江ノ島盾子にされてしまったコミュ障の悲哀【完結】   作:焼き鳥タレ派

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第17章 また逢う日まで

2日目。

 

……について語る前に、口調を戻して、念押ししておきたいことがあるんだ。

この世界で起きた一連の出来事をひとつの物語だとすると、

その主人公は、この世界の仲間達だし、僕の中にいるたくさんの江ノ島盾子だと思う。

 

明日、仲間のひとりとお別れする。

ベッドで眠る姉を時折見ながら、パイプ椅子に腰掛けてメールを書く。

余計なお世話だとはわかってるけど。

送ろうか、よそうかな。

迷っている間、今日の出来事についてお話ししようか。

 

 

 

 

 

ロケットパンチマーケット。

アタシ達は、全品完全無料になった店の一角で、ある物の調達に余念がなかったの。

だけど、これほど買い物に困ることはなかったわ。

 

「花村の思惑通りになったのは癪だけど、みんなで海水浴自体は悪くないわ。

選びましょうか」

 

「あの……小泉さん」

 

「選ぶつったって、前のと同じでいいんじゃねーの?」

 

水色のストライプが入った三角ビキニを買い物カゴに突っ込む終里さん。

 

「そうだね。ここで悩んでても時間ばかり経つし、私も以前のデザインと同じでいいよ。

サイズも変わってないし」

 

「七海さーん、聞いてる?誰でもいいから聞いて欲しいことがあるの」

 

「わたくしはウェットスーツを。

バーチャル空間とは言え、日焼けしたくはありませんから」

 

「わたし、これー!」

 

トップの部分にフリルが付いた可愛らしいホルターネック。可愛いけどビキニ。

 

「唯吹のパンクなヘアスタイルに映えるのはやっぱコレしかないっすねー!」

 

髪の色と同じくらい派手な、

原色のマーブル模様のクロスホルタービキニを選んだ彼女は、

彼女の髪とマッチして違和感がない。

……いけない、呑気に説明してる場合じゃないわ。

 

「聞いてちょうだーい!!」

 

思い切って大声を出すと、やっとみんなこっちを向いてくれた。

 

「楽しく水着を選んでるところ悪いんだけど、ひとつ確認。

アタシもこの中のどれかを着なきゃいけないのかしら。

日寄子ちゃんが意外と大胆なの選んで驚いたけど、それは置いとくとして、

アタシは出来れば服のまま、狛枝君と一緒に砂浜でお城作って遊んでいたいんだけど、

それは許されないのかお聞きしたいわ!」

 

ずらりと並ぶ露出の多い水着を指差すと、

小泉さんが“何言ってんだこいつ”という表情でアタシを見る。

そして呆れて肩をすくめると、語り始めた。

 

「あのね。今からアタシ達は海水浴に行くの。わかる?

そんないいスタイルしといて、

わざわざビーチを普段着でうろつくなんて考えられないの。

盾子ちゃんは最後にじっくり選ぼうと思ったんだけど、

この分だとずっとぐずりそうだから、先に決めた方が良さそうね。

……ペコちゃん、赤音ちゃん、お願い」

 

「おっし、任せろ。ヒヒヒ」

 

「悪く思うな」

 

「え、なに、なに!?」

 

二人に両腕を掴まれて、拘束された。

すかさず、小泉さんが何着も水着を持ってきて、アタシの身体に合わせ始めた。

どれも正気を疑うほど布が少ないものばかり!

 

「ちょっと、小泉さん!

まさかそれを着けて、みんなの前で出ろっていうわけじゃないわよね?」

 

「言ってるのよ」

 

「せめて、ソニアさんみたいなウェットスーツやスク水的なものがあると、

アタシとっても嬉しいわ!」

 

「あら、残念!

ウェットスーツは、わたくしの一着で売り切れてしまったようですわ!」

 

「捨てたよわね、今捨てたわよね?

5着くらい掛かってたやつ、更衣室の中にごそっと捨てたわよね!?

お姉ちゃん、可愛い妹を助けて!」

 

お姉ちゃんに助けを求めると、小泉さんが持ってる水着をじっくり見て……

 

「防御性能が期待できない水着になるなら、

回避行動を邪魔しない、より動きやすいものを選ぶべき」

 

「どんだけ軍人脳なのよ!」

 

「ほら、むくろちゃんも言ってるでしょ。観念してお姉さんの言うこと聞きなさい」

 

「あああ~……」

 

アタシはどうにか子供のようにギャーギャー喚いて、

紐パンタイプだけは勘弁してもらい、真っ赤なビキニを着る羽目になってしまった。

……標準的な三角よ。

 

 

 

 

 

2番目の島。

ここには1番目の島と違って、ちゃんと海水浴のために整備された海岸があるの。

ビーチハウスで水着に着替え、出口から恐る恐る外を伺う。

ちょっと離れたところに、もう全員集まってる。

アタシの中の江ノ島盾子が茶々を入れてきた。

 

“何をしているの。早くそのド派手なビキニ姿をみんなに見せてあげなさいな”

 

「もう、ド派手とか言わないでよ。凄く恥ずかしいのよ?これ」

 

“着替えの最中もずっと目を閉じてたわね。

それでよくまともに水着が着られたものだわ”

 

「横で女の子が裸になってるんだから、しょうがないじゃないの」

 

“ヘタレねえ。自分も裸なんだから、気にすることないのに”

 

「うるさいわね!今更わかりきったこと言わないでよ!」

 

まったく。いつか仕返ししてやりたいけど、方法が思いつかない。

仕方なく一歩前に踏み出し、砂浜に足を下ろす。

これ以上みんなを待たせるのも悪いから、

微妙に腕で水着を隠しながらようやく合流した。途端におお~っと声が上がる。

何がそんなに楽しいのやら。

 

「ごめん、みんな、お待たせ……」

 

「ウヒヒ…江ノ島おねぇってば大胆!ボインボインのパッツンパッツンだし!」

 

「やめてよ~日寄子ちゃんもかなりキワドいじゃない。

可愛らしいフリルでごまかしてるけど」

 

「うわぁ~!江ノ島って普段着からしてアレだけどよー、水着になると……うわぁ!」

 

感激した目で思いっきり見てくる左右田君。

 

「“アレ”って何よ!ソニアさんがそばにいるのに、よく鼻の下伸ばせるわよね!

あと、ゲームで見てたけど、左右田君って水着の女子なら誰でもいいんでしょ!?

私服より肌が隠れたウェットスーツのソニアさんでも喜んでたじゃない!

本当に見境なしね!花村君よりひどい!」

 

若干興奮気味にまくし立てると、彼に幽霊のごとく近寄る存在が。

 

「左右田さ~ん……?少しこちらへ」

 

「いや、あれは、海水浴のお約束イベントっていうか……

あ、ソニアさん違うんです、顔を掴まないでくれると嬉しいんすけど、ああっ!」

 

お面のような笑顔のまま、ソニアさんは左右田君を茂みに連行していった。

しばらく戻ってこないだろうから、放っておきましょう。

 

「アタシ泳げないから、やっぱり狛枝君と砂のお城でも作るわ」

 

「だ~め。水着買った意味がないでしょう?

浅いところを歩くだけでもいいから、一緒に遊びましょうよ」

 

「……わかった。小泉さん遊んでくれる?」

 

「ええ!それでこそ赤のビキニが映えるってもんよ」

 

「水着についてはあまり触れないでくれると助かるわ……」

 

「サンオイルを塗って欲しい時はぼくに言ってね!

ちなみに、ぼくは男女どちらもOKだから、いやらしい意味はないよ!」

 

「余計やらしいわよ!対象が広がってることに自分で気づいて!」

 

「花村にツッコんでたらキリがないわ。さ、思いっきり遊びましょう、盾子ちゃん!」

 

「そ、そうね。時間にも限りがあるし。行きましょうか」

 

男女入り混じって、水浴びや競泳をしているところへ小泉さんについていくと、

茂みの向こうでソニアさんに激しい勢いで土下座する左右田君が見えた。

さっきは呆れるばかりだったけど、

彼が男性らしい人間性を取り戻してくれたことが嬉しくもあり、複雑な気持ちね。

 

だんだん水着にも慣れてきたわ。みんなも同じくらい大胆なんだもの。

青々とした空から照りつける太陽。

少しずつ海に浸かると、日光で火照った身体に海水が気持ちいい。

単なる水中ウォーキングでも、やってみると楽しいものね。

 

沖では辺古山さんと終里さんが早泳ぎの勝負をしてる。

平泳ぎもできないアタシには無理ねぇ。

そんな様子を、指を加えて見てると、罪木さんが水をかき分けながら、

ゆっくり近づいてきた。

 

「お二人共すごいですねぇ。私なんか平泳ぎで5m泳ぐこともできませんから」

 

「あら、奇遇ね。今同じこと考えてたの。アタシも平泳ぎが全然できない。

水泳帽のシールも卒業まで黄緑色だったわ。目安は、水に顔をつけることができる」

 

「うふふ。私の学校では、黄色でしたよ~

泳げなくても、こうして海に入るだけで、気持ちいいですね」

 

「本当に。……ねえ、彼女も楽しんでくれてるかしら」

 

「はい。やっぱり無意識に日向さんと一緒に行動することが多いみたいです」

 

「明日、か。アタシ達の修学旅行もそこでおしまい」

 

「でもでも!明日までは終わらないんです!私達も一杯思い出作りましょう!」

 

「そうね。罪木さんの言う通りだわ。

だったら、思い切って男子とも遊ばなきゃね。一緒にどう?」

 

「はい、是非!」

 

アタシは罪木さんの手を引くと、目に付いた男子に声を掛けた。

まずは軽く男女ペアから話しかけて見ましょうか。

……ソニアさんと左右田君。ニコニコするソニアさんに捕らえられてる彼。

 

「アハハ。左右田君、大丈夫?」

 

「あんまり……俺に、話しかけないでくれ。何があったかも、聞かないでくれ」

 

笑顔のソニアさんとは対象的に、死んだような表情の左右田君。

なんだか悪いことしちゃったわね。

 

「ご心配なく。ちょっと彼と話し合いをしていただけですので……」

 

「あうぅ…左右田さん、後で顔に湿布を貼りますね?」

 

「ありがとよ……」

 

「また後で。二人共、仲良くね」

 

「わたくしと左右田さんはいつも仲良しですわ。……ね?」

 

「はいそうです!」

 

これ以上刺激するのはよろしくないわね。

早々に二人と別れて、なんだか人だかりができてるところに近づいてみる。

 

「フン!ハァ!せい!」

 

彼が気合を入れて拳を振るう度、ヤシの木が激しく揺れる。

 

「すごいなぁ。どんどん落ちてくるよ。ボクは回収を担当するよ」

 

「ならば、俺の出番でもあるな。

禁断の知恵の実は、人の子一人が抱えるにはあまりにも大きな代償を支払う必要がある」

 

何をしてるかって言うと、弐大君がヤシの木を殴って、ココナツの実を落としてるの。

周りのみんなは落ちた実を拾ってる。

 

「すごいですねぇ。

どうして弐大さんは何かの選手じゃなくて、マネージャーなんでしょうか」

 

「それはアタシも不思議に思ってるの。さ、手伝いましょう」

 

「そうですね」

 

男子に混じってココナツ拾いを始めると、やっぱり何となく視線を感じる。

水着には慣れたけど、見られることはまだまだね。世の女性はどうして平気なのかしら。

 

“何となくじゃなくて、しっかり見られてるのよ。ウフフ”

 

“うるさいわよ!”

 

心の中で江ノ島盾子を黙らせつつ、とにかく全員分の実を一ヶ所に集め終えた。

後はこれを割って中のココナッツミルクを飲むだけなんだけど……

 

「う~ん、流石にぼくも包丁なしじゃこの硬い実は割れないよ」

 

「心配ねぇよ。おーいペコ!あと、他の連中も全員集まれ!うまいもんがあるぞ!」

 

九頭竜君が皆を呼ぶと、海で泳いでいた辺古山さんと終里さんが、

凄い水しぶきを上げて、陸に突っ込んできた。あっという間に砂浜に戻ってきた二人。

遅れて他のメンバーも集まる。

 

「うまいもん!?どこ、どこだ!」

 

「お呼びですか、ぼっちゃん」

 

「おう、ペコ。この実を割ってくれ」

 

「承知しました」

 

辺古山さんは、適当な木に立てかけていた竹刀を手に取った。

それで切るのはいくらなんでも……と思った瞬間、彼女が竹刀を振るった。

 

「はあっ!」

 

目視できただけで3回、竹刀でココナツを斬ると、全部の実がパックリと割れて、

中のココナッツミルクをこぼさないよう、綺麗に砂浜に落ちた。

 

「いやー、凄いっすねぇ。ペコちゃんの剣道……

包丁でも手間かかりそうなのに、どうやって竹刀で切ったっすか?」

 

「斬り方にコツがある。

真空波を生み出すよう、大気と剣を一体と成し、精神を研ぎ澄まし……斬る」

 

「凄すぎて言葉が出ないが、とにかくありがとう。ほら、七海」

 

「うん。ありがとう……」

 

日向君が七海さんにココナツを渡す。

彼女は嬉しそうに受け取って、ココナッツミルクを飲み始めた。

仲睦まじい二人の様子に、自然と少し笑顔がこぼれた。

 

その後も皆、広いビーチを存分に使って海水浴を楽しんだ。

アタシは当初の目的通り、狛枝君の砂の城作りに混ぜてもらった。

 

「片手だから助かるよ。砂を掴んでは押し付ける、の繰り返しだから、

なかなか2段以上にできなくて」

 

「アタシもやりたかったからいいのよ。こうしてのんびり時間を過ごしたかったから」

 

浜辺を眺めると、澪田さんや西園寺さんが水の掛け合いをしたり、

十神君が脂肪の多い身体を活かして悠々と海に浮かんでいる。

 

「……以前のボクなら、“砂の器”を作ったりもしたんだろうけどね。

作っては崩れ去る、希望と絶望の繰り返し。

だけど今は倒れることのない、希望の塔が作りたいんだ」

 

「あれは後世に残すべき名作ね。作りましょう、せっかくだから3段の塔を」

 

「江ノ島さんが手伝ってくれるとやれる気がしてくる。頑張るよ」

 

それからずっと砂を積んではペタペタと押し付けた。

結局3段には届かなかったけど、二人で作った2段の塔は、土台をしっかり作ったから、

アタシ達がホテルに帰るときまで、そこにあり続けた。

太陽が真上に来た頃、みんな遊び疲れて、そろそろ帰ろうということになった。

 

「お前達、全員揃っているだろうな。離岸流で沖に流された者は?点呼を取るぞ」

 

「心配しすぎだ、十神。このプログラムは島から一定以上の距離を離れると、

自動的に陸に戻されるシステムになってる」

 

「ならいい。全員、一旦解散だ!

夜の6時にまたホテルの前で待ち合わせ。わかってるな」

 

「わかってるから、話を先々進めるなって」

 

やや強引にリーダーシップを取る十神君に、振り回され気味の日向君。

でも彼の言う通り、午後6時に再集合になってるから、一旦自由行動になった。

アタシ達はビーチハウスでシャワーを浴びて、着替えを済ませて、ホテルに戻る。

 

男性陣は元々水着のまま海に来たから、コテージのシャワーを使うとして……

アタシは女の子が全員帰るまで、

ビーチハウスの裏側でずっと座り込んで待っていましたとさ。

 

“うふふ、あなたはもう男でもあり女でもあるんだから、遠慮なく入ればいいのに”

 

「お黙り、引っ込みなさい!」

 

 

 

 

 

泳いだ後の疲れもあってか、ロケットパンチマーケットに昼食を買いに行く人もいれば、

面倒だからそのままコテージでぐっすり昼寝をする人もいた。

アタシは後者だったけど、マーケットに並んで歩く二人を見た。

……あと、24時間ちょうどってところかしら。

 

ベッドから起きて手帳の時計を見ると、もう5時半くらい。隣のお姉ちゃんを起こす。

やっぱり昼食抜きが、たたったのかしら。お腹がぐぅと鳴った。

この後食べまくるしかないわね。

 

「お姉ちゃん、起きて。もうすぐ集合だから」

 

「……ん、おはよう」

 

「まだ時間はあるから、慌てなくていいよ」

 

アタシ達は顔を洗って、身支度をすると、ホテル正門に向かう。

大体の人数が集まっていて、数分ほどで全員集合となった。

 

「皆、揃っているな。

わかっているとは思うが、全ての店舗を一度は回ること。これがノルマだ。

でなければこの島に来た意味がない」

 

「だめだ、完全にプログラムの目的忘れてる。

十神にあれを前にして、我を忘れるなって言う方が無理だけどな」

 

ため息をつく日向君。とりあえずみんな揃ったから出発はできたけど。

今から向かうのは、隣の5番目の島。

工場や軍事施設が大半を占めてるんだけど、その中にひっそりと隠れるように、

屋台が立ち並ぶ通りがあるの。

なにやら異国の文字の提灯が混じってて、怪しい雰囲気を出してるけど、

夕食はそこで食べ歩きってわけ。

 

 

 

 

 

鋼鉄の臭い漂う5番目の島には中央島を経由して15分ほど。

やっぱり店員なんていないから、全部セルフサービスだけど。

ラーメンは麺を自分で茹でて、備え付けのスープを注ぐ。

焼き鳥は冷蔵庫の串を自分で焼く。最初からできてるのは、おでんくらいね。

全部味がしみるまで煮込んであるから、トングで取るだけでいい。

 

「オレ、豚骨ラーメン、麺多めで野菜マシマシ!」

 

「麺の硬さを忘れているぞ!肝心なところでヘマをする女だ!」

 

「ああワリワリ。バリカタで頼むわ」

 

「ええと、ぼくは麺少なめで……」

 

「少なめだと……?貴様、この十神にそんな貧相な代物を作らせる気か!」

 

「だってこの量明らかに異常だもん!普通でも山盛りだもん!

これだけでお腹一杯になっちゃうよ!」

 

真っ先に何かに食いつくと思っていた十神君は、

意外にも進んでみんなにラーメンを振る舞っていた。

もっとも、彼なりのポリシーがあるらしく、

食べきれない量を押し付けられるみたいだから、彼が去ってから自分で作りましょう。

 

ゆっくり食べられそうな、おでんの屋台が空いてるから、まずここに入りましょうか。

暖簾を上げて一言。

 

「やってる?」

 

「あ、江ノ島さん。やってますよ~?一緒に食べませんか」

 

「江ノ島おねぇ、ネタ取ってー。罪木おねぇ落としてばっかりなの」

 

「ふみゅう……ごめんなさい」

 

「はいはい、取ってあげるから。欲しいのどれ?」

 

アタシはトング片手に、西園寺さんの皿を持ってリクエストを待つ。

 

「まず卵と、こんにゃくと、がんも」

 

「どれも外せないわね。……はい」

 

「ありがとー!おねぇ大好き!

で?なんでこれしきのことができねーんだよ、罪木おねぇは!」

 

「ごめんなさぁい!余った昆布全部食べますから許してくださぁい!

あと、私にもはんぺんとじゃがいもを……」

 

「厚かましっ!散々わたしの着物に汁跳ねさせといて!」

 

「はいはい、ケンカしないの。足りなくなったらアタシが取るから。

はんぺん、じゃがいも、お待ち」

 

「ありがとうございますぅ……」

 

「さて、アタシはどれにしようかしら」

 

いよいよアタシも何か食べようとネタを選んでいると、

長身の影が屋台の店主側に立った。

 

「ククク……実に愉快な光景よ。

地獄の釜茹でにされし哀れな亡者共が、救済を求めてひしめき合っている。

さあ、女神よ。その慈悲を与える選ばれし者をその指で指し示すが良い!」

 

「あら、田中君が取ってくれるの?悪いわね。

じゃあ、こんにゃくと、平天と、3色団子をお願いできるかしら」

 

「フハハ!喜べ、蜘蛛の糸掴みしカンダタよ!死中に活を見出すのだ!」

 

「黙って取れよ、田中おにぃ!ちょっと唾飛んだし!!」

 

「すいません……」

 

若干落ち込む田中君から皿を受け取る。

彼も昼食なしでコテージに帰ったみたいだから聞いてみた。

 

「あ、はは。とにかくありがとうね。田中君は何か食べてる?お腹空いてない?」

 

「先程、灼熱に燃える板で、粘つくカルマに塗れた肉身を焼き尽くし、

アバドンの如く胃袋に収めたところだ。

静寂を愛する俺様とて、時には荒れ狂うこともある……」

 

「お好み焼きを食べたのね。後でアタシも行ってみようかしら」

 

後ろの焼き鳥屋の屋台では、男女が何か話し込んでいる。

みんな知ってか知らずか、その屋台には入ろうとしない。

アタシも味の染み込んだこんにゃくをかじって、

ビールでもないかしら、などと考えていた。

元々高校生対象のプログラムだから、そんなものなかったけど、

ちょっと飲みたい気分だったのよ。

 

酒の代わりに十神特製ラーメンにチャレンジしようと思ったけど、

彼はもう食べる側に回ってた。ワオ、すごい量。洗面器みたいな器に汁と麺が山盛り。

自分で厨房に立って、生麺をざるに入れて、お湯に浸してしばらく待つ。

 

硬さは普通が良いんだけど、どれくらい茹でればいいのかしら。

器にスープを注ぎつつ、適当な時間茹でて、ざるを勢いよく振って、余分な湯を飛ばす。

リズムを付けてチャッ、チャッ。一度やってみたかったのよね、これ。

器に麺を入れて、適当にトッピングを乗せたら完成。

長椅子に座って江ノ島ラーメンを食べる。……探せばありそうね、江ノ島ラーメン。

 

「いただきまーす」

 

割り箸を割って麺をすする。作り置きとは思えないほどスープがおいしい。

濃い味の豚骨だけど、余分な油が多すぎず、サラッとした食感。

麺は……茹ですぎた。柔らかすぎて歯ごたえがない。

かと言って2杯目を食べるほどお腹に余裕もなかったから、

スープでごまかしつつ食べきった。

 

少食のアタシはここで限界だったけど、

みんなは屋台を転々としながら、色んな味を楽しんでた。

酒の代わりにお冷をちびちび飲みながら、楽しそうな雰囲気だけを味わう。

やがて宴も終わり、やっぱり彼が場を仕切る。

 

「全員、心して聞け。名残惜しいのはわかる。その気持ちは痛いほどわかる。

だが、食い過ぎによって胃を痛め、次の食事が食べられなくなり、

トータルの食事量が減少しては本末転倒だ。

よって、これを以て帰宅すべきだと、俺は思う」

 

十神君から“食い過ぎ”という言葉が出たことに驚きだわ。

彼が洗面器ラーメンを食べた後、お好み焼きを3枚、焼き鳥20本、

おでんの余った具を全部食べたことを、アタシは知っている。

 

「ちぇっ、もう終わりかぁ」

 

「我慢せい。食い過ぎは身体に毒じゃあ」

 

異論があるのは終里さんだけなので、やっぱりホテルに帰ることになった。

気づけばもう夜9時。散々遊び歩いたみんなは、早めにコテージに戻り、

アタシとお姉ちゃんもホテルでシャワーを浴びて、すぐベッドに横になった。

 

 

 

 

 

そこで冒頭に戻るんだけど、やっぱり確認しておくことにした。

僕も彼女との別れは寂しい。日向君ほどではないにしろ、彼女との思い出がある。

いつか僕の勝手な思い込みを正してくれた。

そんな彼女に、なんにもなしでさようならは、少し切ない。

思い切って送信ボタンを押した。

 

 

送信者:江ノ島盾子

件名:彼女のことだけど

 

遅くにごめんね。

だけど、明日お別れじゃない?

送別会でもないけど、何か思い出づくりでもしたいなって。

 

 

送信者:日向創

件名:RE:彼女のことだけど

 

お前も来るか?

正門前で待ってる。

 

 

彼も同じことを考えてたんだね。

僕はお姉ちゃんを起こさないように、パイプ椅子から立ち上がると、

急いで正門に向かった。門の前には日向君と、数人の男子が集まっていた。

 

「こんばんは」

 

「ああ。お前も七海のことを考えてくれてたんだな」

 

「当たり前じゃない。アタシ達、明日帰るんだから」

 

「じゃあ、行こうか」

 

短い言葉を交わすと、マーケットへの道を少人数でぶらぶら歩き始めた。

 

 

 

 

 

24時間営業のマーケットには誰の姿もなく、アタシ達は買い物カゴを持って、

お菓子やレンジで温めるだけで食べられるご馳走を、目につくものから手に取る。

顔に小さく切った湿布をいくつも貼った左右田君が思い出に浸っている。

 

「希望更生プログラムも明日で終わりかよー。

ソニアさんとお近づきになれたのは嬉しいけどよ、やっぱ寂しいよなー」

 

「その顔で言っても説得力に欠けるけど、アタシも同じ気持ちだわ。色々あったわね」

 

スナック菓子をメインに集めつつ、受け答えをする。九頭竜君にはかりんとうも必要ね。

 

「そういや、俺達まで帰る必要あんのかなぁ。

外のジャバウォック刑務所に戻ったって、やることは変わんねえのに」

 

「採掘したり伐採した資源を、現実世界に持ち帰れないからじゃないかしら。

なんか日向君がそれらしいことを言ってたわ」

 

「あ、そっか」

 

「お前ら、遊んでないで手を動かせ。明日は勝負の時なのだぞ」

 

後ろから声を掛けられて振り返ると、

ステーキや生肉を中心に買い込んでいる十神君と花村君。

 

「飯を食べきっていいのは、パーティーの終了直前だけだ。

早々に食い終わってお喋りしかすることがない。そんな事態は御免こうむる」

 

「そう、お別れ会くらいはぼくが腕を振るうから、

美味しそうな食材があったら確保しといてよ!」

 

「ありがとうね、二人共」

 

「俺からも例を言うよ。七海のために、夜遅くに集まってくれて」

 

日向君が、常識的な2リットルサイズのジュースを沢山カートに積んで、近づいてきた。

 

「みんな、寂しいのよ。一旦はこのメンバーが解散するんだし」

 

「感傷に浸っている暇はないぞ。

今夜中に17人分の食材を用意する必要があるのだからな」

 

「一人足りない気もするけど、まあいいか。あとひと頑張りだ!」

 

その後も手分けして、食べたいもの、食べさせたいものを収集して回った。

全部が終わったのは、日付が変わった頃。

 

「ふぅ…これだけあれば、足りないってことはないだろう」

 

「うむ、この俺が太鼓判を押す」

 

「3割くらいは、あなたが食べそうだしね……」

 

レジ袋に商品を詰めながら、改めて回収した食材の量に圧倒される。

持ったら腕が千切れそうだわ。持たなきゃ帰れないんだけど。

マーケットから出たアタシ達は、両手の重量物に苦しみながら、

どうにかホテルにたどり着き、レストランの厨房に運び込んだ。

 

「だーっ!もう動けねえ!」

 

「お静かに。みんな起きちゃう。サプライズパーティーが台無しになるわ」

 

「喋ってないで、肉を冷蔵庫に格納する作業を手伝え。

この南国では、肉類はすぐに痛む」

 

「ああ、ごめんごめん。すぐやるわ」

 

「俺はジュースを冷やしておく。

花村はもう休め。朝早くから料理で忙しくなるんだから」

 

「うう…ありがとう。そうさせてもらうよ」

 

よろよろと去っていく花村君。明日も忙しいのに、こき使って悪いわね。

アタシ達はひたすら生物を冷蔵庫にしまう。

 

「みんな喜ぶわね」

 

「ああ。お前達のおかげだ」

 

「ふん、お前一人であの連中の腹を満たしきれる量を運べると思っていたのか」

 

「そーだよ、水くせえっての。いっそ、男子全員に声掛けた方がよかったんじゃーか?

明日、おんなじ事言われるぜ、多分」

 

「そこんところはサプライズっていうことで勘弁してもらいましょうよ。

……お肉はこんなところかしら」

 

「それで全部だ。……今日は、ありがとうな。何か気を遣わせたみたいで」

 

「何のことかしら。彼女とお別れするのは、みんな寂しい。それだけよ」

 

「うん、そうだな……」

 

そして、ようやく全部の食材を適切な場所に保管し終えると、

明け方の準備に備えて、それぞれの寝床に戻っていった。

 

 

 

 

 

3日目。つまり、最後の日。

 

「これは一体どういう事っすかー!レストランがまるでレストランみたいに!」

 

「唯吹ちゃん落ち着いて!でも、本当にこれってなんなの?」

 

テーブルに並ぶ豪華なステーキや唐揚げ、ポテトフライ、シーザーサラダ等。

別のテーブルにはお菓子がたくさん。

朝からちょっと重いけど、昼食も兼ねてるから、ゆっくり食べて貰えればいいと思うわ。

日向君の目配せを受け、僭越ながらこのアタシが。

 

「只今より、七海千秋さん送別会及び、

ジャバウォック島解散式を執り行いたいと思います!」

 

「まあ!ではこのお料理は江ノ島さん達が?」

 

「その通りよ、ソニアさん。

調理が必要なものはほとんど花村君が作ってくれたけどね。

昨日の夜にマーケットに買い出しに言ってたってわけ」

 

「なんだよー、そんな面白そうなことしてるなら、オレも呼んで欲しかったぜ」

 

「そーだよ、おねぇ。

パーティーの準備なら、みんなでやった方が楽しいに決まってるのに」

 

「ほら見ろ。やっぱ苦情が出てるぜー?」

 

「それについては悪いと思ってるわ!

でも、それは彼女にサプライズパーティーをプレゼントしたい一心だったの。

全員で動くとバレバレだからね。何卒ご容赦頂きたいわ!」

 

そして、彼女をさっと指差す。

 

「えっ、私……?」

 

七海さんに注目が集まり、彼女が戸惑う。

 

「そう。ある意味このパーティーの主賓は、あなた。

お昼には未来機関が迎えに来る。そしたら、お別れじゃない……」

 

アタシ達の意図に気づいたみんなが、少し黙った。

強制シャットダウンを行えば、現実世界に肉体があるアタシ達はともかく、

AIである七海さんとウサミとはもう会えなくなる。

 

「むむむ。なるほどなるほど……千秋ちゃんはこの世界に留まることになるっすから、

そういうことになっちゃうんすねぇ」

 

「うむ。私としたことが、肝心なことを失念していた。

お前は人と何ら変わるところがなかったからな。許してくれ七海」

 

「い、いいよ辺古山さん。

別にシャットダウンしても、私とウサミちゃんが削除されるわけじゃないんだし、

いつかまた会えるかもしれないよ?

私をダウンロードできるほど容量のあるデバイスが開発されたら、ね」

 

「そういうことだ。みんな、湿っぽいのは無しにしないか?

船が来るまで食べて、騒いで、明るく解散式を楽しもうぜ!」

 

「日向の言う通りじゃあ!ワシらが七海を送り出す勢いで、宴を楽しむぞい!」

 

「ま、そういうことなら、勘弁してやるよ。

……ちゃんとかりんとうも持ってきてるしな」

 

「油芋は置いといてくれよな。オレの好物なんだから」

 

「うふふ。九頭竜さんも終里さんも、まずはメイン料理から頂きませんか?

お腹が大きくなっても知りませんよ」

 

「そーだな。じゃあ、オッサン。最後のやつ、頼むわ」

 

「よし!全員手を合わせい!」

 

 

「「いただきます!」」

 

 

解散式も兼ねてるとは言え、

実質七海さんとのお別れ会の意味が強いパーティーが始まる。

やっぱり大食いチームはステーキにかぶりつき、

アタシ達は、まずサラダやスープでお腹を慣らす。

肉はまだまだ残ってるから、食べたい人は厨房で勝手に焼く。

凝った料理にこだわらなきゃ、塩コショウして焼くだけだから簡単よね?

 

美味しい料理と会話で場は一気に盛り上がる。

 

「昨日の海水浴で思ったんだけどさぁ、七海さんも結構いい体してるよね。

着痩せするタイプなの?」

 

「そうかな。

意識したことがないからよくわからないけど、上着のカーディガンのせいかも」

 

「そういや、江ノ島はなんであんなに怖がってたんだ?

あんだけデカいおっぱい持ってんだから、もっと堂々とすりゃいいのに」

 

「終里さん!?そういう話はせめて男性諸君のいないところでお願いできないかしら!」

 

「ぼくは紳士だから心配ないよ!

そもそもブラジャーにはPカップまで存在することが確認されているんだ。

つまり江ノ島さんにはまだまだ大きくなる余地があるってことだよ!」

 

「どこが紳士よ!いきなり嘘ついてんじゃないわよ!心配だらけで心が削られるわ!」

 

「花村。黙らないとソニアちゃんのムチで100叩き……あ、それはそれで喜ばせそう。

本当、こいつは厄介ね!」

 

「小泉さんもぼくの事を分かってくれてるみたいで嬉しいよ!

……冗談はさておき、ステーキの焼き加減はどうかな」

 

「おいしい。脂身も落としてくれてるからさっぱりしてる」

 

「とても美味でございますわ。変態さんが焼いたとは思えないくらい」

 

「七海さんの励ましもいいけど、

シェフとしてはもっと激しく罵ってくれると嬉しいな!」

 

「このクソボケ変態野郎!でございます」

 

「ソニアさん、乗っちゃだめ!シェフも関係がない!はぁ、結局こうなるのね……」

 

「じゃあ、気分を変えて、誰か一発芸でもやってくんねーか?」

 

「よーし、この左右田和一が七海にコーラ一気飲みを捧げるぜ!」

 

“だめ!” “引っ込め!” “汚ーい!”

 

「なんだよ……今度は2リットルだから大丈夫だっつーのに」

 

すごすごと左右田君が引き下がると、終里さんがアタシにロックオンしてきた。

 

「そうだ江ノ島。泣き虫盾子やってくれよ。オレあいつ好きなんだよ」

 

「えー……やってみるけど、出てきてくれるかわからないわよ?」

 

「ものまねだけでもいいから、頼むよ~」

 

「私も、最後に見納め、だめかな?」

 

「七海さんに言われちゃったら……やるしかないじゃな~い?」

 

仕方なく、心のドアを叩く。ごめんね、ちょっとだけ出てきて。

 

「……久々に外に出られたと思ったら、

大食いゴリラに余興をさせられるなんて、悲しいですよね……

あまりに雑な扱いに、涙が出そうです」

 

“おおーっ” “泣き虫盾子だ” “おひさっす!”

 

目に涙をためて語ると、皆が感心して声を上げる。一体何が楽しいんだか。

七海さんが笑ってくれてるから別にいいけどさ。

 

「ありがとう、江ノ島さん」

 

「いいのよ。あの娘も注目の的になれて喜んでるんじゃない?予想だけど」

 

「おっしゃ、今だ!」

 

すると終里さんが飛びかかってきて、アタシの頭上を通り抜けた。

 

「エノシマダケ、ゲットだぜ!やっと食べられる日が来るとはな!……むぐむぐ」

 

「ちょっと、何やってるの!

アタシも食べた事ないから、毒があるかどうかわからないのよ!?」

 

「う~ん、まずくはないが、特別うまいわけでもないな。サンキュー」

 

泣き虫盾子モードのときに頭に生えるキノコが目当てだったらしい。

食べ物っぽかったら何でもありなのね。

 

「ねえ、盾子ちゃん……」

 

「なあに?お姉ちゃん」

 

「泣いてるときに生えるキノコって、本物なの?」

 

「お姉ちゃんまで食いつかないでよ。アタシに聞かれても困るわ。

食べようと思ったこともないし、食べたがる人がいるとも思わなかったからね!」

 

ピロロロ……

 

馬鹿話に花を咲かせていると、テーブル端の席から、着信音が聞こえた。日向君の席。

彼が通話ボタンを押すと、あの人の声。苗木君。

ビデオ通話らしく、電子生徒手帳を見ながら会話を始めた。

 

“……日向君、何も異常はない?”

 

「ああ、こっちは元気過ぎるくらいだ」

 

“あと1時間で艦が到着する。強制シャットダウンの準備を始めておいてくれないか”

 

「わかった。今、取り込み中で少し遅れるかもしれない。また後でな」

 

“了解。キミ達の帰還をみんなで待ってるよ。それじゃあ”

 

日向君が通話を切ると、それまでの騒ぎが一気に静まった。

彼がパンと手を叩いてみんなに呼びかける。

 

「よっし。思い切り食べたし、心行くまで楽しんだ。そろそろ帰る準備を始めよう。

一応片付けてから帰ろうぜ。

七海はこれからも、このプログラム内で生きていくんだからな。

立つ鳥跡を濁さずで行こう」

 

すると、みんな言葉少なに皿やスナックの空き袋を片付け始める。

花村君は皿洗い担当、他は全員でレストランの掃除や余り物の整理。

17人で取り掛かるとあっという間に終わった。

最後にゴミ袋を裏手のゴミ捨て場に出すと、艦の到着予定まで30分。

ちょうどいい頃合いね。

 

「それじゃ、みんな行こっか」

 

七海さんが遺跡まで先導してくれることになった。

彼女の背中には猫のリュック。これを見ることは、もう。……よしましょう。

二度と会えないと決まったわけじゃない。彼女自身が言っていた。

アタシも未来を信じることにするわ。

 

 

 

 

 

遺跡の内部は、石版を沢山積み上げて壁にした、空気のひんやりした法廷だった。

ここは、ゲーム終盤で見て以来ね。みんなが証言台に立つと、

やっぱりタッチパネルに卒業・留年の2つだけのボタン。

準備ができると、皆、彼女を見る。

 

「みんながこの世界に来てくれて、嬉しかったよ。

私が協力できるのはここまでだけど、自分を信じて、みんなだけの未来を築いてね……」

 

「さよならは言わないわ。きっとまた会える。そんな気がするの。

だから今は、おやすみなさい」

 

「江ノ島さんがここに来たのは何かの間違いが重なった結果だけど、

あなたがそれを許してくれたことは、本当に感謝してる。

この世界を裁くこともできたのに」

 

「あの時、早まった真似をしなくて本当によかった。

きっと、ここに居るみんなを失う結末を招いていたから」

 

あたしはそっと日向君に視線を送る。

彼は自分の気持ちを言葉にするのに時間がかかっているみたい。

 

「七海……」

 

「うん。日向君も、ありがとうね」

 

ようやく彼女の名を呼んだ彼に、七海さんがペアの希望ヶ峰の指輪を見せる。

彼も証言台についた左手の指にはめた、同じ指輪を見つめた。

 

「……忘れないさ。現実世界に持ち帰れなくても。

いや、俺は七海を忘れない。指輪じゃなくて」

 

「その言葉で、十分だよ。

私があなたにとって最初の七海じゃなくても、優しくしてくれたことは忘れない」

 

「俺にとっては、どの七海だろうと大事な存在だ。……そろそろ、お別れだ。

江ノ島の言う通り、しばらくの間の、な」

 

「みんな、元気でね……」

 

「どうか七海さんも、お達者で!」

 

「こいつも2回目かー。オレの事も忘れねーでくれよ?」

 

「七海おねぇ、いつかまた遊ぼうねー!」

 

「最後に本当の自分でキミに出会えて、ボクは嬉しかったよ」

 

皆がそれぞれの形で別れを告げると、証言台に向き合った。

七海さんは最後までその時を見守る。

 

「用意はいいか?3,2,1で同時押しだ。それで強制シャットダウンが始まる」

 

「ふん、くどいぞ。こんな操作、幼児でもできる」

 

「唯吹はいつでもオッケーっす!」

 

「じゃあ行くぞ!3,2,1……シャットダウン開始!」

 

全員が二つのボタンを同時に押した。強制シャットダウンによって、

ログイン中のユーザーが全て希望更生プログラムVer2.01から排出されて、

現実世界に戻っていった。

七海さんは、世界を構成するテクスチャーが徐々に消えていく中、

ずっと誰もいなくなった法廷でみんなが立っていた証言台を眺めていたらしい。

 

「行ってしまいまちたね……」

 

「うん。でも、今度は悲しいお別れじゃないから」

 

「長いお休みになりそうでちゅねー」

 

「そう、私達は、お休みするだけ。少し、長くね……」

 

そして、彼女達はジャバウォック島を構成するプログラムと共に、活動を停止した。

 

 

 

 

 

目が覚めると、淡いグリーンの光を放つ生命維持装置が自動的に開いた。

まだぼんやりする頭に、いくつかの足音が響いてくる。

複数人の誰かが駆け寄ってきて、腕に注射されていた何かのチューブを丁寧に外し、

傷跡に四角い絆創膏を貼ってくれた。ああ、未来機関の局員ね。

彼らが起き上がったアタシに敬礼する。

 

「江ノ島盾子様ですね。ご帰還、お待ちしておりました!

この度は、我々の不手際により、多大なる苦痛を与えたことをお詫び致します!」

 

局員の人が一斉に頭を下げる。

 

「それはいいわ。みんなはどこにいるの?みんなに会わせて」

 

「はっ、“協力者”は全員既に帰還し、外であなたをお待ちです。どうぞこちらへ」

 

「ありがとう。早く会いたいわ」

 

局員の手を借りて、生命維持装置から下りる。確かここが現実世界の遺跡だったのよね。

別の局員が扉のスイッチを操作すると、重い鉄の扉が引っかくような音を立てて開く。

急に外の光が入ってきて眩しい。

思えばアタシはずっとこの薄暗い空間にいたんだから当然だけど。

 

ずっと寝てたから少し足の筋肉が衰えてるのかしら。慣れたブーツでも時々ふらつく。

それでもアタシは外を目指して急ぎ足で進む。光のゲートをくぐると、そこには。

 

プログラムの中で会った時より、大人になった仲間達。特に驚いたのは。

 

「江ノ島おねぇ~起きるの遅いよ!待ちくたびれちゃった!」

 

「日寄子ちゃん!?あなた日寄子ちゃんなの?」

 

駆け寄ってきた彼女は、すっかり背が伸び成熟した女性。

 

「おねぇが見てたのは、Ver1.0の古いアバターなんだよ。あれから急に成長期が来たの。

もう誰にも身長のことでヒヨコ扱いされなくて済んでるよ」

 

優しく彼女の手を取って、慈しむようにさする。

 

「そっか。目の前の日寄子ちゃんが、現実の日寄子ちゃんなのね。

また会えて、嬉しいわ」

 

「おねぇ……ぎゅって抱きしめて」

 

アタシは彼女を抱きしめる。今度は膝をつく必要はなかった。

大きくなった身体で、お互いの存在を感じる。

しばらくじっとしていると、大勢の足音が近づいてきた。

 

「二人共せっかくの再会の途中わりーんだけどよ。オレ達の事も忘れんなよな」

 

「いいじゃありませんか、左右田さん。

西園寺さんは特に江ノ島さんに懐いていましたから」

 

「あ、ごめん……左右田君も、ソニアさんも立派な大人なのね。

なんだか初めて会ったみたいで不思議」

 

「フッ、年齢という概念を超越した俺様に、大人などという表現は無意味だが、

服装を人間の目でも視認しやすい形状に変更した」

 

「確かにシックなコートがお似合いよ。あら、左腕の包帯は?」

 

「ついに我が身に宿る邪気を、聖骸布に頼らず封じ込める術を習得した!フハハ!」

 

「その喋り方は相変わらずなのね、それは大事にしたほうがいいと思うわ」

 

「あの~江ノ島さん、私のこと覚えてくれてますか?

わ、忘れてたらごめんなさい。私、罪木蜜柑と言います~」

 

「もう、いきなりなあに?忘れるわけないじゃない。

怪我したときに手当てしてくれたり、一緒に海で遊んだじゃない」

 

「やったぁ!やっぱり江ノ島さんは、私の、私だけの……えへへ」

 

「う、うん。思うところがないわけじゃないけど、

お互い無事に帰ってこれてなによりだわ」

 

みんなと再会を喜び合っていると、彼の足音に気づいた。

 

「江ノ島……」

 

「日向君!あなたも素敵な男性に……っていうか、今までが仮の姿だったのよね」

 

「お前にはこれまで辛い思いをさせてきた。

どうすればその償いができるのかは、今すぐに答えは出ないが、

とにかくこの島を出よう」

 

「楽しいことしか思い出せないから償ってもらう必要はないけど、

ここを出なきゃいけないのは確かね。艦はどこかしら」

 

「案内する。……おーい、みんな!日本に帰るぞ!」

 

日向君が呼びかけると、みんなが集まってきて、

1番目の島、全てのはじまりの地、砂浜に向けて歩き出した。

途中、10代の若さと大人の落ち着きを得たみんなとの、新鮮な会話を楽しんだ。

澪田さんは時々無意識に流し目を送るようになってドキッとさせるし、

九頭竜君はどことなく凄みが増してる。

 

実体でのふれあいを楽しんでいると、気づかないうちに目的地に到着。

凄いわね……あの砂浜はイージス艦を始め、多数の軍艦で防衛されていて、

物々しい雰囲気だった。海岸には迎えの救命艇が接岸されている。

そこに誘うように、未来機関の戦闘員や、

正気を取り戻した元絶望の海上自衛官が両脇に整列している。

 

「江ノ島が先頭を歩け。今度は堂々と前を歩くんだ」

 

「わ、わかったわ」

 

アタシが救命艇へ向けて歩みを進めると、戦闘員達が、一斉に敬礼してきて少し驚いた。

だめね。これでも女神名乗ってるんだから、日向君の言う通り堂々としなきゃ。

救命艇に乗り込むと、他のメンバーも次々と乗り込み、最後の一人が乗り込むと、

イージス艦に向けて船が発進。アタシ達はとうとうジャバウォック島を離れた。

 

 

 

 

 

艦が汽笛を上げて出発し、どんどん島が遠くなっていく。

アタシは甲板で、約2ヶ月を過ごしたジャバウォック島を見送っていた。

鋼鉄の床をカンカンと鳴らしながら歩み寄って来たのは、左右田君。

何の気なしに彼が話しかけてくる。

 

「あの島ともお別れか~」

 

彼はたくましくなった腕を手すりに預けながら、つぶやく

 

「そうね。もう戻ることはないって日向君が」

 

「……なあ、あのホテル見てくれよ」

 

ちょうどここから1番目の島のホテルが見える。

 

「ちょっとっつーか、かなり汚えだろ」

 

「まあ……壁に蔦が生えてたり、ところどころ傷んでるわね」

 

「現実世界のジャバウォック島なんてこんなもんだよ。

だからこそオレ達はあそこで罪を償うことにしたんだけどな」

 

ついさっきまで楽しい日々を過ごしていたホテルが、廃墟のように寂れていて、

少し心に秋風のようなものが吹く。

 

「あのね、そのことなんだけど、ゆっくり話したくて」

 

「わかってる。もう死ぬことは逃げだって、アホなオレでも向こうで学習した。

今度はどこで刑に服するかが問題になんだけどよ」

 

「アタシも変わらなくちゃいけないのかしら。

この超高校級の女神を手に入れたことには、きっと意味があるから」

 

「お前は、ゆっくり考えればいいんじゃね?無実はとっくに証明されたんだしよ」

 

「そうね。……あらやだ、肝心なことを忘れてたわ」

 

「どした」

 

アタシは、ヘアゴムを引きちぎって、元通り左肩から流す。

向こうで髪型を変えても、現実には反映されない。当たり前よね。

大きな船体が生み出す白い航跡に向かって、二つのクマを投げ捨てた。

 

「七海さん。またね」

 

 

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