江ノ島盾子にされてしまったコミュ障の悲哀【完結】   作:焼き鳥タレ派

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第5章 被告人:中村喜男(前編)

その日も、アタシはタブレットのモニター越しに七海さんとお喋りしながら、

退屈な日常を塗りつぶしていた。

 

「みんなは仕事で忙しいのに、アタシは相変わらずのニート状態なんだもん。

申し訳ないっていうか、あなたが居てくれても昼間はやっぱり寂しいわ。

霧切響子も何か手伝わせてくれればいいのに」

 

《だからってお酒は駄目だよ?

私にはわからないけど、飲む人にとっては暇つぶしになるって聞いたの》

 

「心配しないで、あの薬のおかげで酒が怖くなったから。

薬の“おかげ”というより “せい”とも言えるけど。

なんだかやる気が出ない時に1杯ひっかけると、よっしゃやるか!って気になるのよ」

 

《ふーん。あまりピンと来ないけど、江ノ島さんが変わってくれたならそれでいいよ》

 

「そうそう、暇つぶしで思い出したんだけど、

アタシの居た世界ではスーファミやメガドラの互換機が出てて、

昔のソフトが手軽に遊べるようになってるの。

メガドラの世界に手を出そうと思った矢先にジャバウォック島に来たんだけど、

この世界じゃ売ってなくて残念」

 

《わぁ、それは残念だったね!

スーファミとはまた違う魅力のあるユニークなソフトが一杯あるんだよ!?》

 

七海さんが突然興奮した様子で迫ってくる。

超高校級のゲーマーにとっては見過ごせない話みたい。

 

「あれから5年以上経っても、

まだ娯楽に手を回すだけの余裕はないみたいね。この世界には」

 

《ゲーマーとしては寂しい世の中だね……

あ、ちょっと待って。メールが来たよ。霧切さんから》

 

タブレットが振動した後、モニターの中の彼女がポケットを探る仕草をした。

 

「霧切響子から?うーん、後で読んどく」

 

《重要度“高”に設定されてる。今すぐ見たほうがいいよ》

 

「ええ?わかったー。見せて」

 

霧切響子の重要連絡。

はっきり言って気が進まないけど、シカトするとそれはそれで面倒なことになりそう。

七海さんが表示してくれたメールに目を通す。

 

「……そう。そういうこと」

 

《何か心配事?もちろん勝手に中身は見てないよ》

 

「裁判員裁判。またアタシ達に白羽の矢が立った。

以前、久美子さんの事件を解決に導いたことでお鉢が回って来たんだと思う。

あれが解決と言えるかは疑問だけどね」

 

《気の毒だったよね……だからって殺人を許しちゃいけないのはわかってるけど》

 

「きっと日本や世界には久美子さんのような人がまだまだいる。

未来機関にはそういう人達の希望になってほしいのだけど。……そろそろ行きましょう。

場所はいつもの会議室」

 

《わかった。多分もうすぐ私の方にもデータが届くと思う》

 

アタシは七海さんを小脇に抱えて自室の自動ドアを通り抜け、

IDカード代わりのタブレットを読み取り機にかざしてロックした。

 

 

 

 

 

大会議室に全員が集まり、霧切響子によるブリーフィングが始まった。

みんな緊張した様子。アタシだって同じ。

自分の下した判断で会ったこともない人の生死が決まる。

わかっていたはずなのに、久美子さんの裁判を経験し、

その結末を目にするまで本当の意味で理解していなかった。

 

「みんな、今回も裁判員を引き受けてくれてありがとう。

また苦しい役割を押し付けてしまうわね」

 

「“ありがとう”じゃねえだろ。また素人に殺人事件の審理やらせるたぁ、

弁護士も検察官もどんだけ能無し連中なんだって話だよ!」

 

言葉は乱暴だけど、皆も九頭竜君と似たような気持ちは持っているみたい。

複雑な表情で霧切響子の顔を見てる。

 

「確かにそれが世のためになるならやるべきだとは思うけど、

こう何度も誰かの人生に関わるとなると、正直ボクもキツいかな……」

 

隣にいる日寄子ちゃんは黙ってうつむいている。無理ならやめさせましょう。

ひそひそと話しかける。

 

「日寄子ちゃん、嫌なら断ってもいいの。あなたの辛さはみんなわかってるから」

 

だけど彼女は強く首を振って否定する。

 

「ううん、やる。狛枝おにぃみたいに、わたしも逃げない。

だってわたし達の償いは、まだ終わってないもん」

 

「……そう。日寄子ちゃんは強いのね。アタシはまた逃げ出したい気持ちで一杯」

 

「えっ……もう、いなくなったりしないよね?」

 

「ああ、ごめんなさい。今のは言葉の綾。そうね。

アタシも日寄子ちゃんと同じように逃げない。二人の約束」

 

「うん、約束!」

 

そこで彼女は今日初めて笑顔を見せてくれたから、アタシも微笑みを返した。

同時に霧切響子のタブレットを用いた簡潔な事件概要の解説が始まった。

みんなが真剣に耳を傾けるけど、徐々にその反応が渋いものになる。

 

「以上が今回の事件。言うまでもないことだけど、詳細について口外は……」

 

「ちょっと待ってくれ!」

 

やっぱり日向君が皆を代表して声を上げた。

 

「何か質問?」

 

「質問も何も、これでまともな裁判になるのか?

この容疑者に証言をさせて、俺達が質問して、その結果有罪か無罪を決める。

通常通りの進め方で本当にいいのか?」

 

「そうじゃあ!精神鑑定だの、情状酌量だの、やることがあるじゃろう!?」

 

「言いたいことはわかるわ。

でもここ数年間の厳罰化の流れで、少年法や刑法第39条は廃止されたの。

彼にも裁判を受ける権利と義務がある」

 

「刑法第39条ってなんだ?オレ、小難しいこと考えると余計腹が減るんだよな~」

 

「後でワシが説明してやる。今は我慢せい」

 

「あっちゃ~。これ、唯吹の出る幕あるんすかね……」

 

「無理強いはせん。降りたい奴は降りろ。この俺が、事件のカタをつけてきてやる。

十神の名にかけて!」

 

十神君が立ち上がり、問いかけた。

偽物だけど本物に引けを取らない覇気で、しばらく皆が黙り込む。

でも、結局やめる人は現れなかった。決意は誰もが同じ。もちろん、アタシも。

 

「全員参加。これで裁判所に返答を出していいのね?」

 

「フッ、愚問だ。冥府を突き進む我ら暗黒の十字軍が、

目の前の試練に臆したことなど一度もないのだからな!ハッハハハ!」

 

「その中二臭いなんちゃら十字軍にアタシ達まで含めないでくれる?」

 

声無き笑いが起きる。

田中君と小泉さんのちょっと場違いなやり取りのおかげで、

張り詰めた空気が少し緩んだ。

 

「よし、だったら俺も覚悟を決める。霧切さん、詳しい日程を教えてくれ」

 

「わかったわ。開廷の日は午前9時に駐車場に集合して、東京高裁のバスに……」

 

この後、霧切響子が裁判の日取りと当日のスケジュールについて説明した。

前回の裁判とそれほど大きく違わなかったけど、アタシの胸は痛いほどに鼓動していた。

何かの間違いであってほしい。そう願わずにはいられなくて。

 

 

 

 

 

当日。バスで東京高裁に到着したアタシ達は、

やはり空気の冷えた控室で開廷を待っていた。

タブレットを起動して、七海さんに起きてもらう。

 

「七海さん、おはよう。まだ寝てた?」

 

《ううん、今起きた。えっと、事件概要だよね》

 

「そう。裁判が始まる前にもう一度確認しておきたくて。頼める?」

 

《これだよ》

 

七海さんがウィンドウを1つ開いて見せてくれた。

もう現場捜査ができないアタシ達にはこれしか頼るものがない。

 

 

○東京高等裁判所令和元年(の)第37号

 

容疑者:中村喜男(25)

 

容疑:殺人

 

4月2日、午後5時前後。

新聞配達員の今井智之氏が“いそかぜ障害者作業所”に代金の回収に来たところ、

インターホンを押しても応答がなかったため、門から作業室を覗いた。

すると窓から中で仰向けに倒れる被害者を発見。救急車を呼び事件が発覚した。

 

被害者は施設長の被害者A・板倉三郎(52)、同B・妻の板倉春江(48)、

同じくC・専務の田口亮介(45)の3人。

いずれも今井氏の通報で駆けつけた救急隊員により死亡が確認された。

司法解剖の結果、外傷や毒物の痕跡が全く見られなかったことから、

犯行にG-fiveが使用された可能性が濃厚。

 

当時、作業所の裏庭に容疑者の中村喜男(25)が立っていたため、

武装警察隊が緊急逮捕した。容疑者は施設の作業員だった。

 

被害者の死因:

不明。司法解剖の結果、やはり被害者の遺体からは外傷及び毒物は発見できなかった。

G-fiveによる中毒死の疑いが強い。

 

事件現場:

“いそかぜ障害者作業所”は知的障害を抱えた作業員に簡易な業務を与え、

給与を支払い自立を促す福祉施設である。

間取りを見ると、東西に離れた二棟をつなぐように、作業所が横長に伸びている。

作業所には二棟に出入りする密閉性の高いスライド式ドアと、

裏庭に直接出る通用口がある。

 

西棟は生活スペース。キッチン、ガスコンロ、換気扇の他、目立った設備はない。

東棟は事務所。事務机やパソコン、ガスファンヒーター置かれている。

作業所には軽作業を行う長テーブルや椅子、

昭和時代に製造されたであろう石油ストーブがあるだけだ。

 

また、裏庭にはプロパンガスのボンベが数基並んでおり、

容疑者はこの付近で逮捕された。当時容疑者は裸足だった。

 

証拠品:

○G-five

一連の不審死事件で使用されている毒物。

分解速度が早く、揮発性も高いため、遺体発見時には既に消滅している。

 

○西棟の様子

キッチン、ガスコンロ、換気扇があり、簡単な調理ができる。

 

○東棟の様子

事務を行う設備や、暖を取るための最新式ガスファンヒーターがある。

 

○ガスファンヒーター

ガスを燃焼させて温風を送る高性能なガスファンヒーター。

事務所にのみ設置されている。

 

○作業所の様子

作業員が仕事を行う作業台と、石油ストーブがある。

被害者の遺体は全てここで発見された。

 

○石油ストーブ

作業所に一台だけ置かれたとても古い石油ストーブ。

 

○被害者と容疑者の関係

被害者Aは容疑者の雇用主、同Cは上司に当たる。

 

○プロパンガスのボンベ

裏庭に並ぶ高さ130cm程度のボンベ数基。

事件現場の施設では都市ガスではなく、プロパンガスが供給されていた。

 

○容疑者の障害

容疑者は重度の知的障害を抱えており、小学校低学年程度の判断力しかない。

 

 

「ありがとう。よくわかったわ」

 

《こんなこと言うのも変だけど、がんばってね?》

 

「大丈夫、任せて」

 

中村喜男さん。

知能に障害を抱えている彼に、3人を殺害した容疑が掛けられている。

そしてまたG-five。

彼が犯人だとすると、どこで謎の毒物を手に入れて、どうやって使用したのかしら。

考え込んでいると、入り口のノックの後に、係官が入室した。

 

「失礼します。間もなく開廷ですので、法廷にお集まりください」

 

皆が席を立って法定に続く長い廊下を歩く。

やっぱり会話はないけど、お姉ちゃんが不安げな様子で話しかけてきた。

 

「盾子ちゃん……本当に私達にできるのかな。この人が犯人かどうか決めることなんて」

 

「リラックスして。ここまで来たらやるしかないじゃない。

いざとなったらアタシの百面相があるんだから、だーいじょうぶ!」

 

ぽんとお姉ちゃんの肩を叩く。

努めて明るく返事をしたけど、自信がないのはアタシも同じだった。

やがて特別法廷に入ると前回と同じ光景。学級裁判を思わせる証言台。

既に着席している裁判官。前の事件と同じ白髪交じりのオールバック。

 

やっぱり一番注目すべきなのは、3名殺害の容疑者、中村喜男さん。

色あせたオレンジのダウンジャケットを着た彼は、25歳の年齢とは対象的に、

せわしなく身体を揺らし、顔の前で手をこすり合わせて子供のように怯えている。

 

カン!

 

全員が証言台に着くと、裁判長が木槌を鳴らした。

その音にも喜男さんは驚いて縮こまる。

 

 

【裁判員裁判 開廷】

 

 

「これより、施設経営者殺害事件の裁判員裁判を開始します。

被告、裁判員、準備はよろしいですね?」

 

“はい”

 

「はい、です……」

 

初めて彼の声を聞いたけど、可哀想なほどに震えていた。

裁判長の前口上も耳に入っていない様子。

落ち着いてね。あなたも怖いだろうけど、アタシだって怖いから。

 

「……よって、あなた方の秘密は私達が必ず守ります。

ですからあなたも嘘をついたり、関係ないことを喋ったりしてはいけません。

わかりましたか?」

 

「あい」

 

裁判長は彼の知性に合わせて平易な表現で裁判のルールを説明した。とうとう始まる。

この裁判が集団リンチに終わるのか、真実の発見に至るのか、

それはアタシ達にかかってる。

 

「では、被告人。あなたの名前と年齢を教えてください」

 

「なかむらよしお、なのです。25さいなのです」

 

「残念ですが、

あなたには施設の人達を殺したかもしれないという疑いがかかっています。

それを周りにいる人達が本当にそうなのかどうか、話し合って決めてくれます。

ですから、質問にはなるべくわかりやすく答えてくださいね」

 

「ぼぼぼ、ぼく、ころしてないであります」

 

「そう信じています。では裁判員の皆様、審議をお願いします」

 

審議をお願いします。それを合図に、アタシの脳が急速に発熱し、回転数を上げる。

こればかりは慣れないわ。全てが終わるといつもしばらく目まいが抜けない。

絶対脳にダメージを受けてると思う。お願い日向君、もう始めて。

 

「まずは事件当時の容疑者の行動を整理しよう。事件概要を見ると不可解な点が多い。

……中村さん、あなたは4月2日に、あの施設で何をしていたのか、

詳しく教えてくれませんか」

 

「たってました」

 

「立ってた?」

 

「あい!あさからずっと、いわれたとおりにしたのです。ほめてくだしい」

 

「4月に入ったとは言えまだ冷えるのに、一日中裸足で立っていたんですか?」

 

「そうなのです!ぼく、ちゃんとやりましたです!」

 

「どうして立っていたのか教えてください」

 

「まえのひに、しごとをぜんぶできなかったから、

しゃちょうさんに、たってろといわれたです」

 

アタシを含めた全員の背中に冷たいものが走った。凍てつく寒さの中裸足で立たせる。

それはつまり。

 

「そ、それって体罰じゃないですかぁ!凍傷を起こしても不思議じゃないです……」

 

「たいばつってなんでしか?」

 

「何らかの暴力で罰を与えることです。法律で禁止されています」

 

裁判官が中村さんにわかるよう説明する。

彼は自分がされたことの意味をわかってないみたい。

 

「待って。アタシ週刊誌で見たよ!

どこかの福祉施設で障害者に対する暴力が横行してるって。

まだ裏が取れてなかったから名前も建物の外観も伏せられてたけど!」

 

小泉さんの言葉で皆にひとつの憶測が生まれる。

 

「整理させてくれ。もしかして中村さんは、施設長の板倉さん達から、

いつもひどいことをされていたんじゃないのか……?」

 

日向君の質問に中村さんはぐるぐる首を回して考え、答えた。

 

「しゃちょうさんからたたかれたり、おくさんにバカっていわれたり、

せんむさんにくびをしめられます」

 

憶測が確信に変わる。

いそかぜ障害者作業所では、日常的に障害者に対する虐待が行われていた。

 

「どうしてそんな事をされるのか、考えたことはあるか?」

 

「うーんと、ぼくがバカだからだって、おくさん、いってました」

 

「クソ野郎共が、ふざけんなよ……動機がひとつ出来ちまったじゃねーか」

 

左右田君がニット帽を握りしめる。すると何かを思いついたようで、すかさず発言した。

 

「な、なあ中村さん!あんたの施設には他に働いてる仲間はいねーのか!?」

 

「いるです。たけるくん、みちこちゃん、げんきくん、はるきくん」

 

「その人達も、叩かれたり外に放り出されたりしてたのか?」

 

「はい!しっぱいしたら、たたかれます。しっぱいしなくても、たたかれます」

 

「なんて酷い……」

 

ソニアさんが耐え難い悲しみに手で顔を覆った。こうしちゃいられないわ。

せめて彼の無実を信じて戦わなきゃ。そう、無実を証明するために。

アタシは心のピストルにコトダマを装填した。

 

「ねえ、中村さん。聞きたいことがあるの」

 

「なでしか?」

 

 

■議論開始

コトダマ: ○石油ストーブ

 

江ノ島

4月2日も寒かったわね。暖かい部屋に入りたかったでしょう。

 

中村

 

あい。でも、かってにはいると、[しゃちょうさん]に、おこられます。

 

[ストーブ]をつけてもおこられます。

 

かってに“ひ”をつかうと、[あぶないから]です。

 

しゃちょうさんは、[いつもただしい]のです。そういわれました。

 

・彼に計画的犯行が不可能なのは明らか。ましてやG-fiveの入手なんて!

・ええ。どこかに矛盾があるはず。嘘じゃなくて勘違いか何かがね。

 

REPEAT

 

江ノ島

4月2日も寒かったわね。暖かい部屋に入りたかったでしょう。

 

中村

 

あい。でも、かってにはいると、[しゃちょうさん]に、おこられます。

 

[ストーブ]をつけてもおこられます。

 

かってに“ひ”をつかうと、[あぶないから]です。

 

──それは違うわねぇ!!

 

[あぶないから]論破! ○石油ストーブ:命中 BREAK!!!

 

 

「ちょっといいかしら。

あなたが普段働いてるところにあるストーブ、事件があった日は誰か使ったの?」

 

「つかてません。“にわ”からみてました」

 

「でも、それだと少しおかしいの。

あの日、警察がストーブを調べたら、まだ少し温かかったし、新しいススも付いていた。

周りに付いてるあの黒い粉ね」

 

「わかりませんのです。誰もつかてません」

 

「わかったわ。ありがとう」

 

何やってるの、アタシ!思いがけず曖昧な証言をさせてしまった。

これじゃ彼の疑いが濃くなるじゃない。結局何の手がかりにもなってないし!

 

「もうやめようよ……

中村って人に犯行は無理だし、責任能力がないのも明らかなんだし」

 

日寄子ちゃんもやっぱり元気がない。

 

「そーいやオッサン。

今思い出したんだけどよ、この前霧切が言ってた刑法第39条ってなんだ?」

 

「心神喪失者の行為は、罰しない。そういう取り決めじゃ」

 

「だったらやめようぜ?どう考えても無理じゃねえか、裁判長」

 

「いいえ。刑法改正でその条文は削除されました。

被告人にはなくとも、あなた方には判断能力があります。

今回のような事例で、その知恵をお借りするのが裁判員裁判のひとつの趣旨です」

 

人情にあふれた制度だこと。……皮肉を言っても仕方ない。何か手を打たなきゃ。

 

「ではこうすればどうだ?被害者がG-fiveをどこでどうやって投与されたか。

つまり殺害方法を検証し、被告人に可能だったかを話し合う」

 

辺古山さんのおかげで道が開けた。

確かに殺害した手段を突き止めて、中村さんに不可能だったことを証明すれば、

無罪が勝ち取れる。いくらなんでも推定無罪の原則は残ってるはず。

 

 

■議論開始

コトダマ:○作業所の様子

 

辺古山

G-fiveの危険性を考えると、犯人は[安全な外から中]に毒を投げ入れた可能性が高い。

 

九頭竜

俺もそう思うぜ。例えば、裏庭の[プロパンガスのボンベ]に仕込むとかな。

 

花村

なるほど。そうすれば[ガスコンロ]や[ガスファンヒーター]を使ってるうちに、

プロパンガスに混じって室内に毒ガスが撒かれることになるね。

 

狛枝

となると、肝心の[G-five]をどこで手に入れたのか気になるな。

 

田中

待て狛枝。[入手経路]の議論は待てと天が告げている。そう、時が来るまで……

 

・この方法は明らかに不可能ね。

・そう。ひとつずつ犯行の可能性を潰して行きましょう

 

REPEAT

 

辺古山

G-fiveの危険性を考えると、犯人は[安全な外から中]に毒を投げ入れた可能性が高い。

 

九頭竜

俺もそう思うぜ。例えば、裏庭の[プロパンガスのボンベ]に仕込むとかな。

 

──それは違うわねぇ!!

 

[プロパンガスのボンベ]論破! ○作業所の様子:命中 BREAK!!!

 

 

「あん、なんか間違ってるか?」

 

「タブレットに配布された施設の見取り図を確認して。大きく分けて3区画。

この中でガスを使っているのは生活スペースと事務所だけ。

そして遺体が発見されたのは……」

 

「全員作業所ってことかよ!?」

 

「辺古山さんの言う通り、外からG-fiveが散布されたのは間違いないわ。

でも、被害者が死亡したのは作業所。

もっと言えば、他の2区画は換気扇が回ってるかもしれない、

ガスファンヒーターの使用で換気されてるかもしれない。

どちらも確実に殺害できるとは限らないわ」

 

「へっ、逆らえねえ奴を靴も履かせず外に放り出しといて、

テメエらは最新式の暖房でぬくぬくとしてやがったわけか。同情する気も起きねえな!」

 

「あーワリ。それ最初に気づけばよかったんだけどよー。

プロパンガスのボンベって簡単に中身をどうこうできる代物じゃねーぞ。

専用の調整器にホースも要る。そんなもん見つかったって話は聞いてねー」

 

「しっかりしてくださいね、和一さん」

 

「いや、だから悪かったって……」

 

「それでも、これでひとつはっきりしたな。プロパンガスを使った殺害は不可能だった。

そばに居た中村さんの犯行という線も薄くなった」

 

日向君がアタシの考えを代弁してくれた。やったわ。

議論は振り出しに戻ったけど、彼の疑いは遠のいた。問題はG-fiveね。

 

「う~ん……それじゃあ、結局被害者はどこで毒を食らったんすかねぇ。

真犯人が窓から液体の入った瓶を投げ込んだとか?」

 

「いいえ。武装警察隊の捜査は入念に行われました。

関係者以外の指紋も、不審物の類も一切見つかっていません」

 

裁判長の補足。他にも疑問はまだある。

どうして3人が作業場に集まることになったのか。

そして同時にG-fiveの餌食になったのか。

アタシは思い切って、すっかり蚊帳の外になっている中村さんに直接聞いた。

 

「中村さん。ひとつ聞きたいんだけど、いいかしら」

 

「はいなのです!」

 

「あなた、どこかで怪しいものをもらったり、拾ったりしなかった?」

 

「はい、もらいましたのです!みんながなかよくなる、まほうのびんなのです!」

 

えっ!?と全員が一斉に彼を見る。瓢箪から駒とはまさにこのこと。

共犯者にG-fiveの存在が突然浮かび上がった。恐る恐る日向君が尋ねる。

 

「……ちなみに、それはどこで誰にもらったんだ?」

 

そして、彼の答えにアタシ達はもっと驚かされることになった。

 

「アンパンマンにもらいましたのです!」

 

 

【裁判員裁判 中断】

 

 

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