江ノ島盾子にされてしまったコミュ障の悲哀【完結】   作:焼き鳥タレ派

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第18章 被告人:女性 前編

アタシは身支度を終えて、テレビをぼんやり眺めていた。

こうしてベッドに腰掛け、集合まで微妙に余った時間を消化している。

 

《連続毒殺事件に関する続報です。

えー、実行犯は17歳くらいの少女。身元は不明。詳しい情報は入り次第お伝えします》

 

《ご覧ください!現在私は旧希望ヶ峰学園上空に来ておりますが、

上空からはっきりと取り壊された教職員棟内部の……》

 

《武装警察隊の捜査班が連日地下都市の捜査に当たり、

綿密な事実関係の洗い出しを進めています》

 

《住人と機動隊との衝突が続いており、全容解明には時間がかかると予想されます》

 

ザッピングしたけど同じような内容ばかりで少々うんざりする。

テレビを消してリモコンをポンとシーツの上に放った。

希望ヶ峰学園の地下都市から音無涼子を脱出してから1ヶ月。

 

ニュースは未だにどのチャンネルも音無涼子とその潜伏先に関するもの。

相変わらず出不精のアタシにはピンとこないけど、

世間は天地がひっくり返ったほどの大騒ぎらしい。

まぁ、こんな大事件、人類史上最大最悪の絶望的事件以来だからしょうがないけど。

 

「んー、よいしょ」

 

ひとつ伸びをして立ち上がる。ちょっと早いけどもう行きましょう。

自室を出て大会議室に向かう。廊下を歩きながら考える。

今日の議題は……。やっぱり音無涼子のことよね。

だったら少し考えをまとめておいたほうがいい。

 

一連のG-fiveによる連続毒殺事件は、

4人の希望ヶ峰学園評議委員を頂点にした《希望》の残党を名乗る組織の犯行。

その実行犯が音無涼子。

彼女はアタシのDNAを元に作られたクローンで、どういうわけか記憶を維持できない。

保って数分。

きっとアタシ達が彼女の裁判員裁判で裁判員を務めることになるだろうけど、

この事実が審理を難しくするのは間違いないわね。

 

……もうひとりのアタシ、か。ふと音無の顔を思い出す。

元気よくアタシを半殺しにしたかと思えば、

評議委員に見捨てられ異様な執着を示していた地下都市で造られていた謎の少年も失い、

抜け殻のようになってしまった。

 

本当に全てを失った人間はああなってしまうものなのかしら。

アタシも何も持たずにダンガンロンパの世界に来たけど、

少なくとも引きこもりとしての自我はあった。だから彼女の気持ちを推し量ることはできない。

同情するつもりはないけど。やるべきことをやるだけ。

 

色々考えているうちに大会議室の前に着いた。

大きなドアを開けると、もう何人かが集まっていた。

 

「みんな、おはよう」

 

「おう」「ああ、お早う」「ういっす」「おはようございます」「おはよー」

 

九頭竜君と辺古山さん。左右田君にソニアさん。そして日寄子ちゃんね。

今日は珍しく小泉さんと一緒じゃない。単にアタシ達が早すぎるだけなんだけど。

適当に空いた席に着く。

 

……そうそう、大事なことがひとつあるの。

この前、左右田君が打ち明けてくれたんだけど、この連続毒殺事件が解決したら

ようやくソニアさんと結婚式を挙げることにしたんだって。

 

長い長い道のりの先にようやく見えた希望の光。

アタシのせいで随分先延ばしにさせちゃったけど、みんなが幸せになれる本当の意味での希望。

正直、本人たちよりも待ちきれない思いをしてる。

 

だけど、そこにたどり着くまでには大きな試練を乗り越えなきゃね。

机の上で小さく組んだ手を見つめながら思索にふけっていると、他のメンバーも集まりだした。

 

「おはよう。みんな早いんだな」

 

「おはよう日向君。なんだか中途半端に早起きしちゃって」

 

「遅れてすまん!今朝のクソがなかなかの頑固者でのう!」

 

「心配しないで。まだ開始までには時間があるから」

 

「ちょっと弐大、朝から下品よ。あ、みんなお早う」

 

日向君、弐大君、続いて文句を言いながら小泉さん。予定時刻まで15分程度。

皆も座ると、残りの仲間も殆どが入室し、挨拶を交わして思い思いにわずかな時間を潰す。

お姉ちゃんが入室すると、まっすぐアタシの隣に来て席に着いた。

 

「盾子ちゃん、おはよう」

 

「おはよう、お姉ちゃん」

 

後は霧切響子が来るまで待つだけね。アタシはお姉ちゃんと喋って過ごすことにした。

 

「これで、最後になるのよね」

 

「うん、きっとそう。連続毒殺事件に区切りがつくってこともあるし、

私達が裁判員裁判をこなしてきたことで審理のノウハウも蓄積されてるから、

もう私達が裁判員に選ばれることはないよ」

 

「……音無涼子もそうだけど、希望ヶ峰学園評議委員の有罪は絶対に証明しなきゃ。

そうでなきゃ久美子さんに喜男さん。それに森本さんの無念を晴らせない」

 

「音無涼子……。私も彼女について聞いたときは驚いたよ。

私達よりずっと年下の子がG-fiveを作ってたなんて」

 

「年下どころか、アタシのDNAから人工的に造られたから生まれたての存在」

 

「あと、法廷で森本さんを暗殺したのも……」

 

「おそらく彼女。彼女自身覚えてないというより覚えていられないから、

今ああだこうだ言ってもどうにもならないけど」

 

音無に話題が向くと、お姉ちゃんはちょっと黙ってから言った。

 

「ねえ盾子ちゃん」

 

「なあに」

 

「怪我、大丈夫?」

 

ほとんど消えかかってるけど、

アタシの頬には音無に殴られたときの痣がまだうっすらと残っている。

 

「もう平気。ありがと」

 

「……本当に?」

 

「大丈夫だってば。お姉ちゃんってば心配性なんだから」

 

「そうじゃない」

 

そばかすの散った顔をアタシに向けて真剣な表情で問う。

 

「え、そうじゃなかったらどういう意味?」

 

「本当にあの男にやられたの?」

 

「どういうことかしら」

 

「もしかしてだけど、それって──」

 

「遅くなったわね。ブリーフィングを始めるわ」

 

ドアノブが回り、一人が入室。お姉ちゃんの勘の鋭さに少し胸がドキンとしたけど、

いいタイミングで霧切響子が来て会話が中断された。待ちかねた様子で九頭竜君が開始を急かす。

 

「おう、待ったぜ。始めてくれや。オレ達ぁ全員腹くくってる。これで最後なんだよな」

 

「ええ。一連の新型毒薬を用いた連続毒殺事件。通称“G-five連続殺人事件”。

この裁判員裁判について情報共有と打ち合わせをするわね」

 

霧切が最終決戦の始まりを告げ、ごくりと全員が静かにつばを飲む。

 

「事件の始まりは今年初め頃から発生し始めた連続不審死。

それまでは急性心不全で片付けられていたけど、

自然死ではなくG-fiveを用いた殺人事件であることが確定したのは

吉崎久美子さんの事件がきっかけ。ここまではいいわね?」

 

「大丈夫っす、ちゃんと唯吹ついていけてるっすよー」

 

「3つの事件でみんなに裁判員を務めてもらう中で浮上したのが謎の女。

そう、団地の一室や希望ヶ峰学園の地下都市を拠点にしていた音無涼子。

彼女がG-five製造及び拡散していた張本人……とされている。ただ、確実な物証がない」

 

「本人の記憶もね。まだ他にも大事なことがあるでしょう?」

 

奴らの存在も忘れちゃいけない。

アタシが付け加えると、霧切響子が難しい顔をしながら髪をかきあげて続けた。

 

「希望ヶ峰学園評議委員。彼らは全員関与を否定してる。

“ただ地下に快適な生活空間を築いただけだ”とね。

全ての罪を音無涼子になすりつけて逃げおおせるつもりらしいわ」

 

「あいつら……!」

 

無意識に歯噛みしていた。腹に熱いものが煮えたぎってくる。

あんな奴らに久美子さん達が実験台にされた。

裁判のラストでは今までの人生で一番綺麗な字で“有罪”を書いてやろう。

 

「問おう。冥界の軍勢、そして哀れなる煉獄の亡者達が語りし真実を!」

 

「斑井達も同じ。機動隊に大勢の犠牲者が出たけど、

100人のうち誰が誰を殺したか判断できないから、とりあえずあなた達への殺人未遂で逮捕した。

でもやっぱり黙秘を貫いてる。地下都市の住人も似たようなものね。

あの巨大都市の住人を拘束することは現実的じゃないから、

とにかく地上への出入りを禁止して事情聴取を進めてるけど、

“評議委員は正しい”、“彼らは無実”の一点張り。状況はまだ混乱しているわね」

 

「オレ、戦刃と一緒にあそこ行ったんだけどよー。なんつーかまともじゃなかったぜ、あいつら。

おかしな宗教の信者みたいでよ。連中からこっちに有利な証言引き出すのは無理じゃね?」

 

「私もそう思う。

直に戦ったからわかるけど、自分の命より優先するほどの狂った何かに取り憑かれてた」

 

「あのさ……」

 

今まで黙っていた日寄子ちゃんが物憂げな表情でぽつりと漏らす。

柔らかい声を心がけて尋ねてみた。

 

「どうしたの?わからないことはどんどん聞いていいのよ」

 

「なんていうかさ……。音無ってやつは江ノ島おねぇと同じ遺伝子を持ってるんだよね。

だったらそいつは戦刃おねぇと同じ、江ノ島おねぇと姉妹ってことになるからさ、

もし音無が有罪になったら、どうしようって思っちゃって……」

 

会議室に何とも言い表し難い空気と沈黙が流れる。

確かに、犯罪にさえ手を染めていなければ音無涼子はアタシの妹になるはずだった。

そして彼女が有罪になれば、間違いなく、死刑。でも。

 

「みんなにひとつだけお願い。裁判に当たってはその事は忘れて。

G-fiveのせいで3人が人生を絶たれたことは紛れもない事実なの。

無罪にしろとも有罪にしろとも言わない。曇りのない目で音無を見て。

大丈夫、アタシ達は今までずっとそうしてきたじゃない」

 

またしばしの沈黙で会議室がしんとなる。それを破ったのは十神君。

 

「……ふん、俺を誰だと思っている。今までもこれからも高潔な精神を持つ十神白夜だ。

この俺に公平中立を説くなど10年早い!」

 

「そう、ね。そうだったわね。ありがとう」

 

「彼の言う通りよ。特別なことは必要ない。ただその目で前を見据えて、事実を捉えて」

 

霧切響子も彼に続く。彼女ともくだらないことで不仲になって以来そのままだったけど、

全てに決着がついたら少し歩み寄ってみようかしら。

 

「勇気を出すんだ。

確かに今度の裁判は、俺達が経験してきた学級裁判を含めても異例なものになるに違いない。

でも乗り越えられなかった困難なんてなかったじゃないか。次で最後だ。

この悲劇に幕を下ろして、今度こそ俺達の新しい未来を掴むんだ」

 

「日向クンの言うとおりだよ!ボク達には明るい未来が待ってる。信じて最後まで戦おう!」

 

日向君と狛枝君の言葉を受け、みんなの目に力が宿る。

 

「うっし。オレ、あの夜あんま役に立てなかったからな。目ン玉皿にして証拠を見つけてやる」

 

「うむ。目覚めにコップ一杯の水とグルタミンで代謝を上げれば脳の回転も早くなるわい」

 

「ぼくも同じ。今回ばかりはおふざけ抜き!ところで音無って人はかなりのボインだって」

 

「はい花村黙る。ねえ、アタシもうこいつのツッコミ係卒業したいんだけど」

 

「それはそれで寂しゅうございますね。小泉さんと花村さんの掛け合いは見ていて和みますから」

 

「やめてよソニアちゃん、趣味悪いわよ……」

 

「あの、私、もう弱音を吐いたりしません。私も未来を目指します。

自分の過去とお別れして、すべての人を救う看護師になるんです」

 

「ふふ、罪木に負けてられないな。私も組長と共に九頭竜組の再建を目指そう」

 

「あんだよ、ペコに先越されちまったな。ま、オレの夢もそんなとこだ」

 

「夢か。いい言葉だな。叶えようぜ、少しスタートは遅れたけど、俺達の夢を」

 

アタシは改めて日寄子ちゃんに視線を送り、彼女の夢を尋ねた。

 

「日寄子ちゃん。あなたには、どんな夢があるの?」

 

「え、わたし…?うん、わたしは……。やっぱり踊りだよ。

どの家柄とか関係なくて、わたしの好きな舞いを皆に見てもらう」

 

「だったら。生まれ方とか、遺伝子の形とかに囚われてちゃだめよね?

自由に舞いたいならまず心が自由でなきゃ」

 

「うん……。わかった!罪木おねぇみたいに夢を叶えるんだ!」

 

「えっ!今、西園寺さんが私に、尊敬っぽいことを言ってくれた気がするんですが、

気のせいなんでしょうか!?」

 

「ば、ばっかじゃないの!気のせいですよーだ!」

 

その場がどっと笑いに包まれる。

嫌な緊張感が取り払われたタイミングを見計らい、霧切響子が再び本題に戻る。

 

「はっきり言って数名の辞退者も覚悟していたのだけど、

このまま詳しい段取りに入っても良さそうね」

 

「ああ、頼むよ霧切さん」

 

そして霧切はテキパキと裁判の日程、当日のスケジュール、証拠物件について

無駄のない説明を行った。聞き入るみんなの視線に迷いはない。

最後の裁判員裁判の準備を済ませたアタシ達は、

決意を胸に大会議室から力強い足取りで立ち去った。

 

 

 

 

 

裁判員裁判当日。

開廷前からアタシもみんなも少し疲れ気味だった。

本当、どこから情報が漏れてるのか知らないけど、第十四支部の周辺は

大勢のマスコミに取り囲まれてて、上空にはテレビ局のヘリまで飛び回る始末。

バスに乗り込むにもテントのような通路を通らなきゃならないし、

スモークガラスの窓で視界を遮断する特別性の車に異様な圧迫感を感じずにはいられなかった。

 

結局パパラッチの邪魔が入って予定より30分遅れで東京高裁に到着。

また物々しい目隠しシートのトンネルを通って裏口から建物に入り、

控室に落ち着くとようやく一息つけた。ただバスに乗っただけなのに、やけに喉が渇く。

備え付けの紙コップを取ってウォーターサーバーから水を一杯。

みんなも水を求めて並び、ちょっとした列ができる。

 

「ああ、やたらお水がおいしいわ。こんなんじゃ先が思いやられる……。

だめね、気合入れなきゃ」

 

アタシは空になった紙コップを握ってゴミ箱に放り込むと、ソファに座ってタブレットを起動。

LoveLove.exeを立ち上げた。開いたウィンドウには年を取らない仲間の顔。

 

「七海さん、今裁判所よ。事件概要をお願い」

 

《ちょっと疲れてる?最後だもんね。私もこういう任務は最後にしたいよ。待ってて》

 

彼女がポケットを探るような仕草をすると、別ウィンドウに事件概要が表示された。

タブレットを持つ手が汗ばむ。しっかり読んで、必ず真実を明らかにしなきゃ。

 

 

 

○東京高等裁判所令和元年(の)第331号

 

容疑者:自称・音無涼子(推定17歳)

 

容疑:殺人、殺人教唆、毒物及び劇物取締法違反

 

事件概要:

2019年初頭より連続して発生した毒殺事件に使用された毒物(以下G-five)を製造、

複数の人間に譲渡し殺人に使用させた。

また自らもG-fiveによって森本挟持を殺害した容疑に問われている。

少なくとも3件の殺人事件について関与を認めているが、

後述の理由により刑の執行ができずにいる。

 

被害者の死因:

容疑者の自供及び証拠物件より、G-fiveによる中毒死であることが判明。

 

事件現場:

団地の一室、及び旧希望ヶ峰学園地下に建造された都市でG-fiveの製造を続けていた。

 

備考:

容疑者は短時間しか記憶を保持できないため証言の信憑性が低く、犯行の立証が極めて困難。

 

 

証拠品:

○G-five

音無被告が製造したとされる猛毒。数々の殺人事件に使用された。

製造には特殊な知識と設備が必要。

 

○被告の体質

数秒から数分以内の出来事しか記憶できず、

常に自分の行動や目的をメモし続けなければ生活ができない。

 

○手帳

何も覚えられない被告が身の回りの出来事を事細かに記した手帳。その数は千を超える。

 

○被告の出自

手帳の内容と自供、そして地下都市に残された残骸によると、

被告は地下都市の実験室で『絶望の江ノ島盾子』のDNAから再生されたクローンであるらしい。

 

○被告の能力

記憶を持てない一方、被告は並外れた分析力を持ち、他者の姿などを分析することにより

自らの能力とすることができる。更にその能力を改変して使用することも可能。

 

○指紋

団地の一室を改装したアジトから発見された被告の指紋。全ての実験機器から見つかっている。

 

○3つの事件への関与

自供及び手帳の内容から被告は吉崎久美子、中村喜男、森本挟持、3者について

G-fiveを用いた殺害教唆の疑いが掛けられている。ただそれだけでは立証ができない。

 

 

こんなところね。今までで一番難しい裁判になるのは間違いない。

 

「ありがとう。よくわかったわ」

 

《証拠も少ないし音無さんが何も覚えていられないのも問題だよね。

やっぱり彼女の記憶から事実を浮かび上がらせることが重要になりそう》

 

「七海さんもそう思う?音無には、もう何もないから。アタシ達がなんとかしなきゃ」

 

《頑張ってね。……私には、それしか言えないけど》

 

「十分よ。全て終わらせて、帰ってくるわ」

 

控室のドアがノックされた。時間が来たらしい。入室した係官が開廷間際であることを告げた。

皆が表情を硬くして無言で退室し、アタシも一旦七海さんとお別れしてついていく。

法廷までの廊下が心なしか長い道のりに感じられる。

 

あまり日差しが入らない暗い通路を歩き、アタシ達は遂に特別法廷のドアの前に立った。

ここが最後の戦いの舞台。いわば希望ヶ峰学園の呪いと決別する試練。

 

「お入りください」

 

係官が大きなドアを開けてアタシ達を中に導く。

そこで見たものは、これまでの裁判員裁判とは違った光景。

証言台や裁判官はアタシ達を待っていたように静かに佇んでいる。

ただ法廷の中央に異質な存在が。

 

被告席には希望ヶ峰学園の制服を着た音無涼子。不安な様子でキョロキョロしてる。

彼女の右側には女性の弁護士が控え、長テーブルには山と積まれた手帳。

そして左にはキャスター付きのホワイトボード。赤いマジックで次のように大書されている。

 

・私の名前は音無涼子

・私は殺人容疑で裁判を受けている

・全ての質問に正しく偽りなく答えること

 

わかってはいたけど、一筋縄じゃいかないみたい。

アタシ以外の全員が初めて見る音無に目を奪われつつも証言台に着く。

それを確認すると、白髪交じりのオールバックが木槌を鳴らし、裁判員裁判の始まりを宣言した。

 

 

【裁判員裁判 開廷】

 

 

「これよりG-five連続殺人事件の裁判員裁判を開始します。

裁判員、被告人、共に準備はよろしいですね」

 

「は、はい……」

 

アタシ達に続いて音無も弱々しく返事をした。酷く怯えている様子がどこか痛々しい。

情けは無用だとわかってはいるんだけど。

裁判長は聞き慣れた基本的な裁判の規則や注意点を述べた後、

被告人である音無の身元を改めて確認した。

 

「……それでは、被告人。氏名と年齢を」

 

「音無涼子、だそうです。年齢は、わかりません……」

 

「今回の事件は極めて重大かつ社会に与えた影響が計り知れません。

当事者であるあなたの言葉ひとつひとつが重要な証拠となります。

その上で、審理を開始する前に何か言いたいことはありますか?」

 

「はい……」

 

「何でしょう」

 

「私を、死刑にしてください」

 

音無は顔を上げてはっきりとそう言った。

みんな声が出そうになるけど場の重要性をわきまえてる。ぐっと堪えてただ彼女を見つめていた。

裁判長は経験に裏打ちされた落ち着きで更に問う。

 

「極刑を望むのは、何故ですか」

 

「希望ヶ峰学園評議委員…と私が、沢山の人を殺してしまったのに、

証拠不十分で罪に問えないと書類に書いてありました。

もし皆さんがリーダー格の評議委員に言われるまま殺人を続けた私の有罪を立証できれば、

彼らを道連れにすることができると思ったからです。

私にはもう、有罪判決を受けるしか罪を償う方法がないんです……」

 

この半年を費やして、自分が何をしてしまったのか、何を失ったのか、

残酷な現実を全て理解してしまったんだと思う。

必死に名も知らぬ少年を追い求めていた音無涼子の姿は既にない。

一切の《希望》を絶たれた少女の悲壮な決意だった。

 

「……わかりました。ちなみに竹内さん。本法廷に限り、江ノ島盾子の名を使用してください。

事前調査によると、あなたは被告人と長く生活を共にしたことがあるそうですね。

あなたの情報に触れることで、何かを思い出すきっかけになるかもしれません。

機密漏洩のリスクは極限まで抑えてありますのでご心配なく」

 

「はい、そのように致します。詳しくは省略しますが、確かに彼女と暮らしていました」

 

 

■コトダマゲット!!

○江ノ島盾子の証言 をタブレットに記録しました。

 

○江ノ島盾子の証言

江ノ島盾子は失踪から約半年、音無涼子とアジトの団地で生活を共にしていた。

 

 

「では裁判員の皆さん、よろしくお願いします」

 

裁判長の言葉で、この裁判も日向君が戦いの火蓋を切る。額にわずかな汗を浮かべながら。

 

「まずは、音無さんが吉崎さんを始めとした

3人の殺人に関わっていたことからはっきりさせよう。

G-fiveを使って間接的に被害者たちを殺害したと証明できれば、

評議委員の有罪への足がかりになる」

 

「ええ、始めましょう!」

 

前置きが長くなったけど、これが最後の学級裁判。

出会い方が違っていれば家族になれていたかもしれない少女を死刑台に送る、コロシアイ。

人が人を裁く。それもまた罪だから、せめてそう思うことで自分を罰することにした。

 

 

■議論開始

コトダマ:○手帳

 

日向

難しい事件だが、基本を押さえれば大丈夫だ。

まずは、そもそも彼女に3件の[犯行が可能だった]か。

 

狛枝

当然だけど、どの事件にも[G-fiveが関わってる]よね。

彼女はどうやって毒薬を用意したんだろう。

 

左右田

そりゃ、[団地の研究室で作った]に決まってる。実験用の機材が家じゅうにあったからな。

 

小泉

確か、日向がそこで[G-fiveの化学式を見つけた]んだよね?なら決まりじゃない?

 

・わかってるだろうけど、あなたの成すべきことは……

・真実を明らかにすること。それにしても遅いじゃないの。

 

REPEAT

 

日向

難しい事件だが、基本を押さえれば大丈夫だ。

まずは、そもそも彼女に3件の[犯行が可能だった]か。

 

狛枝

当然だけど、どの事件にも[G-fiveが関わってる]よね。

彼女はどうやって毒薬を用意したんだろう。

 

左右田

そりゃ、[団地の研究室で作った]に決まってる。実験用の機材が家じゅうにあったからな。

 

──それは違うわねぇ!!

 

[団地の研究室で作った]論破! ○手帳:命中 BREAK!!!

 

 

「あそこじゃなかったら、どこで作ったっていうんだ?

指紋も音無の筆跡の化学式も見つかってるんだぞ」

 

「アタシが言いたいのは、それだけじゃ彼女がG-fiveを使ったと断言できないってこと。

その手帳の山を見て。彼女には何でもかんでもメモする癖がある。

音無が書いた化学式のメモがあったとしても、

G-fiveの精製方法まで彼女が生み出したとは限らないわ。

地下都市のどこかで見かけたのかもしれない」

 

音無は戸惑った様子で積み上げられた自分の手帳を見る。

 

「え、あの。少し待ってください。G-five、G-fiveは……」

 

「……念の為聞いておこう。江ノ島、まさかお前は」

 

「違うわ辺古山さん。アタシは徹底的に真実を突き詰めたいだけ。

そうじゃなきゃ久美子さん達も浮かばれない」

 

「ならいいが……」

 

「確かに真偽が曖昧な証拠で有罪無罪は決められない。

でも、まだ彼女がG-fiveに関わってる可能性は残ってるんだ」

 

「むっ、日向。お前さんはこれだけ大きな証拠で犯行を証明できんのに、

まだこの少女が猛毒を作ったと言うのか?」

 

「ああ。タブレットのキーワードを見てくれ」

 

何故かしら。今になってアタシの心がざわついてきた。覚悟は決めたはず、よね?

 

 

■議論開始

コトダマ:○被告の能力

 

日向

音無さんはあらゆる物事を分析して誰かの才能を[自分の能力にすることができる]んだ。

 

田中

ならば、その邪眼の力を以て[薬品製造の技術を手に入れた]と言いたいのか。

 

西園寺

江ノ島おねぇと[同じ遺伝子持ってる]んだから間違いないと思うー。

 

花村

じゃあ、彼女は[地下都市の研究員か誰か]から能力をコピーしたってことになるね。

 

・……違う。ならそもそも音無の存在に意味がなくなる!

・そう。なぜ“奴ら”が彼女を造り出したのかを考えなきゃ。

 

REPEAT

 

日向

音無さんはあらゆる物事を分析して誰かの才能を[自分の能力にすることができる]んだ。

 

田中

その邪眼の力を以て[薬品製造の技術を手に入れた]と言いたいのか。

 

西園寺

江ノ島おねぇと[同じ遺伝子持ってる]んだから間違いないと思うー。

 

花村

じゃあ、彼女は[地下都市の研究員か誰か]から能力をコピーしたってことになるね。

 

──それは違うわねぇ!!

 

[地下都市の研究員か誰か]論破! ○被告の能力:命中 BREAK!!!

 

 

「でも、そうでもしなきゃG-fiveは作れないんじゃないかな……」

 

「あの夜の後、アタシが話したことを思い出して。

評議委員の連中は、特別な才を持たない者、自分達に従わない者達を始末するため

音無にG-fiveを作らせたの。

でも、既存の研究員にそれができるなら、

わざわざアタシのDNAから彼女を造る必要なんてないじゃない!」

 

「そっか……。毒の知識をコピーしようにもコピー元の能力者がいないんじゃ無理だよね」

 

「はい、そうです。そうなんです。私はどこでG-fiveの製造法を手に入れたんでしょうか。

すみません!少し待ってください!」

 

音無が慌ただしく無数の手帳から過去の記憶を取り戻そうとしている。

弁護士も時系列順に手帳を並べて手伝うけど、数が多くて手に負えないみたい。

ちょっと時間がかかりそうだから、ここで考えを整理しておきましょう。

……ねえ、そろそろ表に出てきてくれないかしら。他のアタシ達。

 

 

■音無がG-five製造の技術を手に入れた方法は?:

?→地下都市の研究員からコピー

?→日向創からコピー

?→初めから知っていた

?→江ノ島盾子からコピー

 

──これで説明できるはずよ!! →正解:江ノ島盾子からコピー

 

 

ドキン。また嫌な鼓動がひとつ。え……?アタシ、なに馬鹿なこと考えてるの?

G-fiveの製造法なんて知らないし、日向君じゃないんだから超高校級の希望だって持ってない。

なのに、これしかないって本能が告げている。

 

違う、そうじゃない。絶対に違う。

 

アタシはここで真実を導き出す。でも、それだけはあり得ない……!

今、証明されたばかりじゃないの。確かにアタシは音無と一緒に暮らした。

かつてジャバウォック島のレストランで日向君から借りたいくつかの才能があるのも確か。

だけどその中に薬品の取り扱い方法なんてなかった。脳みその中がぐしゃぐしゃする。

理屈ではわかっているんだけど、どうしても思考がアタシ自身に向かっていく。

お願い、助けてよ、アタシじゃない江ノ島盾子!

 

「おねぇ、大丈夫?顔色悪いよ?」

 

「本当、盾子ちゃん顔真っ青よ!?」

 

「大丈夫……。少しめまいがするだけ。ちょっと考えをまとめるから待ってね」

 

「盾子ちゃん、無理しないで。休んだほうがいいよ。立ってるのも辛いでしょう」

 

「ちょっと待ってって言ってるじゃない!!」

 

叫んでから後悔した。思わず息を呑むお姉ちゃん達の声。

 

「……ご、ごめん、お姉ちゃん。本当に大丈夫だから。はぁー……。深呼吸したから大丈夫」

 

「お願いだから、無理はやめてね?」

 

でもここで引き下がるわけには行かないの。

今度はアタシがG-fiveの完成に何らかの役割を果たしていたと仮定して事実を整理するのよ。

目を閉じて戸惑う心を無理やり静めて精神集中。

 

 

■ロジカルダイブ 開始

 

……バイク(こいつ)とも今日でお別れかよ。つまんねえ人生になりそうだぜ。

 

アタシ達に“未来”があるのならね。

 

 

3.2.1…DIVE START

 

QUESTION 1:

音無がG-fiveを作ったのはどこ?

A・団地の研究室 B・地下都市 C・どちらでもない

 

[A・団地の研究室]

 

この道の果てには何がある。なんにもありゃしねえ。

 

それでも進むことを諦めちゃだめ。

 

QUESTION 2:

音無がG-five製造法を入手した方法は?

A・地下都市の技術 B・自前の知識 C・江ノ島盾子からコピー

 

[C・江ノ島盾子からコピー]

 

だとしても足りねえもんがある。オレ達にできるのはここまでか。

 

最後まで頑張りましょう。表で戦ってるあの子のために。

 

QUESTION 3:

音無涼子にあって江ノ島盾子にないものとは?

A・薬品の知識 B・3件の被告との接触方法 C・超高校級の超分析力

 

[B・3件の被告との接触方法]

 

風がやけに気持ちよかったぜ。じゃあな、ババア。別にあんたは嫌いじゃなかった。

 

また、逢えるといいわね。

 

 

──真実はアタシのもの!

 

 

「冷や汗まで流れています!さ、わたくしのハンカチをどうぞ」

 

「ありがとう、ソニアさん……。

みんな、聞いてほしいの。音無はよく知ってると思…いや、あなたは思い出せないんだったわね。

とにかく、わかったことがある」

 

「わ、私ですか!?ごめんなさい、今手帳を調べますから!」

 

「もういいから本当に休め!膝が震えてる」

 

「お願い日向君。これだけ、これだけだから。思い出したわ。

3つの事件で久美子さん達にG-fiveを渡したのは音無涼子。これは間違いない。

そして、G-fiveの製造に必要な薬の知識を音無に与えたのは、確かに、アタシなのよ……!」

 

「なんだって!?」「マジっすか!」「嘘でしょう!?」「そんな、おねぇ……」

 

法廷内のほぼ全員が一様にショックを受けた様子だけど、

やっぱり裁判長が木槌を鳴らして皆をなだめる。

 

「静粛に。江ノ島さん、発言の意図を明確にお願いします」

 

「やっぱり、アタシのせい……。アタシが、逃げたりしたから……」

 

そこでアタシは限界が来て、証言台に崩れ落ちた。

 

「裁判長、救急車を呼んでくれ!」

 

「わかりました、すぐに手配を」

 

「待って……。裁判は、続ける。まともに喋れやしないけど、結末は見届けなきゃ。お願い」

 

「だが!」

 

「頼むから、お願いよ、日向君……」

 

アタシは証言台にしがみつきながら、ぼやける視界に尖った髪の彼を捉えて懇願する。

任せられるのは、彼しかいない。スーパーダンガンロンパ2の主人公、日向創しか!

 

「江ノ島……。わかった。後は俺に任せろ」

 

じっとアタシの様子を見ていた裁判長が、マイクを通して別室の係官に指示を出す。

 

「……彼女に、椅子を用意してください。審理は継続します」

 

すぐにパイプ椅子を持った係官がやってきて、アタシを座らせてくれた。

立っているよりもだいぶ楽。話を聞いているだけなら平気。短ければ証言もできそう。

 

「ありがとう、裁判長。みんなも、ごめんなさいね」

 

「馬鹿野郎!ごめんなさいなら体潰すような真似してんじゃねえ!

控室で横になってりゃいいだろうが!」

 

「私も組長に賛成だ。この裁判、日を改めることはできないのか?」

 

「今日じゃなきゃだめ。

審理をぶつ切りにしたら、組み立てたパズルのピースがバラバラになって二度と戻ってこない。

そんな気がするの」

 

「チッ、なら日向!早ぇとこ終わらせっぞ!」

 

「ああ!音無さん、君にも協力してもらうぞ!」

 

「はい……!私に残されたものはこの手帳しかありませんけど、

絶対有罪への手がかりを見つけ出します!」

 

彼女は一冊の手帳を読みながら、もう一冊にメモをするという器用な離れ業を披露しながら、

自分の使命を果たすべく力強い返事をした。

 

 

おひさしぶりですこんにちは。

わたくしめを覚えていらっしゃる方などほとんどいないと思われますが、

ダンガンロンパシリーズのナビゲーターでございます。

最後のご案内をするために参上致しました。

 

さて、江ノ島盾子様が絶不調に陥ってしまい、裁判に大きな影を落としております。

このままでは裁判員裁判を進めることができず、いわばラスボス戦が中断してしまいます。

そこで誠に勝手ながら“プレーヤーチェンジ”を発動させていただきました。

言ってみれば主人公交代です。そのまんまでございますね。

 

ともかく、これからは日向創様が中心となって審理を継続する運びとなったわけですが、

やることは今までとなんら変わりございません。

ただ、皆様には物語の結末を余すところなくご覧頂きたい。それだけでございます。

 

たとえそれが絶望であろうと、希望であろうと。

 

それでは、皆様のますますのご活躍を祈りつつ、さようなら。

 

 

【裁判員裁判 中断】

 

 


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