豊穣の雨、その後に~ウマ娘プリティーダービー   作:尾坂元水

1 / 11
ボケ坊しと老後の趣味ではありますが、久しぶりに小説を書いてみました。
実は競馬にあまり詳しくありません、時系列も微妙なところがたくさんあると思いますが気持ちが前向きなうちに書きたいと思ったことと、頭がビワハヤヒデ(頭でっかち)になってしまう前に書きたかったため見切り発車しました。
短めに終わりたいと思います


01 傷心のステイヤー

「なんで勝ったの? ブルボンの時もそうだけどマックイーンに勝たせてあげればよかったのに……」

 

 はっきりと聞こえていた。

覆いかぶさる波のようなメインスタンド。

勝負の行く末を見ていた観衆の声は落胆と言っていいほど低いトーンだった。

「……私……勝ったのに」

 声援は聞こえなかった。

ただひたすらに冷たい視線と、大波小波で耳に届くクレーム。

なぜ勝ったのにそんな目で見るの、勝ったのに喜んでくれる声はないの、さまよう視線。

 

「空気読めよ!! 誰もお前のライブを見たいわけじゃないんだぞ!!」

 

 心無い言葉が胸を、奥底にある柔らかい心を刺し、被っていた帽子の中に顔を隠していた。

春の午後、緩やかな日暮れの近づくこの日、勝者である彼女の心は壊れてしまった。

 

 

 

「うぉっんりゃぁぁぁぁぁああああぁぁぁ!!!!」

 サーキットストレートに大音声の気合がこだまする、絶叫の覇気とは別に彼女は後続から走ってきたウマ娘群に飲み込まれていた。

小柄な彼女はいとも簡単に画面から消える勢いだ。

距離2200メートル、第4コーナーどころかストレートまで先頭を突っ切っていたが最後200メートルの間でもみくちゃにされての惜敗だった。

「ツインターボ頑張ったってなんだよ……俺はいつだって頑張ってんだよ!! 勝手に終わらせンな!!」

 細い青縁のメガネに耳飾りは白と緑のストライプ。

肩まで伸ばした黒髪はレース後もあって乱れたまま、自分を解説したセリフに唾を吐く。

スタンドに向かって両手を振り観衆の声援に応える勝者の後ろをツインターボは荒い息で歩いていた。

 6位。

ウイニングライブ入選枠の3位には遠い位置。

膝に手を置き荒い息を整える。

「いつだって全力なんだぜ……ちくしょう」

 ひんまげた口で言う暴言は自分に対する反省だ。

背筋こそピンとしたままだが、しなだれた気持ちを言葉で振り払いながらトボトボとパドックヤードへと歩いていく。

「あー……ちくしょうぅ、あとちょっとだったのにってって……おお?」

 後少し、後少しの足りなさに頭をかきむしったツインターボの前にいたのはシンボリルドルフだった。

勝負服ではなく、紫を基調としたトレセン学園の制服姿で右手を上げている。

 今回のレースはG3。

トップレースを走り「皇帝」と呼ばれる彼女が視察に来るようなレースじゃない。

しかも自分を見に来るなどまったくもってありえない、思わず後ろを見る今日の勝者はホクトブリッジだが後ろに彼女は立っていない。

「誰のお迎えだ?」

 くるりくるりと回転、周りには誰もいない、地下道路なのだから他に姿が見えなければ自分しかいない。

ツインターボの駒のような回転に苦笑いを見せるルドルフ。

 

「ツインターボ、君に会いに来たんだよ」

 

「えっ、俺?」

「そうだ、君だ」

 連敗中、何か良いことないかなーなんて柄にもなく考えていたツインターボにルドルフは頼みごとをもってやってきていた。

 

 

 

「なんだよこれ!! おいイクノ!! イクノ!!」

 あいにくの雨続き、ツインターボはチームルームの真ん中に置かれた大きなたらいに激昂していた。

 トレセン学園の外周にはそれぞれのチームルームと呼ばれるものがある。

平等にチーム1つにつき1つという配置だが、設置場所や規模はそれなりにヒエラルキーがある。

 チーム・リギルは屋外練習場にも近く、屋内のマシントレーニングルームにも近い、おまけに簡易的ながらもシャワールームが設置されている。

 一方のツインターボ所属するチーム・アンタレスは校舎に近いが練習場には遠い、マシンルームにも遠ければシャワールームは学園寮に戻るしかないときている。

 日当たりだって悪いこの部屋に、雨が続くとなれば色々な鬱憤もたまる。

ツインターボは部屋の真ん中にあるはずのテーブルがなく、大きなたらいに満たされた水に腹を立てていた。

「イクノ!! なんなんだこれは!!」

「うるさいですよ!!」

 返事と同時に鉄拳、ツインターボの後頭部に直撃。

 立っているのは名前を連呼された彼女、イクノディクタス。

明るい茶髪に白い流星の前髪、田舎から出てきたばかりのようにまん丸顏のまん丸目。

よく言えば純朴な感じだが、中身はキッチガッチリ思考も体も鋼鉄の女。

チーム・アンタレスの要とも言える存在だ。

ツインターボと同じぐらい小柄な彼女は両手に蹄鉄を握り締めての一撃だった。

「お前……それ握って殴るとかありえねーだろ!!」

 目から星。

思わずメガネを吹き飛ばしそうだったツインターボは歯を食いしばって言い返すが。

「うるさいからですよ!! 雨降ってるしマシンルームは満員御礼だから、蹄鉄洗おうと思ったんですよ!!」

 自分が出走するときは前夜にがっちりかしめる大事な蹄鉄。

ウマ娘が走るのに欠くことのできないパーツだ。

 

「今季から私の蹄鉄はアデ◯ダスなんですから、大事に使わないとねっ」

 

「そんなんで何か変わるかよ!! 最新のブランドなんて実績ねーしさ、俺の美浦印蹄鉄が一番だぜ!!」

 チームのリーダー的存在のツインターボと副リーダーのイクノディクタス。

何かと張り合っているが大抵ツインターボが言い込められる、今そうだ蹄鉄論議で立ち上がったツインターボをイクノディクタスが押し返す。

目の前のたらいに足を突っ込まれては困ると

「むやみに立たないでくださいよ。雨の中この水持ってくるのだって大変だったんですから。そんなことより今日は大事な話があるんじゃなかったんですか部長」

 部長はツインターボに対するイクノディクタス的あだ名だ。

「おおよ、みんな揃ってるよな」

 テーブルを排除された部屋の四隅。

残りのチームメンバーが椅子に座っている。

「はーい!! 僕きてますよ!! 師匠!!」

 元気に挙手するダイタクヘリオス。

ヒョロリと背の高いショートカット、髪は綺麗に整えているとは言えない鳥の巣のような感でぱっちりお目目。

黄色の耳飾りに青のスカーフがポイント。

 勝ったり勝たなかったりが激しいヘリオスは現在同級生のダイイチルビーにご執心。

都会ぽくて垢抜けて綺麗な彼女に憧れ彼女を追い回していると噂され、極めたかと言われるほど純朴で少々うざい存在。

このチームのレース戦績ではかなりいい線いってるウマ娘。

「あたしちゃんもいますよぉ!!」

 ヘリオスの隣で小さく手を振るのはメジロパーマー。

ヘリオスと同じぐらいの身長、毛先に行くほど黒くなる明るい栗毛腰まで届くストレート。

緑ヘアバンドに前髪ワンポイントの流星が白く流れる彼女は、一応名門メジロ家の一員。

 なかなか勝ちに恵まれなかったことを理由に強制的に障害の方へと編入され障害競走にデビュー。

メジロのお祖母様がくれた障害用勝負服、碧玉に輝くドレスをボロボロにするという大活躍を見せてレースの側に出戻った。

「ほらぁ、障害って飛越するじゃないですかぁ。レースみたいな短いスカートだと飛んだ時見えちゃうからみんなドレス着るんだよぉ、飛んだ時ヒラヒラヒラヒラヒラって綺麗に見えるのも大事なんだってぇ、レースでも着たいなぁ」

「レースは無理でしょう、でもドレスってウマ術でも着る人多いよね」

 熟年になるとドレスを着て飛越やステップを基本とするウマ術に参加するウマ娘は多いと、イクノディクタスはうなづく。

 総勢4人という全くもっての少人数チームは一堂に会していた。

「師匠!! トレーナー決まったんですか!!」

「ああその件も込みだ、今日から新しいメンバーが加わるんだよ」

「初耳ですよ」

「すてきぃー」

 それぞれが一斉に声を上げる。

イクノディクタスは蹄鉄を並べて椅子に座りノートを広げる。

先月までの出走予定がびっしり書き込まれているが、今月はまだ白紙だ。

「聞いてませんでしたけどトレーナーが決まると助かりますね。レースの登録とか申請とか私たちだと面倒ですし、練習の時間を割かれたくなかったし」

 チームには担当トレーナーが付いている。

レースに出るための登録など雑事をこなすのもトレーナーの仕事。

 チーム・アンタレスのトレーナーはいないのではなく、ちょうど産休に入っていた。

近々で臨時のトレーナーが来るとされていた。

「で、トレーナーはわかりましたけど新しいメンバーって誰ですか?」

「うーん、会長曰くそいつの専属トレーナーだったらしいんだけど……」

「専属? じゃあけっこう良いチームからの転入なんですね」

 専属トレーナーがつくのは普通のチームじゃない。

リギルはお花さんという辣腕がいるため1人でやっているが、他チームには個々の能力に合わせるため多数のトレーナーを要するところもある。

だがそれほど多くはない。

ましてや専属ともなればかなり特殊な例とも言える。

「強いらしいぜ、菊花賞や天皇賞とってるウマ娘らしいし」

 自慢げに指を立てるツインターボの前でメジロパーマーはニコニコで言う

「あたしちゃん参加したことあるよぉ」と。

「参加賞ももらえない勝ちじゃなくって本当に勝ったウマ娘なの、名前は?」

 皮肉も織り交ぜイクノディクタスは身を乗り出していた。

早く知りたいと。

「うーん……なんだったけ、ら……違うな。そうだお米なんとかだ」

 なんだそれ?

米処のウマ娘なのか、イクノディクタスを始めみんなが呆れ顔を晒した時、小さな声が割って入った。

 

「ライスシャワーです」

 

 滴る雨の雫で顔を隠した小さな姿。

薄墨が映る雨の中に立つ彼女はいかにも儚げに見えていた。

「名前はライスシャワーです、今日からこちらのチームでお世話になります。よろしくお願いします」

 深くかぶった帽子で目を見せない影にツインターボは手を打った。

「そうだ!! ライスシャワーだ!!」

「お米とか全然違うじゃないですか!!」

「ライスだろ!! イコール米だろ!!」

 椅子から立ち上がりにらみ合うツインターボとイクノディクタス。

二人の喧騒をよそに、ライスシャワーの後ろからトレーナーが顔を出す。

「やあ、初めまして。しばらくこちらのトレーナーをすることになった者だ」

 ライスシャワーを隠すように立つ彼は、少々年季の入ったボロジーンズ、ベルトに引っ掛けた巾着袋に長靴姿でファイルを差し出す。

「明日からのレース日程調整と、申請してあったレースの登録は済ませてあるから」

「ヒャッホー!! またルビーちゃんと走れるよ!!」

 早速ファイルに見入るダイタクヘリオス、指折り数えるレース。

チーム・アンタレスはやたらレースに出ることで有名だ。

つまり丈夫なウマ娘揃いという特異なチーム。

トレーナーなしでこれをやるのは大変だった。

「助かったよ、まあ座ってくれ」

 雨の来訪者であるライスシャワーにツインターボは座れと椅子を用意しようとしたが、彼女の前のトレーナーがそれを遮った。

「今日は挨拶だけで……」

 よそよそしい、あくまでライスシャワーの姿を皆んなに触れさせないようにする出方。

ぴょこぴょこと上半身を動かし姿を見ようとするツインターボの視線を意識している動き。

トレーナーの不可解な動きはイクノディクタスの勘に少なからず触れていた、蹄鉄をたらいに投げてズイッと前に出ると

「新しいチームとして親睦が大事よ、こんな雨の日なんだからここでゆっくりお話しましょうよ。菊花賞や天皇賞の話聞きたいわ」

 顎を上げたへの字口を横に同じく身を乗り出したツインターボが

「おうよ!! 勝てるトレーニングの仕方とか教えてくれ!!」

「……レースの話はしたくありません、トレーニングも……特に変わったことはしてません。しないほうがいいと思います」

 雨音に消されそうな小さな声がトレーナーの背中越しに聞こえた。

そこにいる存在を隠すトレーナーは慌てた様子で

「悪いけど今ライスは療養中なんで……」

「療養と話ができないは関係ないと思いますけど」

 イクノディクタスの声は冷めていた。

熱いのはツインターボだけだ。

「そうそうそう!! 勝った時のこと教えてくれよ!! 熱くなりたいんだよ!! 一緒に走ろうぜ」

 お構いなしの怒声はついに立ち上がり、ライスシャワーの手を捕まえようとしていた。

 

「触らないでください……私に触ると不幸になりますよ……」

 

「ライス……そんなこと言うな」

 くるりと身を返しツインターボの伸ばした手を背中で遮ったトレーナー。

隙間から見える彼女の怯えた目にツインターボは言い放った。

「不幸になると勝てるのか? それは初耳だ、興味深いぜ、絶対に話をしようぜ!!」

 止まらない勢がさらに一歩前に出た時、たらいの縁を踏んでいた。

踏んだ縁によりたらいは直立し水はたらいを囲むように座っていたイクノディクタス、メジロパーマー、ダイタクヘリオスに。

押されて発射した鉄砲水のように降りかかっていた。

「……なにやってるんですか部長!!」

 べったり、ジャージ姿の上から下までがっつり水浴び状態のメンバー。

イクノディクタスは怒り狂っていた。

 一方でダイタクヘリオスは失神していた。

たらいに入れられていた蹄鉄が顔面に激突、メジロパーマーに抱えられ、メジロパーマーは笑い転げていた。

「なにって……なんでこうなった!!」

 自らも直撃で室内にて過激な行水を食らったツインターボが振り返る。

惚けてんのと言わんばかりにイクノディクタスが胸ぐらを引っ張る。

「あなたが踏んだからでしょう!!」

 メガネを拭く暇もない怒涛の惨事。

「て言うか!! こんなところにイクノがたらい置くからだろう!!」

「蹄鉄洗うって言ったでしょう!! 早く汲んできてくださいよ!! パーマもヘリオスも蹄鉄集めて!! 安物じゃないんだから!!」

「おいタオル出せよ!!」

「部長は水汲みですよ!! 早く行ってきてください!!」

「えっ……」

 いつの間にかいないライスシャワーとトレーナーの姿。

開けっ放しのドアの向こうは燦々と降る雨の景色だ。

「お前……この雨の中俺に水汲んでこいと……」

 立腹が顔に出ているイクノディクタス。

への字口が怒鳴る。

「どうせ濡れているんだから一緒でしょう、それとも部長は雨の日レース出ないんですか」

 尖った視線、顎がフイと外をさす。

「出るわ!! いったらーい!!」

 言い訳も何もなし、覚悟を決めてツインターボは走っていた。

 

 

 騒然となったその場から、消えたライスシャワをトレーナーは濡らさないように傘を寄せて歩いていた。

「……お兄様、私……」

 雨にかき消されそうなか細い声にトレーナーは優しく応える。

「いいんだライス、もう走らなくていい、無理しなくていい。そのためのこのチームだから、多少騒がしい外野がいると思って我慢して。後はなにもしなくていいから、必ず君を護るから」

 歩く2人の姿は雨に消えてしまいそうだった。

雨の来訪者ライスシャワー、この日より運命への道を歩むことになる。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。