江ノ島盾子にされてしまったコミュ障の悲哀【完結】   作:焼き鳥タレ派

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第14章 例え手にしたものが身を滅ぼそうと

“こちら渋谷09、警視庁より通達。日比谷01、応答願います”

 

「日比谷01、どうぞ」

 

“えー、8時12分、現状マル暴、G事案ともに判然としない。

警戒態勢を維持しつつ予定箇所に突入願う”

 

「日比谷01、了解。到着次第、機捜展開し突入及び不審者の鎮圧を行う」

 

“渋谷09了解”

 

ノイズがかって聞き取りづらい武装警察隊の無線通信が車内に流れる。

機動隊の車両を先頭に、アタシ達を乗せた武装警察隊の車列が夜の車道を進む。

今なお再開発の手が及んでいない周辺の道路はデコボコしていて、

時々装甲車ごとガタンとアタシ達を揺らす。

 

皆の言葉数は少ない。6年前を思い出す。

だけど塔和シティー攻略作戦と決定的に違う点は、

目的が誰かを助けるためでなく、誰かを倒すためだということ。

しかも、その“誰か”が誰なのかも曖昧なまま。

 

無数のヘッドライトが闇を切りながらひた走る。

第十四支部から車に乗り込み、

警視庁前の交差点で待機していた機動隊と合流してから1時間経った頃。

外部監視用の小窓から外を見ていた終里さんが皆に呼びかけた。

 

「なあ!あれ希望ヶ峰学園じゃねえのか!?」

 

その声に全員窓を開けて闇夜に浮かぶ巨大な建物の姿を見る。

 

《うん。間違いないよ。この位置から見える大型建造物は……。希望ヶ峰学園だけ》

 

「ボク達が学園生活を送った校舎とは、思えないよね……」

 

「どうにか面影が残っている程度じゃのう。ワシも、なんと言っていいか」

 

「シャングリ・ラが魔王バアルの居城と化したか……。

アビスの波動が渦巻いていることは間違いない」

 

「あうう…私達の思い出が、めちゃくちゃになってますぅ」

 

みんなは知っててアタシは知らない、広い敷地にそびえ立つ学校だったもの。

殆どの窓ガラスは割れ、外壁にはヒビが入り、蔦が絡みつき……。

そして古い血痕が。人類史上最大最悪の絶望的事件の忘れ形見。

外部をこの目で見るは初めて。

今のアタシを形作る引きこもりの記憶をさらってみると、

確かゲームの1シーンで見ただけ。

 

それもあって、みんなには悪いけど、

希望ヶ峰学園はただの古い建物にしか思えない。

別段、大した落胆も失望もなかった。

 

アタシが気になるのは、やっぱりB子の正体と目的。

彼女にG-fiveを作らせたのが《希望》の残党であることはわかりきってる。

希望を名乗る組織の全容も解明しなきゃ。

まずはB子を探し出して組織について吐かせる。

 

10分程して車が止まった。もう目の前には希望ヶ峰学園の校門。

その前に機動隊の車が密集し、ヘッドライトで正門だけが明るく照らされる。

奥の様子は光が届かないのか不気味な闇を放つだけ。

アタシ達が乗っている車から助手席の隊員が降り、

続いて車を運転していた隊員も降りようとしたけど、

その直前ぶっきらぼうな声で念押しした。

 

「おい。お前達はここで待機だ。指示があるまで動くな」

 

返事も聞かずに外に出てドアを閉めると、隊列を組む別車両の隊員と合流した。

 

「チッ、偉そうに指図しやがって。

日向らが手がかり見つけるまで、この場所もまるっきり放置してたくせによォ」

 

「イラつくのはわかるけど、ここは我慢しましょう。

本来アタシ達民間人の参加が認められることはなかったんだから。

十神さんが無理を押し通してくれなかったら、

ただ結果を待つことしかできなかったんだし」

 

「わぁったよ。お手並み拝見と行くか。

奴らが泣いて帰ってきたら指差して笑ってやんよ」

 

九頭龍君が短刀を抜いて刀身を車内灯にかざして切れ味をチェックする。

そうね、思い出した。ここに来るまでに、十神さん達といろいろあったのよね。

お呼びが掛かるまで、今日の出来事を整理しておきましょう。

 

 

 

 

 

気のせいかしら、やっぱりどこか乱暴にタブレットが振動する。

テーブルに置いていたタブレットを手に取り電源を入れると、

十神さんからのビデオ電話。前置きもなしに用件を突きつけてくる。

 

『指令だ。お前達が持ち帰った情報を元に、

武装警察隊が旧希望ヶ峰学園校舎に突入することが決まった。

同行して謎の女と《希望》の残党を確保してこい。警察より先にだ。

どちらの立場が上かを分からせてやれ。

決行は一週間後。恐らく戦闘になるだろう。手抜かりなく準備をしておけ。

……警察も全く面の皮が厚いものだ。親の顔が見てみたい。

情報だけは要求しておいて手柄は

「局長ー!言われた通り午後ティー買ってきました!」

馬鹿者、紅茶と言われてペットボトルを買ってくる奴があるか!湯を沸かして茶葉を

「ちょっとデコマル!あたしの仕事取るんじゃないわよ!

白夜様に紅茶を提供するのはあたしだけの役得」

ええい、画面に入るなと言っている!

この馬鹿二人を第一支部に推薦した奴は誰だ!』

 

そこで通信切断。苦笑していると画面が切り替わって、今度は霧切響子。

 

『詳しくは私からね。出発は一週間後の午後7時。

武装警察隊の車が迎えに来るから時間厳守ね。

十神局長も言っていたけど、希望ヶ峰学園到着後は激しい戦闘が予想される。

捜査に加わる人は相応の準備と覚悟をしておいて。

あと……。戦いに自信のない人は参加しないという選択肢もある。

そもそも今回の未来機関の作戦参加は十神局長が強引にねじ込んだものだから』

 

「俺は行く。みんなの代表としてこの事件の結末を見届ける義務があるし、

俺の超高校級の希望なら必ず何かの役に立てる」

 

リーダーの日向君の発言をきっかけに、皆が次々に決意を述べる。

 

「うまく言えないけど、ボクの幸運で何もかもうまく行けばいいと思ってるよ。

揺り返しの不幸が怖いんだけどさ。ハハ」

 

「オリジナルが現場に出向くことができない以上、俺が出るしかなかろう。

十神の名にかけて、な」

 

「嗚呼…ラグナロクの刻が迫っている。

左腕に封印せし暗黒竜が俺様の中で暴れ狂う!」

 

「ま、オレはガチンコの戦いには向いてないからやっぱお前らのサポートだな。

ガジェットの具合が悪かったら今のうちに言えよ?」

 

「わたくしの武器は問題ありませんわ。和一さんが改良してくれましたし」

 

「花村も来るんだろー?オレ、お前の料理がないと200%のパワー出せねえからさー」

 

「もちろん行くよ!激しい戦闘になるんだよね?だったらポロリも期待でき」

 

「できるわけないでしょうが!なんであんたは最後までそうなのよ!?

あと、アタシのカメラは快調だから!」

 

「ワシも終里のマネージャーとして参加するぞい。

敵などおらんに越したことはないが、

現れたとしてもワシのストレッチで元気にしてやるわい。

ちょいと痛みを伴うがのう!」

 

「わたしも行くけどさー、

今度は澪田おねぇのマイク、完全に声が漏れないようにしといてよね。

昔あれでひどい目にあったし」

 

「当時も思ったんすけど、

唯吹の声が完全に兵器扱いされてる状況が物哀しいっす……」

 

「九頭龍組の頭として、ここで退けるわけねえだろうが。

例の女には、きっちり落とし前つけさせる」

 

「私は組長と共に往くだけだ。何が立ちふさがろうと、この竹刀で斬り伏せよう」

 

「ええっと、私は皆さんが怪我をされたときに手当てを……。

あ、もちろんそうならないのが一番なんですけど」

 

「アタシにできることなんてもうないんだけど、連れて行って。

B子とアタシとG-five。何かで繋がってる気がする。それを確かめなきゃ」

 

「だったら私が盾子ちゃんを守る。危なくなったら私の後ろに下がってね?」

 

全員が参加を表明すると、霧切響子は大会議室の皆を見回し、軽くため息をついた。

 

「本当は危険な作戦からは降りて欲しかったんだけど、

みんなは昔と変わらないわね。わかった。十神局長を通じて警視庁に伝えておく。

だけどこれだけは約束して。全員無事に帰ってくること。いいわね?」

 

皆がそれぞれの形で返事をした。その瞳は決意に満ちている。

全てが終わった時、この世界に本当の希望が訪れる。そう信じていたから。

 

 

 

 

 

銃声がひとつ夜空を裂く。回想に浸っていたアタシはハッと我に返る。

とうとう戦闘が始まった。隊員達の指令と怒号が飛んでくる。

全員が小窓から希望ヶ峰学園の正門を見た。

だけどヘッドライトで逆光になり、奥の様子が見えない。

 

鳴り続ける銃声、打撃音、そして悲鳴。

それらが入り乱れ、敵のものか味方のものかわからない。

アタシ達は緊張しつつ様子を伺う。

もし戦況不利なら出動命令が出るはずなんだけど……。

 

15分程で戦闘が終わったのか、静寂が訪れる。

でも、誰も戻ってこないし、中で何かをしている様子もない。

思い切って無線機のマイクを取って呼びかけてみた。

 

「誰か、誰か応答して!無事なの?援護は必要?」

 

受信機はただノイズを流すだけ。

アタシは不安な気持ちを抱えて日向君を振り返る。彼は黙って頷いた。

 

「みんな行こう。俺達の母校へ!」

 

全員が言葉ではなく視線で応えると、ぞろぞろと装甲車から降りた。

雑草を踏みしめ、道路を横切り、とうとう希望ヶ峰学園の敷地に入る。

アタシ達は正門の前で一旦立ち止まる。

田中君が言ったように、それは夜の闇も相まって

魔王の城のように近づく者を拒む冷たい悪意すら感じさせた。

 

私立希望ヶ峰学園。

都内一等地に立つ超一流のエリート校。

日本のみならず世界の未来をリードする天才を育成する教育方針を掲げている。

入試制度は設けておらず、生徒は皆他校からスカウトされた転入生。

入学資格はただひとつ。何らかの分野において超一流であること。

誰もが希望ヶ峰学園について語るときには、必ず口々にこう言った。

 

『この学園を卒業できれば、人生において成功したも同然』

 

そのはずだった。江ノ島盾子という化物が現れるまでは。

彼女が放った絶望は世界中に伝播し、希望の象徴であった学校は死、苦痛、悲しみ。

果ては人間の欲望、エゴ、憎しみ、殺意、狂気。

数え切れないほどの醜さの中心地となり人類という種を汚染していった。

 

心は他人とは言え、当の江ノ島盾子が

また希望の残骸の前に立っているのだから世の中何が起こるかわからないものね。

声に出さず口だけで自嘲気味に笑うと、

お姉ちゃんには気づかれたみたいで、そっと背中に触れてきた。

 

「盾子ちゃん。一緒にがんばろう」

 

「……うん、アタシは大丈夫だから」

 

日向君が意を決して皆に告げた。

 

「俺達も突入するぞ!」

 

正門の重い門扉は機動隊が開けたままだからいつでも入れる。

彼が一歩足を踏み入れると、一人また一人と中に入っていく。

アタシを最後に全員が敷地に入ると、

遠くの方で電気も通ってないのに地面にポツポツと灯る明かりが見えた。

 

「探知機に反応だ。多分機動隊なんだろうが……。ピクリとも動きやしねえ」

 

左右田君が生体反応探知機で周囲を警戒していると、何か見つけたみたい。

 

「どの辺りだ?」

 

「この道をまっすぐ」

 

アタシ達は小走りで探知機のマーカーが示す場所に向かう。

 

「あそこだ!反応が近いぞ!」

 

暗くてよく見えなかったけど、そこには確かに機動隊員が倒れていた。

明かりの正体は彼らが持っていた懐中電灯やヘルメットのライトだった。

よく見ると光源だけじゃなく、

彼らが装備していた強化プラスチックの盾や銃も転がっている。

すぐさま罪木さんが駆け寄り、生死を確かめた。

 

「うう、俺は…ぐうっ!」

 

「だ、大丈夫です!重症ですがまだ助かります!今、応急処置をしますからね!」

 

「にげ、ろ…やつらが、くる」

 

「明らかに異常事態だな。俺は霧切さんに連絡を取る。みんなは周囲の警戒を頼む」

 

罪木さんは救急箱を開け、手早く隊員の治療を開始。

日向君はタブレットで霧切響子に応援要請。

アタシ達は円になって四方を見張るけど、

誰もいないはずの広場に何か薄ら寒い気配を感じる。

だけど暗闇に隠れて姿が見えない。

気のせいであることを祈りながら時間が過ぎるのを待った。

 

「……ああ、きっと部隊は壊滅状態だ。救急車を手配してくれ。俺達も引き返す。

わかってる、無理はしないさ。また何かあったら連絡する」

 

通話を終了すると、タブレットをしまいながら日向君が決定事項を伝える。

 

「作戦は失敗。俺達だけで対処するのは無謀だ。引き返して迎えを待とう」

 

「それなんだがよう、日向。オレとしては無理なんじゃねえかと思うんだよな……」

 

左右田君が青くなって生体反応探知機のモニターを見てる。

 

「どういうことだ?」

 

「ぐるっと回ってレーダーを向けたんだが、どの方向にも光点があってよー……。

つまり、オレ達、囲まれてるっぽいんだよな」

 

「「!?」」

 

にわかに全員が騒然となる。皆が辺りを見回すけど、やっぱり暗くて何も見えない。

 

「囲まれてるって、隊員の反応じゃないのか!?」

 

「ちげー!味方なら丸印なんだが、所属不明は逆三角なんだ。

しかもその三角、ジリジリ俺達に近づいてる気がすんだよ……」

 

「全員、構えろ!」

 

すかさず日向君の指示が飛ぶ。みんながそれぞれの武器を構え、接敵に備えた。

アタシもとっさに超高校級の軍人で殺人術の型を取りながら、敵が現れるのを待つ。

希望ヶ峰学園の中央で完全に取り囲まれたアタシ達。

逃げ出すには、誰かもわからない敵を倒すしかない。

 

そして、皆の緊張がピークに達した時、

“奴ら”が茂みから、ベンチの影から、枯れた広葉樹から、

ぬるりと這い出すように姿を現した。

 

──まだ生き残りがいやがったか。ま、俺らのやることは変わらねえけどよ。

 

足音がはっきり聞こえるほど近づいた時、初めてその正体が見えた。

闇に溶け込む漆黒の学生服に身を包んだ長身痩躯の男達。

髪もまたそれに合わせるように長い黒を肩まで伸ばしてて、

肌が露出しているのは顔と手だけ。

 

まるで死人のように真っ白な顔には蛇のような長細い目が走り、

アタシ達を見てニヤリと笑う。その口角もまた口裂け女のように広く、

笑った口からはやはり蛇のように長い舌が垂れる。何より異常なのは……

 

「こいつら何人いやがるんだよ、おい!」

 

左右田君が悲鳴を上げるのも無理はない。

奴らはみんな、全く同じ姿をしていたから。

目も鼻も口も、身長も服装も何もかも同じ。

 

「みんな落ち着いて!奴らの能力は──!」

 

 

○超高校級のボディーガード

 

斑井(まだらい)九式~百八式

 

 

「そうだよ、わかってんじゃねえか。さすが、江ノ島盾子ってとこか?」

 

斑井の一体がアタシ達を追い詰めるようにゆっくりとした足取りで近づいてくる。

 

「ねえ盾子ちゃん!これ、もしかしてクローン人間ってやつ!?」

 

「他に可能性がないわ!少なくとも味方じゃない!」

 

他の斑井達もじわじわと包囲網を狭めてくる。

 

「ああ、俺達の敵はお前達」

「俺達の使命は、守ること」

「だから奴らに死んでもらった」

「彼らに近づく奴は」

「生かしちゃおけねえ」

「今度こそ」

「守り抜く」

 

別々の個体がまるで意思を共有しているかのように、複数の口が一つの言葉を語る。

 

「というわけでよう!!」

 

九式が長い腕しならせ大きな拳を飛ばしてきた!

軍人としての判断能力でとっさに回避。それが戦闘開始の合図だった。

皆、一斉に百人の斑井と戦いを始める。戦況は最初から不利。

なにしろ16対100だからね!各自のガジェットが早くも火を噴く。

 

「そこっ!」

 

「はぎがああああ!!」

 

奇妙な形の弾丸がソニアさんの銃から発射され、斑井の一体に刺さる。

弾丸は一気に強力な電気を放ち、斑井を失神させた。

 

「次は……。そこですね!」

 

「っと、残念はずれだぁ!」

 

「後退しろソニア!」

 

「和一さん、予備の弾を!」

 

ソニアさんは左右田君が作った無線式テーザーガンで戦う。

小さなバッテリーを内蔵したコンセントのプラグに似た形状の弾丸を発射し、

電気ショックを与える。でも、この暗闇で命中させることは難しいみたい。

 

「オラァ!」

 

「ふっ!……あんだよ、その程度か?」

 

終里さんの回し蹴りをガードし、

彼女を捕らえようと絡みつくように両腕を伸ばす何番目かの斑井。

体操部の能力で攻撃を見切って避けたけど、自分の攻撃も通らない。

 

「なあ、まだかよ花村!晩飯とっくに消化しちまって腹が減ってきてんだよ!」

 

「ちょっと待って!……焼けた、と思う!はい、500gダイナマイトハンバーグ!」

 

花村君がフライ返しで大きなハンバーグを投げ、終里さんが口でキャッチ。

でも様子が変。

 

「よっと!むぐむぐ……んんっ!?花村、これ生焼けだぞ!」

 

「え、そうなの!?ごめん、暗くて焼き加減がよくわからなくて!」

 

「これじゃ半分も力出ねえよ……。オッサン頼む!」

 

「おう、ワシに任せい!」

 

生焼けを食べてしまった終里さんに代わって弐大君が前に出る。

 

「……ははっ、次はてめえか」

 

「その不健康そうな身体、ワシの施術で血の巡りを良くしてやるわい!」

 

「訳わかんねえこと言ってんじゃ、ねえ!!」

 

斑井が一気に弐大君に接近し、彼に両方の拳を繰り出す。

銃弾のような速さの拳をキャッチし、斑井の拳を封じることができた。

と、思った瞬間。

 

「へっ、甘えんだよ……」

 

「な、なんじゃ!」

 

逆に自分の体を弐大君に引き寄せ、軟体動物のように絡みつく。

弐大君の大きな身体を這い、一瞬で背中に回った斑井が、

彼の首と頭部に両手を回す。

 

「首をへし折るか、頭を叩き潰すか、それが問題だ。ってなあ?」

 

「しまった!」

 

「動くな弐大ぃ!」

 

その時、闇の向こうから人影が飛んできて、

弐大君の背中に貼り付いていた斑井の脇腹に飛び膝蹴りを叩き込んだ。

たまらず奴はひび割れだらけの歩道に投げ出される。

 

「ごほあっ!」

 

まだ殆ど数を減らしていない斑井を警戒しつつ

弐大君と合流する九頭龍君と辺古山さん。

 

「おう、しっかりしろや」

 

「うぬう、すまん!」

 

「組長、まだ敵が迫っています!」

 

「まとめて片付ける。極道の喧嘩、見せてやらあ」

 

3人は一体となって斑井の群れに突っ込んでいく。

 

澪田さんと日寄子ちゃん、小泉さんがグループになって、

改造ギター、カメラと扇子で戦っていた。

 

「小泉おねぇ、わたし、もう疲れちゃった~」

 

敵の視神経に訴えて注意を引きつけるよう配置されたLEDライトが光る扇子を持って

舞い続けた日寄子ちゃん。既に着物は汗でぐっしょり。

 

「ごめんね!敵と味方がごっちゃだからフラッシュが使えなくて……」

 

「モーマンタイ……。深呼吸して、もうちょい頑張るっす」

 

彼女に引き寄せられた敵に歌と演奏で攻撃する澪田さんも、疲れの色を隠せない。

 

「……超音波か。耳をふさげば、楽勝だな」

「指を折って、二度とピックをつまめない手にしてやるよ」

 

攻撃の正体に気づいた何人かが、ハンカチを破って耳に詰め、

今度は澪田さんを標的にする。

 

「澪田おねえ、危ない!」

 

「ぐぬぬぬ……。こうなったら!」

 

斑井のひとりが手を伸ばしてきたタイミングを見計らい、

彼女はギターをバットのようにフルスイングし、力任せにぶん殴った。

バッテリーを内蔵して重くなったエレキギターの一撃が顔面に命中。

 

「うごおっほお!!」

 

「な、なにやってんのさ澪田おねぇ!?」

 

「ロックにケンカは付き物っす!今日の唯吹はガチンコファイトで行くっすよー!」

 

「無理だって、やめなよー!」

 

「もう後には退けねえっす!こうなりゃとことんやるまでっす!おりゃー!」

 

弦が数本切れたギターを持って、

澪田さんは日寄子ちゃんを背に改めて斑井達に戦いを挑んだ。

 

「くっ…さすがに、これだけの数となると、一人じゃ、キツいな」

 

滝のような汗を流しながら日向君は孤軍奮闘していた。

無数の才能を持っていても、身体は一つしかない。

何人もの斑井を倒したが、彼の体力は尽きかけていた。

 

「ごめんよ、日向クン。ボクの幸運、まだ発動しないみたいだ!」

 

「ごめんなさい…私、この人の手当てを続けなきゃ……」

 

「はぁ…はぁ…気にすんな。俺が、なんとかしてみせる」

 

でも、まるで減る様子のない斑井達がいたぶるように一撃離脱を繰り返し、

日向君が力尽きるのを待つ。

 

「余裕じゃねえか。役立たずを守りながら俺達と戦おうってか」

「流石だな、カムクライズル」

 

「俺は…日向創だ!」

 

「違うな。お前は、カムクライズル」

「ずっと待っていた。お前に、復讐するチャンスを」

「次は、誰を殺す?」

「何人殺す?」

「お前は人殺しだ……。カムクライズル!!」

 

突然怒りを顕にした斑井の群れが一斉に日向君に襲いかかる。

夜の黒を裂く白い矢のように疾走し、両の手で彼を鷲掴みにしようとした。その時。

 

『♪ピンポンパンポーン お呼び出しを申し上げます。

未来機関からお越しの江ノ島盾子さん。

江ノ島盾子さんは、教職員棟地下都市までおいでくださーい』

 

生き残っていたスピーカーから、場違いに明るい声のアナウンスが聞こえた。

原稿でも読んでいるのか、紙をくしゃくしゃと触る音が混じっている。

すると、斑井達は悔しそうに日向君を一瞥すると、

何も言わず別方向へ去っていった。

 

「なんだったんだ、今の放送は……?」

 

「江ノ島さんを呼んでいたけど、何が目的なんだろう。

……いや、そんな場合じゃない。きっとあいつらは彼女のところへ行ったんだ!」

 

「狛枝、罪木を頼む。江ノ島が危ない!」

 

「えええ、無茶ですよぅ!そんなに消耗しきってるのにまだ戦うなんて……」

 

「江ノ島を渡せば奴らの思う壺だ!行ってくる!」

 

「罪木さん、他のみんなも応援に向かってるはずだよ。日向クンを信じよう」

 

「……はい」

 

疲弊した身体に鞭打って、彼はアタシのところに向かってくれた。

 

アタシも人の心配ができるほど余裕があったわけじゃないの。

超高校級の軍人があれば、斑井達を叩きのめせる。

そう思って、戦闘が始まってから敵の数を減らそうと

真っ先に奴らの一体に戦いを挑んだんだけど。

 

右ストレートから始まり、左の回転蹴り、右手の裏拳と連続技を繰り出すと、

斑井も巧みにガードや回避でダメージを防ぐ。向こうもじっとしてはいない。

掌打、ローキック、頭突きと間髪を入れず反撃してくる。

アタシは攻撃を見切って的確にガード。その結果。

 

「痛い痛い痛い!!お姉ちゃん助けて!」

 

「下がって、私がやるから!」

 

「ごめん、痛すぎる……」

 

すごく痛かった。5年に渡るニート生活と1年間の飲んだくれ生活で、

すっかり体力も筋肉も落ちた哀れな江ノ島盾子が、

全身を鍛え上げた現役のボディーガードと身体をぶつけあったらこうなるわよね。

泣きそうになりながら恥も外聞もかなぐり捨てて、お姉ちゃんの後方に退避する。

 

「江ノ島盾子と」

「戦刃むくろか」

 

「盾子ちゃんに近寄らないで」

 

お姉ちゃんが普段見せない鋭い目つきで斑井を睨みながら告げる。

 

「お前に用はない」

「いや、少しはあるかもな」

「だが、今は江ノ島だ」

 

「よくわからないけど、私ならお前達に負けない確信がある。

盾子ちゃんも渡さない」

 

「お前も味わってみろよ」

「守れないという屈辱を」

「最高に最悪な気分だからよ」

 

一瞬。本当に一瞬だった。

お姉ちゃんが地を蹴り斑井に急接近し、顔面に拳を叩き込み、

そばにいたもう一体へ続けざまにハイキック。

更に左手で一体に目潰しを食らわせた。

 

「へぶっ!」「だがふっ!」「ぎゃああ!!」

 

地に転がる不気味な大男達。

一度に3体を撃破したお姉ちゃんは、疲れた様子もなく次の獲物に視線を走らせる。

 

「次、誰?」

 

「残念だが、時間だ」

「あんまりスマートなやり方じゃなくて嫌なんだけどよ」

「任務のほうが先なんでな」

 

任務って何かしら?

お姉ちゃんの背中を見ながら考えていると、どこかから誰かの声が聞こえてくる。

声の主と距離があるせいでよく聞こえない。

耳を澄ましてよく聞くと、それが“逃げて”だということに気づいた。

同時にそれが手遅れだということにも。

 

背後にぬっと大きな気配が現れると、アタシは襟首を掴まれて後ろに引っ張られた。

そしてギョッとする光景を見る。

ほぼ全ての斑井が集まってアタシとお姉ちゃんに殺到してきた。

二人共100人近い斑井に押しつぶされそうになる。

 

「お、お姉ちゃん!?」

 

「盾子ちゃん、こっちへ!」

 

「ちょっと無理なんじゃないかなぁと思う!」

 

数の暴力でアタシ達は完全に分断された。

やがて斑井がアタシを持ち上げ、どこかへ連れ去ろうとする。

お互い手を伸ばすけど、それは届くことなく、

誰かから食らった腹への一撃で、アタシは気を失った。

 

 

 

 

 

希望ヶ峰学園 教職員棟(?)

 

目を覚ますと、そこはSF映画に出てくるような宇宙船の個室を思わせる、

全体的に滑らかなカーブを描く金属製の個室。

ステンレスか真鍮かはわからないけど。

ここはどこかしら。みんなのところに戻らなきゃ。

外に出ようとしたけど、身体が動かせない。

 

「何、これ……」

 

両手は後ろ手に縛られ、両脚は椅子の足に縛りつけられている。

しばらくもがいていると、自動ドアが開き、女が入ってきた。

その姿に思わず目をむいた。

 

「あ、起きたんですね。お久しぶりです、江ノ島盾子さん」

 

忘れもしない。いや、最近まで忘れてたんだけど、とにかくB子が話しかけてきた。

 

「あなた、B子……?」

 

呆気にとられて思わず口にすると同時にB子の手が飛び、顔が揺れた。

始めは何をされたのかわからなかったけど、

次第にジンジンとした痛みが頬に広がり、

平手打ちされたということにようやく気づいた。

 

「痛い……」

 

「人を変な名前で呼ばないでください!失礼じゃないですか!

私にはもうちゃんとした名前があるんです、ほら!」

 

B子は手帳を取り出し、最初のページを顔にくっつける勢いで見せつけてきた。

 

「これが…あなたの、名前?」

 

いきなり頬を張られた痛みとショックで混乱しつつ、やっとの思いで口にした。

 

「そう!私はもうB19306じゃありません。こんなに可愛い名前があったんです!

えっへん!」

 

怒ったかと思えば今度は満足げな笑顔で胸を張る。

彼女の姿を見て、アタシは無意識のうちに理解した。B19306の正体は。

 

 

○超高校級の超分析力

 

音無 涼子

 

 

「そう……。これでわかった。何もかも、あなたが仕組んだことだったのね」

 

自分の分析能力で音無涼子を観察・分析すると、

彼女もアタシと同じ能力を持っていることがわかった。

あ、やっぱりまだまだわからないことがある。

 

「“何もかも”って何ですかー?」

 

「何って、G-fiveを作ったことやそれを喜男さん達に配って殺人を唆したこと!」

 

「う~ん……多分それ、昔の話ですよね。

だったら私には思い出せないので、私には関係ありません」

 

「関係ない、ですって!?あんたのせいで何人死んだと思ってるの!

何もわからない人や、死ぬしか方法がなかった人を……痛つっ!」

 

冷たい鉄の部屋にパアンと乾いた音が響く。

また力任せにビンタされて、少し涙が出た。

音無は苛ついた表情で手帳に挟んだ紙を広げて読んでいる。

 

「ええとぉ!?“江ノ島盾子との付き合い方1、ムカついたらとにかく殴れ”!

よかった、間違ってないです!確かに少し気持ちが晴れました。少しですけどね!」

 

紙を近くのテーブルに置くと、音無は何度か深呼吸して感情を鎮め、話を続ける。

 

「話は戻りますけど、あまり私を怒らせない方がいいです。

ただでさえあなたを見ていると腹が立ってしょうがないんですから」

 

「アタシが憎いの?どうして?」

 

「それがわからないから困るんじゃないですか!ああもう、待ってください。

“江ノ島盾子にムカついたこと”。そうですねぇ、最新のやつは……。これです。

さっきのアレ、なんだったんですか?」

 

今度は顔をずいっと近づけて詰問してくる。

少し身体がぐらついたらキスするくらい。

 

「アレって何よ……」

 

「何が“お姉ちゃん助けて~”なんですか?

……あなたはいいですよね、困った時に助けてくれる家族がいて!」

 

また殴られる。今度は往復ビンタ。

一発目で腫れた頬に追い打ちをかけられて更に痛い。

 

「あつっ!痛っ、やめて!」

 

どうして?なんでアタシぶたれてるの!?

 

「私と同じなのに、どうしてあなたは恵まれてるんですか?

私はどんどん忘れていくのに、あなたはあなたのままなんですか?」

 

「痛い!お願いだから!許して!」

 

意味不明な事を叫びながら、音無は鬼のような形相でアタシを殴り続ける。

グーで、パーで、怪力とも言える力で。

 

「私とあなたの何が違うんですか!!」

 

「何でもするから、お願い、お願い……」

 

ぶたれ続けて、アタシの顔は腫れ上がる。

音無はさっきの紙をもう一度見て納得したように独り言を言った。

 

「よかった。忘れる前にちゃんとできました。

怒ることを忘れたら損ですからね。これは絶対忘れちゃいけません。

“江ノ島盾子との付き合い方2、口答えしたら殴れ”。これも大丈夫!……さて」

 

彼女が手帳を確認するとアタシの前に立つ。怯えきっていたアタシは、

逃げられないと分かっていても後ろに下がろうとしてしまう。

 

「だめですよ。あなたには江ノ島盾子に戻ってもらわなきゃ」

 

「戻るってどういう意味……?」

 

「皆さんに会うには、そのダサい格好のままじゃダメってことですよ。

完全には無理ですけど、私が超高校級のギャルに戻してあげましょう。

まず、やることリスト1」

 

すると、音無がアタシのブラウスの襟に手をかけて、一気に開いた。

ボタンが弾け飛び、ブラジャーが見えるほど胸元が顕になる。

彼女の目的がわからない。

 

「ちょっと、何なのよ!」

 

「あなたのトレードマークでしょう?バカみたいに大きく開いた胸元。

次に、やることリスト2」

 

今度は、アタシに髪にさらりと手を通して、一房握ると……。思い切り引っ張った。

ぶちぶちと何本か髪が抜ける。

 

「痛い!痛い痛い!やめてやめてお願い!」

 

散々なぶられ続けて心が折れていたアタシは、懇願することしかできない。

音無はポケットからヘアゴムを取り出し、乱暴に髪を縛った。

 

「これもトレードマークでしたよね。たっぷり髪のツインテール。ほら、あと一つ」

 

「引っ張るのはやめてって、頼むから、なんにもしないから!」

 

また強引に髪を結われる。

わざとやっているのか、握った髪を揺らすから頭がぐらぐらする。

抵抗できないアタシは、彼女が満足するまで待つしかなかった。

 

「うあ……。もうやめて。ほんとに、何でも言うこと聞くから……」

 

「よし、これでオッケーです!皆さんにお会いしても恥ずかしくないですね!」

 

余計恥ずかしくなったと思ったけど、もう叩かれるのは嫌だから黙っていた。

 

「今から縄を解きますけど、おかしなことは考えないでくださいね。

もっと痛い思いをすることになりますから」

 

「……わかった」

 

音無がロープをほどいて手足が自由になると、圧迫されていた部分をさする。

 

「準備ができましたから、さっそく面会に……。

だめだめ、大事なことを忘れるところでした」

 

「今度は、なに?」

 

彼女が慌てて手帳を開き、ひとつ頷いて読み上げた。嫌な予感がする。

 

──江ノ島盾子との付き合い方3、

江ノ島盾子は危険な女だから、死ぬほど痛めつけて抵抗の意思を奪いましょう。

 

えっ?

あまりにも突拍子がないというか、残酷と言うか、理不尽というか。

脳が理解を拒むほど狂った内容に何もリアクションが取れない。

そして音無涼子はそんなアタシに構わず、メモに従った。

 

「じゃあ、行きますね。スタート!」

 

「あ……。ぎひっ!」

 

ボケっとしていたら鼻柱に彼女の拳が食い込んだ。

女神らしからぬ豚の鳴き声のような悲鳴を上げて、

鼻にツーンと来る痛みと共に床に倒れ込む。

綺麗に磨かれた床がアタシの真っ赤に腫れた顔を映し、

その顔が見る間に鼻血で染まる。

 

「いやだぁ…やめて…」

 

「だめですって。まだ始まったばかりなんですから。次はどうしようかな。

こうすればいいのかな。……それっ!」

 

「かっ!…あ……!」

 

今度はよつん這いになって逃げようとしたところで脇腹を蹴られた。

さっきよりはお上品な声を出せたけど、鈍い痛みがお腹に広がって息が出来ない。

それでも音無は容赦なくアタシを痛みで屈服させようとする。

とうに降参していたアタシは反撃しようとは考えもしなかった。

何をされるかわからない恐怖に震えるばかり。

 

頭を踏みつけ、何度も体中を蹴飛ばし、指を踏みにじる。

どうしてこんな目に遭うんだろう。アタシは胎児のように丸まり、

彼女のご希望どおり泣き叫びながら、暴力の嵐が過ぎ去るのをひたすら待つ。

 

一撃一撃が重い。音無は女子高生らしからぬ筋力と絶妙な力加減で、骨折させず、

かと言って我慢できるような甘い仕打ちはしない。

彼女はアタシの胸ぐらをつかんで、壁に押し付けた。

 

「痛いですかー?苦しんでくれてますかー?」

 

看護師が風邪を引いた患者に症状を尋ねるように、アタシの痛みを探ってくる。

その目はパッチリと開いていて、まるで悪意を感じさせない。

きっと彼女に残虐な行為をしているという自覚は、ないんだと思う。

 

「うう、ああぅ……ごめん、なさい……」

 

「質問に答えてください。私、今ちょっとイラッと来ました」

 

「いたいです!くるしいです!だから、だから……」

 

「だから?」

 

「もうゆるして!もう来ないから、かえらせてください!」

 

「……こんなところでしょうか。面会に行きましょう」

 

「面会って、だれ?」

 

アタシを放り出すと、音無がドレッサーの鏡で髪と服を整えながら答えた。

 

「会ってからのお楽しみってやつです。私も会ったことはないんですけど。

さあ急いでください」

 

「ええ……」

 

何も分かっちゃいないけど、曖昧な返事をして

ボロボロの姿のまま彼女についていく。

今まで自分がいかに守られていたかを思い知った。

超高校級とは言え、ただの女子高生にここまでコテンパンにされるなんて。

本当にもう帰りたい。

お姉ちゃんはどうなったのかしら。助けに来てくれないかしら。

 

そんな事を考えながら一歩外に出ると、ずっと部屋に監禁されていたアタシは、

信じがたい光景を目にすることになった。

 

 

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