江ノ島盾子にされてしまったコミュ障の悲哀【完結】   作:焼き鳥タレ派

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第2章 希望の値打ち

江ノ島盾子発見。

その知らせを聞いたオレ達は、全員で霧切に頼み込んで、

最先端医療技術が集まる第四支部への立ち入りを許可してもらうよう

手を回してもらった。

 

CTスキャンや脳波測定機が集中する検査室を、

大学病院の手術室にある見学スペースのような高所から眺める。

強化ガラス越しに見たのは、変わり果てたあいつ。

 

ゆらゆらと今にも転びそうな歩調で歩き、やせ細って、目に大きな隈が出来た顔で、

ぼんやりとした目つきで頭を揺らす。

江ノ島は、ただベルトコンベアの上で加工される電子製品ように、

なにかの検査を受け続ける。今は医師の問診中。

 

“彼女の血液検査の結果は?”

 

“殆どの項目で基準値を大幅に外れています。

特にγ-GTPの値が高く、栄養失調の兆候も見られます”

 

“江ノ島さん、食事は毎日食べていましたか?”

 

“ん~、ええと……気が向いた時に”

 

“具体的にはどんな物を摂取していたんでしょう”

 

“酒とつまみ。多分”

 

“ふむ……アルコール依存も疑った方がいいですね。お酒は、やめてください”

 

“いやあ!酒がなくなったら、何のために生きればいいのよぉ!!あああ!”

 

“江ノ島さん?落ち着いて、江ノ島さん!?係員、彼女を抑えなさい!”

 

スピーカーから内部で争う声が聞こえてくる。

皆が言葉を失った。失踪してから1年。生存を信じて待ち続けた結果がこれだ。

かつてオレ達を許し、更には希望を与え、世界すら救った超高校級の女神の成れの果て。

握った拳のやり場がなく、気がついたら眼下の景色を殴っていた。

 

「ちくしょう!!」

 

割れはしなかったものの、強化ガラスの揺れで下にいる局員達が驚いてオレを見る。

そしてあいつもオレに気づき、薄笑いを浮かべて弱々しく手を振ってきた。

 

「……彼女と、話を?」

 

立会人の医師がピンマイクを渡してきた。

オレは飛びつくように受け取ると、小さなマイクに叫んだ。

 

「江ノ島ァ!そんなとこで何やってんだ!今までどこで何してた!?」

 

“あらぁ、左右田君じゃなぁい。元気してた?ソニアさんとはもう一発ヤッたの?ヒヒ”

 

「ざけんな!オレもソニアも、お前を結婚式に迎えたくて、ずっと待ってたんだ!

オレだけじゃねえ、他のやつらも十四支部の敷地外に住むことが認められたって、

お前の帰りを信じて待ってた!あのビルの狭い部屋ん中で!」

 

「和一さん、貸してください」

 

ソニアが俺の手からピンマイクを受け取る。

ちょうどよかった。歯を食いしばるオレの口からはこれ以上言葉が出なかったから。

 

「江ノ島さん、聞こえますか?ソニアです」

 

“ソニアさんもおひさ~。あなたっていくつになっても美人よね。

まぁ、ダンガンロンパにブスなんて出やしないんだけど。

かわいい女の子が大きな売りなんだしさ。

大神さんだって例外じゃないわ。鍛えすぎてるだけで顔のパーツは整ってる。

あら、アタシったらなんでここにいるのかしら”

 

「……今、ここで多くは聞きません。

しっかりと治療を受けて、元気な江ノ島さんに戻ってください」

 

“なんで?”

 

「そんな生き方をしていると、必ず命を落とします。

もしそうなったら、わたくし達は……また絶望に飲み込まれてしまうんです!

お願いします。お酒とはきっぱり縁を切って、健康な身体を取り戻して下さい」

 

“どうしてそんなイジワル言うのぉ……?

お酒がないと生きられないのに、先生もみんなも、お酒を取り上げようとする!

もうやだ、誰かたすけてよぉ!うっ、あああ!あああん!”

 

「泣かないでください、江ノ島さん!またわたくし達と暮らしましょう!

そうすればきっと!」

 

「精神状態も不安定なようですな。回復には時間がかかるでしょう」

 

無表情で医師が告げる。またピンマイクが誰かの手に渡る。

きれいに剃り込みを入れ、ハリのあるスーツを着た男、九頭竜がマイクに怒鳴る。

 

「馬鹿やってねえでとっとと出ろや!!組のモンなら指の一本じゃ済まさねえ!

さっさとこいつらの前に出て落とし前つけやがれ!」

 

「組長、落ち着いてください……」

 

「無理だな!あいつを見てるとムカついてしょうがねえや!……くそったれめ!」

 

九頭竜がくずかごを足蹴にする。そうだ、オレだって腹が立って仕方ない。

オレ達に何も言わずに消えちまった江ノ島。自分を殺すような生き方をする江ノ島。

そして何もわからず、何もできないオレ達自身に。

 

“行きたくな~い。九頭竜君に叩かれるぅ”

 

“心配しないで。少し気が立っているだけです。

検査は以上ですので、着替えて皆さんに会いに行って下さい”

 

 

 

 

 

更衣室に戻ると、薄っぺらい浴衣のような入院着から私服に着替えた。

流石にいい歳して、もう超高校級のギャルだったころの服は着られない。

緑のロングスカートに白のブラウス。

江ノ島盾子からあの服を奪ったら、一体アタシに何が残るのかしらね。

ダッフルコートを羽織ると、部屋を出て待合室に向かった。

飲んでもいないのに、微妙に足元がふらつく。

 

円形に並んだソファがあちこちに配置されている広い空間。

足を踏み入れると、元超高校級児達がざわっとなってアタシを見る。

彼らを眺めて何を言おうか考えていると、

誰かがつかつかと歩み寄ってきて、アタシの頬を張った。

鋭い小さな痛みと、よく通る音が、半分寝ている脳を刺激した。

 

「……なにするの」

 

「それはこっちの台詞よ!アタシや日寄子ちゃんに黙って出ていって、1年間酒浸り!?

とにかく日寄子ちゃんに謝って!

盾子ちゃんがいなくなってからずっと心細くて落ち込んでたんだから!」

 

小泉さんが指差した先には、泣きじゃくる日寄子ちゃん。

彼女があふれる涙を拭いながらこっちに歩いてきた。泣きながらアタシに問いかける。

 

「えうう…小泉おねぇ、やめようよ。

江ノ島おねぇ、聞かせてよ。ぐすっ、どうして、わたし達を見捨てたの?

わたし達が嫌になったの?そんなになるまで、今までどこにいたの?」

 

そして、すがるようにアタシに抱きついてきた。

 

「……日寄子ちゃん。最後の質問には答えられないけど、

あなたを見捨てたわけじゃないし、嫌いになったわけでもない。

強いて言えば…自分が嫌いになったのよ」

 

「わかんないよ……おねぇの何が不満だってのさ」

 

「言えない」

 

「いいえ、答えてもらうわよ。自分がどれだけ迷惑をかけたかわかってるの?」

 

彼らのそばで控えていた霧切響子が硬い口調で告げた。

 

「アタシなんかに構ってるからそうなるのよ。

ただでさえワケありのみんなが大事な20代の大半を使っちゃったのに、

昔の女を追いかけて、自分の幸せを後回しにして。

あなた達は過去の思い出より未来の希望とやらを探すべきだったのよ」

 

「今度は私に叩かれたい?」

 

「何発でも好きなだけ。少しは手加減してくれると助かるけどさ」

 

「待って!ボクにも彼女と話をさせてよ!」

 

霧切さんが手を挙げると、狛枝凪斗が割り込んできた。次から次へと忙しいわね。

 

「江ノ島さん。キミは過去の思い出なんかじゃない。

今までもこれからだって、ボク達の希望なんだよ!

ボクを超高校級の絶望から救ってくれたのは、キミ自身じゃないか!

それだけじゃない、ボク達に過去の罪と向き合う勇気をくれた!

そんな江ノ島さんが破滅的な人生を送ったまま最期を迎えるなんて耐えられないんだ!」

 

なんとなく枝毛だらけの髪をかき上げると、ひとつため息の後、

疲れを隠さずにボソボソとつぶやく。

 

「絶望の次は破滅、ね。別にいいんじゃない?酔ってる間は幸せでいられる」

 

「おねぇ、お酒はやめようね?」

 

「悪いけど無理。アル中は治らないの。死ぬまで酒に対する欲求が消えない。

そうでしょう、罪木さん?」

 

突然話を向けられた彼女がたじろぐ。

 

「は、はいぃ!アルコール中毒は過度の飲酒を続けることにより脳に異常が発生して、

自分でお酒をやめられなくなる症状のこと。で、す……」

 

「そーいうこと。みんなが知ってる江ノ島盾子は死んだと思ってちょうだい。

アタシはもう行くわ。……元気でね」

 

エントランスに足を向けると、ふとそこで立ち止まる。

“彼女”が、さめざめと涙を流しながら、アタシを見ていた。

両脇にアタシをここに連れてきた宗方とヨボヨボの爺さんがいるけど、

なにか言う前に彼女が話しかけてきた。

 

「盾子ちゃん。どうして、どうしてなの?また会うって約束したのに。

せっかくまた会えたのに!」

 

「お姉ちゃん。……ごめん」

 

「ごめんじゃないよ……私、今日までずっと悩んでた。

3Zの私が盾子ちゃんに愛想を尽かされたんじゃないかって。たった一人の妹に。

みんなと同じ気持ち。怒ってなんかいない。

でも、せめて急にいなくなった理由を聞かせて?

何か悩みを抱えてたの?それは私達じゃ力になれないことだったのかな?」

 

「それは、言えない。ホントに、ごめん」

 

「言え。お前には答える義務がある」

 

宗方がアタシを見据えて言い放つ。アタシも奴を睨み返す。

 

「あんたらに従う義理はないわ。

契約通りアタシは歌で世界から絶望らしきものを消し去ったし、

ちゃんと偽名を使って正体も隠してる。

そしてあんた達は塔和シティーからお姉ちゃんを助けてくれた。

お互い用済みのはずでしょ。要するにあんたらとの契約は切れてるの」

 

「ならばワシから頼むとしよう。この通りじゃ。

特別顧問の肩書きは与えられたものの、実質はお飾り。

ただのじじいを助けると思って、ここに留まってほしい」

 

白い顎髭を長く伸ばした爺さんが、曲がった腰を更に曲げる。

虚ろな視線を向けて聞いてみた。

 

「……誰?」

 

「寂しいのう。ワシのことは覚えてくれなんだか。

天願和夫。かつて未来機関で会長を務めていた」

 

「そのお偉いさんが飲んだくれ女に何の用かしら。

どうして未来機関とやらはそこまでアル中女にこだわるのかしら。

あいにく、女神様なら売り切れよ。お聞きの通り酒で喉がガラガラなの」

 

「学級裁判」

 

「……っ!」

 

久しく聞いていなかった言葉を耳にすると、なぜかドキンと心臓が跳ねた。

心の中で憎まれ口を探すけど、上手く行かなくてただ聞き返す。

 

「警察も自衛隊も復活した今になって、なんで学級裁判が出てくるのよ……」

 

「顧問、ここからは私が。お前もラジオや新聞でニュースくらいは見ているだろう。

この都心を中心に発生している連続不審死事件。

ある事件の容疑者が確保され、その【裁判員裁判】が開かれることになった。

これは新政府発足以来初の試みだ。

そこで殺人事件解決の経験者である、

お前を含めた諸君がテストケースとして選出された。

検察が押収した証拠を元に、容疑者の潔白あるいは有罪を導き出せ。

ちなみに裁判員裁判の決定は絶対だ。間違っても冤罪など生み出すなよ」

 

「ふん。つまりは政府お墨付きの学級裁判でしょうが。

昔、コロシアイで散々苦しんだみんなをよくそんなもんに引っ張り出せたもんよねぇ。

未来機関もろくでなし加減じゃアタシといい勝負だわ」

 

──それは違うぞ!

 

はっと振り向くとアンテナのようにツンと一本立った髪が。

二十歳を過ぎてもそれは変わってなかった。

 

「日向、創……」

 

「江ノ島。この裁判員裁判を持ちかけられた時、俺達は自分で志願した。

断ることだってできた。でも一つ条件を付けることで参加することを決めたんだ。

それがお前。江ノ島も一緒に法廷に立つことだ」

 

「そうでなくてはお前の捜索に時間を割いたりなどしなかった。そういうことだ」

 

「……なんでアタシまで」

 

「なあ。ジャバウォック島での生活を思い出してくれ。

俺達の絆が深まったのは、良くも悪くも学級裁判が起きたときだったよな?

もちろんそれだけじゃないことはわかってる。

でも、真実が明らかになったとき、必ず誰かが心の闇から救われた。

それは江ノ島、お前がいたからだ。俺達は生涯を掛けて過去の罪を償うつもりだ。

だから世界をより良くするためなら協力は惜しまない。

でも……人を裁くという大それた行為に尻込みしてるのも事実だ。頼む、江ノ島。

そこにお前がいてくれると勇気を持って立ち向かえる。協力してくれないか?」

 

言葉が見つからなくて視線を遊ばせていると、お姉ちゃんが近づいてそっと手を握った。

 

「盾子ちゃん、お願い。また私達と一緒に、生きて」

 

「だけどね、お姉ちゃん……」

 

「おねぇ!一緒に悪い奴をやっつけようよ!わたしも頑張るから!」

 

「日寄子ちゃん。容疑者はあくまで容疑者であって、犯人と決まったわけじゃないの。

クロかシロかを決めるのが裁判。……霧切響子、条件がひとつ」

 

アタシが覚悟を決めると、皆がざわめきで返事をした。

 

「予想はついてるけど、言ってみて」

 

「酒。毎日用意して」

 

「缶ビール一日一本」

 

「500ml」

 

「350ml」

 

「そんなの甘酒と……もういい、350で手を打つ。これでいいんでしょ?」

 

今度は皆がホッとした雰囲気でその場の空気を塗り替える。

もうみんないい大人だからやたら大声で喜んだりしない。

その場で踵を返し、いつか南国で共に暮らした人達の顔を、

ひとつひとつ確かめるように見る。

 

「ねえ、酒で脳みそが溶けてるし、こんなおばけみたいな格好になったけど、

アタシも裁判員裁判とやらに出てもいいのかしら」

 

「たりめーだ!お前がいないと始まんないんだよ!

そうだ、酒が足りないならオッサンのトレーニング受けろよ。

オレも空きっ腹が我慢できるようになったしよ!」

 

「うむ。アルコール中毒は周囲の理解と心の持ちようで克服できる。

ワシがお前さんの断酒をサポートしてやるわい。まずは規則正しい生活からじゃな」

 

「翼をもがれたアフロディーテよ!……いや、よそう。

お前はとにかく、裁判が始まるまでに体調を整えろ。

そうすれば魔獣フェンリルと戯れる権利をやらなくもない。(チュチュ)」

 

「おなか空いてるでしょ?十四支部に戻ったら、ぼくが精のつく夜食を作るよ。

今回だけは言葉通りの意味だからね!」

 

「はぁ。今回だけなんてケチくさいこと言わないで、一生まともに喋ってればいいのに。

そうと決まれば十四支部に戻りましょう。

盾子ちゃん?明日からは覚悟しておきなさいよ!」

 

「何をされるのか心配だけど、まともな寝床で寝させてくれるならそれで十分よ。

連れてって」

 

「みんな、こっちだ」

 

今まで黙っていた苗木君が、アタシ達をバスの待機する外に誘導する。

 

「でも江ノ島さんは少し待って」

 

「なに?」

 

皆が自動ドアを通ってバスに乗り込む中、アタシだけ呼び止められた。

 

「喉を痛めたまま裁判に臨むのは辛いだろう?ボクの目を見て欲しい」

 

「んああ?」

 

言われるままに彼の瞳をじっと見る。

すると、アタシの目が勝手に光情報を取り入れて脳に書き込む。

 

「ふぅん……超高校級の体質じゃないけど、ひとつの能力(スキル)ね。“美声”?」

 

酒で焼けついた喉に清涼感が走ったから、あ・あ、と調子を確かめてみると、

汚い声がすっかり元に戻っていた。

 

「うん。これは、コロシアイ学園生活で、大切な人が遺してくれたものなんだ」

 

「ああ、あの娘のね……そんな大事なもの、体内年齢50のババアに渡してよかったの?」

 

「君だから持っていて欲しい。彼女もそう願ってるはずだ」

 

「よくわかんないけど、とにかく助かるわ。またいつか」

 

今度こそあたしも十四支部に帰るべく、自動ドアを通ろうとしたら、

宗方がすれ違いざまに目も合わせずに言った。

 

「苗木の決断を無にするなよ。苗木だけじゃない。

お前などの帰りを待っていた77期生全員の覚悟をよく噛み締めろ」

 

「本当よく喋る男ね。あんたはいつアタシの旦那になったのかしら。

指図するなって言ったはずだけど」

 

「用は済んだ。行け」

 

「お互い次は葬式で会いましょう。どっちが先に逝くか楽しみね」

 

「……俺は!!」

 

突然、宗方が叫んだ。

驚いて振り返ると、握った拳を震わせ、その場に立ち尽くすそいつが声を振り絞る。

 

「あの日お前と語り合ったことを後悔している。

だが!俺の中ではまだ彼女が絶望と戦えと言っている。

お前が超高校級の女神なら、もう一度力を見せてみろ。俺を信じさせてみろ……!」

 

「……人生なるようにしかならないわ。じゃあね」

 

アタシはコートの襟を直すと、ビルの外に出た。

何度も足止めを食らい、やっとアタシもバスに乗る。

なんとなく、お姉ちゃんの隣に座ったけど、車が発進してもみんな無言だった。

ただ、途中でお姉ちゃんが肘掛けのアタシの手に、自分の手を重ねてきただけ。

彼女の横顔に目を向けると、空に浮かぶぼやけた月を見上げていた。

 

第十四支部に戻ると、花村君が約束通り飯を作ってくれた。

うなぎの肝吸いっぽいもの、形成肉に見えるステーキ、

ビタミン剤を混ぜた細長い粒のご飯。

怪しいものばかりだけど、

環境汚染でまだまだ天然の食材が手に入りにくい現状じゃしょうがない。

アタシの今までの食生活に比べれば余程人間らしい。

 

「……ごちそうさま、美味しかったわ」

 

「よかった!合成品の食材ばかりで気に入ってもらえるか心配だったけど!」

 

食堂のカウンター向こうにいる彼に食器を返す。

だけど、冷蔵ケースの中のものがどうしても気になってチラチラと見てしまう。

 

「ねえ。今日の分、一本。だめ?」

 

「ごめんよ。ビールは明日からだって霧切さんが……」

 

「酒が抜けちゃって落ち着かないのよ。微妙に手も震えてきた。ね?お願い」

 

「だめよ、部屋に戻って早く寝なさい」

 

どこにいたのか、霧切響子がヒールを鳴らしながら早足で近づいてくる。

 

「花村君、ご苦労さま。あなたも今日は休んで」

 

「じゃあ、ぼくはこれで。おやすみなさい……」

 

去っていく花村君。霧切に不満をぶつける。

 

「約束が違う!」

 

「栄養不足で身体がガタガタのあなたが今すぐアルコールを飲むのは危険。

明日一日、きちんと三食食べて体調が落ち着いたら晩酌に一本飲んでいいから」

 

「ジャバウォック島より酷い刑務所よね、ここは!」

 

腹立ち紛れにカウンターを殴る。痛い。

このまま起きていても何も良いことなんてないだろうから、

昔住んでいた個室に向かった。

 

きれいに片付いて、誰のものだったのかもわからなくなった部屋で、

あの色紙が唯一存在を主張している。手にとってそっと撫でる。

少し色あせた白の厚紙に、一人ひとりの特徴ある文字が踊る。

 

あの頃のアタシは、まだ……。よそう。頭を振ってぐちゃぐちゃした雑念を振り捨てる。

過去に沈み込む前に、考えることをやめて、色紙を裏返して机に戻した。

検査で疲れてるし、お腹も膨れて眠くなった。

アタシは服のままベッドに入り、その日は眠ることにした。

 

 

 

翌朝。昨日は風呂にも入っていなかったから、まずシャワーを浴びた。

臭いまま出ていったら霧切響子から何を言われるかわかったもんじゃない。

気の利いたことにクローゼットに替えの服やバスタオルなんかも用意されてる。

 

汗を流して髪を洗い、新しい服に着替えると、浮浪者同然の姿からは幾分マシになった。

人前に出られるようになったら、食堂に向かう。

大きなテーブルが並ぶ飲食スペースには、もうみんなが座ってる。

 

カウンターで花村君からモーニングプレートを受け取ると、アタシも適当な席に着く。

なんとなく昨日の今日でみんなと顔を合わせづらいもんだから、

窓際の席でひとりトーストをかじり始めた。

 

“おーい、江ノ島。お前も来いよ”

 

「……いい」

 

“おねぇが来ないなら、わたしが行くー!”

 

日向君の誘いを断ったけど、日寄子ちゃんがプレートを持ってアタシの隣に座った。

彼女はアタシの顔を見てニパっと笑う。

 

「おはよう、江ノ島おねぇ!」

 

「……おはよ。アタシなんかより、小泉さんと食べた方が美味しいわよ」

 

横目で彼女を見てからバターの染み込んだトーストをかじる。

 

「そんなことないよー。お昼はみんなと一緒に食べようね。

……あ、シャンプーの匂い!おねぇからいい匂いがする!」

 

「さっきシャワー浴びてきたから。

それにしてもさ、日寄子ちゃん、言葉が丸くなったわよね。

てっきりガイコツだのオバケだのミイラだの腐れアル中女だのって

罵倒されるんじゃないかとビビってたんだけど」

 

「言うわけないじゃん、そんなこと!

……おねぇは、わたしの大事なおねぇなんだから。小泉おねぇと同じくらい。

それに、わたしだってもういい大人なんだよ?

無意味に蟻ん子を殺したり、やたら敵を作るような言葉を吐くことの馬鹿馬鹿しさは、

これまでの6年余りで学んだよー」

 

「いい意味で変わったのね。アタシは悪い意味で変わっちゃったけど」

 

「ううん。おねぇは1年前と変わらない。

だからわたし達に力を貸してくれるって決めたんだよね。……良いこと思いついた!

ねえ、この後時間ある?わたしと一緒にみんなのところに顔出しに行こうよ。

一般人としてどんな生活してるのか、見てやってよ!」

 

「もう見た。みんななら、後ろにいる」

 

粉末をお湯で溶かしたコーンスープを一口。

 

「もー!だから次は一緒に食べようって言ってるんだよ!

とにかく、食べ終わったらわたしが久々の第十四支部を案内してあげるから。

わたしも食―べよっと!」

 

何か言う間もなく、日寄子ちゃんは勝手にスケジュールを決めると、

トーストをちぎって食べ始めてしまった。仕方ない。どうせやることなんてないんだし、

彼女と十四支部をうろつくことにした。

 

やっぱり冷蔵ケースの中を見ないようにしながら食べ終えた食器を返却口に置き、

日寄子ちゃんと(非)日常編ってやつをスタート。

 

「まずは左右田おにぃの所に行こうよ。

意外と一番忙しそうでさ、時々第九支部にも顔を出すんだ~

新型の防犯システムや警察の新装備を作ってるらしいよ」

 

「塔和シティーのときにも色んなガジェット作ってたものね」

 

「そうそう、階段上がって左手の開発室。

まだ早いから左右田おにぃしかいないと思うよ」

 

 

 

日寄子ちゃんの言う通り階段を上って2階に行くと、

左側の大きなドアに“技術開発部”のプレートが貼られた部屋があった。

彼女はノックもせずに扉を開けた。

 

「左右田おにぃ、いる~?」

 

「おーい、関係者以外立入禁止っていつも……ああ、江ノ島かよ」

 

「だめじゃない日寄子ちゃん。てっきり連絡済みなのかと思ったわ。

ごめんなさい、もう出る」

 

「いいの!ケチくせーこと言わないでなんか面白いもの見せてよ!

おねぇが来てんだよ!」

 

「しゃーねえな。他の研究員が出勤してくるまでだぞ?

つっても、見てて楽しいもんでもねーんだけどよ」

 

「悪いわね。何を作ってるの?」

 

頑丈な金属製テーブルと棚には工具や薬品類が並んでる。

左右田君は何かの繊維が入ったビーカーに、

茶色い瓶から薬品を入れてかき混ぜながら説明する。

 

「防弾チョッキに詰める新素材。より軽量で耐衝撃性に優れた繊維を作ってる」

 

「なるほど。警察も自衛隊も武装強化を続けてるものね。

こんな世の中だから仕方ないけど。ところでちょっとお願いがあるの」

 

「なんだ?」

 

「その棚にあるエチルアルコールを少し分けてもらえないかしら」

 

「……何に使うんだ」

 

「この際【バクダン】でもいいから飲みたいの。ほんの一口でいいから」

 

「お、おねぇ?爆弾なんか飲んだら死んじゃうよ?」

 

「本気で言ってんのか」

 

「ふふ。冗談よ、冗談。口約束でも契約は契約だから、ちゃ~んと守るわよ。

これでも律儀なほうなのアタシ。身持ちも固いしね」

 

「そんな律儀なやつが、1年間も西園寺置き去りにして何やってた」

 

左右田君が背を向けたまま、答えようのない疑問を投げかけてくる。

心の中でうろたえると、どうしようもなくなって、アタシは出入り口に足を向けた。

 

「……お邪魔したわね。あと、結婚おめでとう」

 

「逃げんのか」

 

「お願い。もう下品なジョークも言わないから」

 

「ケッ、勝手にしろ。だがこれだけは言っとく。

お前はみんなに与えた希望を自分で踏みにじった。……オレの希望もな」

 

「ごめん……」

 

退室して廊下を早足で進むと、日寄子ちゃんがトテテテと追いかけてきた。

やだあたしったら。一人でどこに行くつもりだったのかしら。

 

「待ってよ、おねぇ!えーと、左右田おにぃは起きたばかりで気が立ってたんだよ。

次は難易度低めのやつに会おうよ」

 

「難易度低め?それって誰」

 

「大体いつもあそこにいるよー」

 

 

 

1階の休憩スペースに場所を移すと、

彼女の言うイージーモードが日当たりの良い場所で一人座り込んでいた。

 

「おはよう、江ノ島さん!昨日はよく眠れた?」

 

真っ白な髪を揺れる火のように遊ばせて、人畜無害な笑顔を浮かべる彼。

 

「狛枝君、おはよう。正直あんまり寝られなかった。

酒が駄目なら睡眠薬処方してくれないか霧切響子に頼んでみる。

ビールよりは可能性高そうだから」

 

「うん、その方がいいよ。お酒に頼るよりはずっといい」

 

「ところで、あなた仕事は?まだ職場に行かなくていいの?」

 

「ボクのシフトはお昼からだから大丈夫だよ。

せっかく西園寺さんも一緒なんだし、少しお話しようよ」

 

狛枝君が長椅子の隣を勧める。

アタシと日寄子ちゃんが座ると、彼が嬉しそうな顔で喋りだした。

 

「最後にこうしてちゃんと言葉を交わしたのはいつだったかな。

キミがいなくなってからは希望が失われた気がして、

世界が灰色になったような気分だった。一度手にした希望が消えてしまったみたいでさ」

 

「心配かけちゃったことは、本当にごめん。

でも、みんないつかはそれぞれの生き方を見つけて離れ離れになる。

やっぱりいつまでもアタシに執着するのはよくないわ」

 

「例えそうだとしても、仲間のことを忘れられるはずないじゃないか。

現にこうして全員第十四支部のビルでキミの帰りを待ってた」

 

「裁判のことだけど……狛枝君はどう思う?」

 

「どうって?」

 

「一連の連続不審死って確かに不可解だけど、

司法解剖の結果、遺体に外傷もなければ毒物も検出されなかったのよね。

単なる老衰って可能性もあると思うんだけど、

今回の容疑者は何を証拠に逮捕されたのかしら」

 

「ボクには見当もつかないな。

証拠品については極秘資料だから開廷直前まで知らされないって話だし」

 

「霧切響子に聞いたんだけど、確か裁判は3日後よね。

本当、法の審判と学級裁判を一緒にしないでもらいたいわ」

 

「がんばろうよ。ボク達が社会を良くするためにできることはなんでもしたいし。

……あ、江ノ島さんは別だよ?キミは自由に生きて良いんだ。

本来誰にも気兼ねすることなく生きる権利があるんだから」

 

「アタシもやるわ。どうせ外に出たって、酒で身を持ち崩すだけだしね。

あら、そう言えば酒が抜けても結構喋れるものね。あなたのところに来てよかった」

 

「なーんかわたしだけ置いてけぼりだったけどね~」

 

「ごめんごめん、つい二人で盛り上がっちゃって。

アタシ達、そろそろ行くわ。また会いましょう」

 

「うん、また後でね。西園寺さんも」

 

「じゃーねー。おねぇ、次はおねぇに会いたがってる人がいるの。屋上に行くよ」

 

「わかった。案内お願いね」

 

 

 

エレベーターで最上階に上がり、屋上の広場へ続く扉を開けると、

お姉ちゃんが手すりを軽く握りながら風に当たっていた。

一歩ずつ踏みしめるように彼女に近づき、一言声を掛けた。

 

「お姉ちゃん」

 

「……盾子ちゃん。西園寺さんも」

 

「今朝は、なんかみんなの中に入りづらくってさ」

 

「ううん。私も西園寺さんみたいに隣に行けばよかったの」

 

「そーだよ!みんな薄情な連中だよ、まったくー」

 

「そんなこと言わないで?

アタシが近寄りがたい雰囲気醸し出してたんだからしょうがなかったの」

 

「でも、実際西園寺さんの言う通りだよね。

あれだけ会いたい会いたいって思ってたのに、いざ帰ってきたら勇気が出なくって」

 

「アタシがバカなことしなきゃそんな思いさせなくて済んだのに。

プログラムの世界から戻ったばかりの姉を放ったらかして」

 

少しばかり埃の多い風が、アタシ達の間を通り過ぎていった。

 

「ねえ。ここには誰もいない。私でも、だめかな?」

 

「……本当に、ごめん。最低なことしてるってことは、わかってる。

勝手に出ていって、理由も告げずにだんまり決め込んで。でも、どうしても、無理なの」

 

お姉ちゃんが少し寂しげな微笑みを浮かべると、何度かうなずいた。

 

「いいよ。姉妹だって秘密はあるんだし。

いつか、その気になった時、話してくれると嬉しいな」

 

「うん……約束する。時が来たら」

 

「ありがとう」

 

「もう、行くね」

 

黙って待っててくれた日寄子ちゃんと一緒に、屋内に戻る。

またエレベーターに乗ると、彼女がボタンを押した。

昇降機のランプが下層へ移動していくのをボケっと見ていると、

急に日寄子ちゃんが笑いだした。

 

「ヒヒヒヒヒ」

 

「ど、どうしたの?某麦茶のネタなんて誰も覚えてないわよ?」

 

「おねぇってさあ、不用心だよねぇ」

 

「どういうこと……?」

 

「わたしとなら二人きりになっても大丈夫だと思った?」

 

「な、何をするつもり?」

 

密室空間に緊張が走る。

手近なボタンを全部押そうとしたけど、最寄りの階に着いてしまった。

 

「もう手遅れだよ。ゲームオーバーで~す!」

 

ポーン、と到着の音声が鳴り、ドアが開くと、

アタシはそこに立っていた二人に両脇を捕まれ、連れ去られてしまった。

 

 

 

 

 

そして。アタシはデジャヴと言うより、再び数年前と同じ状況に置かれていた。

 

「西園寺さん、ご苦労さまです。うまく彼女を連れてきてくれて助かりました」

 

「楽勝。おねぇ、文字通り脇が甘いよ。

適当に何人かに会わせて、大丈夫そうなら連れてこいって言われてたの。

予定通りだったのは最後の戦刃おねぇだけ。

わたしが時々タブレットいじってたの気づかなかった?」

 

「そりゃあ気づいてたけど、二人と連絡取ってたなんて……

日寄子ちゃんの裏切り者―!」

 

ソニアさんの部屋に連行されたアタシは、ドレッサーの前に座らされて、

小泉さんとソニアさんの施術を受けていた。

 

「う~わ、盾子ちゃんの髪ひどっ!パサパサでボサボサでカサカサじゃない。

使い古しの箒じゃあるまいし、こりゃ元に戻すには一苦労ね」

 

「あのね、アタシってもうオシャレとか意味ないレベルで身体が崩れてるから、

気を遣ってくれなくても……」

 

「お黙りなさい!」

 

「はい」

 

ソニアさんがアタシの話を手で制した。思わず黙り込む。

このポーズを見るのは何年ぶりかしら。

 

「役割分担。アタシは盾子ちゃんの髪をどうにかする。

ソニアちゃんはお化粧お願いできる?」

 

「合点承知の助です。まずは化粧水で荒れた肌をケアしましょう」

 

「気持ちはありがたいんだけどねぇ……」

 

「逃げないように鍵を掛けたよ~」

 

「まずはドライヤーで髪を立たせなきゃ」

 

「次にファンデーションで目の隈を隠すと……まあ!これだけで大分違って見えます!」

 

「もうっ、こんなになるまで放ったらかして!せっかくのブロンドが台無しじゃない!

次は椿油を全体になじませて、と」

 

「いろんな方向からいろんな感触が迫ってきて、軽くパニック状態なんだけど」

 

「口を動かさないでください。うまく口紅が塗れません」

 

「うん、あとはまたドライヤーで乾かして、ブラッシング」

 

何もかも諦めて、アタシはされるがまま、彼女達に身を任せることにした。30分後。

 

「やりましたわ!イケてるチャンネエになりました!

やっぱりベースがいいのできちんとお手入れすればグンと美人になるんです!」

 

「ヘアケアも完了。いい?これからは髪も肌も大事にすること。

毎日チェックするからね」

 

「うん、ありがとう?」

 

嵐のような時間が過ぎ去ると、鏡の中に過去のアタシが現れた。

ジャバウォック島で同じことをしてくれた時の思い出が蘇る。

 

「そうね……ありがとう」

 

「霧切さんに、可愛い服と化粧品一式も盾子ちゃんに支給するよう頼んどかなきゃ。

はい、おしまい」

 

散髪を終えた床屋のように、小泉さんがアタシの両肩をポンと叩くと、

しばらく自分の変わりようを見つめていたアタシは我に返った。

 

「3人共、今日はこのために?」

 

「そうじゃなかったら何だって言うのよ。

盾子ちゃんを真人間に戻すには形からって話し合った結果よ」

 

「そう…嬉しいわ。うん」

 

「喜んでもらえてよござんす。

でも、その美しさをキープできるかどうかは江ノ島さんの頑張り次第ですよ?」

 

「わかったわ。……ところで、ソニアさん」

 

「なんでしょう」

 

「左右田君とはうまく行ってる?」

 

ソニアさんが顔を赤らめて顔を逸らした。

 

「それはその、どういう意味で……?」

 

「ああ、ごめんなさい!昨日は変なこと言っちゃって!そういう意味じゃないの!

新婚生活はどうなのかなって世間話レベルのことよ!」

 

「は、はい。和一さんは、とてもわたくしを大事にしてくれています……」

 

「よかった。あなた達には本当に悪いと思ってる。

アタシのせいで結婚式も延期になって、

普通ならとっくにハネムーンも済ませてるはずなのに」

 

「お気になさらないでください。二人で決めたことですから」

 

「ソニアちゃんの花嫁姿が見たいなら、さっさと酒とオサラバすることね」

 

「うっ。努力はするけど、いきなりゼロってのは難しいかも……」

 

「普段時々情けないのは相変わらずよね。また女王様に出てきてもらったら?」

 

「ププッ、言えてる~」

 

「日寄子ちゃんまでひどいわ……」

 

 

 

 

 

……笑い声が漏れ聞こえる部屋が見える廊下の角で、

私はタブレットにメールを打ち込む。

 

 

送信者:第十四支部支部長 霧切響子

宛先:第四支部 医療技術部代表 後藤

件名:E氏の健康状態

 

医療技術部 後藤先生

 

お疲れ様です。第十四支部の霧切です。

本日の彼女についてご報告致します。

 

やはりかつての同輩との交流が良好な作用を生み出しているらしく、

検査時に見られた精神不安や攻撃的態度はありませんでした。

まだアルコール依存の治療が始まったばかりで、

ところどころ記憶の欠落も残っており、安心できる段階ではありませんが、

第十四支部での生活が回復を促すことは間違いないようです。

 

以上、用件のみですが失礼致します。

 

第十四支部支部長 霧切響子

 

追伸:私は微妙に嫌われているようです。

 

 

メールを送信すると、私はその場を後にした。

 

 

 

 

 

「ぷはぁっ!生き返る~!」

 

アタシはみんなと食堂で夕食を取りながら、2日ぶりのビールに感激していた。

酒に飢えていた身体に爽快感が染み渡る。銀色の缶がキンキンに冷えていて涙が出そう。

 

「一気飲みはよくないわよ」

 

「ビールは最初の一気が一番うまいのよ。小泉さんもどう?」

 

「アタシはお酒飲まないの」

 

「わたしも~。ビールなんて苦いもの、よく飲めるよね」

 

「慣れるとこの苦さが癖になるのよ。

それに口に含んだ時フルーツを思わせる香りがあってね?」

 

「いやいや、聞いてないから」

 

このメンバーの中でお酒を飲む人飲まない人は半々ってところよ。

 

「和一さん、どうぞ」

 

「おっ、サンキュー、ソニア」

 

「見せつけてくれるわね~。いつものことだけど」

 

左右田君もビール行けるクチ。

コーラみたいに炭酸でカロリーもある点で共通してるからかもね。

ソニアさんにお酌してもらって嬉しそう。

 

「かぁ~っ、仕事上がりの一杯はたまんねーな!」

 

「お酒はおつまみと一緒に飲むとアルコールの吸収が穏やかになって

肝臓に負担をかけないんですよぉ?」

 

「ぼくの料理をビールのおつまみと一緒にしてもらっちゃあ困るよ、罪木さん。

一緒にするならせめてロマネ・コンティくらいの一流ワインでないと」

 

「フハハ、酒神バッカスの宴は、常に嵐のような混沌を引き起こし、

人の子が生きる下界を破壊と騒乱、恐怖と悲鳴に包み込む!

キリストの血が放つ芳醇なる香りに誘われ身を滅ぼした者は数知れず!

恐れを感じたならば引き返すも勇気。肝に銘じておくことだ……」

 

「オメーはよォ、酒が出てると酔ってんのかシラフなのか区別がつかねえンだよ!」

 

「組長の言うとおりだ。なぜ普通に“飲み過ぎに気をつけろ”と言えないのだ」

 

「もう長い付き合いなんだ、慣れようぜ。というか諦めようぜ」

 

「ボクも日向君も飲めなくはないんだけど、それほど好きなわけでもないんだ。

気持ちよさそうに酔ってる人を見ると少し羨ましいよ」

 

「はーい!唯吹も楽しく酔ってる人っす!

輝々ちゃんのレバニラ炒めはビールと相性バツグンなんすよね~」

 

「だ~か~ら!ぼくの料理は……」

 

「やかましいにも程がある!静かに飯も食えんのか、お前達は!」

 

気づけばずっと笑顔だった。酒を飲むのがこんなに楽しいなんて。

共に食卓を囲む仲間がいるだけで缶ビールが信じられないほど美味しい。

酒に逃げるんじゃなくて酒を楽しむ。今までのアタシには考えられないことだった。

この時だけは、過去を忘れていたい。

350mlをグイッと飲み干すと、今度は花村君の作った夕食に箸をつける。

 

 

 

そして、みんなと過ごすこと3日。まだ目の隈は完全には消えてないけど、

人間らしい姿をほぼ取り戻したアタシは、裁判所に向かうバスの前に集合した。

引率係の霧切響子待ち。あ、やっと出てきた。

 

「ごめんなさい、先方との打ち合わせが長引いて。さあ乗って」

 

「わかってるわよ。乗ればいいんでしょ」

 

全員が乗り込むと、バスがゆっくりと発進し、第十四支部の駐車場から車道に出た。

これから向かうのは再建された東京高裁。

そこで謎の連続不審死事件の犯人らしき人物と対面する。

車に揺られていると、モノクマロックのエレベーターを思い出す。

乗り物が違うだけで、法的に認められた学級裁判にアタシ達は向かう。

どんな結末が待っているのかわからないけれど。

 

 

 

 

 

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2.裁判員裁判

通常の刑事裁判で手に負えない案件について、

政府が選出した有識者等の議論で被疑者の有罪無罪を決定する制度。

その結論の強制力は最高裁判決を上回り、

導入にあたっては各方面からの反発があったが、

2019年、議会の強行採決で正式に採用された。

かつて江ノ島盾子が生きていた世界のものとは若干システムが異なる。

 

3.バクダン

爆発物のことではなく、戦後間もない時期に流通した密造酒。

毒性を持つ工業用エチルアルコール等を水で割っただけの粗末なもので、

飲み続けるとある日突然失明したり、死亡することからこう呼ばれた。

 

 

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