江ノ島盾子にされてしまったコミュ障の悲哀【完結】   作:焼き鳥タレ派

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第16章 馬鹿が戦車(タンク)でやって来る

あっはははは!あははは、はははは!あはは、ははっ!

 

狛枝の場違いな笑い声が響く中、日向創と斑井を含む全員が口を開けたまま彼らを見つめていた。

誰もがしばし言葉を失っていたが、状況の認識は一致している。

 

変な格好の人が来た。

 

彼らもまた場違いと言えば場違いだ。

その変な人達は、斑井一派が攻撃の手を休めている隙に素早く日向達と合流し、

77期生それぞれを背後に守るように陣取る。

ようやく少し呼吸が落ち着いた日向は、目の前に現れた大きな背中にどうにか一言問いかけた。

 

「あなた達は、誰…」

 

だが、彼は質問に答えることなく、3人に怪しい模様の果実らしきものを投げてよこす。

慌ててキャッチしたものの、どうしろというのだろう。

血のような暗い赤に真っ白の線が全体に渦巻いていて、錆色のシミがまだらに散る。

全く食欲をそそらない見た目に困惑する日向。まさかこれを食べろというのか。

 

「お疲れ様!それ食べて元気を出して!自慢の農園で採れたスチームパンクドラゴンシード。

何事もオートミールと秋の茄子っていうからネ!」

 

意味のわからないことを言う男は、日焼けした肌、口を覆うひげ、アフロに麦わら帽といった、

名乗るまでもなく農夫であることを体で語るような姿だった。何より特徴的なのは、その声。

大きな体に女の子が隠れて話しているのではと思うほど可愛らしい。

それもまた日向達を混乱させる。

 

「あ、あの……」

 

謎の実を手にしたまま日向は何か訪ねようとしたが、

大きな口でにっこり笑いながら暗に“食え”と迫るような男に押されて、

やけっぱちでかじりついた。……うまい。

毒々しい外見とは裏腹に、その身は甘くとろけるようで、

爽やかな風味の果汁と一緒に飲み込むと、溜まりに溜まった疲労が一瞬で消え去り、

むしろ力が湧いてくる。日向の様子を見た狛枝と罪木も少しためらってから丸い実を口にした。

 

「あむ。…あ、これすっごくおいしいですー!」

 

「うん、最高だね!誰かは知らないけどありがとう!」

 

あまりの旨さにあっという間に食べきった日向が今度こそ男の正体を尋ねようとすると、

腰にぶら下げたタブレットが振動し、自動的にテレビ電話に切り替わった。

通話の相手は霧切響子。

 

『間に合った?全員無事?』

 

「霧切さん!?」

 

『手短に説明するわ。急に通信が途絶えたから救援を要請した。

未来機関各支部の出動可能な全ての支部長にね。

その様子だと武装警察隊の戦力じゃ手に負えないみたい。

類を見ない例外的措置だけど十神君…第一支部のね。彼が強制議決権を発動して正解だったわ』

 

「じゃあ!この人達は元希望ヶ峰学園の?」

 

『ちなみに目の前にいるのは万代大作。元・超高校級の「農家」よ』

 

「よろしくネ!」

 

万代はまた白い歯を見せて笑った。彼の後ろからにじり寄る影。

ようやく妙ちきりんな現象から我に返った斑井の群れが再び牙をむく。

 

「茶番は終わりか?」

「獲物が、増えたな」

「どうせ死体が増えるだけなんだが」

 

蛇のように長い目で睨み、長い舌で舌なめずりをしながら拳を鳴らす。

それでも万代はやはりニコニコと笑いながらポケットから野菜を取り出し両手に持った。

 

「ねえ。赤い実と青い実、どっちが好き?」

 

「ああん?」

 

「食べざかりの君達にはどっちもプレゼントだヨ!」

 

そして、赤いパプリカと緑のピーマンらしきものを思い切り握りつぶした。

潰れた実から霧状の液体が前方広範囲に吹き出し、斑井達に降りかかる。

すると、一瞬遅れて異変が起こった。斑井達が絶叫し、悶絶しだしたのだ。

 

「ぎゃあああ!?ああっぢいい!」

「焼ける!目が、喉が焼ける!あがああ!」

「助けろぉ!水くれ水!!」

 

その場に転げ回り、激痛を伴う辛さにのたうち回る。

万代が持っていたのは、彼の農園で品種改良を重ねた唐辛子。

両方合わせて辛さ300万スコビルはある。

しかし彼は気にする様子もなく潰れた実を口にし、ペロペロと丹念に手に付いた汁も味見。

 

「うん、育ち具合は上々だネ!」

 

 

 

別の戦場には、のんびりマイペースで歩く二人がいた。

全体をピンクでまとめた服に腕と首に厚い羽毛を巻いた女性。

もうひとりは前身頃や裾を革のパーツで固めた赤いロングコートに身を包み、

がっちりしたブーツを履いた男。

並んで廃墟を歩く二人は愚痴りながら敵味方の混在するエリアに入る。

 

「っていうかさあ、こんな時間に招集とかありえなくない?

せっかくマカロンがいい感じで焼き上がるとこだったのに超ムカつくんだけど。

ヨイちゃんどう思う?」

 

安藤流流歌。元・超高校級の「お菓子職人」。

彼女が作るお菓子には麻薬並みの中毒性があるとさえ言われている。

 

「流流歌のおいちぃお菓子を台無しにした。……まとめて始末する」

 

答えたのは十六夜惣之助。元・超高校級の「鍛冶屋」。

彼らはぶらぶらと死闘の真っ只中に足を踏み入れる。

肉体をぶつけ合う激しい戦闘音が聞こえてくるが、急ぐ様子も見せずに戦況を眺める。

 

「なーんかごちゃごちゃしてて面倒くさそう。私、あの中入るのやだな~。

……ねぇ、ヨイちゃん。お・ね・が・い」

 

安藤がウィンクして恋人におねだり。

十六夜は頷いてコートから飾り紐が付いた8本のクナイを取り出し、柄を両手の指に挟んだ。

 

「俺に任せて安全な場所にいろ」

 

「わかった!あ、ちょっと待って。……はい、あ~ん」

 

ハンドバッグから可愛くラッピングされたクッキーの袋を取り出すと、

安藤はひとつつまんで十六夜の口に入れた。彼は手製のお菓子をむぐむぐと味わう。

 

「……おいちぃ」

 

「じゃ、頑張ってねー!」

 

「破ああぁぁ……!!」

 

まるでクッキーにドーピング剤が混入していたかのように、

十六夜の精神が燃え上がるような興奮状態に達し、かつ氷のごとく冷たい殺意に満たされ、

周囲の景色がスローモーションのようにゆっくり流れる。

次の瞬間には彼自身が自覚する前に、クナイを投擲していた。

月明かりで夜の闇に8条の光が奔る。

 

 

 

鋼のような肉体を持つ斑井を何度も打ち据えた辺古山の竹刀は、

もはやささくれだらけで今にも折れようとしていた。

長年彼女と生死を共にしてきた九頭竜もまた、刃こぼれした匕首を投げ捨て

喧嘩拳法で戦い続けていたが、先程までの日向同様、

腕を振り上げる力も失い立っているのがやっとだ。

 

「くっ!申し訳ありません、組長。こんなことなら、仕込み刀を……!」

 

「はぁ、ぜぇ…やめろ、ペコ。オレ達は極道だが、もう非道はしねえ。そう決めただろうが!」

 

「あーだめだ。もうオレ腹ペコで動けねえ……」

 

「ちょっと待ってて、お粥くらいなら作れるかも!ああ、食材がもうないや」

 

「全員、ケツに力入れて踏ん張れい!もう少しの辛抱じゃあ!」

 

弐大が皆を必死に励ますが、ザッ、ザッ、と軍隊の隊列のように

規則正しい足踏みを鳴らしながら接近してくる斑井に成すすべがなかった。

全員の奮闘でかなりの数を減らしたはずなのだが、圧倒的不利な状況に終わりが見えない。

 

「“もう少し”っていつまでだよ」

「お前らがあの世にいくまでか?」

「悪あがきも、大概にしてくれよな」

 

斑井の一体が汗だくの弐大の胴にリーチの長い掌打を放った。

既に体力を消耗している彼は身を屈めてガードするが、

大きな手から放たれるその威力は計り知れない。

立っているのもやっとの状態では、彼の巨体ごとふっ飛ばされるだろう。

そして立ち上がることもままならなくなり、八つ裂きにされる。

 

……と思われた直後、遠方から飛んできた青白い光が斑井の腕や手のひらを引き裂き、

後衛の数体に突き刺さった。クナイは敵の腱や関節に正確に命中。完全に動きを奪った。

 

「ひぎゃっ!」「あぎゃあ!」「げふおっ…!」

 

九頭竜達も斑井の集団も突然現れた刃物の出処に目を向ける。

同時に彼らの視界に赤い人影が飛び込んでくる。

彼は夜空を背負うように飛来しつつ細かい金属片を大量にばらまいた。

続いて着地するやいなや、狼のように背を低くし風の抵抗を最小限にしながら弐大に駆け寄る。

十六夜は何も言わずに彼らを背にし、斑井達を冷たい目で見据えた。

 

「なんだてめえ」

「わざわざ死にに来たか」

「首を折られて……ぎゃあ!!」

 

再び歩み始めた斑井達はいきなり悲鳴を上げて転倒。

彼の乱入に気を取られて、十六夜がばらまいたマキビシに気づかず思い切り踏んづけてしまった。

足元をよく見ると、マキビシは既に広範囲に渡って撒かれており、動きを封じられている。

 

「何だ、誰なんだオメーはよう……?」

 

目に滲む汗を拭いながら九頭竜が問うが、十六夜は問いかけを無視し、ただ一言。

 

「邪魔だ。後ろに下がれ」

 

そして、ロングコートに隠し持っていたスレッジハンマーと

刃を入れていないフランベルジェを抜いて二刀流の構えを取り、改めて戦闘を開始した。

 

 

 

別エリア。彼はスマホで何者かと通話しながら要救助者の捜索と索敵のため、

広大な希望ヶ峰学園の敷地を駆け回っていた。

 

「黄桜支部長。戦況の報告を願います。現状から考えて最も戦力が必要なのは?」

 

《上の方で自衛隊が出るか機動隊が出るかで揉めてるから追加はもうちょいかかるってさ。

やっぱオレらでなんとかするしかなさそうだぜ。ここの状況だが、

ざっとドローンカメラで見た感じだと敵の戦力は5割を切ってる。

まぁ、この分じゃ放っといても他のやつらが片付けてくれるだろうが、

どうしてもってんなら東だな。教職員棟だったとこに結構潜んでるみたいだ》

 

「ありがとうございます。では私はそちらに」

 

《悪いねぇ。オレ、ケンカ弱えからさ。このトラックでナビゲーションに専念するわ。

ドつきあいはあんたらに任せた》

 

「了解。接敵次第また連絡を……」

 

彼が話を切り上げようとした時だった。その目に許しがたい光景が映る。

握ったスマホがミシッと音を立てた。

 

「……黄桜支部長、例のものを」

 

《えっ、東にはまだ早えぞ?》

 

「いいから急いでください!」

 

《わーかったって!……おーい、ちょっと予定変更だけど、大丈夫かい?》

 

《はい。いつでもオーケーですよ?》

 

「ぬおおおお!!」

 

夜空に向けて咆哮すると、彼はその巨体を機関車のように爆走させ、目標へ突進していった。

 

 

 

「おりゃあっ!」

 

「ばべっ!」

 

澪田が全力で振り抜いたエレキギターが斑井の顔面に命中。どうにか一体を仕留めた。

とは言え四面楚歌の状況は何も変わらない。彼女の頬には流れる汗で髪が貼り付いている。

いくら呼吸しても息が苦しい。

 

「澪田おねぇ、しっかりしなよ!」

 

「こほ、はぁ、ごほほっ……。なんの、澪田唯吹リサイタル、まだまだこれからっすよ」

 

「喋っちゃだめ!唯吹ちゃん、もう息がめちゃくちゃだよ!?」

 

「ふぅー。うっ、げほげほっ!まだ、もう一撃くらい……」

 

完全に弦が飛んだギターを杖にどうにか立っている彼女だが、

既に脚に力が入らず、もう敵を殴ることはできないだろう。

 

「ほう、あと一撃で俺達を殲滅できると?」

「つまりそれがお前の限界」

「そんで、お前の最後だ」

「散々同類を殴られた」

「きれいな顔、粉砕骨折させてやるよ」

 

斑井達は、澪田の攻撃で気絶した味方を踏み越え、拳を構えて彼女達の包囲網を狭める。

追い詰められた3人は互いを背にするが、もう打つ手がない。

斑井の一人が放った痛恨の一撃が澪田の顔に命中。……するかと思われたその時。

 

 

♪~♫♪~♪♬♪♫♬!

 

 

さすがの斑井も唖然として手を止めた。無理もない。

牛のマスクを被った筋肉隆々の大男が、プロレスでお馴染みの“スポーツ行進曲”と共に

体で風を切りながら突撃してきたのだから。

 

「お前らぁ!丸腰の女性を大勢でいたぶるとは、このグレート・ゴズが、許さねえ!!」

 

怒りで全身の筋肉が膨れ上がり、元々厚い胸板で張り詰めていたスーツが弾け飛んだ。

更にボトムスのポケットに入れたスマホから何やら囃し立てるような声が聞こえてくる。

 

《さあ、今宵も情け無用の野外リングに高々とゴングの鐘が鳴り響きました。

赤コーナーに現れたるはグレート・ゴズ選手、入場です!》

 

「うおらああ!!」

 

「ぐほべ!」「はばっ!」「がべ!」

 

《おおっと、グレート・ゴズの先制攻撃だ!

青コーナーの悪党集団が強烈なラリアットで3人ダウン!》

 

「……おねぇ、何あれ」

 

「さあ?」「わかんねっす」

 

澪田も小泉も西園寺も、助けが来た安堵感より何か腑に落ちない気持ちに囚われながら

突如始まった乱闘を呆然と見つめる。何が起きているかは実況の通りだ。

 

《しかし黒服の男達も負けてはいない!

グレート選手をなぶり殺しにすべく、その、殺意を秘めた拳を固め!今、一斉に躍りかかる!》

 

「「「死ねやぁ!」」」

 

「馬鹿者がぁ!プロレスでパンチは反則!ルールを守り、明るく、楽しく、そして激しく!」

 

《グレート選手ピンチ!と、思われたが!?

ひらりと身をかわしてからの……ローリングソバットだ!超重量級キックが悪党に炸裂!

青コーナー動けない!ノックアウトが決まったぁ!これは珍しい!》

 

熱の入った実況で闘争心が膨れ上がったグレート・ゴズの攻撃は激しさを増す。

 

《そして何やら?グレート選手がダウンした黒服の両脚を掴み……。

これは、ジャイアントスイング!非情な猛牛が追い打ちを掛ける!

大回転する肉体が巨大なムチのように不気味な白い影をなぎ倒していく!

これには青コーナーたまったものではない!数のアドバンテージが瞬く間に消滅するぅ!》

 

彼は気を失った敵を力任せにぶん回し、周囲の敵に打ち付ける。

実況者が告げる通り、澪田達を追い詰めていた斑井の群れはあっという間に数を減らし、

地面には気絶した大勢の男達が転がるばかりだ。

 

「畜生が!誰なんだおめえはよぉ!」

 

「私の名はグレート・ゴズ。それ以外の何者でもない!」

 

《いよいよ試合も大詰めを迎えた!残った黒服はあと1人!一対一となった天下分け目の大一番!

果たして勝利の栄光を掴むのは、グレート・ゴズか、それとも悪の権化なのか!》

 

両者が互いに向かって飛びかかる。

接触した瞬間、二人とも相手の技を封じるべく同じタイミングで互いの両手を握り合った。

全力で振りほどこうとする斑井とグレート・ゴズ。どちらも技を掛けられない状態。

斑井はハイキックでグレート・ゴズの脇腹を何度も蹴る。

 

「チィッ!死ね、死ね!!」

 

「ぐふっ!」

 

しかし、片足を地面から離したことでわずかに斑井の体勢にズレが生じる。

そのチャンスを見逃さなかったグレート・ゴズは、一瞬の隙を突いて手を振りほどき

相手の脇から腕を差し込み、最後の大技を仕掛けた。

 

「何っ!?」

 

《グレート選手が黒服の両脇に手を突っ込み!

腕を折り曲げたまま、真正面から後ろへ豪快に放り投げる!

そして……ダブルアーム・スープレックスが直撃!黒服は動けない!まさに人間風車!

3カウントも必要なし!勝者、グレートォ・ゴズゥゥ!》

 

身体の後ろ全体に大きな衝撃を受けた斑井は失神。ゴングが鳴り試合終了。

天を指差し堂々と勝利宣言をするグレート・ゴズ。

少なくとも澪田達から見えている範囲の斑井は全滅した。

 

《見事な実況だったよ七海ちゃん。声真似うまかったねえ》

 

《いえ。過去のプロレス動画アーカイブから音声データを抽出しただけですから》

 

スマホから漏れる会話をよそに膨れた筋肉が通常サイズに戻ったグレート・ゴズは、

澪田達に歩み寄り手を差し伸べた。

 

「お怪我はありませんか?ご婦人方」

 

「え、ええ……。あり、がと」

 

小泉はとりあえずそう答えるので精一杯だった。

 

 

 

左右田はソニアの手を引き、正門から脱出しようと前進していたが、

やはり斑井の妨害で先に進めない。

 

「おい、どこ行くんだお前」

「仲間見捨てて逃げるのか?」

「冷てえ野郎だな。逃しゃしねえけどよ」

 

「うっせ、うっせ!オレはソニアを守らなきゃいけねーんだよ!

江ノ島と約束したんだよ、ナイトになるって!」

 

「和一さん……」

 

既に有効な攻撃手段を失った二人を斑井が嘲笑う。

 

「はん、今のテメエのどこがナイトだ。おらよ!」

 

拳の一撃が左右田の頬にめり込む。

重さとしなりのある腕から放たれたパンチで3m後ろへふっ飛ばされる。

 

「がふっ!!ぐああ……」

 

「きゃあ!やめてください!しっかりして、和一さん!」

 

「くそ、まだだ……。こんなとこで、終われっかよ!うおお!」

 

スパナを握って左右田も反撃に出る。しかし、暴力の技術差は歴然だった。

振り下ろした工具は軽くいなされ、左脚で逆に腹を蹴られる。

腹に食らった鈍痛で数秒呼吸が止まる。

 

「か、は…!」

 

「こんなもんかよ。つまんねえ、な!」

 

次は右手の裏拳を食らう。鼻柱を殴られ、あふれるように大量の鼻血が出る。

周りの斑井達が笑いながら左右田に拳を浴びせ、顔を蹴り、足蹴にし、

倒れたところを踏みつける。散々痛めつけられた彼の顔は腫れ上がり、痣だらけだ。

大きな咳がひとつ出た。わずかに血が混じる。

 

「ごほ!があっ……。ソニア、にげろ」

 

「お願いです!これ以上和一さんを傷つけないで、お願いしますから!!」

 

ソニアが左右田をかばうように覆いかぶさり、懇願する。

二人を見下ろし斑井は呆れたように鼻で笑う。

 

「ふん、始めたのはお前らだろうが」

「やめてやってもいいが、条件がある」

「お前らのうち、どっちかの右手をもらう」

 

斑井は左右田が落としたスパナを拾った。それを月明かりに照らすように色々な方向から眺める。

 

「だが、あいにく刃物がないんじゃあな」

「千切れるまでこいつでぶっ叩くことになる」

「ミートハンマーみたいになぁ。痛えぞ?これは」

 

左右田がソニアのもとを離れ、這いずりながら斑井の元へ向かう。

黄色いツナギが劣化したレンガの歩道で破れ、自らの血で赤く染まる。

 

「た、頼む、この通りだ。オレの手をやる…!だから、ソニアは見逃してくれ……」

 

「そんな!ダメです、発明が生きがいのあなたが、そんなこと……!」

 

だが彼は制止を聞かず、斑井の足にすがりつく。

 

「なあ頼むよ、オレは、ソニアを守る…うがっ!!」

 

斑井のスパナが左右田の肩を殴った。

 

「うざってえな。しつこいんだよ、離せクズ」

 

「離さねえよ!こいつを突き飛ばして逃げろ、ソニア!」

 

「いや!いやです!」

 

「チッ、苛ついてきたぜ。弱っちいくせにクソ根性だけは無駄にありやがる。

面倒くせえ。殺すか」

 

左右田をいたぶるのに飽きた斑井は、彼の頭に全力でスパナを振り下ろした。

……少なくとも、振り下ろそうとはした。

しかし突然右手が動かなくなり、左右田の頭も割れてはいない。

 

 

──確かに、技術屋にしてはクソ根性だけは立派だ。

 

 

斑井が振り返ると、その手が何者かに掴まれていた。

それを認識した瞬間、背後の人物が放った凄まじい破壊力の左フックが命中。

何が起きたか分からぬまま、斑井は頭部をちぎり取るような衝撃で真横に放り出され、

スパナと共に何回も地面をバウンドしてようやく停止。それきり立ち上がることはもうなかった。

カラカラとスパナが遅れて落下する音だけが響く。

 

暗闇から滲み出るように現れた男。タンクトップに黒のズボン。

襟の高いコートを着込んだ彼は、鋭い目つきで斑井の軍勢を睨む。

状況を飲み込むのに時間が掛かっていた斑井は、やっと彼を敵と判断し、

十数人で一斉に常人には目で追うこともできないスピードのパンチを集中させた。

 

「……遅え」

 

だが、男はファイティングポーズを取ると、

鍛え抜かれた動体視力で地獄の亡者のごとく襲い来る手の群れを回避し、

正確にクロスカウンターを叩き込む。

 

「だあああぁっ……!!」

 

早く、鋭く、そして重い右ストレートを食らった斑井が

今度はノーバウンドで10m向こうに投げ出される。

男は休むことなく次々に襲い来る斑井の拳を避けつつ、右フック、連続左ジャブ、回避、

腰を落としてのアッパー、胴への右ストレート、回避、左ストレート。

ひとつの戦いの流れを生み出し、斑井を翻弄し、一撃必殺のパンチで地に沈めて行った。

 

第一波は全滅。

男の戦闘力に警戒を強めた残りの斑井が彼と距離を取りつつ反撃のチャンスを伺う。

その僅かな間が生まれると、男は初めて左右田達へ語りかけた。

 

「おい、今から言うことは俺の独り言だ。聞くのは勝手だが妙な解釈をするんじゃねえぞ」

 

「何言ってんだ、あんた……」

 

傷だらけの左右田が問うが、男は後ろから忍び寄っていた斑井の奇襲に注意を向け、返事はない。

敵は彼に掴みかかろうとしたものの、

その殺気を感じ取っていた男は軽く身を反らして足払いをかける。

頭から転んだ斑井のこめかみを踏んづけて気絶させた。

 

「昔、俺はお前達のことを見下していた。ハッ、絶望の残党?助けて何になる」

 

また一人が飛びかかり、脚の筋肉をバネにした強力な回し蹴りを放ってきた。

瞬時に反応、両腕でガード。空中でバランスを失った斑井に突き上げるようなボディブロー。

叫び声も上げずに失神。

 

「いや違うな。同じだと認めたくなかった。

世界を絶望に陥れた奴らと、自分が、同じだってことをよ」

 

次は2人。接触する順番を正確に見定め、ワンツー・パンチ。

ゼロコンマ1秒早い獲物に一撃、ダッキングで2人目を回避し、冷静に二撃目。

えぐりこむような強烈なヒットで斑井は硬い地面に叩きつけられ、戦闘不能に陥った。

 

「で、聞くところによると、そいつらはご丁寧に自分を南の島に閉じ込めて

贖罪ってもんを始めやがったそうだ。そんなことして何が戻るってんだか」

 

黙って彼の“独り言”に聞き入る左右田とソニア。最後の一人。

斑井もファイティングポーズを取り直し、正面からの戦いを挑む。

 

「だが、俺は何をした?未来機関に居座って、そのまんまだ。

今でさえあいつに何にも言えずによ」

 

小細工が通用しないと判断した敵は、まっすぐに右ストレートを打ち込んできた。

男も斑井を正面に見据えて最後の勝負に挑む。

 

「だから俺もよう!」

 

男と斑井、二人の腕が交差する。敵を捉えたのは、どちらの拳か。

 

「……贖罪ってやつをしたくなったんだよ。ささやかだろうが、な」

 

どさりと斑井がその場に崩れ落ちた。もう男の周りに敵はいない。

彼は、ふん、と軽く息をつくと、左右田達に向き合った。ちらりと正門の方角に視線を送る。

 

「逃げたいなら好きにしろ。

だが……。仲間が気になるなら中央広場へ行け。蛇野郎共はあらかた片付いた」

 

左右田は歯を食いしばってしばし悩み、結論を口にした。

 

「……悪りい、ソニア。もう少しだけ付き合ってくれねーか?」

 

「はい、もちろん!皆さんを迎えに行きましょう!」

 

「じゃあ、誰だか知らねーけど、サンキューな!」

 

「さっさと行け」

 

男が顎で行き先を示すと、左右田はソニアに肩を貸してもらいながら去っていった。

その後姿を見ていた男は、横たわる斑井にどかっと遠慮なく腰掛けると、誰ともなく呟く。

 

「……ついでに言うと、羨ましかったのかもしれねえ。

この件片付いたら、全部打ち明けて旅にでも出るか。

あー、本当に独り言が多くなってきやがった。俺も年か。引退して長えからな」

 

元・超高校級の「ボクサー」、逆蔵十三はボリボリと頭をかきながら自らの半生に思いを馳せた。

 

 

 

「エリ・エリ・レマ・サバクタニ……」

 

「“神よ、何故我を見捨て給うたのか”だと……?

いつも邪神だの瘴気だのうるさい男が今更神頼みなど笑わせる」

 

田中と十神は疲れ果て、寄り添うようにゴミ箱にもたれかかっていた。

二人共も目はうつろで戦う力がないどころか視界すら歪んで見える。

 

パラララ、パララ。

 

「嗚呼、俺の瞳には映っている。死を司る呪われし星々の輝きが。

どうやら、闘争と混沌に満ちた放浪の旅路もここまでのようだ……」

 

「馬鹿者。あれは機銃のマズルフラッシュだ。……口径は7.7mmと言ったところか?」

 

二人共疲れていた。本当に心底疲れていた。だから正常な判断力も鈍り、

明らかに異常な現象に目もくれず与太話に花を咲かせながら最期の時を待っていた。

 

ズドン、ドゴォ!

 

「すまぬ、ケルベロスよ。

邪眼の導きを失った俺はお前達の死に水を取ってやることすらできない」

 

「脂肪と糖分を疎かにしているからそうなる。

かくいう俺も、もっと肉を蓄えていれば現状打開の余地もあったのだろうが」

 

田中はぐったりした警察犬を撫でながらボソボソと語る。十神も律儀にそれに答える。

ぼんやり夜空を見上げるだけの二人は気づかない。

 

「……迎えが来たらしい。冥界の狩人たる漆黒の騎馬駆りしデュラハンが

我が魂をもぎ取らんとその刃をぎらつかせている。

フッ、宿業と罪科に塗れし俺様の命はさぞ美味かろう」

 

「よく見ろ、首は付いているだろうが。あれのどこが馬だ。

お前も頑固なものだな。最後くらい素に戻ればいいものを」

 

そう、気づかない。斑井が誰もとどめを刺しに来ないことに。

加えて先程から妙な物音と悲鳴らしき声が届いていることに。パラララ、ズドン。

 

“フル・ファイヤー!”

 

“ぐほああっ!” “はごおおっ!” “なんだこりゃ動けねえ!” “手ぇ貸せ誰か、早く!”

 

「ん?」

 

口に入った汗で僅かながら喉を潤した十神がようやく異変に気づく。

 

「おい、あれは何だ!なぜここで戦車が戦っている!?」

 

「なるほど……。俺様を守護するアルカナは戦車(チャリオット)だったと、最後に明らかになった。

もう思い残すことはない」

 

「“援軍”という意味では正解かもしれん。……いい加減に起きろ!」

 

十神が田中の頬を軽く叩いて身体を起こす。

無理やり頭を前方に向けられた田中も、歪んだ視界の中に捉えた姿に驚かずにはいられなかった。

大型の自動車椅子に乗った女性が、

一門ずつ搭載された機銃と大砲で斑井の群れを一掃しているのだ。

 

数では圧倒的な差があるとは言え、射程も手数も違いすぎる。

機銃が吠え、大砲が轟き、手出しが出来ない斑井を一方的に銃撃。

女性は車椅子に装備されたモニター情報を確認しつつ、

ピアニストのような早業でキーボードを叩き、的確に方向転換。全門発射で制圧を続ける。

 

機銃弾を浴びた敵は全身を食い破る衝撃と激痛で自由を奪われ、

破裂した砲弾の中身を浴びた者はその場に貼り付けられたように動けない。

十神と田中は戦闘を見守るが、

田中の意識が少しはっきりし始めた頃には全ての決着がついていた。

 

車椅子の女性は、モニターで何かを確認すると、こちらを見て車を寄せてくる。

その姿に十神は遠い記憶がくすぐられるような気がした。

 

「お前は……」

 

十神が何かを確かめようとすると、彼女はコマンドを入力してエンターキーを押した。

するとホイールが放射状に開き、中からミネラルウォーターを2本持ったマニピュレータが伸び、

二人に差し出した。

 

「……のんで」

 

二人共喉が乾ききっていたので、女性の正体を後回しにしてペットボトルに飛びついた。

まず田中は割れた地面のくぼみに水を貯めて警察犬に飲ませ、半分を一気飲み。

十神もゴクゴクと喉を鳴らしてあっという間に飲み干した。

 

「フッ、世界は俺に生きろと言っているらしい。

冥府魔道の旅路を終えることはまだ許されないようだ。運命とはかくも残酷なものなのか……。

いいだろう。パラス・アテナの契約の下、五十の力持つ字を紡ぎ、汝に我が言霊を捧げよう。

ありがとう」

 

「まずは礼を言っておく。

この俺がゼロカロリーの飲食物に感謝するなど一生に一度あるかないかだ。ありがたく思え」

 

感謝しているのかいないのかいまいち不明な謝辞を述べると、

田中と十神は改めて女性に向き合った。

銀髪のショートカットにカチューシャを飾り、口を覆うほど幅の広いマフラーを巻いている。

赤いハイヒールが似合うすらりと伸びた脚を組み、

可愛らしさを美しさに変えた女性に十神が語りかけた。

 

「……あれから少しは喋れるようになったのか」

 

「ゆっくりだけど、ウサミにたよらなくても、よくなった。……ときどき、つかうけど」

 

「十神よ、貴様この女を知っているのか」

 

十神はじれったそうに説明する。

 

「忘れたのか?昔、俺達が人見知りを治してやったどこかの支部の支部長だ」

 

「だいななしぶ」

 

「なっ!?あの物言わぬ少女が、戦乙女として転生し、我らの前に降臨」

 

「うるさい。で、なぜお前がここにいる」

 

元・超高校級の「セラピスト」。月光ヶ原美彩は、中央広場の方向を指差した。

 

「だいいちしぶの、しれい。みんな、きてる。いちど、もどろうよ」

 

「日向達の様子がわからんからどうなったのかと思っていたが、

俺達を置き去りにして待ちぼうけとは良い身分だ」

 

幾分体力が回復したとは言え、まだ疲労の色が濃い二人は、

月光ヶ原の言う通り引き返すことにした。

 

「だがお前の荒々しい戦いぶりにはさすがの俺様も舌を巻いた。

邪なる蛇を一人で血祭りに上げるとは」

 

「しんでない。非殺傷性のごむ弾と、瞬間凝固せめんと砲で、むりょくかした」

 

クルマと男2人、そして犬。激闘を乗り越え仲間の元へ。

 

 

 

戦刃むくろは、ここが最後の砦と言わんばかりに集結した斑井の大群を前に

足止めを食らっていた。教職員棟。この奥に江ノ島盾子は連れ去られた。

妹を取り戻すべく必死の形相で戦刃は戦いを挑む。

 

「返して!盾子ちゃんを、返せぇ!」

 

飛び蹴り、肘鉄、腕を固めて一回転させ関節を外す。彼女の技が決まる度に斑井の悲鳴が上がる。

しかし、戦闘能力では上回っているものの、

数に任せて掴みかかる斑井を振りほどきながらの戦いで戦刃の体力は急激に奪われ、

活動可能な限界時間が近づく。そんな中、死角から飛んできた硬い握り拳が耳に命中。

鼓膜は破れなかったものの、一瞬意識が揺さぶられる。

 

「あうっ…!!」

 

ふらついた隙を見せてしまった瞬間、全身に斑井が放った打撃を浴びる。

思わず屈んで身を守る戦刃だが、反撃の手が止まってしまう。

これを好機と見た斑井達は彼女の頭を殴り、背中を踏みつけ、何度も全身を蹴りつける。

 

「うっ、ぐうっ!」

 

一度しゃがみ込んでしまうと、大勢の男達を跳ね除けて立ち上がるのは不可能に近い。

背中を踏んで動きを抑えられたまま四方から何度も容赦ない蹴りを受け、

やがて額に血が流れてくる。身体を殴る衝撃と痛みが更に自由を奪う。

 

「気分はどうだ。守れない気分ってのはよ」

「最高だろうが。え?最高だろうが」

「どうした。お前の妹はこの先だぞ」

 

「黙れ……!私は必ず盾子ちゃんに、また!…ぐっ!」

 

その言葉は左頬に食い込んだつま先に遮られた。口の中に血の味が広がる。

間髪を入れぬ連撃に成す術がない。戦刃の意識が遠のいていく。

このまま気を失うかと思われたが、何者かの声で斑井達の攻撃が一時止んだ。

 

 

──ほう、それは耳寄りな情報だ。やはり江ノ島盾子はこの先か。

 

 

彼らが振り向くと、深まった夜の中でも存在を際立たせる真っ白な存在がそこに立っていた。

顔の血を拭って改めてその姿を見ると、男は腰に携えた刀に手をかけようとしている。

刃を抜いて斑井達を斬り捨てるのかと思いきや、柄を握ったまま居合の構えを取るだけだ。

 

「なんなんだ?今日は邪魔が入ってばっかりだ」

「戦刃は俺らが抑えとく」

「お前ら、殺れ」

 

返事もなく斑井の集団うち十数名がバッタのように跳躍し、

髪もスーツも白で統一した男に硬い拳や鋭い爪で襲いかかる。

だが男は回避する様子もなく、はっ…と少しだけ息を吸った。

そして戦刃は直後に見た光景に息を呑む。

 

襲撃者の攻撃が届くかと思われた瞬間、男の手が一瞬だけ柄から消え、元に戻る。

更にもう一瞬後。

斑井達が強烈な衝撃を食らい、

着地することなく映像を逆再生するかのように後ろの空間に放り出された。

斬撃が月明かりを反射し、

空から三日月が下りてきたかと錯覚させるような二筋の剣閃が宙に浮かぶ。

 

「なかなかの業物だ。さすがは元超高校級の鍛冶屋と言ったところか」

 

男が刀を星空に照らしその切れ味を確かめる中、

峰打ちで身体を強打され気絶した斑井達がどさどさと遅れて落下してきた。

彼はコツコツと革靴の足音を鳴らしながら戦刃に歩み寄ってくる。

 

「立て、戦刃むくろ。一度体勢を立て直す」

 

「あ……」

 

彼女の答えを遮って、警戒心を殺意に変えた斑井達が戦闘態勢を取る。

 

「逃がすと思ってんのか、おい」

「ああいいぜ?後ろ向いてみろ」

「背骨ぶち折ってやるからよぉ!」

 

教職員棟を守るように横一列に並ぶ黒服の集団を冷ややかに眺めると、

男は今度こそ刀を完全に抜く。長く青白い刀身が顕になる。

 

「逃げる、だと?思い上がるな。お前らごときが俺の後ろを取れると思うな」

 

「……おい、やるぞ。前衛は突撃、後衛は援護。死ね!」

 

斑井達は前後2グループに分かれて、前列は再度突撃。

後列は足元の砂利を親指で弾く。無数の礫が男に殺到。

強靭な指で加速された小石やレンガの破片は一発でも食らえば大きく肉をえぐられる。

 

しかし男は弾道を見切り、縮地を繰り返して瞬間移動のような回避と前進を交互に行う。

そして肉薄攻撃を挑んできた前列の部隊に接近すると、

刀身の長さを思い切り生かした横一文字斬りを放った。

 

「いっぎゃああっあああ!!」

 

あちこちで骨が折れる音と斑井の絶叫がこだまする。

男が刀を振るう度に、深い夜に太刀筋が流れ、剣技を食らった斑井が泡を吹いて倒れていく。

前衛が一気に数を減らすと、またしても嵐のような礫が風を切って飛びかかってくるが、

今度は縮地を使わず空高く飛び上がる。

 

後衛の背後に降り立った瞬間、相手に振り向く隙も与えず

全身のバネを使った大振りの峰打ちを一太刀、二太刀と浴びせ、

刈り取るように敵を斬り伏せていった。

 

「背中が無防備なのはお前達のほうだったな」

 

陣形が総崩れになった斑井達を見ることなく、

男が刀の切っ先を軽く振りながら独り言のようにこぼす。

 

「チクショウが!全員、死んでも通すな!また繰り返してもいいのか!?」

「いいわけねえだろうが。ああ、二度と御免だ!」

「俺達は、超高校級の、ボディーガード……!」

 

斑井達が自分たちを鼓舞すると、蛇のように細長い目の奥にある瞳の色が変わった。

彼らは精神を統一し、ゆっくりと深呼吸。すると、筋肉が膨張して制服にその形が浮き出し、

両手両脚が異常発達を起こし肉食恐竜のように変化を遂げる。

 

「ウワオオオオン!!」

 

完全に獣と化した斑井とスーツを着た剣客が最後の激突。

四つん這いで疾走し男に飛びつき、鉤爪を振り抜く。

 

「チッ!」

 

最初の一撃は刀で振り払ったものの、真上から垂直に落ちてきた一体の攻撃を避けきれなかった。

頬に細い切り傷が一本。浅くとも血が滲み、ぽたりと落ちた一滴が白のスーツを汚す。

 

「シャアアアッ!」

 

「化け物め!」

 

男も縮地を駆使し、斑井の前に瞬間移動。下からの斬り上げを浴びせ一体沈黙させる。

だが周りには円を描くように駆け回る斑井変異体が多数。

前後左右から噛みつきや引っ掻きという動物的な攻撃をひっきりなしに繰り出してくる。

今もどうにかかわしてはいるが、

大勢で一撃離脱の戦法を取る彼らを全て仕留めるのは至難の業だ。

 

「……時間がない。動作確認もまだだったな」

 

男は刀の鍔にあるセンサーに親指を滑らせる。

すると、刀身がごく微細な振動を始め、刃にブルーに輝くエネルギーを伝達。

準備は整った。後は。

男は唸りを上げて駆け続ける変異体の再攻撃を待った。

 

「ウワウッ!!」

 

斑井の一体が吠える。それを合図に全ての個体が一斉攻撃を仕掛けてきた。

ギリギリまで男はタイミングを見極める。

野獣に変異した斑井が男の喉を掻き切るまで、3、2、1…。

時間切れと同時に男は全力で跳躍。目標を失った斑井が1か所に集中。

うろたえながらその場にとどまる。そこを狙って男が刀を真下に向けて自由落下。

 

「おおおお!」

 

刀を真っ直ぐに突き刺した。斑井ではなく、地面に。

だが、外したのではなく初めからこれが狙いだった。

刀身から波紋のように青い輪が広がると、

大地が液状化現象を起こしたように砂となり一気に崩落。

集まっていた斑井の群れを周囲の瓦礫ごと飲み込んだ。

男は自分も巻き込まれないうちに斑井や瓦礫を足場にジャンプし、

蟻地獄のような穴から飛び出した。

 

着地するとすぐさま視線を走らせ索敵。……もう動ける斑井は存在しない。

穴に落ちた個体も助けなしでは抜け出せないだろう。

男は納刀すると、傷をかばいながら立ち上がる戦刃の前で足を止める。

 

「直接顔を合わせるのは初めてだったか」

 

「あなた、第二支部の?」

 

「ああ。一度戻るぞ」

 

「だめ!早く盾子ちゃんを助けないと!」

 

「そんなボロボロの状態で何ができる。今、突っ込んでも足手まといになるだけだ。

大人しく付いてこい」

 

「……わかった」

 

無事、戦刃むくろを回収した未来機関第二支部支部長・宗方京介は、

彼女と共に中央広場に向かう。ようやく、100名の斑井は全滅。残るは江ノ島盾子の救出のみだ。

 

 

 

中央広場には、77期生と援軍の支部長全員が集結。

トラックを運転してきた苗木誠が霧切響子に現状報告をしている。

 

「負傷者2名。他の皆は極度の疲労が見られるけど、とりあえず大丈夫。襲撃者も全員鎮圧した。

救急車と自衛隊の援護を要請して」

 

急ごしらえのベースキャンプでは、罪木蜜柑と元・超高校級の薬剤師、忌村静子が

手分けして怪我人の治療を行っていた。また万代が配ったチームパンクドラゴンシードによって、

皆ひとまず動けるまでに疲労は回復している。

 

「うめえ!腹にたまるし、こんな美味いフルーツ食ったことねえよ!

オッサン、変な格好だけどいいヤツなんだな!名前知らねえけど!」

 

「喜んでもらえて嬉しいな。万代大作だヨ!」

 

「……はい。鎮痛剤、止血剤、抗炎症剤、造血剤、抗生物質」

 

忌村が左右田にどろりとした紫色の液体を注射。

薬品が身体に回ると、出血や腫れが治まり痛みも引いていく。

 

「あざっす!すげえ、もう全然痛くねーや。ちなみにそれ、何の成分っすか?」

 

「えっ?……んーと。内緒」

 

「動かないでくださいね、戦刃さん。ああ…ひどい怪我。まずお顔を消毒しますから」

 

「ありがとう。痛っ」

 

「ちょっとしみるけど我慢してくださいね~。

忌村さんが来てくださったおかげで、隊員さんの容態も落ち着きました」

 

宗方がシートの上で横になる隊員のそばに立つ。

 

「帰還中にざっと様子を見たが、死体だらけだった。機動隊の生存者は彼一人らしい。

おい、何か覚えていることは」

 

「わ、わからない。俺も一瞬奴らの姿を見ただけだ。

暗闇の中から蛇みたいな連中が飛び出してきて、照準を合わせる間もなく、みんなやられた……」

 

「そうか。奴らを殺さなくて正解だった。死体から情報は引き出せんからな。

後は後続の部隊に任せよう。動けない連中なら彼らでも捕縛できるだろう。

……医療班以外は手を止めて聞け!」

 

罪木と忌村の除く皆の視線が宗方に集まる。

 

「これより、教職員棟に囚われていると思われる江ノ島盾子の救助に向かう。

そのメンバーを選抜したい」

 

「私パスー。ヨイちゃんのごほうび作らなきゃ。ねえ、おチビちゃん。あんたの調理台貸してよ。

ベッコウ飴くらいならできそうだし?」

 

「ぼくの?いいよいいよ!ぼくが手取り足取り腰取り使い方を教えてあげるね!」

 

「どーでもいいけど変なことしたらヨイちゃんのナイフがグサッだから」

 

「オレを、連れてってくれ」

 

まず手を挙げたのは左右田だった。

 

「生体反応探知機がぜってー役に立つ。

それにアレ、機材の操作方法がちょっと複雑で専門知識がないと使えねえ。オレが行かねーと」

 

「でも和一さん、怪我が治ったばかりでは……」

 

「行かせてくれ。オレは一度仲間を見捨てようとした。その罪滅ぼしをしねーと」

 

「1名決まりだ。他に志願者は?なければ俺が決めるが。あまり多すぎても戦いにくくなる」

 

「……私も、行く」

 

「ええっ!まだ動くのは、無茶だと思うんですけどぉ……」

 

「戦刃むくろ。今の状態でまともに戦えるのだろうな」

 

「戦う。必ず。盾子ちゃんと最初に会うのは、私」

 

「2名。後は」

 

「刀の具合は?」

 

「期待以上の出来栄えだ。十六夜、お前も行くのか」

 

「作品のメンテナンスが必要になるかもしれない。切れ味もこの目で見ておきたい」

 

「えー、ヨイちゃん行っちゃうの?お砂糖火にかけたとこなのに~」

 

「もちろん、流流歌のおいちぃお菓子を食べてからだ」

 

「ここまでだ。大所帯で教職員棟に突入しても互いが邪魔になる。

他に敵が残っていないとも限らんからな」

 

「すまない、俺も行きたいが、この体じゃ役に立てない。上手く足に力が入らないんだ」

 

「あの、それは仕方ないですぅ…。日向さんは疲労だけでなく脱水症状も進んでますから」

 

「いいから治療を受けていろ。これで、決まりだ」

 

宗方を含む4名の突入メンバーが決定。

万代のフルーツや忌村の薬で怪我や疲労は解消したものの、

やはり時間的休息も必要ということで、決行は30分後に決まった。

戦刃は待ちきれない様子だったが、罪木になだめられ、ベンチに腰掛けてじっとその時を待つ。

 

 

 

そして、彼らはついに教職員棟に足を踏み入れた。

内部は蜘蛛の巣とホコリだらけでどの部屋の長く使われた形跡がない。

 

「下層に微弱な所属不明の反応っす。地下に何かがいるのは間違いねーみたいっすよ」

 

「……進むぞ」

 

宗方を先頭に地下階へ続く階段を下りる。だが、下りきったところで行き止まり。

倉庫や電源制御室が並ぶだけでこれ以上下る階段がない。

 

「あっれ。さっきより反応は近くなったんすけど……。どっかに隠し階段でもあんのか?」

 

「あるのだろうが、探している時間が惜しい。行くぞ」

 

「行くってどこへ……」

 

「破っ!」

 

戦刃の質問が終わる前に宗方は刀の柄を握り、床に居合斬りを放った。

古びた木の床に髪のような細い線が走り、一拍置いて崩落。3mほど下方に通路が現れた。

壁は明らかに人の手で掘られた土がむき出しで、一定間隔で電球が吊るされている。

十六夜は謎の穴より床の切断面が気になる様子で、その表情は不満げだ。

 

「……焼入れが今一つだ。第一支部が急かさなければ満足の行く仕上がりになっただろうに」

 

「この先に、盾子ちゃんが!」

 

「そういうことだ。行くぞ」

 

「行くぞって、これ結構高い…ああ、オレ置いてかないでー!」

 

こうして、とうとう宗方達は地下世界入り口に到達した。

江ノ島盾子と、その先に待つ真実を求めて彼らはひた走る。

 

 

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