江ノ島盾子にされてしまったコミュ障の悲哀【完結】 作:焼き鳥タレ派
全員がエスカレーターを上り、モノクマロックの口から頭部に入ると、
大型エレベーターになっていた内部が、ガタンと動き出し、
アタシ達を地下深くに運び始めた。どこまでも、どこまでも。
壁に背を預け、ただ黙って腕を組むアタシを、他の連中が不安げに見ている。
何を怯えているのだろう。
あなた達がその気になれば、アタシを殺すことなんて簡単なのに。
やがて、エレベーターが地下階に到着し、ドアが開く。
そこには、天井の高い広大な法廷が広がっていた。
座る者など居ない傍聴席に囲まれるように、人数分の証言台が円形に並び、
天井には証拠品などを映す巨大モニター。
そして、かつてモノクマが学級裁判の判決を下した裁判長の玉座があった。
皆が無言でぞろぞろと証言台に着く。アタシも失礼して適当なところに収まる。
手元には、証言台の番号が割り振られたボタン。
……なるほど、これでクロだと思う奴に投票するわけね。
「うんしょ、うんしょ……」
ウサミが玉座をよじ登ろうとしている。万能のステッキで空でも飛べばいいのに。
アタシなんかに構ってるからこうなる。
やっと登りきって席に着くと、ようやく場馴れしていない様子で、アタシ達に宣言した。
【学級裁判 開廷】
「あ、あ、マイクテス。
これより、“江ノ島盾子さん殺害未遂事件”の学級裁判を行います!」
皆の間に冷たい緊張が張り詰めているらしい。もう少し肩の力を抜けばいいのに。
ただ、事実をひとつひとつ拾い上げていくだけなんだから。
「最初に、“学級裁判”について簡単な説明をいたしまちゅ。
学級裁判では、誰が犯人かを議論ち、その結果はみんなの投票で決まりまちゅ。
正しいクロを指摘できれば円満解決なんでちが、
間違った人を犯人にちてしまった場合は、冤罪という最悪の結果を招いてちまいまちゅ。
みんな、絶対に誤った判断をちないよう、発言には細心の注意を払ってくだちゃい!」
「始める前に確認しておきたいんだけどさ、正しいクロが見つかった場合、
その人はどうなるの?また“おしおき”?」
狛枝の言う通り、それはアタシも気になるところね。
ここ、仮想空間だからなんでもアリだし。
「とんでもありまちぇーん!そんなことをちたら、あの悲劇の繰り返しでち!
……クロに決定された人には、この希望更生プログラムから抜けてもらい、
現実世界の刑務所に入ってもらいまちゅ。
今度は自発的な島での生活じゃなく、未来機関が管理する、
本物の独房に収監されることになるでちゅ」
「よくわかったよ。うまく逃げ切れるといいね、クロの人。
もし捕まったら、一人ぼっちで、恐らく死ぬまで刑務所暮らしだから、さ」
僅かな動揺を含んだ沈黙が流れる。それを破るように、まずは日向が口火を切った。
「まずは事件の内容を整理しよう!
……江ノ島、お前が風船爆弾の直撃を受けるまでの経緯を説明してくれ」
脳が更に加速し、いくつものアタシを形成する。それぞれが好き放題に喋りだす。
でも、それでいい。それがアタシなんだから。
まず1人目が両手を腰に当てて胸を張り、堂々と演説を始める。
「よくお聞きなさい、平民ども!
奴は日をまたぐことなく断頭台の露と消える運命なのよ!」
「お、お、おい…ありゃ完全に江ノ島盾子だぞ!いつの間に王冠被った!?」
「落ち着け左右田。奴もまた新たなペルソナに目覚めただけのこと……」
「黙りゃあがれ、ボケナス共!
アタシが喋ってんだから、耳の穴かっぽじってよーく聞きやがれ!
そう、アタシこそ、プレス機でミンチになった絶望でもなく、
ゲーオタのヒッキーでもない……その名も、新生・江ノ島盾子ちゃ───ん!!」
○囚人No.16・超高校級の???
エノシマ ジュンコ
皆が驚きで声を失う。そうよ、好きに暴れなさい、数あるアタシのひとり。
「新生、江ノ島盾子だと!?」
「うぅ~今度はワルのロック歌手みたいになっちゃいました~」
「会場の皆様、お見苦しいところをお見せしました。
これより順を追ってご説明しますので、落ち着いてご清聴賜りますようお願いします。
あれは私がソニア・ネヴァーマインド氏の、狂気地味たレッスンを受けた後の事でした。
時刻は4時前後。テントに戻り、洗濯物を干そうとした所、
パイプ椅子に手紙が置いてあるのを見つけたです」
「狂気って…わたくしだって一生懸命ご指導したのに、悲ピーです……」
「先生?OL?わかんなーい!」
「日寄子ちゃん、今は話を聞こうよ?」
「内容は生徒手帳のキーワードをご参照ください。左右田さん…を名乗った手紙です。
レストランに私を呼び出すもの。それに従い、指定の場所に向かった私は、
テーブルの上に奇妙な装置と、メッセージカードを発見しました。
キーワード“メッセージカード”と“高圧洗浄機”がそれに該当します」
「あと、“割れたゴム風船”や“ダーツ”も含まれるんじゃないかな。
爆弾の部品だったわけだし」
「狛枝さんのおっしゃる通りです。
犯人は高圧洗浄機でダーツの入った風船を破裂させることで、
日用品や遊具を殺傷能力のある爆弾に変えたのです」
「くうっ!なんちゅう卑怯な真似を!」
「……そこで、私はメッセージカードの内容から、
高圧洗浄機のスイッチを入れてしまったんです……
そして爆発した風船から飛び出したダーツが身体に……悲しいですよね。
あんなチャチな罠に引っかかる私の馬鹿さ加減が……」
「そんなことないよ!泣かないで…って、泣きたいのはわかるけど、
なんで頭にキノコが生えてるわけ?」
「……小泉さん、おひとつ、いかがですか……?」
「ごめん、ちょっと遠慮しとくわ……」
「じゃあ、オレが食う!
江ノ島に生えてるから、エノシマダケって名前にしたらどうだ?」
「食べないの!変な名前も付けない!」
「とにかく、事件当時の状況はわかった。じゃあ、本格的な議論に移ろう。
事件の流れを追いながら、不審な点をひとつずつ潰していくんだ」
「不審な点?例えば何だい、日向クン」
「江ノ島をレストランに誘導した手紙はいつ、誰に置かれたのか、だ」
とうとう始まったわ。アタシの戦い。アタシの存在を賭けた戦い。その為に必要な武器。
心の中でその手にフリントロック・ピストル(火打石銃)を形作る。
片手にピストル、唇にコトダマ。
必要な一発だけを装填して、誰かの無防備な発言を、撃ち抜く。
もう一度心に問いかけ、弾丸を装填した。そして、アタシを呼び覚ます。
さあ、来なさい。アタシの中の全てのアタシ。
■議論開始
コトダマ装填:○左右田(?)の手紙
弐大
ワシが知る限り、江ノ島のテントに人が集まったのは昼食後の会議が終わった直後、
確か[1時頃]だったのう。
田中
ああ、江ノ島盾子が謎の[大量出血]を起こした時だったな。
罪木
そ、その話はやめてくださーい。事件とは[関係ありません]!
九頭竜
ああ?なんでそんなことが言い切れるんだよ!?
ソニア
それはわたくしを含めた[女性陣全員]が保証します。
これ以上の追求は、わたくし達への宣戦布告とみなします。
九頭竜
お、おい。そこまでマジになることねえだろ……
花村
でも、手紙自体は[みんなが集まった時]に置かれたと思うよ。
──それは違うわねぇ!!
[みんなが集まった時]論破! ○左右田(?)の手紙:命中 BREAK!!!
心の中でフリントロック・ピストルが咆哮。コトダマが矛盾を孕んだ証言を打ち砕いた。
アタシが大声を張り上げると、皆の視線が一斉に集まる。
最初の一発としてはこんなところかしら。言ってやりなさい。アタシのだれか。
「江ノ島、何か気がついたのか?」
「フッ、日向君は、この手紙を読んで何か妙だと思わなかったのかい?」
「妙も何も、レストランに来いっていう、短い文章だ。
これで何がわかるっていうんだ?」
「……ああ、文面のことじゃないんだ。その書体だよ。
かすれがちで古臭いフォントは、明らかに現在のプリンターで印刷されたものじゃない。
もっと言えば、タイプライターで打たれたものだよ」
「今度は……ギアスのルルーシュみたいなポーズを始めたっす……はぁ」
「この世界でも放送してるんだね。澪田さんもアニメは見るのかい?
まぁ、ゲーム機にブラウザが搭載されてるから、
動画サイトにでも接続すれば見られなくもないけどさ。おっとごめんよ、話が逸れた。
アタシが聞きたいのは、皆が解散してすぐに、大昔のタイプライターで打ち間違いなく、
すぐに偽の招待状を作れたのかなって事。あの場にいたメンバーにさ」
「たいぷらいたー?それってうめえのか?」
「で、でもそれは、事前に用意しておいたのかもしれないよ!?」
「それはありえないよ、花村君。十分な時間があるなら、
筆跡を隠すためにわざわざ慣れないタイプライターを使わなくても、
定規で線を引いたり、刑事ドラマの脅迫状みたいに新聞の切り貼りをすればいい。
要するに、犯人は突発的に犯行を思いつき、実行したんだよ」
「でも、そうなると結局、いつ誰が手紙を置いたのかは分からないままだよね。
ちなみにボクじゃないよ。
外を出歩いてるのを見られたら、江ノ島さんみたいな目に遭うからさ。アハハ」
「大体の時間は絞り込めるんだよ。
昼食後、アタシがテントに戻ったのが12時半頃、
その後醜態を晒したのが、弐大君の言った午後1時頃。
それからアタシはマーケットに買い物に行って留守にしてたんだ。
帰りにソニアさんの呼び出しを受けて、そのままテントには帰らず、
1時間ほど調教を受けて、ようやくテントに戻ったのが、午後4時頃。
つまり、あの呼び出し状が置かれたのは、午後1時から4時ってことだよ」
「もー!それじゃやっぱり誰が置いたかわかんないじゃん!正確な時間も謎のまま!
江ノ島おねぇ、なんにもわかってないのに仕切ってんじゃねーよ!
そのキャラは割と好きだけど!」
「ごめんよ。話が込み入ってるから、少しずつ詰めていくしかないんだ。
でも、誰が置いたのかも、ある程度は絞り込めるのさ」
「本当か!?」
「う~ん、本来なら日向君に最初に気づいて欲しかったんだけどな。……シフト表」
「まさか!」
「ここは本来刑務所で、皆は服役中に労務をこなしている。
……で!先に答えを言っちゃうと~?1時から4時の間、
テント及び事件現場付近で働いてた人が怪しいってことに、アタシ気づいちゃった。
キャハッ!」
「ちっ、ぶりっ子かよ」
「日寄子ちゃん、それは本当に嫌いなんだ……」
「ねえねえ、日向君。アタシにもみんなのシフト表見せてほしいな~。オ・ネ・ガ・イ」
「待て、すぐ生徒手帳に送る!」
ピロロロ……
○シフト表
ジャバウォック刑務所の受刑者全員の労務シフトが記されている。
犯行時間帯は、ほとんどの者が電気街にいた。
「ありがとー!でもこの着メロださ~い。後でカワイイの探さなきゃ。
えっと、シフト表はと……今日は大抵の人は電気街に行ってたみたいだね。どして?」
「ジャンクパーツやいろんな部品とかが足りなくなってきたから、
手が空いてるやつみんなで探しに行ったんだよ。
オレでも材料がなきゃ、電気系統の補修はできねーからさ。
そりゃ途中、何グループかに分かれて、交代で水飲みに帰ってきたけど、
居たのはせいぜい10分くらいだ。爆弾作って仕掛けたりする余裕なんかなかったぜ。
一緒に作業してた全員が証人だ。
そんで、オレ達の順番が来て帰ったときに、あの爆発を聞いたつーわけだ」
「すっごーい!機械が得意な男の人って尊敬しちゃ~う。キュン!」
「……それで、お前は一体何が言いてえんだ」
ゲームの中で笑顔だった頃の彼は、ソニアさんという想い人がいても、
こんなときには鼻の下を伸ばしていたんでしょうね。それも彼の人間味だったのに。
そろそろ次の戦いが始まりそう。新しい弾丸が使えるわね。
「ズバリ、1時から4時の間、犯行現場付近にいた人にアリバイを証明してもらいます!
具体的には、ソニアさん、花村君、十神君でーす」
「なんだって!?」
行くわよ。弾丸を装填し、銃を構えて。狙いを外さないで。
■議論開始
コトダマ装填:○シフト表
江ノ島(ぶりっ子)
では、皆さ~ん!一言ずつアリバイを、ヨロ!
十神
お前は馬鹿か!
その時間、俺は[万引きGメンの仕事]をしていて、お前とも会っただろうが。
頭の房に脳を吸い取られてるんじゃないのか!?
ソニア
江ノ島さん!やっぱりわたくしの事を恨んでいるのですか!?
あの時間は、一緒に[淑女になるためのレッスン]をしていたではありませんか!
花村
やめてよ!アリバイなんてあるわけないじゃない!
ぼくの担当は厨房で、お皿の片付けをしたり、夕飯の仕込みをしたり、
とにかく[厨房から離れられなかった]んだよ!
──それは違うわねぇ!!
[厨房から離れられなかった]論破! ○シフト表:命中 BREAK!!!
「違うって……どういうこと?」
「まずは、十神君とソニアさんには謝っておくよ。
2人を挙げたのは、犯人の候補から外すためだったんだ。済まないね」
「候補から外す、だと?どういうことか説明しろ!」
「2人に共通してるのは、証人がいるってことさ。つまり……アタシ」
「はっ!」「そう言えば!」
「その点、花村君のアリバイを証明してくれる人は、誰も、いない」
「だだ、だったらなんだっていうのさ!ぼくが犯人だって証拠もないじゃないか!」
「花村クン……ボクには何かが繰り返されてるような気がするんだ」
「狛枝くんは黙っててよ!とにかくぼくは関係ないから!」
「おーし、そんじゃあ日向に質問だァ!シフト表には花村が炊事係って書いてあるし?
実際、昼メシもテルテルの野郎が作ってたな!
なら、仕事中に厨房から一切出るなって規則でもあんのかァ!?」
「そんなものはない。炊事係はただ食事を作るだけじゃない。
生ゴミを捨てに行ったり、レストランの清掃や、食材の調達、
いろいろやることがあるんだ。
厨房に閉じ込めてたら仕事にならな……あ、すまん!花村」
「日向くん、君までぼくを疑うの……?」
──その推理はピンボケだよ!
遂に来たわね。
ほら、次のアタシ。心のジャックナイフを手に取りなさい。コトノハという刃を。
小泉
あんたさっきから言ってる事が曖昧過ぎるよ!置き手紙のことも、アリバイのことも!
江ノ島(女王)
面白い!何が不満なのか答えてごらんなさい!私様以上の推理ができるならね!
■反論ショーダウン 開始
>>電子生徒手帳
小泉
花村がやったって/いう証拠がどこ/にあるの?
アタシにはむしろあんた/のほうが怪しく/見えるんだけど!
自分を/可愛そうな存在に/して優しくして/欲しかったん/じゃないの!?
要するに自作自演/だったんじゃない/かってこと!
《発展!》
江ノ島(女王)
逆に花村が怪しくないという証拠はあるのかしら?
それに、同情を買うために無数の鋭いダーツが入った風船を、
破裂するまでじっと見ていられるほど、肝が座っている人間がこの中にいるとでも?
小泉
アタシ達は誓った/んだよ。あんたには/理解できない/だろうけど。
全てを/償うまで絶対に/この島を出ないって!
だから花村もこれ以上[罪を重ねる/理由がない]んだよ!?
──その言葉、ズタズタにしてあげる!!
斬![罪を重ねる理由がない]論破! >>電子生徒手帳 BREAK!!!
「お前は、そもそも私様がここにいる理由を忘れているようねぇ?」
「どういうこと……?」
「電子生徒手帳を読み返してみなさい。キーワード4番、希望更生プログラムVer2.01」
「これが何だって言うのよ」
「……今お前は、一瞬でも本文に目を通してから口を開いたのかしら。
違うとしたら私様も見たことのない、希少生物に分類される間抜けだわ」
「なんですって!」
「希望更生プログラムVer2.01は、超高校級の絶望たる江ノ島盾子の力を奪い、
その弱さを絶望の残党に見せつける目的で造られた。
そこに参加するのはかつて、絶望に魅せられて、何某かを“やらかした”超高校級児達」
「まさか……それって」
「そう!ここにいるのは、江ノ島盾子のせいで、
大切な者を失い、殺し、そして自分をも破壊した、とっても気の毒な生徒達。
この中で、江ノ島盾子に復讐したくない奴は、狛枝くらいしかいないってことよ!」
「見事な斬り返しだよ、江ノ島さん。
そうだよね、動機がない人のほうが少ないもんね。
アハハハ……」
「あんたは黙ってて!……それじゃあ、花村のアリバイは」
「ないわね!」
「断言!?ぼくは、絶対、そんなこと!」
「……だったら、犯人やアリバイ云々は置いといて、
江ノ島さんの考えを聞いてみようか。今度は直接的な犯行手段について」
今まで船を漕いでいた七海千秋が、初めて口を開いた。
そうね。最も肝心な部分をつついて行けば、
犯人の足取りについてもはっきりしてくるかもしれない。
「それでは、私の考えをご説明しますね……犯人は皆さんがテントから解散した後、
タイプライターで偽の招待状とメッセージカードを作り、風船爆弾を作成・設置して、
私がいなくなった隙を見計らって、パイプ椅子に招待状を置いて、
アタシを誘い込んだのです……泣ける話ですよね」
「ちょっと待て!話がざっくりしすぎてるぞ!
そもそも、最初から当たり前のようにタイプライターって言ってるけど、
そんなものがどこにあるんだよ!」
あら、アタシったら大事なことを言い忘れてるわ。日向の疑問ももっともね。
タイプライターがあったのは……?
?→厨房
?→ホテルのロビー
?→別館の倉庫
?→ロケットパンチマーケット
──これで説明できるはずよ!! 別館の倉庫:正解
「私は……別館の倉庫で、古いタイプライターを見つけたんです。
伝えてなくて、ごめんなさい……」
「じゃが、本当に偽の手紙がそのタイプライターで作られたのか、
確証でもあるんかのう?
そもそも、ワシには風船爆弾を花村が作ったというのも、
論理が飛躍し過ぎとるような気がするんじゃが」
「それについて考えをまとめますので、少しだけ時間をください……」
「まったく、今度は何をする気だ?また俺が犯人だの言い出したら承知せんぞ」
涙を溜めた目を閉じて、アタシは集中力を限界まで高める。
自分自身の脳内にダイブし、シナプスの道路を走り抜け、回答を導き出す。
よく考えなさい。
犯人は確かに倉庫のタイプライターで文字を打ち、風船爆弾を仕掛けたのよ。
■ロジカルダイブ 開始
ホログラフのパネルで構成された道路が続いているわね。注意して進みなさい、アタシ。
と、言っても無駄なんでしょうね。本来はスケートボードに乗って走るのだけど、
凶暴なあなたの人格がそれをバイクに変えてしまった。
確か、ホンダのシャドウスラッシャー750ね。これは。
「行くぜオイ!今夜もノーヘルでガンガン飛ばしてくんで夜露死苦ゥ!
アヒャヒャヒャ!!」
3.2.1…DIVE START
「おっしゃあ!ラストまで最速ギアでぶっちぎるぜぇ!!」
QUESTION 1
偽の招待状が置かれたのは昼食の前?それとも後?
昼食の後 昼食の前
[昼食の後]
「ギア6でアクセル全開、突撃ィ!アタシは
困った娘ね。とりあえず正解の“昼食の後”の車線に入ってくれたからいいけど。
不正解の隣の道は途切れてて、突っ込んでたら落下するようになってた。
QUESTION 2
花村に風船爆弾の材料を調達することは出来た?出来なかった?
出来た 出来なかった
[出来た]
「“出来なかった”ら、今までの話が全部おじゃんになるだろーが!
……おおっと、前方にジャンプ台はっけーん!飛ばすぜオラァ!」
うまく上り坂を利用して落とし穴を飛び越えたわね。
選択も問題ないけど、もう少しアタシ達の安全も考えて欲しいわね。
あなただけの身体じゃないんだし。
脳内の世界だけど、怪我すると精神的ダメージを受ける。
QUESTION 3
花村に犯行が可能だった理由を選べ。
目立たなかった 厨房に凶器が揃ってた 全て事前に用意していた
[目立たなかった]
「これ以外選ぶ奴、マジモンのバカだろ!ファイナルラップのゴールが見えるぜぇ!」
3問無事正解。どうなることかと思ったけど、これで突破口は開けるはず。
もうここに用はない。外の世界に戻りましょう。
──真実はアタシのもの!
精神世界から現実に戻り、目を開くアタシ。
「どうしたんじゃ?急に黙りこくって」
「失礼致しました。私が憶測だけで、
花村さんを容疑者に仕立て上げていると誤解させてしまったのなら謝罪します。
その点につきまして、今から納得して頂ける説明をさせていただく所存です」
「オイ、また七変化か?いい加減どれかひとつに絞れや、忙しねえな」
「申し訳ありませんが、それぞれの性格が勝手に出てくるので私には対応できかねます。
話を続ける前に、皆さん、電子生徒手帳のキーワードをご覧ください」
「これかー?ごちゃごちゃしててオレにはわかんねーんだよな。
それより、晩飯まだで腹減ってるんだよ。
早く終わらせてくれねえと飢え死にしちまいそうだ……」
「まず花村さんが誰にも怪しまれず、風船爆弾の材料を調達できた理由から。
それは……」
?→高圧洗浄機
?→割れたゴム風船
?→左右田(?)の手紙
?→タイプライター
──これで説明できるはずよ!! 高圧洗浄機:正解
「これって、別館の倉庫にある高圧洗浄機だよな?
でも、みんながしょっちゅう使うから、誰が持ち出してもおかしく……そうか!」
「お分かり頂けましたでしょうか、日向さん。
そう、この高圧洗浄機は、通販番組でお馴染みの、どんな場所でも掃除できる優れもの。
誰がどこで持っていてもおかしくありません。
犯人は人目を気にせず堂々と高圧洗浄機を持ち出し、レストランに持っていったのです」
「だが、タイプライターの件はどう説明する?
本当に江ノ島が発見したもので打たれたものなのか?
パソコンでそれらしいフォントを使用し、プリントアウトした可能性は?」
「辺古山さんの質問にお答えします。
私がタイプライターを調べた所、それは長く放置されていたらしく、
全体にホコリが積もっていました。……特定の場所を除いて」
「特定の場所?」
「はい。再度生徒手帳のキーワードを開き、
“タイプライター”の項目を参照してください」
「これがどうかしたのか」
「実は、一部のキーだけ使用された痕跡があったのです。
特定の文字をタイプした時に、ホコリが取れ、指紋が残っていました」
「特定の文字……まさか、お前が言いたいのは!」
「その通りです。“左右田(?)の手紙”、そして“メッセージカード”。
両方の文面を打つ時に使用されなかったキーには、ホコリが積もっていました。
倉庫のタイプライターが、偽の手紙の作成に使用されたのは間違いありません」
「そうでしたのね……でも、わたくし、どうしてもわからないのですが、
なぜわざわざ使い慣れないタイプライターを?
わたくし達の年代ですと、見たことすらない人の方が多いと思うのですが……」
「パソコンは設置されている場所が限られています。プリンターとセットなら尚更。
きれいにプリントアウトされた手紙を見れば、そこから印刷した場所が割り出され、
自分に疑いが及ぶ。その事を犯人は恐れたのでしょう。
しかしタイプライターは誰でも出入りできる倉庫に存在し、
使用者を特定することは困難」
「なるほど……」
「そうなれば、残る問題は簡単です。
犯人が風船爆弾の材料を調達し、偽の手紙を置くところまでをおさらいするだけ……」
「ちょっと待ってくれるかな」
「……なんでしょう、狛枝さん」
「材料を調達、と言っても、どこでどうやって手に入れたのかな」
「ダーツはホテルロビーの遊具から。
風船はコサージュと一緒に倉庫のパーティーグッズから……」
「それっておかしくない?
ボク、いつも別館にいるんだけど、面倒だから昼間は基本的に電気は点けないんだ。
倉庫やそこに続く廊下は真っ暗。
かと言って、天井の明かりを点けたらいくらボクでも気がつくし。
ほとんど何も見えない状況で、物音を立てずに目的の品を探すことなんて、
本当にできるのかな?」
仕方ない奴ね。引っ掻き回さないでって言ったのに。
まるでイタズラが成功した子供のような笑顔でアタシに視線を送る狛枝。
少しおしおきが必要ね。
「あーら、そんなこともわからないなんて、
さすが無意味で無価値で最低最弱無知無能を自負するだけのことはあるわねえ。
私様がここまで議論を進めてきたのは、ある人物の発言がきっかけだというのに!」
「ある人物?それは一体誰のことなのかな。無能なボクに教えてよ」
■怪しい人物を指名しろ
ヒナタハジメ→タナカガンダム→ハナムラテルテル→ペコヤマペコ→【コマエダナギト】
──アンタしか、いないのよォ!
「えっ!?ボク……?どうして……」
流石に彼も動揺を隠せないみたい。どう、びっくりした?
“花村クン……ボクには何かが繰り返されてるような気がするんだ”
「私様の優れた耳はアンタのくだらないツイートも聞き逃さないのよ!
そう、この事件では、かつての出来事が繰り返されている。
それが可能なのも、当然その最大の当事者。つまり、クロ!」
「ねえ!それじゃ、あんたには誰がクロなのかわかってるっていうの!?」
「当然でしょう。でも、そいつを吊るし上げる前に、
今回の犯行がどのようにして行われたか。それを先に説明する必要があるわ。
謹んで拝聴しなさい」
「い、言ってみなさいよ」
「まず、犯人は厨房からカセットコンロを持ち出し、別館に向かった。
ホテルから出る前にダーツを回収してね。
ダーツは簡単にポケットに入るし、カセットコンロは、ある事情から、
高圧洗浄機と同じく誰に見られても不都合はなかった。
続いて別館に入ったけど、中は暗闇。そこで登場するのはカセットコンロ。
犯人はコンロの火で光を得て、
倉庫の中のタイプライターで偽の手紙とメッセージカードを作り、
棚のパーティーグッズから大きめの風船を取り、高圧洗浄機を手に入れた。
でも、タイプライターの操作に時間を取られたのか、コンロのガスが切れる。
でも帰るだけなら問題はない。
必要なものを手に入れた犯人は、また事件現場に戻り、風船爆弾を作り、
偽の手紙とメッセージカードを置いて……ただアタシがスイッチを押すのを待った。
どう?おわかり頂けた?」
「でも、その言い方じゃあ、まるで……」
「そ、そうだよ!
名指しこそしてないけど、ぼくが犯人だって言ってるのと同じじゃないか!」
「フフン、いっそ自白したほうがよろしいんじゃないかしら?
私様が集めた数々の状況証拠の前に敗北する前に!」
「お、おお……おおおおお!」
「なあに?」
「おんみゃあばって!めらがへぼらずめげだどばずんば!!」
「この野郎!黙って聞いてりゃ勝手なこといいやがって!!と言ってまちゅ」
「え!?また花村が意味不明な方言を始めたよ!これって……!」
「そう、さっきも言ったでしょう。この事件は、“繰り返してる”のよ。オホホ!」
「いーだらば!いーだらば、でんごばりがずじめたらべ!」
「証拠は!証拠は、ちゃんと出せるんだろうな!でちゅよ、今度は」
「私様に勝てるかしら!最後の勝負よ!」
状況証拠じゃ足りない。心に構えたピストルで、必ず敵の弱点を貫きなさい、アタシ。
そして、全てを終わらせるの。
■議論開始
コトダマ装填:○カセットコンロ(厨房)
花村
はぁ…はぁ…君が言ってることは全部[想像]じゃないか!
[タイプライター]なんて触ったこともないし、[高圧洗浄機]も持ち出してない!
今日は別館に[用事なんてなかった]から、僕に爆弾が作れるはずなんてないんだ!
カセットコンロだって、僕が[きちんと管理]してるし!
──これで、とどめよ!!
[きちんと管理]論破! ○カセットコンロ(厨房):命中 BREAK!!!
「テルテルちゃ~ん。嘘はよろしくないわね、嘘は!」
「な、なんだよ嘘って!」
「手帳のキーワードの添付写真をよーく見なさい」
「ただのカセットコンロでしょ?何が変だっていうのさ……」
「調理台に無造作に置かれたカセットコンロ。そばにガスコンロがあるのに、
どうしてわざわざカセットコンロで調理する必要があるのかしら?」
「はびばっ!!」
「しかも、ガスボンベを取り付けたまま、
消えているとは言え火元の近くに置いておくなんて。
とても“きちんと管理”しているとは言えなくてよ?」
「うう、あわばばばば……」
「フフ…安心なさい。私様がきちんと確認しておいてあげたから。そうよ、そうなのよ!
このカセットコンロはガスが切れていたのよ!」
「「!?」」
「説明してもらおうじゃないの。
ガスコンロがある厨房で、わざわざカセットコンロを、
ボンベの中身が切れるまで何のために使っていたのかしら?」
「あぴらぴんぽろかろばれじだ……ブクブク」
「翻訳不可能でちゅ」
「未遂とは言え殺人犯も追い詰められると泡を吹くのね。さすがの私様もびっくりだわ」
「ねえ、ここで事件のおさらいをしようよ」
七海千秋がしばらくぶりに裁判の流れに加わった。
今まで珍しそうに法廷の設備を眺めていたのに。
生まれたて故の好奇心と高性能AIとしての知能。2つが同居してるみたいね。
彼女の言う通り、彼に現実を突きつけましょう。
■クライマックス推理
>クライマックス推理 開始
>推理を完成させろ
Act.1
まず、事件は私様がこのホテルに降臨したことから始まる。
私様の姿に、超高校級の絶望の面影を重ねた犯人は、復讐を決意した。
左右田とちょっとしたやり取りがあった後、その場は一旦解散する。
左右田
……ハッキリ言えよ。何の落ち度もないのにオレに殴られたって。
江ノ島(女王)
殴るっていうのは、傷にもならない撫でることを言うのかしら?
左右田
なっ……!お、お前なあ?
江ノ島(女王)
うるさい男ね、黙ってお聞き。
Act.2
下々の者が頻繁に利用する、高圧洗浄機を使用したトラップを考案した犯人は、
殺害計画に利用すべく作成を開始。
まずは材料を確保する必要があるけど、あまり派手に動くと目撃される恐れがある。
そこで犯人はシフト表を確認し、
付近にソニア、十神、私様しかいない事を確かめると、計画を実行に移した。
まずはホテル1階のロビーでダーツを回収し、
洗浄機と風船を回収するため別館に向かう。その手にカセットコンロを持ってねェ!
Act.3
別館に着いた犯人は、カセットコンロの火を頼りに、倉庫の中で風船と洗浄機を確保。
ここでもう一つやることが。偽の手紙とメッセージカード作りよ。
今時A4の紙なんて、ない所の方が少ない。
ましてや倉庫に補充用コピー用紙の類が全くないほうがおかしい。
とにかく犯人は紙をタイプライターにセットして、慣れない手付きで文字を打った。
私様を呼び出す文面と、風船爆弾のスイッチを押させるメッセージ。
2通の作成に手間取っているうちに、カセットコンロのガスはどんどん減っていく。
Act.4
とうとうガスボンベを使い切って、また別館は暗闇に包まれるけど、
まっすぐ来た道を逆戻りすることくらいはできる。
手に入れた品物と、カセットコンロ、高圧洗浄機を持ってレストランに戻る。
仮にこの時、誰かに見つかったとしても、誰もが使う高圧洗浄機や、
才能の特性上から持っていてもおかしくないカセットコンロは、
気にも留められず、すぐに忘れられたでしょうね。
Act.5
後は厨房にでもこもって風船爆弾を作り、
レストランのテーブルにメッセージカードを添えて置く。
後は私様に爆弾を食らわせるため、人目のないタイミングを見計らって、
左右田の名を使った手紙を私様のテントに置く。
これが終わればコテージで待機していれば、ドカンよ。
風船の破裂音を聞きつけたふりをして、たまたま休憩に戻ってきた左右田達と、
何食わぬ顔で現場に戻ればいい。
ここまでの事を実行できたのは、刑務所の炊事係で超高校級の料理人であるお前だけ。
そういうことでしょう?花村輝々!!
──これが事件の全貌よ! COMPLETE!
「ぱびゃあああああ!!」
「ぱびゃあああああ、だそうでち」
「いや、もう訳さなくていいから……あ、繰り返すって……」
「それではみなちゃん……お手元のボタンで、クロだと思う人を投票してくだちゃい」
結果:花村輝々 GUILTY
ここまでみたいね。みんな、今日のところは彼に任せて眠りましょう。
【学級裁判 閉廷】
そして僕は意識の主導権を取り戻した。
記憶はあるし、意識もあったのに、身体や口が勝手に動いてた。
たくさんの江ノ島盾子が現れて、それぞれの性格が僕に宿ったんだ。
全員に共通しているのは、頭の回転も洞察力も並外れていること。
例えるなら、僕は電車の運転手で、
レールが予定とは別方向に向いていることに気づいたけど、
操縦を受け付けないまま電車は進んでしまう。でも、なぜか正しい到着駅に着いた。
下手な例えだけどそんな感じ。
今それはいいとして、法廷は重苦しい沈黙に包まれていた。
頭を使いすぎたのかな。風邪でもないのに額がすごく熱い。
「悲ちいでちゅ……どうちて、花村くんがこんなことを……」
「何故じゃ!何故なんじゃ!!答えろ花村!ワシらの誓いを忘れたのか!
それとも、江ノ島盾子なら殺していいとでも思うたのか!?」
「ちがうよ……殺すつもりなんてなかったんだ……」
「舐めた口利いてんじゃねぇぞコラ!
あんだけ手の込んだ爆弾作っといて、何が“殺す気はなかった”だ!!」
「ほんとうなんだ…ダーツくらいじゃ死にはしないって……」
「何言ってるんですかぁ!
目に刺さってたら、脳に届いて死んでたかもしれないんですよ!?
実際、腕で顔を守らなきゃ、危うく左目に飛び込んでたところだったんです!」
「えっ、そうなの……!?ぼく、なんてことを……あ、ああっ!……」
「花村、貴様……お前は何のためにジャバウォック島に留まったかを忘れたのか!
そして、俺達が何のためにこの仮想空間に来たか!
強制されたわけではない、世界の安定を取り戻すため、
罪滅ぼしの一環としてプログラムに参加したのだろう!
それを私怨で徒労に終わらせようなど……万死に値する!」
十神君達が花村君を激しく糾弾する。
「ゆ、許せなかったんだ……ぼくだって最初は協力するつもりだったんだ……
でも、江ノ島盾子がホテルに現れた時、呑気に手を振って駆け寄ってくる彼女を見たら、
憎しみが抑えきれなくなって、頭が真っ白になって、完全に自分を見失ってた……
ぼく達の苦しみを少しでもわからせてやる、その一心で……」
「花村君……」
そうだ。あの時、僕が浮かれて楽しそうに手を振ったりしなければ。
彼も超高校級の絶望、つまり僕じゃない方の江ノ島盾子に全てを奪われたんだ。
花村君に歩み寄ろうとした時。
──終わったみたいだね。霧切さんから事情は聞いてる。
苗木君が頭上の大型モニターに現れる。
『学級裁判の様子は一部始終見させてもらったよ。
江ノ島さん。今回のことで……ますます君のことがわからなくなったよ。
でも、クロを見つけてくれたことには感謝する。
プログラムの円滑な運用を進めることができるよ』
「それって、やっぱり……」
『直ちに現実世界のジャバウォック島に局員を派遣して、
花村クンをシステムから切り離す。後のことはボク達に任せて』
「いやだ!!」
反射的に叫んでいた。そして花村君に向かって走る。
膝をついて背の低い彼に目線を合わせ、両肩を掴む。
「江ノ島、さん……?」
「まだまだ話したいんだ!だってそうでしょう!?出会ってまだ一日も経ってないのに、
大好きなゲームのキャラが独房行きになってお別れなんて、絶対にいやだ!」
『何を言ってるんだ!彼は君を殺そうとしたんだよ!?』
「そのつもりはなかったって言ってるじゃないか!
確かに、考えが足りなかったかもしれないけど。それに僕にだって責任はある。
彼の言ったように、軽はずみな行動で花村君を追い込んだのも原因なんだ。
……そうだ、プログラム参加者が減ったら、贖罪のカケラ集めに遅れが出る!
苗木君達だって困るはずだよ!?」
『それはそうだけど……』
『待って、彼女の言うとおりよ』
今度は霧切さんがタブレットを持ってフレームインしてきた。
タブレットを苗木君に見せるけど、こちらからは裏側になってて画面が見えない。
苗木君は、悩んだ末こう言った。
『今、無理に花村クンと江ノ島さんを引き離すと、悪影響の方が大きいみたいだね。
……後悔は、しないね?』
「当たり前だよ!」
改めて僕は花村君と向き合う。涙とよだれで顔をぐしゃぐしゃにして彼はひたすら謝る。
「ううっ、江ノ島さん、ごめんよう……ぼく、とんでもないことしちゃったよ……」
そんな彼にできることは。
全くの人違いで、意味のないことだけど、
それでほんのわずかでも彼の心の闇が晴れるなら。
超高校級の絶望の姿を借りた僕にできることはひとつだけ。
「……本人でもない僕がこんな事を言っても虚しいだけかもしれない。
だけど、聞いて。今だけ絶望の江ノ島盾子になって謝るよ。
花村君。君の人生を、大切なものを踏みにじって、本当に、ごめんなさい。
謝って許されることじゃないけど……ごめんなさい」
「江ノ島さん、えのしまさん、……えのしまさあああん!!」
大声で泣き叫びながら僕に抱きついてくる花村君。
彼が泣き止むまで、僕も少女の柔らかな身体で彼を抱きしめ、背中を撫で続けた。
周りにいたみんなも、ずっと、待ち続けた。
やがて彼は落ち着きを取り戻すと、語り始めた。
「んぐっ、ううっ……コロシアイの後……目が覚めたら、未来機関の人に聞いたんだ……
花村食堂は、ひっく、お母ちゃんは、どうなったのって……」
「どうだったの?」
「教えてくれなかった……!」
「どうして?」
「高濃度放射能汚染区域につき調査不可だって……!お母ちゃんも行方不明だって!」
「放射能!?核戦争でもあるまいし、なんで、そんな事が?」
「わからない。放射性物質を手に持って、死の運命に囚われた自分に絶望しようとした、
研究員か誰かがいたんじゃないかって、未来機関の人が言ってた……」
「一体どうなってるんだよ、この世界は……!」
苗木君から写真で見せられて少しはわかっていたつもりだったけど、
想像以上にこの世界は絶望に毒されていた。
死に至るほどの放射性物質なんて、よっぽど頭のいい科学者くらいしか扱えないのに、
そんな人達まで、高校生の女の子一人に魅了されてしまったなんて、
それこそ絶望的な話だ。
……でも、僕は諦めない。絶対絶望なんかしない。
心の中で改めて決意すると、花村君が身体を離した。
そして、今度は彼が僕の目を真正面から見た。
「江ノ島さんには、話しておくよ。……絶望に踊らされていた頃の、ぼくの罪を」
皆が一気にざわめく。目を背けたり、後ろを向いてしまう人もいた。
絶望に染まった超高校級児達の罪。存在は知っていた。
でも、具体的に何をしていたのかは何も聞かされていなかった。
世界を破滅寸前に追い込むほどの罪は一体何なのか。
唾を飲んで、覚悟を決めてから、言った。
「花村君が話してくれるなら、聞くよ」
「ぼくの罪。それは、“食育”だよ」
「食育?バランスのいい食事とか、食べ物に含まれる栄養素を子供達に教える、あれ?」
「そう。ぼくは、スーパーでも簡単に手に入る調味料や食材を特殊な方法で調合し、
化学反応を起こして、毒性を持たせて色んな人に食べさせたんだ……
とっても栄養のある料理だって言ってね。
みんな苦しんで死んでいった……料理は科学でもあるんだ。
ぼくは自分の誇りである料理を穢すこと、
そして、ぼくの料理を美味しいと言ってくれた人達を殺すことで、
更なる絶望を追い求めていった……」
愕然となる。
目の前の愛嬌のある小さなコックさんが、毒物で虐殺を行っていたなんて。
やっとのことで一言尋ねた。
「途中で、やめられなかったの?」
「ダメだった……一度でも江ノ島盾子の纏う絶望の薫りに魅了されると、
本能がそれを求めて身体が勝手に動くんだ。
ほんの一瞬だけ正気に戻ることもあったけど、身体の自由が利かなくて、
際限なく絶望を求めて……く、うう、うう……」
再び涙を浮かべる花村君。僕はハッと気がついた。決めたばかりじゃないか。
僕は戦う。
この不条理な運命と。そして、未だにみんなを縛り付けている江ノ島盾子の亡霊と。
また花村君を抱きしめた。
「江ノ島さん……どうしてこんなぼくを……?」
「僕は諦めない。僕だって母さんに会いたいよ。だから、花村君も諦めないで。
いつの日か、花村食堂青山支店と麻布支店にお母さんを迎えるんだよね。
君の罪の意識が消えることは、きっとないと思う。でも、諦めることなんてないんだ。
ジャバウォック刑務所を出たら、たくさんの人に花村君の手料理を振る舞ってよ。
どこかにいるお母さんが気づいてくれるように」
「ありがとう……江ノ島さん、ありがとう……!!」
僕たちは強く抱きしめ合う。すると、胸に柔らかい感触が。
というより、柔らかい胸が持ち上げられてる。
ぽよん ぽよん
「う~ん、Fカップってところかな?例えるなら、夕張メロンの特秀品だね!」
思わず苦笑して、彼の額をつつく。
「もう、何やってるんだよ、このシチュエーションで。
普通女の人にこんな事したら怒られるんだよ?」
「この密着した状況だからこそじゃないか!この微かに香る甘い匂いは……」
そしてやっぱりというか、僕の代わりに怒る人が現れた。
「花村ァ!!あんたって奴は、本当スケベね!信じらんない!
今すぐその手を離さないと、頭の中先割れスプーンでかき回すわよ!」
小泉さん。そう言えば僕が小学生の頃にも、こんな委員長タイプの子がいたっけ。
法廷に笑いが響く。学級裁判が笑顔で終わるなんて、誰が想像しただろう。
一度は冷え込んだ空気が、緊張から解き放たれ、暖かなものに変わる。でも。
「あーあ。しっかし、花村クンには本当に、心の底から、どうしようもなく失望したよ」
「狛枝君……」
彼が冷たい目で花村君を見下ろしながら、気だるげに言い放つ。
「次はもしかして成功するんじゃないかと、少しでも期待したボクがバカだったよ。
元絶望とは言え、超高校級の能力を持つ君なら、
今度こそやってくれるんじゃないかと思ったけど、ダメな奴は何をやってもダメだね。
しかも一度ならず二度までも同じ手口の繰り返し。学習能力がないのかな、君。
こんな出来損ないが、誰かの希望になるなんて、分不相応な願望だよ。
君は死ぬまで刑務所暮らしが性に合ってるよ」
「うう……狛枝くん」
「耳を貸しちゃ駄目だよ」
僕は花村君の前に立ちはだかる。小泉さんも狛枝君に詰め寄る。
「ちょっと狛枝、何言ってるの!空気読みなさいよね!
あんたの変態的な絶望論なんて誰も聞いちゃいないから!!」
「ねぇ、狛枝くん…悪いんだけど黙っててくれるかな?」
七海さんから彼女にしては厳しい言葉を掛けられても、彼は喋るのをやめない。
「その点、江ノ島さんは素晴らしいよね!
孤立無援の状況で見事クロを探し当てたんだから!
やっぱり元超高校級児が立ち向かうに相応しい無敵の存在だよ!
キミという大きな壁を乗り越えて、希望の光を見せてくれるのは一体誰なんだろう!
その日が来るまで、ボクはこのプログラムの世界で待ち続けるよ!」
「……僕は誰かの壁でもないし、狛枝君の狂った願いを叶えるつもりもない。
みんなと争ったりもしない。だから君の願いは叶わない」
「フフ、今はそれでいいよ。今はね」
「いい加減にして!もう帰りなさいよ!
せっかくのいい雰囲気が、あんたのせいで台無しじゃない!」
「言われなくても、ボクはお先に失礼するよ。次は、楽しみにしてるからね……」
そして、狛枝君は一人でエレベーターに乗って帰っていった。残された僕達。
みんなが僕と花村君の周りに集まる。
「江ノ島……」
「日向君」
「どう言えばいいか。俺も苗木と同じで、ますますお前がわからなくなった。
裁判でのお前は、明らかに俺達の知る江ノ島盾子だった。でも、今は……
済まない。言葉が見つからない」
「いいよ。
難しいことはわからないけど、どうにかして未来機関の人を納得させてみせる。
それまでは諦めない」
「そうか……結論が出るまで、必要最低限の生活は保証する。今言えるのはそれだけだ」
「十分だよ、ありがとう」
その時、人混みの中から、ポケットに手を突っ込んだまま、左右田君が出てきた。
彼はいろんな方向を見ながら、僕に言ってくれた。
「あのよう、お前ん家、テントだから雨風とかちょっとくらい入ってくんだろ。
冷蔵庫とか壊れたらオレに言えよ。
……アレだよ!日向の言ってる最低限の生活のアレだかんな!?
オレはお前を認めてねー!」
「うん!ありがとう。……ありがとう」
「フッ、貴様の魂に宿る数多の守護神、しかと見届けさせてもらったぞ。
だが、それに驕らず鍛錬を怠るな!
さすれば、アスモデウスとの戦いに勝利する日も遠くはないだろう!」
「うん!さっぱり意味がわからないけど、とにかくありがとう!田中君」
「学級裁判が、こんな平和な形で終わるなんて、あちし思っても見なかったでちゅ。
本当に感激でち。ら~ぶ、ら~ぶ……」
『そうね。それに関しては同意見だわ』
また頭上モニターが点いて霧切さんの顔が映し出された。
『連絡事項。江ノ島さんの要望が通ったわ。花村輝々は現状維持。
希望更生プログラムに継続参加すること』
わっ、と声にならない喜びが辺りを包む。
「やったね、花村君」
「うん!江ノ島さんのおかげだよ。ぼく、諦めなくていいんだね……」
『そして、江ノ島盾子には重要な連絡が』
反射的に再びモニターを見上げた。湧き上がった喜びが、ものの数秒で静まり返る。
学級裁判で暴れたから何か罰でも……?
『……あなたの方がよっぽど表情豊かよ。それじゃ』
それだけ言い残して向こうから通信を切られてしまった。もう、びっくりさせないでよ。
みんなもほっと息をつく。
「ねー、もう帰ろうよ。わたし眠い!
ていうか、晩ご飯食べそこねたからお腹ペコペコ!」
「じゃあ、みんな戻ろっか。
日寄子ちゃん、アタシのコテージで買い置きのパン一緒に食べよう?」
「わーい、小泉おねぇ大好き!」
「ふゆぅ……江ノ島さんは病院に来てくださいね?
腕とお腹の傷はまだ治ってないんですから」
「あ、そうだった。思い出したら急に痛くなってきた。あたた……」
「リーダーの権限で、完治するまで労役は免除する。治るまでは、その、ゆっくり休め」
それから、僕達はエレベーターに乗って、モノクマロックの前に戻った。
法廷に缶詰状態だったから時間の流れを感じなかったけど、
かなりの長時間討論してたらしい。
海の水平線の向こうから、ほんの少し、朝日の光が漏れ出ている。
この島に来てやっと一日なのに、なぜかずいぶん長く戦ったような錯覚に陥る。
でも、本当の戦いはこれからなんだ。必ず僕は自由を掴む。
自分を縛る江ノ島盾子の身体が、同時に武器となると解った以上、
今の姿に泣き言を言うのはやめた。
僕は大きなツインテールを一度手で払うと、
病院で怪我を癒やすため、大きく足を踏み出した。
CHAPTER 1 CLEAR
ハナムラ テルテル ノ
ショクザイ ノ カケラ ×150 ヲ ゲットシマシタ