江ノ島盾子にされてしまったコミュ障の悲哀【完結】 作:焼き鳥タレ派
未来機関第一支部
磨かれた大理石の床を並んで歩く。
天願さんの執務室に行くのは二度目だけど、前回とは違い、ボクの足取りは軽かった。
なぜなら、今は何もかも上手く行っているから。
まぁ、自分が何をしたわけじゃないんだけど……
そんなボクをたしなめるように、隣の霧切さんが釘を刺す。
「顔がにやけてるわよ、シャキッとして。
そんなことだと、報告内容に関わらず宗方支部長のカミナリが落ちるわよ」
「あっ、そうだよね。宗方さんは厳しい人だから……ふんっ!」
両手で自分の顔を叩いて精神集中していると、
霧切さんが入り口の脇にあるインターホンを押した。
室内で柔らかい電子音が響くと、受話器を上げるような音が聞こえた。
「第十四支部長霧切響子、構成員苗木誠です。
例のプログラムについてご報告に上がりました」
“うむ。入りたまえ”
すると、ドアのロックが自動で開いた。
霧切さんがドアを開けて、ついていくように執務室に入ると、
以前と同じように、天願さんと宗方さんが高級木材の椅子に座っていた。
うう…宗方さんはやっぱりボクをじろりと見てる。
「……希望更生プログラムについて大きな進展があったからどうしても、というから、
二度目の面会に応じた。電波通信では話せないというからこうして出向いたのだ。
我々も暇ではない。内容次第では降格もあり得ると思え」
「早急にお伝えすべき機密性の高い状況をお知らせすべきと考え、ご足労頂きました」
「面白い。話してみろ」
「では、霧切君。現在のジャバウォック刑務所における状況を教えてくれたまえ」
「承知いたしました。では……」
霧切さんが携帯していたタブレットを操作して資料を見ながら、
希望更生プログラムで暮らしているみんなの現状を報告した。
とにかくまずは、江ノ島盾子によく似た誰かが、
ボク達の勘違いでジャバウォック島に閉じ込めていたことについて、許してくれたこと。
彼女が“超高校級の女神”という才能に目覚め、
歌声で絶望の残党を直接元の人格に戻す能力を得たこと。
その能力で、戦刃むくろが常識的な人物に生まれ変わり、
協力者達と共同生活を送っていること。それらを簡潔に説明した。
宗方さんは驚く様子もなく、指先で頭を叩きつつ、
じっとボク達を見ながら、一言口にした。
「……苗木、誠」
「はいっ!」
「首の皮一枚で救われたな。
これまで先の不始末に関する処分を検討していたところだが、
一構成員に割く時間がなかなか取れなかった。
謎の人物の寛容さ、私の多忙さに感謝することだ」
「はい!ありがとうございます!」
ボクは二人に思い切り頭を下げた。
「これこれ、あまり彼を脅かすものではないよ。
前回の会合にあった通り、不可抗力の事由もあったのじゃから。霧切君、他には?」
「はい。実はその謎の人物から、いくつか要望が挙がっています」
「要望だと?我々の首でも寄越せというのではあるまいな?」
「いいえ。まず、すぐジャバウォック島に迎えの艦を出すこと」
天願さん達が難しい顔をして少し黙る。
やっぱり白い顎髭を撫でて考えた後、天願さんが答えた。
「今すぐには難しいと言わざるを得んじゃろう。
太平洋には絶望の残党が乗るミサイル艇が多数うろついておる。
航行はあまりにも危険じゃ。
かつてジャバウォック島に謎の人物を送り出した際にも、どれだけの犠牲が出たか。
江ノ島盾子を希望更生プログラムに接続すれば世界が救われる。
あの時は、我々もそう信じきっていたからのう」
「協力者たる囚人達にジャバウォック島で採掘させていた資源も、
回収成功率は2割を切っているからな。
そろそろ刑務所をあの島から移転する案も出ている」
「問題ありません。
江ノ島盾子氏によると、彼女の歌声で、敵艦の乗組員を正常化できるとのことなので、
通信設備に優れた艦を希望しています。
あと……謎の人物については、しばらく江ノ島盾子のままでいると、
本人がそう望んでいるので、
便宜上我々も“彼”を江ノ島の名で呼称することを提案します」
複雑な状況に、二人が同時に息をつく。
「……江ノ島が世界に真実を伏せていてくれると言うなら、
我々に取って好都合ではあるが、未来機関が所有するイージス艦は後一隻。
それが沈めば我々は海における戦力を完全に失う。会長、どうなさいますか」
「超高校級の女神を信じるしかないじゃろう、
戦刃むくろが真人間に戻った実績がある以上。直ちにイージス艦の突入作戦を開始する。
軍港に連絡を取り、最大船速でジャバウォック島に突入を開始。
接敵次第、希望更生プログラムから最寄りの第八支部を経由し、
江ノ島盾子の歌を艦に届ける。艦は音声データを周囲に放送しつつ、前進を続ける」
「海底の光ファイバーが生きていたことが不幸中の幸い、か。
了解しました。すぐに軍に連絡を……」
「お待ち下さい。最後の要望をお聞き頂きたく」
霧切さんが、立ち上がって早足で退室しようとする宗方さんを引き止めた。
「何だ。責任問題なら後にするよう説得してくれ」
「そうではありません。江ノ島を含む協力者達の生活面についての問題です」
「生活面?なんだ」
「はい。艦が彼女達を回収するまでの期間ですが……」
江ノ島盾子さんの最後の要望を霧切さんが伝えた。
それを聞いた天願さんが笑顔でうなずく。
「ワシの権限で認めよう。
とてもこれまで辛い生活を強いてきた罪滅ぼしにはならんが、
せめて帰還のときまでは羽根を伸ばしてもらうとしよう」
「ありがとうございます。すぐ、本人達に伝えます」
「ふん、何かと思えば。……会長、私はこれで」
「ご苦労」
宗方さんが今度こそ退室していった。一体どんな要望なのか、ボクもヒヤヒヤしたよ。
でも、これでみんなが喜んでくれるなら、それが一番だと思う。
「他には、何か無いかね?」
「わたくし共からは以上です」
「うむ、なら下がってよし。……ああ、霧切君、苗木君。少し待ってくれたまえ」
「なんでしょうか」
「はい!」
「……二人共、重圧に耐えてよくここまで頑張ってくれた。
あの事件さえなければ、今頃君達も大学生活を満喫していたじゃろうに。
最後まで気は抜けんが、君達には感謝しておるよ。
まぁ、こんな事を言うと、また宗方君に“甘い”と説教されるからの。
彼が帰るまで待っておったのじゃよ」
ホホ、と笑う天願さんにつられて、ボク達の顔にも笑みが浮かぶ。
「もったいないお言葉です」
「はい!もったいないお言葉です!」
思わず霧切さんのマネになっちゃったけど、やっぱり天願の励ましが嬉しかった。
「失礼致します」「失礼します!」
執務室から出ると、やっぱりしばらく無言で歩いてから、霧切さんに話しかける。
「よかったね。みんな楽しい思い出を作れるよ」
「そうね。それはそうと、いい加減改まった場に慣れなさい。さっきのアレ」
「あ、やっぱり駄目、だった?」
「駄目だった。
いつまでも私がついてはいられないんだから、しっかりしてね。幹部候補生君」
「反省してます……そうだ、早くみんなにあの決定を」
「伝えてる。ウサミにプログラム運用ルールの変更権限Lv3を送信してあるわ」
そう言って霧切さんはタブレットを見せた。
「アハハ……仕事、早いんだね。霧切さん」
「支局長ならこれくらいでないと、24時間じゃその日の仕事が終わらないわよ」
「見習います……」
ボクは若干へこみながら、廊下を歩く。まだまだ霧切さんには頭が上がらないみたいだ。
「ぱんぱかぱーん!みんなに重大発表でちゅ!」
昼食の最中にウサミが現れ、ジャンプしながら大げさに何か言う。
「お行儀が悪いよ、ウサミちゃん?今は食事中だから静かにしないと」
「七海さんに連絡は来てまちぇんか?もうその必要はありまちぇん!
未来機関が迎えに来るまで、労務も規則も免除されることになりまちた!
マーケットの商品や遊園地を含む全施設が使い放題なので、
好きにジャバウォック島での生活を楽しんでくだちゃーい!」
やったわ。日向君に伝えてもらったあの要望が通ったみたい。
みんなが喜びのあまり、ある種の混乱に陥る。
「マジかよ、マジかよ!?」
「店の惣菜も食い放題なのか!やべえ、オレ泣きそう!」
「ここの連中は全般的に栄養不足だからな。妥当な措置だろう」
「十神くんが過剰なんだと思うけど、とにかく嬉しいよ!」
「あ、あのう、私どうしていいか……誰か説明してくださーい!」
「よかったわね、日向君」
「ああ、江ノ島のおかげだ」
「盾子ちゃんが黒幕!?どういうことか説明欲しいっすー!」
「実はね、昨日、日向君が未来機関と連絡を取ってたときに、
上の人に伝えるよう頼んでたの。
迎えの船が来るまで、最後くらい規則とかなんにもなしで、
自由を満喫させてくれないかってね。イェイ」
掲示板なら、語尾に(キリッ)が付くような表情で、日向君にピースする。
途端にもう阿鼻叫喚の酒池肉林。大騒ぎどころの話じゃない。
みんな無言の食生活に鬱憤が溜まってたのね。
「はっはっ!江ノ島、お前やるじゃねえか!」
隣の九頭竜君が笑いながらバシバシと背中を叩く。痛いわ。
「っしゃあ!そりゃ自分達で決めた規則だけどよー。
やっぱ飯の時くらい周りのやつと冗談言ったりしてーとも思ってたんだよ。
正直いつも息が詰まる感じはしてた」
「素敵ですね。では、これから何をするか決めませんか?
わたくしとしては、戦刃さんと島の案内がてら遊びに行くのが良いと思うのですが」
「アタシ、ソニアちゃんに賛成!むくろちゃんの案内は決まってたんだし、
こうなったら行く先々でみんなで遊んだ方が楽しいじゃない」
「では、あのぅ、最初はどこに行けばいいんでしょうか……」
「まずは牧場だよ。こう見えてわたしが牛の世話してんだから、乳搾りさせてあげるー」
「戦刃さんが、乳を、絞る!?そんな華やかな!」
「花村お黙り!……ごめんね、むくろちゃん。
こいつ、いっつもこうだから、変な事言ったら殴っていいよ」
「だ、大丈夫だよ。はは……」
「牧場という案には賛成じゃ。やはり牛乳は搾りたてが一番身体に良いからのう。
じゃが、牧場の後にはどこに行く。一ヶ所だけでは時間が余ると思うが」
「やっぱり遊園地じゃないかな。
実を言うと、ボクは今回のプログラムでは行きそびれてたから、
自分も入ってみたいってのが本音だけど」
「ふむ。地獄遊園地の門を自らくぐると言うか……
だが忘れるな。深淵を覗き込む時、深淵もまたお前を覗いて」
「オレもまた行ってみてーな。分析したいシステムがまだまだあるしよー」
「最後まで聞けい!なんか最近このパターンが多いぞ!」
「まあ、とりあえずそれで行ってみようか。
もう門限も規則もないんだし、眠くなるまで遊べばいいと思うよ?」
「うふふ、七海さんはいつも眠そうじゃない」
「そうかな?そういえば江ノ島さん、イメチェンしてだいぶ雰囲気変わったね」
「あら、そう?髪を下ろしただけなんだけど」
「私もそう思う。なんというか、ぐっと大人っぽくなったよ」
「ふふっ、ありがと、お姉ちゃん」
「あー、みんな嬉しい気持ちは分かるが、そろそろ食事を再開しよう。
ずっと手元がお留守だと、いつまで経っても遊びに行けないぞ?」
ようやく会話に入り込めた日向君のおかげで、皆が再び昼食を食べ始めた。
「そーっすよ!ここにいる時間がもったないっす!早くハンバーグを片付けるっすよ!」
「早食いはあまり身体に良くありませんが、
わたくしもついフォークを運ぶ手を急がせてしまいます」
「「ごちそうさまでした!」」
こればっかりは癖になってるから、全員食べ終わると、いつもどおり食事を終わらせた。
食器を厨房に運ぶのもいつもどおり。規則から自由になったとは言え、
花村君だけに後片付けまで全部やらせるわけにはいかないからね。
「じゃあ、アタシ達は正門前で待ってるから。ごめんね、花村君に任せちゃって」
「がんびろじゃねんだじ。でびゃーがはやばやいわせんべや」
「“いつものことだから大丈夫。すぐ終わらせるからさ”だそうでちゅ」
「わかった。だけど、慌てないでね」
「おぎ!」
アタシは、急いで洗い物をする花村君を残して、ホテル正門に向かった。
手伝おうかとも思ったけど、彼の皿洗いのスピードを見てると、
素人が手を出しても邪魔になるだけだと思って、お言葉に甘えることにしたの。
全員が門の前で集合して15分ほど経った頃。
“お待たせ~”
花村君が手を振りながらやってきた。
「ありがとう。お疲れ様。それじゃ、出発しましょうか」
彼がみんなと合流して、本当の修学旅行がスタート。
牧場はこの島にあるから、それほど歩かずに到着する。
出だしの観光スポットとしてはちょうど良いんじゃないかしら。
1日目。
大きな風車やサイロが目を引く、緑豊かな牧場に足を踏み入れた。
お姉ちゃんは目一杯景色を楽しむように、ゆっくりと全体を見渡す。
「どーよ、わたしが管理する牧場は!
脱サラ成金親父の中途半端な農場なんか目じゃねーっての!」
「とっても、素敵……西園寺先輩が作った牧場……」
「建物や牛自体は最初からいたけど、動物や芝の世話は全部わたしがやってるから!」
「な、なあ。早く牛の乳飲ませてくれよ、搾りたてのやつ!」
「終里おねぇ、がっつき過ぎ!言われなくても飲ませてやるから、牛舎に来て!」
日寄子ちゃんを先頭に、みんなで5頭の牛が並ぶ牛舎にお邪魔した。
牛や藁の匂いが鼻をくすぐる。
いつも世話をしてくれてる彼女に気づいた牛たちが鳴き声を上げる。
乳牛をなだめるように、順番に頭や首を撫でた。
「おーしおし、落ち着け。餌ならさっきあげただろー?」
「日寄子ちゃん、牛には優しいんすねー。アリには厳しいっすけど」
「ち、ちっがうよ!労務だから仕方なく……ぎゃっ!顔舐めるなー!」
いきなり災難な目にあった日寄子ちゃんに、どっと笑い声が起きる。
「ちっ、覚えてろよ!」
大声で笑う皆を恨めしそうに見ながら、日寄子ちゃんが、
アルミ製の容器を器用に転がすように持ってきて、牛の乳房の下に置いた。
「じゃあ、まずは戦刃おねぇに乳搾り体験やってもらおうかな。こっちに来て!」
「うん。私に、できるかな……」
「大丈夫、罪木おねぇでもできるほど難易度激甘だから」
「うぅ…どうして私が出てくるんですかぁ……」
「まず、お乳を二つ軽く握って」
「こ、こうかな?」
「そう。後は、上から下に少し指に力を入れながら、下に引っ張るの」
「やってみるね。……わあ、凄い勢い!」
「簡単でしょ?とりあえずタンクが一杯になるまで絞ってみてよ」
「これ一杯に?そんなに取って大丈夫?」
「想像以上にいっぱい出るから平気平気。ほら、もっとドバーッと」
その後も、お姉ちゃんは少し緊張しながら乳を絞っていたけど、
慣れてくると手際も良くなって、タンクはあっという間に満タンになった。
日寄子ちゃんが、品質検査用の紙コップに搾りたての牛乳を注いで、終里さんに渡す。
「はい、まず牛みたいによだれ垂らしてる終里おねぇを鎮めなきゃ。ほれ」
「うおお、あったけえ!んぐ……うまい!もう一杯!」
「後にしなよ!本来、戦刃おねぇが最初だっつの。さあ、おねぇも味わって」
「うん、ありがとう!……本当。温かくて、甘みがある。とってもおいしい」
「なんたって、わたしが世話してる牛どもだからね。
他の連中にも飲ませてやるよ。一列に並びな~」
みんな日寄子ちゃんから一杯ずつ牛乳をもらった。確かに搾りたては温かい。
それに……味も市販の牛乳と全然違う。
香りと、ほのかな甘みが口に広がる、初めての味わい。
「うむ、これ良いものじゃ。
余分な加工や混ぜものの無い、牧場だけで味わえる自然の恵みじゃあ!」
「アタシもこんなの初めて飲んだ~!
きっと日寄子ちゃんが丁寧にお世話してるから、こんなにおいしい牛乳が出るんだね」
「フシシ、前から小泉おねぇにも飲ませてあげたいと思ってたんだよね。
思いがけず目標達成できちゃった」
「よかったわね、日寄子ちゃん」
「うん。……なんていうか、江ノ島おねぇのおかげだよ」
「アタシは何もしてないよ。日寄子ちゃんが今まで一人で頑張った成果よ」
「……ありがと」
彼女が少し照れた表情でつぶやいた。
その後も、草原を散策したり、鶏舎の見学をして、牧場の自然を思い切り楽しんだ。
日寄子ちゃんが本来持ってる優しさも垣間見れてアタシも満足よ。
「まぁ、牧場で見るべき所はこんなところだよ。そろそろ遊園地行こうよ~」
「とても楽しかったよ。西園寺さんありがとう」
「狛枝おにぃは外出自体ほとんどしてなかったからね。
今までの分取り返すつもりで遊びな~」
また場所を移して今度は遊園地。
そろそろ3時だけど、閉園時間の制約もないから、好きなだけ遊べるの。
で、ジャンケンや話し合いの結果、
まずはみんなでジェットコースターに乗ろうって話になったんだけど、
左右田君が乗車スペースで足を止める。どうしたのかしら。
「左右田君、気分でも悪いの?」
「……なあ江ノ島。
俺はこの刑務所に来てから、これまで自分の罪や怒りに因われて生きてきた」
指先でニット帽を直しつつ、自分の過去を振り返る彼。
「そうね。……そして長い時間を掛けて乗り越えてきた」
「聞いてくれ。それに意識が向くあまり、俺は大事なことを忘れてたんだ」
「左右田さん。あなたがよければ打ち明けてください。
わたくし達は同じ罪を背負う仲ではありませんか」
「本当に自分が情けねえよ……」
「ご自分を責めないで。さあ」
「実は、実は、俺……」
──ジェットコースターが苦手なんだあああ!!
「はぁ?バッカじゃねーの!?さあ、行こう行こう。
こんな派手なもん忘れるとかアホ過ぎるっての!」
「西園寺に激しく同意だ!しょうもねェ事でもったい付けやがって!
組のモンならぶん殴ってるぞ」
「いっそ、ソニアにぶっ叩いてもらったらどうだ。絶叫マシン嫌いも治るかもしれんぞ」
「いや、九頭竜も辺古山も待ってくれよ。
自動制御システムに興味を引かれてたってこともあるし、
そもそも俺は今までスゲー葛藤をだな……」
「ふん!やはり冥界へ続く死霊列車に恐れをなしたか!
俺は征くぞ、悪魔王の居城へ向けて、いざ参る!」
みんな左右田君を放ったらかしてコースターに乗り込む。
アタシは彼の肩にポンと手を置いて告げた。
「ソニアさん、もう行っちゃったわよ。ナイトがお姫様を放っておいていいのかしら」
「わかったよ、乗るよ。乗りゃいいんだろ……?」
覚悟を決めた彼が、おっかなびっくり一番うしろの席に着いて、安全バーを下ろした。
最後にアタシが左右田君の隣に乗り込むと、先頭の人がタッチパネルを操作して、
ついにジェットコースターが発進した。ゆっくりと機体が坂を上る。
「あああ。ヤバくねえか?ヤバイんじゃねえか、これ!」
「ヤバくないから安心して。そんなことじゃ、ソニアさんに見捨てられるわよ?」
「あ、あ、あ、もう頂上だぞ?なんでみんな落ち着いてんだ!明らかにおかし」
あああああ!!
急降下したジェットコースターから左右田君の叫びが響いた。
慰労会のときに乗りそこねたアトラクションにようやく乗れたわけだけど、
正直彼の悲鳴の方が印象に残ったわ。
うねる鋼鉄のヘビのようなレールを高速で駆け抜け、乗車スペースに戻ってくると、
みんな満足げに機体から降りる。左右田君以外。
今度は澪田さんじゃなくて彼が泡を吹いてるわ。
熟練度の概念があるRPGなら、彼はナイトLv1と言ったところね。
「ほら起きて。ソニアさんが待ってるわよ」
「……世界はな、回ってんだよ。宇宙じゃねえ。地球が……」
意味不明なうわ言を漏らす彼に肩を貸して、ようやく機体から下ろす。
足元がふらついてるから、階段を下りるのも危ない危ない。
しょうがないから、彼を治療するために、みんなに次のアトラクションを提案した。
「みんなー、ちょっと聞いてくれるかしら」
メルヘンチックな音楽が流れる回転木馬。つまりメリーゴーランドの前に全員集結。
彼の恐怖体験を治療するには、ただベンチに寝かせてるだけじゃ駄目ね。
「ったく、世話が焼けるぜ、左右田の野郎は。
(傍目を気にせず乗れるってことじゃねーか!でかした左右田)」
「ごめんなさいねー。みんな付き合わせちゃって」
「構わん。元はと言えば左右田のせいだからな。
(堂々とこれに乗れるとは、何という幸運だろうか!)」
「さあ、左右田さん。どれでも良いので馬にまたがってください。ププッ」
「さーせん、ソニアさん……今、わらいましたか?」
全員で色んな飾りや意匠を施されたカラフルな馬に乗ると、
今度はアタシの馬にタッチパネルが設置されていたから、操作した。
操作と言っても、作動・緊急停止の2つしか表示されてない画面の
片方を押すだけだったんだけど。
メリーゴーランドが動き出す。
設備全体がゆっくり回転しながら、馬が上下し、優しい音楽を奏でる。
時々、落馬しないか心配な彼に声を掛ける。
「左右田くーん、大丈夫?」
「ああ、世界が平和だ。……平和が一番なんだよ。戦争なんかしちゃいけねー……」
完全とまでは行かないけど、効き目は現れてるわ。
「全く、こんなガキみてーなもん、許されるのは小学生までだっての!」
「ああそうだ。まったくもって、違えねえ!」
西園寺さんに同調する九頭竜君だけど、どこか楽しそうに見えるのは気のせいかしら。
とにかく、音楽が終わる頃には、左右田君も完全復活してた。
「いやー、たまには童心に帰るのもいいもんだな!」
「よくねーよ!誰のせいでこんなつまんねーもん乗る羽目になったと思ってんだよ!」
「まぁまぁ、落ち着いて。これからは自由行動にしましょう」
「それじゃ戦刃おねぇ、一緒に遊ぼうよ」
「うん。私でいいなら」
「いんや、まずはオッサンのクレープ食ってけよ。アレは絶品だ」
「食べ物ならぼくに任せてよ。特製ホットドッグを」
「どうせろくでもない形してるんでしょ。却下。
……むくろちゃん、アタシ達は適当に散らばってるから、好きなところに行ってね」
「ありがとう。じゃあ、西園寺先輩と終里さんのクレープを食べに行こうかな」
「なーんか嫌な予感しかしないけど、わたしが一番だね!」
アタシも他の人達とネズミーランドを回ってたんだけど、
後で聞いた話だと、お姉ちゃんも楽しんでくれたみたいよ。
アタシの話は前回と大して変わらないから置いといて、
お姉ちゃんがどこでどんな体験をしたか聞いていって。
まずは終里さんの誘いでスナックコーナーに寄ったみたい。
「ほれ、焼けたぞい!」
「でかっ!何これ!」
「オッサン特製の激辛シシケバブを挟んだ野菜たっぷりクレープだ。うめえぞ!」
「たっぷりってレベルじゃねーよ、戦刃おねぇの顔くらいあるし!
脳筋連中は何考えてんだかわかんねえよ!そうでしょ、おねぇ?」
「いただきます……むぐむぐ」
「あー食べちゃった。付き合うことないのに」
「うん。おいしい。ビタミンとカロリーのバランスが取れてて、
作戦行動前に食べればミッション完了に十分なエネルギーが補給できると思う」
「だろー?なんならもう一個食うか」
「いただこうかな……」
「おっしゃもう一丁追加ぁ!」
「げっ、マジ?悪いけどついていけんわ。
あ、わたしはイチゴクリームだからね。普通サイズの」
その次はタワーから落下する絶叫マシンに乗ったらしいわ。
たらふく食べた後で、よく気分が悪くならなかったものね。
「イヤッフウウウゥゥイ!!」
「キャアアア!」
「……」
降車後もお姉ちゃんは無表情。気になった澪田さんが聞いてみた。
「……あ~んま楽しくなかったっぽいっすね。こういうの好きじゃないっすか?」
「ううん、風を感じられて楽しかったよ。
でも、パラシュート降下訓練じゃもっと高い所を飛ぶから」
「ふゆぅ…それで平気だったんですね。どれくらいの高さから飛ぶんですか?」
「大体このタワーの10倍くらいだよ」
「ワーオ、なら怖がりようがないっすね……それはさすがに唯吹も遠慮っす」
その後、狛枝君達と次のアトラクションに目星を付けていたら、
変なものを見つけたんですって。
「十神クン、ちょっといいかな。あの変な小屋、何?」
「アトラクションのひとつだろう。
見た目からして、大して時間はかからんだろうな。入ってみるか」
「本当にアトラクションかな?誰か住んでる気配がするけど」
「いけまちぇーん!そこはあちしのプライベートルームでちゅ!」
「フン、“どなたでもご自由に見学して下さい”などと書いておいて何を言う。
戦刃、早く着いてこい」
「うん。……どう言えばいいんだろう。ピンクが好きなんだね」
「ベッドも小さいよね。あの身体ならぴったりなんだろうけど」
“どこにそんないたずら書きが!ひょっとしてモノクマが現れたんでちゅか!?”
「枕元に多数のテレビモニター。まさかこれで俺達を監視していたのではあるまいな」
「ねえ。さっきのご自由にお入り下さいって、本当に書いてあったの?」
「いや嘘だ。ざっと眺めるだけの時間は稼げた。それほど面白いものでもなかったな。
出るぞ」
「はは…いけない人だね」
「コラー!あちしを騙しまちたね!どこにもいたずら書きなんか、なかったでちゅ!」
「ご、ごめんね?もう行くから……」
「遊園地などに家を建てる方が悪い。入ってくれと言っているようなものだ」
「まあ、ボクもそれなりに楽しめたよ。ありがとう」
アタシも気にはなってたんだけど、
前回はいろいろゴタゴタがあって、入るチャンスがなかったのよね。
ついていけば良かったかも。
そして日も暮れ、夜が訪れると、
道路やアトラクションがイルミネーションで美しく輝く。
事前の打ち合わせ通り、全員中央広場に集まった。そろそろ帰る時間ね。
「全員揃っているな?もう夕食の時間だ。全員俺についてこい!」
「十神は目立ちやすいから案内役に適任だな。名残惜しいが先導を頼む」
「ちぇー、こんな綺麗なライト付けるなら、最初から夜まで開園しろよー。
大型テーマパークが9時5時で終わりとか、やる気あんのかって話」
「辺古山さんも日寄子ちゃんも、
この後、ある意味もっと楽しみなことが待ってるわ。夕食」
「おっしゃ、夢の食い放題だぜ!」
終里さんがスキップしながら目的地に急ぐ。
どういうことかと言うと、アタシ達はあの後直接ホテルには戻らず、
ロケットパンチマーケットに寄って、
各自で食べたいものを食べたいだけ持って帰ってきたの。
花村君に夕食を用意させたら、彼にだけ労役が発生するでしょう?
だから夕食と明日の朝食を軽めに持ってきたの。
ステーキ肉や冷凍食品など、調理が必要な人は自分で調理。
大食いチームと少食チームが見事に分かれてるわねえ。
十神君や終里さんは分かるとして、ソニアさんも結構入るのね。
牛タン弁当とネギトロ丼を平らげちゃった。
アタシはおにぎり2個とミニパックのゴボウサラダ、
ミネラルウォーターでお腹いっぱい。
……それで、さっきから気になってるんだけど、
ポケットの電子生徒手帳が何度も振動してる。
こっそり画面を表示してみると、塔和モナカから大量のメール。
“どうしたの”“返事して”“むくろお姉ちゃんは?”そんな感じ。
読む気もなければ返事をする気もないから、
可哀想だけど、思い切って迷惑メールに設定した。
「九頭竜のおにぃ、かりんとうなんか食べてるー。甘党のヤクザなんて、ださーい」
「っせえ!かりんとうは和の心が詰まった、極道に似合った菓子なんだよ!
赤龍会のおっちゃんなんか、梅鉢ボリボリ食ってるしよう!
「左右田和一、巨大ボトルコーラ一気飲み、行っくぜー」
「「やれやれー!」」
にわかに場が盛り上がる、
左右田君が例のウォーターサーバー並のタンクに入ったコーラを抱えて、
口から一気を始めた。みんなも手を叩いて囃し立てる。
アルコールじゃ絶対やっちゃいけないけど、コーラなら大丈夫かしらね。
糖尿病になる恐れはあるけど。
「「イッキ、イッキ!」」
「ゴキュゴキュゴキュ……ぶほっ!げぇ~っ!」
「最悪!こっちまで飛んだじゃない!」
「今日の左右田おにぃ、良いとこなしじゃん!」
「ハハハ!ソニアに振られても知らないぞ」
「すんませんソニアさん、マジすんません……」
「まずわたしに謝れよ!」
ピロロロ……
その時、楽しい雰囲気が一瞬にして静寂に包まれる。
全員の電子生徒手帳が一斉に音声を発した。
画面を確認すると、強制的に苗木君とのビデオ電話に切り替わった。
切迫した表情でアタシ達に呼びかける彼。
“非常事態だから前置きは省くよ!?
ジャバウォック島に向かった艦が、絶望の残党に襲われてる!
ミサイル艇5隻、潜水艦2隻!とても手に負える数じゃない!
江ノ島さん、キミの能力で救援をお願い!”
「わかったわ!艦と連絡を繋いで!」
苗木君が回線を切り替えた。皆がじっとアタシと通話の相手とのやり取りを見守る。
今度は音声のみの通話。
“イージス艦きぼう、艦長の園田だ!君なら攻撃を止められると聞いた!
頼む、一刻も早く奴らを無力化してくれ”
“敵艦、レーダー照射!”
“チャフ、発射用意!”
「相手に音声を発信する準備はできていますか!?」
“問題ない!急いでくれ!”
アタシは立ち上がると、内から湧き上がる女神としての能力を込めて、
電子生徒手帳をマイク代わりにして歌い始めた。野口雨情の童謡「青い目の人形」
緊迫した状況に不似合いな歌声が流れる。
♪青い眼をした お人形は
アメリカ生まれの セルロイド
日本の港へ 着いたとき
一杯涙を 浮かべてた
「わたしは言葉が分からない
迷子になったら何としょう」
優しい日本の 嬢ちゃんよ
仲良く遊んで やっとくれ
仲良く遊んで やっとくれ
アメリカから日本に送られたセルロイド人形。
その心細さと、彼女と仲良くしてほしいというメッセージがテーマ。
みんなも、艦長も、恐らく敵艦の乗組員も耳にしている。
艦長からの返事がないけど、アタシの歌が絶望に取り憑かれた人達の心に働きかけ、
本来あるはずのない絶望への信奉をかき消し、心の調和を取り戻しているはず。
時々みんなの間からすすり泣きが聞こえてくる。
二度目を歌おうとすると、ようやく艦から連絡が。
“すまない……つい聞き入ってしまった。敵艦が攻撃を中止した。
彼らも自分が何をしていたのか覚えていないらしいが、
今後は我々の援護に回ってくれるらしい。
ありがとう、すぐに迎えに行くから待っていてくれ”
「はい。どうぞお気をつけて」
また苗木君とのビデオ通話に切り替わる。
“やっぱり、本物だったんだね。超高校級の、女神……
これほどの力があるとは思わなかった。隣で霧切さんがデスクでぐっすり寝てるよ。
正直、ボクも眠気が……”
「疲労やストレスが溜まり過ぎてたのよ。休んだほうがいいわ」
“うん。そう、させて……”
そこで通信が終わった。手帳の画面を切ってポケットにしまう。
これは最後まで手放せないわね。……気がつくと、さっきの盛り上がりは静まり返り、
食卓にはまだ沈黙と小さな泣き声が。
「その歌のお人形さんって……ううん、なんでもない」
「あー、なんかごめんね、小泉さん。変な感じになっちゃって。
もっと明るい歌にすればよかったんだけど、最近の歌はわからないし、
すぐに浮かんできたのがあの歌で」
彼女はハンカチで顔を覆いながら首を振る。
「盾子ちゃんも、お人形さんも、孤独だったんだと思ってさ……」
「やめましょーよ!せっかくの休暇なんだしさ。
あ、九頭竜君、そのかりんとう一つちょうだい!」
アタシは返事も聞かず彼のかりんとうを口に放り込むと、おいしそうに頬張った。
「ああ、そうだ!明日も忙しいんだから食うぞテメエら!」
ガツガツとナポリタンにがっつく九頭竜君。
そのうちみんなも止まっていた手を動かし、また出来合いの料理を食べ始めた。
最後にちょっとしたハプニングはあったけど、どうにか1日目が終わったわ。
みんな食事を終えると、割り箸なんかのゴミをレジ袋に入れて、ゴミ箱に放り込み、
それぞれのコテージに戻っていった。
アタシとお姉ちゃんもシャワーを浴びてテントのベッドで横になる。
眠る前に二言三言お喋りした。
「……やっぱり盾子ちゃんはすごいね」
「そんなことないよ。アタシにできるのは、何かを元に戻すことだけだから」
「あの歌」
「あれがどうかした?」
「盾子ちゃんもここに来たばかりの頃は、辛かった?
私は、割とすぐみんなの仲間になれたけど」
「平気だった、と言えば嘘になるけど、今が楽しいからそれでいいの。
それより明日何がしたいか考えといて。お姉ちゃんに任せる」
「意外と難しいな、それ。眠れないかも。おやすみ」
「おやすみなさい」
明日に備えて早めに寝ることにしたアタシ達。
明かりを消すと、遊び疲れたせいで、すぐ眠りに落ちてしまった。
順調に行けば、あと1日半くらいで迎えが来るけど……その時には。