江ノ島盾子にされてしまったコミュ障の悲哀【完結】   作:焼き鳥タレ派

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第9章 ジョニーは戦場へ行った

喜男さんの死刑が執行されてから一週間が過ぎた。

なんとも思っちゃいないと言えば嘘になるけど、落ち込んでる暇はない。

久美子さんと喜男さんに約束したから。絶対にG-fiveを広めている犯人を捕まえるって。

もう朝ね。ずっと布団の中に居たい誘惑を振り切ってベッドから抜け出す。

 

歯磨きや洗顔を済ませたら、覚めきっていない意識を引きずりながら着替えを始めた。

パジャマを脱いでブラジャーを着け、ホックを留める。

すっかり慣れた作業だけど、まだ引きこもりから江ノ島盾子になりたてだったころは、

毎朝これに苦労させられたものよ。

 

なんとなく昔の思い出に浸る。

変ね。もう向こうの世界に居た自分のことは殆ど思い出せないのに。

まぁ、今の自分でさえ過去1年間の記憶が曖昧なんだけど。

しばらく酒は飲んでないけど、抜け落ちた記憶はさっぱり戻る気配がない。

 

考えてもしかないことを考えることをやめた。

アタシはアタシ。もう引きこもりでも超高校級のギャルでもない。

いつものブラウスとグリーンのロングスカートの地味な格好に変身すると、

姿見で身なりを確認。

 

うん、いつもどおり。いつもどおりということは、

派手な金髪以外は取り立てて特徴のないただの女であるということ。

順調に江ノ島盾子から竹内舞子に存在を変えつつある。

 

たとえ形はどうあろうと、江ノ島盾子が人々の記憶から消え去ることで、

皆は本当の意味で人類史上最大最悪の絶望的事件が残した傷跡から

飛び立つことが出来る。

もう江ノ島としてのアイデンティティがどうのとか言ってる場合じゃないしね。

 

そろそろ朝食にしましょうか。でもその前に。

アタシはテーブルに置いておいたタブレットを手に取り、電源を入れた。

起動が終わるとLoveLove.exeのアイコンをダブルタップ。

緑がかった背景のウィンドウが開いた。

まず、その中に住む仲間に朝の挨拶をしようとしたんだけど……。

 

「七海さん、おはよ…」

 

《ちょっと江ノ島さん!これってどういうことなのかな!?》

 

挨拶は珍しくほっぺを膨らませてぷんすか怒る七海さんに遮られた。

 

「どうしたの?」

 

《どうしたのじゃないよ、これ見て。ディスプレイが散らかりっぱなしだよ?

私の生活スペースでもあるんだから少しは整理してほしいな……》

 

「えっ?……あ」

 

七海さんが小窓になってディスプレイの大部分を見せた。

言われてみれば、Wordファイルやテキストファイルが

もうすぐ1画面をオーバーする寸前まで散らばってる。

 

「やだ、ごめんなさい!すぐ片付けるわ」

 

慌てて新しいフォルダーを作り、手当たり次第に用のないファイルを放り込む。

ファイルを複数範囲選択、フォルダーにドラッグアンドドロップ。

これを3回ほど繰り返し、ついでに細々した要らないアプリも

フォルダーにひとまとめにすると、

ようやく壁紙の草原がよく見えるきれいなディスプレイになった。

 

「ふぅ、いつの間にこんなに増えたのかしら。ごめんなさいね」

 

《ありがとう。これで快適に動作できるよ。日記でもつけてるの?

もちろん中身は見てないけど》

 

「よくわかんない。後でチェックしてみる。

お腹空いちゃったから先に朝ごはん食べてくるわ。じゃあね」

 

《いってらっしゃい》

 

アタシはタブレットをシャットダウンすると、

自室を出てドアをロックし食堂に向かった。

犯人探しも結構だけど、自分の記憶もなんとかしなくちゃね。反省しつつ階段を下りる。

 

 

 

 

 

混雑の中で食べる食事は落ち着かないから、

いつも朝食は早めに起きて早めに取ることにしてる。

だから食堂にいる人はまばらだった。でも、毎日待っていてくれる人がいる。

厨房係の花村君と……

 

「江ノ島おねぇー、こっちだよ」

 

手を振る日寄子ちゃん。アタシに合わせて早起きしてくれてるの。

 

「おはよう、日寄子ちゃん。ちょっと待っててね」

 

カウンターに立つと、花村君にも挨拶。

 

「花村君おはよう。いつものAセットで」

 

「おはよう江ノ島さん!もう来るんじゃないかと思って用意しといたよ」

 

「ありがとう。……わぁ、できたてでホカホカ」

 

「そろそろ新しくCセットもラインナップに加えようかと思うんだよね!

ずっとABの2つじゃみんな飽きちゃうだろうし」

 

「飽きるだなんて贅沢な悩みよ。毎日、元超高校級の料理人の朝食が食べられるのに。

5年以上食べてるアタシが言うんだから間違いない。

あなたの料理は同じメニューでも不思議と飽きが来ないのよ」

 

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、

ぼくとしては新しい可能性にチャレンジしたいんだよね。

和洋中どれかリクエストある?」

 

「Aが洋で、Bが和だから……。Cは軽めの中華にしてみたらどうかしら。

お野菜たっぷりのクッパとかね」

 

「なるほどー!参考にさせてもらうよ。

あ、引き止めてごめんよ。ご飯が冷めちゃうよね」

 

「こっちこそ忙しいのに話し込んじゃってごめんなさい。それじゃ」

 

アタシはセルフサービスの牛乳瓶を取って、

食事の乗ったトレーを持って日寄子ちゃんの隣に座る。

 

「ごめんね、すっかり待たせちゃったわね。食べましょうか」

 

「いーけどさあ、また花村おにぃに変なこと言われなかった?

小泉おねぇの監視がないからちょっと心配だった」

 

「大丈夫よ。“今日は”真面目な話だったから。いただきまーす」

 

「ならいいけど。いただきます」

 

ふわふわのスクランブルエッグをフォークですくって口に運ぶ。

うん、やっぱり美味しい。

日寄子ちゃんもバターを塗ったトーストを一口。

 

“わしは作ったる!日本で、初めての、国産ウィスキーを!”

 

食堂の天井隅に設置された大型液晶テレビが連続ドラマの再放送を流している。

人類史上最大最悪の絶望的事件の影響で

未だにテレビ局も大掛かりなロケを行うだけの予算も人手も足りなくて、

番組もたまたま無事だったテープの再放送が多い。

役者の台詞をBGMに日寄子ちゃんと語り合う。

 

「おねぇ、今日は予定ないのー?」

 

「いつもどおり、なーんにも。

例の事件の捜査をしようにも、アテがあるわけでもないし。

必ず連続毒殺事件の犯人を捕まえてやるー、なんて意気込んではみたけど、

手がかりがないのよね」

 

「女だって事以外なんにもわかってないんだよね。

地球人口半分のうちのどっちかだってわかったことは大きな進歩だけどさ」

 

「もう半分が関わってないって保証もないわよ。

それが問題を余計ややこしくしてるの。はぁ」

 

「ため息ついたら幸せが逃げるよ。もっとも、わたしはそんな迷信信じちゃいないけど。

……そうだ!今日はわたしもオフなんだ~。一緒に外行こうよ!」

 

「外へ?」

 

「うん。このビルの中で考え込んでたって犯人像が浮かび上がるわけじゃないんだし。

だったら気分転換も兼ねて足で情報稼ごうよ」

 

「……そうね。日寄子ちゃんの言う通りかもしれない。

じっとしてたって始まらないものね」

 

「やったー、決まり!おねぇとデートだ~」

 

「デートて。まぁ、とりあえずご飯食べちゃいましょう」

 

それからアタシ達はちょっと冷めちゃったモーニングプレートでお腹を満たし、

トレーを返却口に返す。

 

「ごちそうさま。アタシ達ちょっと出かけてくるわ」

 

「お粗末様!出かけるって、とうとう始めるの?」

 

「そーだよー!警察が頼りにならないから、わたし達で大捜査を開始すんの」

 

「日向君も言ってたけど、危ないことはしないでね!」

 

「ええ。無理のない範囲で頑張るわ」

 

「じゃあ、行こっか」

 

「その前に、一旦部屋に戻ってもいいかしら。タブレット置いてきちゃった。

緊急時の連絡に必要になるから」

 

「わかった。エントランスで落ち合おうね」

 

「すぐ行くから、ちょっと待ってて」

 

アタシは階段を駆け上がり、自室に戻る。

掌紋・IDカード・タブレット認識型の認証装置に手を置くと

自動でアタシの手を読み取り、ドアが開く。

テーブルのタブレットをベルトのホルスター型ケースに差し込むと廊下に逆戻り。

日寄子ちゃんが待ってる。急いでエントランスに向かう。

広い1階に着くと、彼女が外出申請を提出したところだった。

 

「これお願いしまーす」

 

「はい、問題ありません」

 

「お待たせ、日寄子ちゃん」

 

「ううん。おねぇも申請済ませなよ」

 

「わかった」

 

アタシも受付で外出申請用紙に記入し、局員に手渡した。

 

「これ、お願いね」

 

「承りました」

 

そして、アタシは放浪生活から戻って以来、

初めて自分の意思でこの第十四支部のビルから外に出た。

自動ドアが開くと同時に吹き付ける風が気持ちいい。

日寄子ちゃんと一緒に、車も行き来する敷地内を縫う横断歩道を渡りながら歩道に出た。

思わず辺りを見回す。

外で見る昼の街並みは、自室の中から覗く景色とはまた違って見える。

 

「おねぇ、どこ行こうか」

 

ああ、のんびり見物してる場合じゃないわね。

事件解決につながる手がかりを探すのが目的なんだから。

 

「まずは、久美子さんの住んでいたアパートを見に行きましょう。

法廷記録に住所が残ってる」

 

「わたし達が裁判員になった最初の事件だったよね……」

 

「そう。今更何か見つかる可能性は低いけど、

現場を見ておくだけでも意味はあると思うから」

 

アタシはタブレットのGPSアプリを起動し、目的地を設定。

徒歩での最短ルートが表示された。予測所要時間はおよそ30分。

そして彼女が暮らしていたアパートへ歩き出す。

十四支部の周りにはレストランや小規模デパート、銀行等が立ち並んでいたけど、

しばらく歩くとすぐに景色は寂しいものになる。

 

主要地域以外には、まだ復興の手が及んでいないと知ってはいたけど、

ここまで極端に変わるとは思っていなかった。

一軒家には空き家が多い。空き巣や強盗に狙われやすいせいだと聞いてる。

他には急ごしらえの団地。こちらも同じ理由で低層階には人が入りにくいらしい。

 

あちこちひび割れたアスファルトから雑草が飛び出している。

ゴツゴツした道路を日寄子ちゃんと手をつなぎながら歩く。会話はない。

日本のスラム街と言ってもいいこの空間には、

人からポジティブな感情を奪う何かがある。

 

少し汗ばむほど歩いたところで到着。

徒歩で出向くには少々遠いところに、そのアパートはあった。

明らかに昭和時代に立てられた2階建て。

塗装の剥げた階段は錆びきっていて、いつ段差を踏み抜いてしまってもおかしくない。

 

「ここよ」

 

「うん……」

 

久美子さんとご主人が人生の大半を過ごし、そして終わりを迎えた古い木造アパート。

誰か住んでいるんだろうけど、人の気配が全く無い。

悲しいほど静かなその場所で、アタシ達はしばらく立ち尽くしていた。

 

「なにか、あるかなぁ」

 

「誰か、事情を知ってるかもしれない。訪ねてみましょう」

 

思い切ってアパートの敷地に入る。

1階の一室には、まだ“吉崎”という名前が残っていた。

とりあえず右端の部屋から呼び鈴を押して見る。一つ目は留守だった。

二つ目も反応がなかったけど、メーターが回っている。

居留守を使われているようだから諦めて三つ目を押した。

すると中から足音が近づいてきた。やっと住人から話が聞けそう。

玄関ドアの向こうから無愛想な男性の声が返ってきた。

 

“……誰だ”

 

「突然すみません。あの、アタシは吉崎さんの知り合いなんですが、少し話を……」

 

“帰ってくれ”

 

「少しでいいんです。事件当日に見慣れない人や車は……」

 

“帰れと言ってるんだ!”

 

「どうしても知りたいんです。あの人が犯行に至った経緯が」

 

“うるさい!いい加減にしろ!警察を呼ぶぞ!”

 

「……わかりました。お忙しいところすみませんでした」

 

けんもほろろの態度に引き下がるしかなかった。

その後、2階の部屋にも聞き込みをしたけど、

留守かさっきの部屋の住人のように口をつぐむだけだった。

久美子さんの事件には関わりたくないらしい。

アタシ達はアパートから立ち去るしかなかった。

 

「……だめだったね」

 

「うん。次は喜男さんが勤めていた作業所ね」

 

「でも、いいのかな。法廷記録って本当は持ち出し禁止なんでしょ?

勝手に捜査に使っちゃって……」

 

「正直黒に近いグレーね。確かに法廷記録の情報でここに来たのは事実だけど、

アタシには超高校級の女神の他に謎の分析能力がある。

アパートの位置はニュース番組で映った現場周辺の映像で大体の場所はわかったし、

今から行く作業所は、小泉さんに見せてもらった週刊誌で

モザイク処理された施設の外観を分析したの。

画像加工のパターンを解析して元の写真を脳内で復元したってわけ。

だからアタシ達が頼ってる情報は法廷記録でもあり、自分で手に入れた情報でもある」

 

「そっか!狛枝おにぃを治したときのアレがあったよね」

 

「そういうこと。また少し歩くけど、頑張れる?」

 

「もっちろん!」

 

アタシは日寄子ちゃんに微笑むと、またGPSに目的地を入力。今度も結構歩くわね。

途中で休憩を挟みましょう。タクシーなんて使える身分じゃないし。

 

作業所もまた栄えているとは言えないエリアにある。一度大通りに戻ってそのまま東へ。

10分ほど歩くと、二人共疲れが出始めた。

ちょうどいいところに喫茶店があったから迷わず入る。

4人がけのテーブルに着くと、二人共“あ~っ”と息をついた。

 

「おねぇ、あとどれくらい?」

 

「20分ほど。お昼も近いからここで何か食べましょう」

 

メニューを眺めていると、店員さんがお冷とおしぼりを持ってきた。

 

「ご注文はお決まりでしょうか」

 

「わたし、オムライス」

 

「ええっと。アタシは……。アイスコーヒーで」

 

「えっ、何か食べないの?」

 

「あ、えーと。うん、あんまりお腹空いてないから」

 

ぐ~っ

 

そう答えると同時にお腹が鳴った。とんだ赤っ恥に思わず顔を伏せる。

 

「おねぇ……。もしかしてお金ないの?」

 

「1年ぶらついてた間に未来機関からの見舞金使っちゃったっていうか、

毎月のお小遣いが1万円しかないっていうか……。

本当に食欲ないから気にしないで?」

 

「見え見えの嘘ついてんじゃねーっての!もう、店員さん、オムライス2つね!」

 

「かしこまりました~」

 

「ごめん……」

 

その後届いたオムライスは、おいしかったけど、どこかしょっぱい味がした。

腹を満たして疲れも取れたアタシ達は、また作業所への道を歩き出す。

 

「日寄子ちゃん、ごちそうさま……」

 

「ウシシ、ジャバウォック島ではおねぇが億万長者だったのに、

立場って変わるもんなんだねぇ!」

 

「なんにも仕事してない手前、“小遣い値上げして”なんて

口が裂けても言えなくて……」

 

「気が向いたらおやつ買ってあげるよ~」

 

「ありがと……」

 

アタシは下がりきったテンションのまま、2回目の事件現場まで歩く羽目になった。

 

 

 

 

 

作業所の門にはまだ規制線が張られていた。中に入るのは無理みたい。

外から覗くと、広いガラス戸の向こうに喜男さんが働いていた小さな工場が見える。

年季の入った加工機械や作業台があるけど、これらが使われることはもうない。

 

「建物の向こうに喜男さんが立っていたわけだけど、ここからじゃ何も見えないわね」

 

「また近所の人に聞いてみようよ」

 

「そうね。ここで立ち止まってても仕方ないわ」

 

アタシ達は付近の家々を訪ねて回った。まず一軒目のインターホンを押す。

住人の女性が出てくれた。

 

“はい、どちら様ですか?”

 

「すみません、竹内という者ですが、隣の作業所で起きた事件についてお聞きしたくて」

 

“それはもう警察の方に全てお話しました”

 

「あの、当日に見慣れない女性を見かけませんでしたか?

会って話を聞きたいんですが……」

 

“知りません”

 

「それでしたら、作業所で普段から怒鳴り声や争うような様子は……」

 

“知りませんから!”

 

受話器を下ろす音と共に通話が切れてしまった。日寄子ちゃんを見て肩をすくめる。

あまり期待していなかったこともあって、さっさと2軒目に取り掛かる。

建売住宅のインターホンを押して話を聞こうとしたけど、

返事はやっぱり“知らない”“聞いたことがない”だけ。

作業所を囲むように建っている家は全部回ったけど、有力な情報は得られなかった。

 

「望み薄だったけど、ここまで何も出てこないとはね」

 

「ケチケチしないで情報出せっての!絶対何か気づいてるくせに!」

 

「文句を言っても始まらないわ。今日はここまでにしましょう」

 

「うん。わたし、足が棒になっちゃった」

 

日は既に傾いて、夕方になろうとしている。

アタシ達は暗くならないうちに帰ることにした。

 

 

 

 

 

「すっかり遅くなっちゃったね。わたしもうクタクタ~」

 

「そうね。少し早いけど、直接食堂に行って夕食にしましょうか」

 

十四支部に戻ったアタシ達は、

とにかくお腹を満たしたかったから、部屋に戻らずまっすぐ食堂に足を運んだ。

今夜は左右田君とソニアさん、十神君と同席できた。

 

「おいっす、お疲れ」

 

「左右田君もお疲れ様。もう仕事上がり?」

 

「まーな。ちょうどソニアも語学講習が終わったところでバッタリ会ったから一緒だ」

 

「江ノ島さんと西園寺さんも食事を受け取ったらどうぞこちらへ。

お二人とも、疲れが溜まってメロリンQのようですね」

 

「さっさと飯を選んで席につけ。俺に報告することがあるだろう」

 

「急かさないでよ豚足ちゃん。えーっと、“どんぶりフェア開催中”だって。

おねぇどれにする?」

 

「そうねぇ……。アタシ少食だから、うな丼は重いかも。

ミニ親子丼とミニうどんセットにするわ」

 

「じゃあわたしもそれにするー!どうせうな丼はナマズか穴子の偽物だし」

 

「軟弱者め。うな丼、カツ丼、親子丼、全て大盛りで食べてこその栄養補給だろう」

 

「オメーが食い過ぎなんだよ。ちょっとはダイエットしろっつの」

 

「正気か?わざわざ自らを苦しめて、

この体型を手に入れるために費やした時間と金を無にしろと、そう言うのか!」

 

「飯がお前の生き甲斐だってことは知ってるけどよー。

程々にしとかねえと、生活習慣病でどうかなっても知らねーぞ?」

 

「本望だ。コーラばかり飲んでいるお前に言われたくはない」

 

「まあまあ、お食事の席ですから落ち着いて……」

 

苦笑いしながらみんなのやり取りを聞きつつ、

アタシと日寄子ちゃんはカウンターで親子丼セットを受け取ると、

ソニアさん達のいるテーブルに着いた。

 

「待たせちゃってごめんなさい」

 

「お気になさらず。わたくしも江ノ島さん達とご一緒したかったので」

 

「えへへ、わたしもソニアおねぇと食べられてラッキーだよ。いただきまーす」

 

そして、アタシたちも夕食を開始。まずはうどんのスープを一口飲む。

舌を温めてから親子丼をレンゲですくい、口に運んだ。美味しい。

少しご飯を胃に送ると、みんなに捜査活動の報告をした。

特に十神君が待ちきれない様子だったから。

 

「あのね、今日は例の事件の現場に行ってきたの」

 

「ご苦労。詳しく説明しろ」

 

「付近の人達に事件当時、気づいたことはないか聞いてみたんだけど、

誰も何も答えてくれなかった」

 

「そーなんだよ!次の犠牲者は自分かもしれないのに、家に閉じこもっちゃってさ!」

 

「俗物の公共心など所詮その程度だ。他には?」

 

「これは偶然かもしれないんだけど、2つの事件現場は両方共、なんていうか……。

あまり開発が進んでない感じのところだった。時代に取り残されてるような」

 

「結論を出すのは早計だが、俺には単なる偶然とは思えん。

わざわざ貧しい連中が集まる場所を選んだのには、何か理由があるはずだ」

 

「そうなの。この前事情聴取を受けたときに仮説を立てたんだけど、

犯人は生活が行き詰まってどうにもならない人や、抵抗する術を持たない人を

間違った方法で救おうとしてるんじゃないかって。G-fiveを使った自殺や他殺でね」

 

食事時の話題じゃないのはわかってるけど、情報共有は速やかにしなきゃ。

連続毒殺事件はみんなで解決するって約束だから。

 

「だとしたら犯人はとんでもなくヤベー奴なんじゃねえか?絶対イカれてるって」

 

「誰かに後をつけられはしませんでしたか?

やっぱりわたくしお二人が心配になってきました……」

 

「大丈夫よ。超高校級の軍人でもあるから、自分の身は守れるわ」

 

「なら、いいのですが……」

 

「今更何を言っている。俺も江ノ島も退く気はない。必ず俺達が犯人を追い詰める」

 

その時、TVモニターからアナウンサーの声が聞こえてきた。

 

“こんばんは。6時のニュースです。

本日、台東区の住宅から銃声のような音が響き、近隣住民が武装警察隊に通報。

駆けつけた警察官が住人に事情を聞くためインターホンを押したところ応答がなく、

ドアを破って突入したところ、居間で住人と見られる男性一人の遺体が見つかりました。

遺体に外傷はなく、警察は連続不審死との関連も視野に入れ、

死亡した住人の身元の確認を急いでいます”

 

淡々と今日の出来事を告げるアナウンサーは、さっさと次のニュースに移った。

だけどアタシ達の間に嫌な予感が走る。外傷なし、連続不審死との関連性。

またG-fiveの犠牲者が出たことは想像に難くなかった。

 

「全員、覚悟はしておけ」

 

十神君の一言で、皆の間に沈黙が下りた。

 

 

 

 

 

後日、予想通りアタシ達はこうして霧切響子に大会議室に集められた。

これで出廷前のブリーフィングは3回目。

霧切が話を切り出し、皆が緊張した面持ちで聞き入る。

 

「日向君から全員の裁判員継続の意思を確認したわ。

裁判所にはそう伝えておくけど、本当にいいのね?」

 

「……全然平気ってわけじゃないっすけど、

唯吹は盾子ちゃんと一緒に頑張るって決めたっす」

 

「おうよ。自分の手ェ汚さねえで人に殺しの身代わりさせてる

ふざけた野郎をぶっ潰すまで止める気はねえ」

 

「三度目の正直と人は言う。次こそ組長と共に真相を解明してみせよう」

 

「案ずるな!俺様と魔獣フェンリルが完全復活を遂げた今!

真実の扉を閉ざす如何なる不可思議も我が左腕の前には無意味!

破滅を抱きし我が左、零を司る俺の右、そして貪欲なる我が下僕!

三位一体が成されし時、因果の鎖は解き放たれる!これぞ、田中キングダム!」

 

「あー、はいはい。日寄子ちゃんも盾子ちゃんもごめんね?

この前2人だけで捜査に行ってくれたんだっけ。

アタシもついていければよかったんだけど」

 

「仕事が忙しいんだから仕方ないわ。だったらいつも暇してるアタシが行くのは当然。

貴重な休日に付き合ってくれた日寄子ちゃんを労ってあげて?」

 

「……そうだね。日寄子ちゃん。ありがとう、今度はアタシも連れてってね」

 

「もちろん!小泉おねぇも加われば怖いもんなしだよ!他の連中はアテにならねーし」

 

「そろそろ始めてもいい?これが今回の事件の概要よ」

 

霧切響子が特別製のタブレットを操作すると、全員のタブレットが振動を始めた。

サイズ大きめのpdfファイルが届き、皆が熟読を始める。

最初に読み終えた日向君が難しい顔をする。

 

「これが今回の事件か……。

遺体の状況からして、今回もG-fiveが使われたと考えて間違いなさそうだ」

 

「フン、だから俺達に再び裁判員として出廷の依頼が来たのだろう。

容疑者と真犯人には必ず何らかの接点がある。今度の裁判で必ずそれを引きずり出す」

 

「うむ。十神の言う通り、

この事件は停滞している連続毒殺事件解決のチャンスと捉えることもできる。

皆、心してかかれい」

 

「日程は資料に記載されている通りよ。また集合は午前9時。遅れないでね」

 

霧切響子の念押しでブリーフィングが終わった。

皆、三々五々各自の持ち場へ帰っていく。

他にすることがないアタシもタブレットを持って自室へ向かったけど、

途中、複雑な顔をしたお姉ちゃんに呼び止められる。

 

「ねえ、盾子ちゃん」

 

「どうしたの?お姉ちゃん」

 

「この前、一緒に行けなくてごめんね?」

 

「仕事があったんだからしょうがないじゃない。

アタシだって子供じゃないんだから大丈夫だって」

 

「それはわかってるけど……。次は声をかけてくれると嬉しいな」

 

「都合がつくようならお願いするわ。約束」

 

「うん……。約束!」

 

お姉ちゃんの表情が明るくなる。支えてくれる人がいるっていいものね。

アタシの気持ちまでなんだか晴れやかになり、

その場でお姉ちゃんと別れて今度こそ自分の部屋に戻った。

 

 

 

そして。

読み取り機にタブレットをかざして中に入ると、心臓が跳ね上がるような思いをした。

留守の間、誰かの手で部屋中のありとあらゆる場所に

A4サイズの紙が貼り付けられていた。

その異様な光景にわずかな間、呼吸することすら忘れる。

どの紙にも同じ言葉が書かれていた。

 

──ここは私の部屋

 

 


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