江ノ島盾子にされてしまったコミュ障の悲哀【完結】   作:焼き鳥タレ派

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第二幕
第1章 凋落した女神


 

 

 

『禍福は糾える縄の如し』

 

災いと福とは、縄をより合わせたように入れかわり変転する。

吉凶は糾える縄の如し。禍福糾纆(きゅうぼく)。 大辞林 第三版より

 

 

 

 

 

「みんな、会いたかった!」

 

喜びを抑えきれず、バスから降りたばかりの仲間に思わず飛びついてしまった。

一番体格のいい弐大君にダイブ。ちょっと照れた様子で、彼も抱きしめ返してくれた。

 

「江ノ島……見違えるほど美人になりおって」

 

「とっても似合ってるわよ、そのドレス!カメラがあれば絶対撮りたいわね」

 

「ありがとう。一番綺麗な格好でみんなと会いたくて、張り切っちゃった!」

 

「そっかー。なんかボロい作業着のオレ達の立つ瀬がねーな、ハハ!」

 

「そんなことないわ。終里さんもパッチリした目が変わってない。

……そう。この5年感、みんなの事ばかり考えてて、おかしくなりそうだった。

ごめんなさい。最後の日、みんなを見送りに行けなかった。

アタシって臆病で、また仲間を失う怖さから逃げちゃったの……」

 

「気にするな、江ノ島。それは俺たちも同じだった」

 

「日向君……」

 

「そーだな。すぐに言い出せなかったオレ達のせいでもあんだからよ」

 

いつもツナギ姿だったから作業着でもあまり違和感がない彼。

左右田君がポンと肩を叩いてくれた。

 

「……左右田君、やっと会えたわね」

 

彼とは特にジャバウォック刑務所での誤解や摩擦が多かった分、

語り尽くせないほどの思い出ができた。

 

「ああ。生きてるうちにお前の顔を見られるなんて正直思ってなかったけどよー」

 

「アタシも同じ。ずっと第十四支部で一生を終えると思ってたから……わふっ!」

 

「江ノ島おねぇ、わたしも抱きしめてー!強くぎゅーっと」

 

いきなり甘えてきた彼女にちょっと驚いたけど、

その軽い身体が心地よくアタシを締め付ける。

 

「日寄子ちゃんもすっかり大人っぽくなっちゃって。

あ、実際もう大人なのよね、アタシったら。

それにしても、アタシとほとんど背が変わらなくなったわね」

 

二十歳を過ぎても愛らしさの残る顔を丁寧に撫でて、彼女を抱きしめる。

日寄子ちゃんのいい香りに混じって油の臭いが作業着から漂ってくる。

きっとこの華奢な身体で過酷な労働に耐えてきたに違いない。

 

「がんばったわね。アタシのことを覚えていてくれて、ありがとう……」

 

「当たり前じゃん!わたし、また会えるってずっと信じてたから!」

 

「フッ、西園寺よ。お前もアカシックレコードの禁忌に触れてしまったか。

天動説と地動説の狭間に生きる俺は星々の運行から総ての運命を閲覧済みである故、

この結末は語るべくもなくわかりきっていたことだが」

 

さすがにあの個性的過ぎるファッションはなりを潜めて、

さっぱりしたスポーツ刈りになっていたけど、この強烈な存在感は彼だけのもの。

 

「その喋り方も、本当に久しぶり。信じて待っててくれたのね。

……田中君もみんなも、おかえりなさい。みんな、本当にお疲れ様」

 

「盾子ちゃん……うん、ただいま!」

 

「おう、帰ったぜ。シャバの空気がうめえや」

 

「あのぅ、あの、私も……ただいま帰りましたぁ~!」

 

みんなの“ただいま”で、目に熱いものがこみ上げてくる。

ハンカチで目頭を押さえていると、

気を遣って何も言わずに後ろで見守っていてくれた苗木君が近づいてきて、

背中を向けたままのアタシに言ってくれた。

 

「ボクは支部に戻るから、

江ノ島さんはみんなと一緒にバスで第七支部に向かうといいよ。

積もる話もあるだろうからね。これを渡しておくよ」

 

苗木君がタブレットを差し出した。

 

「これは……うん、そうね。彼女もたくさんおしゃべりしたいだろうし。ありがとう」

 

受け取ると、草原を歩いて彼が車に戻っていく。

車に乗り込むと、軽く手を挙げて走り去っていった。

それを見届けると日向君がアタシ達をバスに促す。

 

「さっそくだが、彼女を迎えに行こう。江ノ島、もう目覚めている頃なんだろう?」

 

「ええ。お姉ちゃん達の意識レベルが上昇してきて、

お昼すぎには覚醒する見込みだって」

 

「それはよござんした。これで本当にジャバウォック島の仲間が全員揃うのですね!」

 

擦り切れた作業着を着ていても、彼女の美しさと、内からにじみ出る気品は隠せない。

ソニアさんも感激した様子。

 

「すぐには無理だろうけど、お姉ちゃんの体調が落ち着いたら、同窓会をしましょうね」

 

「ならば第七支部に急がなければな。

ぼっちゃん、さあこちらへ。ステップにお気をつけて」

 

「やめろって!お前は俺の用心棒で、バスツアーの添乗員じゃねえ!

ちくしょう、いい年した大人ふたりで何やってんだ!」

 

どっと笑い声が上がると、みんなが乗ってきたバスに再び乗り込む。

それからの盛り上がりも凄かったわ。

走行中のバスを揺らすかのような歓声、再会した仲間達との語らい。

アタシ達はこれからの未来への期待に少しばかり有頂天になりながらも、

到着までの時間を過ごしていた。

 

「まさか無期懲役のボク達が5年で仮釈放されるなんて、人生で一番の幸運だよ。

揺り返しの不幸が怖いくらいさ」

 

「運なんかじゃないわ。みんなが耐えて、耐えて、過去と向き合い続けてきた必然よ」

 

「あっはっは!良いこと言うじゃねえか!相変わらずお前は喋りがうめえな!」

 

「褒めてくれるのは嬉しいけど、あまりバシバシ肩を叩かないでくれると嬉しいわ。

その辺、布がないから。

あと、大事なことが後回しになってたわね。……これでよし。日向君?」

 

あたしはスリープ状態のタブレットを起動して日向君に渡した。

 

「どうした?……あ、これは」

 

《また会えたね。元気だった?》

 

「七海!ああ、俺は元気だ。お前はどうしてた?寂しい思いをさせて済まなかった!

二度と会えないと思ってたが、これからはもうずっと一緒だ」

 

《寂しくはなかったよ?いつも江ノ島さんとお話ししてたから》

 

「そ、そうか。なら良かった」

 

「お話しというより、アタシの弱音を聞いてもらってたって言う方が正確だけど」

 

「なーに?見せつけてくれんじゃないの。“もうずっと一緒”だってさ」

 

「いや、小泉。これはつい、急な再会なあれで、言葉の綾っていうか……」

 

「いいじゃない。日向君と七海さんはもう婚約してるようなものなんだし。

アタシが用意したペアリングがその証拠~」

 

「江ノ島もやめろよ!」

 

「ええい、うるさい連中だ!5年経って少しは落ち着きを身に着けたかと思ったが、

お前らは相変わらずだな。わずかでも成長を期待した俺が馬鹿だった」

 

「豚足ちゃんは変わったよねー。まさかそんな素顔だったなんて。

髪もホントは黒なんだね。脂肪の風船みたいな身体はそのまんまだけど。プププ」

 

「しかし十神。お前さんも長い刑務所暮らしでよくその体型を維持できたもんじゃのう。

日々の労働、限られた食事。痩せておらんとおかしいはずじゃが」

 

「だから最後に頼れるのは脂肪と糖分だと主張している。

エネルギーを浪費せぬよう動線を分析し尽くした必要最小限の動きで作業をこなし、

食事は胃袋で完全に消化し1カロリーとて無駄にせず吸収する。

脂肪を吸着する食物繊維は敵だ。

このくらいの覚悟がなければ生存競争を勝ち抜けはしない」

 

《ふふっ、みんな変わってないね。またみんなの元気な顔が見られて、私も嬉しい。

戦刃さんが復帰したら、ゆっくりお話ししようね?これまでのこと、これからのこと。

私達には未来があるから》

 

「はいはーい!むくろちゃんの病院に着くまで、

一足先に唯吹の未来予想図を聞いて欲しいっす!」

 

元気よく手を挙げる澪田さん。

トゲトゲでカラフルな髪型は黒に戻って短く切りそろえられてるけど、

テンションの高さは5年前と同じ。

 

《澪田さんの未来って、やっぱり音楽なのかな?》

 

「当たり前だの上山真司っすよ!まあ、名前を変えて生きてくことになっちゃったから、

さすがに澪田唯吹としての歌が世に出ることはもうないんすけど……

それでも!歌だけは捨てられないっす!

どんなに小さなステージでも、路上ライブでも、覆面歌手として

地道に唯吹のソウルを発信していくつもりっすよ!」

 

「うげ、澪田おねぇの路上ライブって軽くテロのレベルじゃん……」

 

「ぼくの夢は花村食堂の青山支店かな。

麻布支店の方は青山が軌道に乗ってから考えるよ。

実はぼく、刑務所でも炊事係を任されてたから料理の腕は鈍ってないつもりさ。

ここで大事な話があるんだけど、

たまに食事のデザートにフルーツが出ることがあったんだよね。

そこで果物を切っていると、江ノ島さんの夕張メロンを思い出して

心とか色んな所が熱くなって、刑務所生活を耐え忍ぶことができたんだ。

うう…ありがとう江ノ島さん!」

 

「すごく嬉しくない感謝に涙が出そうだわ」

 

「最っ低!何が大事な話よ!

無期懲役くらっても塀の中でそんな事考えてたとか信じらんない!

あんただけ終身刑になればよかったのに!」

 

また車内に笑いが満ちる。その時のアタシはこの上なく幸せだった。

 

《GPSの信号だよ。もうすぐ第七支部に到着する。

江ノ島さん。戦刃さんが目を覚ましたって連絡があった。心の準備をしておいてね》

 

「お姉ちゃんが!?ちょっと待って、初めになんて話せばいいのかしら……」

 

「えと…まずは身体をいたわってあげてはどうでしょうか?

5年も寝たきりだったわけですし。

ああ!私の考えなんて無視してくれて構いませんからぁ!」

 

「いや、アタシも蜜柑ちゃんに賛成。

とにかく最初にむくろちゃんと話すのは盾子ちゃんだからね?」

 

「確か、彼女は元希望の戦士達とバーチャル空間で共同生活を送っていたんだよね?

その間、ボク達は彼らに今の世界の現状を直に伝えようよ。見たままの事実をね」

 

「ワシらも刑務所から出た頃には、外の変わりように驚いたもんじゃからのう。

よく5年でここまで日本が復興できたもんじゃ」

 

バスが大きく右折して、20階建てのオフィスビルの正門へ向かう。

ゲートで一旦運転手が身分証を警備員に提示すると、ゲートバーが上がり、

ついにバスが第七支部の敷地内に入った。

 

運転手は慣れたハンドルさばきで大型バスを駐車場に停める。

アタシの鼓動が徐々に速まる。このビルの地下に、お姉ちゃんがいるのね。

停車してドアが開き、バスを降りると、

既に第七支部の局員が待機していてアタシ達を出迎えてくれた。

 

「ようこそお越しくださいました。お姉様はこちらに」

 

「今日は…よろしく、お願いします。姉がお世話になっています」

 

若干ぎこちなく挨拶をすると、局員について黙って進みだした。

期待と緊張からか、みんなも無言で歩く。

第七支部のエントランスに入り、地下階へのスロープを下りる。

スロープの先は、病院と変わらない区画になっていた。

 

ビニール材の床に、クリーム色で統一された壁材。廊下の両脇に並ぶ病室。

更に奥に進むと、突き当り一面が大きなドアになった特別な病室に着いた。

 

「こちらがセラピールームです。中でお姉様がお待ちです」

 

「……はい」

 

局員がカードリーダーにIDカードをかざすと、

その広いドアがスライドし、中の特殊な光景を顕にした。

中央にデスクトップパソコンの本体程度の機械と、そこから伸びる複数のケーブル。

それらはヘッドギアと繋がっていて、ステンレスのテーブルに並んでいる。

 

西側にカーテン付きのベッドが6台。

東側には一人がけのソファがたくさん配置された休憩スペースになっていた。

そこには入院着を着て雑誌を読む一人の女性。背を向けているけど、間違いないわ。

汗ばむ手を握り、彼女に近づき、そっと声を掛けた。

 

「……お姉ちゃん」

 

はっと振り向いた黒のショートカット。かすかに散ったそばかす。見間違うはずもない。

 

「お姉ちゃん!」

 

「盾子ちゃん!」

 

考える前に姉を抱きしめていた。お姉ちゃんも雑誌を放り出してアタシの背に手を回す。

 

「よかった……帰ってきてくれて、ありがとう!」

 

「うん、やっと盾子ちゃんと言葉を交わせるようになったんだよ。

時々、お見舞いに来てくれてたんだよね。看護師さんから聞いた。

待たせちゃって、ごめんね」

 

「お姉ちゃん……お姉ちゃん。なんて言っていいか、やっぱりわからない。

こんなに嬉しいのに、何も言葉が出ないの」

 

「私も、だよ。

罪の意識と決別できて、盾子ちゃんと会う心構えもできてたと思ってたのに、

どうしていいのかわからないや。ふふ」

 

「お願い。しばらく、少しの間こうしてて……」

 

「大丈夫。もう放さない。一人になんてしないから」

 

熱い涙をこらえきれず、声もなくただ頬を濡らす。

アタシは5年分の空白を埋めるように、

本物以上に本物の偽物の姉の温もりをずっと身体で感じていた。

 

 

 

 

 

そうしている間、みんなはバスで話していたように

アタシ達を二人きりにしていてくれた。

今、場所を移して全員面会室にいる。全員が座れるほどの広めの部屋。

 

「あ、あの…しばらく、自由に、喋って……ね」

 

人見知りを克服した月光ヶ原さんが退室した。

ジャバウォック島チームと元希望の戦士チームが、あえて入り乱れるように座っている。

自由に、とは言われたけど、

アタシ達は少年少女に世界の現状について教えるよう指示されている。

少しばかりの嘘を交えながら。

 

「ねえ、むくろお姉ちゃん。この人達だあれ?」

 

緑色の髪をした少女が、明るい笑顔でアタシ達を眺める。

 

「私の大切な人達。今から大事な話をしてくれる。

私達が入院してた間、いろんな事があったの」

 

「姉さん、その前に皆さんを紹介してくれないかな。はじめまして、僕は新月渚です」

 

「ぼ、ボクちんは煙蛇太郎っていうんだ」

 

「空木言子と申します。よろしくお願いしますね」

 

「オレっちは大門大っす!」

 

「モナカは、戦刃モナカだよ!よろしくね~」

 

後で教えてもらったことだけど、

特に絶望の江ノ島盾子に心酔していたモナカちゃんの意識は、

希望更生プログラムVer3.21内で

唯一お姉ちゃんと血が繋がってるという設定に書き換えられたらしい。

 

他の子達も、凄惨な虐待を受けて育った記憶や、

塔和シティーで行った虐殺行為に関する記憶を改変されて、

お姉ちゃんと緑豊かな田舎町で育ったというシナリオを上書きされた。

もちろんこれはアタシ達だけが知る最高機密だけど、

それでも生涯を未来機関や【武装警察隊】の監視下で過ごさなきゃいけない。

 

アタシは、せめて精一杯の笑顔で彼らに話しかけた。

 

「はじめまして。アタシは、戦刃盾子って言うの。むくろお姉ちゃんの妹」

 

「あひ~!むくろお姉ちゃんの妹!?えへへ、きれいな人だなー」

 

「うふふ。ありがとね、蛇太郎君」

 

「話には聞いていましたけど、実際お会いするのは初めてですわね」

 

「それじゃあ、あなたはモナカのお姉ちゃん!?

わーい!これからも会いに来てくれる?

モナカ達、もう少し入院が必要だって先生が言ってたから」

 

「もちろんよ。必ず来るわ」

 

「まずは、君たちが知るべきことを伝えたいんだけど、いいか?」

 

日向君が本題を始める。

 

「ごめんなさい、つい話し込んじゃって」

 

そして、彼が元希望の戦士達に、人類史上最大最悪の絶望的事件の経緯、

それに伴う文明社会の崩壊、復興の兆しは見えるものの、

まだ地球規模の破壊から完全に立ち直れてはいないことを丁寧に説明した。

 

「そんな!僕達が事故で意識を失っているうちにそんな事になっていたなんて……」

 

「本当なんだ。これを見て欲しい」

 

タブレットの画面を操作し、日向君が新月君達に外の様子の画像を見せた。

人が住めるようにはなったけど、

確実に文明が後退した急ごしらえのコンクリートむき出しの低階層ビルが並ぶ街並み。

 

「ここもかつては大企業のオフィスビルが林立する不夜城だった。

それが今となっては、地方都市レベルにまで経済的水準が落ち込んだ。

だけどこれでも大分マシになった方なんだ。

5年前まではただ瓦礫が転がるだけの荒野だったからな」

 

「なんてことですの……」

 

「ボクちんの田舎とは違う感じの田舎だよ~」

 

「ああ。日本はもう先進国なんかじゃない。

というより、この世界から先進国なんてものが消えてなくなったんだ。

どの国もどうにかその日を生き延びながら、崩れ去った文明を少しずつ積み直して、

過去の明るい暮らしを取り戻そうと必死なんだよ」

 

「……なるほど、外の状況はよくわかりました。

僕達もここを出たら厳しい環境で生きなければいけないということなんですね?」

 

「そういう事なんだ。でも安心していい。

未来機関が君達の教育機関や住居を用意してくれる。

路頭に迷うことはないから大丈夫だ」

 

「あ、あの……ボクちんが昔住んでた町に戻ることはできないかな~って

夢を見たりするんだ。むくろお姉ちゃんと過ごした、あの家に」

 

「オレもそれがいい!勉強しながら、また姉ちゃんが作った野菜を食べたりしてさ!」

 

“あの町”は希望更生プログラムVer3.21のバーチャル空間のことね。

 

「気の毒だが、それはできない。

君達の故郷も、あの事件で徹底的に破壊されてしまった。

詳しくは、知らないほうがいい」

 

緊張して話を聞いていた新月君が、一度長い息を吐いて、また言葉を紡ぐ。

 

「そうだったんですね……色々教えてくれて、ありがとうございます。

でも、どうしてあなた達が?月光ヶ原先生が話してくれなかったのは何故でしょう」

 

「俺達も希望ヶ峰学園の卒業生なんだ。

高等部に進むはずだった君達の力になれるかもしれないと思って、会いたくなった」

 

「お心遣いに感謝致しますわ。でも、私達は平気です。むくろお姉様がいますから」

 

「ふふ、頼りにされてるのね、お姉ちゃん」

 

「そ、そんなこと、ないよ」

 

謙遜しつつ少し照れて顔を朱に染める。

 

「でもでも、モナカ達にもうひとりお姉ちゃんがいたなんて嬉しいなー」

 

「うん、これには僕も驚いてるし、嬉しい。

……むくろ姉さんと同じく、頼りにしても、いいですか?」

 

「もちろんよ!アタシ達ってちょっと家の事情が複雑で、

君達がお姉ちゃんと一緒にいてくれたことを知らなかったの。

みんなのおかげでお姉ちゃんも寂しい思いをせずに済んだわ。ありがとうね?」

 

「うふっ、こちらこそ」

 

言子ちゃんがこっちを向いている隙に、日向君が目配せをする。

おしゃべりはここまでね。

 

「あらいけない。お姉ちゃん、アタシ達もうすぐ帰らなきゃ。

その前に今後のこと、話しときたいんだけど、ちょっといいかしら」

 

「そうだね。みんな、悪いけど少し席を外すね。お兄さんやお姉さん達とお話ししてて」

 

「オッス!」

 

事前に打ち合わせておいた通り、アタシとお姉ちゃんは部屋から出て、

人気のないスペースを探す。

そして、人がいないところに隠れると、

どちらからともなく、抱きしめ合ってキスをした。

ちょっとだけ家族愛を超えた、恥ずかしくなるくらい濃いものを。

 

「んっ……お姉ちゃん」

 

「あむ、盾子ちゃん……」

 

胸に宿った5年の虚しさを消し去るには言葉だけじゃ足りない。

もっとスキンシップが欲しい。自然に腕の力が増す。

アタシ達はしばらく互いを温め合うと、そっと身体を放した。

 

「あはは…つい勢いでやっちゃったけど、やっぱり照れるわね」

 

「いいじゃない。私達、やっと会えたんだから」

 

「ちょっと大胆になったんじゃない?」

 

「盾子ちゃんだって」

 

「うふふ、それもそうね。……それじゃあ、二人共気が済んだところで、本題」

 

今度こそ元希望の戦士達の記憶に関する情報共有や、口裏合わせについて確認した後、

アタシ達は面会室に戻った。

 

 

 

 

 

その後は堅苦しい会議は抜きにして全員で交流会。

新月君達と、後輩ができた嬉しさでテンションが上りきってるみんなで

喋りっぱなしだった。

だけど楽しい時間はあっという間に過ぎて、夜時間が近くなったところでお開き。

お姉ちゃん達がエントランスまで見送りに来てくれた。

 

「第十四支部だっけ。本調子になったらみんなと遊びに行くね」

 

「楽しみにしてる。もうひとりぼっちじゃないから、アタシのことは心配しないで。

焦らないでリハビリを進めてね」

 

「みんなでお散歩することから始めようと思う。それじゃあ……また今度ね」

 

「うん。必ず、また今度」

 

「盾子姉さん。今日は見舞いに来てくれてありがとう」

 

「次はモナカが育てたプチトマト食べさせてあげるね!

むくろお姉ちゃんに教えてもらったの!」

 

「再会を楽しみにしておりますわ。まだまだ話し足りませんし」

 

「兄ちゃん姉ちゃんもスゲー人ばっかりで憧れちまうな!

オレっちも高校生になったらどんな才能が出てくるのか楽しみになってきたぜ!」

 

「あなた達も無理はしないでね。アタシ達はいつでも歓迎するから」

 

本物の家族のように寄り添うお姉ちゃんと子供達に手を振って、またバスに乗り込んだ。

第十四支部に帰るの。みんなと一緒に。もう個室に引きこもる生き方とはお別れ。

アタシ達には明るい未来が待っている。

目指す方向は違っても、確かな絆で繋がっている。

 

だからどんな困難にもくじけはしない。バスが動き出すと、なんとなく空を見る。

まだ薄赤い雲のせいでおぼろげだけど、月の形が識別できる。

アタシの胸には期待しかなかった。

 

実際それからの生活は幸せだった。刑期を終えたみんなも第十四支部に缶詰じゃなくて、

名前を変えた上で、外出もその都度申請すれば認められるようになったことも大きい。

未来機関の局員見習いという建前で、住居と職場を与えられたみんなの目は輝いている。

そんな仲間達と過ごした日々を思い出す。

 

 

 

「ねえ日寄子ちゃん、そろそろ放してくれると嬉しいんだけど……」

「やだ!5年もおねぇの香りを嗅いでなかったんだから、その分、回収してんだよー」

「小泉さんからも説得プリーズ」

「許してあげなよ。刑務所でもずっと盾子ちゃんのことばかり考えてたんだから。

はい、こっち向いて。3、2、1、スマイル~!」

「写真撮ってないで助けてほしいのだけど。

小泉さんが来る1時間前からこの調子なのよ?」

 

 

 

「心して聞け。一国一城の主となるからには、情報が命だ。

いくら料理の腕が良かろうが緻密な戦略なくして店を繁盛させることはできない」

「う、うん!ぼくの店に必要な情報って何かな?」

「あら、花村君に十神君。ごきげんよう。何をしてるの?」

「おはよう江ノ島さん!ちょっと気が早いけど、花村食堂青山支店を開きたくって

十神君にアドバイスしてもらってるんだ。

お母ちゃんの味を広めるために、小さくても定食屋からスタートしようと思ってさ」

「それは心強いわね。見通しは立ちそう?」

「経営者としてはまだまだだ。まず物件の選び方が甘い。

お前が見つけた居抜き物件は一見立地が良さそうだが自動車が入りにくく客が敬遠する。

価格設定も損益分岐点のバランスを理解できていない。

客寄せの薄利商品と利益重視の低コスト商品の割合を考え直すべきだ。

そして何よりメニューに肉類が足りていない」

「あはは…とても参考になりま~す」

「未来機関の給料って正直渋いからその辺も考慮してあげてね?」

 

 

 

「田中君……誰に手を合わせてるの?」

「サンD、マガG、ジャンP、チャンP。獄死した破壊神暗黒四天王を弔っている」

「……そう。いつかハムちゃん撫でさせてほしかったんだけど、お気の毒にね」

「しかぁし!!彼らは輪廻の輪から外れ生死を超越せし者達!

現世での偽りの姿を脱ぎ捨て、

今頃は冥界の覇者として君臨しているであろう!フハハハ!」

「そうね。きっと天国で幸せに暮らしてるわ」

「その証拠に!破壊神暗黒四天王が地上に新たな邪神を遣わした。見よ!」

(チュチュッ)

「ネズミ?この子はどうしたの?」

「フッ、この禍々しき姿に恐れ慄くのも無理はない。

俺様がメタトロンの腕に囚われ永劫の時を過ごしていたとき、

天空を這いずり降臨した新時代の破壊神なのだ!」

「刑務所で出会ったネズミをペットにしたのね。かわいがってあげてちょうだいね」

 

 

 

「ペコ、お前の周りはどうだった」

「残念ながら、九頭竜組に相応しい人材はおりませんでした」

「こっちもだ。骨のある奴がいやしねえ」

「辺古山さーん、九頭竜くーん、なーにしてるのー?」

「……ペコ」

「承知しております」

「ふぅ、なんだか秘密の内緒話してるみたいだったから思わず声かけちゃった……って

何するの!?」

「やっぱおめえしかいねえよなぁ!

舎弟とは言わねえ、将来の若頭として鍛えてやるからよ!」

「うむうむ。お前が一緒なら、九頭竜組も安泰だろう」

「言ってる意味がわかんない!お願いだから腕放してー!」

 

 

 

「お茶が自販機のコーヒーでも、こうしてまったりする時間は大事よね~」

「ああ、刑務所だろうと仕事だろうと、息抜きは欠かせないからな」

「日向君と狛枝君は、向こうでどんな仕事してたの?」

「ボクは片腕だから内職みたいな作業が中心だったよ。

アクセサリーを小袋に詰めたり、他の人が作った商品を検品したり」

「俺はジャバウォック島と大して変わらなかったな。

鉱山でツルハシを振るときもあれば、畑の世話をしていたこともあったな。

とにかくその時の需要で各地を転々としてた」

「大変だったんだ……アタシって駄目ね。みんなが辛い労働に耐えてる時も、

あの時もらった色紙を抱いてメソメソしてたんだから」

「……ずいぶん、待たせてしまったな」

「江ノ島さん。それはもう終わったんだよ。ボク達には希望しかない。

少し回り道をしたけど、ようやく夢見た未来にたどり着いたんだ」

「ありがとう。その通りね。アタシ達には自由と希望がある。

もう誰も絶望しなくて済む未来を手に入れた。そうよ、そうよね」

 

 

 

「あーイテテ。久しぶりにオッサンのトレーニング受けたら足痛めちまったよ。

やっぱ単純作業ばっかしてたから身体が固くなってるぜ」

「すまん、終里。マネージャーのワシとしたことが。

ワシも檻の中で過ごすうちに勘が鈍ってしまったらしい」

「動かないでくださいね。

……う~ん、肉離れとかじゃないですけど、急に筋肉を伸ばしすぎたみたいです。

湿布を貼りますから、後は安静にしててください」

「サンキュー罪木。お前ってやっぱ気弱なのにいざという時頼りになるな。

その辺、江ノ島と似てるとこあるぜ」

「おう。そう言えばそうじゃのう」

「そっ、そんな!私なんかが江ノ島さんと同じだなんて……」

「こ~ら、“なんか”は禁止。いつか狛枝君にも言ったわよね」

「あ、江ノ島さん!」

「こんにちは。みんな何してるの?」

「棒高跳びのデモンストレーションで張り切り過ぎちまった。足痛めてこのザマだよ」

「それを罪木が手当してくれたというわけじゃ」

「彼女が診てくれたなら一安心ね。

罪木さんの手当って、心がこもってるから精神的にも癒やされるでしょう?」

「え、へへ。そこまで言われると照れちゃいますよぅ~」

「いーや。お前が包帯巻いてくれると、

いい感じで締め付けてくれるからなんか気持ちいいんだ。

こりゃお前にしかできねえよ。もっと自身持てって」

「終里さん……はい、とっても嬉しいです」

 

 

 

「今度の歌はどうっすか、千秋ちゃん」

《わざとやってるみたいに、人間にとって不快な周波数がサビで繰り返されてるよ?

私も思わずミュートにしちゃった》

「ガーン!自信作だったんすけどねぇ。

“ハ○キルーペがCMやりまくる理由を探ってた知人が消された”」

「こんにちは。歌の調子はどう?」

「盾子ちゃん……指で耳栓しながらそれはないっす~」

「ごめんごめん、やっぱりアタシには刺激が強すぎて。これでも飲んで少し休んで」

「ミネラルウォーター?ありがたいっす!ずっと歌いっぱで喉渇いてたんすよね」

「七海さん、彼女の歌はどう?

霧切さんからあなたのOKが出るまで路上ライブ禁止だって聞いたんだけど」

《はっきり言うね?昔の澪田さんを覚えてる人なら、覆面してても無駄なレベル。

……ごめんね?》

「んぎぎ!なら次は全く別のアプローチを試してみるっす!」

「どんなアプローチかはわからないけど、

オーディエンスが受け止めきれるレベルに抑えることも必要だと思うの」

《そうだね。澪田さんの歌を音の波形にして横にラインを引いてみたよ。

このラインを超えるとゲームオーバーだから、

気をつけながら歌うとちょうど良くなるんじゃないかな?》

「んぁー!こんなの全然ロックじゃないっす。

“ぞうさん”の方がまだ盛り上がるっすよ」

「ぞうさんって。澪田さんの感性に時代が追いつくのはもう少し先になりそうね」

 

 

 

「……江ノ島、ちょっと聞いて欲しいことがあんだけどよー」

「なあに、左右田君。改まって」

「実はオレ、ソニアさんにプロポーズしたんだ……」

「すごいじゃない!で、返事は?」

「それがな……オッケーもらったんだよ!いよっしゃぁー!!」

「フフフ、男見せたわね。これでカップルは二組目か~」

「ちゃんと指輪も渡したぜ。まあ、オレが金属パーツで作ったダセーもんなんだけど、

それでも喜んで受け取ってくれたんだ。ソニアさんマジ天使だろ!」

「のろけちゃって、このこの~」

「よせよ、からかうなって!……まあでも、実際江ノ島のおかげだよな。

オレがバカな死に方しようとしてたのを止めてくれたのも、

ソニアさんと引き合わせてくれたのも、全部お前のおかげだと思ってる。

……ありがとうな」

「ううん。左右田君の覚悟が、あなたを変えたの。おめでとう、立派なナイトさん。

お姫様を、大事にね」

「ああ。一生大切にするぜ」

 

 

 

 

 

みんなそうだった。みんな最後にはそう言ってくれた。“お前のおかげだ”。

そしてあの日、何かが変わった。

 

 

 

 

 

「霧切さん。これ、幹部級局員の、血液検査結果。機密情報、だから、気をつけて」

 

「わざわざ第四支部からお疲れ様、忌村さん。

でも、第九支部の支部長が糖分の取りすぎだの、第六支部長の血圧が高めだの、

本人にメールで忠告すれば良いものを文書にして

あなたに持って来させる必要性がわからないわね。

今度の定例会議でこの無駄な作業を廃止するよう提案してみるわ」

 

「別に、いい。私、そんな、忙しくないから」

 

1階ロビーの休憩室でアイスコーヒーを飲みながら、

エントランスホールで霧切さんと話す誰かをぼんやりと眺める。

二言三言会話をしてから客人と別れると、霧切さんがアタシに気づいて歩いてきた。

 

「困ったものね。まだ5年前の感覚で任務を続けている人が多いみたい。

確かにあの頃は徹底的な機密保護が絶対だったけど、今はもうそんな時代じゃない。

絶望の残党がほぼ全滅した今は、

スムーズな情報伝達と速やかな決断が優先される時代なのに」

 

「……十神君みたいなこと言うのね」

 

霧切さんはクスリと笑い、アタシの隣に座った。

 

「言われてみればそうね。気が付かなかったわ。

小言が出るってことは、私ももう若くないってことかしら」

 

「お互い歳を取ったわね」

 

「絶望との戦いに何年費やしたのかしら。

こうして雑務に愚痴をこぼす余裕ができるなんて思っても見なかった」

 

「余裕ができたなら、あなたも女性らしい幸せを探してみたら?例えば……苗木君とか」

 

「前向きに検討しておきます」

 

「検討するのはいいけど、

今のうちにツバつけとかないと誰かに取られちゃうかも。うふふ」

 

「余計なお世話。そろそろ仕事に戻らなきゃ。じゃあね」

 

「もう少し付き合ってくれてもいいのに。午後のお仕事頑張ってね~」

 

オフィスに向かう霧切さんの背中に手を振ると、やることがなくなったアタシは、

腰のホルスターからタブレットを取り出して起動した。特に調べ物があるわけじゃない。

天気予報やニュースで暇つぶしがしたかっただけ。

 

復活した大手ポータルサイトにアクセスする。

今日の天気は晴れのち曇り。酸性雨注意度は1。肌の露出は控えましょう。

なるほどなるほど。

それからトップニュースをざっと眺める。興味深いものから流し読み。

時々画面をスライドする指を止めて、気になる部分は熟読。

 

しばらく時間を過ごしたら、アタシは席を立った。……もう行かなきゃ。

 

部屋に戻ったら、片付けを始めた。服を畳んでチェストにしまう。

机や床もきれいに掃除して、ゴミ箱のゴミはダストシュートへ。

ベッドのシーツを四つ折りにして丁寧にしわを伸ばす。

あとは、タブレットのホルスターを机に置いて、準備完了。

机の隅に立てたみんなの寄せ書きが目に入ったけど……

そのままにしてアタシは部屋を出た。

ありがとう、さようなら。

 

 

 

 

 

……あれから1年。ぐるぐると回る意識の中で、見たこともない奴らの笑顔が去来する。

 

“江ノ島のおかげだよ”

 

“江ノ島おねぇ、ありがとう!”

 

“やはりお前さんがいないと始まらんのう!”

 

“江ノ島、全部お前のおかげだ”

 

“あなたがいてくれたから”

 

“キミのおかげさ!”

 

 

 

絶望の残党がいなくなったのも、

彼らの償いが無事一段落を迎えたのも、

世界が蘇りつつあるのも、全部アタシのおかげ。アタシの、アタシの、アタシの。

 

そう。全部、アタシのせいだ。

 

 

 

断片的な記憶の中で、それだけは鮮明に覚えている。

思い出すのが怖い。だから酒に逃げる。

手の中で弄ぶウィスキーのグラスに、やつれた女の顔が映る。おぞましい化け物。

髪はボサボサ、ガサガサの肌、ルージュも引いていないひび割れた唇。

ダッフルコートを着たまま深酒を続けるアタシを、

マスターが内心迷惑そうに視界の端に入れている。

 

「んあ?なに見てんのよ」

 

「……いえ」

 

「ふん」

 

雲に浮かぶような感覚の中、ラジオが流し続ける音楽やニュースをただ耳に入れる。

 

“お送りしたナンバーは、奥村チヨの「終着駅」でした。リクエストを頂いた……”

 

“連続不審死に新たな展開です。

新宿区の無職、荒山浩司さんが自宅で死亡しているところを家族に発見されました。

遺体に外傷はなく、警察は事件と事故の両面で……”

 

アタシはグラスに残ったウィスキーを一気に流し込み、グラスをマスターに押し付けた。

 

「もう一杯」

 

「今夜はその辺にしときましょう」

 

「客が出せって言ってるの。聞こえなかった!?」

 

「お静かに。手洗い場で鏡を見たほうがいいです。顔が真っ赤ですよ」

 

「耳が聞こえないの?タコ助。

注げって言われたら注ぎなさいよ!あんたの仕事でしょうが!」

 

「……俺だから聞いてやってるがな、まだ大声出すなら武装警察隊に突き出すぞ。

とっとと勘定済ませて俺の店から出てけ。飲んだくれのクソ女が」

 

「いい度胸してるわねぇ!そのハゲ頭ぶち割って……」

 

カッとなって手近なボトルに手を伸ばそうとすると、

カランカランとドアのベルが鳴り、一人の客が入ってきた。変なやつ。

そいつはスタスタと店内を進むとアタシの隣に座った。

右手に火傷の跡。真っ白なスーツに、白髪か生まれつきか脱色してるのかわかんない頭。

 

「いらっしゃいませ……」

 

「ジョニーウォーカー。ロックで」

 

「かしこまりました」

 

マスターがトンチキ野郎に酒を出すと、

そいつは一口飲んでこちらを見ずに話しかけてきた。

 

「ずいぶん手こずらせてくれたな。

素性が素性だから公開捜査に乗り出すことも出来なかった」

 

「あんた誰。優男は趣味じゃないの。消えて。……マスター、酒は!」

 

「いくら待っても出ねえよ」

 

「主人、もう一杯だけ飲ませてやってくれ。俺が責任を持って連れて帰る」

 

「それでしたら……」

 

ハゲのくせに気取ったマスターがようやくウィスキーのおかわりを出した。

ゴクゴク飲むと舌から食道にかけて焼けるような熱さが走る。

アタシの幸せは、酒しかない。

 

「もう少し味わったらどうだ」

 

「アタシに指図するつもり?世界を救ってやったこのアタシに!」

 

「いつか一緒に酒でも、と思っていたが……ひどい絡み酒だ。最初で最後にしたい」

 

「本当に誰、あんた。酒の礼に少しだけ話を聞いてやってもいいわ」

 

「何もかもアルコールで消し去ってしまったのか?

宗方京助の名を忘れたとは言わせんぞ」

 

「残念ね。1年より前からは何から何までパッパラパーよ。

ねえ、その酒飲まないならくれない?」

 

「帰るぞ。お前を待つ者達のところへ」

 

「痛い!腕引っ張らないで!誰かー!変な人に拐われる!」

 

「主人、勘定をここに置く。釣りは不要だ」

 

「ありがとうございました」

 

白ずくめの変態野郎が万札をカウンターに置き、アタシを無理矢理店の外に連れ出した。

冷たい夜風が吹き付けてきて凍えるような寒さに震える。

 

「どういうつもり!?まさかアタシを……」

 

「希望ヶ峰学園」

 

「えっ?」

 

意味不明な言葉が頭に引っかかる。

 

「ジャバウォック島」

 

「つっ、痛い!」

 

今度は針が脳を貫通するような頭痛。

 

「……超高校級の、女神」

 

「んん、うあああっ!!」

 

時間の感覚を司る脳の部位がハンドミキサーでかき回されるように、

アタシの記憶がシャッフルされる。吐くまで飲んだ時より最悪な気分。

目を閉じていても暗い視界がぐるぐる回る。

 

……気がついたら、アタシはその場にしゃがみこんで、頭を抱えていた。

だけど、もう思考だけは落ち着いている。酒の酔いは残ってるけど。

思い出した。過去の自分、今の自分。アタシの正体は。

 

「江ノ島盾子、乗れ。帰るんだ」

 

アタシは何も言わずに、千鳥足で黒のBMWに乗り込んだ。

 

 

 

 

 

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1.武装警察隊

 

江ノ島盾子の“超高校級の女神”発動以後に組織された、

従来の警察に代わる新規の治安維持組織。

人類が絶望から解き放たれ、インフラの再生は進んだものの、

壊滅状態に陥ったままの警察に治安を守ることができず凶悪犯罪が増加。

それを受けて逼迫する状況に対応すべく暫定政府が結成。

“自衛隊を補佐する新たな正義”をスローガンに、足りない人員を装備で補うべく、

強力な重火器で武装した警官がツーマンセルで広範囲をカバーする。

結果、大容量の大型マガジンを備えた自動式拳銃とアサルトライフルを構えた警察官が

市街地を警らすることとなり、街の雰囲気は物々しいものになっている。

 

 

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