江ノ島盾子にされてしまったコミュ障の悲哀【完結】   作:焼き鳥タレ派

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最終章 アタシ達の未来

化粧を終えると、ブロンドのロングにヘアスプレーをまんべんなく振りかけ、

丁寧にブラシで整える。念入りにドライヤーで乾かし、スタイリング剤でケアする。

うん、完璧ね。これならみんなに会いに行っても恥ずかしくない。

姿見の前に立つと、紫のドレスを着たアタシ。

……あの日出会ったアタシに少しは近づけたかしら。

 

そろそろ行かなきゃ。

自室から出て、入り口で車を出してくれてる苗木君のところへ向かう。

一歩ずつゆっくり階段を下りる。みんなとも、もうすぐ再会。

たったひとりで過ごした時間はとても長かった。

エントランス前に乗用車が止まっている。

乗り込むと、落ち着きと強さの同居する大人の男性になった苗木君が、

運転席で待ってくれていた。

 

「おはよう、苗木君。今日はよろしくね」

 

「江ノ島さんもおはよう。いよいよだね」

 

そう。それももう終わり。向こうに着くまで少し思い出話でもしましょうか。

 

 

 

 

 

アタシの歌が世界に届いた翌日。オリジナルの江ノ島盾子がばらまいた絶望が消え去り、

あっという間に世界に平穏が訪れる……わけもなかった。

まぁ、そうよね。超高校級の女神と言ったって、アタシが一曲歌ったくらいで、

たった1日で劇的に状況は改善しない。

 

絶望から解放された人達がパニックに陥ってて、

彼らに現状を教えて落ち着かせるのに時間がかかるみたい。

霧切さんによると、本格的に世界が再生に向けて動くには年単位の時間が必要らしいわ。

それに、放送が届かなかった僻地には、わずかだけど絶望の残党がくすぶってる。

それはもう脅威じゃなくなったけど、まだまだ完全な復興には遠いみたい。

 

……で、目下重要なのはアタシの問題なのよ!

深夜に帰国した翌朝、食堂の隅で朝食を口に運ぶ暇もなく、

みんなの質問攻めにあっていた。

 

「水くせーじゃねえか!なんでオレ達も連れてかなかったんだよ!」

 

「そーだよ!まさか、わたし達が疲れてるだろうから~なんて、

ショボい理由じゃないよね!?」

 

まずは左右田君と日寄子ちゃんの文句から始まる。

 

「ああ、ごめんなさい!出先で起きた緊急事態だったから、どうしようもなかったの」

 

「あのぅ、その出先ってどちらですか?あの時ずいぶん急いでたみたいですけど……」

 

「それについては、みんなにお礼が遅れちゃって謝らなきゃいけないわね。

実はね、昨日の夜お姉ちゃんに会いに行っていたの。

みんなのおかげで無事に帰ってこれた。本当に、ありがとう……」

 

「そうよ、むくろちゃんの事。ずっと気になってたんだけど!今、どこで何してるの?」

 

「十神さんっていう、

この支部の支部長代行が設立した組織に助けられて、入院してるの。

あ!でも心配しないで。命に別状はないし、大怪我でもなかったから」

 

「何言ってるの!それでも入院するほどの怪我だったんでしょ!?

もう、これから大事なことは隠し事なしね!わかった?」

 

「わかりました……」

 

島の中でも外でも小泉さんには事あるごとに叱られてる気がする。

将来教育ママになりそう、なんて言ったらもっと怒られるだろうから言わないけど。

 

「ふえぇっ!病状はどんな様子なんですかぁ?」

 

「左腕を何かで殴られて、骨に少しひびが入ったんですって。

入院はただ様子を見るだけのものだから心配ないわ」

 

「それはようござんした。わたくしもできればお見舞いに行きたいのですが、

この施設からは出ないように言われておりますし……」

 

「ありがとうソニアさん。

みんなが心配してくれてることは、お姉ちゃんにまた会えた時に伝えとく。

病院にはアタシも行けないの。ヘリであちこち飛び回ったからどこにあるのやら」

 

「……支部長に聞いてどうにかできねえのかよ?」

 

「それが、お姉ちゃんが居るのは、十神さんの作った組織の極秘施設で、

未来機関とは関係ないの。その人に聞いてみたんだけど、詳しい場所は機密事項だって」

 

「ケッ、妹くらい会わせてやりゃあいいのによ」

 

不満そうな九頭竜君に、アタシは頭を悩ませる。

お姉ちゃんの今後について、どう伝えればいいのかしら。

 

「大丈夫。元気で帰ってきてくれたんだから。いつかまた会える。またいつかね……」

 

「それじゃあ、戦刃の無事がわかったところで、今度は江ノ島、お前について聞きたい」

 

「なんだか口調が学級裁判の審理みたいよ、日向君。アタシの事って何かしら」

 

「モチロン!昨日の盾子ちゃんの地球独占リサイタルに決まってるっす!

おかげでストレスが溜まってたゆうべは快食快眠!

CDデビューを目指すべきだと唯吹は思うっすよ!」

 

「寝ることと食うことしかないのかお前は。他に言及すべきことがあろう。

世界中の治安維持組織の報告をまとめた、未来機関の通達によると、

江ノ島の歌で絶望の残党約98%が活動を停止したらしい。

だが、あくまで停止しただけで、

今日から汗水流してビルの再建や道路のアスファルト舗装に

精を出してくれるわけではないらしいがな」

 

「そこはアタシの能力の限界ね。みんなびっくりしたと思うわ。

気がついたら突然世界がメチャクチャになっていたんだもの」

 

「女神ノルンが告げている。

人の子よ、現在過去未来、時の因果に結ばれし糸を手繰り寄せよ。

さすれば旧世界は終焉を告げ、新たなる時の定めが汝らを導かん。とな」

 

「うん、田中君の言う通り、こればかりは時間が解決してくれるのを待つしか無いわね。

そろそろバターロールを口に入れていいかしら」

 

「アハハ、ごめんよ。みんな江ノ島さんと戦刃さんの事が気になって、

ずっと居ても立ってもいられなかったんだ。少し食べたらまた相手をしてくれないかな。

ちなみにボクはこうなることを予想して朝食はもう済ませてるんだ」

 

「ぬっ、いかんぞ!朝食を抜くのは命を縮める行為じゃ!今すぐ完食するが良い!

きちんと朝のクソが出るように!」

 

「……ご飯がおいしくなりそう。じゃあ、ちょっとの間失礼するわね。

そう言えば終里さんは大丈夫?朝食抜きで我慢できるタイプじゃないと思うんだけど」

 

「狛枝と同じ。オレも早めに済ませた。

つーか、朝早くにいきなり腹が減って、食堂の人に頼んで余りもん出してもらった」

 

「もう少し後なら、ぼくも起きてたんだけどね。

みんなも今日は早起きして、江ノ島さんを待ってたんだよ。

自販機のお菓子やパンを食べながら」

 

「あむ。……けっひょく、食いっぱぐれてたのは、あたひだけっへ事ね」

 

「そう言えば、反乱の首謀者たる御手洗という人物はこれからどうなるのだ?」

 

「んぐ、大事なこと言い忘れてたわね。ありがとう辺古山さん。

まだ霧切さんの予測の段階だけど、支部長の職は解任されて、その後事情聴取。

刑罰や量刑についてはその後の査問会議で決まるんですって」

 

「刑罰と、量刑か……」

 

なにか日向君がその言葉に引っかかるようで、少し顔を伏せた。

あら、みんなも黙り込んじゃったわ。

 

「どうしたのみんな。急に」

 

「江ノ島、実はな」

 

一旦言葉が切れる。何か言いづらそうな雰囲気。

 

「俺達、お前とは、しばらくの間お別れになるんだ」

 

「え?」

 

口の端にパンくずを付けたまま、ぽかんとした表情で、ただまばたきを繰り返す。

彼の言っていることの意味がわからない。

 

「それも、1ヶ月や2ヶ月じゃない。何年かかるかわからない。何しろ無期懲役だから」

 

「待って。……ちょっと待ってよ!どうしていきなりそんな!」

 

「思い出してくれ。俺達が今ここにいるのは、

ただ外部の侵入が発生したジャバウォック刑務所から避難しているだけで、

俺達の罪が消えたわけじゃない。

だからこれから、俺達は未来機関管轄の刑務所で生きていくことになる」

 

「確かにそうだけど、だからって……!」

 

思わず立ち上がって息を詰まらせながら問う。

 

「きっと、これから日本が復興するために大量に資源が必要になることも理由だと思う。

鉱山、山林、田畑。ジャバウォック島と同じだ。みんなバラバラの場所で働く。

わかってくれ。俺達だって辛いんだ」

 

「アタシ、霧切さんに頼んでくる!もう十分じゃない!

あの暑い島で毎日働いて、命をかけて塔和シティーを取り戻したのに!」

 

「江ノ島」

 

オフィスへ向かおうとするアタシの肩を掴む。

 

「頼む。これは俺達の望みでもあるんだ。まだ償いきれちゃいないんだ。

罪を精算する機会を、奪わないでくれ。笑って、見送ってくれ」

 

「……そんな、それじゃ、アタシ、ひとりぼっちになっちゃうじゃない。

みんなも、お姉ちゃんも、手の届かないところに行っちゃって……」

 

無意識に頬を二筋の涙が濡らす。

 

「盾子ちゃん……むくろちゃんがどうしたの?どうして彼女までいなくなるの?」

 

アタシは、お姉ちゃんがやろうとしていることを、途切れがちな言葉で説明した。

皆、驚いて言葉を失う。

 

「……それは、いつ終わるの?」

 

「わからない!1ヶ月かもしれないし、10年かもしれない。

だから、アタシにはもう誰もいない!また独りになっちゃうのよ!」

 

「おねぇ……」

 

「……出発は、一週間後だ。必ず戻ってくる。

約束するから、お前も絶望しないで、待っててくれ」

 

彼の言葉にも、ただ頭を振って拒否することしかできなかった。

誰かが声をかけようとしてきたけど、小泉さんがそっと肩に触れて止めた。

みんな、黙って立ち尽くすアタシの様子を見て、

一人、また一人とその場から立ち去っていった。

残されたのは食べかけの朝食と、手に入れた仲間を失った哀れな元ひきこもり。

 

それから一週間。アタシは残された貴重な時間を無意味に過ごしてしまった。

なんとなく皆を避けて、食事時にも会話に加わらない。

きっと、これ以上思い出を作るのが怖かったんだと思う。

みんなもそんなアタシの扱いに困って、せっかくの残り少ない自由な日々を、

重い雰囲気の中で消費せざるを得なかった。

 

今思えば、バカなことをしたと思う。その後何年も後悔しながら、

この第十四支部のビルという狭い世界で生きることになったんだから。

一週間後、とうとうみんなが散り散りになるという日も、

アタシは膝を抱えて部屋の片隅にこもっていた。自室の自動ドアが開く。

自分以外に開けられるのはマスターキーを持ってる霧切さんだけ。

 

「もうすぐ護送車が出るわ。……行かなくていいの?」

 

「……怖い」

 

「何が?」

 

「これ以上、みんなの顔を見ると、二度と会えない辛さでおかしくなりそう」

 

「そうと決まったわけじゃないわ。無期懲役はあくまで期限を定めない刑。

上の判断や社会情勢次第で仮釈放もあり得るわ」

 

「……もし、そんなのなかったら?」

 

「諦めなさい。でも、これだけは手放さないで」

 

突き放すような言葉に思わず顔を上げると、霧切さんが1枚の色紙を突きつけてきた。

受け取ると、それはみんなの寄せ書き。

 

“俺達は必ず再会できる。少しの間だけ待っていてくれ 日向創”

“荒野に舞い降りたアフロディーテ(中略)破壊神暗黒四天王は元気だ。 田中眼蛇夢”

“また一緒に、クグロフを作りましょうね。それまで少し、さようなら。 ソニア”

 

誰もがアタシに宛てて個性あふれるメッセージを残してくれた。

固い正方形に込められた想いを抱きしめると、はらはらと涙がこぼれる。

江ノ島盾子になっても、超高校級の女神になっても、

優柔不断と泣き虫は治らなかったみたい。

外からエンジン音がしたから、窓から覗くと、

無骨な護送車が今にも発進しようとしていた。

 

「あっ……」

 

と、声が漏れたけど、もう遅かった。

お別れを言う機会を逃し、アタシはその場に座り込む。

 

「ごめんね。みんな、ごめんね……」

 

アタシにできることは、色紙をなでながら、ただみんなに謝ることだけだった。

 

 

 

 

 

舗装された主要道路を車は走り続ける。

 

まだ細い裏道にまでは手が回ってないけど、これまでの年月で大体の道路は修復された。

 

「どうしたの。江ノ島さん」

 

「ちょっと、思い出に浸ってたの」

 

「そうだね。もうすぐだから」

 

ちょっと湿っぽい話になっちゃったから、話題を変えて、

他の人達がその後どうしてきたのか、語りましょうか。

 

 

 

 

 

『おはようございます。我々は未来機関です。現在絶望の残党と戦っておられる方、

絶望から目覚めて戸惑っておられる方全てに向けて放送しています』

 

僕は、取調室で手錠を掛けられたままラジオを聞いていた。

あれ以来、毎日電波塔から未来機関の定時連絡が流れるようになった。

 

『まずは、これまで世界平和のために、

戦いを続けてこられた方々に感謝を申し上げます。

ご存知とは思いますが、もうその必要はありません。

先日、様々な端末に送信された“翼をください”によって、残党は自我を取り戻し、

争う必要はなくなったのです。今後はどうか世界の復興に力をお貸し下さい』

 

あの江ノ島盾子は何者だったんだろう。

自分が複製された存在だとか言ってたけど、到底信じられない。

世界を壊しておいて、また直す?彼女は何がしたかったのか。

結局誰に聞いても教えてはくれなかった。

知られたらマズいことを隠してることは確かだ。

 

だけど、ひとつだけわかっていることがある。

この放送は間違いだ。世界から絶望がなくなっても、争いはなくならない。

それは僕の生まれてからあの日までの人生が物語っている。

 

『……事件前に一斉を風靡したボーカロイド、流留々(ながるる)サララに着想を得て、

人間の精神から意図的に埋め込まれた絶望を除去する人工音声を開発。

歌という形にして全世界に放送することに成功しました』

 

思った通り、江ノ島盾子の名前は出てこない。もうひとつわかったことがあった。

それは、僕も間違ってたってこと。人から人らしい感情をなくす。

もしそうなれば、僕は今頃流れ作業のように、銃殺刑で処分されていたから。

 

正しい手続きがあれば、人を殺すことをためらわない。

それは心を絶望で染め上げることと何も変わらないことに、今更気がついた。

 

『江ノ島盾子の中継につきましては、

突然の中断でご心配おかけしたことをお詫び致します。

機材トラブルと彼女の自殺が重なり、

放送をやむなく中止せざるを得なかったことをご理解下さい。

彼女が残した遺書には、”さらなる絶望を求めて命を絶つ”と書かれており……』

 

やっぱり嘘だ。本物か偽物か、今となっちゃわからないけど、

あの施設で出会った彼女の目は、自殺を考えている人間のものじゃなかった。

 

「もういいです、止めて下さい」

 

「いいのかね?」

 

「はい……」

 

しわの多い指で、彼がラジオのスイッチを切った。

 

「君が、あのような行動に走った理由は、大体わかった。

じゃが、些か結果を早く求めすぎてしまったようじゃのう。

せめてワシらに相談してくれれば、

絶望だけを取り除くビデオを共同開発できたと思うのじゃが……」

 

「あの時の僕は、気が付かなかったんです。

希望のビデオが、結局は絶望ビデオと同じでしかなかったなんて」

 

「御手洗君。君が極刑に処されることはない。

このワシの最後の権限で、それだけは回避した。

お咎め無しとまでは行かなかったが、やり直す機会は十分に与えることができた。

君のような才に恵まれた若者が、ここで終わるにはあまりに惜しい」

 

「どうしてですか、会長。僕の代わりなんかいくらでも……」

 

「おらん。君という存在は君一人をおいて他にない。

責任を果たしたら、今度こそ皆に本当の希望を与えるアニメを作って欲しい」

 

そして、天願会長は、僕に微笑みかけてくれた。

……今はただ、あの希望のビデオ送信を止めてくれた、

江ノ島盾子らしき人に感謝している。みんなから感情を奪ったら、

こんな僕に優しい笑顔が向けられることもなかったんだから。

 

「御手洗君。世界の希望を、君にたくす」

 

 

 

 

 

みんな、元気だった?こまるだよ。

世界から絶望がなくなって、今度は生活のことを考えなきゃいけなくなったよね。

例えば教育。高校や大学はまだ崩れたままだから、私、未来機関の第十四支部で、

職員の人と一緒に研修セミナーを受けてるの。

 

大人向けの講義だから付いていくのが大変だけど、全部の単位を取れば、

大卒資格がもらえるし、それに……この支部はお兄ちゃんの担当だから、

会おうと思えばいつでも会えるのがいいよね!

 

こんなこと、冬子ちゃんに聞かれたらまたブラコンとか言われそうだけど。

でも、家族に会うのを楽しみにするのがブラコンなら、

もうブラコンでいいやって開き直ることにしたの。

二人一緒なら、きっと父さんや母さんも早く見つけられるしね。

 

あっ、噂をすればってやつだね。お兄ちゃんが自販機前でコーヒー飲んでる。

 

「お兄ちゃーん!」

 

私は、手を振りながらお兄ちゃんの大きくなった背中を目指して走っていった。

 

 

 

 

 

んふふ。聞いてちょうだいよ。あたし、とうとう未来機関の正式な構成員になれたの。

それはつまり、この組織の頂点たる、

白夜様の足で踏んづけられてるってことに他ならないでしょう?やべ、よだれ出た。

 

「腐川さ~ん。一緒にお昼はどう?」

 

「はうっ!いきなり話しかけないでよ、びっくりするでしょうが!」

 

この女は同僚なんだけど、なぜか事あるごとにあたしに構ってくる。

 

「ごめんなさ~い。サンドイッチ作ってきたの。お一ついかが?」

 

「話聞いてるの?……ふん、どうせあなたも、頭ん中じゃ、

こんな腰にスタンガンぶら下げてる変態根暗不細工女は初めて見たとか

心の中で思ってるんでしょう!?」

 

「そんなことないわ~腐川さんはかわいいよ?それも防犯用だよね?」

 

「か、かわいいなんて、白夜様以外に言われても嬉しくないわよ……」

 

「白夜様って、第一支部の十神会長のこと?カッコいいわよね~

そもそも第一支部自体が花形支部だし、私達には高嶺の花なのよね。しゅん」

 

「あああ、あんたと一緒にしないでよ!

あたしはいずれ白夜様の専属秘書になる女なんだから!」

 

「ワ~オ、玉の輿狙い?腐川さん、大人しそうで案外やるんだ」

 

「放っといてよ。あんたには付き合ってらんないわ」

 

「待って~ランチご一緒しましょうよ」

 

こいつと話してると調子が狂うわ。まるでどっかの誰かさんみたい!

この女もこの女よ。こんな陰気な女と話してて何が楽しいんだか。

……友達は一人で十分だってのに。

結局同僚を振り切れずに、弁当の白米とサンドイッチの

アンバランスな昼食を取る羽目になった。

 

 

 

 

 

俺は高級革張りソファに身体を預け、ダージリンのセカンドフラッシュを一口含む。

ティーカップを置くと、デスクの前に立つ、白さで目を痛めそうな男に言い放った。

 

「未来機関会長に就任した十神白夜だ。今日から俺の手足となって身を粉にして働け。

他の幹部連中にもそう伝えておくように」

 

「……図に乗るなよ。会長が自ら退任した隙を狙って成り上がった、十四支部の小僧が」

 

「あまり大口を叩くな。俺は前任とは違って優しくない。役立たずはすぐに首をはねる」

 

「貴様こそ、会長に相応しくない無能と判断すれば、俺がこの刀で首を落とす。

例えではなく、そのままの意味でだ」

 

「できもせんことを口にするのは小物の証だ。

そのうちお前達は俺無しでは仕事もできなくなる。

世界の今後は未来機関に懸かっていると言っていい。

悲鳴をあげるほどの仕事を回してやるから覚悟しておけ」

 

「せいぜいほざいていろ。

俺はもう行くが……1月で結果を出せなければ、貴様を会長の座から引きずり下ろす」

 

「1週間だ」

 

「何?」

 

「俺は1つの仕事に1ヶ月もかけるほどノロマではない。

1週間で貴様の喜びそうな、結果とやらを見せてやろう」

 

「その言葉、忘れるなよ」

 

第二支部の宗方とやらが退室していった。

自分を差し置き短期間で会長職に就任した俺が気に入らないらしいが、どうでもいい。

やはり俺には組織の頂点に立つことが運命づけられているようだ。

一度は第十四支部支部長に収まったが、こんなもので満足する俺ではない。

 

十四支部などいわば雑用係だ。

俺が居るべきは、やはりこの気品のある第一支部の執務室。

宗方の取り越し苦労を杞憂に終わらせてやろう。

 

さて、あのうるさい男を黙らせるにはどうするか。

俺の組織を使って都心の復興を宣言通り1週間で終わらせる。

これで少しは大人しくなるだろう。

 

奴だけではない。

他の支部長にも、俺が実行力のある会長であることを、わからせる必要がある。

真の意味で未来機関を手中に収め、やがては我が十神財閥の再生を成す。

全てを踏み台にして、俺は覇道を突き進む。十神の名に賭けて。

 

 

 

 

 

実際、日本の復興がここまで進んだのは、

十神さんの手腕によるところが大きいらしいわ。

 

「到着まであと30分くらいだよ」

 

「なんだか緊張してきたわ」

 

「みんなも、待ちくたびれてるだろうね」

 

窓から空を見る。

真っ赤な色は薄れ、今では曇りの日がほとんどだけど、たまに青空が顔を出すの。

目的地も近くなったところで、大事な人の話で締めくくろうかしら。

 

 

 

 

 

抜けるような青空。今日も快晴でいい天気。

セミの鳴き声で夏の暑さが増すような気がする。

緑の生い茂る山々に囲まれた一軒家。私は小さな畑でトマトやきゅうりを収穫していた。

 

麦わら帽を被って首にタオルを下げる。炎天下の作業でもう汗だく。

そろそろ休憩にしようかな。そう思ったら、遊びに行っていた子供達が帰ってきた。

みんな虫取り網やごを持って、なんだか楽しそう。

 

「姉さん、ただいま」

 

「た、ただいま~お姉ちゃん」

 

「見て!私、セミを捕まえましたのよ」

 

「俺のカブトムシの方がすごいやい!」

 

「モナカはすばしっこいカワセミを捕まえたよ。偉い?」

 

かごの中では、山で捕まえた昆虫や小鳥が鳴き声を上げている。

みんなも汗だく。麦茶でも入れてあげよう。私も喉が乾いてきたし。

合掌造りの我が家に戻ると、冷蔵庫から麦茶のポットを出して、コップに注いだ。

ちょうど日陰になってる縁側で、横一列になってみんなで飲む。

 

「姉さん、野菜の育ち具合はどう?」

 

「もうトマトが真っ赤だよ。夕食の時に切ってあげる」

 

「ぼ、ぼ、ぼ、ボクちんはトマトが、大好きなんだな」

 

「うーん、モナカはトマトあんまり好きじゃないかも」

 

「好き嫌いしないの。今年は特に出来がいいから、甘くて美味しいよ」

 

「私のセミちゃんの方がキャワイイに決まってますわ!」

 

「何言ってんだよ!カブトよりカッコいい虫なんかいねえっての!」

 

「ほらほら、ケンカしないの。それから、1日遊んだら逃してあげようね?」

 

「「は~い」」

 

「ボクちんは、なんにも捕まえられませんでした……」

 

平和でのんびりした田舎町。

親代わりの私と子供達で、少し長めの夏休みを満喫している。

 

 

………

 

 

「バイタル安定、血液循環、良好です」

 

“脳波の波形にも注意を払ってくだちゃい。

異常が発生したら、あちしへの報告をスキップして直ちに強制シャットダウンを”

 

5つのベッドに眠る私達。未来機関第九支部の治療室で、

ヘッドギアを付けて眠る私と元希望の戦士達。

ここでみんな、過去の罪や心の傷を癒やすために、

希望更生プログラムVer3.21に接続して、バーチャル世界で生活している。

 

Ver2.01までの反省を踏まえて、装置は限界まで簡略化してある。

ヘッドギアに接続されたプログラムの中心部は、家庭用サーバーと同程度の大きさで、

何か問題が起きたらすぐ物理的シャットダウン、つまり壊せるようになっている。

その代り、看護師さんがつきっきりで私達の肉体をケアしなきゃいけないんだけど。

 

時々、盾子ちゃんがお見舞いに来てくれてたみたい。

嬉しいけど、気づけなかったのは残念かな。

 

 

 

 

 

車は走り続ける。約束の場所までもうすぐ。やっぱり緊張するわ。

5年の間にいろいろあったから。

 

“堂々と会いに行けばいいわ。そのドレス、似合ってるわよ”

 

「ありがと。あの日のアタシになれたかしら」

 

“あなたはあなたでいればいい。みんなの知ってる江ノ島盾子でね”

 

「……“彼女”かい?」

 

いきなり独り言を始めたアタシに、苗木君が話しかけてきた。

彼も事情は知ってるから、驚いてはいなかったけど。

 

「ええ。時々時間と場所を考えずに喋りだすから困るわ」

 

「そろそろ到着だ。心の準備はいいかい?」

 

「大丈夫。そのために来たんだから……」

 

柔らかい緑の広がる丘で車が止まる。みんなはまだ来ていない。

車から降りて、風に吹かれながら、ひたすらその場で待つ。

 

「5年。待つには長いような短いような、不思議な錯覚を覚えるわ。

みんなの仮釈放までの時間を考えると、思いがけず短かったと言えるし、

ひとりで待つにはとても長かったわ」

 

“……向こうの世界で待ってるお母様は?”

 

「母さんは、強い人だから……

帰る方法が見つからないから、どのみちどうしようもないしね」

 

その時、視線の遠く先に、未来機関のバスが止まった。中から大勢の乗客が降りてくる。

彼らの姿を見ると……

 

「みんな!」

 

思わず叫んでいた。作業着姿だけど間違いなくわかる。

ドレスのスカートをつまみ走り出す。

今はまだ小さな点にしか見えないけど、向こうもアタシに気づいたようで、

大きく手を振る人もいる。

時々雑草にハイヒールを引っ掛けながら、どうにか転ばずに走り続ける。

 

草原を駆けながら思いを馳せる。

アタシの人生をどう思うか聞かれると、きっと幸せなんだと思う。

確かに、女性になったり、いきなり刑務所に放り込まれたり、

姉ができたり、女神になったり。

元の世界じゃ絶対経験しないような出来事ばかりだったけど、

その果てに手に入れた幸せが、目の前にある。

 

アタシの格好に驚いたみんなに、思わず飛びつく。悲しい思い出は、もう終わり。

もうすぐ目を覚ますお姉ちゃんを迎えに行って、七海さんを交えて、

それぞれの未来について、夢を語るの。今ならそれができる。

希望ヶ峰学園はなくなったけど、みんなに宿る力は決して失われはしないから。

 

きっと進む道は違うんだろうけど、アタシ達の人生は、まだ本番がスタートしたばかり。

草原を吹き抜ける爽やかな風が、

未来を運んでくるかのようにアタシ達に吹き付けてきた。

 

 

 

 

 

江ノ島盾子にされてしまったコミュ障の悲哀(完)

 

 

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