江ノ島盾子にされてしまったコミュ障の悲哀【完結】 作:焼き鳥タレ派
【裁判員裁判 再開】
江ノ島の顔色は酷く悪い。今も証言台に寄りかかりながら苦しそうに息をしている。
自らの有罪を望んでいる音無涼子とも協力して、早く裁判を終わらせるんだ。
それにはまず何をすればいい?確か江ノ島は今の状態になる前こんなことを言っていた。
“やっぱり、アタシのせい……。アタシが、逃げたりしたから……”
『逃げた』とは1年間の失踪を指していると考えて間違いない。
だけど確認を取ろうにも、体調を崩している江ノ島に証言を強いることは避けたい。
どうしても必要なことを一度だけ。
それまでは別の事柄について議論しながら彼女の回復を待とう。
俺は目を閉じ、まだ靄がかかっている事実について考えを巡らせる。……よし、まだあるぞ。
とにかく音無涼子の犯行について全てを明らかにするんだ。
「なあ、音無さん。君が生まれた経緯について俺達はもう聞かされてるんだ。
《希望》の残党が絶望の江ノ島の遺体からDNAを採取し、その肉体を再生した」
「はい……」
「それじゃあひとつ聞かせてくれ。“記憶”の方はどうなんだ?」
「えっ。記憶、ですか?」
「君が忘れ続けてしまう体質だということも知ってる。
だけど読み書きはできるし、ましてや呼吸の仕方まで忘れてしまってるわけじゃないよな?
つまり、君は自分について少しは覚えてるってことなんだ」
「はい、そうなんです!例えば、彼のことを忘れたことなんてありません!」
音無が大事そうにスカートのポケットに入れていた一冊の手帳を開いてみせる。
見覚えのない少年の顔がいくつも描かれてるけど、心当たりがないな。
「ありがとう。よくわかった」
「んああ!わかってないで唯吹達にも教えてほしいっすー。その男の子が新たな証人とか?」
「悪い澪田。彼は直接的には関係ないんだ。
ただG-five連続殺人事件については音無さんの体質、というより能力に鍵が隠されてる。
今からそれを俺達で掘り起こす」
「掘り起こすっても、唯吹既に軽くパニクってるんで役に立てるか微妙っすけど……」
「できるさ。この裁判は全員の協力がなければ、戦えない」
澪田の聴力と記憶力を思い出した俺は、ひとつの取っ掛かりを見つけた気がした。
「わかったー!唯吹のロックで雰囲気を盛り上げるんすね!?」
「それはまたな。今はお前の“耳”を借りたいんだ」
「耳?唯吹の耳は取り外し不可っす」
「森本さんの事件について思い出してほしい。
お前の耳なら挟持さんの証言を聞き覚えてるはずだ」
「まさかのボケ殺し……。とほほ、何を思い出せばいいっすか?」
■議論開始
コトダマ:○被告の能力
澪田
森本さんはこんなこと言ってたっすねー。
“キョロキョロ周りをよく見ると、台所に〈会ったこともない女子高生〉がいたんだよ”
“どこかの高校の制服を着てて、〈髪は赤に近いブラウン。同色の目〉をしてた”
後でその高校生が気になることを言ってたっす。
“えーっ!今まで私のこと知らなかったんですか?〈最近ずっとお邪魔してた〉んですけど”
断言は無理っすけど、その娘、多分〈涼子ちゃんのこと〉だと思うんすよ。見た目的に。
──それに賛成だ!!
賛!〈涼子ちゃんのこと〉同意! ○被告の能力:命中 BREAK!!!
「過去の証言を繰り返しただけなんすけど、これでいいんすか?」
「ああ、ありがとう澪田。音無さん自身が忘れてる、重要な事実が見つかった!」
「私が忘れてる事実って、何なんでしょう?いえ、そもそも何も覚えられないんですけど」
「よく考えてくれ。何日も他人の家に忍び込んで、住人に全く気づかれない。
普通は不可能だろ?」
「日向……。お前が言いたいのは、その女がもう一つの意味で“俺達と同じ”ということだな?」
「お前の思ってる通りだ、十神。それに、他にも似たようなことがあっただろう。
いつか江ノ島の私室に誰かが侵入して、
タブレットや部屋に意味不明なメッセージを残していった」
「つまり、忘却の彼方に葬られし真実はこうであろう!
音無涼子に俺達の知らざる“超高校級の能力”が備わっているのだ!」
「超高校級の能力、ですか……?分析能力以外に?」
自分についてほぼ完全に忘れきっている音無は自分を指差したまま目を丸くしている。
「音無さん。手帳を確認して生まれたばかりの頃の自分を調べ直してくれ」
「はい今すぐ!……あの、この辺りの手帳を手伝ってくれませんか?」
「わかりました」
音無は女性弁護士と共に積み上げられた手帳の一部を一冊ずつめくり始めた。
速読の技術でもあるのか、あっという間に一冊を読み切る。それでもたっぷり20分は掛かったが。
少しは江ノ島が休めているといいんだけどな。
「あ……。ありました。私には“超高校級の「諜報員」”の能力があるみたいです。
目の前にいても気づかれないほど存在感を限りなくゼロに近くしてスパイ活動ができる……」
■コトダマゲット!!
○被告の能力2 をタブレットに記録しました。
○被告の能力2
音無涼子は超高校級の「諜報員」の能力で、誰にも気づかれずに行動できる。
やっぱりそうか。
俺が睨んだ通り、G-five毒殺事件を全て実行可能だったのは音無涼子しかいない。
久美子さんの場合、受け渡しはドアポストに入れただけだったが、
肝心のG-fiveを作れなければやはり不可能。
喜男さんの作業場や森本さんの家に侵入するには超高校級の諜報員の能力が必要。
どちらも持っているのは音無涼子だけだ。
そして、法廷で衆人環視の中、森本さんを暗殺するなんてこの能力がなければ絶対にできない。
「やっぱり……。私が森本さんという人を殺したんですね」
「間違いないだろうな。凶器の吹き矢はきっと評議委員の指示で処分しているだろうけど、
この不可能犯罪を実行可能だった者は君しかいないということはハッキリした」
悲しげに手帳に目を落とす音無に真実を告げる。すまないが俺達にも時間がないんだ。
「ちょっと待ってよ。森本さん殺害については音無さんの犯行だとわかったとしても、
使用したG-fiveの出どころについては結局謎のままよ?」
「小泉もあの団地で見ただろう?数々の実験器具や薬品。音無涼子はあの部屋でG-fiveを……」
「だーかーら!その新型の毒薬を造るための知識や技術はどこで手に入れたかって聞きたいの!
さっきそれで話し合ったばかりじゃん」
「あっ……。そうか」
このままではまだ届かない。森本さん殺害で音無涼子を罪に問える可能性は高まった。
でも、諸悪の根源である評議委員には届かない。
くそっ、彼女が命をかけて奴らを追い詰めようとしているのに……!
何かおかしな点はないか?江ノ島、音無、評議委員を結ぶ道標のようなものは。
……待てよ。俺はふと江ノ島の言葉をもう一度思い出した。
“G-fiveの製造に必要な薬の知識を音無に与えたのは、確かに、アタシなのよ……!”
江ノ島はどこで薬の知識を手に入れたんだ?
江ノ島が十四支部から逃げ出して音無涼子と共同生活を送ったことが、
この連続毒殺事件に関わりがあるのか?
俺は精神を研ぎ澄まし、考えられる可能性を記憶の奥底から拾い上げる。
まず、ジャバウォック島で狛枝を絶望の種から救ったとき。
あの時俺は超高校級の希望からいくつか才能を貸した。
だが、その中に薬品の取り扱いに関する技術はなかった。これは無関係。
次に、音無涼子が潜伏していた団地で何かを見た可能性。
これはないな。一連の事件があったからあの部屋に行ったんだ。
それに、俺が見つけたG-fiveの化学式を江ノ島も見てた。
でも、彼女はまるで理解できてない様子で俺が説明してからようやく驚いた感じで……。
待て。待てよ。何か引っかかる。俺は頼りない直感だけを頼みに、音無さんに確認した。
「音無さん。答えてほしいことがあるんだが」
「なな、なんでしょうか?」
「G-fiveの開発開始から完成まで、どれくらいの期間がかかったんだ?」
彼女は相変わらずあたふたしながら自らの過去を手探りで掘り返す。
「えー、ちょっと待ってくださいね。G-five関連の備忘録は、この辺りに……。
ありました、約半年です!」
そうか。そうだったのか。
あの時、1年間の記憶を取り戻す前の江ノ島にG-fiveのメモが理解できなかったのは。
■江ノ島がG-fiveの構造を理解できなかった理由は?:
?→江ノ島は無関係
?→タイムラグ
?→知らないふりをしていた
?→音無涼子に記憶を奪われた
──そうか!! →正解:タイムラグ
「おにぃ、なんか分かったならさっさと教えてよ!江ノ島おねぇが苦しそうなんだよ!」
「悪い。手短に行くぞ。
なあ、俺達が音無さんの団地を捜索した時、G-fiveの製造法を見つけたよな?
だけど、その時江ノ島はそれが記されたメモを見ても理解できなかったんだ」
「それがどうしたの?お願いだから急いで!」
戦刃が江ノ島を介抱しながら問いただしてくる。
「アタシは、大丈夫だから、日向君の話を……」
「もう少しだけ辛抱してくれ。
江ノ島は確かに自分がG-fiveに関する知識を音無さんに渡したと言った。
でも、当時の江ノ島はその構造式について全く知らない様子だった。
おかしいだろう?当の本人が毒薬の作り方を教えたって言ってるのに!」
「それは確かに不可解ですね。江ノ島さんに嘘をつく理由もございませんし」
「でも、こう考えれば辻褄が合わないか?
さっき音無さんが言ったようにG-five開発には時間がかかる。
いきなり完成形を見せられてもすぐには理解できない」
「つまり、お前さんは何が言いたいんじゃ!?」
「江ノ島の言う通り、彼女は確かに音無涼子にG-fiveに必要な知識を渡したってことだ。
ただし、初めから完成した製造法じゃなくて、それを生み出すために必要な予備知識をな」
「でも、だって、盾子ちゃん、そんなの持ってないって……」
「少し黙っててくれ小泉。この悲劇を終わらせるために、最初で最後の質問をする」
「最後って、あんた何が言いたいのよ……!!」
■怪しい人物を指名しろ:
タナカガンダム→コイズミマヒル→ソニア→イクサバムクロ→【エノシマジュンコ】
──お前しか、いない!
「そう……。日向君が、全てを終わらせてくれるのね」
江ノ島は、重たそうに体を起こして俺に向き合った。
目には隈ができていて顔色も悪かったが、それでも瞳から力は失われてはいない。
ああ、江ノ島の言う通り、俺はG-fiveが招く惨劇に幕を下ろす。
……例え彼女を失うことになろうとも。
「江ノ島。お前が俺達の前からいなくなることを決意したきっかけを教えてほしい。
今なら思い出せるはずだ。その中に、G-fiveにつながる何かがある」
「任せて。きっと、あるはずだから」
江ノ島は目を閉じて深く息を吸う。すると、待つ、とも言えないほど僅かな間の後、
脳に稲光が走ったように自分自身に驚いた様子で目を見開き、彼女はポツポツと語りだした。
「ええ、あったわ。アタシには、G-fiveを生み出す可能性。そう呼べる能力が」
驚き、戸惑い、疑問、人の感情を揺さぶるあらゆる感情が法廷を支配する。
声なき声で皆が混乱し、裁判員裁判が始まって以来最も大きな衝撃が俺達を打ちのめす。
裁判長だけが動じる様子もなく黙って審理の行く末を見守っている。
「なんで!?盾子ちゃんが持ってるのは超高校級の女神と、
日向から借りた能力いくつかだけでしょう!その中に薬の知識なんてなかったじゃない!!」
「彼からコピーした能力にはね。アタシが例の能力を手に入れたのはその後。
ずっとずっと後のこと……」
「それは、いつのことなんだ?」
終わりが、近づいている。だけど俺は止まることなく真実を追い続ける。
「アタシが1年前に十四支部を出ていった日、霧切が誰かと会話しているのを見たのよ」
“霧切さん。これ、幹部級局員の、血液検査結果。機密情報、だから、気をつけて”
“わざわざ第四支部からお疲れ様、忌村さん”
「コホ、コホ…!銀髪で、紫のマスクをした人だった。
名前は知らないけど、アタシの分析能力が何の気なしに眺めた彼女の才能を勝手にコピーしたの」
「ね、ねえ、やめようよ。この流れじゃ、ひょっとしたら江ノ島おねぇが……」
わかっている。でも、彼女も俺も退くつもりはない。
西園寺の願いを押しのけ、俺は江ノ島に確かめる。
「続けてくれ。その才能の、名前は?」
「元超高校級の薬剤師」
これで全てがつながった。皆が言葉を失う。
ある日江ノ島は第十四支部を訪ねた超高校級の薬剤師から能力を得た。
その後自らの行動が招いた悲劇に絶望した彼女は放浪生活を始め、
音無涼子と出会い彼女と暮らすうちに彼女に薬剤師の能力を盗まれた。
全ての始まりはそれだったんだ。
超高校級の薬剤師となった音無涼子は、その知識を悪用して……違うな。
善悪もわからないまま評議委員に利用され、G-fiveの製造に着手した。
その開発には高度な設備が必要だが、あの団地にあったものはおそらく彼女が自分で製造した。
評議委員から部品や材料の提供だけを受けて。
そりゃ一度見ただけの薬剤師の知識が完璧にコピーされてたんだ。
毎日のように会ってる左右田の超高校級のメカニックも盗めば不可能じゃない。
あの大掛かりな機材を直接運び込んでいたら必ず住人に目撃されてた。
「……俺は、そう推測するんだが、音無さん。
君ならこの手順を踏んでG-fiveを作ることができたんじゃないかな」
「できたと…思います。はい、私以外には、できません」
少しためらいがちだったが、最後に彼女ははっきりと言い切った。
「ね、ねえ日向!あんた自分が何やろうとしてるかわかってる?今までの事件思い出してよ!
もしかしたら盾子ちゃんまで共犯の罪で……」
「わかってる!!」
静かな法廷に俺の怒鳴り声が響いた。いつの間にか握り込んでいた拳に汗が滲んでいる。
「……決着をつけろ、日向。俺達を導いてきたお前には、その義務がある」
十神が遠い目をして俺に告げる。
「待ってくれないかな!ただ騙されただけの喜男さんだって死刑になったんだよ?
盾子ちゃんだってどうなるかわからない!
お願いだから評議委員だけを追い詰める方法がないかもう少し議論を……」
「わかって、お姉ちゃん。アタシの人生、自分で始末をつけさせて」
「いや、こんなのいや……」
戦刃が頭を振って嗚咽混じりの嘆きを漏らす。だが、俺はやらなくちゃならない。
■クライマックス推理:
>クライマックス推理 開始
>推理を完成させろ
Act.1
事件は既に1年半も前から始まっていたんだ。
江ノ島が第十四支部から失踪する直前、彼女は支部を訪ねてきた誰かから
偶然「超高校級の薬剤師」という能力を分析して自分のものにしていた。
その後、江ノ島は結果的に自らが吉崎さん達を不幸にしたという自責の念に耐えきれず
十四支部を飛び出した。
Act.2
同時に4人の評議委員を頂点とした《希望》の残党も動き出す。
元超高校級生達で作り出された地下都市に潜伏し、音無さんを造り出していた評議委員は、
彼女に江ノ島との接触を命じる。そう、目的こそ違えど新型の毒を開発させるために。
才能ある自らの思想に賛同するもの以外を間引き、自らが新世界の教育者となる。
その狂った思想を実現させる手段として。
Act.3
ついに江ノ島と音無さんが接触。
自暴自棄になっていた江ノ島は見ず知らずの音無さんと共同生活を始める。
江ノ島と暮らす中で、彼女が持つ才能が《希望》の残党の野望を成し得ると判断した音無さんは、
江ノ島から超高校級の薬剤師とメカニックの才能を分析・コピーし、
記憶を消去した上で彼女をどこかに放り出した。
Act.4
そして事件は一気に動き出す。G-five製造設備と実物を完成させた音無さんは、
評議委員の指示通り吉崎さん達にG-fiveを配り、その殺傷能力のテストを繰り返した。
これが連続毒殺事件と呼ばれている一連の犯行だ。
裁判員裁判の導入を受けて、皮肉にも俺達がこれらの事件に関わることになった。
Act.5
最後に、旧希望ヶ峰学園で確保された音無さんや評議委員を含む《希望》の残党。
俺達全員がここに集い、最後の裁判員裁判で彼ら全員の罪を裁くことになった。
この事実そのものが
《希望》の残党、音無涼子、そして……江ノ島盾子との関連を決定づけているんだ。
三者の関係は今証明された。評議委員の野望は音無涼子なしには実現しない。
音無涼子の行動は大量の手帳が示している。
最後に、彼らの犯行を可能としていた人物、それは……江ノ島盾子、お前だけなんだ!!
──これが事件の全てだ! COMPLETE!
俺の宣言が皆を打ちのめす。でも、ただひとりだけが微笑みながらこう言った。
「ありがとう、日向君」
江ノ島は隈のできた顔で精一杯の笑顔を俺に向ける。
だが、俺は歯を食いしばって、内から溢れ出そうな
不条理に対する怒りとも苛立ちとも言えない感情に耐えることに精一杯で、
返事をすることができなかった。
「あなたのおかげで、この世界は希望ヶ峰学園の過ちから立ち直れる。
……ああ、長い戦いだったわね。みんなよく戦ってくれたと思う。本当に嬉しい」
「そんなわけないじゃない!!」
戦刃の叫び。悲痛なそれが皆の心をえぐる。
「嬉しい?誰も嬉しくなんかないよ!盾子ちゃんが共犯だって証明されちゃったんだよ!?
日向君もひどいよ。どうして盾子ちゃんを見殺しにしたのよ!」
「気が済むまで、責めてくれ。俺は、仲間を見捨てた」
「盾子ちゃんが死刑になったら、絶対に許さない!絶対に!」
「それは、違うわ」
今度は怒りに囚われる戦刃に江ノ島がそっと声を掛けた。
「違うって…だって盾子ちゃんが!」
「アタシは、日向君に救われたの。
ごめん、何度も強がり言ってたけど、やっぱり吉崎さん、喜男さん、森本さん。
みんなのことが心の棘になって、ずっとズキズキ傷んでたの。
自分のせいじゃない。そう思うこと自体思い上がり。
何度も自分に言い聞かせてたのに、アタシのせいで、って思いが消えなかった」
「おねぇ……」
「それが、やっと今日になって救われた気がした。勝手な女よね。
吉崎さん達の無念を、なんて思ってたけど、結局は自分が過去の幻から助かりたかったのかも」
「もう、おやめになってください。ご自分を責めるのは、もう……」
「別に自分を責めてるわけじゃないわ、ソニアさん。それはもうおしまい。
悲しい事件も、アタシの自己憐憫も、全部ね。裁判長、判決をお願いするわ」
江ノ島が視線を送ると、珍しく裁判長が困惑した様子でマイクを通して
別室の誰かとやりとりを始めた。5分程度で話がついたらしく、彼が最後の判決を下す。
「本法廷で、極めて異例な事態が発生しました。
審理の中でもう一名犯行に関わった者の存在が明らかになり、
速やかな身柄の確保の必要性が認められます。
よって、今回に限り特例として裁判員による投票を省略し、
被告人音無涼子に加え、当人の判決を同時に下します」
「ま、待ってくれ!今日の裁判もっかいやり直しできねーか!?」
「調停者の囁きはまだ審判の時ではないと……!」
「あの、あの、こんなの絶対だめだと思うんですけど、説明はできないんですけどぉ!」
左右田達が結論を先延ばしにしようとしているが、
江ノ島はただ穏やかな表情で結論を待っている。
──判決を言い渡します。
判決:音無涼子 及び 江ノ島盾子 有罪
【裁判員裁判 閉廷】
皆が、遠い昔に捨て去ったはずのものに再び打ちのめされる。それは、絶望。
「いやあああ!!」
戦刃がその場に崩折れた。彼女だけじゃない。あちこちからすすり泣き、嘆きが聞こえる。
「なあ、なんで江ノ島が有罪なんだ?オレにわかるよう教えてくれよ、オッサン!!」
「くっ…そんなもん、ワシが知りたいくらいじゃい!」
「畜生が!お前は、九頭竜組の若頭になるんじゃねえのかよ……。江ノ島ァ!」
「江ノ島、こっちへ来い!私と組長でなんとかする!逃走先を確保する!まだ諦めるな!」
「けほ、はぁ…辺古山さん、ありがとう。でも、もういいの。アタシは、十分だから」
「何が十分だと言うのだ!」
「静粛に!係官、直ちに江ノ島氏を医務室に。被告人は控室に」
俺も叫びだしそうになったが、裁判長の静かな声でどうにか自分を落ち着けた。
そうだ。今は江ノ島の体調が優先だ。別室から数人の係官が入廷し、二人を連れて行く。
「待てよ!江ノ島の何が有罪だってんだ!江ノ島には大事な用があんだよ!
オレとソニアの結婚式に出席してもらわなきゃなんねーんだよ!」
「そうです!江ノ島さんが逮捕される謂れなど!」
両脇を抱えられながら退廷しようとする江ノ島は、左右田達にも笑顔を向けつつ言った。
「ありがとう左右田君、ソニアさん。そしてごめんなさい。約束、守れそうにないわ。
ソニアさんのドレス姿、見られなくて、本当に残念」
「どうして、なぜ、こんなことに……」
もう一度大きく息を吸って江ノ島が最後の言葉を残す。
「お願いわかって。ここでアタシだけ助かっても、きっと本当の意味では助からない。
利用されただけで死刑になった喜男さんを有罪にしておいて自分だけ刑罰から逃げても、
また終わりのない悪夢に苦しめられる。……お姉ちゃん、後のことは、よろしくね?」
「できないよ、そんなの、私には……」
そんな戦刃や仲間の姿を見かねたのか、珍しく裁判長が自分から会話に加わった。
「彼女の有罪は確定しましたが、量刑に関しては今後の通常裁判で決定されるので、
まだはっきりしたことは言えない段階です」
「では、極刑になると決まったわけではないんですね?」
「その通りです」
俺が確認すると、絶望という底なし沼の奥に一筋の光が見えた。
「みんな、信じよう。過去の3件と違って江ノ島さんの場合は直接手を下したわけじゃない。
ボクは、信じる」
「……そっすね。凪斗ちゃんの言う通り、唯吹はポジティブシンキングで盾子ちゃんを待つっす」
狛枝や澪田の言葉に気力を取り戻したのか、
泣き腫らした目をこすりながら西園寺もわずかな希望を抱く。
「ぐすっ…おねぇ、わたし信じてるから。絶対おねぇは帰ってくるって。
その時は、また抱きしめて」
「うん、きっとね」
言葉少なに返事をすると、それを見ていた音無涼子が意を決したように声を上げた。
「皆さん……。言わなきゃいけないことが、こんなに最後になって、申し訳ありません。
私のせいで、皆さんから大事な人を奪うことになって、本当に、本当にすみませんでした……!」
彼女が証言台の前で大きく頭を下げた。江ノ島がそんな音無の肩を優しく抱いて前を向かせる。
「ほら、しっかり。悪いことばかりじゃないわ。あなたもアタシも、過去を精算“できる”のよ。
逃げるんじゃなくて、真正面から向き合って償うの。
世界がどんな決定を下しても、アタシ達は胸を張ってそれを受け入れることができる」
「江ノ島さん……。ありがとう、ございます」
音無の目からほろりと涙がこぼれた。
”姉としてしてあげられたことが、たったひとつの励ましでしかなかったことが無念でならない”
江ノ島は後にそう書き残している。
「これにて、本法廷を解散します。裁判員の皆さん、ご協力ありがとうございました」
裁判長の言葉で、今度こそ江ノ島と音無は連れられて行く。
「盾子ちゃん!絶対また会えるって、信じてるから!」
「江ノ島さんの好きなしょうが焼き用意して待ってるからねー!」
「キミはいつまでもボク達の希望だよ!忘れないで!」
二人は大きなドアの向こうに消えていくまで、俺達の声を背に受け続けていた。
こうして、社会を不安に陥れていたG-fiveによる連続毒殺事件は終結。
そりゃ、人類史上最大最悪の絶望的事件に比べれば小さな出来事かもしれない。
だけどそれは被害者や加害者にされてしまった人達、そして俺達の心に大きな傷を残していった。
でも、江ノ島の言う通りそれはもう終わり。未来を信じて、俺達は前に進む。それだけだ。
東京拘置所 刑場
G-five連続殺人事件の判決から半年後。
通常裁判を経て、無罪を主張してきた者および関係者の刑が確定。
5名の死刑囚が地下の刑場で処刑台に拘束され、執行の時を待っていた。
住職の読経が流れる中、
かつて江ノ島にアルファと仮名で呼ばれていた老人がつばを散らしながら叫ぶ。
「貴様ら!自分が何をしているのかわかっているのか!?
日本の未来を握りつぶそうとしているのだぞ!」
「最後に言い遺すことは」
アルファの喚き声にも耳を貸さず、刑務官が無表情かつ感情のない声で問う。
20m先のフルフェイスを被った執行官がライフルを構えた。
「やめろ、助けてくれ!我々は堕落した現代社会を今一度蘇らせる──」
刑務官が挙げた手を下ろすと同時に、銃声。
何かを主張したかったらしいアルファの眉間を銃弾が貫き、彼は絶命した。
3人が死を間近に目撃して震え上がる。流れ作業のように刑務官はベータに同じ質問をする。
「最後に言い遺すことは」
「この能無しの凡人どもめ!お前達のようなバイ菌どもがこの国を腐らせてきたのだ!
それを救ってやろうというのに、まだわからんのか!」
相変わらず刑務官には何も耳に入っていない様子で、手を挙げる。フルフェイスが狙いを定める。
そして刑務官が手を下ろす。
「ひっ…!いやだ、死にたくない!死にた──」
再び銃声。中年の男は頭を貫かれ、後ろに脳漿を撒き散らして死んだ。
1人を除き、残る二人は悲鳴すら出なくなり、失禁する。
……しかし、1名は鋭い銃声が鳴る度に自らの意識に何かが浮かび上がるような、
そんな気がした。
「最後に言い遺すことは」
ガンマは死に直面して思いつく限りの命乞いをする。
「ま、待て、司法取引だ!司法取引をしよう!
地下都市にはまだまだ才能ある希望ヶ峰学園OBとそのテクノロジーがある!
あの大都市を見ただろう?我々が集約した英知の結晶だ!私の一声でその全てが手に入るのだぞ!
悪くない話だと思わないか?日本が先進国復帰一番乗りを果たすのだからな!!」
早口でまくし立てるガンマ。
だが、刑務官はろくに聞いてない様子で白手袋をはめた手を真っ直ぐに挙げる。
ガンマは青くなって絶望する。
次の瞬間にその手は下ろされ、同時に彼の命も心臓に突き刺さった銃弾で終わりを迎えた。
「あひあああ!!」
残ったデルタが悲鳴を挙げ、他の一人がその時を待ち続ける。
「最後に言い遺すことは」
「か、かね、かね、いくらでも!!」
無表情の中にも呆れた感情をにじませる刑務官は、ただ黙って手を挙げた。
フルフェイスの執行官がライフルにリロードし、狙いをつける。
「ごじゅうおくううぅ!!」
挙げた手を下ろす刑務官。同時に執行官が発砲。
情けない断末魔を上げて執行官に射殺されたデルタは、
処刑台に縛られたままぐったりと動かなくなった。
隣で4人が殺される様子を見ていたはずの最後の一人に、なぜか恐怖という感情はなかった。
どうしてだろう。理由はわからない。命が砕けていく度にその気持ちが大きくなる。
“死”と自分が大切にしていた“何か”が結びついているのかもしれない。
とにかく、死ぬ直前になって彼女は生まれて初めて“思い出す”という現象に遭遇し、
驚きとも喜びともつかない感情に舞い上がるような気持ちになっていた。
そして刑務官がとうとう順番が来た彼女に尋ねた。
「何か、最後に言い遺すことは?」
「私、私は……」
思わず口ごもる。うまく言葉にできない。真っ白な手袋が高く掲げられる。
最期の瞬間、彼女は祈りにも似た気持ちを口にした。たったひとつの本当の気持ち。
──会いたいよ、松田君……
ライフルの銃口が火を噴く。
胸に弾丸を受けた彼女の命が絶たれ、閉じられた目が開くことは二度となかった。
だが、音無涼子の死に顔は、愛しい人に抱きしめられているかのように、
とても穏やかであったという。