江ノ島盾子にされてしまったコミュ障の悲哀【完結】 作:焼き鳥タレ派
「はっ!!」
「ごぶうっ!」
完全に包囲された私達。
壁と二人の不思議な人達を背にして、絶望の残党にフェンリルの格闘術を叩き込む。
腹に肘鉄を食らった敵が崩れ落ちる。次。絶対この人達に近づけちゃ駄目。
二人共武器を失ってる。私が守らなくちゃ!
「ね、ねえ!あんたさっきから何やってんのよ!
銃があるんだから撃てばいいじゃない!」
「ごめん!それは、できないんだ!」
「なんでよ!」
腐川さんの言うことも、もっともだね。角材の横薙ぎを避けながら答えた。
でも、本当にできない。
私に宿る罪の意識が、背負ったアサルトライフルのトリガーを引くことを躊躇わせる。
自分自身の罪じゃないことはわかってるけど、私はこれ以上命を奪いたくない……!
戦いはまだ終わらない。視線を走らせ、武器を構えた一人のもとへ駆け出し、
動かれる前に掌打を顔に命中させた。脳に衝撃が走り、敵は声も上げずに崩れ落ちた。
考える前に次の標的へ飛びかかる。
鏡に反射する光のように、敵から敵へと一撃を加えては離脱し、
敵集団にダメージを与え続ける。
だけど、かれこれ1時間は戦い続けたのかな。
さすがに軍人の私でもちょっとキツくなってきた。
汗が止まらないし、呼吸も荒くなってきた。
状況としてはマズいけど、動きを止めるわけにはいかない。
背後に複数の気配。瞬時に下がり、身をよじり、横に滑る。
3人の攻撃を避けきった……と思ったけど、最後の鉄パイプを左腕に受けてしまった。
激しい鈍痛に思わず悲鳴が漏れる。
「
骨は折れてないけど、ヒビが入ったみたい。
右腕で攻撃を続けようとするけど、痛みが邪魔で回避行動を取るのがやっと。
体力も限界に近い。せめて、二人の逃げ道を作れたら良かったんだけどな。
残党達が私を取り囲み、凶器を手にじりじりと距離を詰めてくる。
これでも結構頑張ったんだけど、やっぱり駄目だったよ。
盾子ちゃん、また会いたかったけど、最後まで残念なお姉ちゃんで……ごめんね。
「戦刃さん!しっかりして!」
「もう嫌、こんなの!こまる、ティッシュ貸しなさい!!」
「ジェノサイダー翔になるの!?だめだよ!
戦刃さんが銃を使わなかったのは、きっと誰も殺したくないから!」
「あたしらが死んでも結果は同じでしょうが!
そりゃあたしだって奴に頼るのはすごく不本意よ!
でも、会ったばかりだけど味方を見殺しにしたら……ええと、白夜様に嫌われるし!」
「絶対、殺さないって約束してね」
「記憶を共有できないのに、あたしと約束しても意味ないでしょう!
ちょっとは考えて喋りなさいな!」
いちいち大声を出させるこまるから、ポケットティッシュをひったくると、
1枚をよじってこよりを作る。うう…さようなら、あたしのアイデンティティー。
白夜様が来たらこんな島、更地にしてコインパーキングにしてもらうんだから!
覚悟を決めてティッシュの紐を鼻に入れようとした。
……こよりが鼻先に達した時、空から腹に響くような
ヘリの大きなローター音が迫ってきて、あたし達の上空でホバリングを始めた。
意味不明なヘリを見上げていると、搭乗口が開き……
なんか大勢飛び降りてきたんだけど!しかもパラシュートを着けてる様子もなくて、
完全に自由落下に任せてどんどん地上に近づいてくる。
わざわざこんなとこまで飛び降り自殺しに来たのかしら、と思うと同時に、
謎の集団は空中でバランスを取り、普通の人間なら絶対死ぬ高度から全員着地。
なによこの変な連中。みんなサングラスを掛けて、黒のスーツを着込んだ
10人くらいの集団。要人のSPみたい。
彼らの一人があたし達をちらっと見ると、一言だけ告げた。
「……やれ」
その言葉を合図に、黒服達が四方に散らばり、絶望の残党達に攻撃を始めた。
二丁拳銃を連射し容赦なく衝撃弾を叩き込む者。
両手にメリケンサックを装備し、凄まじい速さで幾人もの敵を殴り倒す者。
電撃ムチで一度に大勢をなぎ払い、身体の自由を奪う者。
それぞれが個性的な武器で戦い始めると、残党達は一気に数を減らす。
完全に行動不能状態になり、地面でもがいて呻き声を上げるだけ。
そして黒服達は、ほんの数分とかからず手近な敵を蹴散らすと、戦刃の周りを固めた。
驚いてるのは彼女も同じみたい。座り込んだまま彼らに訪ねる。
「あなた達……誰?」
「怪我は?」
「えっと、左腕にひびが入ったみたい」
返事を聞くなり、彼らの一人が骨伝導マイクで、恐らく上のヘリと通信。
その間も他の黒服が圧倒的な戦闘力で敵を叩き潰してるけど、
まるで営業先から自社に電話を掛けるかのように、
周囲の戦いを気にする様子もなく話している。
「十神様、要救助者を確保。民間人に負傷者1名。救助を願います
……はい、間もなく完了です。……ええ、かしこまりました。では、失礼します」
通話を終えると、彼は戦刃に応急処置を施す。
手当てが終わると、自分も残りの敵に向かって猛スピードで駆け出し、
大きな体格を活かして強烈なタックルを食らわせた。
モノクマのマスクを着けた残党が、バウンドしながら10m程吹っ飛ぶ。
さっきから思ってたんだけど、連中の間抜けなマスクのせいで、
この戦いって緊迫感に欠けてるのよね。
謎の集団が降下してからわずか30分。絶望の残党は全滅。
死んじゃいないから、全滅って表現が適当かは小説家として一考の余地ありね。
また黒服がどこかと通信すると、今度はヘリ自体が下りてきた。
地上に降下し、昇降口のドアがスライドして、中から降り立ったのは……白夜様!?
腕時計を見る。28分31秒。
エリートを集めた俺の私兵としては、まあまあの成績だろう。
パイロットに降下を命じて、タブレットを確認。
第一、第二支部もやってくれる。この十神を差し置いて、
世界の命運を左右する作戦を勝手に立案し勝手に実行。
しかも動機はあの江ノ島盾子だと?
諜報員の報告が1日遅れていたら、
世界復興後のイニシアティブを取られていたかもしれん。
後日、会長にも宗方京助にも、この独断専行についてたっぷり詰問してやらねばな。
とりあえず今は現場確認だ。ヘリが着地すると、自動的に乗降口が開いた。
ハリボテとなった塔和シティーとやらをじっくり視察するとしよう。
荒れ放題の地面に高級革靴を履いた足を下ろす。砂利やガラスがパキパキと音を立てる。
ふん、この俺にふさわしい場所ではないな。
電磁波攻撃で先進的テクノロジーを失った今、塔和シティー自体は用済みだ。
こんなところ、更地にしてコインパーキングにしたほうが建設的だろう。
などと考えていたら、砂利より遥かにうるさい存在が駆け寄ってきた。
「白夜様ー!!ペガサスに乗ってあたしを迎えに来てくださったのね!」
到着するなりこれか。ため息が出る。
奴が抱きつこうとしてきたから、足で顔を押し返した。
「もごもご!褒めてくだひゃい!
あたひ、ちゃんとジェノサイダーを制御していたんでひゅ!
頑張って一人も殺さなかったんです!」
「戦場で騒ぐな馬鹿者。人を殺さんことなど当たり前だ。
それがわからんからいつまで経っても見習いなのだ」
「ぷはっ、ごめんなさい白夜様、謝らなきゃいけないことが……
あなたの愛がこもったプレゼント、壊れてしまったの!!情熱の熱いスタンガン!」
「あれは未来機関の技術班が作った支給品だ。なぜ貴様に贈り物などせねばならん。
それはEMP爆弾が炸裂した時点で理解している」
厄介な存在に時間を取られていると、耳慣れた声が俺を呼んだ。
「十神さーん!」
隊員2名に守られ、見知らぬ少女に肩を貸しながら、やはり知った顔が近づいてくる。
「貴様もいたか。苗木の妹」
「こまるですー!ちゃんと名前も覚えて下さいよ~…ってそうじゃなかった!
戦刃さんが怪我を」
「聞いている。早くヘリに乗せろ。ついでにお前も本土に帰れ。
生存者の救助は俺の私設部隊が行う。少しでも第一支部に貸しを作る必要があるからな」
「そう言えば、あの人達って誰なんですか?凄く強かったです!」
「俺のポケットマネーで結成した、元超高校級だけを集めた特殊部隊だ。
狂っただけの一般人など敵にもならん。疑問が解消したならもう行け」
「はい、ありがとうございます!」
苗木の妹がヘリに乗り込もうとした時、彼女と同行している人物に目が留まった。
「そこの。待て」
「……私?」
「他に誰がいる。お前は、誰だ」
「戦刃むくろ」
「なんだと!?
……お前は、希望ヶ峰学園で江ノ島盾子に殺された戦刃むくろなのか、
同姓同名の別人なのか。答えろ」
「前者の……クローンだよ。塔和モナカに造られた」
これには俺も唾を飲む。
江ノ島盾子の例があるとは言え、人が人を造るなど、正気の沙汰ではない。
「ここで、何をしていた」
「モナカを止めようと戦ってた。苗木さん達とは街で出会ったんだ。
……そうだ!あなたにお願いがあるの」
「聞きたいことは色々あるが、まあいい。言ってみろ」
「このポイントに元希望の戦士達がいる。
きっと、電気もつかないビルの中で孤立してる。あなたの隊員で助けてあげて欲しいの」
戦刃が無事な右手でスマートフォンを操作し、マーカーの着いたマップを見せた。
ほう?使い方次第では役に立たないこともない。
「……本来なら、“知ったことか”で済ませるところだが、
一度は塔和シティーを支配した重要参考人を連れ帰れば、
会長らとの交渉で強力なカードになる。
いいだろう、俺の特殊部隊で子供を確保し未来機関に引き渡す。それでいいな?」
「ありがとう……」
「満足したなら行け。腐川!お前もだ」
「あらやだ、あたしったら。うっかり白夜様に見とれてたわ。すぐ行きますぅ!」
うるさい連中、と言っても本当にうるさいのは1人だが、彼女達がヘリに乗り込むと、
間もなく機体が上昇し、飛び去った。
塔和モナカが確保された今、大した収穫はないとさして期待はしていなかったものの、
思わぬ情報を手に入れた。俺は隊員を呼び寄せ、新たな司令を下した。
突然入り口のドアが大きな音を立てて、向こう側から引き剥がされるように外されると、
黒服の人達が大勢なだれ込み、僕達を取り囲んだ。
「あひいいい!なんか強そうな人がいっぱい来ちゃったよう!」
「だ、誰だよお前ら!」
「新月さん……」
空木さんが心細さに僕の袖をつまむ。僕も何も言わず、彼女の手を握った。
そんな不安を察したように、女の人が優しく声を掛けてきた。
「君達が元希望の戦士ね。心配いらないわ。あなた達を傷つけにきたわけじゃないの」
「……未来機関の人ですか?」
「正確には未来機関の幹部を務めておられる方が作った私設部隊ね。
直接的なつながりはないの。私達と一緒に来て。
もうこの街じゃ生活できないことはわかってるわよね?」
「一応聞きますが、断ったら?」
「お願いだからそんな質問に答えさせないで。
予想はしてると思うけど、少し不自由な思いをしてもらわなきゃならない。
でも誤解しないで。私達はあくまで救助に来たの」
「……わかりました。みんな、行こう」
みんなも黙ってうなずく。
事前の取り決め通り、未来機関が押しかけてきても抵抗はしない。
僕達は黒服の人達に囲まれながら、生活拠点だった廃ビルを後にした。
塔和シティー上空に多数の輸送ヘリが飛び交う。
戦い終わった77期生の回収、塔和モナカの収容、生存者の救出。元希望の戦士の救助。
赤い空にこれほど多くの航空機が舞ったのは、あの事件発生以来ではないだろうか。
これで、塔和シティー攻略作戦は終結した。
ヘリはそれぞれ然るべき場所へ帰投していく。日常ではなく、新たな戦いへ向けて。
未来機関第七支部
元希望の戦士達は、取調室で1度目の塔和シティー占拠について事情聴取を受けていた。
彼らも一時は塔和モナカと手を組み、都市に住む大人達を惨殺していた。
そこに至るまでの動機や方法を知る必要がある。
何より、塔和モナカの人となりを知る彼らの情報は、
今後の絶望への対処について大きな手がかりになるものだった。
元超高校級のセラピスト、月光ヶ原美彩が、
パイプ椅子に座った少年少女の話を直接聞く。
“……よくわかりまちた。
君達は、子供だけの楽園を作るために、大人達を排除した、ということでちゅね?”
「ああ。復讐もひとつの理由だけど、僕達の目的は、ただ幸せになることだった……」
“本当に悪いのは、君達を虐待してきた大人。そう結論付けるのは簡単でちゅ。
でも、君達が無関係な人間を巻き込んだことは許されることではありまちぇん”
「わかっていますわ……今となっては」
「ごめんなさいって100万回言っても足りないことは、ボクちんにだってわかるよー」
「オレ、馬鹿だから他に方法が思いつかなかったんだ……」
“塔和モナカ含む君達には、刑罰を受けてもらうことになりまちゅ”
新月渚はぎゅっとズボンを握る。小学生には耐え難い緊張。
言い渡されるのは、極刑か、それとも。
“刑罰の内容は──”
月光ヶ原が、未来機関上層部の協議の上決定された、
元希望の戦士達にふさわしい量刑を告げた。それを聞いた彼らの目が驚きで見開かれる。
「そ、そんなことが可能なのか!?」
“はいでち。既に成功例もありまちゅから、君達にもそれを受けてもらいまちゅ”
「信じられない話ですわ。それが未来機関ですのね……」
「でもでも、やれって言われたらやるしかないよね。
実は、ボクちんそんなに嫌じゃなかったり」
「やるよ。それがオレ達の償いになるなら」
“では、さっそく別室へ来てくだちゃい。心配することはありまちぇん。
付き添ってくれる志願者がいまちゅから”
「付き添い?」
“会えばわかりまちゅ。さあ、こっちへ”
月光ヶ原が部屋から出ると、元希望の戦士達も戸惑いながら彼女の後についていった。
未来機関第十四支部
「みんな、おかえりなさい!」
アタシはヘリポートで、ヘリから降りてくるみんなを出迎えた。
誰一人欠けることなく作戦が成功したって連絡を受けて、ずっと屋上で待ってたの。
「やっほー盾子ちゃん。まさかモノクマ以外に絶望の残党がいるなんて思わなかったわ。
もう奴らの相手でクタクタよ。途中から未来機関や特殊部隊が加わってくれたけどさ」
「無事で良かったわ。小泉さんも日寄子ちゃんも怪我はない?」
いつも一緒の日寄子ちゃんと二人組で戦ってると思ったんだけど、意外な答え。
「それがさー、今回は小泉おねぇとは組んでなかったんだ」
「あら珍しい。それじゃ誰と?」
「澪田おねぇだよ!ねえ聞いてよ。あのマイク、声を吸収するって話だけど、
ちょっと漏れ出てわたしの耳に入ってたんだよ!
おかげで背筋が寒くて、舞いに集中するの大変だった!」
「失礼っすよー!人の歌を幽霊みたいに!」
「実際それで戦ってたろーが!存在しない分、幽霊のほうがマシだっつーの!」
「喜ぶのはいいが、俺様の召喚せし三闘神の活躍も忘れてもらっては困る。
大地を揺るがす咆哮が地獄の悪鬼に破滅をもたらし、
戦場に吹き荒れた暴力の嵐が時空を歪め、
局地的に発生した太陽光フレアが森羅万象を焼き尽くしたのだ。
江ノ島よ、お前が来なかったのは幸運だと思え。
あの惨状を目にするのは……俺達だけでいい」
「話盛ってんじゃねーよ、ロボット頼りだったくせに!」
「あはは……とにかくみんな無事に帰ってきてくれて嬉しいわ。
あの、それで、お姉ちゃんはどこにいるの?」
一番気になることを尋ねると、皆の表情が曇った。
小泉さんが一言ずつ言葉を選んで答えてくれた。
「それがさ、戦刃さんはアタシ達とは別のヘリに収容されたみたいで、
ここにはいないんだ。
命に別状はないんだけど、絶望の残党との戦いで負傷したらしいって連絡があった」
「怪我!?それで、お姉ちゃんは今どこなの?」
「状況が込み入ってるんだけど、
戦刃さんは、未来機関とは直接的には無関係の部隊に救助されたらしいんだよね。
盾子ちゃんのお姉さんは、その人達の本部で治療を受けてる。聞いたところによると」
「お願い、アタシをそこに連れてって!お姉ちゃんに会わせて!」
「わわ!アタシもその本部がどこにあるのかはわからないの!ごめん!」
「じゃあパイロットの人に聞いてみる!」
アタシはみんなが乗っていたヘリに乗り込んで、パイロットに尋ねる。
ヘッドホンを着けた彼が驚いて振り向く。
「姉がいる所までお願い!名前は戦刃むくろ!」
「それが、お姉様の居場所は、十神支部長しか……」
「なら、その十神さんって人の連絡先を教えて、お願い!」
「それは極秘事項というより、一隊員の私には見当もつきません!」
「だったら知ってる人に心当たりは?」
パイロットに噛み付く勢いでまくし立てていると、腰のタブレットが振動した。
画面を付けると、霧切さんのビデオ電話。
“ちょっと、落ち着きなさい。駄々っ子みたいに何?”
「駄々っ子でいいわよ、お姉ちゃんが怪我したっていうのに!
霧切さん、十神っていう人に連絡を取ってくれないかしら」
“もう取ってる。私も行くからそこで待ってて。
どのみち燃料補給にしばらく時間がかかるから大人しくしてるのよ?”
「ありがとう!感謝してる!」
通信が終わると、アタシは輸送ヘリのシートに座り込む。
タブレットの画面を見ると、金髪のロングヘアになった江ノ島盾子が映り込む。
これが、今のアタシ。戦刃むくろの妹。
派手な服はそのままだけど、しばらくはこの格好を続けるつもり。
……いつ、どんな形で必要になるかわからないから。
さっきは散々騒いでたけど、
座っていると、徐々にそんなことを考える余裕を取り戻した。
じっと待っていると、ブーツの足音が機内に入り込んでくる。
アタシを見た霧切さんが呆れた表情で軽くため息をついた。
「まったく。ヘリで待ってるくらいなら、外のみんなを労ってあげればいいのに」
「あ!そうよね……ごめんなさい、アタシったら自分のことばっかり。
後でみんなに謝らなきゃ」
「そうしてちょうだい。
……そこのあなた。疲れてるところ悪いけど、さっき送った座標にもう一度飛ばして」
「了解しました」
霧切さんがパイロットに指示すると、
ヘリのローターが回転を始め、再び機体を浮上させた。
そして、みんなが帰ってきた方向とは別の方角へ速度を上げる。
耳を痛めるほどのローター音の中、ヘッドホンを通して彼女が話しかけてきた。
「今から戦刃さんのいる基地に向かうけど、そこは未来機関とは無関係なの。
その責任者が、なんというか、癖の強い人物だから気をつけて」
「お姉ちゃんを助けてくれたなら恩人ね。
長かったわ。みんなの協力がなかったら、お姉ちゃんとはずっと離れ離れのままだった」
「怪我は大したことはないけど、今日は大事を取って入院するらしいわ。
寝てるかもしれないわよ」
「いいの。一目顔を見られたら。目を覚ますまで椅子にでも横になって泊まり込むわ」
「……少し形は違うけど、それが姉妹の絆ということでいいのかしら」
「ええ。例え偽物同士でも、アタシ達はたった1人の姉であり妹なの。
お姉ちゃんもそう思ってくれてると信じてる」
「そう。この世界は、徹底的なまでに破壊されたけど、
荒れ地に新しいものも芽吹いたのね」
霧切さんが真っ直ぐアタシを見る。彼女がアタシをどう思ってるのかはよくわからない。
ヘンテコな存在だとみなされてるのは確かだと思う。
だけど、世界がアタシ達をどう見ようと、確かにアタシ達は本物の偽物の家族。
その姉にもうすぐ会える。ヘリが高度を下げ始めた。
窓から外を見ると、未来機関とは異なるデザインのビルが見える。
アタシは、はやる気持ちを抑えきれなかった。
特務機関十神インダストリー 医務室
“……貸しは高くつくぞ”
“ふぅ、具体的にはいくら?
あなたに何億渡したところで、小遣い銭にしかならないだろうけど。
第十四支部支部長の座を明け渡せとでも?”
“今の所はそれでいい。余った分は、今回の我が機関の功績を、
次の議会で他支部の連中にわかりやすく説明することで精算しろ”
“要は出世の手助けをすればいいのね?はいはい、わかりました。
でも、あなたの部隊の活動を、
上が手柄と見るか無用な介入と見るかは保証できないわよ”
“江ノ島盾子は戦刃むくろの救出を条件に力を貸すと言っていたのだろう?
その戦刃を実際に救助した俺達を無視できるわけがない”
“だといいわね。ちなみに、未来機関はあなたが勝手に結社して、
報告もなしに活動してることを快く思ってないわよ。
自分で自分の足を引っ張らないよう気をつけることね”
“俺の金で何を作ろうが俺の勝手だ。
プライベートの時間にまで干渉しないでもらいたい”
気を利かせて二人きりにしてくれたけど、
霧切さんと十神さんの声が人気のない廊下から響いてくる。
何のことかはよくわからないけど、一番大事なことは、
目の前に、お姉ちゃんがいるってこと。
左腕に添え木を当て、包帯を巻かれてベッドに横たわる姉と、少し見つめ合う。
胸がいっぱいで言葉が見つからないの。
しばらくすると、お姉ちゃんの方から話しかけてくれた。
「……盾子ちゃん、来てくれたんだね」
「うん。ずっと、会いたかった。お姉ちゃん……!」
抱きつきたかったけど、傷に障るから右手を握った。お姉ちゃんも握り返してくれた。
「あの島を出て以来だね。短かったけど、楽しかった」
「そうね。みんなと遊んで、本当に修学旅行って感じで」
「だから、ログアウトした時、心細かった。
どうして私だけ塔和シティーの研究室なんだろうって。
みんなと同じ場所で目覚められないんだろうって」
握った手を顔に寄せて、祈るように顔を伏せる。
「ごめんね、お姉ちゃん……ずっと寂しい思いをさせて、ごめんなさい。
もっと早く迎えに行きたかった」
「謝らないで。十神さんから大体の事情を聞いたよ。
盾子ちゃん、私のために未来機関と取引してくれたんだよね。嬉しかった。
いきなり未来機関の攻撃が始まったから、なんでだろうって思ってたけど、
そういうことだったんだね。ありがとう。本当に、ありがとうね……」
「大丈夫、何も心配しないで。全部解決したわ。
塔和モナカは確保されたし、住人も全員救助された。もう戦わなくていいの。
これからは、ずっと一緒にいられるのよ」
でも、お姉ちゃんは何故か首を振った。
「盾子ちゃん、ごめん。またしばらく、会えなくなると思うの」
「そんな……嘘、どうして?やっと会えたのに……!」
思わず叫びそうになる衝動を必死に抑え込む。
「聞いて。今の私がまともな人格を持ってるのは、
盾子ちゃんの歌で私の全てが元通りになったからだよね」
「うん……」
「だから、この身体に宿るオリジナルの戦刃むくろの記憶も全て蘇ったの。
それは口にできないほどおぞましいもの。
絶望の江ノ島盾子の計画に加担し、罪なき人を傷つけ、
洗脳に抗う女性を外科的手術で……うん、やめとこうか」
「それは、オリジナルが犯した罪であって!」
「わかってる。生まれて数年の私にはそんなことできなかった。
だけど、どうしても心から重たい罪の意識が消えないの。
忘れようとしても、目を背けても、私は人殺しなんだって誰かが責め立てる。
心が汚れたままで盾子ちゃんと一緒に生きていくなんて、できないよ。
楽しい時間を過ごしたって、思い出は罪悪感に塗りつぶされる」
「じゃあ……お姉ちゃんはアタシのせいで、今まで苦しんで……」
「違う。盾子ちゃんが助けてくれなかったら、今頃もっと多くの人を悲しませてた。
盾子ちゃんは私を救ってくれたんだよ?」
「そんなこと言ったって……それでどうしてアタシ達が会えなくなるの?」
姉が告げた真実に混乱しつつも、どうにか肝心な疑問を口にする。
「私、盾子ちゃんとは、きれいな心になってから生きていきたいんだ。
だから一度罪滅ぼしをしようと思うの。過去の戦刃むくろに代わって」
「罪滅ぼし?お姉ちゃんもみんなと刑務所に入るの?」
「ううん。十神さんに聞いたんだけどね。
未来機関でこんなプロジェクトが立ち上がったの」
お姉ちゃんが、そのプロジェクトとやらについて説明してくれた。
でもそれは到底信じられないし、受け入れがたいものだった。
「だめよ!そんなのに付き合ってたら、何年かかるかわからないじゃない!
お願い、そんなことはやめるって言って。アタシを、ひとりにしないでよ……」
握ったままの手に、涙が滴る。
「ごめんね。やっぱり盾子ちゃんとは余計なものを抱えたまま生きていきたくはないし、
私自身のためでもあるの。……お姉ちゃんのわがまま、聞いてちょうだい」
「どうしても、だめ?」
「ごめんなさい」
お姉ちゃんの決意は固い。それもアタシが原因。
やるせない気持ちに苛まれながら、アタシはお姉ちゃんの手を静かに置いた。
「……わかった。アタシ、待ってる。いつまでも待ってるから」
「うん。すごく心強いよ。勇気を持って行ける」
「しばらくのお別れの前に、せめて」
アタシはベッドの上に身を乗り出し、お姉ちゃんの額にキスした。
薄くそばかすの散る顔がくっつくほど近くに。
「えへへ、照れるね」
「元気でね。って言うのも変だけど」
お互いクスクスと笑い合うと、腰のタブレットがまた震えた。
確認しようとしたけど、その前に霧切さんが駆け込んできた。
「二人共ごめんなさい!緊急事態よ!第十支部が反乱を起こした!
報告では現在敵からの要求は無し!
ただこちらの接近に気づくと、戦闘員から一般職員まで全員が捨て身で攻撃してくる。
呼びかけにも全く応じない。恐らく絶望ビデオの類で洗脳されてると考えられるわ!
江ノ島さん、あなたの力が必要」
「なんですって!?」
思わずお姉ちゃんを見る。コクリとうなずいた。
「行って。みんなを助けて」
「……わかった。すぐ戻るから!」
アタシは病室を後にして、霧切さん、十神さんと一緒にヘリに逆戻りした。
それが、お姉ちゃんとのしばしの別れになるとは知らずに。
第十支部上空
ヘリで1時間。上空から眺めると異様な光景が広がっていた。
第十支部のビルの周りを、警備兵のみならず事務職までもが、
中には通すまいとバリケードを固めている。
アタシ達の他にも投降を呼びかけるヘリが飛んでるけど、
彼らの耳には届いていない様子。
「愉快な状況だ。
支部長は確か、見るからに人を使うより使われる方が向いていそうな奴だったな。
根暗の考えることはわからん」
「その支部長の御手洗亮太が事件の首謀者と考えていいわ。
局員達の様子がまともじゃない。
元超高校級のアニメーターの彼なら、絶望ビデオを改変して拡散すれば、
この状況を生み出せる」
「なら、アタシの出番ね」
「超高校級の女神、か。ずいぶんヒラヒラした女神がいたものだ。
時代が時代なら盗撮魔の餌食だぞ」
十神さんがしげしげとアタシの格好を見て言い放つ。
「やめてくださいよ、この服やっぱりちょっと恥ずかしいんですから……」
「それ以上言ったらセクハラで告発するわよ。江ノ島さん、お願い」
霧切さんから渡されたマイクを受け取ると、
アタシは精神を集中して、深く息を吸い、喉でスキャットを奏でた。
ヘリのスピーカーから最大音量で放たれた歌声が、彼らに降り注ぐ。
途端に陣形を組んでいた局員が戸惑いを見せ、バラバラに散っていく。
「もう大丈夫そう。霧切さんの言う通り、何かに暗示を掛けられてたみたい」
「ありがとう。もう降下しても平気ね。ヘリポートまでお願い」
「なるほど、便利な能力だ。十四支部での賓客扱いも合点がいく」
その後、霧切さん達も参加した局員達への事情聴取によると、
最近支部長が仕事を秘書に任せ、何かの制作に没頭するようになったこと、
どこか追い詰められた様子だったことがわかった。
第十支部を占拠していたことについては、予想取り何も覚えていなかった。
「……わかったわ。じゃあ、記憶を失う直前のことについて教えて」
「はい。突然支部長から全局員に、
添付された動画を見るように指示するメールが来たんです。
ダウンロードして再生を始めたんですが、そこからは何も」
「その動画はまだ残ってる?」
「ええ、見られますよ。メールはまだ削除してませんから、これを……」
「待って!」
「え?」
霧切さんはタブレットでパソコンのモニターを半分隠した。
「続けて」
「はぁ……」
局員が動画を再生すると、
綺羅びやかな模様が一定の周期で入れ替わる、意味のわからない映像が流れ始めた。
霧切さんによると、それを見ていると、急に眠気が襲ってきて、
危機を感じた彼女は考える前にモニターの電源を切ったらしい。
「間違いない。この事件を引き起こしたのは御手洗亮太」
「支部長が!?」
「他に考えられない。
でも、画面半分でも意識を奪うような動画を、どうしてわざわざ局員に?」
「そもそも当の御手洗亮太はどこにいる。こんな動画で何がしたい」
「はっ……!そうよ、これはただの時間稼ぎ。彼は今、目的地へ向かってるはず」
「目的地か。最近サボりがちの支部長が必死に作った動画で何がしたいか……
ふん、あの施設しかあるまい。
塔和シティー制圧で今日の仕事は終わりと思っていたが、これは長丁場になりそうだ」
「急ぎましょう!」
「言われるまでもない。今度は俺が会長らを出し抜く」
アタシが行っても邪魔になるだろうから機内で待ってたんだけど、
霧切さん達が慌てた様子で乗り込んできた。
「何かあったの?霧切さん」
「離陸してから説明する。……例の施設へ向かって!」
「了解!」
「え、なあに?どうしたの?」
その声はヘリの徐々に回転速度を上げるローターの甲高い音にかき消され、
ふわりとした浮遊感を覚えると同時に、またアタシ達は空の旅へ。
一体なんだっていうの?
限界速度で飛行するヘリの中で、アタシは霧切さんに聞いてみる。
十神さんは仏頂面でなんか怖いし。
「ねえ、アタシ達はどこに向かってるの?さっきの騒ぎは結局何だったの?」
「大事なこと。よく聞いて。
第十支部長の御手洗亮太が、人を操り人形にするビデオを作って、
全世界に放送しようとしてる。私達はそれを止めなきゃならない。
希望ヶ峰学園の海外校になるはずだった建物があって、
現在未来機関が使用してるんだけど、
そこに世界中に情報を発信できる放送設備があるの。彼が目指しているのはそこ。
江ノ島さんにも協力してもらうわ。
きっと彼のビデオで洗脳された職員が妨害してくるはずだから」
「彼らを正気に戻せばいいのね?」
「そうだが、お前も戦場に下りることになる。
間違っても後ろからバールのようなもので殴られて死ぬんじゃないぞ。
面倒なことになる」
「大丈夫です。超高校級の軍人でもありますから」
「油断はするなよ」
思いがけず日本から飛び出すことになったアタシ達は、
御手洗という人を止めるため、引き続き空を駆け続ける。
元希望ヶ峰学園海外校・未来機関海外拠点
どこをどう飛んだのかわからないけど、
ヘリの航続距離内にあるどこかの国に、そのビルはあった。
ただ、領空侵犯を警告する余力すら無いのは確か。
第十四支部も近代的なビルだったけど、ここはもっと大規模な施設。
荒れ果てた荒野にそびえ立つ巨塔。いくつものサーチライトが空を照らし、
イルミネーションのような室内灯が輝く摩天楼。
でも、やっぱり状況は第十支部と同じ!所属してる人員全てがアタシ達を拒んでる。
バリケードを築いて、こっちに向かって撃ってくる。
ここまで弾は届かないけど、これじゃ近づけない。
「どうしましょう、霧切さん!また歌う?」
「待って。
操られてる局員はともかく、御手洗亮太が逆上して何をしでかすかわからない。
もう少し作戦を練ってから……」
「遅い。お前達は今日何を見てきた。俺の手駒の力はこんなものではない」
十神さんが言った瞬間、ヘリの横を戦闘機が猛スピードで駆け抜けていった。
それは両ウイングに搭載したミサイルを、ビルを守る局員に向かって発射。
「ええっ!撃っちゃったわ!」
「何をしているの!彼らを粉々にするつもり!?」
「黙って見ていろ」
ミサイルは着弾直前、急上昇し、局員の遥か真上で自爆。
すると、白いもやが広がって、彼らが激しく咳き込み始めた。
「催涙ガス弾だ。これで安全に着地できる。またひとつ貸しだ」
「直ちに降下!目標は別棟の電波塔!」
「了解!」
「聞いているのか」
「後にして!江ノ島さん、少し走るわよ。準備しておいて」
「運動は苦手だけど、頑張るわ!」
ヘリが本館の外れにある、電波塔付近に着陸すると、
アタシ達は機体から下りて建物目指して走り出す。
はぁ、どうしてもこの身体は運動には向いてないみたい。
胸が重いし、鍛えてもいない足がすぐに音を上げる。
スタイルが良くても非常時には役に立たないのね。
口に出したら白い目で見られそうな愚痴を心の中でこぼしながら、坂道をひた走る。
ようやく巨大なパラボラアンテナが設置された建造物に飛び込むと、
そこは天井が高い広大な空間だった。
床は金網状の鉄製で、中央に大型のコンソールがある。
その前には、少年とも言えそうな童顔の男性。顔色が悪く目に隈ができている。
多数の警備兵に守られた彼は、アタシを見るなり悲鳴を上げた。
「え、江ノ島盾子!!どうしてお前がここにいるんだよ!」
「はぁ…ふぅ、ちょっと待って、深呼吸。……霧切さん達に連れてきてもらったの。
あなたが何かとんでもない事をしようとしてるなら、止めなきゃいけないと思って」
彼は同時にたどり着いた霧切さんと十神さんを交互に見る。
「あなた達も、何を考えてるんですか!
この重要施設に江ノ島盾子を入れてしまうなんて!」
「何を考えてる、はこっちの台詞だ。御手洗、貴様こそ、ここで何をやっている」
御手洗さんは、握った小さなUSBメモリを見せて語った。
「……この、希望のビデオを配信するんですよ。
これを見れば、みんなの心から絶望、恐怖、憎しみ、悲しみ、
一切の負の感情が消えてなくなり、争いのない平和な世界が訪れる」
「その結果が第十支部の暴動?
悲しみも憎しみも無くした人間なんて、もう人間なんて呼べない」
「断言してやるが、その希望のビデオとやらで世界が平和になることは決して無い。
意思のない操り人形がうろつくディストピアが生まれるだけだ。
貴様、自分が安心したいが為に人から自我を奪いたいだけではないのか?
弱さのツケを他人に押し付けるのは止めろ」
「そうだよ。僕は弱いんだ。
生まれてからずっと、暴力にさらされても、搾取されても、傷つけられても、
何かを失っても、小さくなって耐えるしかなかった。
この世界は弱者が強者に奪われる、そういうシステムになってるんだよ!
だけど、これからはもう違う。
皆が争いを捨てて、誰もが平等に生きられる、そんな存在に生まれ変わるんだ!」
──それは違うわね!!
大声で異議を差し挟む。彼の求めている世界は、希望なんかじゃない。ただの現実逃避。
誰も不幸にならない代わりに、幸せになることもない。
「御手洗さん、始めまして。テレビ中継で知ってるだろうけど、アタシ、江ノ島盾子」
一歩踏み出すと同時に、足元を銃弾が貫いた。警備兵が撃った銃で金網に穴が開く。
「それ以上近づくな!お前がなんで生きてるのかは知らない!
でも、お前が居る限りまた世界が闇に包まれる!新たな絶望が生まれるんだよ!」
彼は切羽詰まった様子で、アタシに怒りと憎しみと恐怖をぶつけてくる。
「御手洗さん、あなたの気持ちは、わかるつもりよ。
元の世界では、アタシも絶えず後ろ指を指されて、のけ者にされて、罵倒されてきた。
その結果、社会から逃げ出して引きこもっちゃったんだけど。
それでも人から心を奪ってしまうと、
あなた自身も幸せから遠ざけてしまうことになるの」
「お前に何がわかるんだよ!この世界を絶望に突き落としたくせに!」
「アタシ、この世界に来てわかったことがあるの。
幸せと不幸を隔てる壁って、それほど厚くない。
初めてジャバウォック島に放り込まれた時は、とっても辛かった。
慣れない肉体で、昼夜暑い南国で寝泊まりして、
いつもピリピリしてるみんなの顔色を伺いながら生活してた」
「何の話だよ……」
霧切さんは何も言わずにアタシの話を聞いてくれてる。
「でもね。諦めずにみんなと学級裁判を乗り越えたり、おしゃべりしたり、
一緒に遊んだりするうちに、かけがえのない友達になった。
元の世界で1人もいなかった友達。それが一気に16人になっちゃった。
御手洗さん。あなたにもそんな人がきっとできるわ。あなたを大切にしてくれる人が」
アタシは迷いに囚われる御手洗さんへ向けて、また歩を進める。
「と、止めてください!江ノ島盾子を止めろぉ!」
警備兵達が自動小銃を向ける。アタシは落ち着いて少し息を吸う。
そして、彼らの耳に“ハチのムサシは死んだのさ”1番を届ける。
天井の高い屋内に、歌声が反響する。
間もなく兵士達の目に光が戻り、それまでの記憶の欠落から戸惑いを見せる。
「何をしてるんですか!早く彼女を!」
「しかし、支部長。この状況は一体……」
「江ノ島盾子を止めないと大変なことになるんだ!お願い、急いでください!」
「お、落ち着いて下さい。自分には、彼女があの江ノ島盾子には見えません。
一度身元確認が必要かと……」
「チェックメイトだ、御手洗亮太。貴様を反逆罪で告発する。
抵抗すれば、この場で撃つ」
後ろを見ると、十神さんが彼を狙って拳銃を向けている。
「待って十神さん!もう少しだけ御手洗さんと話をさせて!」
「……3分だけ待ってやる。
それで結論が出なければ、御手洗亮太を強制的に連行する」
「ありがとう」
アタシは、まだ状況が飲み込めない警備兵達の間を通り抜け、
ようやく御手洗さんの目の前に立つことができた。
「ごきげんよう。これで、ゆっくりお話しできるわね」
「なんだよ……まだ僕から奪い足りないっていうのか!」
「きっと信じてはもらえないだろうけど、江ノ島盾子は死んだの。
アタシは彼女のDNAから造られた存在。あなたにお願いがあるの。
世界を希望で満たしたいのはアタシも同じ。
でも、その方法は考え直してくれないかしら」
「い、いやだ!他にどんな方法があるっていうんだよ!
世界から絶望を消し去る方法が!」
「消し去る必要はないわ。絶望は希望でもあるんだから。
だから、片方の絶望が消えてしまったら同時に希望も消えてしまう。
いつか現れる、あなたを愛してくれる人もいなくなってしまうの」
「そんな人、いるはずない……」
「いる。アタシがこの世界に来た時は、憎しみしかぶつけられなかったけど、
今ではこんなアタシでも友と呼んでくれる仲間がいる。
あなたは支部長という、誰よりも重い責任を負う立場をこなしてるじゃない。
チャンスはきっと来るわ。映像なんかに頼らなくても」
「じゃあ……お前は一体、何のためにここに来たんだよ」
「そうね」
アタシは大型コンソールを見る。
広いタッチパネル式のディスプレイが青い光を放っている。
「あの装置で、音声を送信することもできるのかしら?」
「江ノ島さん、ひょっとしてあなた!」
「ええ、霧切さん。
アタシ、ここから歌を発信して、絶望に冒された人達を元に戻そうと思うの。
やるなら今しかないわ」
御手洗さんの拳をそっと手にとって、開いた。中のUSBメモリが現れる。
「あっ……」
「これを作るの、大変だったでしょう。
でも、あなたが思い描く希望を実現する前に、アタシにも試させてくれないかしら。
誰かを救うことができるかを」
彼は少し躊躇って、答えた。
「……やってみせてよ。
まずディスプレイで設定変更して、送信内容を映像から音声に変更。
さらに通信エリアをLocalからGlobalに切り替える。
あとはマイクに向かって歌うだけさ。何をする気なのかは、わからないけど……」
「期待は裏切らないわ。見ててね」
アタシは説明どおりにコンソールを操作し、設定を変更。
三角形を組み合わせた見たこともないキーボードで、少し操作に苦労したけど、
ちゃんと歌の送信の準備ができた。
そこで不意に手が止まる。
なんだか勢いでここまで来ちゃったけど、アタシは、今から世界を変えようとしている。
元に戻すだけ、なんだけど、すごく大それた事をしているような気がしてきて、
緊張と不安が高まってきた。
「何をしているの!彼にあなたの求める希望を見せるんじゃないの?」
「グズグズするな。超高校級の女神の名が泣くぞ」
その時、霧切さん達の声が背中を押してくれた。そうよね。今更迷ってどうするの。
人々の心の平穏を祈り、歌に願いを託した。
届いて。アタシの歌う、“翼をください”