
戦刃の口に押し込むようにカレーを運ぶ。
「ちょっ、盾子ちゃん早いよ!」
「え、あ。うん……」
いつの間にか口の周りにカレーをいっぱい着けている戦刃。焦りすぎたね。
とりあえずおしぼりで拭いてやって、気持ちを落ち着けてから食事を再開した。
「どうしたの?昼間はずっとスマホ見てたし」
「お口にチャック。
……なんでもないわ。あれは電子生徒手帳。まあ、似たようなもんだけど。次はサラダ」
そんな感じで戦刃の食事も終わらせると、また僕達はレストランで待機。
そう言えば、戦刃以外みんな絶望から解放されたわけだけど、
まだ未来機関から迎えっていうかプログラム終了の知らせは来ないのかな。
あ、そっか。僕が絶望の江ノ島じゃないっていう証拠が見つかってないからね。
もう学級裁判が起こる心配もないし、腰を据えて探すとしますか。
僕はソファに座ると、またプログラミングの教科書を読み始めた。
やっぱり面白いけど、なぜだろう。
なんだか見ちゃいけないものを見ているような気がしてきた。
時刻はもう夜中。戦刃は眠っている。
「……終わった」
プログラミングのテキストをようやく読み終えた。
江ノ島盾子の脳が難なく理解したとは言え、
何時間も小さな画面で小さな文字を読み続けたから、目が痛い。
目頭を抑えて、伸びをした。
もう寝ようかとも思ったけど、試してみたいことができちゃったから、
きっと寝られないと思う。
今度はメモ帳を開いて、習得したプログラミングの知識を活かし、
電子命令文を編み上げていく。
まず、この世界を構成するプログラムを可視化するアプリを作る。これはすぐに出来た。
もう“β版超高校級のプログラマー”程度には、なれた気がする。
起動すると、膨大なコマンドの海が広がる。カメラ機能と連動してて、
手近なテーブルを映すと、それが大量の0と1で構成されていることがわかった。
テキストの言語と、
希望更生プログラムVer2.01に使用されている言語は違うものだけど、
じっくり観察すると、何がどう機能しているのか、基礎的な動きは似通ってる。
とうとう僕は、江ノ島の分析能力で希望更生プログラムの全てを把握した。
やることはもう、一つしかない。
再度メモ帳を開き、
今度は直接、希望更生プログラムに干渉するアプリの作成に取り掛かる。
いけないことをしているのは分かってるけど、
好奇心や初めてのプログラム作成の楽しさに、指が止まらなかった。
深夜3時も回ったころ、流石に疲れて横になる。
それから次の日も、また次の日も、僕は戦刃の世話もそこそこに、
複雑なプログラムを打ち込み続けた。そして数日後の深夜、それはついに出来上がった。
「やった、完成した……」
僕の電子生徒手帳にしかない、秘密のアプリ。名付けて“バーチャルハッカー”。
もしバグがなければ、ウサミのステッキと同じくらい、
またはそれ以上に強力な力を持つ。
後は、ウサミや七海さんにシステムの改変を検知されないよう細工して……よしOK。
これは正しいことに使おう。
例えば、そばで寝ている戦刃を向こうの世界に追い出すとか。
でも、実際使う前にテストは必要だよね。僕は静かに揺れる振り子時計に気がつくと、
アプリを起動し、カメラ機能で時計を映しながら、コマンド“停止”をタップ。
すると、振り子が一番高く振れたタイミングで、その動きを止めた。
成功だ……!このバーチャル世界の物理法則に逆らって、振り子を止めることができた。
僕はもう、この世界でなんでもできる。“作動”をタップすると、再び時計が動き出す。
手の体温と長時間の使用で熱くなった電子生徒手帳は、すっかり手汗で濡れていた。
好奇心に突き動かされるまま、僕はアプリでレストランの身近な物をいじくり回す。
大丈夫。正しい事だけに使うんだから。
服でゴシゴシと本体を拭うと、再度操作に戻った。
今度は、戦刃をこの世界から追い出すために、
彼女が辿ってきたネットワークの道筋を閲覧する。
今度は眠る彼女をカメラで映し、“追跡”をタップ。
すると画面が切り替わり、無数の枝分かれする道筋が、
この世界を示す一点に集中している。
画面の右下に、“解析率0%”という表示が現れ、数字がどんどん増え始めた。
パーセンテージはあっという間に増加し、100%に到達。
道筋の一本がグリーンに光った。
希望更生プログラムは強固なプロテクトで守られてるけど、
内側からはあっさり突破できちゃうんだな。
この道の向こうが、戦刃の肉体がある場所なんだと思うけど、
彼女の扱いについては日向君と相談しなきゃ。
あれ?枝分かれしたネットワークのそばに、一本だけどことも交わらず、
真っ直ぐ伸びたラインがある。なんだろう。ひょっとして、新しい攻撃者かもしれない。
チェックしておかないと。朝までに日向君に全部報告できるよう情報を集めるんだ。
僕は自分に言い訳しながら、その寂しげに一筋だけ伸びた線をタップした。
そのネットワークの詳細が表示される。
まず“緊急回線”という名前と音声のログであるという旨が示され、
再生・保存・閉じる、の3つ選択が求められた。
まずは“保存”を選択し、端末にダウンロードした。
数秒ほどでホーム画面に音声ファイルのアイコンが現れる。
戦刃を起こさないように、というか聞かれないように、
ポケットから簡素なイヤホンを取り出し、本体に挿すと、
耳にマイクを入れてファイルを再生した。
“様子は見てたよ!まさか狛枝クンの治療に成功するなんて!”
これは苗木君の声だ。狛枝君の件で驚いてるってことは最近のファイルだね。
そうじゃない!人の会話を勝手に聞くなんて駄目だ。早く切らなきゃ。
……でも、焦って操作に手間取っていると、気になることが聞こえてきた。
“日向君、君はそばにいて何か気づかなかった?”
“……ある。物凄く重大な事実だ”
重大な事実?僕の分析能力の他になにかあったっけ?
“いいか、心して聞け。江ノ島盾子は、別人だ”
──江ノ島盾子は、別人だ
えっ。そうとしか言葉が頭に浮かばない。口も動かない。心が凍りつく。
“……能力のいくつかが、彼女の視神経を通して脳を走る微弱な電流をキャッチした。
ああ驚いたさ、少女の身体の中で、男性の心が動いてたんだからな!”
じゃあ、日向君は、本当の僕を知ってて、黙ってたってこと……?
“とんでもない間違いだった。無実の人間を刑務所に閉じ込め、番号を付け、
粗末な食事を与え、怒鳴りつけ、働かせていた。時には暴力も……”
間違いだったなら、どうしてすぐに出してくれなかったの?強制シャットダウンで。
“もし、そんな事実が知れ渡ったら、世界は未来機関を許さない。
更なる絶望と怒りが今度こそ世界を破滅させる”
そこで僕はファイルを閉じた。朝焼けが差し込んできて僕の顔を照らす。
口には三日月のような笑みが浮かび、目から熱いものがあふれだす。
「フ、ヘヘ……アハハ、アハ、ハァ……」
よくわかったよ。
日向君も苗木君も、やっぱり僕をモルモット程度にしか思ってなかったんだね。
虐待するか可愛がるかが変わっただけで。
人としての僕の尊厳より、未来機関や、世界や、自分達の都合のほうが大事なんだね。
昨日まで仲間仲間、連呼してた僕がバカだった。
この刑務所で彼と過ごした時間も、所詮はお友達ごっこでしかなかったわけだ。
現実はそれより最悪だったけどな!!
「盾子ちゃん?どうしたの……?どうして泣いてるの」
目が覚めた戦刃が話しかけてくる。事によっては、彼女と。
「わかんない。嬉しいのかな。ひょっとしたら、これが絶望の悦びって奴なのかもね。
本当に、予想もつかない展開で驚かせてくれるよ……」
「やっと本音で喋ってくれたね!私にできることがあれば、なんでも手伝うから」
「うん、当てにしてる。多分」
「ついに決行するんだね。私、盾子ちゃんのために頑張るよ」
「覚悟しろ。日向創、苗木誠……」
僕はヘラヘラ笑いながらソファの上で待ち続けた。
そして夜が明け、朝食の時間がやってくる。
花村がせっせと食事を用意しながら、ずっとレストランにいた僕に話しかける。
「おはよう江ノ島さん。昨日は徹夜だったの?目が真っ赤だよ」
「……おはよう。まあ、そんなとこよ。楽しいアプリを作ってたから。
後でみんなにも見せてあげる」
「プログラマーの才能まであるんだ!江ノ島さんって凄いなー」
朝食の時間。あいつが現れたらどうしてやろう。出会い頭に問い詰めてやろうか。
それとも、もったいつけて全員の前でネチネチと責め立ててやろうか。
などと考えているうちにメンバーが集まってきた。
「ふぁ~。はよっす。……おおっ、コーンスープの芳しい匂い!
唯吹の脳細胞が一気に花開いたっすよ!」
「ぷぷっ!澪田おねぇはいつもお花畑じゃん」
「日寄子ちゃん。なんてこと言うの」
「は~い、ごめんちゃーい」
「タァハ!まるで反省ナッシン!別にいいっすけど!」
「ケッ、飯くれえで朝っぱらから騒ぐんじゃねェよ。オラ、全員さっさと席着けや」
「ぼっちゃん、さあお席です」
「いい加減それやめろって……お前は用心棒でウェイターじゃねえんだからよぉ」
呑気な連中がゴソゴソとテーブルに着く。あいつはまだか。
……来た!階段から、あの尖った頭が見えた。
「悪い、遅くなった。江ノ島もこっちに……目が赤いぞ。どうしたんだ」
「……徹夜で手帳いじってて」
「江ノ島でもそんなことがあるんだな。みんなそろったし、食べよう」
江ノ島でも、か。僕の何を知ってるんだか。
「うむ、では皆の者、手を合わせい!」
戦刃は茶番だと言ったけど、今は僕にも茶番にしか見えない。
元の世界なら、黙ってコンビニ弁当を、もそもそ食ってればそれでよかったのに。
貧相だけど、少なくともあれは本物だった。
「「いただきます!」」
スープやパンを口に運ぶ度に味覚が刺激されるけど、
どうせ0と1で作られた偽物でしかないと考えると、
“美味しい”と感じることさえ面倒になってしまった。
ただひたすら皿の上に乗っている物体を体内に取り込む作業を繰り返す。
食事を終えて、食器を厨房に返し、花村に形だけの挨拶を済ませて、
戦刃の食事に取り掛かる。
日向が隠していることについて、洗いざらいぶちまけようと思ったけど、
朝食の一連の流れが終わると、皆さっさと仕事に行ってしまった。
しかたなく戦刃の隣に座って、適当にパンをちぎって、
何も言わずに彼女の口に乱暴に押し込む。
「んんっ、むぐっ!ごほっ、盾子ちゃん、ちょっと待って!」
彼女の抗議を無視して次はスープを飲ませる。
パンが口に残ったままスプーンを突っ込んだから、少し服にこぼれた。
「んぐっ!お願い、少し待って、今飲み込むから!」
「……あのさ。このスープ、美味しかった?」
「別に……あ、いや、美味しかったよ!盾子ちゃんが飲ませてくれるんだもん」
「無理しなくていいのよ。私は何も感じなかった。
どうせここにスープなんてないんだから」
ここにあるものは全部0と1の集合体。初めから分かっていたことだけど、
この目で見てしまってからは、何もかも無機質な何かでしかなくなってしまった。
「どういうこと?」
「説明が面倒。さっさと片付けるわよ。
綺麗に食べ終えないと、私がうだうだ聞かれるの」
「うん……」
その後も僕は戦刃に朝食を雑に食べさせ、食器を下げると、
彼女をレストランの隅に座らせて、日向にメールを送った。以下、そのやりとり。
送信者:江ノ島盾子
件名:重要な話
唐突だけど、私に何か隠してない?
送信者:日向創
件名:RE:重要な話
どうしたんだ。急に。
送信者:江ノ島盾子
件名:RE:RE:重要な話
例えば、苗木と。
送信者:日向創
件名:わかった
コテージで話をしよう。
送信者:江ノ島盾子
件名:だめ
今。すぐレストランに来て。戦刃にも聞いてもらう。
二人きりで会っても、
仕方なかった、許してくれ、黙っててごめん。そんなところでしょう?
返信はそこで終わり。しばらくすると、顔を青くした日向がレストランにやってきた。
そんな彼を冷笑で出迎える。
一歩ずつ慎重に僕に近づいてくる彼を、5mほど手前で止めた。
「ストップ。それ以上近づくと、このボタンをタップする。
するとこの島から私の周辺以外から酸素、正確には酸素を構成するデータが削除される。
みんな仲良く窒息死」
「待て、早まるんじゃない、黙っていたことは謝る!」
知るはずのない緊急回線の内容を知ってる時点で、
これがハッタリじゃないことは理解したみたい。
「盾子ちゃん?それって、作動したら私も死んじゃうんじゃ……」
「うっさいわね、黙ってて。私が聞きたいのは黙っていた理由。
で?音声ファイルの作成時間は大体一週間前。
打ち明けるチャンスはいくらでもあったのに、なんで私に隠してたのかしら」
「……本当に済まない。まず、未来機関もこの事実にパニックになっていて、
君を迎える準備ができていないんだ。もちろん中継も既にストップしている。
次に、システムがある現実世界のジャバウォック島へは、
塔和モナカの妨害で救助船が到着できない。
それから、今、外に出たところで、ここより環境の悪い無人島で暮らすことになる。
データの世界で返事を待つほうが安全なんだ。
最後に、こうなったのは、俺の弱さだ……君の怒りがどんな形で現れるか、怖かった」
「ふーん。それで最近妙に優しかったわけね?」
「そうだ……」
「私としては中途半端な優しさより、真実を語って欲しかったんだけど。
……そうだわ、今すぐみんなを呼び戻して。
私が別の誰かさんだったって教えてあげてよ。
昼まで待ってようと思ったけど、やっぱり退屈でしょうがないからさ。
今度はみんなの反応を見てみたいし。フフッ」
少しばかりの楽しみができて憎悪が少しだけ紛れた。
「……わかった」
日向が電子生徒手帳で全員にメールを送る。
30分ほどしたら全員が真っ青な顔でレストランに集まった。
反応が日向と同じでちょっと笑える。
「ねえ…嘘だって言って。盾子ちゃんが本当に別人だったなんて……」
「残念だけど本当なのよねー!日向君からも言ってやってよ。
そう言えば、この女言葉を使う羽目になったのも、
確か小泉さんの発言がきっかけだったよ・う・な?
オカマやらされるのも、一人称を奪われるのも、とっても屈辱的っていうか、
個人の尊厳を踏みにじられるようで、それはそれは辛いことなの。わかる?
あと、私は盾子じゃない」
「あなたをどう呼んでいいのかわからないけど、謝って済むことでもないけど、
申し訳、ありませんでした……」
小泉が頭を下げるけど、全然足らないな。
「待って!それはわたしがわがまま言い出したせいなんだよ!?
小泉おねぇを許してあげて!」
名前通りヒヨコみたいに小さな西園寺が小泉をかばうように前に出る。
「君も散々私を汚い言葉で罵ってくれたよね。
心配しないで。まずは君をたっぷり……痛っ」
いきなり頭痛が走ると、心の中から誰かが呼びかけてくる。
“アタシの声が聞こえる!?あの日出会ったアタシの一人よ!
あなたの気持ちはわかるわ!でも怒りに任せて早まったことをすると、必ず後悔する!
冷静になって!”
“最近彼が珍しく頭を使っているから何が起こっているかと思えば。
マダム、ボク達は黙っているべきじゃないかな。
彼に矛を収めろというなら、人生を弄ばれた彼の気持ちは、
どこに持っていくべきだと貴女は思う?”
“うっせえんだよババア!あの野郎がどう出るか、こっから面白くなるんだろうが!”
頭を振って江ノ島盾子達の声を追い出す。ええと、次は何をしなきゃいけないのかな。
固唾を呑んで僕を見るみんなをキョロキョロと見回すと、いた。
「……君は後回し。
ソニアさん。確か君には散々ムチでぶたれたよね。レッスンの名を借りた拷問でさ」
「お許しください!好きなだけわたくしをぶって頂いて構いません!
ですから、どうか、皆さんの過ちを許してあげてください!」
僕に跪いてムチを差し出すソニア。それを手に取ると、軽く素振りしてみた。
「ひくっ……!」
ムチがヒュオンと風を切ると、彼女の肩がピクリと動く。
ビビるくらいならよせばいいのに。
「じゃあ、まずはその綺麗な顔に、軽く一発行ってみようかしら。
王女様をムチで叩けるなんて、滅多にできない経験だわ!おかしな趣味に目覚めそう!
アハハ!」
ペチペチとソニアの顔をムチの先で軽く撫でてみる。
「うっ……」
「待ってくれ!」
今度は左右田君が慌てて僕にすがりつく。これからお楽しみなのに、なによもう。
「なにかしら」
「頼む、ソニアさんの代わりに俺をぶっ叩いてくれねーか!?
それで全部許されると思っちゃいねーが、少しは気が紛れると思う!この通りだ!!」
彼が僕に土下座する。勘弁して欲しいんだけど。
土下座ってされる方も心理的負担が大きいのに。
「左右田君、あなたの事は嫌いじゃないの。
初日の事は謝ってくれたし、なんだかんだで気にかけてくれたわよね。
そんなあなたをぶつのは意味がないし、それどころか、とっても、とっても……うっ!」
“そう。あなた自身も傷つくだけ。
左右田君だけじゃない。他のみんなだって、あなたを仲間として受け入れてくれた。
絶望の江ノ島盾子、その姿に湧き上がる憎しみに必死に折り合いを着けて”
“本件に関して貴女が関わるべきではないと考えます。
意思決定は直接苦痛を味わった彼自身が行うべきでしょう。
今の状況について説明致しますと、日向創が未来機関の苗木誠とホットラインで
エマージェンシーなファクターをサジェッションして江ノ島盾子のブレインが
カイネティックなコネクションを起こし心理的ボルケーノがアブソリュートな
ベルベットハンマーでターミナルなハイウェイなのであります。
噛み砕いて申し上げますと、「とっとと消えなクソババア」以上です。
ご清聴ありがとうございました”
“悲しいですよね、どこの馬の骨かも知らないやつに、虐げられるなんて……
あなたは、結局、泣き寝入りしろって言いたいんですね……”
「うるさいなあ!僕の頭から出てけよ!!」
ムチを放り出し、頭を抱える。突然の叫びにみんなが思わず身を引く。
「日向創、全部お前のせいだ!全部!……ううっ」
なんでだろう。なんで僕は泣いてるんだろう。
ここに居ちゃだめだ。心の江ノ島やみんなが僕をかき乱す。
「江ノ島さん!ボクからもお願いするよ!キミがボクを救ってくれたように、
みんなにチャンスを与えてくれないかい!?」
「狛枝凪斗……お前だって……」
「改めて、君に謝りたい。本当の名前を教えてくれないか……?」
「いいよ今更!もう何もかもおしまいなんだよ!日向創の裏切り者!」
ソファから飛び出し、皆を押しのけ、レストランの階段を下りようとした時。
「待って、江ノ島さん」
階段の前で立ち止まったまま、振り向かず七海さんの声を聞く。
「あなたの名前だけは、教えて欲しいな」
「君に恨みはないから答えるよ。
今から3つ嘘をつくから、好きなの選んで。神山、小林、江ノ島2世」
「……わかったよ。そこまで私達が憎いなら、もう何も言わない。
私達はずっとここにいるから、現実世界に帰りたくなったら、いつでも戻ってきて。
今度こそ強制シャットダウンで一緒に戻ろう?」
「言っとくけど、ウサミのステッキの能力は削除しといたから。
後で後悔しても遅いわよ」
「しないよ。あなたの決定を信じる」
そして彼女は左手の希望ヶ峰の指輪をじっと見る。いつまでもそんな物を……!
イラついた僕は電子生徒手帳を手に取る。
このボタンをタップすれば、ある場所に転移する。その時、また頭痛が。
“最後のチャンスよ。
憎しみに流されるまま、みんなとの思い出をなかったことにしないで!
始めは仕方がなかったの!誰もが絶望の江ノ島盾子のせいで全てを失った。
その悲しみが彼女の姿をしたあなたに向いたのは、どうしようもないことだったの!
でも、それを乗り越える度に、大切なものを手に入れてきたはず。
さっきも見たでしょう?みんな、あなたにしてきたことを悔やんでる。
お願い、思いとどまって!みんなのところに戻って、もう一度彼らと向き合って!”
“なーんかオバサンがごちゃごちゃうるさいんですけどー?
ねえ、アンタがやりたいことって、もう決まってるんでしょ?自分に正直になりなよー。
お姉ちゃんもいるし、アタシも力貸してあげるからさ。
ほら、ボタンを押せばそれで準備完了じゃん。
あそこに行けばアンタの能力を存分に活かせるし?
こんどはアンタが連中におしおきしてやるの。
それって~ワックワクのドッキドキじゃない?ねー早く、その手帳であそこにワープ”
二人の江ノ島盾子が選択を迫る。手に持った電子生徒手帳が震える。
僕は、日向を、みんなを、苗木を、世界を……!
?→許す
?→断罪する