江ノ島盾子にされてしまったコミュ障の悲哀【完結】   作:焼き鳥タレ派

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第15章 彼女には関係がない

「うわぁ……」

 

いい年をして少女のような驚き方をしてしまった。

でも、窓もない殺風景な小部屋を出たら

いきなり目の前に巨大な都市が現れたんだからしょうがないじゃない。

都市の各エリアは京都のように碁盤目状の区分けが成されていて、

商業地区らしきエリアには小型スーパーや美容室、レストランが。

住宅街には一軒家やアパートまで立ち並んでいる。

 

歩道には等間隔で街灯が立っていて全く明かりに困ることはない。

また、エリア同士をつなぐ路面電車まで走ってて、

ここにないものは何もないという錯覚に陥りそうになる。ないものは空だけ。

遥か頭上に連なる鍾乳石が、かろうじてここが地下だということを教えてくれる。

上さえ見なければ、地上にある夜の街だと言われても信じてしまうと思う。

 

「何をしてるんですか、こっちです!」

 

ぼけっとレンガ造りの歩道で突っ立っていると、文字通りお尻を叩かれた。

さっき受けた暴行を思い出し、先に行こうとする音無に慌ててついていく。

 

「痛い…待ってよ」

 

「面会場所は、こっちでいいんですよね。妙に遠い気がします。

前回はこんなに歩いた覚えないんですけど。まあ、元々何も思い出せないんですが」

 

手帳を読みつつも器用に誰にもぶつからず速歩きで進んでいく。そう、誰にも。

この地下世界の存在に何の疑問も持たず一般人に見える通行人の誰にも。

ただひとつ異様なのは、すれ違う度彼らが同じ言葉を口にすること。

 

江ノ島だ。江ノ島盾子だ。やっと来た。私達の《希望》。

 

着衣がボロボロで凄惨な暴力の痕が明らかな女を見ても

騒いだり治安組織に通報しようともせずアタシを待ちかねたようにまじまじと見る。

単なる勘でしかないけど、身なりはまともでも彼らも狂ってるに違いない。

どう言えばいいのかしら。カルト宗教のようにひとつの異常な主義を共有してる。

 

年齢も性別も不揃いな地下都市の住人は、足を止めアタシを見つめたまま。

異常者の集団に囲まれているのが怖くなったアタシは、

音無の背中にぴったりくっついてその輪を抜け出した。

ふと手帳から目を離した彼女が聞いてくる。

 

「どうかしましたかー?」

 

「どうもこうもないわ。あいつら一体何?アタシのことジロジロ見て希望だの何だの」

 

「ちょっと待ってください。“地下世界のガイド”は、と。

……はいはい、そのままの意味ですよ。あなたは皆さんの《希望》なんです」

 

ポケットから別の手帳を取り出し、アタシの疑問に関する答えを参照する。

だけど全く答えになってない。

 

「その《希望》についてもう少し具体的に教えてほしいんだけど……」

 

「書いてないからわかりません。面会の時、彼らに聞いてみてください」

 

「……わかった」

 

しつこく食い下がってまた音無を怒らせるのが怖かったアタシは、

それ以上尋ねることができなかった。

黙って彼女と歩くこと数分。彼女が急に立ち止まってぶつかりそうになった。

ずっと手帳をめくりながら歩いていた音無が、あるページを見つめている。

何を考えているのかわからないけど、下手に刺激したくないから黙っていた。

 

「江ノ島さん」

 

「なに」

 

「“恋”ってなんですか?」

 

「は?」

 

あまりに脈絡のない質問に戸惑う。

何も言えずにいると、彼女は手帳の1ページを見せつけて更に問い詰めてきた。

そこには少年の顔がいくつか描かれていた。

 

「見てください!私がほんの少しだけ思い出せる、ただひとりの人。

彼の似顔絵を見ると、胸がドキンとなって、

なんだかフワフワしたような、素敵な気持ちになるんです」

 

「どうして、そんなことを?」

 

「教えてくれないんですか……?」

 

音無の気配が先程アタシを機械的に痛めつけた時と同じものに変わる。

身の危険を感じたアタシはつっかえながら急いで返事をした。

 

「い、今感じてる気持ちが恋だと思うわ!アタシに恋はできないからわからないんだけど……」

 

「できないって、どうしてですか」

 

「アタシのことはみんな知ってるんでしょ。心の問題」

 

「もったいつけないで教えて下さいよ!!」

 

「ごめんなさい!怒らないで。あのね、詳しく説明するとね」

 

油断して音無の逆鱗に触れてしまった。アタシは自分についてできるだけわかりやすく説明する。

でも、自分のことを誤解なく他人に伝えるのって難しい。言葉を選んでよく考え、口にする。

 

「今のアタシって、8人の江ノ島盾子と1人の引きこもりの精神で構成されてるの。

つまり、男でもあり女でもある」

 

「ふむふむ」

 

「それから……。どうしましょう、表現に困るわねぇ。

アタシは同性愛者ではない。それを前提に聞いてね?

女性を好きになろうとしても、江ノ島盾子達が本能的にストップをかける。

逆に男性を愛そうとしても引きこもりが拒否反応を起こす。

どちらにしても、“素敵な仲間”にはなれても“恋人”には決してなれないの。

当然セックスもできないし子供も産めない。

こんな存在だからあなたの質問には憶測でしか答えられないの。わかって」

 

音無はアタシの解答に不満げな様子だったけど、幸い拳が飛んでくることもなく、

また歩き始めた。

 

「……それじゃあ仕方ないですね。あの人達に教えてもらいましょう。こっちです」

 

また二人して歩いてると、しばらくして妙なものを見つけた。公衆電話。

今ではすっかり数を減らしたけど需要がゼロになることもない緑色の電話機。

何が妙かというと、置いてある場所。街灯の下に設置された台座に置かれている。

他にも街灯はいくらでもあるし、

人通りの多い場所でもない中途半端なところに、ぽつんと1つだけ。

何ら怪しむことなく音無は受話器を上げると、手帳を読みながら3821をプッシュし、

最後にシャープを押した。

 

「少し待ちましょう。迎えが来ますから」

 

「うん」

 

そのまま手持ち無沙汰で待っていると、

運転手のいない自動運転システムが搭載された車がやってきてアタシ達のそばで停まった。

 

「乗ってください」

 

彼女は手帳に目を通しながらアタシに乗車するよう促し、自分も車に乗る。

タクシーのように勝手にドアが閉じると同時に車が発進。地下都市の道路を進み始めた。

外見はきらびやかな都市の景色が窓を流れていく。

誰が、いつ、どうやってこんなところを作ったのか。まるで見当がつかない。

 

どれくらい時間が経っただろう。車はトンネルの中に入り、突き当りの壁の手前で停車した。

厳密に言うと壁じゃないわね。

ざっと見ただけでとんでもない分厚さだとわかる巨大な鋼鉄の扉が、

一切の侵入者を無言で拒むように閉ざされていた。

 

「降りてください」

 

音無はさっきから予め用意した段取りを淡々とこなすだけ。アタシは黙って従うのみ。

彼女は壁に設置されたインターホンのボタンを押した。老人らしき声で応答。

 

“……誰かね”

 

「私です!音無涼子です!音・無・涼・子、ですっ!彼女を連れてきました!」

 

“二度言わなくてもわかる。新しい言葉を覚えた幼児でもあるまいに”

 

「すみませーん。あんまり素敵な名前だから何度でも名乗らずにはいられないんです」

 

“はぁ。少々待ちたまえ”

 

呆れた様子の相手が通話を切ると、

巨大な壁が摩擦音を立てて中央から上下に分かれるようにゆっくりと開いた。

思った通り金属の壁は厚さ十数センチはあり、即死レベルの強力な宇宙放射線も防げそう。

 

トンネルの更に奥への道が開かれると、音無はアタシを置いて奥に駆け出す。

この隙に逃げ出そうかとも思ったけど、捕まったら何をされるかわからないからやめた。

自分のペースで彼女を追って歩くと、

先程開いたばかりの鋼鉄の扉がまた喧しい音を立てて閉じていく。

金属の擦れる音と超重量の物体が上下することによる振動に思わず顔をしかめた。

 

辺りは真っ暗。誘導灯のひとつもない。いえ、ひとつだけあった。

少し向こうにスポットライトで照らされた1台のコンソール。

そばに立つ音無が大きく手を振ってアタシを呼ぶ。

 

「早くー!こっちですよー!」

 

「待ってー」

 

離れたところにいる彼女に走って追いつく。

息を切らせてたどり着くと、音無は怒っても喜んでもいない様子でアタシを見たまま。

とりあえず深呼吸して息を落ち着ける。

 

「すぅー、はぁー……。これから、何が始まるの?」

 

「待っていればわかります」

 

言われた通りに待ちながら周りを見ていると、段々暗さに目が慣れて様子がわかってきた。

ここは広大な円形のホールの中央。コンソールには希望ヶ峰学園の校章が表示されているけど、

画面が切り替わることもなく、何のためにあるのかわからない。

一向に状況が変わらずどうにもできないでいると、

突然頭上から声が降ってきて驚きのあまりのけぞった。

 

──ごきげんよう、江ノ島盾子君。

 

インターホンで聞いた老人の声。ここからは見えないけど、スピーカーが設置されているらしい。

コンソールに向かって右上。恐らく音無涼子を操っている張本人。思わず唾を飲む。

だけど声の主は一人じゃなかった。

 

『だいぶ酷くやられたようだな。音無君、これはどういうことかね』

 

今度は左上のスピーカーから中年男性の声。

アタシが見えているってことはどこかに監視カメラがあるんだろうけど、これは完全に見えない。

 

「すみません、忘れました」

 

音無はあっけらかんとした声で、あの凶行をなかったことにする。違うわね。

そんな意図的なものじゃなくて、本当に覚えてないんだわ。

 

『いや、申し訳ない。

彼女には君が抵抗した場合の拘束だけを命じておいたのだが、どうやら命令を曲解したようだね』

 

いきなり左後方からジンジンと響いた音声に背を撫でられ肩が跳ねる。

年齢は、割と若そう。30代くらいかしら。

 

『この件については再発防止に努めよう。さて、今日君に来てもらった理由だが……』

 

ちっとも済まなそうでない声で勝手に話を進める右後ろ。

若いのか年寄りなのかスピーカー越しでは区別がつかない。

血まみれになるまで散々殴られたのに紋切り型の謝罪で済まされた。

抗議しようと思ったけど隣の音無が気になってできなかった。

 

『待て。この様子では音無君から何も聞いてないらしい。

まずは我々の信条から語ろうではないか』

 

これは左上のおじさん。

4人の人物は名乗ろうともしないし口調もほぼ同じだから、誰が喋っているのかややこしい。

アタシは勝手に右上のお爺さんから反時計回りにアルファ、ベータ、ガンマ、デルタと

脳内で勝手に名前を付けた。ベータの発言を受けてアルファの話。

 

『いいだろう。では江ノ島君。我々の存在について軽く説明しておこう』

 

ようやく自己紹介する気になったみたい。黙って耳を傾ける。

 

『《希望》の残党。と、我々は自称している。まるで絶望の残党を真似たようだと思っているね?

なに、ほんの少し立場が異なっているに過ぎない。

かつて絶望に毒された彼らは世界を破滅で染め上げようとした。

そして我らは世界を希望で繁栄させることを唯一絶対の使命としている。

世界の変革を望んでいるという点では同じと言ってもいい』

 

「何が変革よ!全然違うじゃない!それに、あんた達のしてることの何が希望よ!

弱い立場の人を利用して、人殺しに仕立て上げて、みんなを不幸にして、

これのどこに希望が!……ううっ!」

 

思わずまくしたてると、音無が無表情でアタシの胸ぐらを掴み、体ごと持ち上げた。

首を絞められるようで苦しい。

 

『やめたまえ。話はまだ終わっていない。江ノ島君も質問は最後にお願いしたい』

 

ガンマの指示で彼女はどこか退屈そうにアタシを放り出した。

転びそうになったけど、なんとかバランスを取ってまた立ち尽くす。

 

『続けよう。我々は希望ヶ峰学園の方針に従い、また、自らの誇りとして活動している。

ただどう言えばいいのか……。

《希望》の定義において君達と我々との間でズレが生じているのが現状だ。

そもそもこの学園において《希望》とは、才能。その一点において他にない。

実際、崩壊前の世界も類稀なる才能を持つ本校の卒業生達によって

驚異的な発展を続けていたのだからな』

 

そこで一旦話を切ると、今度はベータが続く。

 

『だが人類史上最大最悪の絶望的事件以前の世界は、

人権という緩い酸のような紛い物の希望に侵されていた。

その結果、今も昔も地上では理解に苦しむような愚者が当たり前のようにのさばり、

才ある者達の足を引っ張り続けてきた。

例を挙げるなら、信ずる神の名の下に殺し合いを止めようとしない狂信者。

ろくに働きもせず国家の資産を食いつぶす無能な政治屋。

些細な理由で己の感情すら制御できなくなり他者を攻撃する阿呆。

全てを列挙しているとキリがないからやめておくが、

彼らがいなければ人類は崩壊以前どころかそれ以上に輝かしい未来を掴んでいた』

 

「何が言いたいのよ……」

 

『愚鈍な大衆は統制されるべき。使い古された理屈と思われがちだが、

それは人類史の中で完全にその理想を完成させた者が存在しないからだ。

この希望ヶ峰学園卒業生が作り上げた地下都市は新世界誕生の礎となる。

彼らも我々の理念に賛同している。そして理想郷誕生の時を待っているのだ』

 

「あんた達が人間を管理するっていうの!?冗談顔だけにしてよ!

現実が見えてないみたいだから言ってあげる。絶対に無理だから!

穴ぐらに閉じこもってるあんた達にはわからないだろうけど、

上には本当の希望になってくれる人達が大勢いる!」

 

彼らを命名してから初めてデルタが喋った。

 

『質問は控えるよう言ったはずだが、随分な言い草だ。

ここを造った“超高校級の採掘師”が残念がるだろう。

その “希望”とやらは、君が馴れ合っている失敗作達のことかね?

絶望に抗うことも出来ず、世界を崩壊に導いた結果していることと言えば、

大して世界に貢献することもなくささやかな平穏を享受することだけだ。

……もう人類社会に護送船団方式は通じなくなっているのだよ。先程述べた愚者は切り捨てる。

上に立つに相応しい指導者に絶対服従を誓うというなら生きるチャンスを与えなくもないが。

そう、君は誤解しているが、

なにも優れた知性や才能を持たない人間を全て抹殺したいわけではない。

少し社会の在りようを変える。それだけで人類は次なるステップへ進めるのだ』

 

仲間達を失敗作呼ばわりされて腹が立ったけど、

そのまま怒りをぶつけるのも癪だったから思い切り悪意を込め、鼻で笑ってやった。

 

「はん…!その方法が音無に毒薬を配らせること?

あんたらに任せてたら人が次のステップとやらに行けるのは10世紀くらい後になりそうねぇ!

で、結局あんた達はどこの誰でアタシに何をさせたいわけ?」

 

『希望ヶ峰学園評議委員』

 

デルタの代わりにアルファが答えた。希望ヶ峰学園評議委員。

冷や汗の流れを感じながらその答えを反芻する。要するに、4人は希望ヶ峰学園重役の生き残り。

アルファの言葉は徐々に核心に近づいていく。

 

『と言っても、あの事件以前のメンバーは全て死亡しているが。江ノ島盾子に殺害された。

君ではない方の江ノ島盾子にね』

 

「じゃあ、あんた達は……?」

 

『どれだけ位の高いポストであろうと、替えの効かない人間などいない。

トップが死のうと、そのひとつ下が繰り上がるだけだ。それが誰かは関係ない。

重要なのは“希望ヶ峰学園評議委員”という機関が復活したという事実なのだから。

我々が個人としてではなく《希望》の残党という集団を名乗り続けるのも、その点なのだよ』

 

「……ふぅん。まだ答えてないことがあるわ。何をさせたくてアタシを連れてきたのか」

 

『君は、自分の存在についてまだわかっていないようだ』

 

「誰よりもわかってるつもりよ。

引きこもりの精神が江ノ島盾子のクローンに取り憑いた面白人間」

 

『第二次カムクライズルプロジェクト』

 

「はあ?」

 

さっぱり訳のわからない言葉が飛び出して反射的に聞き返す。

 

『江ノ島盾子は完璧だった。全てにおいて。それこそカムクライズルに次ぐほどにな。

そして人類史上最大最悪の絶望的事件をたったひとりで引き起こすほど優秀すぎた』

 

何も聞き返さずに待っているとベータが話を引き継ぐ。

 

『だがそれは過ぎたことだ。我々の《希望》が才能であることは既に話したと思う。

我々の力を持ってしても、

希望ヶ峰学園の総力を結集して完成させたカムクライズルを創り出すことはもうできない。

彼は既に牙を抜かれ未来機関に飼われている始末。そこで君の出番となる』

 

「……つまり、二番手のアタシを」

 

『そう。君を造った狂科学者のデータ、絶望の江ノ島盾子の死体から回収したDNA、

そして塔和シティーの廃墟から回収した研究結果を元に、

我々の手駒となるよう記憶を改変した新生江ノ島盾子のクローンを作成した』

 

「モナカちゃんまで利用して……!

どうやってEMP爆弾で黒焦げになったデータを復元したってのよ!」

 

『言ったはず。この世界には無数の元超高校級達がいる。“超高校級の修理工”もそのひとり。

……だが、完成したのは数秒前の記憶も保持できない欠陥品。

本能的にその才能を行使することはあるが、それだけだ』

 

「ガーン!欠陥品とかひどくないですか!?

確かに忘れっぽいですけど、色々工夫して頑張ってきたのに~……」

 

音無の抗議を無視してベータは語り続ける。

 

『改めて問おう。同じクローンである君の肉体はオリジナルと遜色ない出来栄えを見せている。

それどころか希望ヶ峰学園ですら発見できなかった“超高校級の女神”すら発現した。

音無涼子の違いは何か。本当に心当たりはないのかね?』

 

「あったとしても教えるつもりはないし、命を弄んで人類の管理だの発展だの未来だの

厨二病地味た夢物語を追いかけてるあんた達に理解できるはずもない。

言えることはこれだけよ。“自分で考えなさいクソ野郎”」

 

腹の中が煮えくり返ってるアタシは、もう音無を無視して評議委員に敵意をぶつける。

 

『そうか……。では残念だが、自分で考えることにしよう。見たまえ』

 

ベータがそう言うとコンソールの画面が切り替わり、

広いフロアを真上から映した映像に切り替わった。

何かベッドのようなものが無数に配置されている。

 

『クローンの作成する培養ポッドだよ。音無君も、君達が戦った斑井もここで生まれた。

江ノ島君の協力が得られないのなら、

ここで新たなカムクライズルが生まれるまで“掛け合わせる”ことにしよう』

 

「掛け合わせる、ですって……?」

 

その言葉におぞましいものを感じたアタシは

思わずすり足で一歩後退しようとしたけど、音無に腕を掴まれた。

 

『安心したまえ。それほど負担を掛けることはないよ。

ただここに留まり定期的に卵子を提供してくれればいい。まずはそうだな……。

“超高校級の遺伝子学者”と子をもうけてもらう』

 

「あんた達は!!命を何だと思ってるの!

試験管で子供を作って、望み通りの結果が出なかったらどうするつもり!?」

 

『しばらく経過観察の後、利用価値がないなら廃棄処分だ』

 

「この人でなし!いい加減出てきて姿を見せなさいよ!

どうせ死にかけた豚のような……かはっ!」

 

多分ここまで頭に血が上ったのは生まれて初めてだと思う。

どこかに隠れて汚い仕事は誰かに任せきりの神気取りに罵声を浴びせようとした。

だけどまた音無に腕で首を絞められ、続きが出なかった。相変わらず少女とは思えない怪力。

 

「あなた調子に乗りすぎです。ルールは守りましょうよ。

質問は最後にって最初に言われたのに、いちいち口を挟んでばかりじゃないですか。

何度もメモを書いたり読んだり大変なんですからこっちの身にもなってください」

 

「はっ、はあっ!!」

 

苦しさのあまり何度も彼女の腕を叩く。

このまま絞め殺されるんじゃないかと思ったけど、今度は音無が絶句する番だった。

 

──そこにいる音無涼子のようにな。

 

「えっ……?」

 

ベータの言葉を飲み込むのに少し時間が掛かったみたい。

彼のひとつ前の台詞とつなげると、それはつまり。

 

『江ノ島盾子の完全体が手に入った。

音無涼子君。欠陥品の君は、機密保持のため抹消させてもらう。今までご苦労だったな』

 

音無は目を開いたまま口をパクパクして何を言うべきか探している。

無意識にアタシを締め上げる手も緩めている。そして10秒ほど使ってやっと彼らに問いかけた。

 

「あの、それって、どういうことなんでしょう……」

 

『言葉通りの意味だ。《希望》のために、死んでほしい』

 

『君の使命は江ノ島盾子の確保と、新薬の開発だったはずだ。

だが作ったものと言えば、誰彼構わず即死させるただの毒薬。

我々が欲していたのは、大脳のニューロン細胞に一定の水準以上の密度が見られない者、

俗な言い方をすれば才能のないバカを間引きする散布薬だった。

君には失望したよ。後の仕事は江ノ島君が引き継いでくれるから安心したまえ』

 

「勝手なこと言ってんじゃないわよ……。

だったらG-fiveや犠牲になった人達はあんた達の馬鹿げた実験の副産物だったっていうの!?」

 

『んん?それに関しては君にも責任がないとは言えないと思うが』

 

「話をごまかさないで!」

 

「そんな…そんなのってないです!!約束してくれたじゃないですか、ほら!」

 

評議委員から見放された彼女はもどかしい手付きで手帳をめくり、

スピーカーがあると思われる天井にかざしてみせる。

 

「江ノ島盾子を手に入れたら、彼に会わせてくれるって!

それだけを“希望”にずっと耐えてきたのに!!」

 

『君も酔狂なものだ。名前も知らず、会ったこともない輩のためにそこまで必死になれるとは。

到底理解ができんよ。しかし約束は約束だ。未完成だが、頭部は形成できている。

存分に見るがいい』

 

再びコンソールの画面が切り替わる。

培養ポッドのひとつがアップになり、肩から上の部分しかない少年が大写しになった。

サラサラと柔らかそうな髪。そこから覗く切れ長の目。女の子みたいに長いまつ毛。

先のとがった顎。小さくて薄い唇──

 

「あ、あ、ああっ……!」

 

喜びか感激か感動か愛情か。もはや感情が言葉にならない様子で、画面にしがみつく音無。

泣きながらモニターを抱きしめる彼女を横目に、アタシは空にいる評議委員を問い詰める。

 

「……初めから騙すつもりなら、どうして、“彼”を造ったの?」

 

『彼にも優れた才能があるからに他ならない。いずれ君との子をなすことになるだろう』

 

「外道が!」

 

また天井へ憎しみを込めて叫ぶ。

 

「うああっ…!お願い、目を覚まして!会いたい、会いたいよう!!」

 

でもというか、やっぱり奴らは意に介さない様子で手続きのように状況を進める。

音無の泣き声が哀しくホールに響くまま、自らの都合を口にした。

 

『そろそろ始めよう。……君、処置を頼む』

 

奴が何者かに指示をすると、真っ暗なホールの奥から、革靴の足音が近づいてきた。

いつからそこにいたのかわからない。

漆黒のスーツに身を包み、サングラスを掛け、

ブロンドをオールバックにしたがっちりした体格の男。

その姿を見た瞬間にアタシの分析力がそいつの能力を分析。

 

元超高校級のヒットマン。まともに戦って勝てる相手じゃない。

両手に絞殺用と思われるワイヤーを伸ばし、無言で一歩ずつ静かな足運びで接近してくる。

こうしちゃいられない。

アタシは座り込んで泣きじゃくる音無を引っ張って無理やり立たせようとした。

 

「逃げるわよ!このままじゃ2人とも殺される!」

 

「いやです!行きたくない!だって彼が、彼が……!江ノ島さんだって言ってたじゃないですか!

私は彼に恋をしてるんです、きっと、だからっ!」

 

「いい加減になさい!」

 

「あうっ!」

 

一刻の猶予もないアタシは彼女の顔をはたく。

驚いた瞬間を見計らって、今度こそ両脇に腕を通して立ち上がらせた。

 

「よっ…と!とにかくここから出ましょう、あなたがいないとドアを開けられない!」

 

「か、彼を置いていくんですか?」

 

「急いで!!」

 

「は、はい……」

 

『何を慌てる必要があるのかね。君を始末するつもりはないのだよ?』

 

「黙りなさい!」

 

アタシは音無の手を引いて全力で走り、あの分厚い鋼鉄製の扉に引き返した。

インターホンのそばに0~9のテンキーがある。

 

「開けて。早くしないと」

 

「ぐすっ、ええっと…あった、”緊急開放は車のナンバー”だから、3821……うっく」

 

彼女が涙をこらえながら手帳を読みパスコードを入力すると、認証ランプが赤から赤に変わった。

……あら?

 

『ここは我々の部屋だよ。全ての電子機器は我らの制御下にある。

コンソールの映像を見せてあげたじゃないか』

 

ガンマが嘲笑うように説明する。殺し屋は歩調も表情も変えず、だけどジリジリ接近してくる。

絶体絶命。アタシは地下世界でモルモットにされ、音無涼子は勝手に造られ勝手に殺される。

……どうしてかしら。なんでアタシは自分を半殺しにした女を連れて逃げようとしてるのかしら。

わからない。ホント、別人格の江ノ島盾子がいないとアタシって馬鹿。

 

だけど、諦めかけた瞬間、心臓が飛び出るかと思うくらいびっくりした。

……行く手を塞ぐ巨大な扉から、突然刀が飛び出して来たんだもの!

 

 

 

 

 

江ノ島盾子が斑井の一団に拉致された時点に時を巻き戻す。

日向創達は、江ノ島奪還のため疲れ切った体に鞭打って“超高校級の多胎児”の別名を持つ

斑井の集団と戦い続けていた。

 

「お願い!盾子ちゃんを助けて!東側に連れて行かれた!」

 

「誰か、誰か江ノ島の救助に向かってくれ!」

 

完全に取り囲まれている日向は超高校級の希望を駆使して格闘技で応戦していたが、

体力はとうに限界を超えていた。

 

「そいつは無理ってもんだ」

「お仲間はみんな死に体だ」

「まとめてお陀仏の時間だぜ」

 

実際、他のメンバーも長時間に渡る激戦で疲労困憊に陥るか、戦う術を失い

全滅は時間の問題となっている。

 

「和一さん、弾切れです!マガジンを!」

 

「すまねえソニア!今ので最後だ!」

 

「花村、頼むからメシをくれよ!」

 

「ごめん、今度は焦がしちゃった!これじゃ食べられないよ!」

 

広場の隅で田中と十神もペアとなり斑井の進軍を食い止めようとするが、劣勢は明らかだった。

 

「往け、我と契約せし地獄の門番ケルベロスよ!」

 

号令と共に彼が訓練している警察犬3匹が敵に食いつくが、

人間同様疲れの溜まった犬は斑井の腕力で簡単に振り払われる。

 

「邪魔だ、消えろ」

“キャフン!”

 

「おい、江ノ島が逃げたぞ!北の旧校舎だ!」

「余計な仕事増やしやがって。行くぞ」

「ちょっと待て、今の声誰のだ?」

「俺らの誰かに決まってんだろ」

「なんで旧校舎だよ。逃げるなら正門だ」

「結局どこなんだ、はっきりしろ!」

 

このやり取りの最初の言葉は、雑木林に隠れた十神の声。

超高校級の詐欺師の能力で敵の声を真似て情報を撹乱。だが効果は十数秒。

すぐ異常に気づいた斑井達は行き先を不審な声がした方向に変える。

 

「あそこだ」

「叩きのめす」

「隠れてないで」

「出てこい」

 

十神は舌打ちをする。彼の能力は正面切っての戦いには向いていない。

すぐさま田中が警察犬をけしかけるが、もう走る力も残っていない。

舌を出し、荒い呼吸を繰り返すだけだ。

 

「逃げよ十神!我が左腕に封じた忌まわしき破滅の文様が尽きようとしている!」

 

「大声で無駄口を叩くな!体力を浪費しているのがわからんのか!」

 

「許せケルベロスよ……。

俺にヘラクレスの守護があればお前達に代わり禍々しき者共に神罰を執行できたものを!」

 

希望ヶ峰学園77期生の中で、これ以上戦闘を継続することができる者は、もういない。

攻撃も撤退もできない状況。

かろうじて体力を温存しているのは、戦いに参加できなかったこの二人だけだった。

 

「日向クン、ごめん。ボクの能力がどうしても発動しないばっかりに……」

 

「ごほっ、はぁ…ふぅ。気にするな。俺ならまだやれるさ」

 

「で、でもぉ。明らかに酸素欠乏症と脱水症状を起こしかけてます……。

すぐに治療したいんですが、隊員さんから目も離せなくて」

 

「いいから、罪木も、手当てを、続けてくれ」

 

日向は笑顔を作って見せるが、やはりその表情は苦痛を隠しきれていない。

 

「余裕じゃねえか。ならまだまだ遊んでくれるってことか?」

「脚と腕。どっちを潰してほしい?」

「目ン玉ってのもありだと思うぜ」

 

何番目かわからないが、斑井の一体が助走も付けず一気に加速。

地に両脚を滑らせ、白く大きな手を広げ、日向の肉と骨を握りつぶすべく襲いかかる。

だが、彼にはもう回避行動を取る余力すらなかった。

滝のような汗に視界を遮られつつ、蛇のような黒い影を見つめるのみ。

 

そして。日向創が斑井の攻撃圏内に入ると同時に彼は見た。

どこからか飛んできた、重く棘だらけの果物が敵の顔面に命中する瞬間を。

 

「げえっ!……いっでええええ!!」

「ぎゃああ!臭え!」

「臭え!つーか、しみる!」

 

痛みと割れた実の臭さにのたうち回る斑井。

 

「な、何だ?うっ、このニオイは……!?」

 

何が起きたのか、敵にも味方にもわからない。ただ一人を除いて。

彼は何かが吹っ切れたようにけたたましい笑い声を上げる。

 

「あは、はは、あはははは!あっははははははは!!」

 

「ひぃっ!狛枝さん……。ひょっとして、昔に戻っちゃったんですかぁ?」

 

「やだなあ、違うんだ。……日向クン、間に合ったよ!

もう駄目かと思ったけど、まったく困った才能だよ、ボクの“超高校級の幸運”は!」

 

狛枝を振り返ると、更に奇妙な現象を目の当たりにした。

正門から謎の大型トラックがフルスピードで突っ込んできて、急ブレーキ。

停車したトラックの荷台がガルウィング式に開くと、

乗り込んでいた複数の男女が次々と飛び降りてきた。

更に日向達は驚く間もなく、彼らの一人が口にした言葉に首をかしげることになる。

 

 

──天は人の上にドリアンを作らず、ドリアンの上にパパイヤを作らず、だヨ!

 

 

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