江ノ島盾子にされてしまったコミュ障の悲哀【完結】   作:焼き鳥タレ派

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第17章 ひとつの終焉

荒っぽく削られた地下道を進むこと数分。景色が一変する。

アスファルトで舗装された道路、街を照らす洒落たガス灯、

そして果ての見えない大都会。

宗方達は希望ヶ峰学園の真下に広がる地下都市にも驚くことなく

ひたすら走り続ける。……一名を除いて。

 

「おいおい、なんなんだよこりゃ!?希望ヶ峰学園ってこんなもん作ってたのかよ!

これ、いつからあったんだ?オレ達が通ってたころからか?」

 

「いいから!左右田君、盾子ちゃんはどっち!?」

 

街灯の完備された空間は、先程まで激闘を繰り広げていた地上よりむしろ明るい。

左右田は低階層ながらも立派なオフィスビルやショッピングモールをキョロキョロと見回しながら

そばを走っていた戦刃の肩を叩くが、苛立つ彼女に相手にされない。

 

「ああ悪りい……。とにかく北東だ、まだ遠すぎて方角しかわかんねえ!」

 

「推定距離は?」

 

宗方が前を向いたまま確認。

 

「すんません、まだかなり遠いとしか言えねっす」

 

「急ぐぞ。江ノ島失踪からだいぶ時間が経っている」

 

皆は大通りを駆け抜ける。その時、曲がり角、ビル、商店、民家、あらゆる建造物から

この世界の住人らしき者たちが溢れ出てきた。

おまけに突き当たりの道路に複数の自動車が突っ込み、進路を封鎖。車からも人間が降りてくる。

 

ひと目見ただけでは彼らはただの民間人だが、その眼は宗方達を見ているようで見ていない。

その向う側にある何かを狂おしいほどに求めており、宗方は途中にある何かでしかないのだ。

ついでに言うなら、殺してでも排除すべき存在。

 

未来機関だ。《希望》を奪いに来たぞ。行かせるな。殺せ。殺せ。殺せ。

 

ボソボソとうわ言のように殺せを繰り返す彼らの手には、

包丁、ゴルフクラブ、果物ナイフ、金属バットといった殺傷能力を持つ日用品が収まっている。

そして誰に先導されたわけでもないのに、統率の取れた動きで一気に宗方達に襲いかかってきた。

 

「のわああ!!」

 

「左右田君、伏せて!」

 

だが、次の瞬間には幾筋もの剣閃と体術の一撃で異常者達は打ち倒され、地に転がる。

それでも地下都市の住人は途切れることなく視界に映る全ての建物から絶え間なく出没する。

目を見開いて、ずっと4人を見据えながら。宗方は素早く視線を動かし状況を把握、指示を出す。

 

「戦闘能力は素人並だが、数が多い。十六夜は私と連中の相手だ。

左右田、お前は車を確保しろ。戦刃はそれまで彼を護衛」

 

「指図をするな。数だけの相手など、俺一人で十分だ」

 

十六夜が両腕を伸ばすと、長い袖から細身のナイフが10本射出され、彼の手に収まった。

 

「ではお手並み拝見と行こう。背中は任せた。……行け、左右田!」

 

「あいっす!」

 

いつの間にか再び大勢の狂った住人に囲まれていた彼らだが、

武術の心得がある3人が地を蹴ると同時に、再び乱戦が始まった。

宗方はやはり峰打ちで敵の武器を叩き落とし、腕を打ち据える。

斬れてはいないものの骨にヒビが入り、敵は激痛に膝をついた。

 

「あぎゃっ!があああ!」

 

また、十六夜も10本同時にナイフを放ち、膝や足の甲に突き刺し行動不能に追い込む。

 

「ぎゃひっ!」「痛うう…!」「はがあ!」

 

「ふん、狂っていても痛いものは痛いらしい」

 

「急所には当てるなよ。こいつらにも事情聴取を行う必要がある。長い長い事情聴取だ」

 

「指図をするなと言った」

 

二人は背中合わせになりながら、左右田と戦刃のために時間を稼ぐ。

当の2人は、突き当りに密集している車に向かって全速力で駆け続けていた。

宗方達の援護があるとは言え、数に頼った攻撃に時折妨害を受ける。

 

「はっ!」

 

「ぐべえ!!」

 

戦刃の飛び膝蹴りがカッターを持った男の顎に食い込む。

体術で敵を蹴散らしながら、左右田と共に前進を続ける。

目の前には広い通りを塞ぐ多数の車。あれが目標地点。走りながら左右田が叫ぶ。

 

「戦刃!余裕があればでいんだけどよー!一緒になるべく古い車探してくれねーか!?」

 

「古いやつ?どうして?」

 

「今の車は全部イモビライザーでロックされてる!手持ちの工具じゃ手に負えねえ!」

 

「でも私、車の種類なんてわからない!」

 

「だったら、なるべくダセーやつを頼む!」

 

「わかった!」

 

路地裏から新手が2体。

敵が攻撃態勢に入る前に一体の先手を取り、

顔面を薙ぐようなハイキックを叩き込み、意識を奪う。殺気を感じて振り返る。残りの一体。

そいつはチェーンソーで斬りかかってきたが、重い工具を持ち上げる隙を見計らい、

左手で動力部を掴んで凶器を受け流し、腹に正拳突きを命中させた。

 

「うがはぁ…!」

 

「行きましょう!」

 

「おう!」

 

その後も迫る敵を迎撃しながらレンガ造りの道路を走り、ようやく車の集まるエリアに到着。

さっそく左右田が手早く動かせそうな車を探し始めた。

運良く鍵が刺さったままのものはないか期待しつつ、車体をペタペタ触りながら吟味する。

 

「旧式の、旧式の……。ああ、くそ!無駄にいい車乗りやがって!」

 

「こっちのはだめ?」

 

「えーと……。駄目だ、微妙に世代が新しい!」

 

そうこうしているうちに、また通りから増援が追いかけてくる。

戦刃は車探しを諦め、左右田の援護に回る。だがその時、彼が後ろで歓声を上げた。

 

「あったぜ!こいつならなんとかなる!」

 

警戒しつつ視線を動かすと、多くの新型自動車の端に

全体的に角張った古臭いデザインのセダンが停まっていた。

左右田は左半身に体重をかけながら肘を使って体当たりし、運転席の窓ガラスを割る。

 

外から鍵を外してドアを開けると、

マイナスドライバーや金属ヘラで素早くキーシリンダー周辺のカバーを外し、回路を露出。

配線を直結し、勝手に走り出さないようサイドブレーキを上げた。

ドゥルルルン!とエンジンが唸りを上げ、自動車が動力で振動を始める。

 

「っしゃあ!車、確保だ!」

 

「左右田君は中で待ってて。宗方さん達が来るまで食い止めるから!」

 

「すまねえ、頼む!」

 

左右田は軍手をはめて車内に散らばったガラス片を大まかに払い出し、

何度もクラクションを鳴らした。

狂人の群れが全員驚いたように車を見る。狙いがこちらに変わった。

戦刃は左右田を守るように車をバリケードに見立てて立ち位置を計算。

攻撃の集中しやすい方向に注意を向けながら慎重に各個撃破を続け、宗方と十六夜の到着を待つ。

 

 

 

ファーン、ファーン、ファーン、と連続するクラクションの大音声に

宗方達が驚くことはなかった。

むしろ敵の注意を逸らし、チャンスをもたらしたと言える。

車の列に思わず視線を向けた不用意な敵に無慈悲な一閃を浴びせた。

 

「んぎあぁ!」

 

「ひげえあぁぁ!いっづおお!!」

 

続いて背後で十六夜に急所を除く全ての可動部にクナイを刺された狂人が倒れた。

気配でそれを察すると、宗方は彼に声を掛けながら車へと走り出す。

 

「行くぞ、車だ」

 

「わかっている」

 

無愛想コンビは、用は済んだとばかりに狂人達の相手をそこそこに動き出した車へと駆け出す。

正面の敵だけを瞬時に斬り捨て、明治時代を思わせる和洋折衷の町並みを進み続ける。

そして、乗り捨てられた多数の車を飛び越え、

左右田がドアを開け中から手を振る茶色のセダンに乗り込んだ。

宗方は運転席、十六夜が後部座席に。

 

エンジンは起動済み。

宗方はサイドブレーキを下げ、ギアをドライブに切り替え、アクセルをベタ踏み。

急回転したタイヤが摩擦熱で小さな煙を上げる。

周囲の車を弾き飛ばすように次々接触しながらもフルスピードで急発進した。

移動手段は手に入れたものの、バックミラーには同じく車での追跡を始めた狂人達が映り込む。

 

「まだ逃してはくれないらしい。少しはこちらの事情も汲んでもらいたいものだ」

 

「無用な心配だ」

 

ぼそりと十六夜がそう言うと同時に、後方から何かが破裂する音がいくつも響いた。

そっとミラーへ目を動かすと、タイヤがパンクした車が蛇行を始めてぶつかり合い、乗り上げ、

大通りほど広くない道路に積み重なっていく様子が見える。

 

「……何をした」

 

「マキビシだ」

 

「死んだら面倒なことになるが」

 

「俺が鉄の棺桶を作ってやる」

 

ややうんざりした気持ちでハンドルを握りながら宗方はため息をついた。

それからしばらく北東へ車を飛ばすと、助手席の左右田に尋ねる。

 

「江ノ島の反応は?」

 

「まだ10km圏外で……。あっ!モニターに感っすよ!北北東、そのまま北北東へ頼むっす!」

 

「そこに、盾子ちゃんが!?」

 

「ああ。でもなんか、デカい空間にぽつんといるような……」

 

「場所はどこでもいい。彼女を最優先で確保。それが我々の任務だ」

 

宗方は次の交差点で左折し、

道路交通法を無視したスピードで左右田のナビゲーションに従いつつ車道を疾走していった。

ガス灯の冷たい光がいくつも流れていく。その光の中に異質なものがひとつ。

危険を察知した彼は全員に警告。

 

「身を低くして何かに掴まれ」

 

突然宗方がジグザグ走行を始めると、同時に何かが助手席の窓ガラスを割り、彼の目の前を通過。

狙撃されたのだ。今見た不審な光はライフル用スコープの反射光。

 

「のわあっ!なんだこりゃ!」

「きゃっ!」

「敵襲、か」

 

ガラス片を浴びた左右田達が思わず悲鳴を上げるが、宗方は冷静に状況を分析。

どこかに“元超高校級のスナイパー”か何かが配置されていて、自分達を狙っている。

目指す北東から外れるが、ハンドルを左右に大きく切りながら2発目、3発目を回避。

タイヤに当てられたら終わりだ。

 

「左右田、指示を続けろ」

 

「は、はい、すんません!……今度は西っす!距離もあと7km!」

 

「よし。全員姿勢制御。5秒で方向転換する。4、3、2、1……」

 

交差点に差し掛かると、宗方はブレーキを踏みながらハンドルを限界まで左に切る。

車体がドリフトし、車道に四筋の黒い帯を焼きつけながら強引に左折。

角に入りスナイパーの死角に入ることに成功したらしい。銃撃が止んだ。

 

周囲を警戒しながら車を走らせるが、もう何も起きる様子がない。

ひとまず狂人達の攻撃を振り切ることができたようだ。後は江ノ島盾子を目指すのみ。

 

「はぁ~。生きた心地がしなかったっすよ、マジ」

 

「気を抜くな。まだ何が起こるかわからん」

 

茶色のセダンは夜の都会で疾走を続ける。

すると徐々にビルも店舗も住宅も数を減らし、更に景色を変えていく。

近未来的な丸みを帯びた金属製の建築物がちらほら見られるようになった。

スモークがかかった楕円形の窓に、取っ手のないカードキータイプのドア。

 

市街地とは違った非現実感に捕らわれそうになる。

間違いない。このエリアのどこかに江ノ島盾子はいる。

その考えに答えるように、左右田がデバイスに目を落としながら叫ぶように告げた。

 

「ここっすよ!次で右折してまっすぐ!もう距離1kmもないっす!」

 

「……らしいな」

 

宗方はちらりと右前方を見る。

土の壁を特殊合金で補強し、見上げるほどの高さにまで建造されたトンネル。

大口を開けて侵入者を飲み込むかのような威圧感を気にも留めることなく、そのまま突っ込む。

内部は直線道路。しばらく走ると行き止まりになっていた。

 

だが様子がおかしい。

よく見ると高い壁は上下に開く巨大なシャッターであり、そばに1台の車が停まっている。

ブレーキを掛けて降車すると、宗方は不審な車両にゆっくり近づき中を確認。無人だった。

 

「いない。ということは」

 

「もう間違いねっす。この壁一枚隔てた向こうに江ノ島がいるっすよ」

 

「盾子ちゃーん!返事して!」

 

しかし、戦刃の呼びかけは高い天井に反響するだけで反応がない。

宗方や十六夜も高くそびえる扉を見上げるが、開く方法に心当たりがないようだ。

 

「聞こえていないはずだ。この様子では相当な厚さがあるのだろう」

 

左右田がシャッター付近に設置されたインターホンを分解し、

内部を解析するが苛立った表情で頭をかくだけだ。

 

「ちくしょー、内部と通話する機能しかねえ。

ドアの開閉システムにでもつながってるかと思ったんだけどよー」

 

「どうしよう、早くしないと盾子ちゃんが……」

 

「こうすればいい」

 

宗方が刀を抜いて鍔のセンサーに触れ、出力を限界まで上げた。

刃に沿うように微弱な振動が走る。そして行く手を阻む鋼鉄の扉に歩み寄ると……。

 

「破あっ!!」

 

十六夜が打った奇跡の一振り、超分子分解メーサー刀をシャッターに突き刺した。

 

 

 

 

 

「ぎゃわっ!」

「きゃあ!」

 

ひとつ目はアタシの声。ふたつ目は音無の声。

また女神らしからぬ悲鳴を上げてしまった。アラサー女と若い娘の違いなのかしらねぇ。

……なんて、追い詰められた状況でどうでもいいことを考えてしまう。

だけど少しばかり助かる可能性が出てきた。

ヒットマンは壁から突き出た刀に驚いた様子で、注意をアタシ達からそちらに向ける。

 

ただ、それだけに留まらず、目を疑うような現象が起きた。

刀から池に小石を落としたような青白い波紋が広がる。

あら綺麗、とまた余計なことを考えた次の瞬間。

 

ロケットランチャーでも傷一つ付かないほど頑丈そうな壁が、

波紋に溶かされたかのように砂鉄となって崩れ去り、直径約1.5mの穴を開けた。

金属特有の鼻腔に貼り付くような臭いが鼻を突く。何やら足音まで聞こえてきた。

ひょっとして、救助?日向君達が助けに来てくれてたとか?

 

「お姉ちゃん!?」

 

喜ばしいことに、予想は9割当たってた。

どうしてお姉ちゃんがここまで来られたのかはわからないけど、

今はそんなことより再び姉の顔を見られたことが嬉しくて、どちらからともなく抱きしめあう。

小さくそばかすが散ったお姉ちゃんの顔がそばにある。

ここに来てからろくな目に遭わなかったこともあって、もう泣きそう。

 

「お姉ちゃん……!来てくれるって信じてた」

 

「当たり前じゃない。私は、盾子ちゃんのためならどこにでも行くよ?

……ああ、こんなに血だらけになって。誰にやられたの?その格好は?」

 

お姉ちゃんの言葉が最後のほうで固くなる。

今の自分がオバサンを殴り倒して強引に江ノ島盾子を真似させた姿だってこと忘れてた。

犯人は後ろにいる音無涼子なんだけど。

 

「あ、それ、あれね。あいつのせいなのよ!」

 

気づくとヒットマンを悪者にしてた。いや、実際アタシらにしてみれば悪者なんだけど、

金髪の黒スーツには少しだけ気の毒だったかもしれない。

アタシから身体を離したお姉ちゃんの殺気が半端ない。

 

「潰す」

 

徒手空拳で男に近づこうとするお姉ちゃんが背中から凄まじい怒気を放ち、アタシも若干ビビる。

ヒットマンは無表情のままワイヤーを構える。

両者激突するかと思われた瞬間、聞き覚えのある声と共に見覚えのある人物が穴をくぐってきた。

 

──無理をするな。素手でそのワイヤーは千切れまい。

 

あ、思い出したわ!あの真っ白男の名前は……。

 

「あんたは確か、宗方京介、でいいのよね?ほとんど忘れかけてたけど」

 

「ふん。助けに来てやったというのに、随分な言い草だ。まだ酒の後遺症が残っているのか?」

 

「っていうかその刀、壁にぶっ刺したのあんた!?

何考えてるのよ!アタシがもたれてたら串刺しになってたってのに!」

 

「黙れ。探知機を見たから問題ない」

 

「何よ探知機って、ちゃんと説明なさい!」

 

「どけ、後がつかえてる」

 

続いて2人がホールに入ってくる。真っ赤なコートを着た人は、本当に知らない。

だけど最後の人物を見ると、また胸に喜びが湧いてきた。

 

「左右田君!無事で良かった」

 

「ああ、お前も!……って無事じゃねえだろ、どうしたその怪我!?」

 

「話すと長いの。あのスーツには近づかないで。元超高校級のヒットマン」

 

「こ、殺し屋だって!?ヤベーぜどうすんだ俺!」

 

「下がっていろ。私が片付ける」

 

宗方が刀を構えると同時に、スピーカーからアルファの声が響いてきた。

 

『無粋な来客がぞろぞろと。君、始末したまえ』

 

評議委員の指示を受けると、ヒットマンは何も言わずに右手からワイヤーを発射。

宗方の刀に巻きつけ、ピンと張った。

敵はそのまま刀を引っ張り、宗方も離すまいと引き返し、しばらく互角の力比べが続く。

 

武器を封じられた?と思ったけど、宗方は口元でわずかに笑うと、親指で一瞬鍔に触れた。

すると何重にも巻き付いていたワイヤーが消滅。

右腕の筋力を後ろに向けていたヒットマンは、突然頼りにする物を失い、

転びはしなかったものの大きくよろめく。

宗方はそれを見逃さず、すかさず敵の懐に飛び込むと、

右脇腹から左肩に掛けて刀の峰で流れるような一閃を叩き込んだ。

 

峰打ちとは言え、重さ約1kgの鉄の棒でぶん殴られちゃたまらないわね。

ヒットマンは泡を吹いて気絶してホールの床に転がった。

刀を収めながら宗方は後ろにいる赤のロングコートに話しかける。

 

「少しは手伝ったらどうだ」

 

「お前の仕事だろう」

 

彼はぶっきらぼうにそれだけ答えた。なんだか近寄りがたい人ね。

そんなことを思っていると、宗方がこっちに来た。もちろんこいつがアタシを労うはずもなく、

呆れた様子でアタシを見て脱いだ上着を投げてよこした。

 

「なんというザマだ。これでも羽織っていろ。その髪型は何かの冗談か?」

 

「う、うっさいわね!色々あったのよ!」

 

はだけたブラウスの上にスーツを着ながら、

ツインテールにされたままだった髪からゴム紐を外す。

その時、お姉ちゃんが戻ってきて、アタシの手を握ってくれた。

 

「とにかく、一緒に帰ろう?まず罪木さんに診てもらって……。あれ、その娘は誰?」

 

アタシ達から少し離れて、必死に訳のわからない展開を手帳に書き綴る音無。

時々涙を拭きながら、書き記した内容を再確認している。

 

「あのね、よく聞いて。彼女がB子。本名は音無涼子。G-fiveを作って配った張本人よ」

 

「えっ、まさか!」

 

「その話は本当なのか」

 

さすがに宗方も驚いたらしい。その声に少し動揺が混じる。無理もないと思う。

暴力的な態度はとうに消え失せ、

隅っこで小さくなって泣いている少女が連続毒殺事件の犯人だというのだから。

 

「本当よ。信じられないと思うけど聞いてちょうだい。音無は、アタシと同じなの。

絶望の江ノ島盾子のDNAから造られたクローン。当然、強力な分析能力も持ってる。

きっといろんな人間の才能をコピーしてG-fiveを完成させたのよ」

 

「なるほどな。……そこのお前。貴様にも来てもらうぞ」

 

「え…私、ですか?あの、ちょっと思い出すから待ってください……」

 

「言い訳は後で聞く。立て」

 

音無の腕を掴んで立たせようとすると、しばらくぶりにスピーカーから声。今度はベータね。

 

『待ちたまえ。廃棄処分する予定とは言え、我々の作品を勝手に持ちされては困る』

 

「……そう言えば、貴様達にも入念な事情聴取を行う必要があったな。来い。私を待たせるな」

 

『礼儀を知らん小僧め。我々を誰だと思っている!』

 

「それがわからんから来いと言っている。同じことを二度言わせるな」

 

「奴らは希望ヶ峰学園の評議委員!かつてのメンバーの二番手。その生き残りよ!」

 

「何っ!」

 

今度こそ宗方がはっきりそれとわかる表情で驚いた。

 

「こいつらは才能だけが絶対の《希望》だと思いこんでて、

超高校級の能力者を集めて地下都市を作ったのもこいつらだし、

クローン人間を使い捨てることも何とも思っちゃいない!

ほんの数分しか記憶が保たない音無に命じてG-fiveを作らせたのも

希望ヶ峰学園評議委員なのよ!」

 

『実際にはG-fiveは完成に至らなかったがね。

我々の思想をよく理解し、奉仕の心を持ち、そして類まれなる才能を持つ。

そうでない者を適度に間引く神の薬を期待したのだが、

そこで泣いている凡愚には不可能だったようだ。

我々を“地球人類の教育者”として押し上げる力は、結局なかった』

 

ガンマの声がジンジンと音を鳴らすスピーカーを見上げ、見えない敵を睨みながら宗方は告げた。

 

「貴様らが教育者だと?戯言もほどほどにしろ。来る気がないなら、引きずり出すまでだ。

どんな姿をしているのかは知らんが、

世界崩壊から10年近くもドブネズミのようにこの穴ぐらで逃げ隠れしていたのだ。

さぞ醜い死に損ないの寄せ集めなのだろう」

 

『貴様……!口の利き方に気をつけろ!

我らの尊き労苦を侮辱した罪はいずれ死を以て贖わせてやる!』

 

激高するデルタは息を落ち着けてから、だが、と続けた。

 

『我々も暇ではない。この拠点を失うのは正直なところ、痛手だ。

未来機関の邪魔が入った以上もう使い物にはならない。

しかしこれで我らから全てを奪ったと考えているなら思い違いだ。

今回については諸君に花を持たせよう。さらばだ』

 

スピーカーからマイクの電源を落とすようなポツという音が聞こえる。

 

「待ちなさい、卑怯者!」

 

「よせ、江ノ島」

 

「どうして!?あいつらを追わなきゃ!」

 

「どこにいるかわからん連中をどこへ探しに行くつもりだ?」

 

「でも!」

 

「落ち着け。既にカードは伏せてある」

 

「どういうこと?」

 

「説明は後だ。その前に……」

 

宗方が中央のコンソールに歩み寄る。アタシ達もついていったけど、

やっぱり評議委員がロックしたままで、画面にタッチしても反応がない。

でも、宗方は黙ってスマホを取り出し、どこかへ連絡。

ビデオ通話モードにして誰かと会話を始めた。

その相手は……。日向君!怪我はないみたいだけど、うっすらと目に隈ができてる。

 

「私だ、聞こえるか」

 

《はい。問題ありません》

 

「このコンソールのロックを解除したい。遠隔で操作を指示してくれ」

 

そしてスマホのカメラをコンソールにかざす。

 

《“超高校級のハッカー”を起動しました。少し待ってください。

……このタイプは、内部から物理的に直接アクセスすればそう難しくないですね。

左右田、お前もそっちにいるんだよな?》

 

「おう、ここだぜ」

 

《フロントパネルを外して中のCPU回路を見せてくれ》

 

「任せろ!」

 

左右田君がマイナスドライバーや平べったいヘラのようなもので、

モニターを支える直方体の柱からカバーを手際よく外していく。

その間もアタシは落ち着かなくて、宗方にもう一度確認した。

 

「本当に追わなくていいの?一旦地上に戻ったほうがよくない?」

 

「切り札があると言った。今の私達の任務は情報収集だ。お前まで同じことを二度言わせるな」

 

「わかったわよ……」

 

少しむくれながら突っ立っていると、音無がアタシの袖を遠慮がちに引っ張ってきた。

存在意義を否定され、評議委員の支援も失った彼女は

親とはぐれた幼子のようにおどおどした様子でアタシを見る。

一瞬、今までの仕返しにビンタしてやろうかと思ったけど、

その今にも泣き出しそうな眼に思わず毒気を抜かれてしまう。

 

「何よ」

 

「あの…彼は、この人はどこにいるんでしょうか……?」

 

手帳を開いて見せたのは、名前も知らない美少年の似顔絵。

こんなものを見せられても答えようがない。

 

「知らないわよ。どっかにいるわ」

 

「そう、ですか……」

 

努めて彼女を冷たくあしらっていると、左右田君の作業が終わったようで、

また宗方がスマホをコンソールに向ける。

 

「開いたっすよ」

 

「中はこんな具合だ。どうすればいい」

 

《左側に並んでるチップの上から3番目の暗号化コンデンサを外してください。

それから中央のCPUのプロテクトフィルムを除去すれば、

後はスマホのブルートゥースで直にアクセスしてロック解除が可能です。

解除コードはこっちから送りますから》

 

「だそうだ。左右田、続きを頼む」

 

「うっす」

 

今度は細かい作業を3分もかからず完了。

宗方がむき出しになったコンソール中央部にスマホをかざすと、

モニターに何やら意味不明な文字列が高速で流れ、

“希望ヶ峰学園都市制御システムへようこそ”という画面が現れた。これならアタシにもわかる。

さっそく宗方が無線でスマホとコンソールを接続したまま操作を始めた。

 

「データを持ち出せるだけ持ち出す。……ほう、興味深いものが山ほど出てくる」

 

アタシも傍で見てたけど、物凄い情報量だった。

地下都市全域をカバーする監視カメラの映像や、クローン人間の製造過程、音無涼子の行動ログ。

彼女が記憶を保持できないからそのバックアップでしょうね。

そして、絶望の江ノ島盾子のDNA配列。つまりアタシの作り方。

全てがスマホの内蔵メモリに記録されていく。

 

スルスルとタッチパネルに指を滑らせ、地下世界の全貌を眺める宗方。

だけど、あるエリアの映像で手が止まった。……いえ、止められた。

いきなり音無が彼の腕にしがみついて操作の手を止めたの。

 

「貴様、何の真似だ」

 

「待って!お願い待ってください!彼はどこですか?これはどこの映像なんでしょうか!?」

 

音無が指差したモニターには、今見たばかりの少年…の上半身。

きっと彼女が恋をしているはずの彼。

 

「お前には関係ない、離せ!」

 

「お願いですから!彼に会わなくちゃ!いえ、そうじゃなくて、会いたいんです!」

 

「十六夜、こいつを縛れ」

 

「命令するな。……ふん、まあいい。さっさと終わらせて俺は流流歌のおいちぃお菓子を食う」

 

「ちょっと待って」

 

あら?何言ってるのかしらアタシ。

気がついたら針金で音無を縛ろうとしていた赤のロングコートを止めていた。

 

「江ノ島。お前まで何を考えている」

 

「ば、場所だけでも教えてあげたらどうかしら!?

この娘、忘れっぽいこと以外は全盛期のアタシくらい優秀だから、捜索の役に立つ。かも?」

 

「盾子ちゃん……?」

 

お姉ちゃんも当の音無も驚いた様子でアタシを見る。

会った所でお喋りできるわけでもないのに、アタシって本当馬鹿。

言い争うのが面倒だったのか、宗方がやる気なくタッチパネル式のキーボードを叩き、

導いた結果を告げた。

 

「このコンソールの台座がそのままエレベーターになっていて、

クローン作成のクリーンルームの入り口になっているらしい。

今の上半身もそこで完成を待っている。これで満足か?」

 

「お願いします!連れて行ってください!ひと目会ったら、私を殺してくれていいですから!」

 

「馬鹿を言うな。お前には聞くことが山ほどある。……はぁ、全員乗れ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

皆が円形の台座に乗ると、宗方がエレベーター昇降コマンドを入力。

次第に足元がガタガタと揺れだして、地下の地下へ……行くはずだった。

でも突然振動は止まり、真っ赤な警戒ランプがホールを照らし、けたたましい警報が鳴り響いた。

 

「バレたらしい」

 

《警告。レベル4の機密漏洩が確認されました。シェルターの自壊プログラムを実行します。

作業員は至急避難してください。自壊まであと30秒》

 

自壊って、ここが崩れるってこと!?

冗談じゃないわ、薄気味悪い地下世界で生き埋めとか勘弁よ!全員が出口に向かって駆け出す。

アタシはうろたえてその場から動かない音無の手を握って、自分も避難しようとした。

でも、彼女が足を踏ん張ってコンソールから離れようとしない。

 

「何してるの馬鹿!死にたいの!?」

 

「彼を置いていくんですか?一人ぼっちにするんですか!?いやです、そんなの!」

 

「盾子ちゃん、急いで!」

 

「待ってよ!誰かこの駄々っ子連れ出すの手伝って!」

 

「チッ、世話の焼ける!」

 

振り返りざま宗方が音無を担ぎ上げ、鋼鉄の扉に開いた穴に急ぐ。残り10秒。

 

「いやあ!下ろして!やっと見つけたのに!もうすぐ会えるのに!!」

 

泣き叫びながら彼女はコンソールに手を伸ばす。

 

「……彼は、生まれるべきではない。人が人を造るなど、許されざる罪だ」

 

「それだって人間の勝手じゃないですか!生まれることを許さないなんて!」

 

「彼の分まで、存分に私を恨むがいい。だが、お前が手にかけた者達の事も忘れるな。

それが条件だ」

 

「う……うああああん!!」

 

最後の一人が脱出した瞬間、ホールの床に無数の亀裂が入り、地下深くへ崩落していった。

瓦礫は最下層に存在する培養ポッド、

未完成の少年が睡るものを含め、全てを無慈悲に押しつぶす。

決して朝が訪れることのない紛い物の世界に、声にならない少女の悲しみがこだました。

 

 

 

 

 

非常灯の明かりが頼りの暗い通路。

地下都市の中核施設を放棄した4人の男達は、地上へ向かうオートスロープの流れを待ちきれずに

駆け上がっていた。アルファは老体に鞭打って速歩きで進む。

 

「なんという屈辱かっ……!未来機関の小僧に舐められたまま我らが逃げ回るなど!」

 

「仕方があるまい。奴らに存在が知られた以上、もうこの拠点は使えん」

 

腹の出た中年男性のベータが汗を流しながら答える。

評議委員の間では年齢による上下関係はないようだ。

 

「焦る必要はない。ここより小規模にはなるが、まだ地下都市は複数存在する。

そこに腰を据えて改めて《希望》の開発に取り掛かろうではないか。

なに、江ノ島盾子の助けがあったとは言え、かつての絶望的事件の際にも

予備学科の落ちこぼれ共が校舎地下に居住空間を作ってみせた。

地球の教育者たる我々が新世界を創造できない理由がどこにある」

 

この4人の中では一番若いガンマが、軽く息を上げながら自ら夢見る《希望》を語る。

 

「うむ。有能な《希望》の賛同者はまだまだいる。我々が《希望》を捨ててはならんのだ。

……そろそろだ。この先にVTOLを待たせている。まずはこのエリアを離れるぞ」

 

4,50代程度と思われるが、童顔で色白なデルタは、見た目では年齢が分かりづらい。

彼はスーツの内ポケットからリモコンを取り出し、「開」ボタンを押した。

すると、彼らの頭上がスライドして外への出口が開き、

紺のカーテンに星々がちらばる夜空が広がった。全員急ぎ足で地上に脱出。

周囲は荒涼とした岩山の盆地だった。

100mほど向こうに垂直離着陸が可能な滑走路不要の航空機が見える。

 

「ふう、ふう、はぁ…なぜこの私がこんな面倒な思いをする羽目に……」

 

ベータは脂汗でワイシャツを濡らしながら、早く楽な乗り物に乗りたい一心でVTOLへ急ぐ。

 

「全くだ。ところであの機の調整はできているのだろうな?」

 

「問題ない。レーダー波を吸収するステルス迷彩を施してある」

 

アルファの質問にガンマが答えた。遠くの空からいくつものヘリのローター音が聞こえてくる。

既にマスコミや自衛隊の機体が集まっているのだろう。早く離脱する必要がある。

評議委員は自然と小走りになりながら砂利だらけの道を進む。

 

その時、ゴロゴロと転がる岩の陰から、

緑色の上着を着た老人が覚束ない足取りで彼らの前に現れた。

彼らを見た老人は安心した表情を浮かべて話しかけてくる。

 

「ああ助かったわい。お若い方、助けてくだされ」

 

「誰だ、お前は!」

 

デルタがショルダーホルスターから抜いた拳銃を向けた。

モデルガンだと思っているのか、状況がわかっていないのか、老人は驚く様子もなく続ける。

 

「山登りが趣味なんじゃが、山道から外れてしもうてのう。

帰り道もわからずここまで歩いて来たが、もう限界じゃ。膝が痛くてかなわんわい」

 

「誰だと聞いているのだ」

 

ガンマが再度問うが老人はマイペースに話すばかりだ。

 

「ひょっとして、あの飛行機はお前さん方の物かね?

すまんが、わしも街まで乗せてってくれんかのう。今ごろ女房も心配しとる」

 

「失せろ、厚かましいジジイめ!我々には時間がないのだ!地球の教育者は多忙なのだ、どけ!」

 

「ああっ!」

 

デルタが老人を突き飛ばした。転んだ老人を置いて4人はヘリに向かう。

そんな彼らに追いすがるように、老人は手をのばす。

 

「なんと乱暴な。後生だから待ってくだされ。待ってくださらんと……後悔するぞ!!」

 

突然老人の声色が変わる。

彼の手首辺りから矢が発射され、評議委員達の膝裏やアキレス腱に突き刺さった。

脚に稲妻のような激痛が走った彼らは、悲鳴を上げながらその場に転ぶ。

 

「いぎっ!」「がひいっ!」「づああ!」「はびゃあ!!」

 

袖に仕込んでいた袖箭(しゅうせん)を命中させた老人は静かに立ち上がり、言い放った。

 

「年寄りに手を上げるような輩が、教育者を名乗るでない。愚か者め」

 

未来機関特別顧問・天願和夫は、弱々しい老人の芝居をやめるとスマートフォンを取り出し、

宗方に現在位置の座標を送った。

彼は宗方と逐一情報をやり取りしながら評議委員の居所を捜索しつつ、

彼らを待ち構えていたのだ。

 

「ふむ。左右田君の生体反応探知機の性能は眼を見張るものがある。

おかげで地下をうろつく怪しい連中を捕らえることができた」

 

まもなく自衛隊のヘリがやってきて評議委員を連行するだろう。

痛みに悶え続ける彼らを放って、天願は夜空を見上げた。

 

「名月じゃのう。斯様に美しい空を再び拝めるようになるとは、長生きはするもんじゃ」

 

 

 

 

 

希望ヶ峰学園の敷地には、増援の機動隊や自衛隊の特殊車両がひしめき合い、

戦い傷つき疲れたみんなの救急搬送や、

100名の斑井達や元超高校級ヒットマンを逮捕する大掛かりな作業で

物々しい雰囲気に包まれていた。

 

最初に来たときは真っ暗だけど、

今は空を飛び回る自衛隊やマスコミのヘリからライトで照らされて眩しいくらい。

それでもこんなのはまだ嵐の前の静けさだと思う。

この世にクローン人間が100人もいて、

そいつらが守っていたのは一つの大都市に匹敵する地下世界だったんだから。

 

あれからお姉ちゃん達と車に乗って地下から脱出したのはいいけど、

何からどう説明すればいいのやら。

警察や自衛隊から矢継ぎ早に事情を聞かれたけど、アタシ自身パニクってて、

どうにかG-fiveの件に関しては音無涼子が犯人だということを伝えるのが精一杯だった。

でも、彼女が何も覚えられない上に証拠品も持ってきてない。

 

規制線を超えてマスコミが押し寄せて来たタイミングで

宗方が強引に救急車に引きずり込んでくれて助かった。

基本、顔出しNGのアタシがあんまり公共の電波に乗るのはよろしくない。

 

アタシを乗せて救急車が発進する。

みんなは大怪我してないか、音無はどこへ連れていたのか、気になることは色々あるけど、

身体も精神も疲れていたアタシは、深く考える余裕がなかった。

付き添ってくれたお姉ちゃんと目が合うと、張り詰めていた神経に余裕ができて眠気に襲われる。

真上を向いて楽な姿勢を取ると、白い天井や触診する救急隊員の顔がぼやけてきて、

すぐ眠りに落ちてしまった。

 

 

 

 

 

 

半年後。

 

東京高裁特別法廷。アタシ達は連続毒殺事件に決着をつけるため、最後の裁判員裁判に赴いた。

証言台には音無涼子。心細い様子で山のようにテーブルに積まれた手帳を読んでいる。

裁判長は白髪交じりのオールバック。いつものように前口上を述べている。

彼と会うのもこれで最後にしなきゃ。

 

「……それでは、被告人。氏名と年齢を」

 

「音無涼子、だそうです。年齢は、わかりません……」

 

「今回の事件は極めて重大かつ社会に与えた影響が計り知れません。

当事者であるあなたの言葉ひとつひとつが重要な証拠となります。

その上で、審理を開始する前に何か言いたいことはありますか?」

 

「はい……」

 

「何でしょう」

 

「私を、死刑にしてください」

 

音無は顔を上げてはっきりとそう言った。

 

 


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