江ノ島盾子にされてしまったコミュ障の悲哀【完結】 作:焼き鳥タレ派
“続いてのニュースです。昨夜、連続不審死事件の容疑者、吉崎久美子被告の死刑が
陸上自衛隊射撃演習場で執行されました。
被害者の吉崎文男さんの妻、久美子被告は「夫の介護に疲れて無理心中を図った」と
容疑を認めており……”
朝食の箸が止まった。
食堂に設置されたTVモニターが淡々とあの事件について語り続けている。
キャスターは久美子さんが主張していた“絶望による救い”や
“未来機関のまやかしの正義”には言及しない。
ゆっくり首をテレビの方向に向けると、
先日の裁判員裁判で顔を見たばかりの絶望の残党。
ぼんやりとモニター越しの彼女を見つめる。
もう少し話を聞きたかったけど、彼女はもういない。
日本の再建に当たって色々な社会システムが大きく変化した。
治安維持の目的で厳罰化が進み、それに伴い死刑の方法も絞首刑から銃殺刑に変更。
“順番待ち”が多いから、刑の執行から死亡確認まで時間がかかる首吊りを、
引き金ひとつで確実に絶命する方法に変えたらしい。
食事に戻る。今はひとり。もうみんな子供じゃないし、仕事や各自の都合があるから、
ジャバウォック島のように全員揃って、とはなかなか行かなくなった。
賞味期限が近い備蓄食料の古米を混ぜたご飯を口に運ぶ。
花村君には申し訳ないけど、はっきり言っておいしくない。
それでも全国民に一日三食が安定供給されるようになったのは驚異的な復興だと思うし、
これからも繁栄を続けていくんだろう。全ては“あの歌”が始まり。
人類は絶望から解き放たれ、希望に満ちた未来を築いていく。
絶望という希望を拠り所にしていた、社会の影に生きる者たちを置き去りにして。
アタシの選択が間違っていたとは思っていない。いや、思いたくないのかも。
久美子さんのケースは稀な例外で、
ほぼ全ての人間を救ったことに間違いはないと信じたい。
だけど正解不正解のない自問自答に悩まされてるのが事実。
脳がぐしゃぐしゃして妙に喉が渇く。
酒がほしい。誰か酒をくれないかしら。酒、酒が、酒を
──まさか、自分のせいだと思ってるんじゃないでしょうね?
聞き慣れた声に手放しかけた自我を取り戻す。
いつの間にかテーブルの向かい側に彼女が座っていた。
「な~に浮かない顔してんのよ」
「小泉さん……おはよ」
「はい、おはよう。で、何を悩んでたの?……って聞くまでもないか」
「安心して。本当に別に私の歌のせいで~とか思ってないから」
「ならいいんだけど。じゃあ、アタシもいただきまーす」
アタシの前で彼女もアルミのトレーに並んだ朝食を食べ始めた。
彼女はアジの開きに箸を入れながら、独り言のように話を続ける。
「なんか遠目に見ると元気なさそうだったからさ。
もしかしてこの間の件かな、って思ったの」
「どんな犠牲も自分のせいだと思いたがるアニメのヒーローじゃないの。
アタシだってそれくらい割り切ってる。久美子さんのことは不幸な巡り合わせ。以上」
「そ。アタシもそう考えるようにしてる。他には何かない?悩み事とかあったら話して」
「酒が欲しいくらいね」
「夜までだめよ?」
「わかってる。霧切響子に見つかったら何言われるかわかんないし」
「フルネーム……盾子ちゃん、戻ってきてから何となく霧切さんと仲悪くない?」
「酒くれるって言ったのにくれなかった」
小泉さんが箸を止めてため息をついた。そしてアタシをずびっと指差す。
「今日中に仲直りすること。いい?」
「確約はできないわ。食べ物と飲み物の恨みは深いのよ……あ、待って」
隣の席に置いていたタブレットが振動している。1通のメール。あら、噂をすれば。
「さっそく霧切響子からよ。渡すものがあるから来いって」
「盾子ちゃん。食事中にスマホやタブレットは駄目よ。
ん?これずっと昔にも言ったような……」
「覚えてる。ジャバウォック島の初日よ。
本当、小泉さんってお母さんみたいよね。ふふっ」
「盾子ちゃん?」
「ごめんなさい」
こんなふうに叱られるのも久しぶり。素直に謝って味噌汁をすする。
「そう言えば」
小泉さんがご飯を飲み込んでから話題を変えた。
「盾子ちゃん、いなくなってからどこで寝泊まりしてたの?
何があったかはまだいいけど、せめてそれくらいは教えて。
日寄子ちゃんもそれは心配しててさ。ちゃんとまともな場所で休んでた?」
「“まともな場所”にネットカフェや簡易宿泊所を含めるなら答えはイエス」
「日寄子ちゃんにはアタシから少し脚色して伝えとく。
それにしてもいくら安宿でもよくお金が続いたわね」
「ほら、アタシって希望更生プログラムの中で、“贖罪のカケラ”を集めてたじゃない?
アレを未来機関が、塔和シティー関連の取引とは別口で
“見舞金”として悪くない値段で買い取ってくれたのよ」
「まあ……しなくてもいい苦労をしてきた証なんだから当然よね」
「そのおかげでみんなと出会えたから、アタシにとってはいい事ずくめだけど」
「そしてアタシ達は盾子ちゃんと出会えた。不思議よね。
別人とは言え、昔アタシ達にコロシアイをさせた存在が仲間として生まれ変わるなんて」
「脳内にはもっとたくさんいるわよ、ほら。
……今でも私は、悲しみの中で生きているんです。
この微妙にホコリ臭いご飯にも涙が出そうです……」
髪を一筋くわえて泣き虫盾子の真似をしてみる。
「似てない。キノコもないし」
「自分自身に似てないって言われるのは滅多に出来ない経験だわ」
それからアタシは小泉さんと朝食を取り、食器を返却口に返した。
他の人の食器を洗うのに忙しそうな花村君に一声かける。
「花村君、ごちそうさま」
「おそまつさま!ご飯、変な味したでしょ。
食材の劣化がどうしてもカバーできなくてさ」
「正直に言えばそうね。でも、他の人が作ってたらもっと変になってたと思うわ。
あなたがここの料理人でよかった」
「ありがと!夕食はもうちょっとマシになるよ!」
「楽しみにしてるわ。頑張ってね」
食堂から出ると、廊下を歩きながら小泉さんと話す。
「盾子ちゃん、これからどうするの?」
「んー、なんにも予定なし。
許可が下りないと外出もできないから、ぶっちゃけニート状態」
「また家出されちゃたまらないからね。十四支部の人も神経尖らせてるのよ。
アタシは今から申請出して買い物。フィルムがそろそろなくなりそうなの。
買い物ができるほど街が生き返ったのはいいけど、物価が高いのよね。
フィルム1本で1500円なんてありえない」
「何もかも足りてないのよ、まだね」
「しょーがない。行ってくるわ。盾子ちゃん、後でまた」
「ええ」
小泉さんと別れたアタシは本当に手持ち無沙汰になって、
十四支部内をうろつくしかなくなった。自分の部屋に戻ろうか、それとも。
アタシは2階への階段を上っていた。左右田君の職場、技術開発部に足を運ぶ。
彼は朝が早いらしいから、今なら誰にも見られずに会えるはず。
見られたらまずいってわけじゃないんだけど、なんだか話しづらくなるような気がして。
鋼鉄の扉をノックする。少し手が痛い。
“んあ、誰だ?”
「アタシなんだけどさ、ちょっと話せない?忙しいなら出直すけど」
“……入れよ。まだ誰も来てねえ”
「お邪魔するわね」
ドアを開けて中に入ると、この間日寄子ちゃんに連れてきてもらったときと同じ。
大きな作業台、薬品類、鋼材、そして黄色のツナギ。
今日の彼はアセチレンバーナーで何かの機械にフレームを溶接していた。
「おはよう、左右田君」
「うっす、おはよう」
……挨拶はしたけど、会話が続かない。
なんとなく彼と会わなきゃ行けないような気がしたからここに来たんだけど、
話題くらい用意しておくべきだった。
しばし沈黙が続くと、彼の方から話を切り出してくれた。
「あんま光は見るなよ。目を痛めるからな」
「わかったわ……あの、左右田君。あのね」
「こないだのことだけどよー」
「えっ?」
「ちょっと言い過ぎたって気はしてる。それは悪かった。
でも、自分が間違ってたとも思ってねえ」
「左右田君は正しいわ。アタシは、みんなを裏切った」
遮光ゴーグルで隠された彼の表情は見えない。青白い光がアタシ達を照らす。
「そうかもな。でも、まだ手遅れじゃねー」
「どういうこと?」
「今じゃなくていい。いつか心の準備ができたら、何がお前をそうさせたのか、
きっちり西園寺に説明してやれ。お前がいなくなって一番悲しんでたのは、あいつだ」
「……うん、そうよね。西園寺さんだけじゃない。左右田君や他のみんなにも必ず」
「オレとソニアのことは気にすんな。オレ達自身で決めたことだ」
「ごめんなさい」
「謝るくらいならさっさとお前の問題片付けろっつーの。うっし、断面の接着は完璧。
残るは動作テスト。他のやつらが来るまで待ちだな。二人以上の多重チェックが要る」
「仕事は順調?」
「たりめーだろ。元超高校級のメカニックだぜ?オレは。
あと3年もあれば空飛ぶ車が実用化できる」
「本当!?すごいじゃない!」
「今作ってるっつーか研究してんのは、
超電導リニアの原理を応用した浮力を得るための新型エンジンだ。
バック・トゥ・ザ・フューチャーの空中を走るスケボーくらいならもう作れるぜ。
コスト面で割に合わないからまだ市場には出ないけどよー」
「アタシが飲んだくれているうちに、世界はどんどん進歩していく……」
「テクノロジーは日進月歩だ。
置いてかれたくなかったら、酒なんかやめて科学雑誌でも読むこった」
「最終的にはそういう結論になるのね。はぁ……」
「今日は西園寺と一緒じゃねーのか?」
「うん。近所の研修センターで日本の伝統を後世に残すために、
局員向けの日本舞踊のレッスンとビデオ撮影があるんだって」
「オレらも忙しくなったよな。あの島にいた頃とは別の意味で」
「はは…あたしはニートだけどね」
「そりゃあ……まあ、お前は素顔がアレだから、
表立って動き回れねえんだからしょうがねえだろ」
「フォローありがと。あら、もうこんな時間。邪魔しちゃったわね。もう行くわ。
そろそろ他の人が来るだろうし」
「おう、またな」
技術開発部を出ると、ホッとした気持ちになった。
左右田君とギクシャクしたままってのはやっぱり嫌だったから。
だけど、やっぱりアタシにも何か仕事が欲しいところね。
霧切響子や局員に申し出ても“じっとしてて”や“困ります”しか返って来ない。
マスクしてこっそり掃除でもしようかしら。
次は誰に会おうかと考えながら廊下を進む。
すると、出勤前のお姉ちゃんとばったり出会った。
何かの運動をするのか、黒のジャージ姿。
「盾子ちゃん、おはよう」
「おはようお姉ちゃん。これから仕事?」
「うん。体育館で警備兵に逮捕術や殺人術のレクチャー」
「ワオ、朝っぱらから血生臭いわね」
「そうでもないよ。殺人術の行使に至らないために逮捕術を重点的に教えてるの」
「なるほど。確かに殺さずに済むならそれが一番よね。
ごめん、仕事前なのに引き止めちゃって」
「大丈夫、授業が始まるまでまだ時間があるから。よかったらもう少しお話しない?」
「ええ。アタシも相手をしてくれる人が欲しかったの」
井戸なんかないけど廊下の隅で井戸端会議をすることになった。
「思うんだけどさー。アタシが江ノ島盾子でいる意味ってもうないと思うのよ」
「どうしたの急に?」
「髪型も変えて、ギャルの格好もやめちゃって、おまけに仕事もせずにブラブラしてる。
なんだか肩身が狭くって」
「いきなりリアルな問題だね。
私としては盾子ちゃんがいてくれるだけで十分なんだけど、
それじゃ納得しないって顔だよね」
「納得しなーい。
よく考えたら、江ノ島盾子が一番存在感を出すのって、学級裁判の時だけなのよね。
つまり、もうこの世界じゃチャンスがない。アイデンティティの危機だわ」
「盾子ちゃんが自分のことを考えてくれるようになったのは嬉しいけど、
盾子ちゃんはそのままで盾子ちゃんなんだから、気にすることないよ」
「もっと年齢に合った派手な格好をするべきなのかしら。
どぎつい紫のマニキュアを塗ったり、ピッチリしたタイトスカートを履いたり、
金メッキのブレスレットをしたり」
「お願い、今の格好でも十分素敵だから、そんなことはやめて?」
「でもねぇ……この地味な緑のロングスカートとブラウスじゃ、
そのうちアタシをアタシと認識してもらえなくなるかもしれない」
「盾子ちゃん。もしかして飲んでる?」
「そんなわけないじゃない!
……あ、もしかして今、アタシのこと面倒くさい女だと思った?」
「そ、そんなことないよ!?そうだった、私そろそろ授業があるから、もう行くね。
盾子ちゃんにはありのままでいて欲しいな!それじゃあ!」
そしてお姉ちゃんは去ってしまった。姉を困らせて何をやってるのかしら、アタシ。
いっその事、心の中のアタシ達を毎日ローテーションで出して過ごしてみようかしら。
下手するとまた希望更生プログラムにぶちこまれそうだからやめるけど。
さて、バカ話はこの辺にして、そろそろ霧切響子のところに行こう。
渡すものって何かしら。エレベーターに乗り、上層階のボタンを押す。
昇降機の文字ランプをぼーっと見ていると、やがて目的の階に着いた。
防音カーペットの廊下を進み、支部長室の前で立ち止まる。
自分から彼女に会いに行くことは滅多にない。
その場でちょっとためらってからインターホンを押した。
“どなた?”
「アタシよ。江ノ島」
“どうぞ”
どうぞと言われたから遠慮なくドアを開けて中に入る。
デスクでパソコンに向かっていた霧切響子が機嫌の悪そうな顔でこっちを見る。
「局内でも偽名を使って。誰が聞いてるかわからないんだから」
「もう局員全員顔見知りみたいなもんじゃない。
5年も引きこもり女囲っといて何を今更。みんなも普通に江ノ島盾子って呼んでる」
「未来機関には敵も多いの。どんな方法で盗聴されるかわからない」
「そんなもん単なる同名の別人ってことに……あーもういい、わかったわかった。
それで渡すものって何?今日の分のビール?」
「当たらずも遠からずってところね。はい、これ」
霧切響子が透明なケースに入った青のソフトカプセルを渡してきた。
「薬?」
「そう。忌村さんに作ってもらった抗酒剤。
精神の鎮静作用もあるから、また変な考えに囚われそうになったら飲んで」
「抗酒剤って何よ」
「アルコールに極端に弱くなる薬。効いてる間にお酒を飲むと酷く気分が悪くなる。
あなたのアルコール中毒改善に役立つはずよ」
「冗談じゃないわ。酒より効く鎮静剤なんてあるわけないじゃない。
何が当たらずも遠からずよ。完全にハズレじゃない」
「飲まないならあなたに外出許可は出せない。
またみんなにみっともない所を見せたいの?」
「……わかったわよ、飲むわよ、飲めばいいんでしょうが」
「基本的に一日一粒で十分だけど、心が不安定になったらいつでも飲んで」
「用事はそれだけ?」
「ええ、それだけ。残りが少なくなったら早めに言ってね」
「どーもありがとうございました!」
アタシはそれだけを吐き捨てると、返事も聞かずに退室し、自分の部屋に戻った。
結局小泉さんからの司令は達成できなかったわね。
まあ、時間が経てばなんとかなるでしょう。
ベッドに座り込み、受け取った薬のケースを天井の明かりにかざしてみる。
カプセルの青が透き通って綺麗に光る。
「ふーん。これがねぇ」
ケースの蓋を開けて、1錠手にとってみた。手のひらで少し転がしてみてから飲み込む。
味はしない。だけど、飲んでから5分もしないうちに強い眠気に襲われた。
「……勘弁してよ、副作用が、強すぎる」
寝間着に着替えるのも面倒で、アタシはそのままベッドに横になり、
気絶するように眠りに落ちた。
そして、目を覚ますと夕方。外から赤い夕陽が差し込んでくる。
薬を飲んだのはお昼を食べる前。つまり6時間近くも寝てたことになる。
「やっぱりろくな薬じゃないわね……」
頭がぼやけたまま部屋を出る。ちょっと早いけど、もう夕食にしましょう。
1階の食堂には、仕事を終えたばかりのみんなが集まっていた。
「おう!お前さんも来おったか!早く座って飯を食うぞ!」
「もう待ちくたびれちまったよ~仕事終わりで腹がペコペコなんだよ」
確か弐大君と終里さんは、近くの小中高一貫校で、
部活のマネージャーと非常勤の体育教師をしてたわね。
一日スポーツで汗を流した二人をこれ以上待たせても悪い。急いで席に着く。
「うむ!それでは皆、手を合わせい!」
「前から言ってるけどな、ガキじゃねえンだから、それはもういいだろうが!」
「いかーん!食材への感謝、それを忘れずまっすぐな気持ちで生きることも、
精神修養のひとつじゃあ!」
「はいはい、やりゃいいんだろ。やるからでけえ声出すなっての」
「組長がやるのに私だけやらぬわけにもいくまい。弐大、始めてくれ」
全員が手を合わせると、弐大君が場を仕切る。
「よし、全員声を合わせ……」
“いただきます!”
夕食はハンバーグだった。
ふわふわに焼き上がったミンチを箸で割ると、中から肉汁がたっぷりあふれ出てくる。
一口食べると、肉の旨味を最大限まで引き出したハンバーグが食事を進ませる。
ご飯は今朝のものと同じだけど、それが気にならないくらい。
グリーンサラダも花村君特製のドレッシングで立派なおかずに変わってる。
粗挽き胡椒やスパイスの利いたイタリアンが、
絶妙に野菜と絡み合って立派な一品料理に昇華させた。
こんなに美味しいおかずがあるなら、やっぱり後はビールよね。
カウンターで受け取った350ml缶を開けてグイッと飲む。
たまらないわ。たまらない。……別の意味で。
アタシは缶をトレーの隅に追いやり、
食事を中断して不快感が過ぎ去るのをじっと待った。
「おねぇ、どうしたの?顔色悪いよ」
異変に気づいた日寄子ちゃんが声を掛けてくる。
「あのね。霧切響子から、酒が飲めなくなる薬、もらったんだけど、効果抜群みたい。
しばらく缶も見たくないくらい」
「抗酒剤ですね。体のアルコールを分解する能力が弱まるので、
毎日薬を続けて飲まない日を積み重ねていけばきっと……
いいえ、絶対素敵な生活が送れるようになりますぅ!」
「いい物もらったじゃない。この調子でお酒を止められるといいわね。
ところで霧切さんとはどうだったの?」
腹の中が苦しい。
胃袋が活動を停止して、中で口にしたばかりのハンバーグがゴロゴロ転がってるみたい。
貧血でも起きてるのかしら。脳が冷えるような感覚に見舞われる。
やっとの事で小泉さんの問いに答えた。
「……1分ほどしか話さなかったから、仲直りも何もありゃしないわ」
「ホントにしょうがないわね、盾子ちゃんは。一週間以内なら頑張れる?
あら、本当に顔色悪いわね。はいお水」
「ありがとう。努力はしてみる。
……ふぅ、酒より水のほうがうまく感じるなんて、この世界の医学は進んでるわね」
「ふん、酒などに頼るからこうなる。
食い過ぎで飲めないならともかく、飲み過ぎで食えないなど本末転倒も甚だしい」
「わかるようでわからない理屈どうも」
ともかく、抗酒剤のせいでせっかくの美味しい夕食が台無しになってしまった。
どうにか食べきって箸を置く。
「ごちそうさま……」
その時、天井のTVモニターの中で、
ニュースキャスターが緊迫した声で速報を読み上げた。
“ただ今入ってきました速報です。
本日、世田谷区の施設で複数の男女がうつ伏せに倒れているのを
訪ねてきた新聞配達員が発見。武装警察隊に通報。
駆けつけた警察によりその場で死亡が確認されました。
現場の状況から警察は一連の連続不審死と関係があると見て、
死亡した住人の身元の確認を急いでいます。繰り返します……”
皆がテレビに釘付けになる。
また、例の毒薬が使われたのだとしたら、裁判員裁判が起こる可能性はある。
なにしろ、先日の裁判でも通常の審理で結論が出せなかったほど厄介な代物なのだから。
複数人が同時に死亡。
アタシ達は皆、近い内に起こりうる最悪の事態を頭から追い出して、
テレビから目をそらした。
無駄な抵抗だとは知りつつも。