江ノ島盾子にされてしまったコミュ障の悲哀【完結】   作:焼き鳥タレ派

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第19章 それぞれの思惑

僕はパソコンと向き合い、ひたすらペンタブに筆を走らせる。

どうして上層部があの放送をやめてしまったのかは、わからない。

色々なツテを頼って、ようやく第二支部長に問い合わせることができたけど、

返った答えは“機密事項だ”。それだけ。

協力者はともかく、あの女は絶対プログラムから出しちゃいけなかったのに!

 

「やらなきゃ……例え何かを失うことになっても、この僕が!」

 

江ノ島盾子は僕達を安心させておいて、外に出たら本性を現して、

心を許したみんなをまた絶望に叩き落とすつもりなんだ。

どうしてそれがわからないんだよ……!

 

途中まで出来たラフ原を再生してみる。……よし、順調だ。

もうすぐこの世界から絶望は完全に消え失せる。

みんなの心から、絶望も憎しみも悲しみも、何もかも。

新たな希望が、生まれるんだ。

 

 

 

 

 

ボクは支部の屋上で、霧切さんとカップコーヒー片手に語り合っていた。

誰かに聞かれる心配をせず、気軽に会話ができるのはここだけなんだ。

赤い空から鉄さびの臭いを含んだ風が吹いてくる。

 

「霧切さん。江ノ島さんに会ってみて、どう思った?」

 

「あまり適切な質問じゃないわね。“どう”の意図が曖昧で聞かれた方が困るわ」

 

「うっ、ごめん……ええと、彼女について、どんな印象を持ったの?

本当に別人だと思ったか、

それとも江ノ島盾子が大人しくして復讐の機会を狙ってると思うかってこと」

 

「まだ希望更生プログラムから出たばかりの彼女を信じきるのは危険……

と言うべきなんだろうけど、彼女の顔を見た時、

あの優しい雰囲気に心を許しそうになったっていうのが本当のところ」

 

「ボクも同じ。なんというか、彼女からは……お母さんみたいな温かさすら感じたよ。

だからこそ、彼女が靴を舐めろって言い出したときは心臓が飛び出しそうになったけど」

 

「もう大人なんだから、同期の前でも親のことは父母と言いなさい。

私も肝が冷えたけど、それも未来機関を観察し、信用に値するか判断し、

目的のために取引ができるか、それを計るためだった……」

 

「目的っていうのは、戦刃むくろだよね。

実の姉でもない少女を助けるために勝負に出るなんて、

かつてボク達が戦った怪物には考えられない行動だよ」

 

「むくろもまたクローン。ただ造られた者同士で寂しさを埋め合う仲だとしても、

絶望の江ノ島盾子なら、寂しさにすら絶望を見出していたはず。

……今となっては彼女を疑えという方が難しくなったわね」

 

その時、バタンと屋上入り口がある小部屋のドアが開いて、

当の江ノ島さんと77期生のみんなが何人か入ってきた。なんだかとても楽しそうだ。

 

「ねえ、日寄子ちゃん?アタシ達って今、結構重要な局面に立たされてるっていうか、

こんなことしてる場合じゃないと思うの」

 

「言い訳無用!自分も五目並べに付き合っといて何言ってんのさ。

つーか、江ノ島おねぇマジ弱すぎ。七海おねぇでなくても楽勝だったよ。

なんにも考えずにとにかく5つ並べようとしてるの丸わかり。ほら罰ゲーム」

 

「わかったわよ……でも、こんなところに丸太なんてあるの?」

 

「今度は、アレ」

 

「アレ?」

 

彼女が小部屋の影を指差すと、シートを被せられた資材。うわぁ、まさかアレを?

 

「うん。どう見ても余った建築用の鉄骨よね。どう見ても100kg超えてるわよね。

どう考えても背負ったら潰れるわよね?」

 

「そのバタンキューしたおねぇが見たいんだよ。ほれ、はーやく!」

 

「日寄子ちゃん、こっちに戻ってからえげつなさが増してないかしら。

せめて誰かにヘルプを頼むことは認めてほしいわ。

キリストだって見物人に十字架持つのを手伝ってもらってたって話だし、ね?」

 

「あ、最初に言っとくとー!唯吹はギターより重い物を持ったことがないんでパスっす」

 

「そら言わぬことではない。

日頃から十分に肉を食っていないから急場で力が出せんのだ」

 

「しゃーねえ。オレが手伝ってやるよ」

 

「終里さん!あなたのことは信じてたわ!」

 

「いっせーので持ち上げるから、すぐ下に入んだぞ」

 

「結局は持たせるの!?みんな酷いんじゃない?……あっ」

 

こうして眺めていると、やっぱり彼女が絶望の江ノ島で、

ボク達を欺こうとしているとは思えない。

だとしたら、“超高校級の女優”の才能も持っていないと説明がつかないくらいだ。

 

少なくとも、みんなに遊ばれてる今の彼女にその兆候は全く見られない。

霧切さんにそんな事を言うと、

“お人好しのボクの目は当てにならない”とか言われそうだから、黙ってたけどね。

おっと、こっちに気づいたみたいだ。

 

「あらやだ大変!アタシったら苗木君に呼び出されてたのすっかり忘れてたわ!

すごく重要な用件だから今すぐ行かなくちゃー!悪いけどまた後でね!」

 

「こらー!逃げんなー!」

 

わざとらしい独り言を叫ぶと、江ノ島さんが駆け寄ってきて、

口パクで“たすけて、たすけて”と言うもんだから、

霧切さんと目配せして、話を合わせることにした。

 

「これから3人で重要事項について打ち合わせなの。

悪いけれど、遊びの続きは後にして?」

 

「そう、アレについてどうするか、いろいろあるから彼女はこれから外せないんだ」

 

「チッ!運が良かったなー!次は逃さないかんね!」

 

「これに懲りたらちっとは鍛えろよなー」

 

「盾子ちゃんの悲鳴から新曲のインスピレーションが得られそうな気がしたんすけど、

残念っす」

 

「バイバイ!また後でね……あぁ、助かったわ。ありがとう2人共。

みんなしてアタシをオモチャかなにかと勘違いしてるんじゃないかしら、もう」

 

「はは、大変だね。みんなジャバウォック島から解放されて気持ちが弾んでるんだよ」

 

「アタシ達を見てた苗木君は知ってるだろうけど、

日寄子ちゃんには結構懐かれてたと思うの。

それはアタシの思い過ごしだったのかしら……」

 

「呆れた。用事はそれだけ?

ここでほとぼりが冷めるのを待ってから自室に戻るといいわ」

 

霧切さんの言葉にピンと来た表情で彼女が続けた。

 

「……いえ、それだけじゃないわ。上層部からアタシの処遇に関する通知は来てない?

塔和シティーに関する要望を飲んでくれるなら、なんでもする。

それこそ、本物の江ノ島盾子を演じて、

未来機関は究極の絶望を更生することに成功した、なんて筋書き通りに動いたっていい」

 

「ちょっと待ってね」

 

腰のホルスター型ケースからタブレットを取り出すと、霧切さんは新着情報を確認する。

 

「……具体的な決定はまだないけど、あなたに関する情報は全てトップに伝えてある。

現在検討中」

 

「そう。あなたを急かしても仕方ないけど、

なるべく早くアタシの姿を見せたほうがいいと思うわ。

ネットは見た?皆の不審が募ってる」

 

「上も私もそのことはわかってる。

いずれあなたには大きな仕事をしてもらうことになるわ」

 

「任せて。このメンバーに、またお姉ちゃんを迎えられるなら、

遠慮なく言ってちょうだい」

 

「ありがとう、江ノ島さん。

ボク達のためじゃないってことはわかってるけど、本当に……」

 

「わかっているならお礼なんて必要ないわ。お互い利害の一致してる関係じゃない。

あと、情報は日向君にも優先的に回してね」

 

「わかってるわ。彼のタブレットも、電子生徒手帳と同じく特別製になってる」

 

「それを聞いて安心したわ。……じゃあ、そろそろ失礼するわね。もう平気だと思うわ。

良くも悪くも飽きっぽい子達だから」

 

「ごきげんよう。

いつ大規模な移動が命じられるかわからないから、鉄骨を担いだりしないでね」

 

去っていく江ノ島盾子の後ろ姿は、髪型を除いて、

やっぱりボク達の知る絶望の江ノ島と瓜二つだった。

だけど、その和やかな雰囲気は、悪意なき悪意を撒き散らしたあの絶望とはまるで違う。

 

「どうして、違うんだろう」

 

「ええ。不思議ね」

 

ドアが閉まると、ボク達はどこかやりきれない思いを口にした。

 

 

 

 

 

私は執務室のデスクで、

ワンタイムパスワードでロックされたフォルダーに格納されていた、

機密資料に目を通していた。これとて確実な安全性が担保されている通信方法ではない。

重要な案件なら直接面会に来るよう伝えたが、

支部間を移動する時間も惜しいほど緊急性の高い伝達事項だと言うから特別に許可した。

 

メールに添付された圧縮ファイルを解凍し、現れたフォルダーを開くと、

中には「E氏に関する報告」というファイルが。

江ノ島盾子については報告を受けている。

今更何を、と思ったが、その内容は信じがたいものだった。

 

髪を下ろし、気品すら漂わせる女性の画像がこちらを見つめている。

備考欄には、彼女が未来機関との取引を望んでいる旨が記載されていた。

曰く、我々の不祥事はなかったことにしてやる。

世界も救ってやるから、塔和シティーを陥落させて戦刃むくろを助けろ。

 

理解不能だ。

てっきり膨大な額の慰謝料でも請求するのかと思えば、

かつての姉、それもただのクローンのために、

自らの正体という最強の切り札を捨てるというのか。

その気になれば、未来機関の一部を掌握することもできるというのに。

当然そのような事態になれば、天願会長の判断を待たずに私が手を下すことになるが。

 

助ける、か。私の中にある種の感情が芽生える。

デスクの引き出しを開けて、1枚の写真を取り出す。それをただぼんやりと眺める。

私に無為な時を過ごさせる唯一の存在。

気が済むまで感傷に浸ると、再び引き出しに戻す。

 

大人しそうな顔をして、なかなかの食わせ者だ。

我々が断れないことを承知の上で取引を持ちかけてきた。

あの事件で人類約70億人のうち、50億人が絶望に魅入られ、

うち30億が江ノ島盾子の希望更生プログラム中継で、自我を取り戻した。

 

だが、そこまでだ。依然として20億が狂ったまま。

中継を終えた今、奴らを安全に正気に戻す術はない。

武力で殲滅となれば、第二次大戦を上回る悲惨な戦争になるだろう。

戦いは長期化し、ようやくまともに戻った人員すら消滅しかねない。

確かに彼女なら、その事態を避け、世界から絶望を拭い去ることも可能だが……

 

初めは耳を疑った。歌で残党の狂った思考を元に戻すなど。

だが、帰投した艦の乗員は皆、装備を奪い行方不明になっていた自衛官。それも大勢。

事情聴取にも、何をしていたかは覚えていないが、

絶望に魅入られていたと口を揃えて答えている。嫌でも信じざるを得なかった。

考えた末、私は電話の受話器を上げ、緊急回線で、ある人物に連絡を取った。

 

 

 

 

 

ワシはいつものように、執務室の窓から赤い空を眺めておった。

最後に青い空を見たのはいつのことじゃったか。こうなった原因はわかっておらん。

どこかで何者かが毒ガスを放っていると推測されているが、

人工衛星の情報送信が停止した今となっては真の所は不明。

人類史上最大最悪の絶望的事件からまだ10年も経っておらんと言うのに、

世界は変わり果ててしまった。環境のことではない。人の心じゃ。

 

プルルル……

 

デスクの電話が鳴る。支部内か外部か。

この電話を使うのは、どちらにせよ緊急性が高い時に限られる。すぐに受話器を取る。

 

「ワシじゃ」

 

“会長、宗方です”

 

「おお、宗方君か。どうかね、その後進展は」

 

“会長に例のファイルは送られてはいませんか?「E氏に関する報告」です”

 

「ふむ。ワシには届いていない。

実質未来機関を動かしている君を優先したのかもしれんな」

 

“……先日帰還した彼女についてです”

 

「説明してくれたまえ」

 

宗方君は謎のファイルとやらについて説明してくれた。

江ノ島盾子氏が事件の隠蔽並びに能力の使用と引き換えに、

我々との取引を希望しているということについて知った。

なるほど。どう言い出したものか思案していた、

希望更生プログラムにおける人違いについて、

穏便に済ませてくれるならこちらとしても助かる。

 

「……わかった。渡りに船とはこのことじゃろう。

塔和シティーは元々何度もモノクマ生産施設の制圧と生存者の救出作戦を試みていた。

次こそ成功させなければ」

 

“では、塔和シティー攻略に向けて部隊を動かすということでよろしいですね?

モノクマについては、第十四支部に保護されている協力者が対処するようです。

先制攻撃で奴らを叩き、続いて未来機関の突入部隊が空から降下。

民間人の救助、及び塔和モナカの確保に当たります。

同時に陸自の別働隊が92式浮橋で陸からの移動準備にかかるという手筈です”

 

「肝心の戦刃むくろも忘れずにな」

 

“承知しています。彼女にへそを曲げて旅に出られては困りますから”

 

「宗方君」

 

“なんでしょう”

 

「仮に……本人と顔を合わせることになっても、平静を保つ自信はあるかね?」

 

“……それは、どういう意味でしょう”

 

「いや、年寄りの取り越し苦労じゃ。忘れてくれ」

 

“失礼します”

 

通話が終わると、ゆっくりと受話器を戻した。

椅子から立ち上がると、また窓際に近づき、空を眺める。

この老骨、大抵の出来事に立ち会ってきたつもりじゃが、

ここ数年でワシの一生分以上の奇怪な思いをしておるよ。

もし、彼女の力で絶望の残党が消え去り、この空に青さが戻ったら、

今のポストを去ろうと思う。

さて、この曲がった腰でうまく彼女に頭を下げられるか、

今から練習でもしておくかのう。

 

 

 

 

 

私は、元希望の戦士のみんなと絨毯の敷かれた床に座り込んで、

自分のことやモナカのこと、盾子ちゃんとの関係について説明を終えたところだった。

やっぱりみんなすぐには信じられないみたい。

 

「なら……君は、モナカが作ったクローンだって言うのか!?」

 

「むくろでいいよ。戦刃むくろ。モナカの知識はみんなの想像を上回ってる。

私は希望更生プログラムから、盾子ちゃんを取り戻すために造られた、彼女の捨て駒。

きっといなくなったことにも気づいてるだろうけど、

プログラムがシャットダウンされた今、気にも留めてないはずだよ」

 

「それで、むくろさんはどうしてモナカと手を切るつもりになったんですの?」

 

「どう言えばいいのかな。彼女のそばにいる意味がなくなったし、

なにより、盾子ちゃんの邪魔をしたくなかったから」

 

「あ、あ、あの。どうしてむくろお姉ちゃんがいると、

盾子お姉ちゃんの邪魔になるのかな。ボクちんにもわかるように教えて~」

 

「モナカは世界を再び絶望に陥れようとしている。

盾子ちゃんにはそれを止めるどころか、広がった絶望を消し去る、というより、

故意に擦り込まれた絶望から意識を元に戻す力があるの」

 

「こい、恋?……はうっ!盾子お姉ちゃん好きな人がいるの!?」

 

「ごめんね。その恋じゃなくて、“わざと”っていう意味。

絶望の残党って言われてる人達も、はじめからそうだったわけじゃない。

絶望の江ノ島盾子に偽物の意識を植え付けられて、そうなったわけだよね。

それを元通りにできるの」

 

「なんつーかスゲーな!その新しい方の江ノ島盾子は!

ゲームの回復魔法みたいな才能じゃん!」

 

「大門君らしい感想ですわね。でも、実際聞いたこともない才能ですわ。

高校生にもなるとここまで能力の幅が広がるなんて。

ちなみに、戦刃さんの能力はなんですの?」

 

「超高校級の軍人。それでモノクマを倒してここまで来られた。

時々無人のビルに明かりが点いているのを見たから。

こんなところにいるってことは、大人達と一緒にいられない。

つまり、元希望の戦士のみんなが居るんじゃないかと思ったの」

 

「……僕達と一緒に行動することに何の意味があるのかな」

 

「そう構えないで。さっきも言った通り、一緒に考えたいの。

子供達の楽園という計画を打ち捨てた君達が、今何を目的にしているのか、

教えて欲しいな。私には、なにもないから……」

 

「僕達の目的もモナカを止めることさ。新生江ノ島盾子と同じようにね。

戦刃君の言葉を信じるならの話だけど」

 

「私は信じなくていいけど、盾子ちゃんは信じて。

テレビで見なかった?本物の盾子ちゃんはもう死んでる。

気弱で時々すごい力を見せる彼女は、異世界から意識だけ転移してきた別人。

誰かに造られた肉体にたまたま乗り移ったの」

 

「……どうすれば、モナカを止められると思う?

傷つけたくはない。これでも、一時は仲間だったんだ」

 

「なにか、外部と連絡を取る手段は?

未来機関にモナカの本拠地を知らせるだけでも、だいぶ違う。

彼らも知りたいことがたくさんあるから、突入して即射殺ということは考えにくい」

 

「外を見てくれ」

 

新月君が、窓ガラスの外を指差す。その先に、一際高い高層ビルがそびえ立っている。

 

「塔和タワーって言うんだ。あの中に未来機関が残していった通信機器がある。

それでどこかの支部と連絡ができるはずだ。

実は僕達が希望の戦士だった頃、未来機関の特殊部隊が突入してきたことがある。

……ほとんど僕らやモノクマにやられたけどね。

もうジャミングも解除されてるから問題なく使用できる。

より強力になったモナカには邪魔でしかないからね」

 

「よく知ってるね、そんな事」

 

「……僕達が大人達を魔物と敵視して殺していた時、

僕らに立ち向かってきた2人の女の人達がいたんだ。歳は戦刃君と同じくらい。

通信機器は彼女達が塔和シティーを探索しているときに見つけた」

 

彼はそっと窓ガラスに手を触れて、その人達を探すかのように街を見下ろす。

 

「あの人達は強かった。

当時は僕達にも強力なロボットがあったのに、それでも勝てなかったくらい。

経緯は長くなるから省くけど、全てが終わった後になっても、

彼女達は僕達子供も大人も、両方を守るために塔和シティーで戦い続けているんだ」

 

「そう。本当に、強い人なんだね……私には、真似できないよ」

 

「そんな事、ないだろう」

 

「え……?」

 

「君もモナカのやり方が間違ってると薄々気づいていたから、

ここにいるんじゃないのかい?

それでモノクマの群れと戦って、僕達に会いに来たんだろ?

テレビに映っていた方の江ノ島盾子さんのためにモナカの元を離れたんじゃなかったの?

だったら、彼女達と協力して、塔和シティーを内と外から突き崩してほしい。

もう僕達に戦う力はない。だから、こうしてお願いすることしかできない」

 

新月君が、私に深くお辞儀をした。

戸惑いと不安で、思わず頼りにしているアサルトライフルを抱きしめる。

誰かに頭を下げられることなんて生まれて初めてだから。

 

「あう~ボクちんもおねがい!ノルウェーは水力発電がほぼ100%のエコな国だけど、

大人も子供もモナカちゃんも、

みんな助けて欲しいって都合のいいお願いをしてみるんだ」

 

「私からもお願いしますわ。

あの地味な人と、地味そうに見えてスカートに大胆なスリットを入れてる人と協力して、

モナカの野望を止めて下さいまし!」

 

「会ったばかりの姉ちゃんに、

こんなこと頼むのは図々しいってわかってるんだけどよ……

俺、一応元リーダーだったのに、なんにもできなくてずっと悔しい思いをしてるんだ。

その気持ち、わかってくれ!」

 

みんなまだ小学生なのに、強い意志を持っていて羨ましいな。

……ううん、そうじゃないよね。私も手に入れるの。

自分だけの、目的、意志、生きる理由。

 

「わかった。後は私に任せて。その2人の大体の位置はわかる?

近くに居るなら先に合流したいんだ。通信機器が第一目標だけど」

 

「さっき、大きな歩道橋で戦ってた。その後雑居ビルが並ぶ通りに向かったよ」

 

「まずはそこを当たってみる。私はもう行くけど……変なことは考えないでね。

自分の罪に押し潰されないで」

 

「ああ、わかってる。

ここで粘れるだけ粘って、世界が僕達を裁くなら、それに従うまでさ」

 

その言葉にただ笑顔を向けると、またカバンを肩から下げて、廃ビルの一室を後にした。

アサルトライフルにリロードしながら階段を駆け下りる。

もう一度盾子ちゃんに会いたい。

ロビーを横切り、破れた窓から道路に飛び出し、荒れ果てた街を走り抜ける。

今度は後をついていくだけじゃなくて、

肩を並べられる、本当の偽物の姉妹になるために。

 

 

 

 

 

私達は、またひとり空き家で避難していた大人を地下避難シェルターに誘導すると、

モノクマ退治に戻った。スタンダードなコトダマ、自発破壊で一体ずつ破壊していく。

 

「コワレロ!」

 

“なんと!”

 

「こまる~今日はこの辺にしましょうよ。

動悸息切れが激しくて、銀のツブツブが必要なレベルに達してるの……」

 

「もう、冬子ちゃん戦ったのって一瞬だけじゃん!しかもジェノサイダーの方」

 

「あ、あんたが色んな所に引っ張り回すからでしょう!疲れたのよ!

これ切り抜けたら今度こそ今日は閉店だからね。

なんでそんなにリア充は無意味に頑張りたがるんだか……」

 

「そうしたいところなんだけど、今度はジリジリと数が増えてるの。

コトダマだって……やだ、もう弾がない!どうしよう!」

 

手で弾薬ケースを探ると、カラ。何も手応えがない。

 

「なんですって!?冗談顔だけにしなさいよ!電撃ビリビリは?火炎放射器は?」

 

「ないよ!ガチャポンのところに戻るしか!冬子ちゃんのスタンガンは?」

 

「バッテリー切れ!深追いするからそうなるのよ!

あたしが死んだら末代まで枕元に立ってやるからね!」

 

「逃げるよ!」

 

「それがさ、なんかどこ向いても微妙にモノクマがいて、

あたし達囲まれたっぽいのよね……」

 

「ええっ!いや、本当だ……」

 

確かに360度見回しても視界にモノクマが入らない角度がない。

弾切れのハッキング銃じゃ戦えない。ジェノサイダー翔も呼べない。どうしよう……!

 

──伏せて!

 

その時、ハッキング銃じゃない、普通の銃声が何度か轟き、

包囲網の一角に集まっていたモノクマの左目に弾丸が命中。

 

“ガ、ゲジジジ……!”

“0003致命的エラー……”

“ゲガゲギギギ!”

 

物理的に直接急所を破壊されたモノクマが、

いつもの間抜けなやられ声を上げることなく、

ロボットらしいまともな断末魔を上げて活動を停止。

見上げると、ビルの上に銃を持った女の子。

彼女は銃に再装填しながら私達に呼びかける。

 

「今よ、逃げて!後で合流しましょう!」

 

「あ、ありがとう!冬子ちゃん行こう!」

 

「もう走るのはこれっきりだからね……!」

 

 

 

無事モノクマの包囲から逃げ切った私達は、見通しのいい広場で足を止めた。

さっきの女の子は誰だったんだろう。

 

「はぁ…はぁ…今日は、あんたのせいで、散々よ!」

 

「ごめんって。どうしてもさっきのエリアの安全は確保しておきたくて」

 

「あたしらが安全じゃなきゃ意味ないでしょうが!

……ところでデコマル。この噴水の水って飲めると思う?」

 

「やめといたほうがいいよ。よく見ると小さな虫が泳いでる」

 

「最悪。喉もカラカラなのに。

きっとこのまま口が乾いて悪臭を放って、あんたにまで口臭女だと罵られるんだわ……」

 

「そんな事しないって!でも、私も喉乾いちゃったな」

 

「なら、これを飲んで」

 

「えっ!?」

 

突然音もなく背後に現れた、さっきの女の子。

ペットボトルの水を2本こっちに差し出している。

 

「誰だか知らないけど礼を言うわ!」

 

名前も聞かずにミネラルウォーターに飛びついて、

喉を鳴らして一気飲みする冬子ちゃん。

私もとりあえず受け取ったけど、目の前の子への興味の方が先に立った。

 

「ありがとう……ねえ、あなたさっき私達を助けてくれた子だよね?

私、苗木こまる。こっちは腐川冬子ちゃん」

 

「やっと会えたね。私は、戦刃むくろ。

あなた達なら、外部との通信機器の場所を知ってるって聞いた。どこにあるの?」

 

「い、い、戦刃むくろですって!?

なんで死んだ奴が銃を取って元気よくモノクマ破壊してるのよ!」

 

「冬子ちゃん知り合い?死んだってどういうこと?」

 

「生きてるうちに直接会ったことは……いや、偽物には会ったわね」

 

「腐川冬子さん。コロシアイ学園生活の生き残り。うん、ちゃんと記憶に入ってる」

 

「わけのわからないこと言ってんじゃないわよぉ!あんたが、誰だか、説明しなさい!」

 

「ごめん、時間がないんだ。私が生きてる理由とかは途中で話す。

お願い、通信機器のところまで案内して」

 

「うん、前にお兄ちゃんと話したモニター付きのが、塔和タワーにあったはずだよ!」

 

「ちょっと待ちなさいよ!また走るわけ?あたしもういや。ここから一歩も動かない」

 

「なら仕方ないよね。ここで待ってて。

……苗木さん、予備の弾薬。モノクマから回収した」

 

戦刃さんが自発破壊のコトダマを大量にくれた。

 

「こんなにたくさん!?ありがとう、これでモノクマと戦えるよ!」

 

「ちょっとちょっと、戦えないあたしをここに置いていく気?

敵に襲われたらどうすんのよ……」

 

「う~ん、走れないなら、そういうことになっちゃうかな。

流石にあなたを背負っては照準できないし、あまり時間も掛けられないんだ」

 

「キァーもう!こんなの、文系の仕事じゃない……」

 

「冬子ちゃんガンバ。タワーまで着いたらエレベーター使えるから」

 

「古臭い励ましに感激だわ」

 

そして、道中私達は戦刃さんから到底信じられない話を聞くことになった。

まず、彼女は死んだ本人から再生されたクローン。

塔和モナカに偽の記憶を移植されて、江ノ島盾子って人に会いに行ったんだけど、

彼女が超高校級の女神っていう才能に目覚めて、

その力のおかげで本来の自分の姿を思い出したんだって。

 

息を切らして走りながら聞いたから、疑問を挟む余地もなかった。

ただ彼女の話に耳を傾ける。

江ノ島盾子って人もクローンで、戦刃さんの妹らしいんだけど、

実はこの人も、誰かが作った肉体に異世界の誰かが宿った別人らしいよ。

あ、タワーに到着。

 

「冬子ちゃん、もうすぐ休めるよ。ほらエレベーター」

 

「見りゃ、わかるって、言ってるでしょ……」

 

「でも……希望更生プログラムなんて全然知らなかった。

ここじゃテレビの電波も入ってこないし」

 

「うん。塔和モナカがジャミングを掛けてたからね。

盾子ちゃんを取り戻したつもりになって、その必要がなくなったから、

今はもう問題なく通信できると思う」

 

私は冬子ちゃんの背中を撫でながらエレベーターのボタンを押す。

階層を示す表示ランプがゆっくりと1階に降りてくる。

 

ポーン……

 

到着したエレベーターに乗り込むと、上階のボタンを押す。

ええと、通信機があったのは、この階!

ドアが閉まると、エレベーターがすうっと私達を持ち上げ、目的の階に運んだ。

荒れたホールに出ると、その片隅に、緑がかったモニターとセットになった通信機。

 

「あったよ、戦刃さん!これでお兄ちゃんと通信したことがあるの」

 

「ありがとう、苗木さん。

とにかく、塔和モナカの潜伏しているポイントを送信しなきゃ」

 

「ああ、やっと息が落ち着いたわ。……ねぇあんた。

本当の江ノ島盾子でもなければ妹でもない、どっかの誰かのために、

なんでそんなに必死なのよ」

 

「うまく説明できないんだ。

同じクローンだからかもしれないし、姉妹のDNAから造られた存在だからかもしれない。

でも、一緒に過ごした思い出が心から離れない。

こうして手の届かないところにいると、

心に風穴が空いているような寂しさに悩まされる。

一言で言うと、会いたいってところかな」

 

手早くアンテナやチューニングの設定をしながら語る戦刃さん。

 

「ふん。ブラコンの次はシスコンね。

普通の家族愛の範疇に収まることを願うばかりだわ。

あたしはここで休む。今日はもうここから動かないからね!」

 

「お疲れ様、冬子ちゃん」

 

「待って。……繋がった!」

 

3人共モニターを覗き込む。冬子ちゃんは床に座り込み、首だけこちらに向けながら。

 

 

 

 

 

アタシは、日向君と未来機関第十四支部の地下工場にいた。

左右田君が塔和シティー奪還に向けて色々新兵器を作ってくれてるらしいわ。

専門家の彼を手伝えるわけじゃないけど、

彼ひとりに任せきりにするのもなんだか申し訳なくて、時々差し入れを持ってきてるの。

 

「左右田君、お疲れ様。これで一息入れて。コーラとサンドイッチ」

 

「おっ、サンキュー!世界が滅びてもコーラは不滅か。おお、キンキンに冷えてやがる」

 

もっとも、そのコーラは未来機関製で、ラベルも例の赤じゃなくて、

黒地に未来機関のロゴが入ったものだけど。

 

「突入前の先制攻撃をすると言ってたが、何を作ってるんだ?」

 

「プログラムん中で江ノ島からもらったプレゼントを再現してるとこだ。

今度はオレからモノクマにプレゼントだけどな。

まぁ、クマ型ロボットについての問題は既に片付いてると思ってもらっていーぜ」

 

左右田君は素人目にもそれと分かる精密機器を、

工場備え付けの機械で慎重に組み上げていく。

 

「これが一段落したら、小泉達の武器も作んなきゃな。

急いだって作戦始まんなきゃ意味ねーのに、早く作れってうるせーんだよ。特に小泉。

確かに非殺傷性だが、やたら危ねえオモチャ欲しがるあたり、ヤバイ女なんじゃないか?

あいつ」

 

「あらあら、戦いの前に気が立ってるのね。……みんなまで巻き込んで、本当に」

 

「やめろよ。オレはただ仲間と会いに行くだけだ。ちょっと大掛かりな方法でな」

 

「ああ、みんなも同じ気持ちだ。

目的はあくまで戦刃だ。短いが同じ修学旅行を過ごしたクラスメイトの、な」

 

「うん、ありがとう……」

 

プルルル…

 

その時、アタシ達にも支給された、腰のタブレット収納ホルスターが音を鳴らした。

変ね、マナーモードにしていたのに。

すぐタブレットを取り出し、画面をつけると、切迫した表情の霧切さんが映された。

 

“前置きは省くわ。戦刃むくろから連絡があった。

そっちにつなぐから、塔和シティーの状況を聞き出して!”

 

彼女はそう言うと、こちらの返事も待たず、画面を切り替えた。

ノイズ混じりに現れたのは……ずっと安否がわからなかった、

本来一人っ子のアタシにいるはずのない、この世界でできた姉。

 

「お姉ちゃん!?今、どこにいるの?一人で平気?」

 

“盾子ちゃん。ゆっくり話していたいけど、時間がないんだ。

塔和モナカの研究室の座標を送るね?

モナカの戦力は無限に近いけど、そこを集中攻撃すれば……”

 

「モノクマに関しちゃ問題ねーが、停電に気をつけろって言っといてくれ」

 

左右田君が背を向けたまま呼びかけてきた。

 

「詳しくはわからないけど、モノクマはどうにかなるみたい。

だけど停電が起こるから注意して」

 

“うん、わかった。あとこっちはひとりじゃ「盾子お姉ちゃーん!」”

 

突然ビデオ電話に割り込んできたのは塔和モナカ。笑顔でこっちにピースしてる。

 

「塔和、モナカ……!?」

 

“えー、なぁに?その堅苦しい呼び方。盾子お姉ちゃんのモナカだよ~

ところで、姿が見えないと思ったら、むくろお姉ちゃん。

モナカに黙って未来機関に情報を流すなんて……よくないなぁ、そういうのって“

 

「無駄だろうけど、一応言っておくわ。むくろお姉ちゃんを返して。

塔和シティーをみんなに返して。未来機関もあなたを傷つけたりはしないわ」

 

“……ふーん、まさかとは思ってたけど、盾子お姉ちゃん、

やっぱりずっとモナカのメール無視してたんだ。

モナカより作り物の姉の方が大事なんだ。“希望”なんかにつくんだ。

ヘアスタイルまで変えちゃってさ。いいよ、むくろお姉ちゃんは好きにしなよ。

元々盾子お姉ちゃんのオマケだったしね。でも、モナカびっくり。

本当に偽物だったなんてね。残念な姉のために塔和シティーと戦争を起こすなんて……

そんなの盾子お姉ちゃんじゃない!!“

 

突然激高したモナカがキーボードをデスクに叩きつける。

 

“よくわかったよ。モナカが大好きだった盾子お姉ちゃんは死んじゃったってね。

だから、モナカが2代目江ノ島盾子になる!

未来機関がどれだけ無力か、

今度はその惨めな姿を放送するのも数字取れそうだよね……!”

 

「説得は、もう無理みたいね。塔和シティーで会いましょう」

 

“早くおいでよ。江ノ島盾子は2人も要らないからさ……!”

 

そこで強引に通信を切られた。切られたというより、何かに遮られたって感じね。

変わって霧切さんとの回線に戻る。

 

“できれば戦いたくはなかったんだけど、

こうなった以上、予定通りに進めるしかないわね”

 

「そうね……お願いだから、彼女も民間人と同じ保護を頼むわ」

 

“努力はする。でも、万一の事態は覚悟しておいて”

 

「わかったわ」

 

通信終了。振り返ると、日向君と左右田君がアタシを見ていた。

 

「……とうとう、始まるんだな」

 

「ええ。アタシの歌が彼女に聞くのか、正直わからない。

タブレットで塔和シティーの事件記録を見たけど、

彼女は初めからああだったみたいだから。元に戻す能力で無力化できるかどうか」

 

「ま、駄目なら力づくでふん縛るしかねーだろ」

 

「その時は、俺に任せろ。超高校級の希望でどうにかしてみせる」

 

「よろしく、お願いするわ……」

 

遂に塔和モナカとの開戦が決まった。もう迷っている余裕はない。

 

“全てを、救うのよ”

「全てを、救うのよ」

 

 


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