江ノ島盾子にされてしまったコミュ障の悲哀【完結】 作:焼き鳥タレ派
輸送ヘリで、未来機関第一支部に到着したアタシ達は、
黙って支部長執務室へ続く廊下を歩き続ける。
これから武器が必要になる人は、左右田君が作ったガジェットを携えて。
霧切さんと苗木君に案内されつつ、
防音カーペットから、高級な大理石に素材が変わった床をただ進む。
この先に、未来機関のトップがいるらしいわ。いよいよね。
「江ノ島さん。支局長達との面談の前に、聞いておきたいことはある?」
面会を前に、霧切さんが最終確認する。
「知りたいのは、ただ契約通りに塔和シティーを制圧して、
お姉ちゃんを取り戻してくれるかどうかだけよ」
「それについては約束を守る。私達もあなたの力が必要だもの」
「なら他には何もないわ。お願い」
アタシは重厚な木製ドアのそばにあるインターホンを見る。
すると、霧切さんがボタンを押した。
内部から柔らかな電子音が聞こえ、ほぼ同時に返事が返ってくる。
“誰かね”
「第十四支部、支部長霧切響子と構成員苗木誠です。
江ノ島盾子氏と77期生達をお連れしました」
“入っていただいてくれたまえ”
ドアの電子ロックが外れた音がした。
苗木君が大きなドアを引いて、アタシ達を中に促す。
ぞろぞろとアタシ達は緊張しつつ入室する。
内部は、個人の執務室としてはかなり広い。
左右に重そうな百科事典や分厚いファイルが並ぶ本棚がいくつも並び、
床はちらりと見ただけで高級なものとわかる絨毯。一番奥にマホガニー製のデスク。
その前方に円形の会議机があり、そこに座っていた2人の男性が立ち上がった。
ひとりはグリーンのコートを着て眼鏡を掛けた、少し腰の曲がった老人。
もうひとりは髪とスーツを白で統一した、長身の20代くらいの男性。
切れ長の目で全く隙というものを見せない。ほんの数秒だけアタシ達は見つめ合う。
こちらから自己紹介したほうがいいのかしら、と考えると同時に向こうが口を開いた。
「……いや失敬。わかってはいたのだが、あの江ノ島盾子が来るというのでな。
ワシらは正直な所恐れておったのじゃよ。未来機関第一支部長、天願和夫じゃ。
どうぞ掛けてくれたまえ」
「第二支部長、宗方京助です。お初にお目にかかります」
「始めまして。直接お会いするのは初めてですね。どうぞよろしく。
それではお言葉に甘えて」
アタシも挨拶をすると、会議机の椅子のひとつに座ったんだけど、
さすがにみんなが座るだけの数はなかったから、
悪いけど後ろに立ってもらうことになった。
今度は宗方さんっていう人が先に用件を話し始めた。
「この度、江ノ島盾子を名乗るあなたには、
筆舌に尽くし難い苦しみを与えてしまいました。謝罪で済ませるつもりはありませんが、
未来機関を代表してお詫びいたします。誠に、申し訳ありませんでした」
そして深々と頭を下げる。
謝ってくれているのはわかるけど、どこか態度が硬いのは気のせいかしら。
こっちも何も言わないわけには行かないわね。
後ろでみんなが不安げにアタシを見ているのが背中でわかる。
「どうぞ頭を上げて下さい、宗方さん。
あなた方がアタシの要望を受け入れてくださったことに、
むしろ感謝しているくらいですの。
あら、いけないアタシったら。江ノ島盾子を名乗っていることについては、
まだ本来の名前を明かすことに思うところがありまして。
その無礼、先にお詫びしますわ」
ごめんなさい。どうしてなのかと聞かれても、アタシ自身にもわからないの。
なんとなく、その時じゃないような気がして。
「いやいや、我々には気遣いは不要。ワシからも、謝らせてほしい。この通りじゃ。
先程も述べたが、江ノ島氏が世界に我々の不祥事を告発するのではないかと、
夜も眠れぬほど不安な気持ちを抱いておった。
それに、別人とわかりきってはいても、
江ノ島盾子という存在と対峙する勇気を出すのに苦労した。
まったく、いい歳をした大人が情けないと笑ってやってほしい」
今度は天願さんが頭を下げる。やっぱり謝られることには慣れないわ。
「……絶望の江ノ島盾子が犯した罪については、
アタシが生まれた世界から少しは見知っていたつもりです。
あなた方のせいではありません。というのは簡単ですが、
完全に心の整理がついていないのはアタシも同じです。
今後については塔和シティー攻略後にしませんか?」
「はい。我々は可能な限り、あなたの希望通りに動くつもりですし、
塔和シティーは未来機関にとっても重要な拠点です。一刻も早い奪還が望まれます。
……そのために77期生の諸君の志願を認めたのですから」
宗方さんが背後のみんなを目だけ動かして見る。
すると、左右田君が恐る恐る手を挙げて発言した。
「あのー、すいません。その重要拠点なんすけど、
この作戦が始まったら、あんまり重要じゃなくなるかもしれなくなると思うんすよ……」
「……どういうことだ」
左右田君は、間もなく完成する武器について説明した。
彼が話し終えると、天願さんが眼鏡を直し、宗方さんが軽くため息をつく。
「ふむ、確かに核を落とすよりマシではあるが……」
「後に残るのは壮大なゴミ、ということになる」
「アハハ……やっぱり、駄目っす、よ、ね?」
彼の乾いた笑いが執務室に響く。トップ二人が少し黙り込んで、重い口を開いた。
「認めよう。ここで躊躇って戦力を出し惜しみしたところで、
これまでの作戦と結果は変わらんじゃろう」
「話には聞いていたが、君の新兵器とはそういうものだったのか。
……仕方あるまい。モノクマを元から絶つには他に方法がない。
それで先制攻撃の上、我々が突入する。
いつまでも中途半端な攻撃を繰り返していては、
塔和モナカが何を作り出すかわからんからな。
それが開戦の狼煙となるだろう。できるだけ早く完成させて欲しい」
「あざっす!任せて下さいよ!」
得意分野を任されて、すっかり自分のペースに戻る左右田君。
今回の攻撃作戦において、最も重要な要素が決定したところで、作戦会議が始まった。
とは言っても、無限に湧いてくるモノクマがネックになっていただけで、
大まかな戦力配置は宗方さん達が決めてくれていたから、
それほど長くはかからなかったけど。
「……以上が、敵戦力の無力化以降の動きとなる。
今回、他支部長の招集を見送ったのは、江ノ島氏の存在という特殊性。
彼女の存在を知る者は可能な限り少なくする必要がある。
第十四支部内では既に周知の事実となっているが、
その辺りの管理は抜かり無いだろうな?霧切支部長」
「はい。支部内の通信は全て中央コントロールセンターで監視しております。
個人の端末から業務用のPCに至るまで、外部に送信される情報は全て」
「ならいい。ところで……77期生の諸君。本当に君達まで出撃する必要があるのか。
訓練を受けた軍人でもなければ、ある意味絶望から力を得ていた頃の残党でもない。
一度は拾った命を捨てることにもなりうるが、それでも行くというのか。
ただの子供に戻ったのなら、大人しくプロに任せてはどうだ」
みんなの古傷に触れるような言葉に、思わず何か言いそうになったけど、
奥歯を噛んで飲み込み、静かな笑顔のまま、ただ皆を信じて待つ。
「行きます……盾子ちゃん、じゃなくて江ノ島さんは大切な仲間なんです。
彼女が大切な姉を助けたいなら、アタシ達も命をかけて戦います!」
「お偉いさん。かつてワシらは江ノ島を助けるつもりじゃったが、
助けられていたのはワシらの方だったんじゃ!
ワシも江ノ島のためなら、この命惜しくはない。もちろん死ぬ気もないがのう!」
「江ノ島さんは、感情を抑えきれなくて、
プログラムのルールから外れて、彼女を傷つけてしまったぼくを許してくれたんです。
だから、今度はぼくが江ノ島さんのために何かしたいんです!」
「江ノ島は……あんたら含む俺達全員の罪を許すって言ってくれた。
だったら、オレらもなんかしねえと帳尻が合わねえだろうが」
やっぱり後ろは振り返らなかったけど、胸がじんわりと暖かくなる。
天願さん達から見ると、全員が彼と宗方さんを真っ直ぐに見つめていたらしい。
「ふむ。宗方君、彼らを組み入れた戦力配分を考え直す必要が出てきたのう」
「承知しました。崩壊した吊橋に92式浮橋を展開し、塔和シティーと本土を接続次第、
陸戦突入部隊の陣形D-DSの後方に付けましょう」
さすがに大人になったみんなが歓声を上げることはなかったけど、
背後の空気に喜びと決意を感じた。
「作戦決行までは、全員この第一支部に滞在してもらうことになる。
局員との不用意な接触は避けてもらいたい。
……では、今日のところはここまでにしようと思うが、天願会長、よろしいですね?」
「うむ。細々したところは我々に任せてくれたまえ。77期生の諸君はもう下がってよい。
苗木君が新しい個室に案内してくれるじゃろう。頼んだぞ」
「は、はい!失礼します!みんな、ついてきて!」
仲間達が苗木君に連れられて退室していく。
パタンとドアが閉じると、必然アタシと霧切さんだけが残ることになる。
みんな心配そうだった。すっかり人数が少なくなり、執務室が更に広く感じる。
天願さんがじっとこちらを見る。見ているのは宗方さんも同じだけど。
「ホホホ。
江ノ島盾子が来るというから、どれほど気性の荒い人物なのか、内心怯えておったが、
斯様に物腰柔らかな女性だとは。超高校級の女神を名乗るだけのことはある」
「しっかりなさってください、会長。
肉体は高校生でも、中身はどんな正体をしているか。
それも我らが組織相手に取引を持ちかけるほどの強かさを持っています。
見た目に油断していると、会長のポストを乗っ取られかねませんよ。
怪しい動きを見せればいつでも息の根を止める覚悟がなければ、してやられます」
「何を言うのかね、本人の前で!」
「ふふっ、宗方さんのおっしゃるとおりですわ。そうですわね。
確かに今回の取引は、あなた方の足元を見て持ちかけたのは事実。
アタシの中継で数を減らしたとは言え、絶望の残党とやらが未だに世界中で暴れており、
それを治すにはアタシの能力を使うしかない。
断られるはずがないという確証があったから、
利害の一致した塔和シティー攻略に力を貸していただきましたの」
要するに、やることをやってくれるなら、アタシが誰の心にどう映ろうと関係ない。
「いや、申し訳ない。本来こちらが詫びる立場だと言うのに……」
「それもビジネスライクで行きましょう。
無事に姉が助かったなら、未来機関の不祥事に関して、全てなかったことにします。
アタシの望みを叶えてくれるなら、謝る必要などないんですよ?」
「……作戦には、あなたも参加する気なのか?」
「行きたいのは山々なのですが、外部で暴れると誰の目に触れるかわかりません。
未来機関と絶望の江ノ島盾子が行動を共にしているというデマが流れると、
どんな結果になるか。ここは仲間達に任せようと思います」
「なるほど。荒事は仲間に任せ、あなたはここで悠々と彼らが戦う様を見ていると?」
「いい加減にしたまえ、宗方君!」
「構いません。実際そうですから。未来機関のお手並みを拝見させていただきますわ。
皆を犬死にさせるか、無事に名誉を守り抜くか。どうぞ落胆はさせないでください。
役立たずにアタシの能力を託すつもりはありませんので。
確か、宗方さんとおっしゃいましたね?
あなたはアタシが未来機関をうろついていることが気に入らないようですが、
他にアテでもあるのでしょうか。
あなたこそ我々の足を引っ張らないとお約束いただきたいものですわ。
絶望も無くせない、満足に指揮も取れないでは、
兵の命がいくつあっても足りませんから」
宗方さんの目尻がピクリと動いたのを見逃さなかった。ふふん、言ってやったわ。
そばに控える霧切さんは動じる様子もなく、事の成り行きを見守っている。
「江ノ島殿もどうかその辺りで。宗方君にはワシからよく申しておく」
「今日の所は……ここまでにしよう。
江ノ島盾子、ミッション終了後のあなたや77期生の対応については、
全てが終わったその後で。“好待遇”を約束する」
「では、アタシはこれで失礼致します。決断はできる限り早くお願いしますね。
長引けば長引くほど、姉や住人の生存率が低下しますので。それでは」
アタシは席を立つと、さっさと執務室から出ていった。
霧切さんも天願さん達に一礼すると、
早足で廊下を進むアタシを、しばらく何も言わずに追いかけてくる。
……だめね、あたしったら。
これから力を借りる取引相手とケンカしてどうするのかしら。
やっぱりこの後彼女からお小言を食らうことになった。
江ノ島盾子が出ていった後、私は会長と二人きりになり、
しばらく座ったまま何も言わなかったが、やがて会長が表情を変えずに口を開いた。
わかっている。どうせ私に対する苦言なのだろう。
「彼女にへそを曲げられては困る、と言ったのは宗方君だったと思うのじゃが」
「はい」
「どんな手を使おうと世界から絶望を滅ぼす、が君の信条だった」
「その通りです……」
「先程の江ノ島殿に対する態度には、そのための具体的根拠があったのかね?」
「ありません、でした」
「君らしくもない。と言っても、
ワシと宗方君で分かり会えたことなど、ないのかもしれんがのう」
「私を処分なさると?」
「冷静さを欠いたまま作戦指揮を任せるわけには行かない、というのが、
会長という立場としての意見ではある」
「……おっしゃりたいことがわかりません」
「君はまだ彼女のことを──」
「終わった事に興味はない!!」
思わず机を殴り、立ち上がる。腹立たしい。
だが、何が気に入らないのか自分でもわからない。いつからだろうか。
そう、江ノ島盾子が訪ねてきてからだ。
彼女の情報は、今日の面会前に穴が開くほど目を通したというのに。
髪を下ろし、姿を変え、全てを包み込むような眼差しを向ける彼女を目の前にすると、
私の中に、熱い感情が煮えたぎり、嫌味という形で表に出してしまった。
結果、世界を救う力を持つ彼女を怒らせた。
失態だ。未来機関の実質的トップ。笑わせる。
己の感情ひとつコントロールできないようでは、そもそも人の上に立つ資格すらない。
「……そう自分を責めるでない。まだ間に合う」
会長がまるで私の心を読んでいるかのように告げる。
彼の言う通り、まだ間に合うなら、自分の失態は自分で始末を付けなければならない。
「私も、いつまでも支部長の席を空けるわけには行きません。これで失礼します」
「うむ。君なら、やれると信じておる」
退室しようと時、その言葉に振り返った。
「……なに、塔和シティー攻略のことじゃよ」
「私はこれで……」
意味ありげな笑顔を浮かべる会長を残して、私は執務室を後にした。
アタシは肩を怒らせながら、スタスタと廊下を歩く。
それにピッタリくっついて決して離れない霧切さん。
まぁ、なんていうか、さっきから怒られてるのよ。
「そりゃ、特別扱いは要らないって言ったけど、あんな言い方される覚えもないわよ!
大体なんであんなに真っ白!?確かに単なる取引相手だからそんな必要ないけど、
あの人とは仲良くなれそうにないわねぇ!」
「あなたも少し大人げなかったんじゃないかしら。
ちなみに彼がどうして白にこだわるのかは謎。
希望ヶ峰学園の生徒なんて、変な格好の人ばかりじゃない。
気にしていてもキリがないの」
「アタシは別に何言われてもいいわよ。
でも、みんなを小馬鹿にされて黙ってられるほど女神様やってないのよ、
あいにくだけど!」
「じゃあ、言うわね。
彼ら自身が小馬鹿にされて我慢していたのに、
あなたが売り言葉に買い言葉になってどうするの?
危うくみんなにみっともないところを見せるところだった」
「それは……そうだけど」
「取引相手と無用な軋轢を生んでも、
戦刃さんを助けられる可能性を低くするだけなのよ。それは理解してる?」
「そう、よねぇ……霧切さんの言う通りだわ」
完全に説き伏せられて肩を落とす。
「私はもう行くけど、あなたはコーヒーでも飲んで頭を冷やしておきなさい。
いつもどおりタブレットをかざせば、タダで飲めるようになってるから。また後で」
「わかったわよ。さよーなら……」
何の用事かは知らないけど、霧切さんも足早に階段を下りてどこかに行ってしまった。
手持ち無沙汰になったアタシは、少ししょんぼりしながら、
言われた通り、近くの自販機コーナーでアイスコーヒーを買った。
それから広めの廊下の隅に置かれた長椅子に落ち着くと喉を潤す。
合成品らしく味がイマイチだけど、
世界がこんな状況じゃ、コーヒー豆は手に入らないだろうから仕方ないわね。
「ああ、おいしい。いつの間にか喉が乾いてたから生き返るわ。
暑がりだからコーヒーは1年中アイスなのよね。
……あの江ノ島盾子はコーヒー派だったのかしら。それとも紅茶が好きだったのかしら」
カップの中の氷が浮かぶ黒い液体を眺めながら、ふとそんな事を考えてみる。
今更知った所でどうにかなるわけじゃないけど、
彼女も人間だった以上、嗜好や生活があったはず。
世界を破滅に陥れた超高校級の絶望。
作り物ではあるものの、同じ存在であるアタシと彼女。
何が同じで何が違うのか知りたい気持ちが少しある。怖いもの見たさかしら。
とりとめのないことに思いを巡らせていると、
コツコツと革靴の足音が近づいて、アタシのそばで止まった。
「それは、興味深い考察ですね。……隣、失礼しても?」
「ここは公共スペースだから、アタシに許可を取る必要はありません」
しまった、またキツい言い方になっちゃったわね。
でも彼は気にすることなくアタシの隣に座る。
お互い無言。うん、居心地悪いわ。
なんか癪だけど、アタシの方からどうでもいい世間話を始めた。
窓の外を見ると、不気味な赤黒い空。
「こちらでは太陽が見えないから、大体の時間がわからなくて困りますわね」
「今、3時過ぎだ……」
「ありがとう」
律儀に腕時計で時間を確認して教えてくれた。それきり、また話が途切れてしまう。
次はあなたから何か言ってくださいな。
そんな気持ちが顔に出たのか、今度は宗方さんが綺麗な背筋を崩すことなく語りだす。
前を見たままだから、アタシに話していることに気づくのが一瞬送れた。
「さっきの話だが……」
「えっ?」
「表現に“やや”不適切な点があったことは認める。それについては詫びよう」
「こちらこそ。“若干”言い過ぎたことを反省しているわ。ごめんなさいね」
また無言。ああ、どうしていちいち会話が止まるのかしら!
次の話題は何にしようかしら。この観葉植物きれいですね?
だめだめ、プラスチックの作り物だわ。そもそもなんでこの人ここに来たのかしら。
いっそ向こうに行ってくれないかしら。
そんな思考放棄をしようとして彼を見たら、異変に気づいた。
その無表情に汗を浮かべている。アタシと居るのがそんなに嫌なのかしら。
でも、次の言葉でそれは間違っていることに気づく。
「どうしても、話しておきたいことがあった」
「う~ん。確かにさっきはのんびりお話しって雰囲気でもなかったわね」
「そうではない」
「なあに?こんな人気のないところで。極秘事項の伝達?
ふふ、なんだかスパイみたいね」
「……それに近い、とも言える」
宗方さんが、胸ポケットから1枚の写真を取り出し、やっぱり前を見ながら差し出した。
何気なく受け取ったそれを見て絶句する。
ニコニコと笑う女性の後ろに何人も子供達の死体が横たわっている。
女性の顔はピンクのマーカーで丸で囲われていて、“私だよ”というメッセージが。
写真を持つ手が微かに震える。アタシは唾を飲み込んでやっと彼に訪ねた。
「この人も、絶望の残党なの?」
「だった、だ。正確にはな。今はもう存在しない」
「子供達を殺したのも、この人が……?」
「本人が自白した。間違いない」
だんだん声まで震えてきた。彼はアタシにどんな答えを求めているの。
「じゃあ、未来機関に処刑された、と思って良いのかしら」
「ああ。私が、殺した」
「支部長が自ら?それほど特別な存在だったの?この人は」
その時、彼が初めてうつむき、両手で頭を抱えるようにして、
絞り出すような声で告げた。
「……彼女は、雪染ちさは、私が愛した女だった!!」
「そんな……どうしてあなたがそんな人に手を下す必要があったの!?」
「少し、長くなるが、聞いてもらえるか」
「話して。アタシでよかったら」
「あれは、まだ人類史上最大最悪の絶望的事件が起きて間もない、
未来機関も今ほど大きくなかった頃の話だ」
……
………
「宗・方・く~ん!」
突然ドアを開けて飛び込んでくるのは雪染ちさ。いつものことだから気にもしないが。
お盆に乗せたものを落とさないように、いつものエプロン姿で器用にくるりと回る。
「執務室に入る時はノックくらいしろ。元超高校級の家政婦の名が泣くぞ」
「相変わらずお固いなぁ。私だってこうして支局長様にお茶を入れたりもするんだから。
はいどうぞ!一息入れて」
パソコンに向き合いながら彼女のコーヒーを受け取る。
「すまんな」
熱いコーヒーをすすりながら、新宿解放作戦の立案書作成を続ける。
すると、ちさが後ろから手を回して抱きついてきた。
「よせ、何をしている」
「へへ~ちょっと休もうよ」
「俺は忙しい。離れろ」
「ちょっとぐらい、いいじゃない。
あの事件のせいで私達が揃うことなんて滅多になくなっちゃったんだし。
……ほら、見て」
「もう俺達は学生じゃないんだ、当然だろう。何だこれは。見せてみろ」
仕方なしにキーを打つ手を止め、ちさから写真の束を受け取った。俺達の記念写真。
「はぁ。こんな古いもの、どこから見つけてきた」
「冷たいなぁ、宗方君。私は思い出のアルバムに全部しまってあるよ。
ふふっ、逆蔵君って昔っから怖い顔してたよね~」
「仕方ないやつだ。10分だけ付き合ってやるから、ちゃんと10分で仕事に戻れよ?」
俺は呆れながらも懐かしさに浸りつつ、1枚1枚写真をめくった。
希望ヶ峰学園の卒業写真、
学食での何気ない風景、
鬱陶しそうにカメラから目をそらす逆蔵、
わざわざ別のクラスから俺達に会いに来るちさ、
俺達と弁当やサンドイッチを食べるちさ、
子供達を皆殺しにして顔いっぱいに笑みをうかべるちさ。
最後の1枚で手が止まる。ちさを見る。彼女は笑顔だ。その目に邪悪な渦を描いて。
「素敵な写真でしょ!?とっても破滅的というか、絶望って感じだよね?」
心が止まった。この時、なぜ口が効けたのか今でもよくわからない。
「念の為確認しておく……犯人は、誰だ」
──私だよ
俺は立ち上がり、刀掛台に備えた愛刀を手に取り、彼女に歩み寄る。
鞘から抜くと、わずかに沿った刀身がぎらりと煌めく。
「そうだよ!私を殺して!きっと、宗方君にも絶望の深い神秘がわかってくれる!
ずっと仲間だった私を殺して、宗方君が絶望に目覚めてくれるなら、私怖くないよ!」
「黙れ……黙れ!」
一歩、二歩、三歩。せめて嘘だと言って欲しい。
「宗方君。
この子達ね、悪い人たちが暴れてるから学校まで連れてってあげるって言ったら、
疑いもせずに近づいてきたの。そこをナイフでえいっ!って一撃。
みんな悲鳴を上げて大パニック。とっても痛そうで、怖そうで、悲しそうで!
あの子達、すごく絶望しながら死んでいったよ?
優しそうな女の人に意味もなく殺されたんだもの。
そう、子供達が死ぬことに、意味なんてないの」
「黙れと言っている……!貴様はもう雪染ちさなどではない。終末期の感染を確認。
超法的結社、未来機関規定22章第5条に則り、貴様を処刑する!」
「さあ、来て。あなたも、同じに……」
彼女は抵抗する素振りも見せず、両手を広げた。
俺は震える手で突きの構えを取り、雪染ちさを、彼女を、刺した。
刀身から伝わる、彼女の柔らかい身体を貫く感触は、今でも手に残っている。
直後のことはよく覚えていない。
ちさが何か言い遺したかもしれないが、気がついた時には、
既に物言わぬ骸となった彼女の前に立ち尽くしていた。白のスーツを血で染めて。
………
……
「絶望は、伝染病だ。この世界から、一欠片も残すことなく、駆逐しなければならない」
「酷すぎる……」
アタシも言葉が出ない。彼の後悔を告白させた以上、何か言わなきゃ。
でも、わからない。どうしてもわからない。
「……何か言ってもらおうなどとは思っていない。だが、私のわがままを聞いて欲しい。
愚痴を聞いてくれ」
「なんでも。聞くことしかできないから」
「なぜだ……」
「何が?」
無念、後悔、懺悔、怒り、憎しみ。
自らの中で生み出した負の感情に飲まれまいとしながら、彼はようやく続けた。
「なぜもっと早く来てくれなかった!?ああ分かっている!
ただの八つ当たりでしかないことも、あなたに何の責任もないことも、
彼女を救えなかった私のせいだと言うことも!!」
これまで一切感情というものを見せてこなかった彼が、自責の念を言葉にして吐き出す。
整えた白い髪を握りしめながら。
やっぱりアタシは何も言えず、雪染さんの写真をもう一度見た。
本人だけを見ると、とても優しそうな女性にしか見えない。
人はここまで狂ってしまうものなのだろうか。
絶望の江ノ島盾子がその果てに見たものに、吐き気を伴うおぞましさを覚える。
ヒーローは遅れてやってくるもの。だけど手遅れのヒーローには何の意味もない。
彼が手を出してきたから、少しためらい、そっと彼女の写真を返した。
「時には辛い思い出を捨て去ることも、許されていいと思うの」
「捨てられるものか……
雪染ちさを狂わせた絶望全てを、私の刀で切り刻み、燃やし尽くすまで。
これは、時に膝を付きそうになると、その想いを蘇らせてくれる」
「あなたに戦いをやめろなんて言うつもりはないけど、
本当の雪染さんの思い出も、大切にしてあげてね。
そっちの彼女にばかり気を取られていると、本人が妬いちゃうから。
女は嫉妬深いものよ」
「ああ、忘れない。忘れはしない。
……ふっ、噂通り奇妙な人だ。高校生に身の上話など私らしくもない。
しかし、その高校生が、ジャバウォック刑務所で罪の意識に
がんじがらめになっていた囚人達を救った。
何がそれを可能にしたのか。あまりにも不思議だ」
「アタシが救ったわけじゃない。みんなが自分で外に目を向け始めたのよ。
そりゃ、アタシが色んな事件に巻き込まれたのもきっかけではあるけど」
「なるほど、それは恐ろしい。
それでは、私も巻き込まれないように、そろそろ退散するとしよう」
「本当に失礼な方ね、もう。これからどちらへ?」
「刀の整備をしておこう。塔和シティーには私も出向くことに決めた」
「あなたも?」
「これは絶望との戦いにおけるひとつの区切りとなる。
ここで待機しているわけにはいかない。指揮は会長が執る」
「気をつけてね。それしか言えないけど」
「私が戻ったら今度はあなたの出番になる。今のうちに身体を休めておくことだ」
「ええ……」
彼は先に長椅子から立つと、長い廊下を去っていった。
アタシはしばらく彼の真っ白な後ろ姿を見送っていた。
数日後。
いよいよ出撃の日。
みんなが複数の装甲車に分乗し、陸上自衛隊の特殊車両を先頭に出発して行く様子を、
窓から見ていた。
間近で見送りたかったけど、あまり外に出るのは、
治安やアタシの外見と言った問題で止められた。
できるのは、タブレットでみんなのやり取りを見るだけ。
みんな、お姉ちゃんを、お願いね。
《海からは西・南から戦闘員が海自及び未来機関の艦艇で上陸。
みんなは東の吊橋から直接乗り込むよ?》
七海さんがタブレットの中から作戦開始の手筈を確認。
《オッケーっす!改造エレキギターのチューニングもバッチリっす!
ちょっと重くなったっすけど!》
《バッテリー内蔵型にしたんだからしょうがねーだろ。
それよりまだぶっ放すなよ?車内が地獄になるからよー》
《うん。カメラの調子も問題ないよ。いつでも行ける》
《私の竹刀も強度、威力共に申し分ない》
《ああ~全員分の武器作るのマジ疲れたぜ。ちょっと寝ていいか?》
《だめだ。寝ぼけ眼で戦場に突っ込んだらどうなるかわからないぞ》
《わーったよ。日向はデフォで強いから何も作らずに済んで楽だったけどな》
《みんな、目標ポイントの中間地点を通過したよ。準備はいい?》
《はいぃ!戦いなんて初めてですけど、私、がんばります!》
《神々の黄昏が、今始まる。勝利の女神が微笑まんことを》
《それじゃあ、行くよ?》
──塔和シティー突入作戦、状況を開始します!